Skyting stjerner1-48
ネクロードの城、最上階。円柱で支えられた天井の高い部屋は石で造られ荘厳なものであった。もとを辿れば昔、帝国から遣わされた領主にと作られたものである。地方であるからこそいつの間にか廃止され、村は各々村長が収め、帝国はもぬけの殻であった砦に兵を駐屯させていた。しかしウェンディが宮廷魔術師として台頭するようになってから、変わったようだ。
最上階には教会を思わせるような立派なステンドグラスが5尺程、天井まで張られ、手前には立派なパイプオルガンが置かれていた。大きな両扉からは、中央の平台に向かって深紅のビロードが引かれ、正に式場のようである。吸血鬼にも関わらず神を恐れぬネクロードは、パイプオルガンの前に座り、独特な音色を奏でていた。
音色は高い天井で反響し、ステンドグラスから差し込んだ夕日が幻想的な色合いを室内に見せている。まさに美しい光景である。しかし、それを弾いているのがネクロードというのが頂けないと何度目かの溜息をつきたくなったであった。奴さえなければ感動していただろうに。
「それにしても、随分と遅いですね・・・。」
かれこれ飽きもせず1時間は演奏していただろう彼も、いい加減飽きたのだろうか。突然、ネクロードはパイプオルガンを奏でる手を止める。
そのまま弾き続けて存在を薄れさせたままでよかったのに。そう思う花嫁衣裳に身を包んだとテンガアールである。ちなみに二人の衣装は結局、互いに選びあったものである。開き直った女子は強く、かしかましかった。
じと目になる二人に対し、あろう事かネクロードはたちが座る椅子へと近づいてきた。シカトされたのが嫌だったのだろうか。慌てては口を開く。
「遅いも何も、まだ日が暮れてないじゃない。」
しかしネクロードの足の歩みは止まらない。先ほどまで反響していたパイプオルガンの代わりに、靴の音が響く。やがてそれはの前で止まる。
「それはそうですが・・・・どうやら限界のようです。楽しみなあまり、つい血を飲むを止めていたからでしょうね。」
の背中に悪寒が走る。突然の事に体を固まらせてしまったをネクロードの赤い目が見下ろした。忘れていたわけではない。彼は、吸血鬼だ。
状況を判断した時には腕を引っ張られ立たされていた。
「約束が違うじゃないか!!」
テンガアールがそう叫ぶ。そうだ、違う。なんなんだちきしょう、そう思いながら外されそうにない腕を開放する為はネクロードを睨むと、空いている手で平手打ちを繰り出した。しかしそれはやはり、掴まれてしまう。
「味見をするだけです。殺しはしません。何しろ、あなたは私の理想の血だ。」
力の差は歴然で、抵抗しているというのにはあっけなくネクロードに引き寄せられていた。
吸われたからといって、吸血鬼になるというわけではないだろう。紋章の力からなった彼は、本物の吸血鬼ではない。殺しはしないと彼は言う。ただ少し痛いだけ。けれどもこんな男なんかに、は血を吸われたくなかった。
「や・・・・!」
荘厳な室内に、悲鳴があがる。
それは大きなもので、一気にその状況を変えさせた。
悲鳴を上げたそれは、ばらばらと石畳に落ち砕け散っていく。幻想的な色が崩壊した箇所からは鋭い茜色の夕日が差し込む。そこから飛び降りてきた侵入者は、素早くを抱え込むと、ネクロードから距離を取った。
赤い胴着は、洛陽よりも鮮明だった。
「ティル・・・!」
目を丸くして、はスタンドクラスを割り乱入した彼の名を呼んだ。
それまで体を支配していた恐怖は、彼が現れいつの間にか掻き消えていた。
を横抱きに抱えたティルに、突然の出来事に一瞬呆気にとられていたが、我に返るとネクロードはティルを追撃しようとする。
抱えられたままのは焦った。ティルはを抱えているため、両腕が塞がっている。これでは防ぎようがなかった。しかしその一瞬でネクロードは間合いを詰める。迫る鋭い爪は、だがいとも簡単に遮られた。
ネクロードを冷たく蒼眼で睥睨しながら剣で防いだ青年は、夕日を帯びて色素の薄い髪を茜色に染めていた。室内に響いた悲鳴と同時に、いつの間にか扉から部屋に入ってきたのだろう。双剣使いの青年、ラズリルだ。
ラズリルの双剣で弾かれたネクロードは、構えられた武器を見て鼻で笑った。
「剣など構えてどうするのです?私に攻撃は効かぬと言ったでしょう!」
「ラズ!」
言葉が終わると同時に右手が振り上げられる。思わずは彼の名を呼んだ。ラズリルがあの場から離れたとしてもあの距離からの衝撃波は――
だがそれは当たる事はなく、ネクロードが声を上げることとなった。
横から駆けてくる存在に気づいていた。気づいてはいたがどうせその攻撃は当たることなく弾かれる。そうそのまま放置した、彼の驕りが導いた結果だ。何故か弾かれることなく肩を切られたネクロードに、今度はラズリルの蹴りが入る。
「かはっ・・・!!」
ネクロードは無様に後ろへと吹き飛ぶ。
その間にテンガアールもヒックスの背後へと隠される。ラズリル以外にも部屋に突入していた者には解放軍に加えて、戦いを好まないヒックスもいたのだ。
こうして見事、ティル達は花嫁になる予定だった者たちを取り返すことに成功したのだった。
「そ、その剣は・・・・?」
呆然と、腹を抱え肩から血を流すネクロードがビクトールの剣を見る。どうやっても害を及ぼす事が出来ない、ネクロードを守る壁を切り、無効力化したビクトールの持つ面妖な剣。剣の側面に顔らしきものがあるそれは、口の辺りを開くと、厳格な声が室内に響く。
「私は夜の紋章の生まれ変わり。夜の僕であるお前が、私に敵う筈などなかろう。」
「おのれぇ、私は五百年もの間生きたのだぞ。それを、こんなところで終わらせて・・・!」
「それで、五百年の間、悪さをしてきたんだろう。」
顔を歪ませ唸るネクロードに、ビクトールは剣の先を向けた。
「今こそ、俺の旅も終わる。家族と、仲間を殺したお前に復讐するための旅だった。そいつにケリをつけてやる。覚悟しな!」
長い彼の憎悪は消える事なく、今も激しく宿っていた。
ビクトールは咆哮と共にネクロードへと切り掛かった。
戦闘から少し離れた所にいるは今だティルに抱えられて、というよりいつかのように強く抱きしめられながら見ていた。
ビクトールが持つ、見た事のない喋る剣によってネクロードの周りにあった壁を壊したらしい。恐らく達がこの城にいる間にネクロードへの対策として手に入れたのだろう。攻撃が通じなければ意味がない。助かった・・・と思うとそこでようやく抱きしめる腕の力が緩んだ。
緩んだそこから体を離し見れば、不安げな表情のティルがを見ていた。
「、大丈夫・・・?」
変わらないティルだ。ステンドグラスを割って入ってきた彼にはかなり驚いたが、最上階のこの部屋なら可能なのだろう。実に奇抜で、落ちたらどうすのかといった不安が多大にあるが。
実際、この部屋への扉以外の別の侵入経路を、途中で会ったゾンビから約二名が問答無用で聞き出し、ティルが行くと言い出した時一部除きメンバーは慌てた。しかし確実に、向こう側にいる彼女達を救い出すには不意をつくのが一番だ。結果として危険を伴いながらも、今こうして無事達は助けられた。
無茶な方法に小言を言いたい気持ちもあるが、今は後だ。助けてくれた事に礼を言わねばとは笑みを浮かべてティルを見た。
「ありがとう。ティルのお陰でどこも・・・」
が、それはティルの指が右肩に触れた事に止まる。何事かと見てみればティルが拭うように触れた親指が触れた場所に、僅かに血が出ていた。ティルの怪我かと一瞬思ったのだがその場から血がでてくる事から自身のものだろう。ネクロードが噛もうとしていたのは右肩だ。
噛まれたということ感覚から身に覚えがなく、傷口も小さな傷であることから、先ほど鋭い牙が僅かに触れてしまったのだろう。
「ちょっとだけ掠っちゃったみたいだね。大丈夫、ちゃんと消毒するから・・・」
同じ轍は踏まない。心配症であるティルに笑いかけ、固まってしまった。
「――確かに甘い、ね。」
はティルを呆然と見る。
触れた箇所が熱い。視線がティルの端正な顔、主に唇と赤い舌に釘付けになってしまうのも仕方ないだろう。糖分ばかり摂取している自身の血が美味くないと言ったのはである。が。
吸血鬼でもないティルが吸血してどうするというか甘いって消毒?原始的に消毒?いや吸ったでしょ、吸ったってこの人などと瞬きも忘れ大混乱に陥ったが、耐え切れず顔を真っ赤にするのにさほど時間はかからなかった。
ティルご乱心。
パンク寸前の中はそう思った。
「あのさぁ一応戦闘中で、しかも先走った誰かさんのお陰で策も意味なくなったっていうのに何やってんのこの呆け軍主。」
一体全体何がどうしてこんな事にと考えるの思考を、僅かに戻したのは風の少年の声だ。
策、というのは正面から入る彼らに気をとられた時に、別のルートからティルが入り、可能ならばネクロードと達の間に入って、正面からの者達もそれをフォローし彼女達の安全を確保次第戦闘を開始する、というものだ。
といってもビクトールたっての希望で、本格的な戦いに入る際は彼とネクロードの一騎打ちという形になったのだが。ネクロードの厄介な壁さえなくなってしまえば、一騎打ちも可能だ。しかし念には念を入れることだけは彼に承諾させた。
ティルは声をかけてきた風の少年を見る。
「そういうルックこそ、ビクトールの援護はどうしたの?」
それにルックは眉を寄せた。無言で達に近づくと僅かに暖かい優しい風がを包む。治癒魔法である。感動してルックを見上げた自称愛弟子を鋭い目が射抜く。
「一応だから。手間かけさせないでよこのボケ女。」
「ルック・・・・!」
照れ隠しだ。うん、そうに違いないと解釈し師匠の裾へと伸ばした手は彼が踵を返したことによって僅かに届かなかった。
さっさと去っていってしまうその距離が虚しいが、彼が心配して治癒魔法をかけてくれたのだ。嬉しさに頬を緩ませただったか肩に触れた何かに思わず固まる。一体今度はなんだ、と思ったがそれは背後から聞こえた声でその手が誰のものかわかった。
「セクハラもほどほどにしないと訴えられるよ。」
呆れながらの右肩を拭うのはラズリルである。うん、まぁ、
「君に言われたくないよ。」
ティルの言葉に大いに賛成したい。
にこりと笑みを浮かべたまま、ティルは続ける。
「自分が出来なかったからって当たらないでくれる?」
変わらぬ穏やかな笑みだが、どこかそれは不穏な空気を纏っている。あれ、と が思った時にはラズリルもまた何故か爽やかな笑みを浮かべた。
「僕はあんなのと間接キスはやだからね。」
その場の空気が一気に重くなったように感じる。幾度となくあった息もままらなくなりそうな重圧だ。お願いだから、一般人を間に挟まないでくれとは思う。
「ほんと、君って邪魔だよね。」
「僕は君が邪魔だけどね。」
互いに微笑みを携えているというのに、ちっとも穏やかに感じないのはどういう事だ。思わず目尻に涙が浮かびそうな心境である。
ふとティルがラズリルから視線を外した。
「まぁいいや。今は君に構ってる暇はないから。」
そう言うと風が僅かに揺らぎ肩へと重みが増える。
「はい。」
ティルがの肩にローブをかけたのだ。恐る恐ると見るだったが、彼の浮かべる笑みに、先ほどまでの妙な重圧感はなかった。
「ここは城内でも寒いから。」
は数秒目を瞬かせる。遅れながら内容を理解すると、慌て声を上げた。
「でもティルが・・・!」
「俺は大丈夫だよ。 は寒がりだしね。」
確かには割合寒がりな方だが、だからといってティルのものを借りる程ではない。これくらいどうって事ないのだし。は眉を僅かに寄せて口を開く。けれどそれよりも早くティルが言葉を発した。
「それにのウェディングドレス姿を見れるのは、俺だけでいいから。」
しかもまたとんでもない台詞を笑顔でさらっと。
勘弁してくれ、と顔を茹蛸のように赤くし、再び背後からのしかかった重圧に蒼くするやらのであった。
程なくして、決着はついた。紋章に頼り切りであったネクロードに今でこそ紋章の剣を持ってはいるが、今まで自らの力で戦い抜いてきたビクトールが負けるはずがないのだ。ネクロードは甲高い悲鳴をあげて、大量の砂になると破壊されたステンドグラスから吹かれた風にまい上がり、空へと散っていった。
一段落した所で、戦いを静かに見守っていたのだろうテンガアールが改めてヒックスに向き合う。
「ありがとう。助けに来てくれたんだ。嬉しかったよ。」
「え、え、え。で、でも、僕は何にもしてないし・・・ネクロードもビクトールさんが倒しちゃったから・・・・・。」
満面の笑みで告げたテンガアールに、ヒックスは眉尻を下げる。ネクロードはビクトールが一騎打ちして、回復の補助は受けたものの彼が倒したのだ。確かに実際はそうだが、けれどテンガアールにとってそれは違った。いつも泣きそうに顔を歪めたり怯える誰でもない彼が、ここまで来てくれた。それだけで頬は自然と緩んでいた。
「君って人は。いいんだよ、こういう時は。それに、僕にとって君はヒーローなんだから。ね。」
「う、うん。」
嬉しそうなテンガアールに、判っていないのか判っているのか、ヒックスは所在無さげに頷く。こういう時、少しでもどもらず胸を張っていればいいのにとは思うが、それはヒックスではないような気がしてテンガアールは浮かんだ考えに苦笑する。そこで、ふとヒックスが持っているはずの無い剣が目に入った。
「ところで、その剣の名前・・・」
彼は成人の儀式を受けていない為、まだ剣を帯刀することは出来ない。けれどそれを持っていると言う事は。
胸中に静かな波と荒い波が鬩ぎ合いつつ、期待と不安の中いつしかテンガアールは柄にも無く緊張していた。
「あ、いや、これは。ご、ごめん、勝手に君の名前を・・・」
ヒックスが視線を逸らして放った言葉に、テンガアールは思わず息が詰まる。
いつしか二人を見守っていたは笑みを零していた。以前テンガアールに聞いた戦士の村の慣わし。変わった慣わしはロマンチックで、記憶に鮮明だ。戦士にとって大切なもの、剣に大切な者の名をつけるという。それはつまり、そういう事だ。
「・・・・ほんとよ、人の名前を勝手に使って・・・。」
「ご、ごめんよ。」
「なんで謝るんだい。」
「え?」
それを見ていたクレオが、溜まらず微笑ましい彼らに噴出す。
「これはこの先大変そうだね、ヒックス。」
ネクロードの城攻略を終えたその場には、穏やかな空気が戻っていた。
テンガアールとヒックスが落ち着いた所で城の玄関まで戻ると、扉を開いた後歓声が上がる。歓声の中で誰よりも早くゾラックが娘へと駆けつけた。
「テンガアール!無事だったか。」
「もちろん。ヒックスが助けに来てくれたんだから。」
テンガアールはそっけなく言うものの、はその頬が緩みそうなのを見た。素直でないのは彼女の性格故かそれとも親に対してだからか。
ゾラックは一通りテンガアールの体を見回し、怪我がない事を確認するとティルへと向き直り深々と頭を下げた。
「ティル様、有難うございます。我ら戦士の村一同は、解放軍に、あなたに従いましょう。我々の力が必要な時は、いつでもお呼びください。」
だが、ティルはゆるりと首を振る。思っても見ない反応にゾラック達戦士の村の者達は目を瞬かせた。ティルの浮かべた笑みは変わらなかった。
「従うのではなく、同士として助力をお願いしても宜しいですか。」
伸ばされた手に、同意を示さないはずがなかった。ゾラックは力強く差し出された手を握り返したのだった。
こうして、戦士の村の助力も得ることが決まると、ティルの前へとビクトールが進み出た。その表情はいつになく硬く、真剣なものだ。
「ティル、いや、ティル様。
俺は長い間、ネクロードを追って旅を続け、そして遂に復讐を遂げました。それを、今は無き故里に報告に行こうと思っています。
必ず、また解放軍に戻ってきます。ですから、今はしばらく解放軍を離れることをお許しください。」
ビクトールの旅はネクロードを追う事で始まり、倒すことで終える。しかしそこで終える事無く、彼はまだティル達の旅に付き合ってくれるらしい。
貴重な戦力だという事よりも、はビクトールがいなくなってしまう方が寂しく感じた。けれど変わらず彼は食堂で入り浸ったり、夜食を求めて漁ったりしてくれるらしい。実に可笑しな内容であったが、それでもビクトールであるからこそ嬉しいものである。ティルまたそうなのだろう。柔らかい表情で頷いて見せた。
「ビクトール、お前がいないのは、解放軍にとって大きな痛手になるな。」
クレオが肩を竦めれば、ビクトールはいつもの笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、分かってるさ。俺様がいなくちゃ解放軍もしまらねぇからなぁ。」
「大丈夫よ。そのクマみたいな人の代わりに私が解放軍で戦ってあげる。」
と、テンガアールの爆弾発言に思わず場が固まった。それを溶かしたのはヒックスの悲鳴にも似た声だ。
「えええーーー!!!ま、待ってよテンガアール!」
「駄目よ、ヒックス。もう決めたんだから。それに君も一緒に来るんだよ。」
「えええ!!ぼ、僕も!?」
再び上がった悲鳴に、テンガアールは顔を背ける。
「当然でしょ。君が守ってくれなかったら誰が僕を守ってくれるんだい?」
「え、え、え、え、で、でも・・・・」
テンガアールの言葉に顔を赤くしながらも突然の事に慌てふためくヒックスに、戦士の村の村長であり、テンガアールの父親であるゾラックが穏やかな声で告げた。
「行くがいい。ヒックス。お前は戦士の儀式は済ませたが、成人のための試練を受けていない。それに、引き止めても我が娘は飛び出して行ってしまうだろう。テンガアールを守ってくれるか、ヒックス?」
村長の言葉に、彼の慌てた様子も治まっていく。視線を二度三度彷徨わせてから、照れも押し隠し、ゾラックに向き直る。そうしてゾラックの目を見て「はい。」と頷いて見せた。
改めて仲間が加わった所で、ビクトールが唸り声を上げながら背を伸ばす。
「さてと!先に行くぜ、ティル。すぐに戻る。それまでお前ら、元気でいるんだぜ。」
笑みを浮かべてそう言う彼を、穏やかな風が送り出した。
***
「さん、お帰りなさい。今回はお疲れ様でした。」
数日後、達は本拠地であるトラン城へと無事帰還した。帰還した翌日、城内を歩いていたに声をかけたのは白髪交じりの髪をした中年の男性だ。
「サンチェスさん。ただいまです!」
常に柔和な笑みを浮かべている彼とはが使用人だった当初こそ目が合ったときに挨拶を交わす程度であったが、戦闘員へ移動した頃から幾度と無く会話をするようになっていた。
サンチェスは解放軍設立時からのメンバーであり幹部だ。だというのに会話をするようになったのは、彼が元から持つ穏やかな雰囲気と、同じ幹部である、というか軍主であるティルと親しくしていることから自然とそうなったのである。
「おや?若しかして鍛錬を?」
の持つ木刀へと視線を向けて、目を瞬かせるサンチェスに頷く。
「はい。私、まだまだ弱いですから。」
「・・・しかし昨日、帰ってきたばかりでしょう?ロリマーを開放して来たというのに無理は・・・・。」
「でも私、結局今回の件では何もしてないですし。」
は苦笑を浮かべる。ロリマー地方を制していた帝国の将軍、ネクロードを倒す為に活躍したのはティル達だ。基本的に今回、は動いていない。それにである。
「私、体力が無くて。今まで運動してなかったせいもあるんでしょうけど。だけどいつまでもティル達の足を引っ張っているわけにはいきませんしね!」
運動は嫌いだ。けれどそう言っているわけにはいかないのが今の現状である。はようやく、重い腰を上げたわけだ。頑張らなければならない。枷になるわけにはいかないのだ。
「・・・・そうですか・・・。けれど、無理はなさらないでくださいね?」
渋い顔でそう告げたサンチェスに、は笑顔で頷くのだった。
その後鍛錬をしに鍛錬場に行けば、呆れた表情のラズリルがいた。遠征を終えたばかりであることから、彼とて少しは疲れているだろう。そう思い、言えば付き合うというだろう彼に隠れてここに来たつもりだったがばればれであったらしい。結局、疲れてないという彼に申し訳ないと思いつつも稽古をつけてもらうのだった。
そうして一日はあっという間にすぎ、自室に戻ると、は自身のベットに腰掛けながらティルから解放軍の今後の話を聞いた。
忍びであるカスミの情報から、北方の守備を引き継いだカシム・ハジルが軍勢を整えているらしい。それにより帝国軍の今の兵力は、カシム・ハジルがほぼ八千、水上砦シャサラザードには六千、そして帝国本土には一万程。 ロリマー地方を解放したものの、解放軍の今の兵力では未だカシム・ハジルの軍勢を相手にするので精一杯だという。その為次に解放軍は、解放軍の反乱をきっかけに、今各地で起こっている反乱勢力を一つに集める事になった。
「次の目的地はーー竜騎士団領。」
「うん。正確にいえば旧ビィル・ブランシェだね。」
は首を傾げる。
「そこはもう、帝国から解放されてるの?」
「騎士団は元から、帝国の領土には入ってないんだ。中立の立場だから、ここで味方に出来れば一気に情勢は変わる。幸いハンフリーが騎士団長と旧知の仲らしいから、機会はある。」
ハンフリーとは、幹部の一人だ。 も会ったことがあり、無口な彼の顔が脳裏に浮かぶ。話に出てきた竜騎士という言葉に想像してかっこいい・・・と思った事は今は脳の片隅に置いて、はちらりとティルを見た。
「もちろんティルも行くんだよね・・・・?」
なんでもないように装い聞いたつもりであったが、不自然さはどうしても出てしまった。 慌てる内心を押さえつつも平静を装うに、それすらも見抜かれてるような変わらぬ笑みでティルは頷く。
「うん。も連いて来てもらってもいいかな?」
そうして彼はなんでもないように言うのだ。
「でも・・・・私・・・」
申し訳ない。申し訳なさ過ぎる。これでは駄々を捏ねる子供に妥協の案を出す親である。そんな関係は望んでいなかった。
確かに彼らについて行きたいが、はまた、足を引っ張る要因でしかないのだと十分理解している。
「今回の旅で、も大分戦える事がわかったし。それに今回も話をするだけだよ。確かに道中モンスターと遭遇する事もあるけれど・・・。」
ネクロードの城から本拠地へと帰る途中、今度はさすがに行く時とは違いも戦いに参加する事が出来た。確かにそれなりに通用する事がわかったがそれも所詮それなりだ。気を使って、気にする事のない様にティルはそう言ってくれているのだろう。そう判ってはいても、結局はそれに甘え頷いてしまうであった。
3日後には出発する事から、誘っていないのに自然と同行する事になっているラズリルと達は、適度に荷物を準備していた。
ふとその手を止めると、ティルはへと言葉をかける。
「、今日も鍛錬してたみたいだけど無理は・・・?」
ところがかけた言葉は途中で止まる。床に座り荷物を整理していたであったが、何かおかしい。
その場から立ち覗いてみればベットを背凭れにして座りながらは寝ていた。鍛錬をしたという事から疲れていたのだろう。ティルが声をかけた事により気づいたラズリルもまた、静かに眠るを見た。
((無防備すぎる・・・))
がハブとマングースと思う二人が同時に思った事を知れば、お前らが人の部屋に押しかけてきたんだろうがと言っただろう。しかも二人とも異性(ただし自分ではない)が同室にいるというのにと考えてのことだからもうなんというか。
一つ息を吐いてから、ティルはを抱え上げベットに降ろす。相当熟睡してるのかはベットに降ろされても僅かな身じろぎしかしなかった。
準備をしていたラズリルもその手を止め続きは次の日にすることにしたらしい。ティルもそろそろ止めるつもりであった。寝る支度をしてベットへと入る。寝る場所が同じものである事が嫌で仕方ないとでもいうように互いに背を向けるのはいつもの事である。過去に一度起きたとき、先に起きたが何故か二人に対して挙動不審に接していたことも原因である。また変なことを考えられては溜まらない。
「が望んでなかったら、こんな所さっさと出ていってるよ。」
そこへ既に寝ているかと思ったラズリルが声をかけて来た。いつもは淡々とした声には確かに苛立ちが篭っている。
何故が軍主に連いて行く事が容認されているのか。何故回りは止めない。力のない彼女が連いて行っても、枷でしかないというのに。しかし周りの考えもラズリルは判っていた。
多くの考えがあるだろう。しかしその中の決定打は、要の主戦力が抜けた城でに何かあれば、ティルがどうなるかわからないという事だった。
警備を固くしたものの、今もこの城にはしつこくハルモニアの刺客を出される。ハルモニアにばれれば?紋章さえ手に入れば、つけた者の生死は問わない国に。そして、が死んでしまったとしたら。軍主に良い効果を与えるはずがないのは判りきっていた。
通常ならばの同行に軍師であるマッシュが異論を唱えるだろう。軍師とは常に軍の事を第一に考えなければならない。しかしその軍の核は軍主だ。
だからこその容認である。どちらの枷か。言ってしまえば、が望もうが望むまいが関係ないのである。そういった考えは判ってはいるが、それにラズリルに苛立ちが沸かないはずがなかった。彼女の意思が違えば今すぐにここから出ているというのに。以前彼の紋章について今のように話したことがあったが、彼の傍は危険すぎる。
「そう。」
ティルは、ラズリルの言葉にただそう返すだけであった。
彼も解ってはいた。守る為に側にいるというのに、それ故危険に晒しているという矛盾した話だ。紋章と、軍主という立場がその状況を作り出していた。
今はいい。彼女が望んでいてくれるから。しかしもしも彼女が望んでいなかったら、どうなっていだろう。その先は暗い靄に包まれていて考えたくもなかった。
「こんな男の何処がいいんだか。」
「じゃあ君だったらどうする。」
しかし背を向けた彼はもう寝てしまったのだろうか。
それからティルの言葉に対しての答えは返ってこなかった。
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