Skyting stjerner1-52
スカイブルーの海は穏やかで、降り注ぐ陽光に波打つ度に煌めていた。見当たす限り続く海原の中、ぽつりと浮かぶ船が4隻の船。穏やかな海とは正反対に、船内は慌ただしかった。
3隻の舟には、群島では知らぬ者はいない大国であるクールークの旗が靡いている。残りの1隻の船の旗はしかし、髑髏マークでもなく、商船の旗でもない。辺りではまだ見かけられない旗を掲げていた。
3隻の内、2隻の舟はその船へと隣接し、かけられた板橋を伝い次々とクールークの兵が乗り込む。 頑丈な鎧で身を覆った兵たちは、銅と腕に纏う装備から訓練された者たちだ。煌々と差し込む太陽に照らされ、硬質な鎧が白ずむ。 対して乗り込まれた船は、船こそクールーク同様立派なものであるが、1人1人の装備は薄い。幾人かが胸当てをしている程度である。見るからに軽装な彼らであったが、船を両脇を横付けされているのにも関わらず、降伏をすることはなかった。
装備こそ充実していないものの、軽装であるからこそ、彼らの動きは素早い。中でも群を抜いて攻め入った兵を倒している者たちがいた。
塩気を含んだ風が、結い上げた黒髪を靡かせる。
握りしめた双剣で降りかかった剣を防ぐ。初動で衝撃を抑えると、右手の剣で相手の剣を払う。バランスを崩した兵が体制を整える前に攻め込み、剣を持つ腕を斬りつけた。直後、背後から新たな兵が迫る。降り被られた刃は、しかし身を屈める事で避け、素早く足払いをかけた。そのまま倒れ込む兵の剣を弾き飛ばすのを忘れず、女は視界の隅に映った、薄茶色の髪をした青年の元へと駆ける。
青年は大柄な兵を相手にしていた。自身より大きな体格差に、珍しく苦戦しているようだ。だが苦戦といっても、僅かに相手どる時間が長いだけで、もう間もなく決着は着くであろう。見えた勝機に、だからこそ青年は背後に迫る兵には気づいていないようだった。
女は走るのも惜しいと、ロープを留めているビレイピンを抜き取り、思い切り打ち投げた。
投げられたピンは迫る兵の鎧に当たる。いくら勢いよく投げたところで、頑丈な鎧には僅かな衝撃しか与えない。しかし兵の気は僅かに削げ、物音で青年も背後の兵に気付いた。すぐさま振り返り、兵を右手の剣で斬りつける。
一方で好機とばかりに、相対していた大柄な兵は、背を向けた青年にすぐさま刃を振るった。振り被る手はしかし、途中で止まる。
追いついた女が、銀の軌跡を残すような速さで斬りつけたのだ。痛みに耐えきれず兵は剣を手放してしまう。
剣を落とした兵は大柄な男だ。素手で再び襲われる可能性があり、追い打ちをかけるように女は痛みにしゃがむ兵の頭部に思い切り蹴りを打ち込んだ。いくら体格差があろうとも、頭部を蹴られた男はそのまま意識を失ってしまう。生死が関わっているからこそ、情け容赦のない一撃であった。
「油断は大敵だよ!」
背後に迫っていた兵を素早く対処した青年は、庇いに来た女に眉を潜めた。「・・・相変わらず、あんたは甘いね。」
青年は女が兵の命をなるべく取ることなく戦う事を知っていた。まさか多勢に無勢であるこの場でもそれを継続するとは思いもしなかったが。
「まだまだ!これ位なら師匠は余裕です!」
にやける女に、青年は浮べた能面のような仏頂面を僅かに不機嫌そうにする。
兵の命をとらず倒すなど、本来ならば不可能である。だが、青年と年の差がないように見える彼女はそれを可能にする技量を身に着けていた。 それは彼女に剣を教わる彼だからこそよく周知しているが、彼はどんな過酷な時であろうとも飄々と振る舞い己を曲げない、彼女のそんな所が心の底から気に食わなかった。
しかしこの場で、軽いやり取りをしている暇はなかった。兵は減る様子がなく増えている。あっという間に女たちの周りを囲んだ。青年と女は互いに背を預け、それぞれが二振りの剣を構える。日の光を浴びて、刀身が煌めいた。
互いに様子を伺い、僅かな沈黙。
油断なく兵たちを見据える女が、背後で構える色素の薄い青年に尋ねる。
「いける?」
青年は女の問いに眉を潜めた。
「――誰に言ってる?」
背後の青年の答えに、女は口角を上げる。直後、辺りを囲む兵たちが一斉に襲い掛かった。
背を預ける二人は、多勢にも関わらず、一向に隙をみせる気配はない。次々に兵の刃を払い、兵を倒していく。薙ぎ倒される兵達の中心に立つ二人は、まるで台風の目のようであった。
集中して兵を相手する二人に、負けてはいられないと周りの者たちも更に己を鼓舞する。士気が上がる彼らだったが、その時、一人の年端もいかない少年が船内で躓いた。彼は非戦闘員であったはずだが、居てもたってもいられず、甲板に出てしまったのだろう。素早く気づいた女が、背を預けた青年から離れ、辺りを囲む兵を一人で突破する。
突然背から離れた温もりに、青年は素早く気づいたが、彼もまた多くの兵を相手していた為、すぐに追うことが出来ない。
甲板には多くの兵がいた。躓いた非戦闘員の少年に気付いた兵が、すぐさま刃を振りかざす。間一髪、女はそれを防ぐ。だが兵を強行突破した彼女の後ろには、まだ倒し切れていない数人の兵がいた。襲い掛かっていた兵を倒した後、振り返った女は背に少年を庇いながら剣の柄を握りなおした。
一人でならまだいけるだろうが、彼女の後ろには非戦闘員の少年がいる。背筋に冷たい汗が流れた。その時だった。
蒼天から、矢が降り注ぐ。鋭い矢は全て外れる事無く、向かい合っていたクールーク兵に命中した。
はっとして空を仰げば、甲板の2階からこちらに矢をつがえる青年がいた。
「――テッド!」
手すりに足をかけ身を乗り出した栗色の短い髪をした青年に、女は手を振る。
「ナイスアシスト〜!」
しかしその呑気な様子に男は顔を歪めた。
「いいから!前を向け、前!!」
だが悲しいかな、辺りの喧騒にその声は女まで届かない。
呑気に首を傾げてまでいる女に苛立ちながらも、矢を放つ手は止まらない。
辺りは混戦状態である。士気こそは高いものの、船を多く持つクールークの兵は、当然数が多い。だがだからこその、船上での歩兵戦だったのだが。
「さっさと倒すよ。」
声をかけるのは、兵を斬り倒してその場に追いついた青年だ。背を向けて告げる青年に、女も背いたまま答えた。
「了解、軍主殿!」
***
ラズリルを見て叫び声を上げたテッドだったが、どうやら二人は知り合いであったらしい。
どこで知り合ったのか、フリックが尋ねようとしたのだが、あまり聞かれたくないらしく、テッドは渋顔で言葉を濁してしまう。結局、彼らの様子に達はそれについて触れることはなかった。
「で、とりあえずだ。ミリアとクレオが目を覚ますまで状況を整理しようと思うんだが。」
テッドの見るも明らかな動揺も収まったころだ。フリックが腕を組んでそう切り出した。
何故いつものようにティルではなく、フリックであるのかというと、仕切るはずのティルの機嫌があまりよろしくないという事が原因であった。テッドは無事こうして助かったものの、ソウルイーターの発動中に無理やり割り込み、一歩間違えれば命を落としていたかもしれないの行動がいけなかったのだろう。テッドの帰還と、一か八かの行動と、嬉しさと怒りがぶつかり合い、ティルは無表情であった。
彼の場合それについて触れてとばっちりを喰らうのこちらなので、誰もが彼の怒りがある程度収まるまで待つしかない。
その結果、とりあえず状況を整理しようと、フリックが仕切ることになったのだ。ちなみにラズリルも怒りがないというわけではないが、こうして無事であったことから、先の叱責でこれ以上責める事は見逃してくれたようだ。
「まず、テッドって言ったな。」
フリックは動揺が落ち着くなり、ため息を一つ吐くと岩場に腰を落として胡坐をかくテッドに向き直った。
「お前はブラックルーンで操られてたんだよな?」
「ああ、ウィンディの奴にな。今はこうして、自由に動けるけど。」
そう言ってブラックルーンを宿されている手を 達に見せる。今までのは演技で、未だに操られている、という事もあり得なくはないが、その線は酷く薄いだろう。フリックは一つ頷くと、今度はへと向き直った。
「で、お前が嵌めた、こいつは何だ?確か、いつもつけてたやつだよな。」
ティルとテッドに嵌めたのは、の自作の腕輪であった。連なる形で二つ着けていたのだが、まさかこうして役に立つとは、にも思いもしなかったことである。何しろ本当に藁にもすがる気持ちであったのだから。も話しながら、自身でも整理するよう口を開く。
「ええっと、これは私が作ったやつ、といっても真の紋章で作った奴なんだけど。目的はその、真の紋章の呪いを解けないかな、って思って。」
が腕輪を作ったのは大森林に居た頃、大分昔の話であった。思い出しながら、頬を掻く。
「けど失敗、したんだよね・・・。成功していたらその、私も故郷に帰れるはずなんだけど・・・。」
故郷が異世界であることは言ってはいないが、このままの意味でも通じるだろう。フリックもこの世界のどこかと思ったのか、眉を寄せる。「そうか・・・紋章の呪いを・・・。」
腕輪は不死の呪い用にもう一つ作ってはみたが、効果は見込めなかった。それでもこうして今までつけていたのは若しかしたら、という思いが消えなかったからだ。
「帰ろうとしたの?」
そこへ口を開かずに居るだろうと思えたルックが、口を挟む。彼の言葉には思わず目を瞬かせた。片眉を上げると、もう一度ルックは繰り返す。
「だから、帰ろうとはしたの?その故郷に。」
「え、いや解けたら、帰れるはずだから・・・。」
ルックは思い切り、溜息を吐いた。
「馬鹿じゃないの。呪いは一時的に解けたとしても、あんたが行動を起こさなきゃ意味がないじゃない。」
「え、えーと・・・。」
思わず額に手を当て、呆れた声で言われた内容を脳内で反芻させる。彼の言葉に、何やら引っ掛かりを覚えたからだった。そうして気づくのであった。「え。」
思っても見ない結論に、脳内が真っ白になる。
つまりは帰ろうと思えば帰れたのかもしれない。時空を超えるといった手段さえ得られれば。それもこうして、腕輪自体の効果が現れている事から、可能性は高い。
「で、でも!私多分年とってない、よ!?身長は伸びないし、爪を伸ばそうとしても一定の長さになると伸びないし!!」
不老、という概念は酷く曖昧で、は確かめる方法が中々見つからないで居た。けれどそれもある日気づく。髪の長さは変わっているようだが、身長が1年経った今でも、1mmも伸びる気配がない。成長期を終えていれば別であるが、成長途中であるにとって些か可笑しなことであった。加えて爪がどうあっても、一定の長さから伸びないのだ。成長が止まることはない。けれど適した、と紋章が定めたそれから成長は止まってしまうらしいという事に気づいたのだ。
「不老は駄目でも、もう片方の呪いの効果は判らない。」
は思わず息を詰まらせる。
ルックの言うと通りであった。どの紋章にもある不老の呪いは駄目でも、紋章特有の呪いまでもとは限らない。何よりも今こうして、結果があるのだ。思わず詰まらせていた息を、か細く吐き出す。
「なんだ・・・。」
この時、不思議と彼女が抱いたのは、駄目だと思っていた紋章の呪いの片方は、とうの昔に解決していたのだという未来への光よりも、ティルやテッドの呪いへの確実性が高まったことへの安心感であった。それがに、思わず頬を緩ませてしまうほどの喜びを与えていた。
現状の理解――ティルとテッドの呪いが一時的に封じられているという事―――を終えると丁度タイミングよく、ミリアが目を覚まし、程なくしてクレオも目を覚ました。
目を覚ましたクレオは、解放軍の面々と共に、テッドがいる事に気づくと目を丸くした。しかしすぐにテッドが挨拶をすると、彼女は破顔した。テッドはティルがグレッグミンスターに居た頃から知り合いで、クレオ達とも親しかった。失ったと思っていたものが、こうして戻ってきたのだ。喜びにテッドが痛がる程勢いよく肩を叩くも、大袈裟というものでは決してなかった。
クレオ達にも彼女達が気を失っていた頃の事情を話し、一連の出来事から忘れかけていた月下草も、その後すぐに探し出す事が出来た。
彼らは再び、竜に乗り砦へと戻ることになった。
スラッシュはミリアの竜笛一つでやってくることができる。しかし、大きな竜が降り立つ場所は、ある程度拓いている場所が最適であった。崖が近いその場は、スラッシュが降り立つ風圧で崖崩れが起きる可能性が高く、その為一同はシークの谷で拓けている、当初降り立った場所まで戻ることになった。
は道すがら、ティルの親友であるテッドとはいろいろと話してみたいことがあり声を掛けたかったが、声を掛ける寸前、テッドが他の者と話してしまうため、未だ彼と話すことが出来ないでいた。
その頃にはティルの機嫌も平素のものに戻っており、はティルととめとない会話をしていた。そうして折り返し地点を半ばまで過ぎた時である。テッドがふと、口を開いた。
「元気ですか、親友様。」
ティルはテッドを振り返ると小首を傾げて見せた。
「テッドも元気にしてた?」
「ひっで。俺にそれを言うか?」
そう言ってテッドが笑えば、ティルもまた僅かに笑う。
久方ぶりに再会した彼らの会話は、たったそれだけである。
全てを託し、託され、自身の命すら危うい状況もたたあったにも関わらず、実に素っ気ないものだ。けれどは、彼らの絆の深さを垣間見たような気がした。
月下草を持って砦へと戻った達だったが、待っていたのは思いもよらない事態であった。竜騎士見習いであるフッチが一人、帝国の首都、グレッグミンスターへと向かってしまったのだ。三つの材料のうち、黒竜蘭は皇帝の空中庭園にしかない。恐らく、竜の診察を行ったリュウカン達の会話を聞いてしまったのだろうフッチが、自身のドラゴン、ブラックに乗って向かってしまったのだ。
達は数刻前にウィンディに襲われたばかりである。ウィンディは月下草を持ち帰らせる訳にはいかないと妨害しに来た。一連の事件は帝国の仕業である可能性が非常に高い。その帝国へとフッチを一人でいかせるのは、あまりにも危険すぎていた。
解放軍である達が、帝都に行くことは出来ない。帝都へと向かったフッチが見つかる可能性をかけて、竜騎士団と解放軍からもフッチの捜索が開始される。
モンスターと闘う事すら一苦労であるは、今回砦に残ることとなった。捜索組であるティル、ラズリルに僅かな別れを告げた後、既にその場から去ろうとしていた、同じく残り組で緊急時に備えた全体の連絡係のあるルックの背を慌てて追いかける。彼の名を呼び、なんとか呼び止める。訝しげに振りかえったルックに、は告げた。テッドの様子をもう一度だけ見て欲しい、と。
砦へと戻る前、ルックにより軽く治療魔法をかけてもらったテッドであったが、彼自身が途中で止めた為、治療は完全ではなかった。砦という安全地帯に戻るまで、何があるかはわからない。ないとは思うが、道中でウィンディが再び仕掛けてくるかもしれない。念には念を入れて魔力は温存するべきだ、と。残りは自然治癒で良いと、彼は自力で歩ける程度の回復で済ませたのだ。口調こそ明るいが彼の様態は万全でなく、長い牢での生活で体力も消耗しているのは彼の土色の顔色や窪んだ目、こけた頬から明らかであった。その為もう一度だけ、念のために彼を見て欲しいと治療魔法を行えるルックに頼んだのである。ルックも嫌そうな顔をするものの、結局拒まずテッドの療養されている部屋へと向かう。
「テッドさん。私、です。入ってもいいですか?」
部屋の前で尋ねたところ、間も無くして扉が開く。出てきたのは蜂蜜色の髪に同色の目をしたテッド本人であり、は思わず眉を潜めた。
「何で起きてるんですか?寝ててくださいよ。」
「いや、別にそんな悪くねぇし、」
「テッドさん。」
こればかりは譲れなかった。僅かに目を鋭くして睨みつければ、テッドも大人しくなり、苦い表情をした後、渋々ながらベットへと戻っていく。
「で、なんのようだ?」
ベットへと腰を落とすとテッドが、そう尋ねる。は後ろを振り返り、芭蕉色の髪をした少年の名を呼んだ。「・・・わかったよ。」
ルックはそれだけいうと、ベットの脇に歩み寄り、意識を集中させ掌から淡い光を溢れさせた。じわりと滲むような光はテッドの体へと染み込んでいく。間も無くすると、温かな光が止んだ。
「・・・わりぃな。手間かけちまって。」
「本当だよ。まったく、なんで僕が・・・。」
罰が悪そうに謝罪するテッドの顔色は、以前より血色が良くなっていた。例えるならば瀕死のゾンビが全力で運動し終え、蒼白な表情ながらも血色の良い表情になったほどだ。あとは彼自身が栄養を取り、地道に回復していくしかないだろう。それ程までにルックの回復魔法は絶大であった。
天邪鬼な彼は苦言を零すと、さっさと去ってしまおうとする。それに待ったをかけたのはベットにいたテッドだった。
「お礼に一つ、忠告してやるよ。」
振り返りテッドを見たルックに、テッドは人懐っこい笑みを浮かべたまま、けれど真剣な眼差しで続けた。
「少しは、素直になった方がいいぜ?」
ルックとテッドはティルとは違い、初対面のはずである。にも拘わらず、この短い期間でテッドは何か感じる所があったのか。笑みを浮べてはいるものの、やけに真摯な眼差しであった。
それに対するルックに答えは、酷く冷たいものである。
「あんたに忠告されることなんか、何もないよ。」
眉を潜めるなり彼はそう言い捨て、さっさと部屋から去ってしまうのだった。
「はーったく、素直じゃねぇなぁ。ま、俺もそうだけどよ。」
ルックが扉を閉めた後、テッドが溜息を吐きながら蜂蜜色の短い髪を乱雑にかく。
二人のやりとりの意味はには分からないが、彼の言葉の内容には思わずテッドを見る。ティルから聞いたテッドという人物は実直で明るく、素直な人物、という印象があったからだ。本人に会ってからも同様の感想を抱いたほどである。その彼が素直ではないと、には思えなかったのだ。視線に気づいたテッドが、を見る。
「あ、お前、違うだろとか思っただろ。」
「え、いやいやちが、違うよ!」
あまりにもわざとらし過ぎる返答であった。それでは図星であるといっているようなものである。慌ててしまったのが語尾に拍車をかけてしまう。案の定そんな彼女の様子に、テッドは小さく笑う。そしてを指差したのだった。「そうそう、それ。」目を瞬かせるに、テッドは続けた。
「敬語。俺、敬語っての苦手なんだ。だから今みたいな感じで。」
しかしテッドはよりもかなり歳上である。思わず詰まるに、テッドは顔の前で両手をついた。
「な、一生のお願い。」
両手を合わせ、こちらを伺う様に彼は言う。
その様子に、思わずは噴出してしまう。突然の事に目を丸めるテッドに、は笑いながら答えた。
「ティルが、言ってたの。その口癖。本当だなぁって思って・・・。」
未だ笑いがこみ上げて、はそれを押し込むのに必死になりに、僅かに目尻に涙を浮かべてしまう程であった。
当然テッドはそれが面白くないはずであろうが、しかし反して人懐っこい笑みを浮かべたままである。そもそもティルから話を聞いていた時点で、まるでテッドを自身の友人であるかのように錯覚していたからだった。こうして本人に会ったとき、敬語を使うのも中々苦である。は彼に対して敬語を使うことをやめることにするのだった。
彼が聞き上手な事もあり、しばらく和気藹々とティルから聞いたテッドの事――釣りが好きで、星を見上げるのも好き。性格は大雑把であるが意外と細かく器用。楽天的で陽気、かと思えばナイーブ――を話した。
テッドは肯定する所は頷いたが、ナイーブといった評価については口を尖らして否定した。あいつが心臓に毛が生えているんだ。と苦言を呈すと、確かに、と深くも彼の評価に納得して、互いに笑いあうのだった。
ふと、そこでテッドがその調子を変えた。
「なんかあったか?・・・暗い顔してる。」
思わぬ言葉に、は笑いを止める。
まさか、彼に悟られるとは思わなかった。思わずは苦笑いを浮かべる。
先程フッチが空中庭園へと向かったと、聞いたばかりであった。心配をしないわけがない。けれどは捜索に加わることが出来なかった。力がないからだ。ルックは役割がありこの場に残ったのだが、は違う。一人力になれず、自然と気分が降下していることを悟られまいとしていたつもりであったが。なるほどテッドの洞察力は相当なものであるらしい。確かに考えてみれば、彼の親友であるという事は感情に相当機敏である必要がある。
「なんでもないよ。」
しかし彼に自身が沈んでいる理由を告げる必要はないだろう。今彼に必要な事は、ゆっくりとした療養だ。外の事で煩わせる訳にはいかない。加えて結局は、の問題であった。なのでそう告げれば、テッドは無言で、それについて聞くことしなかった。
しばらく、その場に沈黙が落ちる。その沈黙は、唐突な彼の言葉で終わりを告げた。
「ありがとう。」
は目を瞬かせて、テッドを見た。
「どうしたの?」
小さく笑みを浮かべ、テッドは言う。
「あんたがいてくれたから、ティルはやってこれたんだと思う。親友としてそれもなんだか寂しいけどな。」
頬をかき、ふざけて笑って見せたテッドはそこでもう一度繰り返した。
「とにかく。ありがとう。」
は苦笑を浮かべる。
「私は何もしてないよ。むしろ、いつもティルの手をかけさせてばっかで。だから勘違いだよ。」
「それも、あいつは嬉しかったんじゃねぇかな。」
それは可笑しくないか?といった表情のに、テッドは「俺が、」と笑みを浮かべたまま言う。
「俺がそういいたいんだ。だから大人しく受けとってくれ。」
そう言われてしまえば、は何もいう事が出来なかった。反論もままらず、そのまま押し黙る。
だが言葉とは不思議なものである。彼の言葉のお陰で、の胸中にある暗さは、僅かに軽くなっていた。
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