Skyting stjerner1-49

竜騎士団領への出立まで、まだ二日の猶予があった。さすがに前日は体を休める予定だが、翌日もは鍛錬を行っていた。ティルのように軍主として忙しいわけでもなく、旅から帰ってきたばかりで荷物も大分まとまっているという事から、する事がないのも理由の一つだ。
その日も稽古の相手になってくれる申し出てくれたラズリルと共に、鍛錬場へと向かう。城の回廊を歩いている時だ。はふと、口を開いた。
「昨日も見かけたけど、もう花が咲く時期なんだね。」
の視線を追うと、回廊の窓から見える野原の片隅に花が咲いている。ラズリルはそれを見て「へぇ。」と朴念仁な彼には珍しく感嘆の声を上げた。
「どうしたの?」
「結構珍しい花なんだ、あれ。こっちで見かけるのは珍しい。」
ドワーフの村の時も今も、随分と長く共に暮らしていた彼だが、と出会う前は旅をしていたらしい。ラズリルの言葉に、は改めて花を見る。
珍しいという花は鮮やかなスカイブルーの花を穂状に咲かせていた。デルフィニウムに似ているが、花芯に向かって色は濃くなり、青紫のような色合いになっている。確かに、が今までに見たことのない色形だ。何よりも遠目からであっても、一輪一輪が綺麗に咲き誇っている。
鍛錬場へと向かいながらも、はつい花が見えなくなるまで視線を向けていた。そして階段に差し掛かる手前、窓の外に赤い帽子が、件の花畑へと向うのが見えた。

鍛錬後の風は、体の体温が上がっている事もあり気持ちがいい。肌に当たる風に思わず目を細めれば、切り揃えられた野草を踏む微かな音を聞いた。次いで、僅かに息を呑む音。決意と共に振り向いた先には、の予想通りの人物がいた。
この時は、今まで遠目でしか見たことのないその人物と初めて対面した。彼を目の前にしたら、自分はどうするだろう。何度も考えてはわからなかったそれは、意外にも軽くの口を開かせた。
「ミルイヒさん、ですか。」
確認の為に問いかけた時、の内面は酷く穏やかで、常と変わらなかった。嵐の前なのか、後なのか。
男、ミルイヒはその場に足を止めたまま頷きを返した。その表情は硬い。は僅かに笑みを作る。
「どうぞ私には気にしないで、作業なさってください。」
彼女の表情に、ミルイヒは僅かに逡巡したようだった。しかしは既にミルイヒから視線を逸らし、花を眺めている。ややあって、彼は当初の目的通り動き始めた。
は花畑を眺めいるようで、その実見ていなかった。ミルイヒは――グレミオの仇だ。
例え彼が操られていたとしても、直接手を下したのは彼なのだ。は思う。一体自分は、彼をどうしたいのだろう。どう彼を捉えるつもりなのだろう。今彼は、憎しみの対象でしかない。だというのに、の心境は、常と変わらなかった。それが逆に――恐ろしい。彼を見て何時か豹変してしまうかと思うと、視線を花に向けるしかなかった。
「あなたは・・・・。」
そこへ、傍らでしゃがみこんでいたミルイヒが口を開いた。しかし再び、沈黙が落ちる。「・・・なんでしょう。」
は視線は変えぬまま促す。横たわった沈黙は僅かな間のものだった。
「あなたは、私を怨まないのですか。」
それはにもわからなかった。
「罵らないのですか。」
わからない。
「私は、それだけの事をしてしまった。いかに操られていたとしても、許されることでは、ありません。」
は一つ、息を吐く。だとて分からないのだ。
ミルイヒを前にして、自身の感情が分からず途方に暮れていた。答え探しながら、は口を開く。
「本当は罵倒とか、怒るかすると思ってたんです。」
殺意が沸いてしまうかもと。そうとすらは思っていた。だというのに予想していた激情は結局、表われない。
それはどうしてか。落とした視線の先に咲く、鮮やかな花をぼんやりと眺めた。「・・・ここに咲いてる花は、すごく綺麗です。」
「・・・昨日も今日も、お墓に飾られてました。」
戦で死んだものに、墓はない。一人一人埋葬する時間や費用も場所も、その体さえもないときがあるからだ。
その為に誰のものでもない慰霊碑が一つ、本拠地内の片隅にある。そこを墓と呼び、それぞれの思いで参る。もまたこの城へと戻ってから、鍛錬が終わると向かっていた。
そこで添える花は、ほとんど同じ種類のものであった。珍しい花だというのにだ。もラズリルから話を聞かなければ、その花が咲いている事が当たり前かのように見逃していただろう。
添える者は違う。だがその添えられる花は皆同じなのにだ。
「・・・ここの花は、あなたがお世話していたんですね。」
当たり前のように摘んで添えていた珍しいという花を世話しに来たのは彼であった。
ミルイヒは無言になる。
「・・・私はそこに立つ資格はありませんから。」
そう言うと、との会話により止めていた手を再び動かし始めた。
元帝国軍の将。そして沢山の仲間を、の大事な人を殺めた人。その手は泥だらけで、そうして世話をされた花は綺麗に咲いていた。ーー花は嘘をつかない。
「私、明日竜騎士団領に行くんです。」
はその場にしゃがみこむと唐突に言う。ミルイヒは思わず手を止め、目を瞬かせた。
そんな彼に、は続けた。
「ここに帰ってくる頃まで、この花は咲いているでしょうか。」
僅かな沈黙の後、ミルイヒは答えた。
「そうですね・・・。この花はその頃には枯れてるでしょう。けれど今度は違う花を、植えておきます。」
今咲いている花はもうハ割り程花びらを開かせている。その性質から後数日で花びらを落としてしまいいずれは枯れて種へと戻ってしまうだろう。
この花が帰った後、見れないのは残念だった。だが同時に、彼が次に咲かせる花を見るのも楽しみでもある。
「そうですか。」
は相槌ながら思う。
今はまだ、彼を見ることが出来ない。けれどいずれは彼を見て、話すことが出来るだろうと。

***

それから達は予定通り、竜騎士団領へと出立した。
竜騎士団領は西に向かった山岳にある。山の入り口である、麓の洞窟を越えることで竜騎士団領へと入れるのだ。一同はなだらかな平原を越え、山岳の入り口まで向かう。
本拠地を出て二日経ったころだ。その頃になれば、はようやく野営やモンスターとの戦闘にも慣れてきた。
そしてもう何度目かの戦闘が終わりかけた時だ。ふと、視界に移ったティルの横顔に違和感を抱いたのもその時である。彼の表情は、特にいつもと変わりはない様に見える。だが、には何かが可笑しく見えた。彼が突然、空気に溶け込んでしまうようなとても儚いものにみえたのだ。
「これで終わりだ!」
だがそれもほんの一瞬の出来事で、フリックによってしとめられた最後のモンスターが地に落ちる音と共に、ティルの表情もいつものものに戻っていた。
「そんじゃ、先に進むか。」
「待って。今日はここまでにしよう。もうすぐ日が暮れるだろうしね。」
「そうですね。大分歩いたと言っても、まだ騎士団領まではありますし。」
先に進もうとしたフリックに、静止の言葉を掛ける彼はもう既にいつもと変わらない。頷きを示したクレオに、穏やかな笑みを浮かべて相槌を打つ様子もだ。勘違い、だったのかもしれない。しかしは違和感がどうしても拭えなかった。それはいつも、その存在を示している彼だからこそだ。儚いだなんて彼には似合わない。だというのに一瞬でもそう思えてしまった事が、違和感を決定付けさせていた。ティルの様子が可笑しい。
確かにあの時、彼の心はどこか遠くへといっていた。そうして立つ彼は、まるで感情を捨ててしまったかのように見えたのだ。
だからティルが野営の準備をする為薪を集めに行ったのは好都合だった。正にその時しかない。目を光らせると、は唐突にその場から立ち上がった。
「クレオさん!私、急にとても催したくなったので、ちょっと行ってきます!」
だがしかし、確かに焦っていたとしても声を大にして言う事ではなかった。仮にも女である。これにはさすがにクレオもぎょっとしたらしく、少しどもりながら「あ、あまり遠くには行くなよ。」と既に茂みへと元気よく向かったの背中に言った。
クレオ達から見えない位置に来たのを振り返り確認した所で、はティルが向かったであろう方向へと向かう。そう遠くには行っていないはずである。案の定、途中で前を遮る枝を小さなナイフで切りつつ足早に進めば、程なくして草木の間に赤い着衣が見えた。
?」
木の枝を数本片手に持つティルが、が声をかけるよりも早く目を瞬かせる。は僅かに視線をさ迷わせた。
彼と二人きりになれるのは、この時しかないだろう。他の時では漏れなく約一名がついて来るようでならないからだ。しかしクレオ達は今、野営の準備をしてくれているため、あまりゆっくりしている訳にもいかない。
少しの逡巡の後、 は意を決してティルを見る。そして何も前降りを置くことなく、口を開いた。
「ティル、何かあった?」
を見るティルの様子は変わらない。勘違いかもしれない。けれど、どうにもそうは思えなくて、もし何かがあったとしても誤魔化そうとするだろう彼が口を開く前に、は続けた。
「何か、悩みとか。軍主なんてやってるんだから、そういうのって結構あるでしょ?愚痴とかでもいいし・・・・。」
「そうだな・・・ が天然タラシな事かな。」
「ティル。」
やはり誤魔化した。胸中に僅かな苛立ちが沸きながらもそうしてしまう彼に、少しの悲しみが沸く。
は彼に近づくと、湧き上がる感情のままに僅かに眉を寄せ、彼の名を呼ぶ。そうして己よりも頭一つ高い身長で見下ろしてくるティルの目を見ながら、過去を思い出した。
「前も、言ったよね。私でよかったら、なんでも聞くよ。」
彼が溜めているものを。どんな事でもいいからは言ってほしいと思う。彼には彼のままで居て欲しいと願うからこそだ。
溜めたものは積もりに積もって、いつかはティルを壊してしまうかもしれない。同じ年であるというのに、軍主であるティルに掛かる重圧はには計り知れない。
自身をまっすぐと見つめてくるに、ティルは目を見張った。ややあって、小さく笑みを浮かべる。――どうして、分かってしまったのか。
何事もなかったように、振舞っているつもりであった。それは驕りではなく、回りも戸惑いながらも彼の様子に、そう受け取っていたからこそ分かる。だというのに、彼女の目は確かにティルを見ていた。それは笑顔に内の、僅かな沈む気持ちにさえだ。自身は見てみぬ振りをしようとさえしたというのに。ティルは天を仰ぐと、ぽつり、と零した。
「テッドって、覚えてる?」
再び視線をへと戻した彼に頷く。彼から何度か聞いたことのある名前は、彼の親友の名だ。
頷きを返したに、ティルはまだ記憶に新しい名を出した。
「星辰剣。あれを手に入れようとした時、剣の力で俺達は一度過去へと飛ばされた。そこであいつと会ったんだ。ずっと過去の、まだテッドが子供の頃だったけど。」
星辰剣。喋る事の出来る剣としては面妖なそれは、真の紋章だ。未知数な力ゆえに過去に飛ばされるという事もあるいは不可能ではないかもしれない。
そしてその力で過去に飛ばされたティル達は『テッド』に会ったという。思わず押し黙るに、ティルは続ける。
「あそこでテッドも連れて戻ってくれば、助けられたかもしれない。だけど、俺はあいつを置いてきた。」
そしていつもの穏やかな笑みではあるが、確かに自嘲の笑みを浮かべた。
「知っていたのに、置いてきたんだ。馬鹿だね、俺。今更こんな事考えても「助ければいいよ。」」
ティルの言葉を遮り、僅かに驚いたように見てくるティルを見上げ、もう一度は繰り返した。
「助けよう、テッドさんを。大丈夫。私はティルを知ってる。そのティルの親友なら絶対、生きてるよ。ティルも自分の事だから分かるでしょ。」
最後は茶化すように僅かに笑いそう言ったが、再び真剣な目でティルを見る。
「私達には先がある。だから、大丈夫だよ。」
過去に起こった事を幾ら考えても、意味はない。過去の出来事は変わらず、納得する結果など、どうやっても出ないからだ。
けれど彼はその時、確かに赦されたかった。
それを穏やかな笑みで言ったに、ティルは思わず息を止める。心に掬っていた靄は、まるでそれまでが虚構であったかのように晴れていっていた。僅かな時間で、あっという間に彼女によって。彼女には本当に、振り回されてばかりだ。
時としてあまりにも予測不可能な彼女が、次の瞬間どこか遠くにいってしまうのではないかと恐くもあるが。ティルは止めていた息を吐くと小さく笑みを浮かべての肩へと額を置いた。
「俺、情けないな・・・。」
守りたいと思う人であるのに、彼女に助けられて。不甲斐ない。けれど呆れる事なくは、肩に頭を置くティルに小さく笑うと言う。「いいんじゃない、それでも。」

***

道中は快晴であったことから順調で、翌日、まだ日が真上にある頃に達は竜騎士団領の入口へと到着する事が出来た。竜騎士団領への入り口である洞窟には、一人の門番が立っている。
入り口である洞窟は、年月を表すように見事なまでの苔や蔓で覆われていた。洞窟の表面にが視線を向けていると、門番が口を開く。
「ここから先、皇帝陛下より許された竜洞騎士団の領地なり。いかなる者であろうと、入ること、まかりならん。」
門番の言葉に解放軍内から大柄の男、ハンフリーが前へと進み出た。
「私は、元帝国軍百人隊長ハンフリー・ミンツ。竜洞騎士団長ヨシュア殿に、取り次ぎをお願いしたい。」
ハンフリーは竜騎士団長であるヨシュアと旧知の仲であった。普段無口な彼の過去を、この時初めては知る。
軍師であるマッシュ同様、彼もまた元帝国軍、しかも上位の位に値する階級であったという。が所属するよりも前、それこそティルよりも前の解放軍リーダー、オデッサの頃からいた彼らだが、彼らもまた何かがあり、帝国に疑念を抱いたのだろうか。
「・・・たとえ皇帝陛下であろうと、入れるな言うのが騎士団長よりの命令だ。」
竜騎士団長と知り合いであるハンフリーが出れば、すんなりと通してくれるだろうと思えた門番は、しかし首を横へと振った。今回も同行していたフリックは門番の言葉に眉を寄せる。
「これは・・・。皇帝陛下でも駄目ってのは、随分と厳しいな。」
「とにかく、帰るんだ。」
門番は頑なに首を縦に振る事をしなかった。友好関係を築いているはずの帝国の皇帝でさえも通すことを認めないとなれば、ただ事ではないだろう。内心眉を潜めながらも、今度はティルが前へと進み出た。
「私は解放軍軍主、ティル・マクドールという者です。今回は折り入って、竜騎士団長ヨシュア殿とお話したい事があるのですが・・・。」
「解放軍・・・・!?」
ティルの言葉に、門番の男は驚いたように声を上げる。だがぐっと一度唇を噛むと、やはり首を縦に振ることはしなかった。
「・・・・解放軍の軍主といいましても、お通しすることは出来ません。お帰りください。」
強行突破をすれば通れるだろう。だがそれでは意味がなかった。達は竜騎士団に助力を求めにきたのだ。しかたなく竜洞から大分離れた位置に来ると、ちらりと門番を振り返り見たフリックが小声で問う。「どう思うティル?」
「俺は何かあったんじゃないかと思うが・・・。」
「そうだね。少し情報を集めてみよう。何か分かるかもしれない。」
頷き今後の意向をティルは述べる。それに意を唱えるものは誰もいなかった。
「ここから一番近いのは・・・南東のアンテイの町ですね。」
顎に手を当てたクレオが言う。
そうして達はそのまま、アンテイの町へと向かうことにしたのだった。

数十分程で、達はアンテイの町へと着く事が出来た。アンテイは西洋風の町で、石畳と、石で出来た建物の高さが印象的だ。こういうのを見ると、地震が起きやすい島国出身のとしては地震がきたら大変そうだと思ってしまう。しかしそうした家があるからこそここの土地柄故、滅多な事でない限り地震は起きないのだろう。
そんな事を思いながら、早速たちは情報収集を始めた。
だがもう間もなく町を一周し終えるというのに、有益な情報を得ることはできずにいた。町の者達の話では、唐突に数ヶ月前から竜騎士洞への出入りが禁止されてしまったらしい。ある日突然、町の商人がいつものように物を売りに行こうとすると止められたのだという。それ以来、騎士の者達は何度か村へと買出しにくる事はあるが、それまでのように騎士団領で物を売ることはなくなったのだ。
「なんだ、竜騎士の奴らは、揃いも揃って引き篭もりなっちまったのか?」
「あんた、前から思ってたけどもうちょっと考えてから物事は口にした方がいいよ。」
呆れた顔で言ったルックに、フリックが頬を引きつらせる。そんな彼らの仲裁に入りながら、ティルは竜騎士団の状況を口にした。
「騎士団領内で隠したい何かがあったんだろうね。その何かはわからないけど。」
そうしている内にも村の入り口付近に戻ってしまっていた。
情報を僅かに得ることが出来たが、さてどうするか。そんな時である。
「てめぇ、食い逃げのくせに白を切る気か?ふてぇやろうだ!」
突然、野太い怒鳴り声が響く。視線をそちらへ向けてみれば、二人の男性であった。片方はどこにでも居そうな中肉中背の男である。そして男が怒鳴っている相手といえば、
「ノン、ノン、ノン、それは違いますよ。これだから庶民は困るなぁ、私は、しばらく借りにしといてあげますと言ってるんです。
この私、帝国貴族ヴァンサン・ド・プールに貸しを作ることが出来るんです。もう少し喜んでください。」
なんというか、濃かった。
金髪に高い鼻、長い上睫、下睫と顔だけ見れば美形に見えなくもないかもしれない彼は目に痛い色鮮やかな服を着ていた。
いけしゃあしゃあとそう述べた彼に、このやろう、と庶民と称された中肉中背の男こと店の亭主は口元を引きつらせる。
「まだそんな口をきくか。貴族様だって言うんなら、メシ代ぐらい払えるだろう!」
それにとても濃い、ヴァンサンという男は、右手を嘆くかのように額に当て視線を落とす。「おお、それを言われると心苦しくなります・・。」
「私も、持ち合わせがあればいくらでも払ってあげるのですが、生憎、先程恵まれない子供に全てあげてしまったところなんでね・・・」
「やっぱり、貴族だなんていうのは口からでまかせだな!」
亭主は飄々とした男に、怒り心頭に叫ぶ。
とりあえず、ここは関わるべきではないだろう。厄介ごとに巻き込まれるのは明らかであった。金がないのなら働いて返すなり色々とある。幸いヴァンサンは暴力で解決するような物腰ではないし、いずれは円満に解決するだろう。
「おい、こんな所で何をしてるんだ?」
だというのにそこへ話しかけてしまったのは、青い人であった。空気を読まないフリックである。それ故とばっちりにあうというのに、まだわかっていないのか。
「うるせぇなぁ、あっちに・・・て、あんた青雷のフリック!?も、もしかして、そこにいるのは解放軍のリーダー、ティル様じゃ・・・・・!?」
フリックは青雷のフリックという通り名で有名であった。そして解放軍のリーダーは赤い胴着を着ていると噂されている。亭主の目は当然のように、フリックの後方にいるティルへと移っていた。
しかもそれは亭主だけではない。煌びやかな服を着たヴァンサンもまた、目を丸くして振り返る。
「ティル?これはテオ・マクドール殿のご子息、ティル・マクドール殿では?
私はこの帝国内を遊学中の帝国貴族ヴァンサン・ド・プールであります。以後、お見知りおきを・・・。」
「これは、ご丁寧にどうも・・・」
ティルは内心頬を引きつらせつつも笑みを浮かべて答えた。
ヴァンサンは引いている解放軍の面々に気付く様子なく、慇懃に言う。「いえいえ。お互いに高貴な出身。仲良くしようじゃありませんか。」
だが次の瞬間、彼は流れるように耳を疑うようなことを言い出した。
「つきましてはティル殿。少しばかりお金を貸していただきたい。この男は私を疑っているようで・・・・。 私は、これから竜洞騎士団のヨシュアを訪ねようと思っています。そういうわけで、急いでいるのでこれにて失礼させてもらいます。」
早口に言ったかと思うと、ヴァンサンはマントを靡かせ笑顔で早々と去っていってしまう。正に嵐のような男であった。
思わずフリックは首を傾げる。
「なんだぁ?あいつ。」
「あのーーー、ところでどなたがメシ代を払って頂けるのですか?」
「え?」
残された亭主が戸惑いながらも解放軍の面々へと声をかける。思わず素っ頓狂な声を出すフリックだ。
しかし誰が払うとなれば。
視線を向けてみればにこやかな笑みを浮かべた軍主により、無言で懐から財布を出すフリックだった。

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