Skyting stjerner1-7
「、そこにあるボールとってくれないー?今手が離せないの。」にそう声をかけたのは彼女と同年代の少女であった。彼女はと同じ家事手伝いの者である。
は頼まれたものを探し、すぐ手元にあるものだと気づくと包丁を調理台の上に置きそれを彼女の前に置いてやった。
「はい、どうぞ。」
「ありがとー」
彼女は鍋の様子を見ながらが既に刻んだ具が入ったボールの中身を入れていく。
が解放軍で働き初めて早3日目である。
始めはうまくやっていけるかと、それこそ昨日の夕食時まで彼女は彼女によくしてくれるグレミオ以外上手く付き合えていなかったのだが、それも昨夜解消された。話をしていくうちに段々と溶け込めて言ったのである。今ではそれなりに仲がいい。
異世界で、それも初めて同姓とこれから同じ仕事仲間としてやっていくのだ。上手くやってかないと、とガチガチに緊張していただったがなんてことのない、誰もが本当に普通の女の子たちだった。
そもそもティルやグレミオ、ヒューイ達ドワーフ、サスケなどと既に異世界の住人と上手くやれたのだ。異世界という思考の不一致から上手くやっていけるかだなんてこと今更ながら気にする必要はなかった。は残りの具材を刻みながらそんなこと思う。
「それにしても。」
そこで鍋の方が一段落したのか、手が空いた同僚、シェリンダが声をあげた。
「なに?」
は彼女を見ることなく、調子よく具材を刻んでいく。
「ティル様って格好いいよねー・・・・。」
思わず刻んでいた手が一時止まってしまった。シェリンダはそんな彼女に気づいた様子もなくどこか夢見がちな表情で遠くを見つめる。
「昨日の夜もまた一段と素敵で・・・・くー!解放軍って美形多いけどティル様はやっぱりずば抜けて輝いて見えるわー!」
「シェリンダ・・・。」
ついついは呆れて声を上げてしまった。まさかそれ目当てではと疑ってしまうほど彼女の輝く目や語る口調は熱い。まぁも寝食目当てなのでどうにも言えないが。
しかし、確かに彼女の言う通りであった。グレミオといい、ティルといい、昨日食堂内で見かけた中でも男女かまわず相当な美形達がいたのをは見た。まさか解放軍に入る条件は顔か?などとつい疑ってしまったほどである。ところがそんな彼女の反応が気に食わないのか、シェリンダはむっとした声をあげた。
「何よーだって格好いいと思わないの!?」
「いや、十人が十人認める美形だとは思うけど・・・。」
誰も格好悪いなどとは言っていない。とて始めてティルと会った時は呆然と見上げてしまった程だ、と過去の自分の恥ずかしい姿を思い出してしまい羞恥を誤魔化すため具材を刻むのに集中することにする。いい匂い、と思っていたなど死んでも言えない。
料理も残り僅かということで他の面々は―グレミオも含めて―他の場所へと雑用をこなしに行っていて、今この調理場にシェリンダと自分しかいないことはにとってこれ幸いであった。他の家事手伝い達が周りにいればきっとの顔が赤いのがバレていただろう。
「あーもう!なんであんなに格好いいのかしらティル様ー!」
「呼んだ?」
と唐突に調理場に思いもよらぬ、聞き覚えのある声が掛かったものだからはうっかり包丁を落としそうになった。手から離した包丁を空中で掴めたことはまさに奇跡である。
「うわ!大丈夫!?」
包丁を落として足の上にぶすっといった悲惨な状態ならず一瞬で出た冷や汗を流しつつ安堵の息を吐いただったがそこで声の主を見た。
彼は慌ててたようにこちらへ足早に向かってきたかと思うと、出入り口からそれなりに距離がある調理台まで一気に来ての手を掴んだ。
唐突に現れたことやら近づくの速っ!ということやらつか手!といった具合に年頃な女の子としてぎょっとしただったが彼はまったく気にした様子なく、彼女の手を広げ包丁を外しその掌をまじまじと見ていた。おお顔近い!なんか顔近い!というかだから手!の内心はパニック状態だ。も低いというわけではないのだが、同年代としては相当背の高いティルが自身の掌を見ると身長差が縮み、自然と顔が近づいてしまうのである。秀麗な顔がかなりの近くにありは自分の心臓が激しく脈打ってるのを感じた。人のことを担いだりとこの少年は年頃の羞恥心はないのだろうかとなんだか一人動揺している自分が悲しくなってしまうである。
(ああ羞恥心がない年頃の奴といえばアレもいたな・・・・)
そこでドワーフの村に置いてきた、多分今頃長老から頼まれた鉱山から帰ってを探しているだろうアレを思い出しつい遠い目をする。そう考えれば自分の激しく脈打つ心臓も正常に戻っていく気がした。恐るべし慣れ。
そんな時、丁度顔から熱が引いた頃にようやくティルが視線をの掌から上げた。突然顔を上げため、余計ティルの整った顔が近くなってしまいは上半身を仰け反らせる。本当は異性に手を握られてるのも恥ずかしいのだがティルが相当強く掴んでるのか離れる様子はない。
「血、出てるね。」
顔を上げたと思ったら眉を寄せ難しい表情をするものだから、なんだと思ったのだがもティルに掴まれた自分の左手を見て納得する。
「うん、出てるね。」
咄嗟に包丁を掴んだとき、掴んだ場所が悪かったのだろう。掌に切り傷が出来ており、そこからぷつぷつと血が出てきていた。
「『うん、出てるね』って・・・・。」
するとティルはどこか機嫌を損ねたようであった。それに驚くのはである。彼はなぜか、いつも穏やかな笑みを浮かべているイメージがあったからかもしれない。
「でも、これくらい放っておけば治る・・・・・」
だが何に彼が怒っているのかは検討がつかず、とりあえずは再び自身の傷を見てからそう言ったのだが、その言葉は段々と萎んでいった。
顔を上げて見たティルの顔が更に機嫌を損ねたように見えたからだ。眉間に小谷が出来ている。というかこれはもしかして怒った?
「『これくらい』だって・・・?」
(なぜ・・・・!)
ティルの音色は通常よりも大分低かった。我等が軍主殿は明らかに怒っていらっしゃるようだ。思わずは頬を引きつらせる。
「あのー・・・・」
何を言えばいいかは分からないが。まずい。このまま彼を怒らせておくのは自身の精神的にまずい。美人は笑うと迫力があり、また美人は怒っても迫力があるのだ。つまりは何をしても絵になるというか普通より精神負担が大きい。いろいろな意味で。ティルは正真正銘の美人であり、それに短い付き合いだがの中では常に穏やかな笑みを浮かべているというイメージが既に出来上がっているため、そんな彼が笑みを消し去って怒気も露にされるひっじょーに恐怖を覚えるのである。とりあえず謝っておくか?いや怒らせた理由も理解せず謝っても気分を害させるだけでは?
そんな彼女のもんもんとした考えはティルに手首を引っ張られたことにより止まる。
「、借りていくよ。」
「は?え、え?」
今この御仁はなんとおっしゃったか。というかどこに行く気だ。私は仕事があるというのに。だというのにティルの手は離されず、当然のごとくの聞き返しも無視だ。
一方シェリンダといえば、突然のティル様来訪にしばらく放心状態だったのだが、憧れのティルに声をかけられたのだと気づくと頬を紅潮させ元気よく声を上げた。
「はい!どうぞティル様!!」
あれよあれよと流されてしまったようだ。最後の砦というべきか、同僚であり先輩でもある彼女に許可を渡されてしまえば軍主であり一応雇用者である彼に一般使用人しかも新米であるには抗議のしようがない。
そうしてティル手首を引っ張られ気づけばシェリンダは扉のむこうであった。残りわずかといっても昼食の準備、シェリンダだけで大丈夫だろうかと不安に思ったであった。
ティルに引っ張られて連れて行かれたのは食堂よりも3つ程の上の階、最上階の一室である。
さっぱりとしていてこれといって無駄な家具類はないものの、に割り当てられた部屋より広く置いてある家具もまた良質そうだとドワーフの村でいつのまにか悟っていた観察眼で判断する。途端はあれ、これはもしかしなくても。と胃にひんやりとしたものが落ちた。そもそも最上階であることからしておかしい。医務室は普通外からの来た怪我人を早く見るためにも一階にあるものだ。
だがそれを口にする前にはティルにより肩を押され問答無用に椅子に座らせられる。彼はを座らせてから箪笥の方へと向かい、一つの大きめな木箱を取り出した。テーブルの上にそれを置きティルもまたテーブルを挟んだ向かい側に椅子を引き座る。
「手を出して。」
言われたままには素早い動作で手を差し出した。両手を突き出したにティルは一瞬目を瞬かせたもののすぐに呆れたように溜息を吐いてからの左手を手にとる。箱から取り出したガーゼに何やら薬品を染み込ませの掌を広げさせる。そしてそれを傷へと押し当て圧迫させた。
「・・・あーと、もしかしなくても。」
そこでは声を出した。それはこの部屋に入ってから浮かんだ最初の疑問ではないがは先にそちらを尋ねることにした。
何しろ十中八九そうであろうが、それはそれで大変申し訳ないからだ。
「・・・怪我の手当て、してくれてたり、する?」
返答は再び吐かれたティルの呆れた溜息で十分である。
「その、ごめん!ありがとうございます。でもさ、別にこんな傷放って置けばー」
「だから。」
部屋まではどちらとも無言で、というかもなんとなく原因不明に怒った様子ティルに声が掛けづらく、互いに言葉を発さず部屋まで来たのだが、部屋についてから聞いたティルの音色は前聞いたときと同じ音色だったためすっかり怒りも冷めたと、というかだからこそはティルに声をかけたのだったが。部屋に響いたティルの常ではないと思われる低い声に思わずは肩を震わせた。
は目を逸らして脱兎のごとく部屋から出てしまいのを我慢してティルを見つめる。
ティルはの掌を見たまま、若干傷を圧迫する力を込めてから続けた。
「さっきから聞いてれば放って置けばいいだとかこんなのとか。血が出てる時点で皮膚の表面だけじゃなくて皮下組織も傷ついてるってことだよ。そうなると直りが遅いのはだって知ってるよね?ただでさえ治りにくいのに放置なんかしてその間に菌でも入ったらどうするの?ここはついこの前まで廃墟だったし基はただの岩を利用して城にしただけだ。清潔とは言い難いんだわかる?」
ぐうの音もでなかった。
「すみませんでした・・・・。」
思わず込み上げた気持ちのまま謝る。とりあえず、これ以上正論でちくちくと自分の浅慮さを攻撃されるとちょっと泣きたくなってしまう。だからもうやめてくださいの気持ちで一杯のである。
ティルはが心底反省しているのがわかったのか一息ついてからようやく音色をいつものものへと戻した。
「何事も対処は早いほうが一番。わかった?」
「ハイ。」
これが我等が軍主。同年代で解放軍のリーダーなんて大それたもの、できるはずがない信じられないと思っていたがそんなことはなかったと身をもって分からされた。どうにも彼は有無を言わさず人を従えてしまう力があるらしい。そういえば初めて会ったときもそんな気があったかもしれないと今更ながら気づいたである。
末恐ろしい。この年にして末恐ろしすぎる少年である。更には見る者を魅了してしまう美貌も兼ね備えていることからもうほんとう彼は一体どこまでいってしまうのか。そう思うと思わずは背筋を震わせた。
彼はそれで満足したのか、器用にもの左掌の傷を右手で抑えたまま、左手で木箱から再び新しいガーゼと大きめの絆創膏を取り出した。
しかし今更だが真の紋章のない左だけでも調理中は手袋を外しておいて良かったとは思った。二の腕まであるあれは結構特殊な品であり、ヒューイと長老のタッグで作られた何で出来たかは知らないが薄い素材で頑丈な特注品である。それなりに気に入ってるとしては、その手袋を切ってしまったりしていたら今頃相当落ち込んでいただろう。
「はい。出来たよ。」
そんな自分を想像しているとティルの方も手当てを終えたようだ。いつもの穏やかな笑顔を浮かべるティルに、やはり美人は笑顔が一番だとほっとしつつは礼を述べる。
「ありがとう・・・・ございました。」
と、途中慌てて敬語を付け加える。そういえば彼は軍主、この軍のトップである。そんな彼に敬語抜きなどいいわけがない。何しろ軍という場所は上下関係が厳しいというし。慌てて敬語を付け加えたのがバレたのか、ティルが訝しげな表情を浮かべる。はそんな彼に指摘されてしまう前に話題を転換してしまうことにした。
「そういえば!ここってどこなんですか!」
白々しいあまりにも唐突な話題転換に、しかしティルは乗ってくれた。
「俺の部屋だよ。ここはまだ、医者もいなければ医務室もないから。」
「そうなんですか!ティル様の部屋なんですか!私もそうじゃないかなーって思ってたんですよ!」
そこまで言い切っては部屋へと向けていた視線をちらりとティルへと向けた。そして後悔した。
ティルが更に訝しげ――どころかいつぞやの厨房よろしく眉間に皺を寄せてしまっているのである。なぜだ!どうしてだ!思わずはその場で頭を抱えたくなった。
敬語が変だったのだろうか。しかし自分は正しい敬語表現など先生に使うですます口調ぐらいしか知らないのだ。授業でも習ったがからすれば似たり寄ったりな敬語表現をいつどこで使えばいいかさっぱりである。どうしようもなかった。
「・・・・・?」
「はい!」
元気よくお返事してみた。こればかりは敬語が間違ってるなんてことはないだろう。なんたってはいかいいえしかないのだ。
「敬語、やめてくれるかな?」
しかしティルが怒っているのはどうやら間違った敬語の使い方なんかではなく、ティルに対する敬語を止めてほしいとのことだった。
それはとしては大変ありがたいのだが――それで周りはいいのだろうか。なにしろ彼はトップの人間だ。そんな彼に最下位に位置する自分が敬語ナシなど。
思い返してみれば同僚であるシェリンダからトップ2であろう軍師のマッシュでさえ彼に敬語だった。だというのに自分が敬語を使わなくていいなどあっていいはずがない。
「でも、ティル様は軍主殿だし・・・。」
軍主と呼び捨てしていいのか分からずとりあえずは殿をつけてみた。はたしてそれがあってるかどうかはにはわからない。
ティルは益々機嫌が悪くなったようである。は心なしか眉間の皺が深くなったような気がした。
「様もやめて。」
そうは言われても。
「・・・・・でもティル様。軍師のマッシュ様でさえき・・・貴方には敬語なんですよ?」
途中で君だなんて言いそうになったは慌てて言い直した。するとティルは苦虫を噛み潰したような表情をする。
「・・・マッシュは何を言っても聞いてくれないんだ。」
「だったら尚更、私もそうするわけにはいきせん。」
うわ、自分敬語きもっ!と思いつつもこればかりは真剣な表情で言い切った。上がそうするなら下も従うまでだ。郷に入っては郷に従えとはよく言う。
けれど唐突にティルは顔を横へと背けさせた。
それまで穴が開いてしまうのではと思ってしまうほど金色の強い目で半ば睨みつけるように見られていたとしては彼の態度に訝しがる。
「ティル様?」
「・・・・・。」
声をかけても無反応である。
「えーと、ティル様?どうしました?」
「・・・・・。」
再び声をかけてもやはり無反応。聞こえてないわけではないだろう。
「ティル様ー?」
「・・・・・。」
沈黙というのはにとって大変つらいものである。は唐突に教室が静まり返るとつい笑い出してしまいたくなるつまりは沈黙に耐えられない人種なのだから。
「ティル様?」
「・・・・・。」
「ティル様ー?」
「・・・・・。」
「ティール様ー?」
「・・・・・・。」
「ティルー様ー?」
「・・・・・・。」
「ティールーさーまー?」
色々と工夫して呼んでみたがどれもだめであった。笑いもしない。
一体どうすればいいのか。ネタも尽きてしまったというのに。悩むところが違う気がするが彼女が本気で悩み始めいっそのこと恥を忍んで歌いながら名前を呼んでしまうか思ったその時だ。
「ティル。」
ようやく発せられた声には勢いよくテーブルへと向けていた視線を彼へと向けた。するともう一度彼は口を開く。
「ティル。」
短く、ただそれだけを。決してには顔を向けず横へ向けたまま。そんな彼の様子には固まった。固まって――
「っははははは!」
込み上げた笑いに堪えきれずついに笑ってしまった。バンバンとテーブルを叩いて笑い堪えようにもどうにも止まらない。突然笑い出したに驚いてティルは視線をへと向けたがそれでもの笑いは止まらなかった。顔を背けてただ短く要件だけを言い切った彼の様子を思い浮かべるたびに溜まらなかった。あれではまるで。
「こ、こどもみたい・・・・!」
この男!拗ねている!そう理解するや否やは笑いが込み上げてしまったのだ。解放軍のリーダーなんて大層なものをやって、人を有無を言わさず従わせるような力がある少年のようにみえないこの少年が、すねた!!それがのつぼを刺激した。しかも彼が女も羨むほどの美貌の持ち主ということもあって、その様がかわいく見えてしかたがなかったのだ。
「なっ・・・・!」
するとようやく自分が笑われている理由を察したのか、そして自分のつい行ってしまった子供じみた行動に気づくとティルはその顔を羞恥に染めた。
ここにもし、常の彼を知る人がいれば口を揃えて言うだろう。ティルがティルじゃないと。だがここには常の彼を知らない、それこそ知り合ってまだ3日しか経ってないしかいない。しかもそのうち会話をしたのは1日ぐらいだ。彼女は笑いに笑い、ティルは自分が笑われてることと、そんな行動をしてしまったことに信じられない思いであった。自分は笑う側である――それもそれでどうかと思うが。とにかくティルはが笑い終えるまで必死に羞恥に耐えなくてはならないのだった。
「っはー・・・・笑ったぁー・・・・。」
本当は笑い転げてしまいたかったがそこは人前、しかも異性の前であることから耐えはそれからしばらくしてそう言った。ティル未だ赤い顔を片手で覆い隠し無言である。耳まで紅くなっているの顔を隠しても意味がないのだが。実はその様子が彼女の笑いを引き伸ばし原因でもあったりする。
はテーブルへと笑い疲れた体を突っ伏しティルを見上げる。
「わかった。わかりましたよティル。」
するとティルは覆っていた手を外しを見た。そんなティルを見ると再び笑い出しそうになってしまうがそこは我慢した。これ以上笑うと彼が可愛そうだし、怒ってしまいそうだ。
「ティル。」
にかっと笑って確かめるようにそう呼べば、彼は目を丸くしてを見ていた。そうしてゆるゆると口の端をあげていき、彼は笑みを浮かべたのである。
その頬は少し紅潮していて、彼が喜んでいるのだと思うとも自然と笑顔になる。笑顔は笑顔を呼ぶものだ。
そうしてお互いにしばらくにこにこと笑い穏やかな時間が流れていたのだが。
「じゃあ敬語もナシね。」
「え?」
唐突にそう繰り出したティルに思わず普通に頷き了承しそうになって慌てて疑問の声をあげる。見ればティルは変わらぬ笑顔だ。
名前は様付けでなくなったとしても、敬語をやめるつもりのなかったとしては慌てた。というか実のところ、名前を呼ばなくても会話は成り立つと思ったのだ。貴方、や軍師殿、など。屁理屈といえば屁理屈である。それに、人前以外会う機会があれば、その時に敬称なしで呼んでしまえばティルも気づかないのでは――と。ところがそんな彼女の考えは実行する前から筒抜けであったらしい。
「ね?」
疑問系ではあるがそれは有無を言わせぬものだった。
なんでか先ほどまで和まされていた笑顔が今やプレッシャーを与えるものとなっている。ここまで来て、ないだなんて言わないよね。彼の目はそう語っていた。
笑顔ってこんなに種類あったけ?
もはやには顔を引きつらせつつ、頷くしかなかった。
最後の最後で、軍主殿の手腕を見せ付けられたである。
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