Skyting stjerner1-42

解放軍は火炎槍という鉄甲騎馬兵に対抗するものがあっても、今の解放軍は先のテオ軍との交戦で多数の仲間を失っている。
その為兵の数が未だ不利である。解放軍は仲間が増えるまで、ガルホースの力を発揮出来ない為湖を渡ることなくゴウラン地方に軍を構えていたテオ軍へと、戦を仕掛けることはなかった。
その間もラズリルとの特訓に勤しみ二十日が経過した。
以前、斥候から動きがあると報告があったが、それはブラフである。ガルホースは海戦では力を発揮できない。であるならばソニア率いる水軍が問題だが、内情はそれどころではないだろう。テオの軍勢から逃れる際、マッシュの案で錯乱させた軍に追い討ちをかけるように、供給路を絶ったのだ。
進軍するには多くの物資が必要になる。武器は食料と、ソニア率いる水軍も例外ではない。水軍を錯乱させる際、物資の供給路を探らせ、義賊たちに故意に崖を崩したり橋を落とさせたのだ。
一時的のものである。進軍が出来なくなった帝国軍は、変わりに表面上の動きを見せることによって解放軍に攻めさせようとしたが、ティルは冷静に現状維持の判断を下した。はたしてティルのその判断は、功を奏す。
もともと、急激に大きくなった解放軍は、その僅かな期間にもティル達幹部たち自らの積極的な勧誘もあり仲間を増やすことができた。そこで解放軍の数も増え、戦を仕掛けることになる。
テオ軍の鉄甲騎馬兵は三千。本隊は一万一千。対して解放軍は一万四千であった。二軍は総力戦でぶつかることとなったのである。
「伝令です!!」
攻撃を受けることなく、ゴウランに着き兵の陣形を整えている時、指示を出すティルの元に一人の男が駆けてきた。
「敵軍の将テオ=マクドールが『速やかに帝国に降伏すれば、兵の命まで取ることはしない。』とのこと。」
戦に出ることの条件にティルの傍に、ということを出されていたは、以前のように前線に出ることはなく彼の傍にいて伝令を聞いた。思わずティルを見やる。
テオ=マクドール。それは帝国軍五大将軍の一人であり、百戦百勝と名高く今回の帝国軍側の将、ティルの父だ。
常ならば戦にて、戦前にそう勧告してくることがあるだろうか。恐らく滅多にないことだろう。少なくても解放軍は既に、帝国と戦を五度も行い、その内三度は帝国側を打ち負かせているのだ。帝国五大将軍のクワンダ、ミルイヒも解放軍側についてしまっている。帝国側の被害は大きく、だというのにこうして勧告するのは、彼の父が寛容だという事に他ならないのだろう。そんな父の優しさに触れて、息子の彼は。狐の仮面の下で心配そうに目を揺らし、はティルを見る。
「そう。」
ティルは小さく、親しい者でしか気付かないほど僅かに目元を緩め笑っただけだった。その目が悲しみに揺れることはない。
次の瞬間、彼はそれさえも潜めて指示を飛ばす。
「変わらず、兵の配置の準備を進めて。君も自分の位置に。」
「はっ。」
ティルの言葉を受けて、膝をつき伝令を伝えた男が立ち上がる。伝令係が立ち去ると、ティルは仮面越しでも、心配そうな視線を送ってくるに振り返った。
「今更、引くことは出来ないから。」
そうして彼は笑う。
は喉元に込みあがって来る衝動を、息を呑むことで耐えた。戦うことになる親子。ましてやティルは幼い頃に、母を亡くしたのだという。だからこそ絆は強く、実際ティルは確かにテオを尊敬していて、更にはつい一月ほど前、彼は彼の乳母役であるグレミオすら失ってしまっていた。だというのに彼は、今度は父と命の遣り取りをせねばならない。奪うか、奪われるか。戦だからこそ仕方がないものの、それでも親しい者となれば一層悲しみが湧く。これがティルの紋章の呪いなのだろうか。『近しい者の魂を喰らう』という、自身と同じ、けれど違う彼の呪い。
全ては憶測だ。けれどは、ティルの右手を掴むと、額へと持っていった。そして仮面の下で、祈るように目を瞑る。
両手で彼の手を握りながら、どうか彼の親しい者がこれ以上、なくなってしまわないようにと、は願った。
ティルはの突然の行動に驚き、目を瞬かせる。
自身の紋章は魂を喰らうと、ティルは彼女に話していた。けれどその紋章の宿る右手を、は躊躇もせず触れ両手で握っていた。
確かに、今も右手の甲は酷く疼き彼女を欲していて、仮面越しであっても額に右手を当てる彼女を、その紋章の呪いで失ってしまいそうで、怖い。
けれどそれ以上に。ティルは恐れることも拒むこともせずに触れてくれる彼女に、戦前だというのに心から穏やかな表情を浮かべた。
「私、少しでも役に立てるよう、頑張るね。」
そう言って、はティルの手を離すとその行動が恥ずかしかったのか、照れくさそうに笑う。
手が離されそれが少し、名残惜しかったが、そんな彼女にティルもまた微笑む。そうして口を開こうとした時だった。
「僕もを守るよ。」
ティルの言葉を奪うように言い、挙句後ろからに抱きつく者一人。は回された腕と背後の温もり、近い所から聞こえた低音に一瞬で頭が真っ白になった。
「ラ、ララララズ!!!」
我に返り、声を上げる。笑顔で固まるティル。そんな彼らにラズリルは言った。
「これくらい、いいでしょ。馬はがどうしてもって言うから、あんたに譲ってやるんだから。」
これみよがしに両腕はを抱き込み、ラズリルはティルを見据える。まさにそれは、彼と二度目の再会、そしてとティルとラズリルが居合わせた時、ティルの自身のもの、といった事への返しであった。もっとも本人は動揺の為少しも気づいていないが。
「そ、それはティルとの約束で・・・!」
は未だに馬に乗ることが出来なかった。この二十日間、付け焼き刃で馬に乗れるようになるよりも、体力や武術に目を向けられていたからだ。
戦で馬を使用するには馬を巧みに操りながら武術も上手くなくてはならない。二十日で両方も、というのは無理であり、体力のなければ戦う術も知らない方が問題であるため、必然的にそちらに専念したのである。
そうなると歩兵となるのが普通だが、ここでティルがそれを却下した。戦に出るときはティルの傍にいること、それが条件だったからである。
ティルはどうしても譲らなく、またそれを約束したこともあるので、は二人乗りをしたがるラズリルを断り、ティルと乗る事になったのだ。しかしラズリルにとって、それは知ったことではなかった。を抱き込みながら言う。
「僕は知らない。それに、約束したでしょ。」
「そ、それは・・・。」
その言葉に、抗議の声が弱まっていく。の脳裏に、過去のやり取りが思い浮かぶ。ティルとの二人乗りを中々了承しないラズリルにほとほと困りだした時、一つだけなんでもしてくれるならいい、とラズリルが言い、それにやっと頷いてくれると二つ返事では承諾したのだ。まさか、ここでそれを使われるとは思わなかった。そして何故疲れていたからといって、ああも簡単に頷いてしまったのかと過去の自分を悔いる。悔いたが約束は約束であり、は抱きしめられるといった慣れているがやはり慣れないそれに顔が赤くなるのを抑えられない。それもラズリルの場合、抱き込んでくると大抵首筋に顔を埋めてくるので、彼の低い声が近く、吐息すら耳横を掠るような気がして、はどうしようもなく恥ずかしくなるのである。
しかし何もこんな時にしなくとも。いやどんな時でもして欲しくないのだが、幾ら心配してくれているのだろうとこれからまもなくして戦が始まり、加えてには既に心に決めた人がいた。それも今この場にいるという。自身を抱き込む細腕のどこにそんな力があるのか分からないのだが、力で適わないということは既に知っている。
ならばここはがつんと一言、やめろと言おうとは羞恥からの混乱にまさに目を回しそうになりながら、短時間で結論を出し、口を開こうとしたのだが。
が口を開くよりも早くの体は解放される。
「俺も、君の約束は知らないからね。」
ティルがラズリルの腕を掴んで、から外したのである。
ティルはにっこりと笑っているが。例の如くちっともその目は笑ってはいなかった。ラズリルはティルとの約束など知らないというのなら、ティルもまたラズリルとの約束など知ったことではない。というか例えラズリルが知った事であったとしてもこの状況を甘受する気など毛頭ないが。そして、その状況に不服を抱くのはラズリルも同様であった。
「あんたと乗るんだ。何があっても、傷を負わせないでよ。」
幾ら傍にいて守ろうとしても、馬が違ければ勝手が違ってしまう。もしもの時、彼女の危険から守るのはその傍にいるティルにしか出来ないことであった。
そしてラズリルは、ティル自身に確認したこともあり、彼の真の紋章に含まれた呪いがを害そうと働いていることも知っていた。それこそ夜も更けた頃、何度もティルとラズリルのいる部屋、元はの自室にハルモニアの刺客が何度も侵入して来た事から明確である。
刺客らは誰も、真の紋章の持ち主が だと気づいていないというのに、それでもの部屋へと侵入してくる率はどう考えても異常であった。もっともそれらは眠るに気付かれることなく、ほぼ侵入した途端気配で目が覚めたティルとラズリルにより倒されていたのだが。
だとしても比較的安全な城を出て、戦に出ればその危険は更に上がるようなもの。戦に出すということでも不承であるというのに、一番間近で守れないことは到底受け入れられないものだった。
それでも譲ったのは、
「言われなくても。」
先程の剣呑な色は潜め、けれど代わりに真摯な目でそう言うティルの想いもまた、その目と同じように真剣なものだと知っているからだ。
彼は軍主。そしてその力も夜更けに共闘したからこそ知っている。ティルが知るように、ラズリルもまた彼の強さもラズリルは知っていた。
だが、それでもラズリルの心中の靄が晴れることはない。こればかりは仕方がない事ではあるが。そんな時、ラズリルの服の肘辺りが引っ張られる。
「大丈夫。ここずっと、頑張ってきたんだから。ラズだからわかるでしょ?」
鍛えてくれた、ということは例え天幕内にティルと達しか居なくても、未だ気配の読めないはどこに誰が聞いているかわからない為伏せてそう伝えた。
けれどは今まで鍛えてもらったラズリルだからこそ、前とは違うのだとわかってくれると思った。
確かに劇的な変化ではないが、前よりは持久力もあがったとは思う。なによりもには紋章があった。元々は紋章を主に、そしてもしものために武術を、としていたのである。
そう言った意味では自身の右手を指すように持ち上げ、今は手袋に覆われ見えないものの、彼に甲の部分を見せる。ラズリルはいつもは変わらない表情をきょとんとしたものにしてを見た。
それには逆に仮面の下で目を瞬かせてしまう。どうしたのか、そう尋ねる前にラズリルは顔を綻ばせた。
「うん。そうだね。」
なぜ彼が顔を綻ばせているのかにはわからないのだが、彼が喜んでいそうなのは明白なので、内心首を傾げただけに留めた。
そんな時、ティルがため息を吐く。
って、偶に罪づくりだよね。」
「初めて気があったね。僕もそう思う。」
「は?いやいや何言ってるの?ティル達の方が十分罪づくりだと思うけど。」
と、いつも彼らに振り回されてるがそう言えば、何故か彼らは揃って小さく息を吐いた。

火炎槍。
それはドワーフの秘宝を応用した、強力な武器であり、今回の戦の切り札ともなるものだった。槍の柄尻に火の紋章片を埋め込み、その力を使い槍先から高温の炎を噴出するのだという。兵の数では互角であるものの、帝国には先の戦いで苦戦をしいらせた鉄甲騎馬兵がある。火炎槍はそれに対抗するものであり、そして前リーダーであり解放軍設立者、現軍師であるマッシュの妹でもあるオデッサが残した武器であった。
これはいつか、解放軍の力になってくれる。そう彼女が言い、遺してくれたそれは、だからこそ彼女の恋人であったフリックを筆頭に誰もが解放軍を有利にしてくれると信じていた。
それは確かに、解放軍の勝機を導いた。圧倒的な力で。
「まさか、これほどとは・・・。」
呆然と声を上げたのは、いつもどんなことにも動じない、マッシュであった。戦が始まったのはつい先程である。
進軍を開始した帝国に、けれど動くことをせず解放軍が待ち受ける。そして両軍の距離が百歩に縮まった時だ。ほぼ全体を見渡せる、小高い丘の上から旗を振り、マッシュの合図が送られる。火炎槍を持つ兵は合図を元に火炎槍を稼働させた。
火炎槍は二百歩近い長さの炎を放った。ティルと共に丘からその光景を見ていたは、思わず息を呑む。マッシュのように言葉を発することもできない。ただ愕然と、その現実とは思えない光景を、思考すら忘れて見た。
放たれた炎は、あっという間に突撃してきた帝国兵をガルホースごと、飲み込んだ。運よく炎を回避した者達は皆、避けた途端そこに待ち構える解放軍の刃の餌食となる。悲鳴や断末魔は絶えることない。小高い丘の上からであり肉眼で詳細を見ることはないが、それでもそれが何かはわかる。
正に地獄絵図の現実離れした光景に、の思考を戻したのは達のいる丘にも漂ってきた臭いだった。溶けた金属の臭いと肉の焼ける臭いは鼻につき、それが何かとわかると否応なしにの体が震え出す。
体の芯は冷え切っているのに、肌は粟立ち脈打つ鼓動で熱くなる。逸らしたいのに、目はあまりにも惨いその光景から、逸らすことが出来なかった。しかしその視界は突然、遮ぎられる。
仮面を着けているからわからないが、背や肩から伝わる温度に、はそれが、誰だか知った。
「ティ、ル。」
いつの間にか渇いていた口内から、なんとか名を呼ぶ。馬に乗るの後ろに跨がっているティルが、の目の部分を塞いでくれたのである。
そうなればの視界には闇しか広がらなかった。それはいつか自分が怖がっていた色だ。途端、の意識は色を変えた。
「大丈夫。」
ティルの手があろう場所に触れて、そう告げる。ティルは思わず眉を寄せた。後ろにいるティルは今も彼女の体が震えていることを知っていた。だからこそ彼は言う。
「無理はしなくていいんだ。」
けれどは彼の言うことを聞くこともなく、自身の目の部分を覆うティルの手を掴み外させた。それに背後の彼がどこか戸惑ったようなのを空気で察し、はもう一度告げる。
「大丈夫。私は、逸らさないよ。」
未だ口内は乾き、心臓も激しく脈打っている。それでもは目の前に広がる光景から、目を逸らすわけにはいかなかった。
今までなら逸らしていただろう。目の前に広がる現実を信じたくないと。それでもこうして前を見据えられたのは、自分達が散らす命が消えていく様を見届けなければならないといった、そんな立派なものではなかった。残念ながら、にはそんな事は思えない。いくら頭ではそうしなければ、と思っていても目の前に広がる光景を見ればどうしようもなく逃げ出したくなってしまう。それでも目を逸らさないのは。
ただ、傍にいたいと思った人が逸らさず前を見据えている。そして歩きだしている。それだけの理由だった。
少しでも傍に入れるよう、同じように、は強くなりたいと思ったのだ。だからもまた、逸らすわけにはいかなかった。
見据える光景に恐怖が沸かないことはない。けれどその恐怖に打ち負けてしまう前に、が掴み外させていたティルの手がの手を握る。まるで支えてくれるようなそれに、冷え切った心にわずか暖かいものが生まれる。はそれだけでやっていけると、思った。
やがて紋章の効果切れ初め、火炎槍の炎が一つ二つと消えていく。
けれど完全に全ての炎が消えてしまうと、今度は立ち上る煙が地表を覆った。そうなれば、達がやることは一つで。だが中々それを言わないティルに、は思わず振り返れば、ティルもまた振り返ったを見ていた。
は彼の表情――特に目から、彼が心配そうにを見ていることから理由を察し、仮面の下で小さく笑う。そして仮面をつけていることから表情が見えない代わりに彼に伝えた。
「ティル、行こう。」
ティルは、の声音に、一瞬驚いたように目を見開く。そして彼はその顔に、いつもの笑みを浮かべたのだった。
「うん。」
は仮面の下小さく笑みを浮かべ前と向き直る。そんな彼女に、ティルが言う。
「フード、ちゃんと押さえててね。」
頷くことで答える。片手でフードを掴み抑えているのを確認してから、ティルは声を上げた。ビクトール達のように、大して大きくもないはずのティルの声が丘に響き渡る。
「全軍、進撃せよ!!」
そしてその言葉とともに、ティル達も小高い丘から馬を駆けさせたのだった。



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