Skyting stjerner1-9

「今日もいい天気ですねー。」
パンっと真っ白なシーツの両端を引き伸ばした後、は掌で影を作って空を仰ぎる見る。真っ青な空に、細長い雲が転々と浮かびゆっくりと流れていた。
そこへ丁度そちらも洗濯物が終わったのか、が話しかけたグレミオが麻で編まれた空の籠を幾つか重ね持ち歩いてくる。
「はい。そうですね。」
太陽の光に反射して煌く金糸のように綺麗なグレミオの髪には一瞬目を細めて眩しそう彼を見た。
そしてグレミオと同様笑顔を浮かべ彼の重ね持つ籠を手伝いに向かうのだった。


「そういえば、グレミオさん。」
「なんですか?」
空の籠をが2つ。グレミオが3つ重ね持ち、のんびりとグレミオの隣を歩きながらは彼に話しかけた。
「グレミオさんのその頬の傷って、どうしたんですか?」
彼の左頬には大きな十字傷があった。グレミオの顔が秀麗ということもあってかそれに自然と目がいき、としても気になっていたことである。
最初はその目立つ部分に大き目の傷といったことから、彼の気に障ってしまうかもしれないと気にしないようにしていただったが。どうにも彼が気にしていないらしいと気づいたのはこの城、トラン城で働き始めて2週間経った頃である。大体、気になるのであればきっとテープやら張って隠しているだろうとようやく気づいたのだ。それに行動ひとつひとつ取ってもその傷を隠したりかばっている様子はないのであまり気にしていないのかも。そう思いはこの日、聞いてみたのである。
「これはですね。昔・・・・色々とありまして。」
言葉を濁してそう述べるグレミオには首をかしげる。グレミオは苦笑して、本当ならば自身ではなく彼を考慮して言いたくはないのだが、彼女なら、と続けることにした。
「その。坊ちゃんを庇ったときに。」
途端の顔が歪む。驚いたのはグレミオである。
「どうしたんですか?」
「また『坊ちゃん』ですか・・・。」
思わず視線が下へと映る。はグレミオが大好きである。そしてそんなグレミオが幸せそうに何度も話に出す坊ちゃんが羨ましいと思うと同時に強い嫉妬を抱いていた。 グレミオさんの綺麗なお顔に、なんてことを。いくらグレミオさんの大好きな坊ちゃんさんだからといって。許されることと許されないことがあるのだ。
グレミオは急激に彼女が気分を害した理由がわからなかった。なぜなら彼女と坊ちゃんは遠目から見ても仲が良さそうであるというのに。それはグレミオだけでなく他の同僚達も同じ思いであるらしい。なんといっても、同僚達が彼らを恋仲だと疑ってしまうほどである。ちなみにその時、グレミオはいいやむしろ親子だろうと否定を入れたのだが、なぜか「グレミオさん・・・・」と呆れた目で見られていた。
とにかくもグレミオは彼女が気分を害した理由がわからないので、話題を変えてみることにした。
「ええと、そうです!」
両手を合わせたいところが生憎両手は籠を持っているためグレミオは彼女の顔を伺うのみであった。
そうして器用にも左手だけで籠を持ち、右手の人差し指を立てる。
「このあと、どうします!?いつものようにしますか!?」
いつもの、というのは洗濯場から少し離れたところにある森林で昼寝をするといったものであった。が悪夢にうなされている所をグレミオに見つかって以来、とグレミオは度々休憩時にその場で昼寝をするようになっているのだ。もっとも、もっぱらグレミオは枕であり一人寝ているだけなのだが。
「・・・大丈夫です。昨日はよく眠れたので。」
はその日の夜から、グレミオからよく眠れるらしい薬草を煎じて渡して貰っていた。彼女が悪夢にうなされず眠れるようにである。しかしその効果は効くときと効かないときがあるのだが、昨夜はそれが効いたお陰ですっかり眠気も解消されたのだ。
となるとこのあとすぐ休憩時間に入る二人だがやることがない。各々思い思いに休憩時間をすごしてもいいのだが、気分を害しているようなを放って置くのも憚れる。
グレミオはどうすればいいかと首をひねり――そして視界に入った厨房の扉を見て、思わず声をあげた。
「そうです!せっかくだから、この後一緒にお茶をしませんか?」
その誘いに驚いたのかが地面へと向けていた視線をグレミオへと向ける。その様子から、どうやらそれほど機嫌が悪いというわけではなさそうだと察したグレミオは笑みを浮かべて続きを述べる。
「最近、お金の面も浮いてきましたし。食材も昨日安くて大量に仕入れることが出来たんです。量も多いですから、ちょっとぐらい使わせ貰っても平気ですよ。」
どちらかといえば几帳面なグレミオとしては珍しい台詞である。驚き目を瞬かせるに彼女が何も言い出さぬ前にグレミオは彼女を即した。
「さ、そうと決まれば早くしましょう。」
強引にそう決めてしまうと、彼はさっさと籠を置きに早歩きで歩き出してしまう。残されたとしてはあれは本当にグレミオだろうか?と少々疑いをかけ、いやグレミオに決まっているだろうと思いなおして慌てて彼の後を追った。



「うっわぁ・・・・。」
は椅子に座り調理台に出来上がったそれを見て思わず感嘆の声をあげた。
きらきらと輝くそれらは宝石のようで、久しぶりのそれにはごくりと唾を飲み込む。
「果物が安かったんですよ。」
そんな彼女に微笑みを浮かべてグレミオは肩からかけていたエプロンを外す。
調理台の上に置いてあるもの。それは実においしそうなフルーツタルトであった。それも手製であるというのに見た目からしてプロ級だとケーキ好きは判定する。
「こ、これ!本当に食べてもいいんですか!?」
思わず声が興奮から大きくなる。
「当たり前ですよ。その為に作ったんですから。」
はいどうぞ。との前に素早く入れた紅茶のカップを置き、彼も椅子を引いてその場に座る。もちろん紅茶も澄んだ紅褐色で漂ってくる香りも良いプロ級である。グレミオさん、侮りがたしと今度は違う意味では息を呑んだ。常日頃から只者ではないとは思っていたが彼はまさになんでも出来るスーパー人間だ。ますます憧れを強めるであった。
グレミオはタルトの真横において置いた包丁を手に取り、均等に切り分けていく。刃がタルト食い込む度度はさくっとした音が聞こえてくるのではと思った。思わず口内にじわりと唾液が滲む。
綺麗に6等分されたその一つをの前に置いてある皿に載せ、自身の上にも一切れ載せたところでようやくお茶会開始であった。とグレミオが休憩に入り、グレミオの後に続いて誰もいない調理場に入ってから1時間後のことである。グレミオが夕食用に作っていた、作り置きのタルト生地を使用したといっても、あまりの手際のよさにドワーフの村で何度か作ったことのあるものの、自分が手出ししていいのか迷ったほどである。実際は何もせずそこに座っていてくださいと言われて食堂から二つ椅子を調理場へと持ってくることや、食器などを用意したくらいだ。
「すみません、何も手伝わなくて・・・。」
グレミオの手際のよさと、ケーキの出来栄えやらについ目と思考を取られそれまで自分が手伝わなかったことを思い出したは気まずそうに眉尻を下げた。
「もっとも手伝っても、邪魔になっていただけかもしれませんが・・・・。」
「そんなことないです。ちゃんはいつもお料理を作る時、頼りにさせてもらっていますから。でも、今日は私がちゃんに食べてもらいたかったんです。だから今日のちゃんはお客様なんですよ。」
首を振ってそう言うグレミオに、は思わず照れ笑いを浮かべた。頼りにさせてもらっているといわれて嬉しくないわけがない。しかも言ってくれたのはプロ級の腕をもつグレミオである。その嬉しさは倍増であった。
「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです。」
「お世辞ではありませんよ。・・・・・さぁ食べましょう。紅茶は温かいうちにが基本ですからね。」
「そうですね!私としたことが!頂きます!!」
グレミオの言葉に食としての基本を思い出したは慌てて両の手の平を合わせてそう言った。それにとしてもグレミオのタルト早く食べてしまいたい思いで一杯なのだ。
「はい、どうぞ。」
彼女の両の手の平を合わせて「頂きます」の風習を知らず、始めてみたときは首を傾げたものだが、それも今では彼女の出身地の特有の習慣だと知っているグレミオは笑顔でそう即した。
はテーブルの上に置いてあるフォークを握り、一口サイズに切ってから、待ち焦がれていたそれを口へと運ぶ。そして口の中で広がったそれに思わず目を見開きフォークを握り締める力を強くした。
ゆっくりと咀嚼し嚥下する。そこでようやくは口を開き、感想を述べた。
「美味しい!美味しいですよグレミオさん!!」
なんですかこれはー!と身悶えさせながらそう言う彼女にグレミオはそんなオーバーなと笑うが、それでも作った側としてそれ以上の賛辞はない。
「ありがとうございますちゃん。作った私としても嬉しいですよ。お世辞でも。」
「ちがいます!お世辞なんかじゃないですってば!!」
そうして再び一口サイズに切ったそれを口へと運ぶ。二口目もやはり美味しい。何個食べても飽きなさそうである。
グレミオの作ったタルトは、本当に美味しかった。それこその好きな店のケーキと同等か、それ以上である。
「グレミオさん、お店!お店作ったらどうですか!?絶対売れますよこれ!」
何しろの好きな店は知る人ぞ知る名店であり、地元では超絶人気なお店なのである。食文化の変わらないこの世界でもきっとこのケーキは高水準に当てはまるだろう。
「またまた・・・・そんなことありませんよ。」
グレミオは謙遜するが本当に彼のケーキは美味しかった。3口目を口にした後、変わらぬ味に、むしろ先ほどとは違うフルーツの載った一味違ったそれに感動の声を上げる。
「うっまーい!!」
「何が美味しいの?」
と唐突に、いつぞやのようにそこで調理場に声が響いた。
口に次の一口を運ぼうとしていたは思わず握っていたフォークを床に落としてしまうところをぎりぎりで押し留めた。あ、なんか前にもこんなことあったな。と思いながら出入り口を見ればだがしかし声を発したはずの人物はいない。え、空耳?と思わずは耳掃除いつしたっけかと考え始め。
「うわ、ずるいな。」
耳元で聞こえた声に再びフォークを落としそうになってしまった。慌てて振り返り今度こそその人物を見る。
「て、ちかっ!」
視界に入った秀麗な横顔についつっこんでしまった。反射的に上半身を仰け反らせるのは致し方ない。何しろ本当に思いもせず近い場所に突然声を発した人物、ティルがいたのだから。
しかしそれがいけなかったのか、椅子が急に後方へと体重をかけたせいでぐらついてしまった。
「う、わ。」
バランスを取ろうと慌てて上半身を元に戻すのだが急速に前に戻しすぎたようである。それもまっすぐではなく斜めだったらしく一層椅子激しくぐらついてしまう。
この世界は外国のように体格のよい人物が多く、必然的に椅子も大きい。なので日本人でありその中でも平均サイズの少女であるは当然地面に足が付かなかった。結果こうなったらもうなす術もなく、は椅子から落ちるとしかないと覚悟したところでは自身の腕を強く引っ張られた。
次いで腰に暖かいものが回り、直後静かな調理場に椅子と地面が直撃する音が響いた。石畳というとこからその音は大きい。
「あぶないなー。」
ふうと耳横で息を吐かれはようやく自分の状況に気づいた。はティルに助けてもらったのである。それは大変ありがたい。きっとあのまま椅子から落ちていれば自分は怪我をして痛い思いをしていただろうからだ。
だが。
「大丈夫、?」
この体勢は如何なものか。腰に片腕を回され右腕を掴まれ自然と体は密着している。まるで抱きしめられてるかのように。
(ひっぎゃああああああああああああ)
は心の中で盛大に悲鳴をあげた。この体勢はなんだこの体勢はなんだこの体勢はなんだ!?今、この状況に至った脳内処理求む!迅速に!至急に!
?」
(やめてえええええええええええええ!)
無反応なが心配になったのかティルがの顔を除きこむ。は自分が昇天してしまうかと思った。この場合悶死だろうか。いやいや何を馬鹿な。
シミ一つないキメ細やかで綺麗な肌や、切れ長で金色に輝く目、緩やかに弧を描く眉、すっと整った鼻、薄い唇と一流細工師が丹精込めて、いや命さえかけて作ったかのような端正すぎるティルの顔がすぐ間近にあってこれでどう動揺せずにいられるだろうか。どんな魅力的なお姉さまだってくらりとくるだろうきっと。同姓でもくるかもしれない。
どこか怪我をしてしまったのか、心配そうにを見たティルだったが、彼女の顔が茹で蛸のように真っ赤に染まってる様子を見て目を瞬かせた。そしてその理由に思い当たると、ティルは口の端を持ち上げへと顔を近づける。
え、なんか顔近くない?なんかその魅力的な顔近寄ってきてない?その事態にようやき気づきはぎょっとさせてティルから離れようとするがの腰に巻かれたティルの腕がそれを許さなかった。
むしろ更に引き寄せられ密着度が増す。この細腕のどこにそんな力があるのかと悪態ついてしまいたいがそれどころではなかった。ティルの顔が近すぎるのだ。こ、これはまさか、いやそんなティルと自分に限って。
でも近すぎだ――の脳内にドラマで見たキスシーンなんてものが思い浮かび。
こつりとの額に何かが当たった。
「顔、赤いよ。」
が考えたようなことは勿論起こらなかった。
ティルの顔は目と鼻の先といったものすごく近くで止まっていた。なぜなら額と額をあわせているからである。そんな彼の口の端は上がり彼はこの状況をどう見ても面白がっていて。
からかわれたと気づいてもそんな彼の表情でさえ艶やかに見てしまうのだから負けた。なんだか知らないがもう全面的に負けた。は脱力してティルの肩に額をあてる。なんだこいつは。確信犯かもうやってらんねぇ年頃の純情少女をなんだと思ってるこの一見人畜無害そうなタラシめ。
その腹に思いっきり今の憤りをぶつけてやろうか、と拳を握りしめたところでそこで一人蚊帳の外であったグレミオが声をかけた。
「坊ちゃん、ちゃんをからかうのもいい加減にしてください。」
それと、気配を消して近づくのもやめてください。ちゃんが驚いてしまうでしょう。
呆れた声でグレミオがそう言い、もそうだそうだ人をからかうのもいい加減にしろ。この迷惑軍主めと便乗しようとしたところではた、思考を停止させる。
「えーと、グレミオさん。」
はい?とに声をかけられたグレミオが首を傾げた。
「なんですか?」
「坊ちゃん?」
「はい?」
グレミオはの主語の抜けた言い方に再び首を傾げる。しかし彼女は別に彼の答えがほしいわけではないらしい。今度はティルへと振り返り彼に尋ねる。
「坊ちゃん??」
「ん?」
ティルもそんな彼女に首を傾げて見せた。坊ちゃんがどうしたのだろう。グレミオとティルはその時同じことを思った。
しかし彼女はそんな彼らの様子を気にせずやはりティルに答えを求めているわけではなさそうで。というか彼女の中でもう答えは出ていた。
「坊ちゃん!??」
坊ちゃんイコールティルイコール軍主と方程式が出来上がる。知らなかったは思わず驚きに声をあげるのだった。
ティルが軍主であることは初日から知っていたが、しかしまさかグレミオの話に良く出てくる坊ちゃんがティルもとい軍主のことだとは――。
ティルの一般人とは違うと思わせるひとつひとつ洗練された優雅な動作から、上流階級出かもしれないと思ったことがなかったわけではないのだが、彼は正真正銘グレミオというスーパー人間のお付もつく坊ちゃんだったのだ。
ついでに自分が妬んでいた人物がティルだったのだと気づきは動揺を隠せなかった。
そうかお前が坊ちゃんか。グレミオに大切に思われてる坊ちゃんか。そう思うと坊ちゃんがティルならば浮かばないだろうと思っていた妬ましい気持ちは――少し、生まれていた。
どうやら自分は相当グレミオが好きらしいとは再度実感する。しかし相手がティルだからということもあり、なんとも微妙な顔つきではティルを見上げた。
「どうしたの?」
「いやーウン。まさかティルがグレミオさんの言う坊ちゃんだとは思わなくて。」
はははと笑おうとして頬が引き攣った。くそっ、複雑な心境な末上手く笑えない。しかしティルは自分がただ『坊ちゃん』であることに驚いているだけかと思い特に追求することはなかった。
実はグレミオに大切されてるが故の妬みと恩人であり同年代の解放軍グループで1番とも呼べる程仲の良いティルへの好意とせめぎ合ってるなどと知る由もない。
「いいなぁ二人で優雅にお茶なんて。」
ふと、ティルは視界に入ったそれらを見て思わず声をあげた。それはティルが彼らを見て最初に思い浮かんだことである。
自分は先ほどまで軍主室で事務処理に追われていたというのに。
羨ましそうに調理台の上に置いてあるタルトと二つのティーカップを眺めているティルを見てグレミオは苦笑する。
「坊ちゃんもご一緒しますか?」
「んーそうしたいんだけど・・・。」
これからティルは城を出てカクから湖岸沿いにずっと左に行った場所にある、ガランの関所へと向かわなければならなかった。そこで過去ティルの棒術の師範をしたカイを見かけたと情報があったからだ。
彼は相当な強者であり、是非とも軍の仲間として、そして再びのティルの棒術師範として解放軍に加わってほしいところである。だから彼の弟子であったこともあり誘いに乗ってくれるかもしれないと、ティル直々に彼を勧誘しに行くことになったのだ。
「お仕事ですか?」
いつもならここですぐに頷きそうなのだが、苦笑を浮かべ頷かない彼の様子にグレミオは思い当たったそれを尋ねていた。
「うん。まあね。ちょっと外に。」
「ならグレミオも共に行きます。」
坊ちゃんを外に出して付き人である自分が、城内にいるなど到底許されるはずがない。というかグレミオは軍主であり、主人でもある彼にもしもの危険があったら、と心配であることとから彼が外に出かけると知ると即座にそう申し出ていた。
しかしティルそんな相変わらず心配性なグレミオに苦笑してから、首を横に振ってみせる。
「いいよ。俺が尋ねるのはカイ師範のところだから。グレミオはここにいて。」
「カイ師範に・・・?しかし・・・・。」
そんな彼らを他所に、は一人口を挟まず無言を貫いていた。何を話しているのかも大半わからないし、彼らの立場もあることから使用人風情の自分が口を挟んではいけないと察していたからである。実のところ彼らの言うカイ師範など外などと色々と尋ねてみたいのだがそこはぐっと我慢して口を閉ざす。
未だ納得しないのか、口を濁すグレミオだったが、ティルはきっぱりと彼の同行却下した。
「大丈夫だから。それに、一人にしちゃうのも忍びないしね。」
まさかそこで自分に話が振られるとは思わずは目を瞬かせてティルを見た。ティルは笑顔を浮かべてに話しかける。
「今日は軍主としての仕事でカイ師範に会いに行かなきゃいけないんだ。あ、カイ師範ってのは昔俺に棒術を教えてくれた先生だよ。すっごく強いんだ。
だから解放軍の力になってもらおうと思って。俺ももっと強くなりたいしね。だから今日は無理だけど、今度一緒にお茶しよう。」
話しに付いていけなかったに、ティルは彼女にもわかるよう説明をしてくれた。
使用人である自分が加わっていけないと――少し疎外感を感じながらも押し黙り話に加わっていなかったというのに、彼は気にしない様子であった。むしろきっと彼のことだ、の少し感じた疎外感を察して説明してくれたのかもしれない。出会った当初からなにかと気を配っていた彼なら、十分にあり得る。
は彼の気遣いを嬉しく感じながらも、疎外感を感じるなどといった子供じみた思いを抱いてしまった自分が恥ずかしく、苦笑を浮かべながら頷いた。
「うん。約束。ティルも気をつけて行ってね。」
よくよく考えれば外にはモンスターもいるのだ。は過去2、3度ぐらいしか見たことのないそれが。本人が大丈夫というならティルのことだ、大丈夫だろうがそれでも心配しないことはないのだ。
真剣な表情でそう告げれば、彼は少しも笑顔を曇らせることなく頷いて見せた。その表情は彼の自信を表していた。
「了解。というわけで行ってくるねグレミオ。」
そこでようやくティルはグレミオを振り返る。グレミオもそんな彼の様子にもう何を言っても無駄だと察したのか蒼の目に隠し切れない心配を抱きながら苦渋の表情で頷く。
「はい。坊ちゃんもお気をつけて。」
「ん、のことよろしくね。」
そして踵を返し、すぐさま調理場を出て行くかと思われた彼だが、予想に反してそのまま動くことはなかった。顎に手を当て何やら考えているようだ。グレミオとは首を傾げる。
ティルはそんな二人を他所に何か思いついたのか、それからすぐに顔を上げたかと思うと。の右手首を左手で掴む。突然手首を掴まれぎょっとしたも気にせずティルはそのまま彼女の手を固定して口元へと運んだ。
そしてぱくりと、タルトを口にくわえたのである。の右手に持っていたフォークに刺さったままだったものを。
「――ご馳走様。」
咀嚼しきちんと嚥下し終えてからティルは目を見開き、瞬きも忘れて自分を見上げるに告げる。はにこにこと邪気のない笑みでそう述べる彼と、既に離された右手、その先にあるフォークに刺さっていたものがなくなっているのを確認してもう一度彼を見上げる。
しかしそんなの視線もなんのその。むしろティルは自身がどういったことをしたのか理解してるのか危うい笑みを浮かべるばかり。
そんな彼には口を引き攣らせた。
「――グレミオさん!あなたティルにどういった教育したんですか!!?」
年頃の異性の使用したフォークから恥らった様子もなく物を食べるなどと。――間接キスだというのに。湧き上がる羞恥に頬を上気させながら羞恥交じりの怒りの矛先を坊ちゃんことティルの乳母役であったグレミオへと向ける。
と同じく唐突にそんな行動に走った彼に驚きを隠せず見ていたグレミオだったがから鋭い視線を受け焦ったように首を振った。
「私はそんな教育はしたつもりは・・・・!」
その語尾は段々と弱まっていき、私の教育は間違っていたのかと徐々にグレミオを落ち込んでいく。そんな彼らを見て一人悪戯が成功したような目をしたティルだが、すぐさまそれを消し邪気のない笑みを浮かべる。
「グレミオ、相変わらずケーキ美味しかったよ。も一口ありがとう。」
にっこりと先ほどの内容を確認するかのように言われしまえばは顔が赤くなるのを止められるはずがなかった。
「グ、グレミオさん!?」
そうしてその恥ずかしさからの怒りは全て乳母役グレミオへと向かわれるのだから、そんな風に育てた覚えのないグレミオは堪まったものではない。
「そ、そんなつもりでは・・・・・!」
「じゃ、二人とも。またあとでね。」
そう告げてそのままさっさと去っていってしまいそうなティルには慌てて振り返ったのだが――踵を返す際、彼の口の端が上がり笑いを堪えていたのをはしっかり見ていた。
そこでようやく、ティルにまたもやしてやられたのだと、そういえばティルはそういうやつだったと怒りも露には声を荒げるのである。
「ティル!?」
ばれたか。と背を向けたティルは今度こそ堪えきれない笑みを浮かべて静止の声を上げたを振り返るのである。
その顔はやはり企みが成功したことに対する笑みが広がっていて。してやられたと思うとは彼を怒鳴りつけようと口を開いた。
「ご馳走様。」
しかしまるで強調するかのように一指し指で自身の唇を指し示すその様子には顔を真っ赤にしてしまい二の句が継げなかった。声にならない叫びを上げながらもぱくぱくと口を閉口させる。
その間にティルは素早く出入り口を出て行ってしまった。
その後我に返ったが怒りに声をあげ、ティルは扉越しに聞こえたその声に耐え切れず噴出するのだった。


BACK / TOP / NEXT