Skyting stjerner1-46
村長であるゾラックの家は、広間からそれほど遠くはない場所にあった。ゾラックの家へと入ると、リビングに通され、それぞれが席につく。ゾラックはテーブルに肘を付け両手を組むと話し始めた。
「3ヵ月ほど前です。この地方を治める新しい将軍として、ネクロードという男がやって来ました。奴は恐ろしい魔法をかけ、帝国兵をゾンビやスケルトンに変えてしまったのです。」
墓だけが暴かれていた不可解なロリマーの城塞を思い出す。ただ事ではない様子ではあったが、やはりゾンビと化していたのか。憶測が現実化したことに、背筋を凍らせた。
「なるほど、それでロリマーの砦に、あんなに墓が・・・。」
眉を寄せるクレオに、ゾラックもまた、顔を悔しそうに歪めた。
「そして奴はゾンビたちを使い、近くの村を脅し始めたのです。その要求というのが・・・。」
「テンガアールを城に差し出せなんて、許せないよ。」
村長が言うよりも早く、堪らずといったようにテンガアールと共に同じ部屋にいたヒックスが、テーブルの上に置いた拳を握りしめて言い放つ。
は思わず眉を寄せる。仮にもこの地を納める者が、力を笠に各村から若い娘を要求するなど。よくある権力者の王道というか、実際に現実として目の辺りにすると腹正しいことこの上ない。しかもその対象がの数少ない知り合いである少女だ。当然不快を通り越してふざけるなと叫びたくなる衝動が込み上げる。
自然と室内の空気が重くなる中、席は空いてるというのに、いつもなら旅で疲れた!と大喜びで椅子に座るところを勧められても首を横に振り、解放軍の中で一人立ち壁に背を凭れさせていたビクトールが、苦々しい表情で吐き捨てる。「奴のやりそうなことだ。」
ところがゾラックは声を明るいものにすると、その場の面々を見回して言う。
「しかし他の村は要求を飲んで女を差し出しましたが、この村は違います。」
彼らの話を聞く限り、どの村も屈折していたというのにこの村は何か対策があるのだろうか。自然と視線がゾラックへと集まる。
ゾラックの目は変わらず鋭いが、それまで厳しかった表情を僅かに緩ませた。
「この村は戦士の村、そもそも、この村は・・・。」
「うわ、うわ、うわ、」
「始まった。ぼくは知らないよ。」
そこで何やらヒックスとテンガアールが小さな声をあげたが、ゾラックが話をしていた為達には何を言ったのか聞こえなかった。
何かを口にした二人の様子が気になり二人を見れば、ヒックスは眉を寄せ情けない顔で、テンガアールはテーブルに肘をついて余所を向き明らかに聞く気などない態勢である。視界に映った、ヒックスの隣に座るフリックまで、どこか様子が可笑しい。声をこそあげなかったもの顔が強張っており、良く見ると頬が僅かに引き攣っていた。冷や汗すら流しそうな様子である。
解放軍の面々が様子が可笑しくなった三人を見る中、しかしゾラックはそんな彼らの様子を気にも留めず話を続けた。
「聖戦士クリフトが最後の戦いの後、この村を開き、代々、クリフトの末裔である我ら戦士の村の一族によって守られて来た村なのです。勿論、ただ平穏無事に過ごしてこられた訳ではありません。当然のことながら、この村にも危機と言えることもありましたし、自ら、一族を率いて戦いに出た村長もおりました。
その中でも、とりわけ大きな手柄を立てた村長が5人おりまして・・・・。」
ゾラックの厳格そうな表情こそ変わらないが、なぜか彼の声は活き活きとしている。
そして気のせいか、彼の話が本筋から逸れて、とても関係のない話に広がっているような。これ、関係なくない?関係ないよね?とは思わず胸中で訝しながらもいいや、村長がわざわざ自分たちに話す話だ。関係あるのだろうと思い直し胸中の疑問を吹き飛ばし彼の話を聞く。その後も度々、え、やっぱり関係ないよね?と疑うだったが、いや、きっと関係あるんだ。と胸中に浮かんだ疑問を消しては疑問を浮かべ、と繰り返し、必死に村長の話に耳を傾けた。
息継ぎをしているのか、よく噛まないな、と思う程の止まることなく話し続けていたゾラックは、それからなんと、一刻以上話し続けた。
そしてようやく、彼は話の結論を告げる。
「・・・これにより先代のカラックより、この私が、戦士の村の村長の役目を引き渡された訳なのだ。」
続きに続いたとても長い話が終わると、どうですか、といったように満足げな表情でゾラックが達を見た。
ビクトールは頬を盛大に引き攣らせて思わず声をあげる。
「ひ、ひでぇ目にあった。」
いつも凛々しいクレオでさえ額を手で押さえ、ぐったりした様子である。
「もうすぐ日が暮れるよ。よくあれだけ喋れるもんだね。」
彼らの失礼ではないかと思える態度も、誰も諌める様子はない。なぜならその心境は大いに同意出来るし、そもそも口を開く気力もなかった。
クレオが言うように、村に入った時は真上にあったはずの太陽は窓から見える限りもう沈みそうであり、青々とした空も茜色へと染まっている。しかもそれほど長かった話と言えば、ものの見事に関係のない話であった。
疲れないはずがない。しかし口を開き続けた本人は元気で、むしろ話し終えた今、やたらと生き生きとし、若返ったようにすら見える。もまた、頬を引き攣らせる気力も湧かないほど疲れきっていた。これほどまでに長い話を未だかつて聞いたことがない。もはやある意味特技だ。聞かされる方はたまったものではないが。話半ばからやはりとは思ったが。思わず息を吐いてしまうのも仕方のないことである。
「おっさん、話はもう終わりだろうな。」
さすがに体力のある大男、ビクトールも戦闘もなにもしていないというのに疲れきった顔でため息を吐く。
「なに、もっと聞きたいのか?それならいい話が・・・。」
ところが正反対に元気一杯になったゾラックは、正反対の意味ととるのである。当初は鋭かったはずの目も、今では無駄に輝やかんばかりだ。
「わっ、わっ、いい、いい結構だ!俺は休ませてもらう!!」
慌てて断りを入れるビクトールに、この時ばかりはゾラック以外の面々も全員一致の思いであった。
ゾラックの長話で疲れた達は、その後宿探しをする予定であったが、部屋を貸そうというゾラックの申し出があった。既に日が暮れかけ、また誰のせいとは言わないが達は疲れていた。
気にすることはない、むしろここでお役にたたなければ先代の村長達に申し訳たたないと言うゾラックに、達は結局、その好意に甘えさせて貰うことになった。
遠くで鳴く烏が、酷く欝陶しい。お願いだから黙ってくれ。じゃないと、・・・
「はい!また僕の勝ちー!」
は目の前のそれに視界が真っ暗になりそうだった。奥歯を噛み締め、叫びたくなる衝動を堪える。
「お姉さん、本当弱いね。」
隠そうともせず笑みを浮かべるのは、頭部で一つのおだんごをした、テーブルの向かいに座る少年。その少年の懐へと仕舞われるのは数枚の金貨だ。反対にの懐は虚しい。少ない持ち金が全てなくなったという現実に、は打ちひしがれるしかない。
「・・・ 、弱すぎ。」
そうラズリルにまで言われて、幾ら悔しくても、は何も言えなかった。は歯を食いしばりながらテーブルの上の元凶を、八つ当たりで睨みつける。
テーブルの上にあるもの。それは三つの杯と一枚のコイン。ちんちろりんという賭け事に使う道具であった。もうお分かり頂けただろうが、は賭けに見事、全敗したわけである。結果は所持金零という悲惨なものだ。
事の始まりはほんの少しの好奇心だった。ゾラックの話を聞き終え、家に泊まらせてもらうことになると、長時間座り続けた体を解しには村長の家を出た。 空が茜色に染まる中、背伸びをし外の空気を吸い込む。そこで改めて戦士の村を見て、体を解すついでに、日が完全に沈んでしまうまで村の中を見て回る事にしたのだ。
村を見て回り始め、数分もしない内だった。は声をかけられる。見れば外だというのにテーブルと椅子が置いてあり、その一脚に少年が座っていた。テーブルの上には何故か杯が三つ伏せてありよくみれば一つのコインがある。なんだろう?そう思って近づくとちんちろりんという賭け道具だと少年に教えられる。コインが三つのうち、どの杯に入ってるか賭けるらしい。
そこで試しにやってみない?と言われたわけだ。
は賭け事というものに良いイメージがないが、ここは異世界である。いけないとは思いつつもむくむくと沸いた興味が勝ってしまい、少年の話に乗ることになる。一回だけ。一回だけだ。そう思っていたというのに、いつのまにか懐が詫びしい今に至るのだった。
なにがいけなかった。三分の一だから大丈夫だいつか当たると思っていたからか・・・!ただでさえ少ない所持金を取り戻そうとして失敗して、取り戻そうとして失敗を繰り返したからか・・・!つまりは、見事どつぼに嵌まった訳である。鴨だと思ったら本当に鴨だった事に喜びを隠せない無邪気な少年は、悪くないはず。
「で、どうするの?もう一回やる?このままじゃ、お姉さん僕に一度も勝てなかったことになるよね。僕より大人なのに、情けないなぁ。」
度々ちょっと煽るような事も言ったりはしたが。しかし自己責任、やろうと決めたの自業自得には変わりない。悲しいやら悔しいやらでちょっと泣きそうなである。
ぐうの言葉も返せずに押し黙るに、ニヤニヤ笑う少年。ラズリルは小さく息を吐いた。
「・・・しかたないな。」
「あれ?今度はお兄さんがやるの?」
村長の家を出てきてから、当然のごとくついて来たラズリルにが振り向く。
「ええっ!?」
「席、変わって。」
淡々とラズリルはそう言う。どうやら、本当にやるつもりらしい。ラズリルが。あの常にぼうっとしているラズリルが。
悪いが無理だ。と は即座に思った。
「ちょ、ちょっと待って・・・!」
思わずそう言うが、ラズリルはどうにも聞くつもりはなさそうである。わかってはいる。彼は言い出したら聞かない。だが賭け事には無縁そうに見え、いつもぼうっとしている彼は鴨にしか見えなかった。が慌てて止めようとしても、着々と事は進む。
「じゃ、幾ら賭けるお兄さん?」
傍観しているだけだと思った青年に最初こそ驚いたが、鴨の仲間は鴨である。程度が知れてる。
としっかりしているというか無邪気な笑みを浮かべながらそんな事を思った腹黒い少年は促し、またラズリルもやる気である。ちょっと待って!とは内心悲鳴を上げた。
それから数分後である。その場の空気は、一気に変わっていた。
「また・・・負けた・・・。」
と肩を項垂れさせたのは、少年の方だ。は目を丸くしてラズリルを見た。
「つよ・・・」
あれほどが負け続けたというのに、ラズリルは連勝を重ねていたのだ。なんでだ、と若干悔しく思いながらも、運の強さに呆然とするしかない。なにしろラズリルは未だ、負け知らずなのだから。自分は一度も勝てなかったというのに。やはり悔しかった。
「・・・あと半分だね。」
テーブルの上にある金貨を見て、ラズリルが言う。半分?とがなんのこっちゃと首を傾げればラズリルはその蒼い目でを見た。
「が賭けで、巻き上げられたお金。」
「・・・。」
思わず胸が痛くなった。
つまりラズリルは賭けで無くした金を取り戻そうとしてくれるらしい。不甲斐なさと申し訳なさで変なうめき声がでそうだった。
「兄ちゃん強いな・・・よっしゃもう一勝負・・・!」
少年が息巻いて声を上げ、は内心、実はラズリルは賭け事に強かったというショックを捨て去り、ラズリルを応援しようと改めるのだった。と、そんな時である。
「?」
聞き覚えのある声に振り向けば、そこにはティルが村の道にいた。
ティルはわき道に置かれた、達の集まるテーブルに近寄りながらそんな所で何してるの?と声をかける。最もである。
「あ、いや・・・」
言おうとして、は慌てて口を濁した。なにしろ行っていたのは賭け事である。後ろめたく思わないことも無く、しかも見事に連敗。今はラズリルがそのお金を取りす為に博打中などと。酷く情けなく出来るならば葬りたい出来事を、は言いふらしたくは無かった。
「博打。」
ところが勿論、ラズリルには関係ない。ぎゃあ、とが内心慌てた時には遅かった。ティルが驚いたように目を瞬かせる。
「博打?なんでまた??」
「て、あんた!!!!」
そこで大きな声があがる。ラズリルの向かいに座る少年だ。
少年はこれでもかと目を大きくし、未だ小さく細い人差し指をびしりとティルに向けていた。はて?
「あんた!あん時の兄ちゃん!!!」
あの時?と思わぬ展開にティルを見ればさしたる驚きも見せず、ティルがにこりと笑みを浮かべた。その反応から、言われる前から少年に気がついていたようだ。
「やぁ、久しぶり。」
「久しぶりって・・・!いや、ここで再び会ったが百年め!!兄ちゃん、僕と勝負しろ!!!」
声を荒げてそう言う少年の目は鋭い。すごい剣幕である。
「・・・・ティル、何したの?」
思わずうろんげな視線を向けつつ尋ねれば、ティルは苦笑を浮かべた。
「ううん、前、ロックランドで会った時にね・・・」
「んな事はいいから!さっさと勝負しろ!!」
相当悔しいことがあったらしい。少年は時間を惜しいそうにティルの言葉を遮り、催促する。ティルは困ったように再び笑みを浮かべ、少年に従おうとしたが、そこで経緯が分からずティル達に注目していたを振り向いた。
「その前に、達は何してたの?」
きっちりと、忘れてはいなかったらしい。出来るならそのまま流してほしかった、とは口元が引きつりそうになった。
「あ、いや・・・博打を。」
「もしたの?」
「・・・・・。」
「したんだね。」
小さくため息を吐いたティルに、最早は何も返すことが出来なかった。加えて経験上、これ以上何かを言って、墓穴を掘りたくはない。何しろティルは誘導尋問がお得意である。
「で、結果はどうだった?」
「・・・・。」
「?」
にっこりやたらと爽やかな笑顔に、早くも心が折れそうになるだった。
しかしここで口を開けば、誘導される事間違えなし、と直感から何がなんでも口を閉じる。しかしそう反応している事から既に悲惨な結果だったというのは丸分かりだったりするのが、この時のはわかっていなかったりする。なにしろ目の前の素敵笑顔な人物が怖い。
「この姉ちゃん、すっごく弱かったぜ。本当にあんたの知り合いなの?」
そこへの心情を知らない少年が、呆れた口調で、けれどきっぱりと証言してしまった。南無、自分。
がくりと落ち込むとは正反対に、得意げに胸を逸らしながら少年が誇らしげな笑みを浮かべる。
「完全連敗。鴨っぽいなと思ったら本当に鴨だったからね。いや、姉ちゃんみたいなのがいるお陰で助かるわー。」
もはや腹の黒さを隠すつもりなどなくさらりと本音を言ってしまう少年である。は思わずふっと遠い目をしたくなった。いいんだ、その通り鴨なのだから。わかってはいたが他人から改めて言われてしまうと虚しかった。
事の経緯を聞いて、ティルはしかしが予想していたように、呆れるということはしなかった。いつもと変わりない様子で「へぇ。」と相槌を打つだけである。
「じゃあ、今度は俺と勝負しようか。」
ただ少年へと向き直り、にこり、と笑みを浮かべただけだ。
再び、数分後。それこそ残りの日がもう僅かになったころである。
その頃にはの抱いていた疑問も解けていた。ロックランドでティルと出会ったという、少年、マルコはどうやらそこでティルと賭けをしたらしい。勝負というのは博打の事だったのだ。そして少年が怒り心頭なのも今こうして歯を食いしばっているのも、
ティルの博打の馬鹿強さ、が原因だった。
涼しい笑顔で幾たびも勝ちを重ね、そして一度も負けることをしかなった。つまり完全勝利、というやつだ。ここまでくるとすごいを通り越して恐ろしいとも頬がひきつりそうである。なんという強運。ラズリルといいティルといい、もしかして彼らに自分の運気まで取られてしまっているのではと思ってしまうほどである。
負けに負けた少年は、の時とは様子が打って変わり、机につっぷさんばかりに顔を俯かせていた。どんよりと黒い雲さえ背負ってそうである。
「ティル、博打強いんだね・・・。」
呆然としつつそう呟けば、ティルは苦笑を浮かべた。
「そうでもないよ。」
いや、これでそうでもなかったら私はどうなるんだとは思う。
決して博打に熱くなることなく、いつもと変わらず軽々と勝ちを攫っていったティルには軽く息を吐いた。容姿端麗で頭脳明晰、おまけに運も強いなどと、知ってはいたがどこまでも凡人からかけ離れている。 すると唐突に、少年がぽつりと呟いた。
「僕のお金が・・・・。これから、どうしよう・・・・。」
そこではた、と気づくわけだ。テーブルの上を見てみればが持っていた所持金より倍の金貨があった。
思わずじと目でティルを見る。勿論、視線には非難がましい色が含まれていた。いくら博打をふっかけてきたのが向こうでも、子供に行う行動ではないからだ。
ティルは今気づいたようで、あー・・・と頬を人差し指で掻いた。落ち込む少年に声をかける。
「ええと、これ、君の持っていたお金の分は返すよ。」
「・・・・舐めないでよ。僕はこれで稼いでるんだ。情けなんていらないよ。」
子供らしからぬ実に確固とした職人根性である。博打師ではあるが、どうやら少年の心持は確からしく、声をかけてきたティルを睨み付けていた。しかし吊り上げた目尻に僅かに涙が溜まっているのは、まだ子供だという証だろうか。
このままでは少年が生活できないだろう。再び受け取るようにティルが催促したが、少年は更に強く拒絶するだけだった。どうしたものか。と思わずも悩んでいれば、ティルが一つ息を吐いてから少年を見た。
「じゃあ、解放軍に来ない?」
「・・・解放軍?」
思わぬ言葉に、少年が目を瞬かせる。もまた思っても見ないティルの言葉にぎょっとしていた。ティルはいつもの穏やかな笑みを浮かべて続ける。
「あそこには娯楽施設もあって、賭場もあるんだ。そこで君に働いてもらえないかな?」
それで、前金としてこの分を受け取ってくれないかなとティルは少年が持っていたお金を渡す。
少年は驚いたようにティルを見上げる。そしてややあってから口を開いた。
「・・・この借りは、いつか返すからね。」
視線をさ迷わせながら恥ずかしそうに言う少年に「借りじゃないよ。君が働く場所を変えるだけ。そこで働いてもらうしね。」とティルは言う。
ややあってから、視線を下へと向けていた少年が一つ頷き、もそんな彼らに笑みを浮かべたのだった。
そうして金を受け取った少年マルコだったが、その後すぐに解放軍の本拠地へと向かってしまった。今回の事を終えたら共に行こうと誘ったのだが、伊達に一人旅をしてないのだと断固として頷かなかった。そうした結果、幾ら旅慣れても一人はということから同じく戦士の村で解放軍入りすることになったウインドウという人物と共に、達よりも早くマルコは村を出て行ったのである。
「この村って、戦士の村っていうんだよね?見たところ、ほとんどの人が帯刀してたけど、もしかして村の人皆が剣使いなの?」
日も暮れ、マルコの件も一件落着した頃、はその日泊まることになる村長の家で、夕飯の支度を手伝っていた。
日が昇っていた頃は移動があったものの、は他の者達と違い、モンスターと遭遇しても一度もモンスターと戦うことはなかった。さすがに悪い気持ちもあり、何よりもラズリルと特訓のお陰か、移動だけでは疲労する事はなかった。その為夕飯の手伝いを買って出たわけなのである。加えてにはやりたいこともあった。
解放軍のキッチンよりは狭いものの、一般のものよりは少し広い台所にて、村長の娘であるテンガアールと共に夕飯を作る。
料理もほぼ仕上げの段階にかかった為、余裕が出来ると、はふと思ったことをテンガアールに尋ねてみた。
丁度数本のビール瓶を取り出し、冷蔵庫を閉めたテンガアールが答える。
「いや、そんなことはないよ。確かに男は剣使いになるのが普通だけど、女は剣じゃなくて紋章使いになるんだ。」
は両手に持ったビール瓶のうち、片方の瓶を受け取りながらテンガアールの話を聞く。受け取ると同時に「ありがとう。」とテンガアールが笑みを浮かべ、もまた笑みで返した。
「でもテンガ、紋章なくてもすごく強かったよね?」
リビングへとビール瓶を運びながらはテイエンでの出来事を思い出す。
テイエンではテンガアールと出会ったのだが、帝国兵に絡まれたとき、彼女はいとも簡単に素手で帝国兵数人を倒してしまったのだ。彼らが下級兵だったとしても、大の男には違いないというのに。テンガアールは照れたように笑う。
「僕は紋章だけじゃなくて、剣とか格闘技も齧ったからね。そんじょそこらの奴には素手で負けたりしないよ。」
そうしている内に、未だ閑散としているリビングへと着く。テーブルに瓶を置くと、再びキッチンへと踵を返した。
「まぁ日頃から剣を持ってていいのは、この村の成人の儀式を終えたやつだけなんだけどね。」
「へぇ・・・。」
村の成人の儀式、というのは詳しくは分からないが、先月帝国での成人年齢を超えたら、というわけではないらしい。
「それで皆、剣に最も大切なものの名前を付けるんだ。剣は戦士にとって、大切なものだから。」
その言葉に、はやや驚きながらもテンガアールに尋ねる。
「・・・・例えば?」
テンガアールは予想外の質問だったのか、一度虚空に視線を彷徨わせてから、思いついたそれを挙げる。
「あー、うちの親父だったら、結婚する前から母さんの名前を剣につけてるよ。」
大切な人の名前を大切な剣の名にする。
それを聞いて、ロマンチックだなぁと憧れを抱かないはずがない。もまた、戦士の村の変わった風習のそれに素敵だなぁと心ときめかせるのだった。
少しすると、途中からやってきた解放軍の面々に手伝われながら夕飯をリビングのテーブルへ運び終え、その日の夕飯が始まった。
途中から手伝ってくれていたものの、リビングにやってきたゾラックに掴まり、テーブルの端で切々と話をされて頬を僅かに引き攣らせいつもの長身が小さく見えるフリックを脇目に留めながら、明日のことについて考えることもあるだろうに、手伝いを買って出てくれたティルとラズリルと共に席に着く。
そこでようやく、夕飯だというのに珍しく最後にリビングに入ってきた者がいた。この村に来て、ネクロードという名を聞いてから様子がおかしいビクトールだ。
「わりぃ、遅れちまった。」
笑いながら頭をがしがしと乱雑に掻くが、それはどこか取り繕った印象を与えた。
そんなビクトールが、顔を変えたのは席について、ビール瓶に手を伸ばした時だ。目を丸めたかと思えば、既に夕食を始めていた面々を見回す。そうして息を吐いたのだった。
「俺、好物言ったかなぁ。」
ビクトールの言葉に、フリックやクレオは素知らぬ顔をしようとしたり、 は思わず照れた笑みを浮かべたりと各々反応を示した。
「まぁ、見てれば予想はつくよ。」
と苦笑を浮かべて言ったのはティルだ。
発端はだった。どこか元気のないビクトールが少しでも元気になれるようと、テンガアールに頼み夕食を変えさせてもらったのだ。勿論、材料費は今回支給された軍資金で補った。幸い、今回村長の宿に泊まることになったことから、宿代が浮いているのだ。
だがいざビクトールの好物を作ろうとして、思い浮かぶものをお酒、肉、といった大雑把ものでしかない。さすがにこれは、と思いティルに尋ねれば、答えてくれたものの、どうせなら解放軍の面々に聞いてみればいいとのこと。そうして全員に聞いてビクトールの好物だろうと思われるもの全てを夕食としたのだった。 お陰でかなりの品の多さになったが、一時期本拠地の台所で働いていたこと、テンガアールが料理上手であったことからどうにか出来上がったのである。
テーブルの上に所狭しに並んだ料理を眺め、照れからどこかぎこちない面々にビクトールは首裏を掻きながら「まいったなぁ。」と零した。
「ったく、俺は幸せもんだな。」
目尻を下げて笑うビクトールは嬉しそうであった。少なくても今は、心からの笑みを浮かべてくれているだろう。
ネクロードの話を聞いてからというもの様子のおかしかったビクトールだが、少しでも気分が浮上してくれたようではよかった、と思うのだった。
「わりィな、気使わせちまって。」
ビクトール自身も、自身の変容に周りが戸惑っていたのは気づいていた。皆に気を使わせてしまった事に情けない気持ちが襲う。けれどそれ以上に、こうして気にかけてくれる仲間がいて、ビクトールは胸がじんわりと温まるのだった。
「・・・少しばかり、俺の昔話を聞いちゃくれぇねぇか?」
そんな彼らに、原因を言わないでおくわけにはいかないだろう。ビクトールの言葉に面々はやや驚きながらも、頷きを返したり、静かに視線をよこしたりした。
解放軍でない者もこの席にいるが、この場の全員に迷惑をかけてしまったとビクトールは思う。けじめをつける為、ビクトールは気を使わせてしまった原因である自身の過去を、語り始めるのだった。
「俺はネクロードを知っている。散々、追いかけていたからな。今日やっと、奴の尻尾を掴んだって訳だ。
ネクロードは人間じゃない。紋章を使い吸血鬼になった男だ。」
思ってもみない事実には目を丸くした。の世界では空想上の生物である。多種多様な力を待つ紋章だが、吸血鬼になることも出来るとは。
吸血鬼、というのはの世界だけでなく、こちらの世界でも空想上のものらしかった。驚く解放軍の面々にビクトールは続ける。
「俺の生まれた村は、奴のせいで、全滅した。」
ビクトールの言葉に、その場に重い沈黙が降りた。
「俺が村に戻った時に見たのは、奴の魔法でゾンビにされた家族が、互いに食いあってる姿だったよ。」
場の重い空気を紛らわすためにか、ビクトールは声を軽快なものにして言ったが、それが反って虚しい。
「それからさ、俺の旅が始まったのは。それも、ここで終わるのかもな。ここで・・・、この手で奴を・・・。」
どこか遠くを見つめるビクトールに、いつもの陽気は見当たらない。場の空気が止まったかのような重い沈黙の中、それを破ったのはやはりビクトールだった。
「ま、こうしてやってこれたのもお前達のお陰なんだがな。」
ビクトールはいつもの快活な笑みを浮かべる「だから感謝してるんだぜ。これでも。」
そんな彼に、の表情は自然と緩んだ。いつも軽快な彼に隠された重いものに、慰めの言葉も何も彼に言うことは出来なかったが、他人に言う事で少しは気が楽になったかもしれない。人間は動物で、遥か昔、群れで行動する際一人が気づいたことを回りに伝えなければ、些細な事で群れに損害を与えてしまう恐れがあった。連帯責任とはよく言うが、その本能による所為か、周りに話す事で安堵感を抱くことが出来るのだ。
それになにより、今の彼の言葉は本心から告げてくれたような気がにはしたのだ。
「ほら!食うぞ!せっかくのご馳走が冷めちまう!」
声を上げて我先に、と近くにあった取り皿を持ち次々に料理を入れていく彼に、場の空気も穏やかになっていくのだった。
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