Skyting stjerner1-54

竜騎士洞からトラン城へと戻った、翌日の事だ。は自室で寛いでいると、1週間後に再び出陣する事をティルから知らされる。
ちなみに、の腕輪でティルのソウルイーターの呪いは一時的に封じられている。ならば、もうこうして同じ部屋で寝る必要はないのではないかとは言ったのだが、確かに腕の疼きは消えたが、念には念を入れたいのだという。結果まだ三人共同部屋であった。同室であることを知ったテッドも驚き呆れもしたが、変えるつもりはないらしい。未だ一人部屋への道のりは長かった。
話は戻る。なんでもトラン城へと帰還した日に、タガートという男が軍主であるティルの帰りを待っていたのだという。カスミとクリンが話していたのはその人物の事であろう。彼は、主人であるウォーレンにティル本人に伝えるまでは誰とも喋るなと言われていたらしい。タガートは周りにどれ程疑われても、固く口を結んでいた。
タガートの話によると、北方の守りをテオ・マクドールから引き継いだ、カシム・ハジルが最近になって反乱分子の弾圧を始めたのだという。それにより帝国に追われる者達の避難場所になっていた彼の主であるウォーレンの屋敷がカシム・ハジルの兵に取り囲まれたのだ。
ここでたちも知る名前が出てくる。ビクトールだ。彼は亡き故郷に、仇を撃ち取った報告をしに向かっていた。その帰りの事だ。偶然にもキナ臭さを嗅ぎ付け、ウォーレンの屋敷へと立ち寄ったビクトールは、彼等に助力したのだという。しかし弱った者達を匿っていたウォーレンの屋敷には充分な兵力はなかった。いくら前線で戦うビクトールといえども多勢に無勢に力尽き、帝国兵にウォーレンともども囚われてしまった。
現在カシム・ハジルの兵力は八千を越えている。加えて訓練を受けた軍に対し、解放軍は寄せ集めの軍隊という事もあり解放軍は軍としての訓練を数日間行う事にした。ーーというのは建前で、ティルによるとその遠征中に北方へと攻め入るという。
カスミやクリン達が帝国領を探った所、可笑しな点が幾つかあった。そう、ガランの関所からの撤退のタイミング、ロリマー地方への進軍や、ウィンディがタイミングを見計らったかのようにシークの谷に現れたことも。此方の動向を読まれただけとは思えない帝国軍の動きに、ティルは随分と前から疑念を抱いたのだ。念のため探らせていたのだが、その疑念は当たってしまう。
解放軍の兵糧が、把握されてしまっている。進軍するために必要な兵糧が把握されてしまえば、解放軍の動きは容易く読まれてしまう。今の解放軍は、帝国を何度も打ち倒したことにより勝機を見出だしたことから急激に志願兵が増えている。もとから、市民は帝国の圧政に苦しみ、度重なる重税に人々は餓えていた。今はすべての者に供給は行き届いている。しかし、長期の進軍となれば話は別だった。農夫すら出兵してしまえば、仕入れは減ってしまうのだ。だからこそ、兵糧は重要であった。
それが帝国軍に漏れている。解放軍内にスパイが紛れ込んでいる可能性は高かった。ここにきて、深刻な事態であった。しかしならば、それを逆手にとるべきだとマッシュは提言した。訓練として遠征し、そのまま出陣するべきだと。敵を欺く為には味方からという。さすがマッシュである。いい手だと思うが、しかし自身やラズリルに言ってよかったのだろうか。は不安を抱いたが、ティルはそれを一笑した。準備の事もあるし、何よりも信頼しているのだという。それに嬉しさを感じない訳がなく、は決してこの件を――言うつもりもないが、誰にも言わぬと誓ったのだった。
こうしては一週間何を言う事もなく、当日を迎えたのだった。
「よし、これより全軍北へ向かう。このまま、北方へ攻め込む。」
船に乗り、練習地に着くと、軍に向かって宣言した軍師であるマッシュに、訓練だと思っていた解放軍の面々は一様に驚く。一瞬の静寂の後、兵にどよめきが広がった。
動揺の広がる兵の中、いち早くフリックが眉を潜め非難を上げる。
「なんだって!?なんで、そんないきなり・・・。」
「そうです。今日は、ただの訓練だったのでは・・・」
サンチェスの言葉に、マッシュは首を振った。
「帝国軍も、そう思っている筈です。この機を逃してはなりません。このまま北方へ攻め上ります。」
「・・・奇襲か。」
ハンフリーが呟き、フリックが呆れたように頭をかいた。
「道理で、訓練にしちゃあ装備が多いと思ったぜ。しかし、ここからじゃあ北は正反対だ。今から向かっても・・・・。」
言葉の途中で、フリックは何かに気付いた様だった。はっとした表情で言葉を止めたフリックの後を、ティルが続けた。
「ここより、解放軍は北の関所に向かう。今から休む事なく向かえば、夜更けに関所にはつくだろう。
―――そこで、夜襲をしかける!」
その言葉に、ざわめいていた兵が一瞬で静まり返る。マッシュが続けた。
「体調が悪い者、辞退をしたい者は申し出て下さい。」
しかし、静寂の中辞退の声を上げる者はいない。例え辞退したくとも、兵が一同に集まったこの場では委縮してしまい、声は上げられないだろう。数人の兵がそろり、と辺りを見まわす。様子を見る彼らは、この場を辞退したくとも声を上げられない者たちだ。ティルは目尻を緩めた。
「我々は足を止める事なく進む必要がある。帝国に仕掛ける準備は出来た。これ以上、帝国相手に後ろ手に回るわけにはいかない。ここから先は、歩みを止めない者だけがついてきてくれ。
先に言おう。解放軍は振り返らない。」
今までは、帝国兵の様子を見ながら戦を仕掛けていた。攻め込んできた帝国兵を迎撃する戦がほとんどで、防戦の一手ばかりであったと言っても過言ではない。しかし、それでは進まない。防戦一手では永遠に帝国を倒す事は出来ないのだ。ティルは真摯な目で、兵たちに語り掛けた。
「何があろうとも、足を止めることはない。大国の盤石が崩れかけた今この時が、帝国を倒す唯一の好機。ならば―――突き進むのみだ。全てが終わるまで、この国を打ち倒すまで。我々は止まらない。」
ティルはそこで兵を見渡す。そこで、ふと表情を和らげた。
「全てをかけて、自由を手にしたい者は―――このまま、共に進もう。」
僅かな物音すらない静寂が、その場を支配していた。辺りを伺っていた兵すらも、前を見据える金色の目に魅入られ、やがて己の拳を強く握りしめた。
痛い程の沈黙を破ったのは、一人ではない。拳を振り上げたかと思うと唸るような、大きな雄たけびで返した。それは爆発的に、一斉にその場に広がる。呼応の雄たけびは天高く轟き、大地を揺らすほどであった。
誰一人周りを伺う者はいなかった。目には燃え上がるような闘士を灯し、誰もが前を見据えている。怯んだものもいたのだろう。しかしティルの言葉に、それぞれが強い意志で声を張り上げていた。
やがて兵を見据え、ティルもまた揺らぐことのない強い眼で、号令をかけた。
「全軍、進軍!!」
轟轟と再び兵の雄たけびが上がる。
マッシュは軍主の傍らでその様子に舌を巻いた。今回は味方をも騙す策だ。信頼を裏切るような言動に、反発が起きても可笑しくはなかった。それをこの年端もいかない青年は、全て丸く収め、前へと進めて見せたのだ。自身も軍師として、策を立案したものとして上手く纏めるつもりではいたが、離反者は数人いても可笑しくはないだろう。その場で反乱が起きないだけ、僥倖である。ところが彼は誰一人として離反者を出すことなく、纏めて見せたのだ。
この流れは。マッシュは無意識に唾を飲み込んだ。そして強く思う。
―――今、この時、時代が動いている。

***

解放軍の面々はそのまま、休むことなく北へと向かった。
草木は眠り、夜も更けた頃。その日は厚い雲間に星はおろか、月も隠れていた。気候、風の流れ、月の周期から読んだ狙い通りである。北の関所には松明の光だけが幾つも揺らぎ、城門を照らし出していた。厳重に武装した兵が五組、外を油断なく警戒している。
「変わりないか?」
「ああ、問題ない。」
中肉中背の男が、背の高く、細身の男に訪ねる。背の高い男は淡々と返すと、再び門の上部に位置する矢狭間から城外を油断なく見た。その様子に、男は欠伸を一つ溢す。門番は二人一組で行っているが、どうにも相方は生真面目である。どれだけ警戒しようとも、解放軍が攻めいってくると知らせは来ていない。警戒した所で無駄であるのに、よくもずっと矢狭間から外を見続けられるものだ。
目尻に浮かんだ涙を拭いながら、再び欠伸を一つ。しかし、まあ、暇である。上からの指示で、取り締まりを強化し始めたことから、見張りの兵は倍に増えた。これだけいれば、たとえ解放軍以外に関所を襲う者がいようともすぐに対応できる。何しろ、相手は市民だ。武器を持ったところでウォーレンの屋敷を占拠したように簡単に制圧できるのだ。
懸念の材料である解放軍は先に述べた通り、こちらへの動きはないと報告が上がっている。男はやがて、うつらうつら舟すら漕ぎ始めた。傾きかけた体に我に返り、背筋を伸ばす。いけない。門番中の居眠りがばれてしまえば、減給である。すぐさま一瞬でも寝てしまったとばれぬよう、取り繕うように相方へと確認の声を掛けた。
未だ残る眠気眼を相方へと向けて、すぐのことだ。覚醒直後もあり、視界は薄らとぼやけていた。ぼんやりと闇夜に浮かぶ男の影が見え、そこでふと違和感を抱いた。
何処か可笑しい。あいつは縦だけ長いが、ひょろっちい男だ。あんなに、体格ががっしりしていたか?
おい、お前ーー
訝しむより先にかけた声は、しかし音にならなかった。相方であったはずの男が、鞘に収まったままの剣を男に振りかぶったのだ。素早さとは裏腹に重い一撃に、男は一撃でその場で昏倒してしまう。倒れ込んだ兵を見下ろし、男は鞘にしまったままの剣を肩に担ぐと、闇夜に掻き消えるほどの小さい声で呟いた。
「見張り中に、居眠りとは感心しねぇぜ。」

僅かな物音に、少し離れた場所で城外を見渡す兵の1人が首を傾げる。「なんだ?」
「どうした?」
「いや、何か向こうで物音がしたような・・・。少し様子を見てくる。」
もう一人の兵にそう告げると、男は物音がした方向へと向かう。松明に照らされた背は、やがて暗がりに見えなくなった。残された兵は、気にすることなく矢狭間からの警戒を続ける。
その時、ヒュッと風を切る音が耳裏を掠めた。防具の継ぎ目、右肩に鈍い痛みがする。
違和感に背後を見た時には遅かった。ぐわんと脳裏が回転し、唐突に全身にけだるさが回る。舌の根すらも動かない。男は急激な睡魔に襲われ、声をあげることなくその場へと倒れ込んだ。
やがて兵が消えた闇夜から、先ほどの兵とは違い、華奢な体つきをした、楔帷子を着込んだ女がぼんやりと現れた。

一人、一人と音を立てることを避け、確実に見張りの兵を倒していく。
忍びであるカスミの先導の元、侵入できそうな木をつたい、上から関所へと侵入した解放軍はやがて見張りの兵を騒ぎになることなく全てを倒し終えた。
急いで門へと向かい、物音を立てる事を抑えて扉を開ける。ゆっくりと開け放たれた扉からしばらくして、武器を手にした解放軍が乗り込んだ。足元は音を忍ばせ、静まり返る関所内へと入ると、やがて各部屋へと分散した。
帝国軍が気付いた時には、もう遅かった。上層階へと辿りついたティル達は、将の部屋へと難なく押し入る。
「動くな!」
今回、先頭を切っていたフリックが将に剣先をつきつけたまま声を張り上げる。
戦いはほぼ圧倒的なものだった。闇夜に乗じて奇襲を受けた北の関所は、抵抗する術もない。起きたばかりなのだろう。北の関所の将であるグリフィスは寝間着のままベッドの傍らに立つと、解放軍の面々を前に両手を上げた。
剣先を向ける解放軍の一部が割れる。退く兵の合間から、戦場には似つかわしくない程酷薄で、恐ろしく端正な顔立ちをした青年が表われた。燭台に照らされる烏の濡れ衣のような黒髪に、柔和な表情を浮べているが、美しい金色の目は射るように鋭い。まだ幼さな残る顔立ちをした青年は、赤い着衣に身を包んでいた。
噂に聞く、ティル・マクドールだ。グリフィスは眉を潜めた。
「グリフィス殿ですね。関所は解放軍が占拠しました。無駄な抵抗はせず、降伏してください。」
ティルの宣告に、グリフィスはしばらく押し黙った。普段は飄々としているように見えていても、グリフィスは関所を任された将だ。騒ぎがあればすぐに目を覚ますことが出来る。しかし、こうして上層階にあるグリフィスの自室に解放軍が押し入るまで、部下の騒ぎは僅かにも聞こえなかった。今もどれだけ耳を澄ましても、喧噪の音は聞こえない。―――これはまんまと、占拠されてしまったか。
やがて、グリフィスは両肩から力を抜いた。
「・・・ちっ、負けちまったか。分かった、分かった、降参するよ。命は大切にしなくちゃなぁ。」
逡巡した仕草は見せたが、僅かな抵抗を見せる事なくすんなりと降伏を示したグリフィスを、ティルは見据える。揺らめく燭台の灯を浴びて、欄欄と見える金色の目でグリフィスの目を数秒見たのち、ティルは切り出した。
「仲間になりませんか?」
驚いたグリフィスは、目を丸める。
「仲間に?帝国を裏切るのか・・・。一つ、約束してくれ。兵たちの命を助けてくれるって。」
片眉をあげたグリフィスであったが、拒絶を示す事なくすぐに条件を出してみせた。それに頷いたのはマッシュだ。「分かりました。兵達の命は保障しましょう。」
「それならOKだ。帝国軍だろうが解放軍だろうが、メシが食えるなら一緒のことだ。」
「グ、グリフィス様・・・。我々は、グリフィス様についていきます。」
抵抗できずに取り押さえられていた、グリフィスの部屋の門番が声をあげる。もう一人の兵も、目を潤ませて即座に首を縦に振る。その様子にグリフィスは表情を緩ませた。
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。ありがとよ、みんな。」
元敵側のグリフィスがそう温かな展開を迎えている頃、何故か解放軍幹部では微妙な雰囲気が漂っていた。ちらり、とフリックに視線を送られたはそれが自身の所為であることを知ると慌てて声を荒げる。
「い、いや今は違いますからね!?ちょっと!?!?」
三食飯つきを目的に解放軍へと入ったのは、 の大分昔の忘れ去りたい記憶である。それを知らぬテッドやラズリルが勘違いをして呆れた視線を向けてきているような気がしたためは更に焦ったのだった。

北の関所が落ちたことが伝わる前に、更に北方、モラビア城へと攻め込む。ただしウォーレンとビクトールを無事救い出すためには、兵にばれぬよう、忍び込まなければならない。その為解放軍は三軍に別れ、二軍をふたつの砦に攻め込ませている間の隙を、一軍がつく事になったのだ。この時ドゥーハの砦はレパントに、ラカンの砦はハンフリーが将に任された。だが帝国から兵を向けられれば、砦に分散した解放軍の面々には一たまりもない。そこで軍師の提案で、ジョウストン都市同盟に帝国が攻めようとしている、と誤報を流すことになった。そうする事で、帝国兵は解放軍などに構っている暇がなくなるからだ。数年前に大きな戦があったばかりの都市同盟は、今は安定している。だが整ったばかりの基盤が脅かせられると知れば帝国へ先手を打つ可能性が高い。領地は一時的にジョウストン都市同盟のものとなるだろう。だがそれは、帝国の支配からは解放することが出来るという事だ。
後は城へと忍び込む者だが、軍主であるティルとカスミ、クリン、テッド、ラズリル、となった。作戦は解放軍の仲間になったグリフィスが、マッシュを捕まえたとカシム・バジルに報告している間に忍び入り、ビクトール達を解放するというものの為、危険が低く、成功率も高い事からもこちらに配属されたのだ。鍛練の合間の度重なる練習でようやく一人で乗る事が出来るようになった馬に乗り平らな草原を越える。目指すは太陽が煌々と照らす砂漠にあるモラビア城だ。
やがて解放軍は平原の終わりへ辿り着く。そこまで来れば、達は馬を砦に攻め入る後方の者達に任せ、砂漠に入るのだった。
モラビア城は砂漠地帯の入り口付近にある。は砂で沈みこむ足に中々馴れない。
砂漠に出る魔物相手には、ここで完治したばかりであるテッドが活躍した。テッドの獲物は弓矢だ。砂地で足場は悪く、近距離が向かない。テッドは遠方に魔物がいることに気付くと相手が気付くよりも早く、矢を撃ち込んでいた。幾ら離れていようがその命中率は極めて高い。今のところ驚いたことに、外れ知らずである。某映画のエルフ?緑葉の王子エルフなのかな??と思わずはテッドの耳を度々凝視するほどである。あまりにも見すぎる為ひきつった表情のテッドに苦言を溢されるが、どうしても止められないであった。
テッドのお陰で砂漠での戦闘に苦戦することなく、蜃気楼で遠くに見えていたモラビア城へと辿り着く。達が着いた頃には、モラビア城には兵がほとんどいなく、頃合いよく砦へと向かい城を出た後であった。煌々と照らす太陽をモラビア城の外で浴びる間もなく、タイミングを逃さず、カスミの先導で難なく中へと入りこむ。
モラビア城は西洋風の城であった。城内に侵入した直後、言葉を交わす事無くマッシュ達と別れると、達は城の最上階へと向かう。事前にカスミとクリンの情報で牢の場所は特定してある。そうして特に苦労する事なく、達は最上階へと着く事が出来た。
「ティル様、やりましたね。ここが、そうみたいですよ。」
部屋に入るとカスミがそういい、牢の鍵穴と向き合う。
部屋の奥にある牢屋には久しく見なかったビクトールと、見知らぬ男、恐らくウォーレン、それに何故か、ティルの心の友であるヴァンサンまでもがいた。ちなみにヴァンサンを見た途端、ティルが僅かに強張ったのをは目視した。
「遅いぞぉ、ティル。待ちくたびれたぞぉ。」
牢にいる熊さんがそう唸ると、達に目を止め、目を輝かす。
「お!おめぇらもいるのか!て、そいつは誰だ?見たことねぇが。」
「説明はあとでするよ。」
テッドを見て首を傾げるビクトールに、ティルが言う。幾ら飄々としたビクトールでも状況は理解していた。今は話す時間も惜しい。ティルの言葉に了承しそのまま押し黙ると、そこでクリンが笑う。
「きききっ、もう少しそこで頭を冷やしたらどうだい。」
クリンの笑いに、幾らそんな場合ではないといっても、ビクトールは頬を引きつらせた。
「なんだってぇ、てめぇ誰に向かって口をきいてるんだ!」
「へへへっ、悔しかったらここまでおいでぇーーー」
「ティル様、カギが開きました。」
鍵穴に向かっていたカスミがそういい、牢の扉を開ける。ナイスタイミングであった。クリンは小さく悲鳴を上げると苦笑いを浮かべる。「いやだなぁ。冗談、冗談、あはははは。」
そこでビクトールよりも奥にいたウォーレンが牢から出てきた。
ウォーレンはこげ茶色の髪に、豊富な髭を蓄えた長身の中年の男性であった。
「あなたが、ティル殿ですか。私はウォーレンと申します。助かりました。礼を言います。」
ビクトールが快活に笑う。
「言った通りだろ、ウォーレン。必ず助けが来るって。」
「ああ、そうだな。」
ビクトールの言葉にウォーレンも苦笑してみせた。
牢には、ウォーレンの他にまだ人がいる。最後に出てきたのは、煌びやかな衣装を纏い、なんとも不思議な縁であるヴァンサンであった。
ヴァンサンはティルに目を向け、口を開く。は彼の元にスポットライトが当たる幻覚が見えたような気がした。
「おお、ティル。心の友。私の身を案じて助けにきてくれたのですね。友情とはなんと美しいのでしょう。このヴァンサン、決してこの日の事を忘れないでしょう。
しかし、カシムも酷い男です。私を行き成りこんな所にいれるなんて。帝国も落ちたものです。
そうそう、前から思っていたのですがティル、あなたもしかして解放軍の・・・そうですか水臭いですね。早く言ってください。わかりました。このヴァンサン、友情の為、帝国貴族の身分を捨てあなたのために一緒に戦いましょう。」
以上、ティルは一言も何も言ってません。
はティルの肩を叩く。
「ティルの為だって。」
「断りたい・・・。」
「落ち着けティル。こいつも戦力になる、はずだ。」
頬を引きつらせそう言うティルにビクトールが微妙な説得をしたのだった。
その後、幽閉生活で僅かに憔悴しているウォーレンとヴァンサンには城の外に出てもらう。ビクトールは伊達に前線で戦っていないと微塵も疲労した様子を見せず、むしろ牢で食っちゃ寝生活を繰り返しいつもにも増して元気であるようだった。さすが我らが熊さんである。図太い。
達は駆け足でカシム・バジルのいる部屋へと向かう。他のものと違い、一際大きな扉を開ければそこには捕らえられたふりのマッシュ、そしてグリフィス、砦から一足早く戻ってきたのだろう、レパントとハンフリーも居た。
「おっ、どうやら出番に間に合ったようだな」
ビクトールが声を上げると、丁度マッシュがカシム・バジルに言う。
「カシム・ハジル殿。今度は私からお願いします。潔く降参してください。あなたが理想に燃えた帝国の姿も、忠誠をつくした皇帝陛下の姿も、今はすっかり変わってしまった。それでも、あなたは過去にしがみつくつもりですか。」
「それでも、私は・・・」
カシムがマッシュの指摘に苦い顔をし、拳を握りしめた、そんな時だった。元帝国五将軍の一人、ミルイヒがその場に駆けつけてきたのだ。元・同僚であり仲間であった彼が現れた事に驚くカシム・バジルに、ミルイヒは静かな表情で告げる。
「カシム、よくよく、あなたは頑固な人ですね。全く五将軍は頑固者揃いで・・・。」
そう言って、静かに瞼を閉じ、再びあけると、彼は真摯な目で仲間である彼に言った。
「カシム、あなた、よく考えてごらんなさい。今の皇帝陛下の姿が、本当の、我々の知る皇帝陛下の姿でしょうか?」
「それは・・・」
「あなたも分かっている筈です。皇帝陛下に忠誠を尽くすのであれば、その過ちを止めるのも、やはり忠誠ではないのですか。我々は五将軍は、帝国がここまで乱れるのを止められなかった。ならば、今こそ皇帝陛下の目を覚まさせなければなりません。そうではないですか?セニョール。」
カシムは無言であった。ただ拳を強く握り、目を瞑る。
ややあってから彼は口を開いた。
「・・・分かった。降参しよう。」
真摯なミルイヒの説得に、やがてカシムは折れた。彼もまた、理性では理解しているのだ。このままの帝国ではいけない。彼が忠誠を誓った皇帝は、今は見る影もなく変わってしまった。瞼の裏に、かつて忠誠を誓った偉大な皇帝の姿が浮かぶ。例え反逆者となろうとも、今のままではかつて忠誠を誓った陛下の志を裏切ってしまっている。だからこそ、カシムはかつての皇帝の志に従う。その胸に抱く皇帝への忠誠の想いは変わらぬまま、カシムは解放軍に下る事を決意したのだった。


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