Skyting stjerner1-47

解放軍の本拠地とは異なり、たとえ村長であろうと一般民家であるゾラックの家には、当たり前だが風呂は一つしかなかった。本拠地には男女別に大浴場があった為、順番も気にせず入れたが一つとなれば違う。まずは女性陣から、と紳士的にティルは言ったのだがはそれを断固として拒否した。自身は戦闘をしていないし、そもそも疲労していない、というのが原因である。しかしそうは言われても、とティルもまた先に入るように促したのだが、やはりは頷かない。互いに譲らずにいた結果、ルックのこれだけこの馬鹿女は元気なんだから、いいんじゃない。という一応助けの一言になるかもしれない言葉により、クレオ、男性陣、最後にという順になった。
ゾラックやテンガアールはヒックスの家のものを借りるらしい。人数が人数なだけに時間がかかるからである。家主であるというのに押しのける形になってしまい、申し訳なく思いながらも、重ねて礼をのべたが彼らは自身の家であるようにくつろいで欲しい、とまで笑顔で言うのだった。
最後に風呂に入ったは、最後で後に誰もいないということで、時間も遅めだというのに少々長く湯船に浸かってしまった。風呂から上がり、脱水所にあった時計を見てしまったな、そう思いつつ、慌てて衣服を着る。
そうして風呂場から出て数分もしないうちの、部屋に戻りかけた時だ。僅かに明かりが零れていたリビングから、見慣れた黒髪の青年が出てきたのである。
「まだ起きてたんだ。」
互いの視線が合ったところで、はティルに声をかける。夜も更けた時間だというのは脱水所で確認済みだ。
「うん、ちょっとゾラックさんと話をね。は?」
明かりのあったリビングから、窓から差し込む月明かりだけが頼りの廊下に出た所為で、未だティルの視界は暗闇に慣れていなかった。おぼろげなシルエットと気配でだと察したのだが、目が暗闇に慣れ始めた頃、改めてを見て思わずそこで言葉が途切れる。一つ溜息を吐くと、へと近づき器用にも彼女が持つタオルを抜き取った。
次の瞬間、の視界が真っ暗になる。視野が明瞭ではないが、犯人は一人しかいない。
「ちょっとティル!?」
「夜は冷えるから。というか頭くらい乾かしなよ。」
頭上から呆れた声を降ってくる。タオルを被せて、角ばり大きな手で髪を拭いてくるティルに、は驚き半ばなすがままになっていたが、慌ててタオルを取り戻す。ティルのことだから、気を使ってくれているのだろうがやはり他人に髪を拭かれるというのは勝手が違うし、何よりも恥ずかしい。確かに、慌てて風呂から出たこともあり、髪は乾かしていなかった。しかし何もティルが拭いてくることはないだろう。
自身で髪を拭きながらは恨めしげな目でティルを見上げた。
「自分でこれくらい出来るよ。」
恥ずかしいのだ、馬鹿。と内心付け足したである。実際顔が少し熱をもっていた。
そうした照れも隠す為に睨みつけていたのだが、なぜかティルといえば固まってしまった。そして溜息。額を手で押さえたかと思うと、言うのだった。
「上着も着るように、って言ったでしょ。」
いくらなんでも、風呂上りに長袖はきついだろう。

上着について、本日二度目互いに譲らぬ言い合いをしながらも、同じ方向にある寝室に向かって廊下を歩いていると、程なくして二人はピタリと歩みを止めた。廊下の曲がり角で立つ人物、長く赤い髪をみつあみにしたテンガアールに気づいたからだ。
歩く速度を緩めると、は廊下に一人立つ彼女に声をかけた。
「こんな時間にどうしたの?テンガ?」
突然声をかけたに、テンガアールはビクりと肩を僅かに上下させた。だが声音からだとわかると、振り返る事なく答える。
「あそこでヒックスと話してるの・・・確かあの人、クレオさんだったよね?」
眉を潜めながら、テンガアールはようやく振り返る。そこでその場にいるのがだけでなくティルもいるのだと気づくのだった。さっと顔に朱を走らせると口早に言う。
「な、なんだよ。僕は別に気にしてなんかないよ!ただ、ちょっと通りかかっただけさ!」
そう言うや否や、寝室とは逆方向へと足早に去ってしまう。全身全霊で気になっていると現してることこの上なかった。
彼女がここまで慌ててしまう事に、非常に検討がついた。思わずにやりと意地悪い笑みを浮かべるである。初い。あまりにも初い。背後の呆れたような雰囲気のティルを余所に、どれどれその現場はどんなものかと角から顔を出してみてヒックスの青い鉢巻きが僅かに見えた。
それだけでは事の全容はわからない。は更に耳に神経を集中させてみた。
「話ってのは何だい?今日はもうこれ以上聞きたくない気分なんだけどね。」
「ご、ごめんなさい。クレオさん。」
気持ちが痛い程分かるうんざりとした口調で言うのは、我が解放軍の美しくも頼りになるお姉さん、クレオだ。それに慌てたよう謝るのは、例の青い鉢巻きをした青年、ヒックスだろう。
「・・・クレオさん。」
「なんだい?」
思い詰めたような声のヒックスに、クレオが優しく捉すように声をかけた。彼の心境を機敏に察知したからだろう。さすがクレオさんだ、とは思わずうっとりする。そうしている間にも会話は続く。
「クレオさんは、女の人なのに、どうして戦っているんですか?この戦士の村では、女の人は紋章師になるけれど、前線に出て戦おうとする人なんて、滅多にいないのに・・・。」
日が暮れた頃、夕飯の支度の時にテンガアールに聞いたように、この村では女性は紋章師にはなるが、基本、前線に出ようとする女性はいないらしい。テンガアールは例外ではある。恐らく村長の娘といった家柄や、一番濃い線でいくと性格から武術を嗜むことにしたのだろう。
しかし基本的に例え異世界であろうとも、戦士の村以外でも女性が戦う事は稀であることに変わりなかった。としても、やはりクレオやバレリア、カスミといった可憐な女性が戦う事に疑問を抱かないこともない。ふとした時に違和感を抱くこともある。
そう思うのも通常、どうあっても女の力では男性に勝てないからだ。スポーツでは男女が同じ土俵に立つ事が出来ないのと同じである。
産まれついたときからの圧倒的ハンデ。加えて男性でも時には辛いというのに、それでもどうして戦うのか。ヒックスが疑問に思うその答えを、けれどは既に知っていた。
クレオはヒックスの問いが意外であったのか、やや間を置いてから苦笑する。
「どうして・・・か・・。別に、女が戦うのに特別な理由はいらないよ。男と同じさ、守りたいものがある。」
守りたいもののために。それでしかないのだ。
「ヒックス、あんたにも守るべきものがあるんじゃないかい。」
「え、う、うん。でも、僕は強くないから・・・。」
「そうだね。弱いやつが無理をすることはない。死んでしまったら、どうにもならない。」
そこで沈黙が落ちた。「・・・・・・でも・・」と小さく、彼の中で拮抗する何かに抵抗するかのように零すヒックスに、クレオが告げる。
「ヒックス。自分が弱いと思っている間は、強くはなれないよ。」
にとっても痛い言葉であった。彼女が言う言葉には重みがある。さすが、と思いつつ彼女の言葉を心の中で反芻するのだった。
「そうですね。有難うございました、クレオさん。」
ヒックスもまたそうだったのか、再び落ちた沈黙を破った時の声は、どこかそれまでとは違い、晴れやかなものだった。彼の中の靄も少しは晴れたのだろう。それにクレオも声を少し明るくして、就寝の挨拶をするのだった。
廊下を歩くクレオの足音が大分小さくなったのを確認してから、はティルに振り返った。ティルもまたそんなを見る。相変わらず綺麗な金色の目を見つめ、口を開こうとした時だ。
「うわっ・・・!ティ、ティル様!お、お邪魔してしまいすみません・・・・!!お、お、おやすみなさいーー!」
ヒックスの事をすっかり忘れていた。
家に戻ろうと達のいる廊下に出てきたヒックスは、慌てて声を上げると素早く去っていってしまう。
去り際に見えたヒックスの耳は赤い。それは話を聞かれてしまったかもしれないということだけではないのは、先ほどの彼の言葉からなんとなく解かった。
場の空気がどこか気まずく感じるだった。はこの空気を作り、早々と去っていった彼の名を恨めしく心の中で呼ぶ。顔が赤くなっていないだろうか。それを危惧しつつ、悔しいことに全く顔色の変わる様子のないティルをちらりと見やる。
ヒックスの去っていった方向に向けていた目がに向いた時、は先ほど言おうとした言葉を言おうとしたのだが、出てきたのは握りこぶしだけで言葉はどうにも出てこない。
痛い沈黙。それに泣きたくなりつつも、とりあえずはその拳をどうにかしなくてはいけなく、しかし言葉を言おうにも、今ではなにやら恥ずかしくなってしまった。
結局誤魔化そうと思った握りこぶしは、何故かティルの胸板にぶつけるのだった。しかもぎこちなく。加えてきょとんとするティルに言う言葉といえば
「お休みなさい。」
我ながら意味がわからなかった。もう嫌だ。これ以上恥をかく前に去ってしまいたい。そう思う感情のまま、は踵を返し寝室に猛ダッシュしたのであった。
その後逃げるように寝室に入り布団に包まった の顔の熱はしばらく消えなかった。
意味不明な行動をとって、ティルは呆れてないだろうか。溜息を吐いてないだろうか。色々な不安が飛び交う中、実際その頃変わらず廊下のその場に立ち、ようやく額に手を置き一つ息を吐くティルがいた。
「なんだあの生き物・・・。」
ただし違う意味ではあったが。

翌日。気まずくなるかと思ったが、はティルとは何事もなかったように朝食を終える事が出来た。
ネクロードを放っておくなど出来ない。かといって本拠地に戻る時間もない為、ティル達はそのまま戦士の村にて、帝国の将軍、ネクロードを迎え撃つことにした。問題はゾンビを操るということだが、それも操っているネクロードを潰せばいいことだ。花嫁を迎えに来る時、彼は自らこの村にくるらしい。ゾンビで周りを囲み城に篭られるよりも、その時がチャンスであった。
迎え撃つ準備を進める中、は昼の食事をテンガアールと準備し始める、そんな時だ。急に外が騒がしくなったのである。
は何事かとテンガアールと目を合わせてから、火を扱って手の離せないテンガアールの変わりにが様子を見に台所から出て、広場が見渡せる窓を覗きに行く。そうして広場にいたのは村の人達と、黒いマントをした見たことのない男だった。
その男こそ、件のネクロードである。
「おはようございます。皆さん。」
ほぼその場に村人達と解放軍が集まると、ネクロードが恭しく礼をした。
「何をしにきた!ネクロード!」
村人達全員が集まったといっても差し違えない程人が多い広場で、ネクロードと一番に対峙したゾラックが声を荒げる。
ネクロードは先ほどの似非紳士的な態度を消し、小ばかにしたように笑った。
「もちろん、娘さんを迎えに来たのですよ。それぐらい分かるでしょう。娘のことなんですから。」
「テンガアールは渡さんぞ!」
「そ、そうだ!大体、昼間にやって来るなんて吸血鬼のくせに非常識だぞ!」
村人達と解放軍、その更に後ろに配置されていたはヒックスの言葉に思わずこけそうになった。いや正にその通りで、吸血鬼だという彼は夜に来るだろうと思っていたが。
「非常識?そう言われましてもね。私は紋章を使って吸血鬼となった、由緒正しい吸血鬼ですからね。この位の日の光など、なんて事ないですよ。ただ、昼間は眠くて仕方ないんですがね。」
「ふん!だったらとっとと失せろ!戦士の村の力、見せてやるわ!!」
そう言い終わるや否や、武器を片手に村の人達は一斉にネクロードへ切り掛かろうとした。
しかしそれは片手を振り上げたネクロードのたった一撃で蹴散らされる。見えない暴風が吹いたかと思えば、次の時には村人達は地に伏していた。 は思わず目を見張る。
「うっ・・・ううっ・・・。」
「見せてもらいましたよ、あなたがたの力。まあ、こんなものでしょう。人間の力なんてものはね。」
たった一撃。恐らく紋章を使ったのだろう。それにしても戦士の村というだけあって、村長を始めとした強固な体をした村の人達を倒してしまうなんて。
は畏怖を抱き、愕然としたが、解放軍設立当初から戦闘員でありネクロードに私怨を持つビクトールは違った。
「ネクロード!貴様!!やっと、追いついたぞ!覚悟しろ!!」
「ビクトール!」
息巻きながら解放軍の陣から飛び出る。クレオが声をかけ止めるが、もう遅かった。
しかし放っておく事など出来ない。ビクトールを頻りに、解放軍も戦闘を開始するのだった。

ネクロードは強いが、解放軍も強い。そうでなければ今まで、帝国と渡り合う事など出来なかっただろう。
だが不可思議な事に、ネクロードに攻撃が当たることはなかった。見えない壁がどんな攻撃も弾いてしまうのだ。結果ネクロードに傷一つ負わす事が出来ず、弾かれても攻撃を止めなかったビクトールなど傷だらけである。いくつも怪我をしたといいのに、睨む眼光は変わらず鋭いビクトールにネクロードは言う。
「ふふ、この私も有名になったものですね。全く困りものです。
さあ、気が済んだでしょう。彼女を渡してください。私の記念すべき七十番目の花嫁にしてあげますよ。」
ネクロードは広場にいるテンガアールへと目を向けると一歩一歩近づいていく。けれど彼の前に、ヒックスが立ち塞がった。
「ま、ま、ま、待て。テンガアールは、わ、わ、渡さないぞ。」
「どいてください。それとも、死にたいんですか?」
体も、声も見るも明らかに震えている。ともすればいつ泣き出してしまっても可笑しくないというのに、それでもヒックスはその場から退くことはしなかった。がちがちに震えながら言う。「い、い、い、嫌だ。」
「仕方ありませんね」
ヒックスを前に、ネクロードは嗜虐的な光を目に燈した。それを目にしたテンガアールが、慌てたように声を上げる。
「待って!どいてちょうだい、ヒックス。」
「な、何を言うんだ。ぼ、ぼくが、君を・・・・」
目を丸くするヒックスに、テンガアールはいつものように目を吊り上げたりすることなく、花が綻ぶような笑みを浮かべた。
「ありがとう、ヒックス。でもね、そんなことをして死んじゃったら・・・。そこをどいてよ、ヒックス。」
それでも退こうとしないヒックスを自ら退け、テンガアールは凛とした態度で前へと歩み出る。自ら近寄るテンガアールに、ネクロードは満足そうな笑みを浮かべて頷く。
「いい心がけですね。素直な娘は好きですよ。」
「僕が行けば、村の皆を傷つけたりしない約束よね。」
「もちろん、そうですよ。この私、約束は守りますよ。」
決して揺らぐことのない目でネクロードを睨み付けたテンガアールを、歯牙にもかけないように笑みを浮かべたままネクロードは答える。
そのまま去ろうとした二人に、思わずヒックスは叫んでいた。
「テンガアール! 絶対、絶対、絶対、絶対、君を助けに行く!」
テンガアールは振り返り、今にも泣きそうなヒックスとは正反対に、笑みを浮かべるのだった。
「うん。待ってるよ。ヒックス・・・。」
一陣の強い風が吹き、 テンガアールの赤く長い三つ網を揺らす。
そしてテンガアールの細い腕を掴もうとしたネクロードの手が、止まった。突然手を止めたネクロードであったが、彼は顔を上げると、浮かべていた笑みは消え、目は驚愕に見開いていた。
「見つけました・・・私の、花嫁・・・・。」
呟くように言われたそれに、その場の空気が止まり、
「・・・・は?」
は思わずそう呟いていた。
無理もない。突然そんな事を言い出したネクロードといえば、顔を上げて驚きの表情から今現在の恍惚とした表情に変わるまで、と目が合っていたからだ。出来れば間違っていて欲しいと辺りを見てみたが、今回の戦闘に加わることのない様に言われていたは一人だけ離れたところにいた。そして残念なことに、痛いほどの視線はから外れることがない。まさかと思いたい。そもそもテンガアールのように美人でもなんでもないのだからありえない。そうだきっと違うに決まってるといったの思考は、相変わらず恍惚とした表情のネクロードの言葉により遮られるのだった。
「この芳醇な香り・・・なんと、素敵な・・・・。ええ、待っていました。待っていましたとも・・・・!!まさに私の花嫁にふさわしい・・・!」
血かよ!!
いや待て一体どこから・・・と今回の戦闘に参加しなかったは考え今朝の朝食の準備中に指を切ってしまったことを思い出し愕然とするのだった。小さいもので大丈夫だろうと思いつつも、いつぞやの経験から絆創膏は貼っているが、恐らく先ほど吹いた強い風で、匂いが漂ってしまったのだろう。いや、それにしても。
「私の血なんて糖分とり過ぎてどろどでろで美味しくなんて・・・・!!」
「どんな美女の生き血よりまさに私の理想の人・・・・!」
ネクロードは聞いちゃいなかった。彼にとっての理想らしい。だからといってはぁ、そうですか、と納得するわけにもいかない。
血を吸われる事もネクロードの花嫁になることも嫌であった。そこで突然の展開に大分混乱していたのだろう、は思わずティルの元へと駆け寄るとその腕を掴み、声を上げた。
「美女の生き血!」
女も羨む美貌。美女でも通用するとかねがね思っていたのだがネクロードはそうはいかなかったらしい。すぐに首を横に振ってしまう。
「そんな固いものいやです」
ならば!と今度はルックを指差す。
「美女の生き血に!」
「・・・柔らかそうですがそれも男でしょう。いやです。」
柔らかそう、と称されたルックの頬は引きつったが大方見当違いでもなく筋肉の少ない彼であった。
こうなれば、と は都合のいいことに固まって居たラズリルとルック、ティルを指し告げる。
「美女軍団ならぬ新・美青年軍団!」
今ならお買い得三点セットー!と云わんばかりの勢いだった。巷の女の子達では大いに喜ばれそうだが、だがやはりそれにもネクロードは首を振る。
「数が多ければいいというわけではありません。ついでに男はいやです。それに、私は貴女がいい。貴方でなければ、駄目なんです。」
加えて言われた言葉には全身に鳥肌が立った。うわー1度は言われてみたい口説き文句をこんなやつに言われちゃったよー・・・と泣きたい程悲しい心境である。
「さぁこちらに、私の花嫁。」
手を伸ばし近寄ろうとしたネクロードの前に、しかし影が立ちふさがった。
「ふざけないでくれる? をお前に渡すつもりはない。」
ティルに続いて、ラズリルがその青い目でネクロードを睨み付ける。
「あまり付け上がるなよ吸血鬼。」
しかし二人の見も凍るような雰囲気に推される事なく、ネクロードは優美ともとれる笑みを浮かべる。
「ふふ。ふざけてなどいませんよ。それと一応言っておきますが、どんな攻撃も、私に当たる事などない。」
それにティルは奥歯をかみ締めた。そんなティルにネクロードは言う。
「大丈夫ですよ。私達の結婚式にはあなた方も招いてあげますから。貴方方の目の前で、私の花嫁達の血を啜って上げます。自分の無力を噛み締めるのはその時でもいいでしょう。」
ネクロードに腕を掴まれる。それを見たティルの眼光は更に鋭くなったが、今はどうする事も出来なかった。
彼女に触れるなと叫びたくなる衝動を抑え、ティルはに言う。
「・・・必ず、迎えに行く。」
連れ去られる中、そう言ったティルを、は最後まで見ていた。


***


「気の強いお嬢さんもいますし、無駄ではありますが妙なことを考えられてしまうのも面倒ですから。」
手を摩りながら、ネクロードはガルルと言わんばかりのとテンガアールと別々の部屋に押し込んだ。ちきしょう、いくら治るといえどもその手を噛みちぎってやろうと思ったのに!
道中散々暴れに暴れ抵抗したに、いくら理想(の血)といえどもネクロードは披露した様だった。それからご丁寧に鍵も閉められていたが、再びテンガアールと会ったのは数日後だ。久方ぶりのネクロードに歯がみして威嚇するを連れ、押し込んだ先の部屋に、テンガアールはいたのである。感動の再会であった。だがその感動よりも前に、は思わず頬を引きつらせてしまう。
優に二十畳はあるだろう、広々とした部屋に置かれたもの、もの、もの。
キャスター付きのハンガーラックには純白のドレス達。キングべッドに投げ出されたきらきらと光る如何にも豪華な宝石箱には、色とりどりの装飾品。その他にも靴なども取り揃えられた部屋は、半分以上がもので埋もれていたのだ。
無駄に、ありすぎである。
「さぁ、この中から好きなものを選んで、私の為に着飾ってください。」
誰が、と図らずともテンガアールと共に睨み付けたが、やはりネクロードには効かない。
「記念すべき私の七十番目と七十一番目の花嫁との式も、後数刻です。また後で迎えに来ますね。」
口元を緩ませご機嫌にそう言うと、ネクロードは足取りも軽くその部屋から出て行ったのだった。
木片の軋む音と共に扉が閉まり、次に硬質な音が響く。鍵もかけてくれたらしい。部屋にはネクロードが居なくなり、今度こそ達は久しぶりの再会に心を緩ませるはずだった。
しかしその場の空気は重い。誰もが夢見る純白のウェディングドレスも、新郎のもとにたどり着くまで花嫁を悪魔から守る、という意味をもつベールも正にその悪魔の為にあるのだから。
部屋で軟禁されていた数日間、は自身の持つ紋章でどうにかしようかと幾度となく思ったが、 の紋章は材料がなければ作り出すことが出来ない。近くに鉱山があり、工業が生業なドワーフの村ではなく、閉じ込められている部屋にネクロードに対抗出来る武器を作る材料などあるはずがなかった。そして悔しい事に彼の言う通り、逃亡しても攻撃が一切通用しないネクロードから逃れるとは思えない。テンガアールも逃亡策を考えても、結局はそう思い至っていたのだろう。助けを待つしかないことに人一倍気の強いテンガアールは不甲斐なさを感じ、暗い表情で純白のドレスを見ると吐き捨てるように言った。
「なんでもいいさ、こんなの・・・。」
はテンガアールの隣に歩み寄ると、彼女に声をかける。
「ヒックスの隣で着たかった?」
「うん・・・て、!!」
流されるように返事を返してから頷いた内容に気づくと、我に返りテンガアールは声を上げた。振り返ったテンガアールの白い頬には、朱がさしている。それに小さく笑みを零すと、はにやりと口元を釣り上げた。
「着ればいいじゃない、将来的に、ヒックスの隣で。」
口を閉口させるテンガアールの頬は、面白い程赤く染まっていく。いつもはどんなに気を強く持っていても、こういう所はなんとも、可愛らしい恋する乙女だ。
自然と頬を緩ませながらは試しにハンガーラックから一着のドレスを抜き取ってみた。その手触りは驚く程滑らかでそれに若干驚きながらも、自身の体に当ててみる。が、がとってみた体のラインに沿うそのドレスはどうにもスタイルのいいテンガアールの方が似合いそうで、今度はテンガアールに当ててみた。慌てたテンガアールに向かっては言う。
「せっかくだから、うんとおめかしして皆をびっくりさせようよ。」
何事も明るくいこうじゃないか。状況を考えないのもあれだが、考えた結果、打つ手がないなら今を楽しんでしまった方がいい。
意外だったのか、テンガアールは目を瞬かせる。そんなテンガアールに再び意地の悪い笑みを浮かべて、もう一着ドレスを抜き取り、再びテンガアールに宛がう。
「それこそヒックスを慌てさせるぐらいに、ね。」
うむ、今のドレスの方がテンガアールに似合う。そう思うと、今度はテンガアールが手元にあったドレスを取りに当ててきた。
「それじゃあ駄目だろ。」
助けに来た奴を慌てさせてしまっては、戦況に響く。そう言ったテンガアールの表情は、もういつも通りであった。
その後、笑いながら互いに合うドレスを選ぶ二人がいた。


が選んだテンガアールのドレスはアメリカンスリーブのドレスだった。綺麗な刺繍が施され、タイトなウエストに添えたコサージュからティアードスカートになっている。美人な彼女はそれこそなんでも似合うが、彼女の綺麗なボディラインが際立つかと思いこのドレスにしたのだ。ベールはレースで縁取りされた円形の一枚布、マリアベールで清楚さも出してしみた。それらを着た彼女は、 の見立て通り、いやそれ以上に美しかった。選んだ衣装を身に纏った彼女を見たとき、は思わず息を呑み惚けてしまったほどである。
そしてといえば。
テンガアールとは違い、紋章の事から二の腕まであるロンググローブをきっちりとつけ、普段は適当に結んでいる髪も彼女に結ってもらった。そしてドレスであるが、ウエストから広がるドレープがとても可愛いと は思う。うむ、ドレスは可愛い。姿鏡を見ながらはそう思う。テンガアール曰く、可憐に清楚、をテーマらしい、が。なんともいえない目で姿鏡に映る自身を見ながら、は口を開く。
「・・・・その割には、なんか露出多くない?」
「どこが?普通じゃない。」
「だって膝が見えてるし・・・。」
が動きやすい方がいいって言ったんじゃない。」
「でも、結局後ろは長いよ。」
「後ろの裾を踏むような馬鹿なこと、幾らなんでもしないでしょ。」
「・・・・・首元だってすーすーするし・・・・こういう落ち着くないデザインじゃなくてこう、半袖みたいなやつとかテンガみたいなのがよかった・・・・。」
「それはが普段から露出が少ないからでしょ。、文句多すぎ。」
確かにその通りであった。テンガアールの言葉にぐっと言葉を詰まらせる。
着飾ることに興味がないといえば嘘になるが、しかしどうにも、普段しない格好というものは慣れない。ドレス、しかもウエディングドレスとなれば尚更だ。何よりも一番の重点はトップだ。テンガと違い胸がないというのにこんな格好・・・あ、いや普通だけど。本当普通だけど。日本では。この世界でこんな格好はしたくないと思ってしまうのである。
未だうじうじとする に、テンガアールは溜息を吐く。
「折角肌が綺麗なんだから、勿体無いよ。」
「綺麗とは言わない。常に長袖着てるから、焼けてないだけ。」
「ああいえばこう言う・・・・。」
悩ましげに言うと、テンガアールはとにかく!と声を上げた。
「ティル様を色仕掛けするんでしょ!これくらいしなきゃ!!」
「しないから!!」


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