Skyting stjerner1-43
は味方に当たることのないよう、最少の規模で力を放ちティルへと降りかかってくる矢を空中で破壊させた。混戦している中、敵兵の武器や防具を壊すことは難しい。下手をすれば味方に当たってしまうため、 は雲ひとつない青空に目を凝らし、味方に降りかかる矢に注意を払っていた。一方で、ティルは馬を操りながら巧みに棍を駆使し敵兵を倒していく。それほど遠くない場所でラズリルもまた一頭の馬を巧みに操り敵兵を切り捨てていた。頭である敵将を潰すか確保すれば、兵達は機能を停止しこの戦は終わる。だからこそ馬を走らせ襲いかかる敵兵を倒しては、誰もが敵将の元へと向う。
今回の戦は、当たり前だがが経験した戦とは違うものだった。
前の戦では人が死んでいく様を、 は間近で見ていない。 の周りでは剣戟すらなかったのだ。しかし今は馬の蹄の音、怒声、悲鳴、剣劇が間近で響きそして必ず視界のどこかで、人が死んでいた。それに何かが込み上げてこないかといったら嘘である。
けれどここで足を止めても、戦は終わらない。殺し合いも終わることはない。もう大切な者を奪われたくないからと、たとえその為に人を殺めてしまうこともあっても、自身はこうして戦に出ることを決めたのだ。
まだ直接的に、は人を殺したことはない。だというのに、人が死んでいく様を見ただけでめげるわけにはいかなかった。ただ少しでも早く終えるようは麻痺しそうな心を叱咤して、無我夢中に攻撃を防いでいた。そんな時、遠くで火柱が上がる。
誰が放っているのか、肉眼でこそ見えないが火の柱は大きくはその規模に驚く。そして雲ひとつなかった空に暗雲が発ち込むと、突如として雷が地表へと落ちていった。
それは帝国の火炎将と呼ばれるテオの部下アレンと、雷撃将、グレンシールが放ったものである。思わず規模の大きさにが恐怖を覚えるが、しかし二撃目を放たれることはなかった。今度は竜巻が起こり、竜巻は暗雲を切り裂き火柱さえも吹き消したのである。恐らくは竜巻が相殺させたのだろう。そこでの脳裏に一人の少年が浮かんだ。彼は、優秀な風魔法の使い手だった。
「ルックが封じてくれたから、今のうちに行こう。」
その考えを裏付けるように、ティルが告げる。やはりそうなのだと思うと同時に、態々向かう前にそう告げてくれた彼には頷く。
そうして先ほどまで火柱と雷が落ちていた場所帝国側の中枢へと馬を駆けさせたのだった。
帝国軍と解放軍は互いに激しい攻防をしていた。
だが、火炎槍で軍の多くを壊滅させてしまったことから、最初こそガルホースにより拮抗していたものの、兵力の差で解放軍が押し始める。
達が帝国側の中枢であり、戦の中心に着いた頃には、辺りには帝国側の敗戦が漂っていた。その場には戦場を駆けている間に軍主と合流したクレオやパーンもおり、達が着いた頃には、ビクトール達他の将も到着していた。
「テオ・マクドール殿。もはやあなたの軍勢に勝機はありません。ここは、潔く降伏してください。」
そう言ったのは異なる経路からその場に辿り着いた解放軍の軍師、マッシュであった。
テオ・マクドール――ティルの父親は、短い黒髪の、精悍な顔立ちをした男性であった。恐らく母親似なのだろうティルとは少し、似ていないものの、両脇に部下を従えさせた背筋を伸ばし中央に佇む姿は、一目でこの戦の将だとわかるほど威厳を放っていた。
「あなたは・・・。」
テオが口を開く前に、テオの左手にいた金髪の男が、マッシュを見て眉を寄せる。
「元カシム・バジル殿の軍師で、マッシュ・シルバーバーグと申します。」
マッシュが彼の言葉を継ぐように答える。金髪の男性とは逆の位置に立つ黒髪の男性が、紅い目でマッシュを鋭く睨みつけた。
「帝国の恩を受けていながら、解放軍に下るとは!我が軍は、最後の一兵になろうとも、降伏などするものか!!」
剣を構えて、火炎将アレンは馬を前へと進ませる。彼に続き金髪の男、雷撃将グレンシールもまた告げた。
「この命、帝国の為、テオ様の為、捧げましょう。」
「アレン、グレンシール。下がっていろ。」
しかしテオは、彼ら二人を片手で制す。そんなテオに、アレンが声を荒げた。
「何をする気ですか!テオ様!!」
「アレン・・・下がっていてくれ。」
尚も道を譲ろうとしないアレンにそう言えば、アレンは唇を噛み、眉を寄せながらもその場を譲る。グレンシールもまた、精悍な顔を強張らせてはいるが、何も言わず、無言でその場から退いた。
部下を下がらせたテオは、馬を前へと歩ませ鞘から剣を引き抜くと、刃のけっ先をティルへと向けた。
「皇帝陛下バルバロッサ様に弓引く逆賊。天下の大罪人、ティル・マクドールよ。このテオ・マクドールが皇帝陛下に代わり成敗する。」
そして彼は続ける。
「一騎打ちを申し込む。この勝負、受けてもらいたい。」
テオの言葉に解放軍内は動揺が走る。が目を見開いている間に、マッシュがティルへと声をかけた。
「ティル殿、馬鹿な真似はしないで下さい。ビクトール!その男の首をはねろ!」
しかしティルは、無言で馬を前へと歩ませた。
ティルは一度、瞼を閉じる。そして次に瞼が開かれた時、眩しく揺るぎのない金色の光が父を、否敵対する将へと向けた。
「その勝負、受けましょう。」
マッシュはティルの答えに眉を寄せる。だが他でもない軍主の意志だ。そして彼の声は、何を言っても無駄であるものだと、彼が軍主になった頃から軍師として従っていたマッシュだからこそ分かった。
命じられたビクトールやその場にいる誰もが、重い沈黙を保ちながらも、一人一人とその場から下がっていく。そんな中、一人馬から軽やかに降りたティルが、ラズリルに視線を向ける。
「頼むよ。」
ラズリルはそれに視線だけで答える。ティルはを降ろそうと手を伸ばした。しかし、は先程から顔を俯かせ、動く様子はない。
「キツネ。」
のコードネームを呼ぶティル。それでもが反応せず顔を上げなかったのは、何も自分の名と違うそれに、反応に遅れたわけではなかった。
「・・・ねぇ、ティル。一騎打ちって、命を取るわけじゃ、ないよね?」
「持てる全てを持って戦う。どちらか倒れるまで、それこそ互いの命も賭けてね。それが、帝国の一騎打ちだよ。」
詰まることなく淡々と答えたその内容に、 は一瞬頭がついていけなかった。そして理解したくないそれを理解した途端、頭に血が上るかのような錯覚がを襲い、それまで俯かせた顔を上げる。
「な、」
けれど言葉にしようとした激情は、混乱から上手く口にすることが出来ない。
「やめ、ようよ。そんなの、ない。ねぇ、ティル!!」
それでもティルは何も言わなかった。浮かべる表情すらも、瞳も揺らぐことはない。彼の意思は変わらないだろう。わかってはいても、はどうしても止めずにはいられなかった。
「親が、いなくなるのは、悲しいんだよ・・・!」
否が応でも込み上げて来る、感情と共にそう零す。それはこうして家族にも別れ、見知らぬ世界に来ただからこそ実感したことだった。
悲しくて、その悲しみは未だ消えることがない。両親の温もりを思い出させてくれたグレミオも今はもういない。だからこそ痛いほどわかる気持ちに、幾らこれが戦で、どちらか負けるまで、命さえも賭けると理解していても、こうして目の前にした時、には受けいられなかった。
何よりもその方法が、息子である彼の手だという。そんなものはない、とは思う。
だが、ティルは何も言う事をしなかった。何も言わない。言葉を撤回しようとしない。着々と二人の一騎打ちが近づくその場の空気に、は思わずティルではなく達のいる場所から向かい側にいるテオへと声をあげた。
「お願いです!引いてくれませんか!?」
しかしテオは視線をに向けると、厳格な表情で告げた。
「これは戦だ。そして私は、帝国の為に動く。如何に血が繋がっていようとも、我が剣は皇帝陛下の剣。屈するわけにはいかない。」
「そんな・・・」
呆然とするは、テオの目を知っていた。ティルが断固とした意思を持つ時のそれだった。は小さく首を横に振る。
これが戦争。そう言ってしまえばそれまでで。それでもにはどうしても受け入れることが出来なかった。ティルが実の父を殺してしまうのも嫌で、そしてティルも殺されてしまうかもしれない状況を、どうして受けいられるだろうか。どちらも嫌で、しかしテオとティルの意志は変わらないのだろうという事もわかる。けれど。
そんな時、 は緩く、腕を掴まれる。振り返るとそこにはティルがおり、そしてティルはその場には不釣り合いな、いつもの穏やかな表情を浮かべていた。
「君は見ていて。解放軍は、負けないから。」
は仮面の下で目を見張る。彼が随分と前に言っていた、もう覚悟は出来ていると言ったそれは嘘ではなかったのだ。今こうして前にしてもティルは変わることがない。
変わることのないそれに、はもう何も言うことが出来なかった。
そうして空いた草原に、ティルとテオが立つ。
初めに動いたのはテオだった。体格の大きさを感じさせないほど素早く剣を鞘から抜くと、ティルへと肉薄する。
ティルは動じず、棍で剣を押さえた。生じた鈍い音は、テオの一撃の重さを語っている。
体格の差もあり、力ではティルが僅かに押し負けていた。――もっとも、昔の自身では掌に走る痺れに堪えきれず、棍を打ち落とされていただろう。変わらず、父の一撃は重い。だが、それをいつの間にかティルは往なせるまでになっていた。
ティルは一撃を堪えると、剣を巻き込むように棍で弾く。一般兵ならば、ここで剣を振り払われてしまうが、百戦錬磨の将であるテオは、そう簡単にはいかなかった。巻き込まれる剣を両手で堪えるのではなく、あえて片手を離したのだ。その勢いのままぐるりと身を捻ることで体制を整え、続けて刃を振るおうとする。しかしティルもそれを予測しており、棍を地面に突き立てると身を低くして、下から突きを狙う。テオは素早く下からの打撃を弾くが、ティルの攻撃は止まらない。勢いを殺さぬよう弾かれた棍を回すことで、更に遠心力を増すとテオへと僅かに空いた腹部に一撃を叩き込んだ。
見守る解放軍は一瞬、息を飲む。しかし、テオはそれだけでは止まらなかった。棍がしなる程の一撃にも関わらず、テオは何事もなかったかのように、剣を振りかぶったのだ。ぎろりとした眼光は、怯んだ様子すら見えない。
しかし、それは想定の範囲だったティルはテオの剣を押さえる。あまりの力強さに、ガチガチガチと耳障りな金属の摩擦音が生じた。
テオもティルも、互いを睨み付ける。
先に引いたのは、意外にもテオであった。ふと力を抜き、鍔ぜり合いに力を込めているティルの体制を崩そうとしたのだ。拮抗していた所に力を緩められ、テオの一撃に耐えていたティルは体制を崩す。テオはその隙を逃さず、剣を振りかぶった。
鋭い刃は、ティルの頬を掠める。
体制を崩し、切られるかのようにみえたティルだったが、棍の持ち手を変え、テオの手首を狙っていたのだ。本来ならば衝撃で剣は握れなくなる。だが、それは僅かに軌道が逸らされるだけであった。
力では体格の大きいテオの方が上のようだった。それでもティルはテオ以上に素早く動き、互角にやり渡っていく。どちらも譲らない激しい攻防が続いた。
刀はやはり、殺傷力が強い。避けてはいるものの、間に合わない時もあり、幾つかの傷をティルは負っていた。同時に、ティルの攻撃もまたテオに当たっている。しかし何度攻防に生じた僅かな隙に攻撃を与えても、テオは倒れなかった。
テオの骨は数本、既に折られているはずであった。その感触はあったのだ。しかしテオの精神は並大抵なものではなく、動きが鈍る様子すらない。互いを睨み据え、誰もが息を呑み彼らを見守っていた。
再び、動いたのはテオだった。
変わらない素早い剣筋は、鬼将そのものであった。力だけでなく、素早さも兼ねたその剣戟を耐えれるようにはなったが、ティルは未だ嘗て、見切れたことはない。
幼い頃から暇さえあれば幾度となく、父に鍛錬をねだった。たとえ子供であろうが容赦のなかったテオに、何度も惨敗し、歯を食いしばった。
幼い子供であるにも関わらず、幾つも怪我をこさえてそれでも泣かなかったのは、父の背を超えたかったからだ。
ティルは帝国貴族であり、意識をしなくても周りから頻繁に帝国五大将軍であるテオの称賛を聴いていた。
テオ様は強い。先の戦の立役者、テオ様達がいたから。百戦錬磨。皇帝の懐刀。赤月帝国内で、勝てる者などいないのでは。
――そんな事、言われなくても知っていた。
父は強い。どんなに疲れていても、ティルに強請られて鍛錬に付き合い、いつでも厳しく、真剣だった。
戦に向かう直前ですら、不安に揺れる幼いティルを安心させるように笑い、頭を一撫でして家を後にしていた。
その大きな後ろ姿を、ティルは乗り越えたかったのだ。
振りかぶられる剣をひるまず、ティルは見据える。風すら斬る剣だ。
だがこの時、ティルはその剣が見えた。すかさず棍を剣のある一点へと向ける。
棍には、殺傷力が少ない。自分だけではなく、相手すら上手く操ることで、より効果的な打撃を与える。
―――見切らなければ、真価は出せないのだ。
振りかぶられる剣が、ぴたりと止まる。テオは思わず、目を見開いた。
物には力点、作用点というもがある。振りかぶった刃の中心に、棍が当てられ刃が止められたのだ。この好機を、ティルは見逃さなかった。
ただの打撃では、テオは倒れない。棍で剣を弾き、その力で身を捻る。宙で体を捻ることで遠心力は増す。そして渾身の力で、棍をテオへと叩き付けた。
長く感じるほどの緊迫した空気が、その場に包まれる。ティルの渾身の一撃を受けたテオが、とうとう、崩れ落ちたのだ。
最後に立っていたのはティルだった。
「立派に、なったな・・・。」
「 「テオ様!」」
倒れて動かなくなったテオに、クレオとパーンが思わず声を上げ駆け寄った。彼の部下であるアレンとグランシールも彼の元へと向かう。
そんな彼らとは違い、ティルは倒した直後からその場から動かず、自身が倒したテオを見下ろす。
テオもまたティルを見上げていた。その目に怒りや憎悪といった感情はなかった。細められた目は、充実感に満たされている。
「ティル・マクドール・・・我が息子よ。強くなったな・・・。私は、私の信じるものの為に生きた。
悔いはない。お前も、お前の信じたもののため、生きるが良い。それがなんであろうと、私は、お前の選択を祝福しよう。」
テオはそれまで緩ませることのなかった表情に、僅かに笑みを浮かべた。そんなテオをただ見下ろし、ティルは呟く。「父さん・・・。」
「テオ様!しっかりして下さい。」
テオの傍に座るクレオが顔を歪めながら言えば、アレンが眉を寄せて叫んだ。
「テオ様、死んではなりません!!あなたが死んだら、帝国はどうなるのです!!」
テオはそんな彼らに苦笑を浮かべると、傍らに座るアレンと、グランシールを見た。
「・・・アレン、グレンシール。」
「なんでしょうか、テオ様。」
アレンのように声を荒げることはしないものの、どこか硬い声でグランシールは返す。そんな彼らに、テオは告げた。
「私は皇帝陛下・・・ただ一人の為に戦った。それは・・・私の意地でもある・・・。
しかしお前達まで・・・それに付き合う必要はない。時代の流れはもう止めることは、できない。
アレン、グレンシール・・・お前達はお前達の思う道を・・・進んで欲しい。」
目に涙を溜め、耐えるアレンとグレンシールにテオは柔らかな表情で告げた。
そして今度は、反対の傍らに座るクレオとパーンを見る。1年前は共に同じ家で暮らし、笑い話をしていた彼らと会話をするのは、いくら遠征が多かったといってもテオにとって久しぶりなものだった。それはクレオ達も同じであり、クレオは唇を噛み、パーンはその目を潤ませて彼を見ていた。変わらない彼らにテオは穏やかに笑う。
「クレオ、パーン。ティルを、頼んだぞ・・・。」
「テオ様・・・。」
歯を食いしばりパーンが無言で頷く。悲しみに顔を歪ませていたクレオも、込み上げてきそうになる嗚咽を口角を引き結びことで抑え、頷いた。
そんな彼らを見て、テオは満足そうな顔をすると今度はティルを見た。
「ティル・・・我が息子よ。私は・・・幸せだよ・・・。父にとって、我が子が・・・自分を超える瞬間を・・・見ることが出来るのは・・・最高の・・・幸せだ・・・。」
それはまるで、最期の言葉のようだった。そしてティルはその手で彼と戦ったからこそもう間もなく彼が、息を引き取ってしまうだろう事を理解していた。
父であり尊敬している彼に、ティルは多くの伝えたいことがあった。謝罪も、礼も、別れの言葉も。けれどどれも言葉にならず息と共に飲み込まれる。何を言えばいいのか、ティルは分からなかった。
テオもティルも、自身の下した決断であるからこそ、謝罪ではない。だが長年育ててくれた親への感謝もまた、軍主であるティルは、敵である彼には表せないのだ。
「父さん・・・俺は、泣かせたくない人がいる。傍にいたいと思う人がいる。」
ようやく出てきた事は、その言葉だった。
「だから俺は、負けない。」
その目は確かに悲しみを帯びていて、けれどそう言い笑って見せたティルに、テオは一瞬虚が突かれたような表情をしたがすぐに笑みを浮かべた。
「そう、か・・・お前にその者が出来、一目見る事が出来て・・・私は本当に、幸せだな・・・。」
こうして自身はもう間も無く死んでしまう。彼の母でなく、自身も彼の元から居なくなってしまうのだ。乳母役であり家族の一員であった、グレミオが死んでしまったというのは帝国からの報告で、聞いていた。彼にとって大切な人が次々に居なくなる今、個としての互いの信念のため、覚悟を決めていたとしても親として、それはどうしても悔やまれてしまう。
だが彼は今、笑っている。たとえどんな事があろうとも、笑うことが出来る心のよりどころを、息子は見つけることが出来たのだ。自身の妻との出会いのように、それは奇跡であり、親としてその奇跡を知ることが出来たのは嬉しい事であった。彼はもう立つ事が出来る。何も心配することなど無くなった。
そうして彼は満足そうに微笑んだまま最後の言葉を残した。
「頑張れよ・・・我が息子、ティル・・・。」
微笑みを浮かべたままもう動くことのなくなったテオに、溜まらずクレオは叫ぶ。
「テオ様ーーーーー!!」
何を言えばいいのだろう。何か言うべきだと思うのだが、はその言葉出なかった。
そんなにティルは言う。
「俺は大丈夫だから。」
そしてそっとの手を握った。
「泣かないで。」
それには思わず息を呑む。どうしてわかったのだろう。仮面の下は見えないと言うのに。それはティルに掴まれた自身の手を見てはわかった。
手が震えていたのだ。気がついてみれば手でなく、体中が込み上げる嗚咽を耐えようとして、震えていた。思わず、は声をあげる。
「あ・・・ご、ごめん・・・!」
けれど口を開いてしまうと、 は込み上げてくるそれを抑えることが更に難しくなってしまった。
そうして一層に体を震わすの手を、ティルはただ握る。
ティルは泣く事をしなかった。けれどこうしてが泣いてくれたからこそ、悲しみは沸くがやりきれないものではない。
ただ声も出さず仮面の下で流しているだろうの涙が暖かいと、そう思った。
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