Skyting stjerner1-53
テッドは何度もベッドから抜け出そうとした。長い間、同じ場所にとどまることなく旅をしてきた。だから同じ場所でじっとしているのは性に合わない――と最もな言い分を述べているように見えて、その実行方の分からないフッチが心配なのだろう。彼はティルと同様、以前からフッチと顔見知りである。荷物も持たない彼は、シークの谷でも身に着けていた弓矢のみ片手に持ち、部屋から抜け出そうとした。当然、完治している訳でもない上に軽装な彼に、砦に残っていた竜騎士が全力で止めたが。しかし、テッドも中々の頑固で引かなかった。騒動はなかなかに長引き、砦でやることもなく、せめてと家事を手伝い出ていたが通りがかるまで続く。そして上記の彼の言い分である。
何言ってんのテッド、と思わずは良い笑顔で笑う。そのまま笑顔で、長い幽閉生活でついたのだろう、回復魔法をかけてもまだ傷の残るテッドの手枷跡を思い切り握りしめた。
運動不足もあり鍛え始めたばかりであるは、まだ一般女性の筋力のままである。にも拘わらず声なき悲鳴をあげたテッドを呆れた顔でため息を吐くのだった。
こうしてはテッドがベッドから抜け出さないよう、目を光らせることになる。気持ちはわかるが、彼はまだ病人だ。テッドをベットから抜け出させない為に話し相手になる事二日後である。
フッチが見つかったのだ。
幸い、彼の命に別状はなかった。しかし、それは彼だけであった。
見つかったのは都から僅かに離れた森の中だ。―――彼一人ではそこまで逃げれなかっただろう。
生い茂る草むらに隠れるように倒れ込んでいたのはフッチと、黒い大きな巨体だった。フッチと共にグレッグミンスターに向かった、彼の最愛の竜だ。竜、ブラックは、大きな体を縮めていた。鼻先をつきつける様に丸めた中心にはフッチがおり、衰弱した彼の体温を少しでも下げないようにしたのかのようだった。両翼すらも、雨風を防ぐかのように不自然に広げたままである。ブラックはそのまま、その身を氷のように冷たくしていた。
ブラックはフッチを庇うように死んでいたのだ。――しかし皮肉にも、それが竜たちを救うことになる。
最後までリュウカンが言わなかった、竜達の解毒剤の三つ目の材料は、竜の肝であった。見つかった時にフッチが握っていた黒竜蘭、月下草、竜の肝を合わせ解毒剤は作られる。眠る竜たちに何時異変が訪れるかはわからない。解毒剤を作れるのであれば急いだほうが良いだろう。だがブラックのパートナーであるフッチは息こそはあるものの、未だ昏睡したままであった。彼の承諾なしに、ブラックの肝を使い解毒剤を作るのは憚られる。それでも生きている竜たちを救うため、決断をするしかなかった。
解毒剤は作られた。解毒剤を投与して数分もせず、無事竜達も目を覚ます。悲しみを残しつつも竜の目覚めに安堵した頃だ。フッチもまた、目を覚ましたのだ。
目が覚めた時、彼は砦まで届く竜たちの鳴き声に喜んでいた。しかし、すぐに共にいたブラックの様子を聞き、事の次第を知ることになる。
友であり、フッチの身を庇った竜は既に亡くなっていた。それだけでなく、最期すら彼は見ることは叶わなかった。責められても可笑しくはない。しかし、フッチは責めることはなかった。しゃくりが込み上げる程泣いているにもかかわらず、彼は言うのだった。
「ブラック、なら、竜たちが目を覚まして、喜ぶ。絶、対、喜ぶから。」
そのまま彼は、込み上げてくる慟哭のまま、涙した。
***
「ティル殿。竜達のこと、竜洞騎士団を代表して礼を言います。」
ヨシュアの部屋に解放軍の面々が集められると、ヨシュアは彼らにむかって深々と頭を下げた。
ティルが口を開く前に、ヨシュアは続ける。
「今回の事も踏まえて、私達竜騎士団は解放軍に加わえさせて頂きたく思います。」
「それでは、ヨシュア」
期待を込めて、ハンフリーがヨシュアをみる。ヨシュアは厳つい顔を綻ばせた。
「ああ、またお前と肩を並べて戦うことになりそうだな。ただ、今度は相手が違うがな。」
そう告げると、ヨシュアは再びティルに向き直る。姿勢を正すと、ヨシュアその場に膝をついた。
「ティル殿、竜洞騎士団はあなたについて行きましょう。帝国を倒す為に。」
想定していたよりも日数をかいたが、こうして解放軍の面々は無事、当初の目的を果たすことが出来たのだった。フリックがそこで首に手を当てる。
「これで、やっとトラン城に帰れるな。俺は竜の匂いってやつはどうも・・・。」
どうやら彼は竜の臭いが苦手であったらしい。竜洞に入ったときに彼の反応はきっとその為だったのだろう。
一同が苦笑を浮かべる中、ふとヨシュアが真剣な顔をした。
「ハンフリー、実は頼みがある。」
「・・・頼み?」
「入れ、フッチ。」
ヨシュアが思わぬ名を呼ぶと、部屋の中に一人の少年が入ってくる。フッチがブラックを亡くして、数日が経っていた。彼の表情は僅かに、以前のような生気を取り戻しているようだった。
ヨシュアは顔を引き締める。
「フッチ、分かっているな。」
「はい。」
フッチもまた硬い表情で頷いた。
「竜を失った竜騎士は、竜洞を出なくてはならない。ブラックを失ったお前を、ここに置いておくわけにはいかない。」
「はい、分かってます。ブラックは、多分あの時、僕を庇って・・・・」
「フッチ、自分を責めないで。」
ミリアが眉を下げてそういうが、フッチはすぐさま首を横に振る。
「いや、いいんです。僕は、ブラック庇ってくれたんだと思いたいんです。」
そこでヨシュアが、ハンフリーに向き直った。
「ハンフリー、フッチを引き取ってくれないか。お前なら、安心して任せられる。」
ハンフリーは言葉を詰まらせた。思ってもみない事だからだ。
ハンフリーは基本、無口だ。無愛想であることも、彼は自覚していた。そんな自分が子供の面倒を見るなどーー。しかし、竜騎士洞から追い出されてしまえば少年は一人である。彼の独断の結果で元は帝国の仕業といえどもーー自分達が来なければ、彼は最愛の竜を亡くすことはなかったのかもしれない。少年は、巻き込んでしまったのだ。
かつては帝国の百人隊長であったハンフリーだが、昔の己の業、カレッカの虐殺で、民間人を斬った。民間人であることを後に知った彼は怒りのままに上司を斬り、帝国軍人を辞めたのだ。
地位も、金も。隊長であったにも関わらず慕ってくれていた部下や犠牲にした人々、全てを感情のままに投げ出した。それでも良いと。だがそれは、これ以上何も背負いたくなかったからなのだと、旅をして数ヶ月後に分かった。
感情に任せることは簡単である。しかしそれでは、何も変わらないのだ。怒りの感情のままに動き地位を捨てることで、多くの命を奪った代償を、責任を負い、生きたくなかったのだと、彼は長い旅の中で気づいた。
忘れて生きようとした彼はしかし、忘れられるはずがなかった。旅を続ける程、自責の念が襲う。幻影すら見ることもあった。ならば、と民間人の虐殺を指示した帝国が、これ以上が過ちを繰り返さないように、彼は解放軍に入ったのだ。ハンフリーは過去と、犠牲にしたものと向き直る道を選んだのだ。ならば、巻き込んでしまった少年とも向き直らなければならない。
ハンフリーはややあってから、ヨシュアに頷く。彼の返答に、ヨシュアは安堵に息を吐いた。まだ顔は僅かに硬いものの、フッチも頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「フッチ、元気でやるんだ。いつか、ここに戻れる日が来るかもしれん。」
ヨシュアの言葉にフッチは頷く。と、そこでフッチの小さな体は揺らいだ。
「おいおい、そんなに暗い顔すんなよ。俺が、剣術を教えてやるって。」
フリックがフッチの肩を抱いたのだ。フッチはそんな彼に苦笑いを浮かべる。
「お兄さん、俺槍使いだよ。」
「そうなの?双剣なら、私もちょっとは教えられると思ったんだけど」
「え・・・あ、」
が残念そうに言えば、何故かフッチは言葉を濁らせた。不思議がる彼女に、フッチは僅かに動揺してから告げた。
「あの・・・お姉さん。お菓子、ありがとう。」
そういうフッチは確かに、はにかんでいた。
要らぬ事ではなかった。は安堵した。フッチが彼の最愛の竜、ブラックを失ったと聞いて、は過去を思い起こした。まるで、グレミオを失ったときのようだと。最期を見る事無く、別れすら告げることも出来ず。最後には何も残らなかった。言葉だけの最期は、信じられず実感すら沸かない。しかし現状が、日常がぽっかりとあいた穴を自覚させていくのだ。ふと気が付いたとき、その穴の大きさにどうしようもなく悲しみが沸く。フッチの痛みはまるで他人事ではなく、酷く似ているように思えた。同時に、何か彼にしてあげられないかと思ったのだ。
そうして思い浮かんだのは、が出来る一つだけであった。それはどうか、とは思ったのだが、しかしそれしかに手立ては思い浮かばなかった。するか、しないか。しかし何もしないよりマシかもしれない。そう思って悩んだ結果、した行動であったが。
は目を瞬かせ、そうして気恥ずかしそうに言ったフッチに、笑みを浮かべたのだった。
トラン城への帰路は、スラッシュに乗せてもらえることになった。竜であれば数刻もかからない。
竜騎士団領から出ると、どうやら他の大地では雨が降っていたらしい。雨上がりの水溜りが大地に転々と広がっており、快晴の空が映っている。シークの谷の時よりも慣れたは、スラッシュから身を乗り出し見惚れ、時にティルに落ちないよう注意されながらも数分の飛行を終えた。
トラン城に着いてすぐのことだ。軍主の帰還に喜ぶ広間にて、は使用人仲間であるシェリンダやユーリに迎えられ、少し輪に外れているとはふと一角へと目がいった。
短髪に小柄で猫背の男性、コソ泥であるクリンと、忍者の美少女、カスミだ。二人は一見思わぬ組み合わせだが忍ぶ者同士、何か共通する所があるのかもしれない。
「とにかく、おいらのカンが言うんだよ。あいつはスパイだって。その証拠に、何にもしゃべらない。」
と、クリンが何やら物騒な事を言い、それにカスミが形のいい眉を吊り上げた。
「なによ、頭からスパイって決めつけることないでしょ!」
「お前ら!何をもめてるんだ!!」
そこへ気づいたフリックが声を上げる。驚いたように振り返ったカスミの頬に、さっと朱が走った。
「えっ、あっ。これはフリック様、それに、ティル様も・・・」
「きききっ、ティルの前じゃしおらしいじゃないか。でも、お前の器量じゃ無理ってもんだ。諦めな。」
クリンは視線を向けていたにも気づいていたらしい。振り返るなり、肩を竦める。
「ま、あいつにも無理だろうがな」
に衝撃が走った。息を詰まらせるはカスミが「なんてこと言うのよ!こらぁ!待ちなさい!」と言いながらクリンを追いかけていくのもどこか遠くに聞こえる程だった。
クリンの言葉に、の脳裏に数刻前の出来事が蘇った。まだ竜騎士の砦にいて、ミリアの竜で本拠地まで送られる前だった。
宛がわれた部屋で荷物の整理をしていると、ティルが訪れてきたのだ。――ちなみに、城から出ると、さすがにはティルやラズリルと同じ部屋で寝ることはない。該当者を絞れていないハルモニアの刺客は、本拠地内を探しているからだ。
思っても見ない来客に驚いたが、訪れたティルを迎い入れた。だがティルはが薦めた椅子に座ることなく横切る。そのまま通り過ぎる事無く、ティルはを両腕で抱きしめた。
「・・・もう、あんなことしないでよ。」
僅かに力を込められ抱きしめられながら、は大いに動揺した。混乱に襲われる中、しかし彼の言葉にティルはシークの谷での事を言っているのだと気づく。
ごめんね、も違うだろう。ティルは謝罪よりも、同じようなことがあった時、ソウルイーターに近寄るなと言っているのだ。だが、はそれに同意できない。同じことがあれば、は飛び込むであろう。それこそ、後先考えないで動いてしまう。だからこそ同意は出来ない。しかし拒絶すればティルはより傷ついてしまう事は容易く想像できた。結果頷くこともせず、反応も返さずつまっていたのだが、はふと気づく。これ、抱きしめる意味はあるのか?
そう、抱きしめられているのだ、ティルに。何故か、今、ホワイ?現状に我に返ったのか会話からは意識が逸れてしまったが、忘れかけていた羞恥が急激にを襲う。
細いように見えて胸板は厚く、固い。巻かれた二の腕も、には振りほどけそうにない程びくともしなかった。おまけに相変わらずの良い匂いであるこの色男め!などと羞恥に目を回しながらは驚いて両脇にぶら下げたままの手を僅かに戦慄かせる。待てよ、これは抱き返すチャンスでは?
私ラブティル、ティルラブ私、のはず。であるきっと。そう、相思相愛なのだ。ならばここは一歩先へと進む絶好の機会なのでは?ティルと恋仲になったはずではあるが、二人の間には何も進展はなく、今まで通りであった。しかし、しかしである。我々は恋人同士。ならば抱きしめてもよいのでは、セクハラにはならず論理的問題はなくそう、これは同意の上!ノープロブレム!ゴーゴー!どこぞの芸人並みの片言英語が脳内で飛び交う具合が、の混乱具合を表していた。しかし彼女の混乱は止まることはない。勢いのまま、抱き返そうとした時であった。ティルが行き成り抱きしめていた腕を放したのだ。そして退室の意を告げる。呆気に取られるを残し、ティルはさっさと部屋を出て行ってしまったのだ。
「と、いう事がありまして。」
本拠地に着いて間も無く、宛がわれたテッドの部屋にて、膝を抱えは語った。語られた内容に、話を聞かされたテッドは米神に手を当てる。
「なに惚気?惚気しに来たわけ??」
テッドは呆れたように言うが、違う。とは断言できた。なにしろ必死でラズリルを巻き、ようやく一人でここまで来る事が出来たのだ。 はテッドに向き直り、竜騎士の砦で話していく内に仲が良くなったテッドに力強く言う。
「アタックの方法とか・・・!」
教えてください!土下座せんばかりの勢いでは頭を下げる。ひれ伏すに、テッドは頭を掻く。そしてため息を一つ吐く。
「しっかしそれを俺に聞くかぁ・・。」
テッドは何やら語尾を濁し、頭を掻いた。どうやら親友であるという事で、複雑であるらしい。
しかしがティルの事で頼れるといえばテッドしかいなかった。シーナも中々に話しやすいが、何しろテッドはティルの親友だ。彼の嗜好を知っているはずである。
「そこをなんとか!」
拝み倒すかのように両手の掌を合わせる。しかし必死なに反してテッドは再び一つ息を吐いて、肩をすくめた。
「つかアタックとか、必要ないと思うんだけどな。あいつ、あんたにベタ惚れじゃん。」
「『惚れ』っていうか、私は単に過保護なだけに見える。やたらと上から目線ってゆうか。」
が悩んでいる点は、それだった。恋人なのか?と尋ねられては肯と返すことが出来なかった。どうにも彼が自身を恋愛対象と見ている気がしないのだ。そうなると確かにと思える点がある。まずあのティルが、自身に惚れる可能性がない。次に最近対応がそっけない。代表的な例で言えば先程テッドに話した事だ。
恋人なのか?恋人なのか?答えは否としか思えないのだ。先程のクリンの言葉はまさにが思っていた通りなのである。
しかもこれもまた先程知ってしまったことに、ティルに惚れているらしいカスミが居る。いや、カスミだけでなく、もっと沢山いるだろう。何しろ奴は天性のタラシだ。ライバルが沢山いるという事に今更ながら、は気づいたわけだ。
そうとは知らないテッドが、不思議そうに首を傾げる。
「なんで?」
「キスしてない。」
仮にも、相思相愛になった年頃の男女。しかし一度たりともしたことはなかった。あったとしても額にである。当時はそれだけ沢山であったが、今改めて考えればどこの、保護者?とは思うわけだ。
「あーそれって・・・。」
「なに、心当たりあるの?」
そこでテッドが何やらそう言うので、は彼の言葉の続きを即座に促す。魅力か?やはり女としての魅力がないのか?しかしテッドはなんだか煮え切らないようで、中々先を言おうとしない。「いや、あーしかしあいつがねぇ・・・。」と何やら関心したように言うばかりである。
「なんもされてないのか?」
彼が再び口にしたのは答えではなく問いであった。それを不服に思いつつも、彼に頼るしかないはひとまず、と彼の問いに答える。
「デコチューと血を吸われたぐらい・・・?」
「あ、そう・・・。」
途端何やら得心がいったのか呆れた顔でそう言う。訳がわからないはただ眉を寄せるばかりだ。
そんなに、テッドは尋ねる。
「吸血ってなにに揶揄られるか知ってるか?」
「吸血鬼。」
即座に答えしばしの沈黙の後、はテッドに額を軽く叩かれた。
「痛い!」
「しかたないって言えばそうだけど、お前馬鹿だろ。」
呆れたように言うテッドはそう言う。なんて言い草である。は思わず頬を引きつらせたのだった。
テッドに聞いた私が馬鹿だった。そうは思いつつも、最後にテッドに言われた通り行動する自身は、やはり彼の言う通り馬鹿なのかもしれないとは思った。
思ったが行動してしまった今、後悔するわけにはいかなかった。とりあえずこの気まずい沈黙をはどうにかしなければいけなかった。
「前から思ってたんだけど。」
突然部屋にやってきて、暇かと尋ねられ、肯と答えれば唐突に抱きつかれそれをひっぺがしたティルがそう切り出し、思わずは体を小さく震わせた。
何を言われるのか。呆れられているのは判っているが何と言われるか、怖くて仕方がなかった。けれど彼が言った言葉の予想だにしない言葉であった。
「君は無防備すぎるよ。」
目を瞬かせるに、ティルは続ける。
「少しは警戒心を持って。」
「ティルにも?」
訳がわからず首を傾げれば、ティルが息を詰まらせた。まるでの対応が信頼しきっているかのようだったからだ。否、彼女がそうなのはわかっていたつもりであったが。一つ息を吐く。
「そうだよ、俺にも。というか、俺に、かな。」
そうしてティルは、自身でも彼女に不審を抱かせてしまうと判っている程、今まで彼女を僅かに避けていた理由を、苦笑と共に話し出した。
「人は貪欲だからね。一つ手に入れるともっと欲しくなる。歯止めが効かないってこと。」
途端が目に見えて固まる。
その姿にまた笑みを零して、ティルは退出を促そうと手を伸ばした。けれどそれは逆にに掴まれたかと思ったら唇に何かが触れた。
驚きに目を見開いて、を見る。は眉を寄せ、必死に込み上げてくる羞恥に耐えながら言った。
「・・・したいの!」
途端、ティルの中で何かが音を立てて切れたような気がした。
の腕を掴むと、唇を押し付ける。が小さく息を呑む音が聞こえた。
彼女がそういうつもりで言ったのではないことも、ティルはわかっていた。けれど一度つけられてしまった火は止められない。散々、この狂いそうな感情を、今まで我慢してきたのだから。
角度を変えて、何度も啄むように触れるだけの口付けを繰り返す。
といえば、それに思わず抗議の声をあげようとすれば乱れた息が整う前に聞こえたティルの声に思わず固まった。
「」
少し掠れた、切なげな声で自身の名を呼ぶ声。
「」
それを聞いてしまうだけで、は何も言う事が出来なくなり。そうしている内に再び口付けが降って来る。
やがてそれが深くなっていった。初めは、唇を食むものだった。上唇を甘く噛み、優しく触れるだけの口づけをする。それを繰り返すうちに僅かに開いた口の隙間からティルが舌を滑り込ませた。思わず体を引こうとしたの後頭部をティルが押さえる。そうして咥内に入ってきた生温いそれから逃げるの舌を絡め捕ると、しゃぶり、すすりあげた。しばらくそうしていると、僅かな抵抗をしていたの力が抜けてくる。完全に力の抜けた舌を解放すると今 度は咥内に舌を這わした。確かめるようにゆっくり歯列をなぞる。こちらが動く度に僅かに肩を震わすその反応も、桜色に頬を上気させ、目を瞑り必死に耐えようとする姿もただ愛しい。やがてそれだけでは足りないかのようにティルは再び舌を絡め、激しく咥内を蹂躙した。
室内に響くのは隙間が開く度に、必死に息継ぎをしようとするの喘ぎ混じ りの息遣いと、咥内から生まれた水音。それだけでも身体は熱に浮されたように熱いというのに、流し込んだ自身の唾液をこくりと喉を鳴らしてが嚥下す ると、溜まらずティルの背中がぞくりと震えた。
そうしての咥内を犯すような、長く深い口づけが終わるとさすがにティルの息も荒くなっていた。だがいくら鍛えているといってもティルに比べれば到底及ぶことのない体力のは腰に回されたティルの腕に支えられ立っていられるようなもので、既に意識さえ失いそうだ。荒い呼吸に上気した頬。口の端から はどちらのともいえない唾液を垂らし、完全に熱に浮された目はとろんとしている 。それは今までティルが見た女性と比べものにならない程、酷く艶やかで、淫らだった。
思わず息を飲む。先の行為で潤っていたはずの喉が既に渇いていた。甘い香りさえ立ち込めているようで、溜まらず零した吐息は熱い。
抑えていた彼女への情欲は止むことを知らなかった。
一方で息も出来ず、翻弄されてばかりのは必死に息を整えていた。そうして朦朧としていた意識の中、ティルを見る。彼も僅かに呼吸を乱し、頬を上気させていた。 金色の目は底が見えず、どこかで見たような色だ。
―――色っぽい。ただでさえ心臓が早鐘のようだというのに、彼の艶のありすぎる表情を見ての心臓は更に早くなる。変わらず朦朧した意識の中、ティルがに手を伸ばした。それにの鼓動も早くなる。
「こんな場所で何やってるのかな。」
が、そんな雰囲気も、大きく音を立てて開け放たれた扉と共に、跡かともなく吹き飛ばされてしまった。
は目を丸くしてその人物を見る。無表情のラズリルが、そこに立っていた。
ラズリルの後ろには、蜂蜜色の髪が覗く。足止めを引き受けてくれたテッドが申し訳なさそうな表情でそこに居た。
その後の乱闘騒ぎは病み上がりであるテッドに頼るしかなかった事をここに明記しておく。
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