Skyting stjerner1-45

解放軍は南方、クワンダ・ロスマンを、西方でミルイヒ・オッペンハイマーの領土を解放し、日ましに勢力を大きくしていた。
同時に、帝国側から見ればこれ以上のない程の危険因子になったのだが、士気は上がり続けているものの、連日の戦で疲労している解放軍に帝国軍から戦を仕掛けられる気配はない。先の戦で帝国軍の主戦力であったテオ・マクドール率いる鉄甲騎馬兵の敗戦の報せに、帝国内の各地で反乱が起き始めたのだ。帝国軍はそれにかかりきりになり、反乱を鎮める為、地方の帝国軍を首都であるグレッグミンスターに集結させ初めていた。
だがそうする事で、守備の手薄になっている地方がいくつか出る。解放軍は帝国軍の隙をついて、各地の反乱勢力を一つにまとめつつ、手薄になった地方を攻める事となった。
そんな折りに、解放軍に朗報が入る。忍であるカスミの集めた情報で、ロリマー地方から帝国兵が引き上げるのを目撃されたのだという。ロリマー地方への入り口、ロリマーの城塞の守りは辺境という事もあり、あまり堅くはない。そうしたサンチョスの助言により、解放軍は次の一手としてロリマーの城塞へと向かったのだった。
早朝より船で湖を渡り、ロリマー地方に降り立ち既に数刻ほど。朝靄に濡れていた草木は、空高く上った太陽に照らされ煌めく。その日はこれ以上ない程の快晴で、雨で防具などが重たくならない為、絶好の遠征日和であった。解放軍の面々も、太陽の陽気につられて表情が明るくなり、あちらこちらで軽口が飛ぶ。
そんな中、ロリマーの城塞へと向かう道中、今回も同行したにティルが声をかけた。
「大丈夫、?」
今回、はキツネの格好をしていない。戦は幾日かかるか分からない。潜伏期間にボロが出てしまい、ばれてしまう可能性が高いからだ。は直前にキツネの格好をする事になり、容姿を隠す事はしなかった。
は尋ねてきたティルに、小さな笑みを浮かべる。
「だいじょぶ。」
もっとも、頬は引き攣り言葉もぎこちない。そんなに、ティルが息を吐いた。
「だから、僕と乗ろうって言ったのに。」
言葉を発したのは、ティルとは逆の位置で、の隣に並ぶラズリルである。さりげなく会話に割って入ったラズリルに、ティルはわかってはいたが変わらぬ笑みを浮かべたままその内心燻るものがあった。案の定、意識を持ってかれたはラズリルを見る。
「それじゃあ、意味ないでしょ!いつまでも頼り切ってるわけにもいかない、し!」
話している内に体制に不安を感じたのか、慌て背筋を伸ばし、顔さえも前に向ける。
彼らが話している事は今乗っているもの、馬の事だった。
進軍は今までと違い、徒歩や船ではない。軍を率いてということから、モンスターと遭遇することもあまりなく、あったとしても隊の中枢にいる為戦う事もなかった。最も、の力は武器や防具といった物にしか効かない。だからこそそれはにとって助かる事であった。
今回、いい機会であることから、は一人で馬に乗る事に挑戦したのである。いつまでも誰かと二人乗りではいかないし、いつかは不都合が生じてしまうだろうと思ったからだ。そしてそれは確かに一理ある事から、モンスターに襲われるといった危険もない為ティルは今回の道中、馬を一頭貸してほしいという彼女の申し出を許可したのである。
「・・・無理はしないでね?」
ティルの脳裏には城を立つ前、馬の乗り方や歩行を教えていた情景が浮かぶ。何度か共に馬に乗っていたが、彼女は馬の扱いなど知らなく、馬から落ちたり、加減が分からず爆走させていたりしたのだ。そうした時に助けたのは、勿論思わず涙目になり悲鳴を上げ馬へと必死に話かけていたではない。その場にいたティルやラズリルである。しかし爆走した馬から彼女を助けたのが、自身で心底よかったとティルは思う。相当怖かったのか、涙で目を潤ませ、助けたティルへと抱き着いてきたのだから。いつもなら絶対にしないであろう行動や、表情が向けられたのが他の者ではなく安堵を抱く。けれどその代わり自身へのダメージは相当なものであったが。
それが無意識であるからこそ本当に性質が悪い。意識していても同じ事であっただろうが。とにかくもそれが他人に向けられず、特に同じくその場にいたラズリルでなく本当によかったとティルは思う。しかしながらが馬から落ちた時、助けたのはラズリルで、しかも抱きとめた事をいいことに彼はそのままに抱き着いていたのだが。思い出しティルは穏やかに笑顔を浮かべながらも、どこか不穏げな雰囲気を纏った。それを偶々見てしまったフリックは思わず固まってしまい、会話の最中であったビクトールにどうしたのかと尋ねれられ頬を引き攣らせながら慌てて会話に戻る。触らぬ神になんとやらである。既にその身を持って学んでいる事であり尚更だった。出会った頃の彼はこうではなかっというのに、確かに底知れない、と思ったことはあったが。一人の少女が関わってしまうと本当に彼は容赦ない。
「大丈夫!今じゃこうして出来てるんだし!」
そしてその一人の少女ことは、心配も露わなティルに陽気に返す。ティルは小さく笑った。
明るく返してくるのはいいが、未だその顔はまっすぐと前を向いたままである。恐らく顔を動かせば姿勢が崩れて、バランスが取れなくなると思っているのだろう。そんな彼女に笑みを浮かべながら、ティルはアドバイスをするのだった。

それから一刻程して、の馬の扱いも大分様になった頃だ。ようやく眼前にロリマーの城塞が見えてくる。
城塞から数粁離れたその場で足を止めた一同は、陣を敷くかと思われたのだが、けれど思ったより早く、城へと様子を見に行ったカスミが戻ってきた。
「ティル様。中はもぬけの空です。帝国兵の姿は見当たりません。」
カスミも信じられないのだろう、困惑した表情でティルへと報告する。話を聞いたビクトールが顔をしかめた。
「どういうことだ?」
「わかりません。ただ、一つ不信な点が・・・。」
「その不信な事って?些細な事でもいいから教えてくれないかな。」
軍主であるにも関わらず、上から目線ではなく優しく促したティルに、カスミは膝をついたまま顔を付して続けた。
「はい。なぜか城内の墓が、全て荒らされていたのです。」
墓?と は内心首を傾げた。猪やもぐら等動物の類いだろうか。それにしても全てとは。知らせを聞いた者は、それぞれ訝しかんだ。
何がどうなっているのか。分からないが城塞には帝国兵がいないらしい。
「ありがとう、カスミ。」
ティルは情報を持ってきてくれたカスミにそう微笑んでから、マッシュへと向き直る。自然と一同の視線はマッシュへと向かった。
「とりあえず、ロリマーの城塞に様子見に行く形でいいよね、マッシュ。」
「はい。それが最善でしょう。」
軍師の許可も下りた事から、ティル達は人がいないという城塞へと向かう事になったのだった。
罠だというのも否めないが、指揮官が離れた途端、奇襲をかけられる場合もあり、どちらも同じだとティルが判断した事からもロリマーの城塞への様子見について行く事になる。カスミによって既に開けられた門は石造りで見るからに頑丈そうであった。城塞の門をくぐり、幾らか歩かない内である、広がっていた光景に一同は息を呑んだ。
カスミの報告通りである。城塞内に入って右手に設けられていた規模の大きな墓場が、全て暴かれていたのだ。
「・・・なんだぁ、こりゃあ?」
ビクトールが首を捻る。 誰もが異様な光景に目を取られ、などは暴かれた数多くの墓から魔法やモンスターがあるのだ、まさかゾンビなど出るのでは、と内心びくつきながらティルについて城塞内を見て回る。
それから解放軍の面々は城塞を見て回ったのだが、やはり人の姿はどこにも見当たらない。マッシュが眉を寄せる。
「これは、只事ではないです。奥へ攻め込む前に、詳しく調べる必要がありますね。」
「ティル様。私も連れて行ってください。」
すかさずクレオが口を開いた。クレオは一度束になる程の長い睫毛を伏せると、ティルを見る。
「グレミオ、テオ様の死。あまりに多くのことがありました。今は全てを忘れて戦いの中にいたいのです。」
クレオはマクドール家の家臣であった。にも関わらず、まるで家族のように主であるテオ達と暮らしており、しかしこの短期間でその内二人も亡くしてしまっていた。心から敬意を抱いていたテオ、同じ家臣であり、変な所で抜けていると思っていても頼りがいのあったグレミオを亡くしてしまったからこそ、立て続けに起こった衝撃は辛い。
クレオは小さくその相貌に笑みを浮かべた。
「それに、私もパーンに負けてはいられませんから。」
パーンは今、この場に居なかった。彼を含む先の戦に出た歩兵の面々は、トラン城へと残していたからだ。パーンは納得した様子ではなかったが、歩兵の面々は度重なる戦、加えて先の戦の事もありあまりにも疲労している。平気そうな振りをしていたが、パーンもまた多くの傷があった。だからこそティルは連いていくというパーンの要求を聞きいれず、パーンもまたそう判断を下したティルに何も言えず納得いかない表情ではあったが、渋々ながらも城に残ったのである。
「こちらこそよろしくね、クレオ。」
クレオの申し出にティルは笑みを浮かべて了承を出す。そして他の同行者を決めようとして、服の袖を引かれた。視線を向ければ、ティルの服の袖を引いたが眉を下げながらティルを見ていた。その目は不安に揺らいでいる。
の脳裏には一つの出来事が浮かんでいた。過去の出来事であり、ついこの前の出来事だ。
待っていたグレミオは帰って来なかった。だからこそ不安に駆り立てられ、思わずは口を開いていた。
「私も行っちゃ・・・、」
けれどは最後まで言う事なく、そこで言葉を途切れさせた。軍主自ら行くという事は、もしかしなくても先鋭隊で行くということだろう。
武術を習いはじめたと言ってもまだ二ヶ月も経っていない自分がついていけるはずがなかった。だからこそ我に返ると、は慌てて掴んでいたティルの服の袖を放し、笑みを浮かべる。
「ごめん、なんでもない。」
「一緒に、来る?」
けれどティルの思ってもみない言葉に、は目を見開いた。そんな彼女にティルは笑みを浮かべる。
「戦よりは危険はないし、この辺りにある村で情報を聞くだけだしね。」
ティルは自身を気遣いそう言ってくれたのだろう。それに申し訳なく、どう考えても足手まといでしかない事にはすぐ答えを出すことが出来なかった。
けれどややあってから、は口を開く。
「・・・私、頑張るから。」
申し訳ないとは思う。だがにとってはこれ以上にない機会であり、引くことなどできなかった。それにティルは迷惑そうな顔をすることなく笑顔で頷く。
はそんな彼に釣られるように、安堵に表情を緩ませた。
「・・・ 。」
そこへ声が掛かり、は苦笑を浮かべながら声をかけた人物、ラズリルに振り返る。
「ごめん、ラズ。」
心配してくれているのだろう。それでもは譲れなかった。眉を寄せるラズリルに、苦笑を浮かべたまま謝罪を述べれば、それにラズリルは息を吐く。「・・・わかった。」
「けど、僕も行くからね。」
当然ながらそう来るであろうと思っていたが、ティルは彼の申し出を断る事はしなかった。彼の腕とへの異常な執着を知っているからこそである。味方になれば彼ほど心強い者はいない。味方になれば、だが。とりあえずはを守るということには利害が一致している。
そうして他の同行者にビクトール、フリック、ルックを決め終えると、ビクトールが誰も居ない城塞を見上げ、口の端を上げた。
「こいつはミステリーだな。面白そうだぜ。」
それに思わずビクトールさんに横文字は似合わないな、と思ったであった。
「では、私は一度、軍をトラン城へ戻します。お気をつけください。」
マッシュがそう告げ、それに皆頷くと、この先は平地ばかりではなく馬の方が逆に遠回りになるかもしれないという事から、荷物を括り付けたままの馬から荷物を外し達は徒歩で城塞を後にしたのだった。
目指すは城塞から一番近い村、戦士の村である。

***

徒歩ということもあり、達はモンスターと遭遇する事があった。
モンスターには自身の紋章を使用しても、ほとんど意味がない。武装をしていないからだ。確かに武装しているモンスターもいるが、武器がなくとも襲ってくる。
それはは紋章に頼る事のない、実質自身の力では初めての戦闘だった。確かに緊張していたし、恐怖がなかったわけではない。
しかしここで退く訳にもいかず、は覚悟を決めティルから手渡されていた小降りの真剣二本を、ラズリルに教わった通りに構える。二本であるが、ラズリルのようには重くなく相当軽い方で、刃も小さい。ダガーの部類に入る武器だ。けれど真剣にある事には変わりなく、刃は鋭い。息を呑み、心臓が早鐘のように鳴るのを必死に抑える。
下がって!」
そしてモンスターとの戦闘も、六度目になる頃だ。
は溜まらず声を上げた。
「・・・・私が倒す前にティル達が倒しちゃったら意味ないでしょーが!!」
頬を引き攣らせながら、それまでの戦闘で自身が攻撃するよりも早く攻撃を繰り出し既に倒してしまったティルに、目を吊り上げる。
確かに、最初は怖くて堪らなかった。だからこそ一度や二度目ではそれに安堵を抱き、感謝もした。けれど覚悟を決めてから三度目、四度目、となるとさすがにちょっと待て、と言いたくなるものである。
そして六度目の戦闘でより先にモンスターを倒してしまったティルに非難の声を上げれば、ティルは困ったように笑う。
「でも、心配だから。」
「大丈夫だから!それに私、まだ一度も戦闘してないんだよ!?ラズから武術習った意味が、なくなっちゃうじゃない!ティル達はもう手を出さないで!」
「でも危ないし、」
「でももへちまもないし危なくもない!私は平気だから!だから手出し無用!!わかった!??」
心配してくれるのも分かるし有難いと思うが、しかし過保護すぎるというものである。
この調子では本当にラズリルから特訓を受けている意味もなくなってしまう。好き好んで自身の嫌いな運動をする程は物好きではない。だからこそ息まいてティルの言葉も聞かないといったように言い切る。
するとティルもそんなの固い意志が伝わったのか、未だ心配そうな表情は浮かべてるものの何も言うことはなくなった。彼は本当に駄目な時は直ぐに言い返してくるので、は了承したか、と息を吐く。そして視界の隅で草の陰からモンスターが出てくるのに気づくと、今度こそは、と気を引き締め剣を構えた。
、危ない。」
しかしそれも鋭い風と銀の軌跡を残して、あっという間に倒されてしまっていた。
は頬がひくり、と引き攣った。
「ラズ、リル、さん?私の話、聞いてた?」
思わずこめかみを押さえて言えば、今のさっきでティルとの会話を聞いていたはずのラズリルは、涼しい顔をして言う。
が危なかったから。」
「嘘つけぇ!!明らかに遠いじゃん全然距離縮まってないのにどこかどう危ないと!??」
視界の隅で捉え、も剣を構える時間があったのだ。どこも危ない状況ではなかったというのに、やはりラズリルといえば素知らぬ顔である。もうやだ師匠までこんなん。とは泣きたくなった。そんな時のもう一人の師匠である風使いの少年がそんな達を見て呆れたように言った。
「君達、過保護にも程があるんじゃない?」
その通りだ、とこの時ばかりは全力で時には本当に泣きたくなるほど冷たい彼に頷くであった。

そんなこんなで道中ティルとラズリルから守ってもらっているはずなのだがからすれば妨害にあいつつ、結局一度も戦闘出来ずには森を抜けてしまった。人の話聞きやしねぇ。普段からそういった傾向のあるラズリルは勿論の事、人の話を大人しく聞いたかと思えたティルでさえ戦闘になればの話など完全に聞いていなかったことにしているのだ。手が勝手に動いた、などと言うが手より頭が先に動くような奴がよくもまぁ白々しく、とは思う。ティルは人の話を聞いてくれると信じていたのに軽く裏切られた気分である。ああルックの問答無用な切り裂きが懐かしい・・・と道中思わずマゾヒスティックな考えを抱いた程だ。基本過保護でも放任主義でもない中間はいないのか。なんでこうも彼等は個性豊かなんだ。
落ち込むに思わず同情の視線を送ったその他面々である。
鬱蒼とした森を抜け、平原へと出ると、遠目に木で出来た柵が見えた。その奥にはいくつかの素朴なつくりではあるが、家屋が見える。
森を出る前に地図で確認していたことから、現在の目的地である村だろう。一際大きな木の柱を、柵のない左右に立てた門らしき場所に着けば、それは明瞭であった。
そこで未だ気落ちした様子のの肩を励ますように叩いたのはフリックだ。「ほら、戦士の村に着いたぜ。」
「ここは俺が育った村なんだ。折角だから案内してやるよ。 」
今日とて前髪は金で後ろ髪は黒といった染めているのか地毛なのか気になる髪型で、しかしそれすら気にならない程端正な顔立ちをした美青年である。
はそれまでやさぐれていたこともあり思わず、確かに感情的になることはあるものの、日頃はこうして理知的な彼を何故好きにならなかったのかと思った。好青年なフリックは正にのタイプであるというのに。なぜああも一癖も二癖も三癖もあるのを。そうは思っても、視界に微かに移ったティルの横顔を見ただけで、 はやはり好きだな、と改めて思ってしまう訳で「のあああああ!!」
「ど、どうした・・・!?」
そんな事を改めて考えてしまった羞恥で、突然頭を抱え声を上げたに当然フリックは驚いた。それには我に返る。しかし理由を言える訳もなく、努めて何事もなかったかのような涼しい表情で答えた。
「いえ、なんでもないです。それよりここ、フリックさんの故郷なんですか。」
突然声を上げ頭を抱えたかと思えば次の瞬間背筋を伸ばしたに、フリックは一瞬呆気に取られたのだが、戸惑いつつもそれに答える。
「あ、ああ、そうだ。」
「戦士の村の?」
「そうだが・・・?」
念を押すかのように尋ねたに、フリックを内心首を捻る。 といえば顎に手を当てて何やら考えている様子である。
戦士の村。異世界であるがゆえに知識がないだが、思い出されるのはテイエンで会った二人だった。出会いが出会いであり、はそれを忘れる事はない。戦士の村に行くと聞いた当初から、もしかしたら会えるかもしれないとは思っていたのだ。
そして意外にもその村出身であるというフリック。世界は狭いというが、この世界は未だ未開拓地があるという程広いというのに、なんて高確率である。同郷者という事から、彼は彼女達と知り合いかもしれない。 は自分より頭一つ分以上高いだろうフリックを見上げた。
「えーと、もしかしてフリックさん、テ」
しかしを見下ろしていたフリックに全てを伝え終える前に、それは遮られる。
「止めなよテンガアール!行っちゃ駄目だよ!」
「放してよ、ヒックス!ボクはもう行くって決めたんだから!」
村へと入ると早々、少し開いた広間のような場所で言い争っている一組の男女がいたからだ。
「駄目だよ。食べられちゃうよ。皆がそう言ってるよ。」
そう言うのは灰色に近い黒髪に、額に緑の鉢巻きをし、眉を寄せ目尻を下げた気弱な雰囲気を纏った少年である。
「じゃあ、君が守ってくれるのかい?まだ自分の剣に名前も付けられない君が。どう?ヒックス。」
そして彼ことヒックスに腕を捕まれ止められているのは、長い赤茶色の髪を左右でみつあみにし、眉間に皺が寄せられてるが、桜色の唇にすっと通った鼻筋、キメ細やかな白い肌をした美少女だ。
もしかしなくても、とは記憶の中と寸法違いない彼らが知り合いだとわかったのだが、しかしどうにもただならぬ様子で話しかける訳にもいかなかった。彼等も村へとやって来た達に気づくことなく、少女はその大きな目を釣り上げて、止めるヒックスを見た。
睨みつけられたヒックスは、彼女の言葉と向けられた鋭い視線にしどろもどろになる。
「そ、それは・・・。で、で、でも皆が守ってくれるよ。」
「君はいつもそうなんだね。」
ヒックスの言葉に眉間をぴくりと動かすと、少女、テンガアールは呆れたように、けれど苛立だしげに吐き捨てた。
一つ息を吐いて、彼女は続ける。
「血を吸われるなんてのは噂に過ぎないじゃないか。もしかしたら、お城でいい暮らしが出来るのかもしれない。こんなうらぶれた村より、よっぽどいいかもね。」
「そ、そんなぁ。」
そう言うなり腕を組みそっぽを向いてしまったテンガアールにヒックスは情けない声をあげた、そんな時だった。
「テンガアール!」
大きな音を立てて扉が開かれたかと思うと、奥の家から出て来た片目に眼帯をしたいかつい男が、彼女達に割って入ってきたのだ。
彼は赤いマントを颯爽と翻してテンガアール達のいる場所に大股で近づきながらも、声を荒げる。
「あれほど家を出るなと言ったのに、まったく!いつネクロードが来るかわからんのだぞ!」
「なにい!!ネクロードだって! 」
しかし意外にも彼の言葉に反応したのは、声をかけられたテンガアール達ではない。と同じように、彼等のやり取りを広間の入口付近で遠目に見ていたビクトールであった。
「おい!おっさん!!今ネクロードって言ったか!」
「なんだ、お前は?」
「うるせぇ!聞いてるのはこっちだ!答えろよ!!」
男に詰め寄るなりいつもの飄々とした雰囲気を険しいものにして、噛み付くように声を荒げるビクトールに、達は驚いた。ビクトールはいつも陽気で、拗ねたり苛立った様子を見せる事もあるが、本気で怒りを露わにすることはなかった。だからこそこうして本気と取らざる得ない、彼の怒鳴り声には思わず体を縮こまらせる。
そこへ混乱しつつも、慌ててクレオが宥めるようにビクトールへと声をかけた。
「どうしたというんだ?興奮するな、ビクトール。」
一方、突然眼帯をつけた男へと食ってかかったビクトールを、驚きの表情で見ていたヒックスだったが、そこであることに思い当たった。目を丸くしてビクトールを凝視する。
「もしかして、この人たちは解放軍の・・・・。そうだよ。僕見たんだ。ミルイヒの城を解放軍が攻める所を、このクマみたいな人も見たことあるよ。」
隻眼の男に詰め寄りながらも、彼の言葉を拾ったビクトールが、ひくりと頬を引き攣らせた。
「クマーーー?」
「わ、わ、わ、怒んないでよぉ。」
けれどヒックスの言葉に我に返ったのか、ビクトールは落ち着かせるように一息つくと浮かべていた険しい表情を無くし、それまでの勢いもなりを潜め男へと詰め寄っていた足を引く。ビクトールは首裏をかきながら失態を侵してしまったかのように顔を歪めた。
「すまねぇ、悪かったな行き成り」
突然詰め寄ってきたビクトールに、眼帯をつけた男は気を悪くした様子はなかった。最初こそ驚いていたものの何か理由があるのだろう。謝罪を述べたビクトールに気になさらずと首を振るとビクトールを見た。
「・・・もしかして、ネクロードのことで?」
「・・・ああ。おっさん、わりぃがネクロードの話を聞かせてくれねぇか。」
男の言葉に、ビクトールはえもしない表情を浮かべる。一体、どうしたのだろう。事情を知らない解放軍の面々は誰もが思った。
「・・・わかりました。それでは、私の家の方でお話しましょう。しかし・・・・そうですか、解放軍の方々・・・。」
男はそこで、広間の入口付近にいる解放軍の面々を見た。そしてその中で一際青色をした人物に目を止めると驚愕に目を丸くする。
「お前、もしかしてフリックじゃないのか?」
便乗するように、彼の言葉により記憶の琴線にひっかかったヒックスが首を傾げた。
「フリック?それって、村の成人の儀式のしきたりで五年前出て行ったまま帰って来てないっていう?」
出身であるとは聞いていたが、理由を知らなかった解放軍の面々から痛いほど視線を感じながら、そして村の者からは呆れた視線を感じながらフリックは眼帯をつけた男、戦士の村の村長にその長身を曲げて頭を下げた。
「村長・・・お久しぶりです。」
それに村長は眉を寄せる。
「随分長い事出ておったが。しかし、お前がこうして村に戻って来たということはさぞかし立派な武勲を立ててきたんだろうな。」
「そ、それは・・・。今、立てている最中でして・・・。」
今回フリックがこの村へと来たのは、村へ帰るのではなく解放軍としてであった。意図した帰宅ではないフリックは、後ろめたい気持ちを持ちに頬を引き攣らせそう言い訳する。すると途端、村長の眉間の皺は更に険しくなり、目がぎらりと光った。どんな言い分も通用しそうにない。誰が見ても明らかにご立腹である。恐らくこれから起こるだろう事に内心フリックが泣きたい思いでいると、しかしそれは意外なところで遮られる。
「君! じゃないかい!?」
解放軍へと視線を向けて、そこに紛れた見知った姿に、テンガアールが声を上げたのである。
テンガアールは素早くへと近づき、ようやく気づかれたも彼女に笑みを浮かべて迎えた。「久しぶり、テンガ。」
「本当だね!あれから元気にしてたかい?」
「なんだ、お前、戦士の村に来た事があるのか?」
これ幸い、村長からの非難免れようとフリックが尋ねる。それには過去の記憶が蘇り、内心冷たいものが落ちくる。だが、表に出すことをせずに笑みを浮かべたまま答えた。
「以前テイエンまで行った時に、会った事があるんです。」
「テイエンに?ああ、村の使いか。」
村内のやりくりで生活する事は出来るが、偶に近くの町へと使いに出されることがあったことを思い出し、フリックは納得いった表情を浮かべる。
一区切りついたような所で、予期せず再び再会出来たテンガアールがへと話しかけようとしたのだが。「村長。」
言葉を発した彼へと視線が集まる。も他の者同様、彼を見た。彼、ティルは村長に目を向けたまま綺麗な礼をとる。ぎこちなさもなく、自然で滑らかなその動作は一目で板についてるのだとわかるものだった。
「私は解放軍軍主、ティル・マクドールと申します。よければ詳しい話をお聞かせ願えないでしょうか?早く伺うことに越したことはありませんから。」
「あなたが・・・」
名乗ったティルに、村長は思わずそう呟いた。もはや帝国内で彼の名を知らないものはいないだろう。希望であり多くの者が敬意を抱くのが、目の前の少年とも青年とも差し支えない年頃の者だとは。けれどその考えは彼の目を見た瞬間、消える。戦士の村の長だからこそ、否それでない者も、彼に連いて行くのだろう。その目や雰囲気は、もはや少年が放つものとは思えなかった。やはり彼は敬意を抱く対象に変わりはない。一瞬で判断すると村長は頭を垂れて言う。
「私はこの村の村長、ゾラックと申します。噂は聞いておりますよ。」
そして頭をあげると彼は頷いた。
「わかりました。確かに、その通りです。こちらへどうぞ。」
ゾラックは家へと案内するため踵を返した。しかしその前に、村を出て行こうとした娘であるテンガアールの腕を掴む事も忘れない。勿論避難の声をあげるテンガアールに、だが気に止めることもせず家へと慣れた様子で戻っていった。さすが親といったところである。残されたヒックスも少し慌てながら彼等に着いて行き、広場にいた解放軍の者達もそれぞれ歩きだした。
も周りに習い足を動かそうとしたのだが、その前に突然手が捕まれる。驚いて見ればいつの間にか横にいたティルだった。
を見る彼の目は、先程のように少し威圧感のあるものではない。それどころか気を遣うような色があるのをは感じとった。恐らくは顔に出さなかったはずの、内心の変化を機敏にも察したのだろう。本当に、彼は過保護だ。それでいて僅かに虚無感に覆われていたはずのはそんな彼に笑みを浮かべた。 今度こそ心からのものであり、それを見たティルは彼女がそれまでと違い無理をしているわけではないのだと悟り、何も言う事はなかった。村長の家へと向かう為今度こそ踵を返す。 だが繋いだ手を離す様子はない。 は驚き、少しだけ頬を緩ませる。
繋がれた手が記憶にあるものより小さい事に悲しみは抱くが、けれど自身より大きいその手は、暖かった。
はそっと繋がれた手を握り返した。


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