Skyting stjerner1-40

その日から、はティル直属の部下へと異動することになった。
タイ・ホ―へと船をやはり出さなくてもいいということを謝りながら伝え、すっかり明けた空の下、ティルと共に城へと戻る。
城に戻り朝食をとり終わると、は早速、鍛練へと入ることになった。
何時帝国軍が攻めてくるかはわからない。だからこそ少しでも早く武器の扱い方等を教わる必要があり、そしての最近では人並みに上がった体力を更に上げなくてはならない。ティルの提案にも同意であった。いくら真の紋章を持っていても、紋章だけで切り抜けられるほど戦場は甘くない。
スカーレンティシアでの戦いは、一将を任されるフリックやビクト―ルが左右を固め守ってくれたからこそ怪我もなくはここにいられるのだ。しかし何時までも頼り切っているわけにはいかない。足を引っ張ってしまわないようにするには、ハルモニアに気づかれた今は勿論の事、露見した時に備え、自身の力で切り抜けられるだけの強さも持たなければならないのだから。
がど素人で性別が女であることから、まず同じく女性であるクレオから武器の扱い方を教わることになった。
初めは柄の握り方という初歩的な剣の扱い方から習い、次にのない体力を上げるための腕立て伏せや腹筋、背筋、一定間隔を置いて置かれた目印まで片足で跳ぶ腱の強化に、全力で短距離を駆けるといった筋トレ、そこで昼食を挟み、今度はどういった時にどこを狙えばいいのかと急所の話をされ、その後は持久力を上げる為一定時間走り続け、また腕立て腹筋背筋とまさにどこのスポ魂かという程である。運動嫌いなにとっては地獄のような筋トレパレードであった。
さすがに自身の生死も掛かっていることもあり、は苦言も零すことなく全力で投球した。――それでも腕立て伏せなどは一度も最後まですることが出来ず、結果膝を付けて行ったりと筋力のないにあわされたものになってはいたが。これは絶対、明日筋肉痛になる。と既に動かすごとに悲鳴を上げそうな重い足を動かし、なんとかその日を終えたは、自室へと戻ったのだった。
「・・・じゃあティル、ここまでありがとう。」
そう言って、はここに来るまで支えてもらっていたティルの肩から手を離した。
ティルは幾度となくクレオとの様子を見に来ては助言をし、日が暮れた頃には終わるまで様子を見ていてくれたのだ。更には帰りはつらいだろう、と肩まで貸してもらい自室へと戻ったのである。ちなみに抱えて戻ろうかと言われた時は思いっきりを首を横へと振らせてもらった。
ティルは笑みを浮べる。
「ううん、気にしないで。も疲れたでしょ?早く寝た方がいいよ。」
「うん、そうするよ・・・じゃあ、また明日。」
それだけ言うと、ドアノブに手を掛け自室へと入る。
早く寝て、疲れを取らなければ。明日もまた特訓はあるのだ。明日はクレオではなく、バレリアだという。彼女たちの鍛練自体もあるので、交代制でに教えてくれる事になった。彼女達は自身の時間を削って自分の時間をに振り分けてくれたのだ。だというのにそれを頼む時、申し訳なさそうにするに彼女たちは笑みさえ浮かべまったく気にする事はないと首を振るだけだった。本当に頑張らなくてはと、は思う。
明日も頑張るためにも、早く疲労を回復させたい。最も自身もさっさとベッドに倒れ込みたかったくて仕方がなかった。滅多に酷使しない体が、疲労で重い。
脳内をベットという単語で埋め尽くしながら、は壁伝いに部屋へと入る。すっかり日も暮れてしまい暗くなった自室に明かりを灯すため机の上に放置してあるマッチを手に取った。火をつけると近くに置いていた燭台に明かりをつけた。途端部屋に明かりで包まれ、そして、は思わず息を飲み固まった。
「・・・ティル。なんで、私の部屋にいるの。」
自室の前で別れたはずのティルがなぜか、室内に入っていたのだ。はっきりいってとても心臓に悪い。
はまったく彼の存在に気付かなかったし、絶対こいつ、物音どころかは読めない気配も消してやがったとは思う。なにしろどこか楽しげな笑みを浮かべているのだから。いつもならはそこで彼に怒りを覚えていただろう。しかし今、はそれどころではなかった。朝とは違う自室の光景にただ唖然とするしかない。「・・・気のせいかな。私のベッド、増えて見えるんだけど。」
いやいやまさかと は内心否定の声を上げる。
の部屋にはベッドは一つしかない。当然だ。この自室を使うものが一人しかいないからである。
――だというのに、なぜそれが二つあるというのだろう。
は頬を引き攣らせ、凝視していたいつの間にか置かれた新たなベットから、ティルへと視線を移す。
そこには笑みを携えたティルがいた。それには何故か自分の部屋へと入り自身とは違い、驚く様子の欠片もないこいつの仕業だと察した。
何を考えてるんだこの軍主は、と思うのはこの状況から誰しも思うことであろう。
「ああ。同じベットがいい?俺はそれでも、構わないけど。」
「・・・・。」
笑顔を浮かべてそんなことを言い出すティルに、は口を閉口させもはや何も言うこと出来なかった。
言いたい事は沢山ある。けれどそのどれもが言葉にならず、ただ酷く頭痛がするような気がしては思わずこめかみに手を当てた。これは夢だ。そうだ、起きるんだ自分。必至に目を覚まそうと頭を抱えるに、ティルは小さく笑ってからそろそろ脳内がパンクするかというにようやく、原因を告げるのだった。
「いつ、刺客が来るかわからないから。俺もこの部屋で寝かせてもらうことにしたよ。」
は思わず頭を抱えていた手を退けてティルを見た。
刺客――それはハルモニアからのだ。スカーレンティシア城後に特定こそ出来ていないものの、放たれたという。
は刺客に遭遇したことはないし、もしそれに出くわした場合どうすればいいかもわからない。だからこそもしもの時、刺客の相手をしてくれるということはありがたいがそれは寝ずの番をしなければならないということではないだろうか。は眉を潜めてティルを見る。
「でも、そんなことしたらティルが・・・。」
「大丈夫。俺は眠ってても、気配だけで起きれるから。」
ティルはの言葉にそう否定を返した。は彼の浮かべる笑みをしばらく凝視する。
彼が浮かべている笑みに、やせ我慢や嘘といった様子は見受けられない。
「――ごめん、ティル。」
今のは、自身で刺客を撃退する力はない。情けない限りで、は顔を俯かす。するとティルが、そんなに近づいた。
。」
先ほどとは違い、ティルの声が近くから降りてくる。それでもは悔しさから顔を上げることが出来なかった。
するとティルの手が伸ばされ、包み込むようにの頬に添えられる。驚く前に強制的に顔を上げさせられたは、額に触れたそれに目を見開かせた。
「これが、お代ね。」
すぐ傍に、ティルの顔。
ティルはを見下ろしたまま綺麗に微笑んだ。その笑みだけでも自身はかなり精一杯であるというのに、加えてこの距離。そして、は思考が停止したかのように固まっていたが、なにをされたか理解すると一気に体中の血が沸騰したかのように熱くなった。
「な、な、な、な!?」
途端どうしようもなく恥ずかしくなり、頬に添えられていたティルの手を離すと額を片手で押えたまま彼から離れる。言葉を放つことも出来ず、ただパニックに陥っているにティルは笑みを浮かべたままだ。
が気にすることなんてないよ。俺がしたいんだし――それにこうしてお代も貰ったし、ね?」
「〜〜〜っ!!!!!」
は奥歯を噛みしめ、声なき悲鳴を上げる。
何がお代だむしろ、
(私がお代を貰ったというか――)
自身の額などなんの価値もない。どころか、ティルの、く、く唇はとてつもない価値のあるもので。は目を回す、というのはこういう心地なのかもしれないと頭の隅で思う。顔が熱くて、彼の唇が触れた額が熱い。羞恥で居立たれないなんてものではない。はとうとう堪え切れなくなり、「わ、私!もう寝る!!」と声をあげると夕食前に風呂は入ったが着替えることもせず、布団を頭まで被ったのだった。

しかし異性と同室――それもティルとであり、果たして自分は眠ることが出来るだろうか――そんなの考えはしかし無用な気鬱と終わる。
その日恐らく自身の人生の中で一番運動しただろうは、布団に入ると某少年も驚くほどのお休み3秒前の如く、すぐさま眠りにつくことが出来たのだ。
だから夜更けにベランダから誰かが入ってきたことなど、気がつかなかった。
「・・・あんた誰。」
それに気づいたのはティルであった。
すぐさま迎え討ったティルだったが、気配を消し死角から攻撃を繰り出したというのに、素早い動作で抜かれた剣で防がれ眉を寄せる。
相手が攻撃してくる前に距離を取ると、今までの刺客とは桁違いである彼はティルを暗闇で睨みつけてそう尋ねた。
暗闇に蒼い眼光が煌めく。ティルは彼を睨みつけながら、口を開いた。
「君こそ、誰だい?」
今までの刺客とは桁違いであることはわかる。しかしその格好はそれまでの者達とは違い、黒装束ではなかった。
徐々に暗闇に目が慣れていく。ティルはそんな彼を、どこかで見たことのあるような気がしてきた。
しかしそれを訪ねる前に、男は腰から下げたもう片方の鞘から剣を抜き、ティルとの距離を詰める。
素早い剣筋にやはり只者ではない、と思いながら一撃目は手に持つ棍で弾き、二撃目を体制を低くすることで避けるとそのまま棍で彼へと攻撃を仕掛ける。それに男は後ろへと下がることで避けた。そして剣を構えようとしたところで、微かに肘がテーブルの上に置かれた燭台に当たる。
丁度その時、テーブルの隅の方へ置かれていた燭台がその拍子で床へと落ちる。床にガラスの部分が触れ、ガラスの破片が飛び散った。
「質問してるのはこっちだ。あんたは誰?なんでここにいる。」
「・・・君は大森林で手を貸してくれた人だよね。あの時はありがとう。けど不法侵入者の癖して、随分な言い方だね。」
互いに武器を構え距離を保ちながら、彼の言葉にティルは眉を寄せる。
彼に見覚えがあると思えば、それは大森林進軍の際、一度手を貸してくれた者だったのだ。彼の太刀裁きを見て確信を持てた。
一度は解放軍に組みし、確かに助かった。けれど不法侵入には変わりない。
男はうす暗闇の中、小さく笑った。
「そういうあんたは軍主だっけ。どっちが。あんたが――」
「て、え、え!?」
そこへ彼の言葉を遮るように、声が割って入る。
一人この状況下で危機感なく眠っていた、だ。彼女は先ほどの燭台の割れた音で目を覚ましたのである。
、そこから動かないで。」
「テ、ティル!?」
「兎に角、不法侵入者の君には色々と吐いてもらう。」
「返り討ちにしてあげるよ。」
「ちょ、ちょっと待って!!!」
肌を突き刺す空気に包まれる中、は尻込みしそうになるのを必死に耐えて声を上げた。
ティルは睨みつけていた男から、彼女を横目で見る。しかしはティルを見ることなく、目を見開いていた。信じられなかった。信じられるわけがない。しかし聞いたものは確かに聞き覚えがあるものだ。
更に暗くてよく見えないものの、それはうっすらと形を作っていた。―― の知り合いの人物の形を。
「な、なんでラズがこんなところにいるの!?」
は彼を凝視してそう叫んだ。


が叫ぶと暗闇の中、溜息が吐かれる。
「それはこっちの台詞だよ。なんでこんなところにいるわけ。」
ベランダから入ってきた不法侵入者は、にそう声をかけた。それにはやはり、間違えないのだと思わず頬を引き攣らる。
「――それに、使ったでしょ。」
男に主語はない。けれどは、彼が指している事に気づき固まってしまった。
そして硬直から解けると、すぐ様弁解をしようとする。「あ、え、いや、その。」
しかし弁解をしようとも、使ってしまったことに変わりない。なんでばれたんだ本当。どうして彼は過去水鏡を使用しようとした時に現われたことといい、こうも鋭いのである。
彼が言っているのはもしかしなくても、自身の紋章のことである。彼は過去、それを使うなと言っていた。だというのに使用してしまい、はとても焦っていた。けれど使用してしまったことに、変わりはない。
「あ、ひ、久しぶりラズ!」
結果、は何を言い訳することも出来ず、話をうやむやにして逸らしてしまうことを試みた。
しかし当然そんなものに巻かれるわけなく暗闇の中彼は片眉を上げる。すかさず追及しようとして、けれどその前に会話に入ってくる者がいた。
「・・・ 、知り合いなの?」
相手が構えを解いたことから、自身も警戒を緩めていたティルだ。
不法侵入者であり――そして一度は手を貸してくれた彼と、は知り合いであるらしい。
ドワーフの村に貸しがあるから、と手を貸してくれた彼に、同じく一時期ドワーフの村に住んでいた彼女に彼を知っているかとビクトール達が尋ねていたこともあったがしかしその時彼女は知らないと言っていたはずである。
はティルの言葉にどこか気まずそうに視線を逸らし、頬を掻いた。
「あー・・・・・・・うん。知り合いなんだ。一時期同じドワーフの村に住んでたの。ラズリルっていうんだ。ラズ、こっちはティル。」
「知ってるよ。解放軍のリーダーでしょ。一度解放軍に手を貸したことがあるから。」
ああ、やっぱね、そうだったんだ・・・。と は思わず遠い目をしたくなった。あの時はなんたるニアミスと思ったものだ。
「で、なんで君とこいつは、同じ部屋にいるわけ?」
ラズリルは暗闇でに鋭い視線を送る。燭台もなく灯りのない部屋はうす暗く、辺りもよく見えないはずだというのには彼の蒼の目が鋭く釣り上っているような気がした。
「あ、それはティルがハルモニアから私を守ってくれるために・・・。」
思わず冷や汗をかき、そしてその理由を言おうとしては自分がやってしまったことに気がついた。
ハルモニア、その国が求めてるのは真の紋章で、その国に何があっても近づくなと言ったのはヒューイ達ドワーフ、そして同じ居候仲間であったラズリルである。
ハルモニアが出てくるということは自身の紋章のことがばれかかっているという事だ。その原因は彼が使うな、といった紋章を使ってしまったことにある。
間接的に白状してしまったことには固まるが、しかし出した言葉は戻らない。聞いてなかったとかそんなことはないだろうかとは淡い願望を持つが、それは当然崩された。
ラズリルは暗闇で目を細めるとに近づく。そしてベッドの脇に立つとの腕を掴んだ。
「帰るよ。」
「え!?」
はその行動に思わず声をあげるが、しかし彼は知ったことではないといったようにの腕を引き、しかもドアではなく反対側にあるバルコニーへと向かおうとする。
ちょっと待てここは三階だ。は頬を引き攣らせる。幾ら彼が身体能力が異常だと知ってはいても自分は違う。何よりも、はここを出るつもりはなくドワーフの村へと帰るつもりもなかった。
「待って!私はここに」
しかし言い切る前に、は引っ張られていた体を後方へと戻される。
は、解放軍の一員だよ。」
驚いて後ろを振り向けば、思ったよりも近い場所に月明かりを浴びたティルの顔があった。発せられた声も近く、は内心大いに悲鳴を上げる。
こういった事は振り返ってみればよくあるのだが、それでも慣れないとは思う。何しろ彼は本当に綺麗な顔をしていて――そして自身は彼の事が好きなのだから。
そうして顔を赤くしているを尻目に、ティルはの腕を引いていたラズリルへと鋭い視線を送る。
ティルの片手はの肩に置かれていた。
しかしとティルの位置からそのさまは自分のものだ、と言っているようなもので。加えて自身を睨みつけてくる眼光からラズリルは察した。
「へぇ・・・。」
察したからこそ彼はティルを睨み返す。口調こそ淡々としてるものの、その眼光も相当なものであり、ティルもまたなんとなくそうではないかと思っていたが、それを見て確信した。
ラズリルは掴んでいたの腕を離すと、その相貌に笑みを浮かべた。
「じゃあ、僕も解放軍に加えさせてもらおうかな。」
ティルもまた笑みを浮かべて返す。
「歓迎するよ。」
にこにこと。互いに好感的だというのに、はなぜか背筋が寒くなったような気がした。


***


「おはよう。」
目が覚めて視界に入った秀麗な顔に、は寝ぼけた頭が一瞬停止したような気がした。
忘れていた瞬きをして、ようやく我に返ると起きたばかりだというのに脳がフル回転される。そうしてなぜ彼がこうして自室にいるのか、気づくのだった。
「・・・おはよう、ティル。」
笑顔で朝の挨拶はいいが、しかし寝起きに彼の顔はとても心臓が悪いと思う。というか覗き込むな。なんの身支度もしていないというのに。
は彼に寝起きの顔を見られてしまい軽く落ち込み、ティルからそっと顔を逸らしつつ上半身を起き上がらせる。そしてベットから立ち上がろうと室内を見渡し、再び硬直した。
(夢じゃ、なかったんだ・・・。)
昨夜増えていた新しいベッドとティルの他に、まるで部屋と一体化しているかのように自然に椅子に座り、テーブルに肘をついてこちらを見ている者一人。羨ましい程白い肌に色素の薄い茶色の髪は窓から差し込む光で銀にも見える。すっと通った鼻梁に涼しげな目は蒼く、この美形揃いの解放軍でもトップクラスに入るだろう彼は、と目が合うと普段二コリともしない相貌に笑みを浮かべた。
「おはよう 。」
「・・・・・おはよう、ラズ。」
吐きだされたの言葉は朝だというのにどこか重々しく、悲観的なものが入っていた。

なぜ彼がここにいるか。彼だから何も言うまい。
彼はドワーフの村に置いてきて、が距離を置こうとしていた人物であった。半年程持っただけでもまだマシなものだとは思う。
が。
「なに?」
じっと送られる視線に気がついた彼が、振り返り小首を傾げる。
非の打ちどころのない顔に加えてその動作は大変可愛らしく、普通の女性ならば頬を赤らめていただろう。も彼と会った当初は確かに赤面させていた。しかし彼という人を知り慣れてくると、顔を赤からめることもなくなりはわかってはいたがやはりわかっていないような彼に呆れた視線を送る。「なに、じゃなくて。狭いんだけど。」
現在は食堂にて朝食中であった。そしてが呆れた視線を送る彼ことラズリルとの距離はほんの拳一つ満たすか満たないかといったものであり、明らかに狭いのである。朝ということもありついとてもうざったい、と思ってしまうのは何もだけではないだろう。
「・・・じゃあ、僕の膝の上に座る?」
しかもラズリルといえば自身の意図を読み取ってくれず斜め上の方向からそんな事をのたまうのだから、は朝から溜息が込み上げてきそうであった。
なぜにそうなる。わかってはいたが。わかってはいたが。は軽く頭痛がするような気がした。
「ごめんなさい。ユーリさん、シェリンダ。」
は隣に座る彼から視線を外すと、自身の隣とラズリルの隣に座る彼女らに頭を下げる。
「気にしないでちゃん。」
優しく笑うのは、ラズリルの隣に座るユーリだ。
は彼女を見て、顔はとんでも美形であるラズリルと我らがユーリさんの並んだ姿はキラキラオーラ倍増で大変眼福だなとつい見惚れそうになるが、今はそれどころではないと慌ててその考えを消す。
「まぁ、びっくりしたはしたけどね。」
フォークを片手にそう言うのはの隣に座るシェリンダである。それはびっくりするだろう。いきなり解放軍入りした奴が断りもなく達の食事メンバーへと入ってきたのだから。しかも隙間はないというのに無理やりである。もっと広い所があるだろうに。
その影響では勿論、隣のシェリンダやユーリ達も自然と距離が狭まってしまっている。自身の所為ではないが、というか自身も被害者の一人であるが、としては彼女らに大変申し訳ないと思う。
「ごめん、シェリンダ。」
「あーうん、彼も吃驚したんだけど。」
シェリンダは言葉を濁すと、から逸らすように視線を下ろす。どうしたのだろう、とが怪訝に思うと、シェリンダは小さく息を吐き、手に持っていたフォークを置いてを見た。
、昨日戦闘員に異動しちゃったんでしょう?」
「うん。」
「大丈夫なの?」
シェリンダは眉尻を下げ、いつも陽気な彼女とは打って変わり心配そうな表情であった。
心配してくれる彼女には悪いが、は彼女が心配してくれたということが嬉しく、頬を緩ませながら安心させるように言う。「大丈夫だよ。」
「私も少しでも役に立てるよう、頑張るから。」
は笑顔を浮かべる。
不安がないといったらそんなことはない。けれどは本当に大丈夫だと思っていた。それもティルがいるからだろうか。彼がいるならどんなことでも出来そうだとは思えた。
軽く笑ったに、同じく心配そうな表情をしていたユーリがぽつりと言う。
「・・・愛ね。」
「ユ、ユーリさん・・・!?」
は考えていたことが考えていたことなので、思わず頬に朱を走らせた。ユーリの言葉でさえ恥ずかしいというのにまるで思考が読まれたようなタイミングに、自身の考えをつきつけられたようで羞恥は更に上がる。慌てて彼女を見るが、ユーリは穏やかな笑みを浮かべていた。
「すごいわね。ちゃんは。誰かを想って、そこまで行動出来るんですもの。」
けれど彼女の笑みこそ穏やかなものの、口調はどこか悲しげな音色を持っていて、は湧き上がっていた羞恥が引いていく。なぜだかはわからないがいつも頼りになる彼女は、長い睫毛を伏せ物憂いげな雰囲気を纏っていた。彼女の少し変わった様子に、は照れ隠しといったものはすべて引っこんでしまう。
「・・・そんなこと、ないです。これはただ、私の自己満ですから。」
彼が無事で、彼を少しでも助けたいと思うのはの望みだ。ただ自分の望みを叶える為に行動するだけで、それはすごいと言われるようなものではない。少なくても皆のアイドルであり、自身の憧憬でもあるユーリが、まるで自身を卑下するかのように言うことではない。は笑みを浮かべたまま口を開いた。
「それにユーリさん、シェリンダだって凄いと思いますよ。いっつも一生懸命動いてますし。もう、お手伝い出来なくなっちゃうのは申し訳ないんですけど、美味しいご飯、お願いしますね。」
ただ自身の望みは戦場に立つ彼の傍だっただけだった。その場が戦場だから、すごいというものではない。彼女達の場合、異なっただけである。
厨房だとて、日々戦場なのである。それは厨房に立っていただからこそ知っている。そんな考えを抱きながらが言えば、ユーリはその相貌にいつものように綺麗な笑みを浮かべた。
「ありがとう、 ちゃん。」
儚げな雰囲気の消えた、本来の明るい笑顔の彼女にがほっとすれば、勢いよく背中が叩かれる。
「怪我しないようにしなさいよ!あんたも女の子なんだから!」
シェリンダだ。彼女もまたいつもの笑みを浮かべて笑っており、も自然とそんな彼女に笑みを浮かべた。
「はいはい。」
「本当にわかってんでしょうね。今日だってもういいのに、朝から厨房にも来て。大丈夫なの?」
「いきなりだったし、手が追い付かなくなったら悪いかなって。」
「あんた位いなくても、こっちは大丈夫よ!」
は昨日づけで戦闘員となったが、朝方、起床するなりいつものように厨房へ向かった。昨夜は鍛練で疲れ果て夕飯こそ手伝えなかったが、1日寝れば僅かに体力も回復した。
解放軍はまだまだ人手が足りない。元使用人として厨房の慌ただしさを知っているは、せめて朝食作りを手伝おうとしたのだ。しかしの異動は知られており、すぐに追い出されそうになったが、も粘る。粘った末に朝食作りで厨房が慌ただしくなると、猫の手も借りたくなる。粘りに粘り、結果、今回だけ、と比較的楽な盛り付け係に回されたのだ。
「ほら、これも食べて!沢山食べて体力つけなさいよ! が怪我なんかしたら、ティル様がお悲しみになっちゃうじゃない!」
そう言って、シェリンダは次々に自身の皿からの皿へと食べ物を流してくる。食べ終わりかけていた所に更に食べ物が増えていく様にいくらなんでも、と声を上げた。
「ちょ、ちょっとシェリンダ!多い!」
「これぐらい食べなさい!あんた、たただでさえ貧相な体してひょろっちいんだから!!」
「え、喧嘩売ってる?」
標準日本人体型と外国人体型を一緒にしないで頂きたい。確かに同年代だというのには今現在使用する椅子でさえ地面に足をつくことが出来ないが、それはが小さいのではなく他がでかいのだとは言いたい。自身の足が短いというわけではない絶対。
気にしていることを言われ思わず頬を引き攣らせる。そんな時である。
、」
それまで沈黙を保っていたラズリルが口を開いたのだ。
何かと思い彼を振り返る前に、肌に何かの感触がして、はぞわりと肌が粟立った。
「ん、美味しい。」
そして吐息と共にやたらと近い場所から低い声が発せられる。視界の隅でシェリンダがこちらを凝視し、ユーリも驚いたように目を見張ると口元に手を当て「あら・・・。」などと声を上げていた。
なんとなく、状況はわかっでしまった、が。
「な、ななな・・・!」
「なんかのソース、ついてたみたい。」
そう言って呆然と顔赤くし固まるの手を掴んだかと思えば、その指先までぺろりと赤い舌先で舐めてしまう。
お前は、犬かー!と内心叫ぶである。は今朝、盛り付け係に回され、ひたすら更に料理を盛っていた。本日のメインにはソースがかかっており、大量の料理を準備しているときにいつの間にか跳ねてしまったのだろう。先程髪を掻き上げた拍子で指についてしまったのもわかる。だが、どこについていたからといってそれを舐めるやつがいる!
確かに彼はスキンシップが激しく、相当な抱きつき魔であった。そこがが彼を苦手だと思う原因であるのだが、兎に角も勘弁してくれとは思う。いくらドワーフの村で慣れたくなくとも大分慣れてしまっても、彼は異性であり、加えてティル並の美形である。いやいやそもそも、舐めるとかないだろう本当に。はどうしても赤くなる頬を抑えられないが、対するラズリルといえば恥も全くない様子で表情を変えることはない。
「どうしたの?」
しかも首を傾げたと思えば顔が赤いが不思議だ、といったような事を言うのだ。いやいやどうしたも何も、私がおかしいのか?え、私が?違うだろうお前がおかしいだろう。
しかし彼はそんなが不可思議であるらしく、恐らく顔を赤いことから熱でもあるのではと思ったのだろう、額で熱を測るつもりで自身に顔を近づけてくるのだからは慌ててその額を押し、近くなった彼の端正な顔を遠ざける。
ちゃんったら、ティル様の見ていないところで浮気?やるわねぇ。」
そんな二人の様子を見ていたユーリがぽつりとそんな事を言った。思わずは固まる。
ティルに見られていなかったということには安堵した。自分も嫌で、勿論他人に見られるのも嫌で、好きな男となればもっと見られたくないと思う。
しかし正直彼との関係が、 はわからないでいた。
自身は告白紛いのことを言った自覚はある。しかし互いに好きだとは言っておらず、けれどティルはその告白紛いを拒絶することはなかったし、受け入れてくれたような気はする。しかも同じ部屋で寝るというし。だがそこはティルだ。彼は日々人が恥ずかしがる言葉を照れることもなく言い、人をからかったりする彼だ。加えてタラシ。誰も彼にもそういった事をする可能性もあるし親目線での過保護の延長線ということもありうる。しかしそれでここまでするのだろうかとも思うが、やはり好きだという言葉は言っていないのだ。
やはりティルとの関係は不確かであると、は思う。世間一般でいう恋人同士、ではないのだろう多分。あ、いやそんな関係になりたいとは思うのだが。彼はどうだかわからないしそもそも自身を相手にしてくれるとは思えない。いやでも普通異性にあんな事をするか?でもデコチューだったしいや別にその、キキキキスがして欲しいとか、そんなそんなそんな
そんな事を悶々と考えてると、はラズリルの突拍子もないセクハラ行為に加え自身の脳がパンクするのではないかという程羞恥に追い込まれる。
「っごちそうさま!!!!」
結果、食べ終わっていたということもあり、未だ唖然と何も言わず見てくるシェリンダといつもの穏やかな笑みこそ浮かべているものの、どこかからかう様子のユーリに居たたまれなくなった。は素早く食器を持ち立ち上がると、その場から逃亡することにしたのである。

一方、解放軍幹部達が座るテーブル。
朝の爽やかな朝食の席――のはずがそこはとてつもなく重々しい雰囲気に包まれていた。
原因はわかっている。わかっているからこそ誰も何も言うことは出来ない。
なんでもないかのように会話はしているのものの、誰もがどこか顔を強張らせ声も小さく、その一種異常ともいえる光景に昨夜ビクトールと共に火炎槍を持って城へと帰還したばかりであるものの、早朝から鍛練をしたフリックが遅い朝食の席について思わず首を捻った。
再三言うが、 原因はわかっていた。けれどその重々しい原因である彼は、昨日のうちに彼の機嫌が悪くなるような原因である彼女と仲を直した、と、既に幹部達の間で知れ渡っていた。
それを聞いた時には、彼女たちの関係を陰ながら見守る大人の面々は安堵したものだ。――だが同じ部屋に寝泊まりする、ということで誰もが動揺を走らせることもあったが。
しかし彼女が先の戦で紋章を使ったため、ハルモニアに狙われているという事は幹部達の間では周知の事実で、城の警備こそ厳重にしてるものの完全に安全とはいえない状況だった。彼は彼女が心配で、同じ部屋に寝泊まりをすると言い出したのだろう。それならばクレオやバレリア、女性陣がそうすると言ったのだが、どうにも彼は自分の手で守りたいらしく、譲らなかった。
いいのか、これを止めなくていいのか。誰もがそう思ったが――しかし残念ながら彼を止められる人間は誰一人としていなかった。
いよいよ何かあれば、彼女自身がクレオ達に助けを求めるだろう。そうなったら既に手遅れな様な気がするが彼女に甘いティルのことだ大丈夫、とほぼ暗示のように彼を止められない面々は自身に言い聞かせ、そういった時こそ自分達は助ければいいのだ、と思い納得した。
だからこそ彼がこうして、周囲に分かるほどの苛立ちを放っているのがわからない。
肌に突き刺さり、他者を圧倒させるような彼の不機嫌オーラは相当なもので、無言で食事をしているものの返ってそれが怖い。更にいつもは温和な表情を無表情にしているからこそれがとてつもなく怖い。
しかし彼がなぜこうにも機嫌を害しているのか。ビクトールのように下世話な予想こそしていなかったものの、彼女と仲直りしたからこそ、その日彼は機嫌が良いだろうとフリックは思っていた。不可解で仕方がなく、なので思わず口にしていた。
「・・・・ と仲直り、したんじゃないのか?」
馬鹿フリック!異口同音で誰もが心の中で思ったとか思ってないとか。
誰もが触らぬ神に祟りなし、と思っていた話題を彼は出したのだ。しかもよりにもよって、今彼が敏感であろう彼女の名前を出して。
よそよそしい会話もぴたりと止まってしまい、自然と注目はその原因である彼、ティルへと向かってしまう。
しかし周りとは違い、ティルはフリックの言葉に固まることなく優雅な動作で食事の手を止めると、フリックを見てにこやかな笑みを浮かべた。
「別に?俺達は喧嘩なんかしてないよ。」
その動作が自然であるからこそ余計怖い、と彼に注目する誰もが思った。
「そういえば、いつのまにかフリックも入れて三人で仲良くなっていたから、吃驚したよ。」
三人、という辺りであ、やべこれ俺も射程範囲に入れられた?と冷や汗をかくが、そのままフリックを固定したまま話し出した彼に安堵したビクトールだった。基本仲間想いな彼だが、こればかりは機嫌の悪い彼に話し掛けたのが悪い。
「特にフリックはの事、認めていなかったみたいだから。」
と、ティルはフリックが今一番気にしていることを言いフリックは思わず固まった。そんな彼にティルは更に言葉を続ける。
が一生懸命頑張ってても素っ気なかったし。酷いよね。、頑張ってたのにフリックったら大人げなく無視したりして。
一時期本当に落ち込んでたんだよ。でもそれを表に出さないよう気を付けてたみたいで、どっかの誰かと違って感情を出すことはしかなかったけどね。」
爽やかな笑みを浮かべたままそう言ったティルだが、その言葉はぐさぐさとフリックの良心に突き刺さるえぐいものであった。特にフリックはやりすぎたかもしれない、と罪悪感を抱いていたからこそ尚更である。
「あ、いやそれは・・・わ、悪かったと・・・。」
「俺に謝ってどうするの?勿論、には言ったんだよね?」
「そ、それは・・・。」
フリックは冷静になり、自分が大人げなかったという自覚もあるので、一度は謝らなければ、と思っていたのだがそれまでの彼女に対する態度から中々言い出せずにいる内に仲がそれなりによくなった為、その事を失念していた。
思わず口ごもるフリックに、笑みを浮かべたままティルはその金色の目を底光りさせる。それにフリックが冷や汗を流した、そんな時だった。
「あーもう!なんなのよ彼は!!」
異様である幹部達のテーブル以外は、それに気づくことなく思い思いの会話を交わす朝の喧騒に包まれた食堂で、ティルはそんな声を拾った。それは聞いたことのある声で、とよく共にいるシェリンダのものだ。
思わず不快になる光景があると知っていても、達のテーブルへと視線を向ける。
しかしそこにはティルが不快に思う光景はなかった。と、彼女に近すぎる位置に座る不快の原因ラズリルがいない。
食事を終えたのだろう。何もおかしくはない。けれどシェリンダ言った『彼』は恐らくはラズリルのことであり、それを言ったシェリンダが頭を抱えていることや二人揃っていないということがティルに引っ掛かりを持たせた。
ただでさえ、彼は彼女に好意を寄せていて、揚げ句苦言をていすや笑顔で思わず切れるティルのことも素知らぬ顔で近すぎる位置で彼女の隣に座っていたのだ。当然彼女に好意を寄せるティルは面白くなく、思わず反省してるとわかってはいても、フリックにその苛立ちから八つ当たりをしてしまう程である。
そしてそんな彼がと共にいない。気にするなという話が無理であり、思わずティルは席を立ち上がっていた。



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