Skyting stjerner1-10
ルックは最近、一つの視線を感じていた。ただの視線ならば、人前に出れば大抵、彼は自然と幾つも感じ取っている。それは彼の容姿がまるで女性のように中性的で整っていたからだ。男性にしろ女性にしろ、彼は視線を集めていた。 特に、彼が彼の師匠と暮らしていた魔術師の塔からこの解放軍に従事するにあたって、その視線は日常茶飯事ともいえた。
しかし最近感じる視線は、また一味違ったのだ。元来人嫌いであるがその整った容姿の為、自然と視線を向けられることに慣れていた彼だが、そんな彼でもその視線だけは苛付かされていた。
何しろそれはとてつもなくしつこい。しかも大抵は遠くから、本人は隠れている気なのかだが紋章使いとして14歳という若さにして大人よりもずば抜けた才を持ち、同時に風を扱うのを得意とするからか、彼は空気の流れに敏感なのである。よって、ばればれであった。
だがその当人といえばしつこくルックに視線を向けてくるものの、決して話しかけてはこない。遠くから見つめてくるだけなのである。最初はいつものごとく無視していた。そういうのは関わると碌な事がないのを知っていたし、人嫌いである為人と関わりたくないからである。それも2週間と少し続いてしまえば、さすがのルックも堪忍袋の緒が切れた。
しつこい。しつこすぎる。何か用があるなら言えばいいというのに、それも1週間ほど経過した頃、その視線が鬱陶しくなり、態々例の視線が向けられてるのを確認してから、一度は当人が話しかけられるよう自発的に人目の少ない場に一人で出るという心使いをしてやったというのに、その人物は出てこなかったのだ。
――とは言っても、何度も言うが人嫌いな彼は、滅多なことでは他人と共にいることはないのだが。
とにかくルックがそこまでしてやったというのに、その人物は出て来ず、そうなってしまえばルックも半ば意地になりかけていた。そして視線を放って置くこと2週間。短気と評判の高いルックにしては意固地になっていたとしても、とても長く持ったほうであった。
大体、こそこそとしているのが一番腹立たしいのだ。加えてあちらは気づかれてないと思っているだろう所が、自分が侮られてるようで更にむかつく。
なのでとうとう切れたその日、ルックは彼お得意の風魔法、切り裂きでもかましてやろうかと実に物騒なことを考えながら、そのうざったい視線を向けてくる人物に声をかけることにした。
そうとも知らない、陰に隠れルックに熱視線を向ける当人は、その日も変わらず彼へと視線を向けていた。
「そこに隠れてる奴、出てきなよ。」
そこへいつも違い、どこかへと常に寡黙な少年、ルックが声をかけたものだからその人物はびくりと肩を揺らす。まさか自分のことじゃあるまいな。そうだ、自分のわけではない。なぜなら彼を見るときはいつも遠目からであるし、加えて物陰からこっそりと見ているからだ。見つかるわけがない。
しかし実はそんなことはなかったのだと、その後彼から出た発言で判明する。
「そこに隠れてる奴だよ。気配がばればれだ。いい加減出てきなよ。それとも、切り裂きでもくらいたいのかい?」
苛々と発せられたその言葉に、その人物はきょろきょろと誰のことかと周りを見渡し、どうにも自分と彼しか今この場所――中庭にいないと理解し、そして彼が指しているのは自分で、切り裂きというのはなんだかよくわからないが名からして物騒だと判断した当人は慌てて隠れていた木の陰から飛び出た。
そしてようやく木の影から出てきた、件の視線を向けてきていた人物を見てルックはその整った柳眉を寄せる。
その人物はルックより2つ程年上かと思われる黒髪に、黒目の少女であった。カーキ色のズボンの上から長袖に首まで覆う襟から腰の辺りから踝までの二枚に分かたれた灰色の上着を着た――一見戦闘員のように見えるが、その服の上からエプロンを羽織っていることから解放軍内の使用人であるらしい。彼女は自分にまっすぐと向けられた視線にどこか居心地悪そうにして、その場に立ってた。
「で、僕に何か用?」
じろりと睨み付け、年の割には大変鋭い視線を向けられた少女、は思わず息を飲む。どうやらが彼を見ていたことは筒抜けてあったらしい。
そうなると自然と盗み見ていた形をしていたは罰が悪くなる。だがどうしても、見ずにはいられなかったのだ。
自分を睨み付けてくる彼は言い逃れは許さないといったようで、はどうにも、本当のことを言わざる得ないと理解し、そもそもいつかは彼の前に出て言うつもりだったのだと思い返してしぶしぶと、意を決して口を開いた。
「――魔、じゃなかった。紋章が使えるって本当なんですか?」
ごくりと生唾飲んでは尋ねる。するとルックは眉を跳ね上がらせた。
「あんた、僕を馬鹿にしてるの?」
なんなら身をもって試してみる?そう続けられて思わず真剣に頷きそうになり、ルックの目が剣呑な色を宿していることに気づき慌てて首を横へと方向転換した。
ルックの怒りももっともなものである。なぜなら紋章師として自身の腕にプライドを持つ彼に、しかもそれは伊達ではなく14歳という年でありながら他の紋章師達も束ねる魔法兵団長として、彼女の紋章使えるの?発言は侮辱されたようなもので非常に腹正しかった。
だがしかしとしても侮辱する気など毛頭なく。本当に、真剣にそう尋ねていた。
それは彼女の出身地、この場合ドワーフの村といったものではなく地球では、火や水といった五行を操ったり治癒の力が使えたりと魔法のような紋章の力はお伽話の中のものでしかなかったからだ。も真の紋章を持ってはいるし、それを使ったこともあるのだがそれは工の紋章といったほとんど無意識下に手先だけで行われるとても地味な紋章であり、としてはどうしても五行を操れるだとか、治療が出来ると言われても信じがたかったのだ。
と、同時にはそんな力に憧れていた。――誰だって一度は魔法なんてものを使ってみたいものだ。まさに小さい頃一度は夢見たことのある魔女っ子にこの世界にいるはなれるかもしれないのだ。
ドワーフの村には鍛冶師といったものは沢山いたが、紋章師なんて者はいなかった。しかし、ここは違う。何しろ帝国軍に反旗を翻した解放軍である。紋章を基本として築かれたこの世界は必然的にの世界の科学よりも、紋章の水準の方が断然高い。結果戦にも紋章を扱われることが多く、実際魔法兵なんてものがあるくらいだ。しかもそれを束ねているのが今の目の前にいる少年である。これは是非ともお知り合いになりたい。――ついでに魔法基紋章の一つや二つご教授願いたかった。
しかしここで問題が発生したのである。と少ししか年が変わらない為話しかけやすいだろうと思われた少年は、軍内でも1、2を争う程美しい顔をしており、何をとっても人並みなとしては話しかけるの気後れしてしまうのに加え、最少年魔法兵団長という噂以上に、彼は人間嫌いで達使用人の間で有名だったのである。
彼の容姿端麗故何人もの同僚女性達が声をかけたそうだが、ことごとく切っては捨てられ無視され罵倒され。お近づきになれず自然と遠目からその容姿を目の保養として見つめる者がほとんどだった。そんな難関不落なお姫様もとい王子様な彼にが声をかけられる訳もなく。だがとしても小さい頃夢見た魔法を使うといった魅力的な誘惑が目の前にぶら下げられてるというのに、断ち切れるわけもなく。いつかは、と話しかけるタイミングを見計らっていたのである。しかしまさか、こんな形で話しかけるとは思っていなかった。いつも彼を見かけたときは近場の物影に隠れて見ていたというのに。やはり紋章なんて不思議なものがあるこの世界には、不思議なパワーなんてものが使えるのかもしれない。たとえばよく言う、魔力が色になって見えるとか。そんなもの見えやしないにはさっぱりなことであったが。
「あ、あのー、ですね。」
しかしこれは思っても見ないチャンスだ。物陰から見ていたときから、彼が相当な人嫌いだということははっきりとしていて、だからこそこのまま永久に話しかけることは無理か、 ならばせめて紋章を使ってる場面でもと思い始めていた自分にとっては、今これが神が与えたもうたチャンスなのでは。少なくても自分から話し掛けずに済み、向こうから話しかけてくれたのだ。ならば無視されるなんてことはないだろう。よし、やるぞ私。魔女っ子になるぞ。
は自然と視線を草木へと落としつつ、込み上げてくる羞恥に耐えながらも、その言葉を伝えた。
「お、お友達になってください!」
言った。言ったぞ私。まさかこの年になってこんな台詞を言うとは思わなかったものだから、非常に恥ずかしい。友達100人できるかなー時代は遠の昔に過ぎ去っているのだ。
しかし意を決して言ってみた台詞に、いくら待てど返答はこない。おかしいと思って地面から顔をあげれば、緑の法衣を翻して大分離れたところを行く少年の背中が見えた。
「え、ちょ、ちょっと待って!!」
反射的には彼を追って声を掛けていた。そんなに彼はぴたりと足を止め嫌そうな顔で振り返る。
「金輪際、僕に付きまとわないでくれる?」
まさかの二度と近づくな発言である。これが噂で聞いた人間嫌い。切って捨てられるといったことか。本当にそんなことを言う者がいたことには口を閉口させる。何しろがいた日本は事なかれ主義が基本な平和な国である。あからさまに人を扱うことなんて滅多にない。その代わり陰口なんて胃が痛くなりそうなものは日常茶飯事だったが。
ルックそんな彼女を一瞥して再び踵を返す。――だがここでも引くわけにはいかなかった。
「まって!まって!友達にならなくてもいいから!せめて紋章を教えてくれない!?」
夢にまでみた魔女っ子。魔法スティックは必要なのか。なくてもそれはそれで格好いい。とにかくも甘い夢をぶら下げられてそうそう引き下がるわけにはいかないのだ。
すると再びルックは足を止め、今度は嫌そうではなく怪訝そうな顔でを見た。
「なんで僕が?」
もっともだ。
「あーその、ほら私たちって年が近そうだし、それにルック、さんも紋章扱うの上手いって言うし。だったら教えてもらうのに最適かなーなんてー・・・・。」
嘘を言うのを許さなさそうな彼の澄んだ目で見られたからといって、あまりにも正直に言いすぎである。それでは受け取る側から見れば、いい印象を与えないだろう。
皮肉屋であるルックも当然ながらそう受け取り、眉間に皺を寄せる。
「あんた、馬鹿正直にもほどがあるんじゃない?言い方ってものがあるでしょ。」
お前に言われたかない。思わずそう突っ込みそうになり必死に飲み込むだった。友達になりませんかといった相手に即座に切り捨てた身でよくもまぁいけしゃあしゃあと。頬を引き攣りそうになるのを必死に我慢するである。
「とにかく!お願いします!この通り!!」
「やだね。僕は暇じゃないんだ。他の暇なやつらに当たって。」
出た切り捨て。お前さっき言い方ってものがあるとかほざいた口がよくも言う。ついでに君は一体どうして暇じゃないのか。が見かける限り彼は日がな謎の石版の前に突っ立ているだけだというのに。石版と交信でもしてるのか。しかし先ほど言い方ってものがあると言われた身としては素直にそれを口に出すことはしない彼と違って。
しかし、それならばどうすればいいのか。は紋章を使ってみたいのだ。それで空を飛べたりしたなんか日には絶対自分は雲の上に行きたい。と、脱線しかけた思考を慌てて目の前の少年へと向ける。
「お願いします!この通り。」
もう一度頭を下げて頼んでみたが、今度は無視であった。――こうなったら。
「魔法兵団長の癖して、紋章の一つや二つ素人に教えることも出来ないの?」
押しても駄目なら引いてみろ。下手に出て駄目だったので強気に出てみた。
ルックはの言葉に足を止め再度振り返る。その顔はそれまで不快から歪められていた表情と違って無表情。だがしかし目が剣呑の炎を宿している。
がルックを見ていた限り彼はプライドが高く、同時に負けず嫌いでありそうであった。だからこそ、挑戦的に、そして遠回しにお前の腕はそんなものかと言われてしまえば彼も買ってしまうに違いない。
「どうやら、君は本当に僕を怒らせたいみたいだね。ああ。いいよ。そんな事言う奴に僕は教える気なんて毛頭ないから。」
「ごめんなさい。教えてくださいお願いします。すみませんお願いだから待って。」
どうやら逆効果であったらしかった。頬を引きつらせ怒りも露に踵を返してしまった彼の法衣の端を掴みは必死にそう言うのだった。
そうしてその日から彼女の挑戦は始まった。というか初日からもうぼろくそに言われてしまったのでもはやどんな罵倒にも大したダメージを受けなくなったのだ。
彼の切って捨てるのが裏目に出て、ルックはそれからそれまでと打って変わって彼女に付きまとわれる羽目になったのだった。
***
「ルック様、私に紋章を教えてください。」
「嫌だ。」
「ルック、私に紋章を教えて。」
「無理。」
「ルック様ー!」
「・・・・。」
「ルックー!」
「・・・・。」
「ルックン、私にもんしょうをお、し、え、て。」
「・・・・切り裂き」
会う度会う度にうるさくそう請われ、終いには何を思ったか気持ち悪い音色でそう言われ、ルックは自身の堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。
直後切り出された容赦ない切り裂きにの悲鳴が響き渡るのだった。
がルックに付きまとい始め翌日の夜の出来事である。
「ぐすん、それでもめげない。だって、女の子だもん。」
まさに満身創痍。あちこちに傷をこさえすすり泣きながらもはその次の日もやって来た。同じことを何度繰り返しては切り裂かれ、それでも立ち上がった彼女の信念は余程のものと思える。
ルックにとってはそんな彼女もゴキブリ以下のしつこいものでしかなかったが。それを言われた時は、さすがにくるものがあったがそれでも今の今まではめげなかった。
昔、棒切れを魔法のスティックに見立てて振り回していたにとって、憧れの魔法使いへの道はちょっとやそっとでは諦めきれないのである。
「・・・・子供じゃないんだから離してよ。」
ルックはそんな彼女を迷惑そうに――いや実際彼は迷惑していたので、その端正な顔立ちを歪め自身の法衣を握り締める彼女を睨み付ける。
「いやだー!」
これまた子供のようにそう言われてしまうので、ルックも切れる。それでもあんたは年上か。年下のルックは年甲斐もなく駄々をこねてみせる彼女に苛っとした。 それもここたった2日で溜まった苛立ちに追加され思わずつい切り裂きを食らわせてしまうほどに。
「皺が出来る。」
そうしてルックの法衣を離し撃沈した彼女に彼はそう言い放った。は顔を歪めさせながらもゆっくりと膝を付いて立ちあがる。
傷事態は大したことはないのだ。さすがにルックも彼女が少女ということや、以前風の運んできた噂で聞いた軍主殿のお気に入りらしい彼女をメタ撃ちにするなどと、今は彼がいないからいいが彼が帰宅したことのことを考えると面倒でしかたがなく、だから彼は極力彼女自身は傷つけずにいた。――その代わりに風圧で彼女をのすなどといった大変陰湿な行為は幾度も行っていたが。空気鉄砲のようなものだ。それでも当てられた肌は数時間赤みが残る。
しかし、が顔を歪めさせたのはその痛みからではない。この2日間、洗い物など素早く済ませ空いた時間に会いに行く度幾度となくボロボロにされた自分の衣服に対する痛みだ。
の服は自前である。自身は切り刻まれなくても、丹誠込めて作ったそれを切り刻まれてしまっては苛立たないはずがない。
切り刻まれる度、は自分の部屋でこっそりと右手の甲に宿る真の工の紋章を使い直していた。こんなことで疎ましいそれが役立つとは。しかし今回の件は紋章さまさまであることは確かであった。過去が作ったどこでも水鏡といった自身ですら仕組みのわからない物を製作した彼女にとって紋章を使って服を直すなどといったことは朝飯前である。というか自分で繕えという話であるが、手先が器用でもなく不器用でもない彼女にとってそれは無理な話である。
だが。ただ服を直すだけであっても、何度も使うとさすがににも疲労感が増してた。
そしてこの日、は初めてルックに切れた。幾度となくボロボロにされた我が子の仇。目を吊り上げて彼を睨みつける。
「ルックはなんでそんなに教えるのが嫌なの!」
「あんたが嫌いだからだよ。」
人を睨み慣れているのか果たしてそれもどうかとは思うが以上の眼力で睨み返されずばりと即答された内容には本当に泣くかと思った。
込み上げてきた涙を必死に飲み込んでから、休憩時間終了も間近ということもあり、さっさと自室に戻りボロボロにされた衣服を直しに行かなければならないは、踵を返しつつも声をあげる。
「お、覚えていろよ!明日こそは必ず頷かせて見せるんだから!」
「一生頷かないからもう二度と来なくていいよ。」
まったく相手にされる気配のないであった。
しかしそれがその次の日覆されるとは、ルックは思いもしなかった。
「ルックー!」
その日も変わらず手を振りながらやってきたにルックは心底うんざりした。出来ることならこの身を眩ませたいが、彼の師匠に命じられ軍に参加し、また石版の守り手としてもこの地に派遣されたルックはそうもいかなかった。と、同時に身を眩ませるということは彼女から逃げ出すようで、なんで自分がと無駄にプライドの高い彼は変わらず石版の前に立ち、結局は実に苛々としながら彼女をやってくるの見ていることしか出来なかった。
そしてその日、は昨日の切れた様子も微塵もなく来るなり頭を下げて弟子入りを請う。
「ルック、私に紋章を教えてください。」
こいつにはプライドがないのか、それとも鶏並の脳をしているだけか。昨日は珍しく歯向かって来たと言うのに、そのいつもと変わりない様子にルックは彼女の頭部を見下ろしながらそんなことを思う。
「嫌だね。」
勿論ながらルックはそんなの請いなどばっさりと切り捨てるのだが。ここからいつものような展開がひたすら繰り広げられるのかと、げんなりするのだがその日のは違った。
背後に持っていた箱を、無言でルックへと差し出したのである。
「何これ。」
目の前へと差し出された簡単に包装された大きめの箱を見て、ルックは眉を潜めた。そんな彼には頭を下げたまま告げる。
「山吹色の、お菓子でございます。」
「は?」
「というのは冗談で、ただのお菓子でございます。」
やはり伝わらなかったか、と顔を上げてはその箱の中身を告げた。賄賂で弟子にとって貰おう作戦である。そもそもタダで弟子入りさせてもらおうと思っていたのが間違っていたのかもしれない、と思ったが街への買い出し係に頼みこみ、ついでに美味しいと有名な菓子を買ってきて貰ったのだ。
「こちらを受け取っていただけた暁には、ぜひとも私を弟子にして頂きたく・・・・。」
しかしの言葉は最後まで紡がれなかった。ルックの切り裂きが箱へと命中したためである。
無残にも中身だけがズタズタに引き裂かれ、ひらりと引きちぎられた包装紙が宙を舞う。
そんなさまに数瞬固まっていただったが、何が起こったのかと理解すると、まさに絹を切り裂いたごとく甲高い悲鳴をあげた。
「わたしの全財産がー!!」
「・・・・君の有り金、これしかないの。」
地面へと膝を付き絶望の表情を浮かべるに、冗談ではないと悟ったルックは思わずなんともいえない表情で彼女を見下ろした。
菓子折り一つが全財産などと、彼女はどれだけ貧乏なのだ。しかし本当には全財産もとい解放軍に家事手伝いとして働く前金として貰ったお金で菓子を買ってくるように頼んだため、にはもう一文もお金は残っていなかった。それも見事見るも無残な形になってしまった。
あまりの儚さにちょっぴり目尻に涙を浮かべる彼女と、彼女の全財産が散っていくさまを見て、ルックは信じられない表情を浮かべ、ふと思い浮かんだそれを口にする。
「・・・・まさかとは思うけど、軍入りしたのも三食宿付きだからとかいう馬鹿げた理由じゃないよね。」
まさにその通りであった。思わず視線を逸らすに彼は図星であると悟る。
「嘘みたい。正真正銘の馬鹿だったわけだ。」
心底呆れた表情で自分を見下ろしてくるルックに、飯を馬鹿にするな!と思わずかちんときそうになったがそこはぐっと我慢した。
ここ数日彼と会話しているうちには自分の忍耐力が格段と増したかのように思える。
「・・・・そう言うルックはどうなのさ。」
怒りを堪えは逆に彼に聞いてみた。
が見たところ、彼は今まで他の解放軍メンバー同様帝国に敵意を剥き出しにし、必死に駆けずり回っている様子など一度も見たことなどない。ただいつも石版の前に立っているだけである。
そんな彼が果たして、なぜ人嫌いだというのに解放軍に加わったのか、にはまったくの謎だった。思わずうろんげな目をして彼を見れば、ルックはそんな彼女を鼻で笑って見せる。
「レックナート様に命じられてしかたなくさ。」
「・・・だれ?」
「僕の師匠だよ。だから、あんたなんかと一緒にしないでくれるない。」
とどうにも見下した様子で彼はそう告げたのだが、彼の志願理由を聞き数秒の脳内処理が終わったとき、は思わず、と言ったように言葉がもれる。
「・・・それって、ただの師匠のパシリじゃん。」
小さな呟きではあるが、それは静かなこの場所で割と大きく響いた。そしてそれを拾ってしまったルックは、珍しくも思考停止に陥ってしまった。
間に流れる痛い沈黙。
そして再び正常に動かされるとルックはこのアマ、なんて思わず口調が変わった乱暴な言葉を心の中で呟き、青筋を浮かべんばかりの険しい表情でを睨みつけた。
「言ってくれるね?あんたに何がわかるっていうんだ。」
「なにもわかりません。だってルックに弟子入りしたいのに、ルックが断るから。」
「当たり前だよ。誰が君みたいな面倒くさそうなやつ。弟子をとるならもっとマシな奴にするよ。」
「じゃあルックの弟子取りの条件ってなんなのさ!」
「君みたいに喚かない奴、君みたいにしつこくない奴、君みたいに馬鹿じゃない奴。」
「選り好みしすぎじゃボケぇー!!」
はバシンと見るも無残になってしまった菓子箱を床に叩き付けたい衝動に駆られたが、そこは今は無残な姿でも一応食べられるかもしれない街で美味しいと評判のお菓子と思うと、ゆっくりとちょっと離れた地面に置いてから思い出したかのようにその場で地団駄する。そういうのが馬鹿なんだよ、とルックはそんな様子を見ながら先程の怒りもどこかに行ってしまい、呆れた表情を浮かべる。
「普通の標準なんだけど。」
とりあえず正論を言っておいてやろう。彼女も自身の愚かさに気づくかもしれないというやはりなんとも酷い気遣いであったが、はまったく気づくことなくルックに指を突きつける。
「それに私は馬鹿じゃない!」
「・・・ふぅん。じゃあ、これを読める?」
ルックが取り出したのは、今までルックが読んでいた辞書か何かのような分厚い本ではなく、ちょっとした文庫本ほどの大きさのそれだった。
はどういうことかと首を傾げる。そんな彼女に、ルックは告げた。
「これを読めたら、弟子にしてあげる。けど出来なかったら、ここに二度と来ないでくれる。」
そう言われて頷かないほうが無理だった。は考えるまもなく頷いて彼の条件を飲む。ルックはしめた、と思いつつもそんな考えを表情に億尾も出さず、いつものように涼しい顔をして、もとい無表情での前にページを開き、その部分を指差す。差し示されたのは一枚のページ。だというのにそこに書かれていた二行だけの文章であった。
はそれをじっと見つめ、読めませんと白旗を上げるだろうとルックは思ったのだが数秒後、彼女の口から出たのはその言葉ではなくルックの予想を大いに覆したものだった。
「・・・・『世界は星に定められ、星はそれぞれの運命を辿る。その道は時に険しく、運命は過酷なれど、それさえ許されぬほど無慈悲ではない。』・・・なにこれ?どういうこと??」
「・・・。」
嘘だろ。思わず目を見開いてルックは彼女を見た。
ルックが差し示した箇所、そこには二行ではあるがシンダル語という、この世界ではまだ完全に解読されていない文章が書かれていた。
文庫本ほどの厚さのこの本だが、そこには解読と、それまでに至る解説が長々と書かれている。シンダル語で書かれたその二行の為に、この本は書かれたといっても過言ではない。ルックもまたその解説を読み、その解釈が一番であると思っているからこそ、この本を大切にしていた。よってその気難しく展開されている解釈の仕方を読み理解するか、最後のページに書かれた結論を読まない限り、この文字がなんというのかわからない。
が見たことがるあるのか、とも思われるがこの本はシンダル語という希少なものに対して記され、二行でも解読された本であり、そんな希少な本は彼の師であるレックナートの書庫で見つけたものなのだ。その後許可を貰い、貰い受けたのだが。
まさかその本の内容を、彼女が知るわけがないと思っていたルックは呆然とする。
「・・・あたり?」
「・・・・。」
読めるわけがない、知っているわけがないとわざわざ彼女を自分から離すために、自室の本棚から持ってきたというのに、彼女はそれを軽々と読んでしまった。
当然ルックは軽くショックで、二の句が告げない状況であった。
「・・・・・あたり!?」
なんだか知らないが、が読み上げた通りでよかったらしいと、無言のルックに思わず喜色を含んだ声をあげる。
てっきりルックのことだから、難しい暗号だとかそういった謎々みたいなものを出してくるかと思っていたのだが、ルックが見せたのは普通の文章。
これが暗号か、謎々なのかとじっと見つめて考えたものの、には全くもって判らず、結局はその文章を読み上げてしまったのだが。まさかそれでよかったとは。今までの苦労が報われた。は有頂天で今なら土壌掬いだろーが人前で踊れる!などと思った。
「これで私も弟子入りね!よ!よろしく師匠!」
師匠というのにまったく敬った言い方ではない。軽く肩を叩かれたルックは、我に返りすぐさまを睨みつけ、眉を寄せているその様子に彼が大変不本意であることを知る。
なのでルックが口にするよりも早く、は慌てたように声を上げた。
「男だろ!一度言ったことを覆すなんて女々しいことはしないよな!?」
実はこの時は実にルックの痛いところを付いていた。ここである一言を言わなければルックはシラを切る気満々であった。そんな彼を言葉に詰まらせた言葉。
それは『女々しい』という言葉であった。ルックは実に端正な顔立ちをしている。それも少年ということに加え、紋章を扱うことから無駄な運動を嫌う彼は、同年代の者達よりも筋力がない。結果細身な彼に中性的な美貌と相乗効果で、幾度も彼は女と間違われていた。それも本人は大変不快ながら男からナンパなどされた事もあるほどである。
その度に、相手は切れた彼により切り刻まれていたが。とにかく彼にとって女の子らしいというのは禁句であると同時に、コンプレックスでもあった。
よって『女々しい』などと言われてしまえば、そんなコンプレックスを抱える彼は何も言えなくなってしまうのである。異論を唱えようとしていた口を閉じ、ルックは歯軋りしそうな勢いで彼は奥歯をかみ締める。
とは言えば前言撤回をしそうだった彼が、苦渋の表情をして口を閉じてしまったことにより、目を瞬かせる。これはまさか、ほんとうに。
「ルック、弟子にしてくれるんだよね?」
「・・・・。」
「ルック!」
「・・・・わかったよ。」
すると、彼は実に不承不承ながらも頷いて見せた。彼は自身のプライドの高さゆえ、そう頷かされずにはいられなかったのだがは知る由もない。
次の瞬間、は盛大に喜びの声を上げたのだった。
まさかの、逆転ホームランである。
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