Skyting stjerner1-39

それからは厨房に入り、早速パーンの要望通りからあげを作り始めた。
クレオはこんな奴にわざわざ作る必要はないと言ったのだが、はそうにもいかなかった。前回の戦ではそれなりに役に立てはずだが、今回は違う。力があるというのに、自分はただ、彼らの背中を見ていただけなのだ。
――パーンは戻ってきた。けれど彼が率いる歩兵部隊がみな、無事に帰ってきたわけではない。
むしろ戻ってきたのはその半分以下で、一握りでしかない。パーンは帝国の軍勢の将、テオに一騎打ちを申し込まれ、それに勝てたことからパーンと僅かな兵達は助かったのだという。
実力で勝てたのか、それとも見逃したのかと、パーンは零していた。そう言ったときのパーンの目は確かに揺れていた。またその場にいた、クレオも。そこでは思考を打ち切るように首を振る。どちらにしても、彼が帝国側であるならば敵であることには変わりがない。 胸を痛めないことはない。けれどこの城で過ごすうちに、もまた守りたいものが出来ていた。
それはユーリやシェリンダといった同じ職場の者達であったり、ビクトールやフリック、キルキスやシルビナにスタリオンも、クロミミもバレリアも、マッシュやシーナ、帰ってきてくれたパーンもクレオも、ルックに、そしてティルも。
はそこで決意も新たに目を閉じる。
そして目を開けて、まずは、と帰ってきた者達に食事を作ることに専念したのだった。

全てが出来上がったのは朝食の時間帯を超えた昼食時だ。その頃には既に他の同僚たちも帰った者たちを迎えるため慌ただしく、けれど皆微かに笑顔を浮かべて調理をしていた。 出来た昼食はいつもより豪勢で、いつも場を盛り上げるビクトールはいないものの、明るいものであった。
その夜。自室に戻ったは寝るまで慌ただしく動いていたこともあってか、布団に潜るとすぐに睡魔が遅い、泥のように眠った。その数時間後のことだ。明かりも消えた暗い部屋に、月明かりを背にベランダから入ってくる者が居たのは。
うす暗い部屋で、影は更に黒い色をしていた。黒い装束に身を包んだ人影は、目の部分だけ肌の色を覘かせ部屋を見渡し、すぐにベッドで眠る一人の少女へと目を止める。そして近づこうと一歩、物音も立てず足を踏み出した時だった。
突如として背後に生まれる気配。けれど気づいたときにはもう遅く、言葉を発することや振り返るよりも早く襲う首への衝撃に男は昏倒する。
男が音を立てて床に倒れこむ前に、襟首を掴む。気を失った人間は重いが、けれどそれを掴んだ男よりも背の低い彼は、男が倒れこむのを阻止した。結果大した音を立てることもなく、眠る少女は一連のそれらに気づくことなく、寝返り打つ。
そうして向けられた寝顔に、部屋に侵入した者を昏倒させた者、ティルはそれまでの一連の動作でさえ決して揺らぐことのなかった目を、微かに揺らした。
睫毛が伏せられたその寝顔は安らかで、いつか見たように青白くはない。けれどそう間もなくして、彼女はその安らかな表情を苦悶に歪ませてしまうだろう。 ――それは自身の右手の甲が、疼くからこそわかる。
まだ、真の紋章を欲するハルモニアにの存在はバレていない。こうして忍び込んできた者は皆、右手や左手の甲、そして額に宿る紋章を調べているだけだ。けれど人数の多い解放軍の中、高確率で彼女の元へと向かう者が多いのは、それもまた、自身の紋章が招いてなのか。
ティルは棍を持つ手とは逆の右手を握りしめる。
(―――渡しはしない。)
反発するかのように右手の甲の疼きは一層強くなり腕を駆ける。ティルは構わずそれを嵌めた皮手袋が、悲鳴を上げるかという程強く握りしめた。
(ソウルイーターなどに、渡しはしない。)
求める想いが強い程、その力も強くなる。
けれど決して、それに屈するわけにはいかなかった。
求める想いは留まることを知らない。けれどこうして距離さえ置いてしまえば少しは力が弱まり、自分がその力から守る。
ティルは彼女の表情が苦悶に歪められる前に、久しぶりに直視する彼女の顔から目を逸らした。



はその日、夜が明ける前のまだ暗紫にすら染まらない暗闇に支配されている頃に目を覚ました。
ここに来てからの起床時間より大分早い。けれど再度眠ることも無く、身を起こし身支度を調え始める。昨夜用意したそれらをベットの下から取り出し、枕の下に敷いていた紙を取り出すとサイドテーブルへと置く。
本当ならば、直に渡しかった。けれど、今や彼との距離は遠すぎた。加えての行動はまだ不確かな事だった。確実ではない事を、軍主に知らせる訳にはいかない。そんなもので振り回す訳にはいかないのだ。これは自身で決め、何の保証もなしに成し遂げようとしていることなのだから。
例えるならばエゴで失敗すればそれまで。周りを巻き込むわけにはいかない。
は纏めた荷物を持ち、立ち上がる。本当は水鏡を使った方がいいのだろうが、もしものことを考え、それはまだ残しておく事にした。出来るところまで自分の力で通してそれが難しそうになれば使えばいい。幸いここに来た時と違っての持ち金もそれなりに貯まっていた。移動程度ならば、なんとか出来そうである。
そしては自室から出る。誰もが寝静まっていることもあり、廊下は肌に突きささる冷気に加え、痛いほどの沈黙を保っていた。僅かな足音ぐらいでは起きはしないだろうが、心持ちゆっくりと物音を立ててないように気を配りながらドアを閉める。
だからは部屋を出た後、風も吹いていないというのに小さなバルコニーのカーテンが、微かに揺れたことに気付かなかった。


***


船は昨夜の内に頼んでいた。トラン城から出される船は、カクのとは違いタイ・ホーという船主に頼めばいつでも出してもらえるのだ。
朝というよりも深夜に、悪いとは思うが――実際頼んだとき、タイ・ホーの顔は嫌そうに歪められた。けれどこればかりは、とは頼み込み船を出してもらえることになったのだ。
まだ船が出るまで時間はあり、急ぐ必要もないのだがこの時期の夜の外気は寒く、は急ぎ足で船着き場へと向う。
「――どこへ行くの?」
心地の良い綺麗なアルト調の声が、夜気に混ざる。
一瞬、 は気のせいかと思った。なぜなら彼はここ3日、ずっと自身を避け続け、そして勿論のこと、それまでと違い笑いかけてくれることも、話しかけることもなかった。
けれど聞こえたそれはの幻聴といった様子でもなく――例え幻聴であってもだろうが―― は思わずその声の方向、自身の後ろを振り返った。
門から大分離れ、少し遠目に見えるトラン城と城を囲む森林を背に、彼は立っていた。
若草色のバンダナの端が微かに風に揺らめく彼の姿はにとって、きっともう忘れる事の出来ないものだ。
「・・・なに?」
久し振りに会う彼に喜びが湧かないわけがない。けれどは、つい目を吊り上げ冷淡な口調でそう言ってしまった。
いきなり壁を作られたという所まではまだ良かった。しかし避けられ始め、今では無視、または会う以前に門前払いとさすがにこうも露骨にされてしまえば、さすがに苛立ちが湧いていた。本当は喜びに頬を緩ませたいのだが、そんな態度を貫いてきた彼の前では抵抗が浮かぶ。だからこそは冷たい口調でそう言った。
しかしティルは、そんなに怯まず、いつもの笑みも浮かべることもなく金色の目を鋭くさせる。
「何って、こっちに台詞だよ。君は何をする気なの?」
「別に、ティルには関係ないよ。」
「確かにそうだけど、俺は軍主だから、そうはいかない。」
関係ないと、けれど軍主だからそういう訳にはいかないというティルに、 は思わず返す言葉も忘れて息を飲んだ。
それまで優しく親身になり、それこそ過保護ではないかと思ってしまうほど彼は自身に接してくれていた。彼が好きだと自覚する前でも辛いだろうに、こうして自覚した今、それはより深く胸に突き刺さる。
一度短く息を吐いてから、は自然と下がっていた視線を上げた。
彼との関係が以前のように笑いあう関係に戻れるのか、戻れないか、それはわからない。だがどちらにしても、は既に決めていた。
「――それなら、私は今日付けで解放軍から抜けるつもりだから、平気だよ。」
は彼の目を見て告げる。けれどティルはその言葉に動揺することなく、を見ていた。
それにやはり落ち込むものがないといえば嘘だ。いつの間に、こんなに好きになってしまっていたのだろう。
「抜けて、どうするつもり?」
「村に戻るよ。」
そう答えると、ティルは一度目を弓なりに細めてからとの距離を詰めた。彼の行動に戸惑いが足を後退させる前に、の左手を掴んだ。
「それで、この紋章を使う気?」
思わず息を飲んだ。
「何を考えてるの?あの国がそれを探してくる事ぐらい、知っているだろ。」
ティルの鋭い眼光がを射る。
――彼はどこまで聡いのだろう。
はティルに掴まれていない右手を一度握りしめてから、近くにある彼の鋭い視線に目を逸らしたくなるが、落ち着かせるように息を吸うと見返す。
「それでも、これを使って帝国軍を打倒せるなら。」
「フリックやビクトールが、今それに対抗する火炎槍を取りに行ってるんだ。君が、そんな事をする必要はない。」
「でも確実じゃない。いつ帝国軍がここに攻めてくるかだって、判らないのに。」
本音を言えば、もそんなことをしたくはなかった。
火炎槍というものは知らない。けれどは物を作る時、一度ドワーフのヒューイに言われたことがあるのだ。
何があっても、兵器だけは作るな、と。
兵器は他人に使用される為にある。そしてそれは時には人を殺め、直接的ではないが間接的に、作ったものにも責があるのだと。時にはその責を背負わなければならない時もあり――それが作り出したものの責任だと彼は言っていた。
も、その考えに同意していた。作り出したものはどうやっても、後世に残ってしまう。代表的なものを上げれば地雷や核兵器。それはの世界でも、この世界でも同じことだったのだ。 に何かを作り出してその責任を背負えるかと問われれば、そんな強い精神はなかった。
自分が作ったもので――人を殺めるかもしれない。
その時は誰かを守るために作ったものであっても、兵器だけはどうやっても後世に残り、作った者を責め続けるのだ。それには自身が、耐えられるとは思えなかった。今一時でも精一杯なのだ。だというのに永遠に耐え続けていくことなど、想像するだけで恐ろしくなる。だからこそは今まで、紋章の力で兵器はおろか、武器でさえも作ったことがなかったのだ。
「――そんなに怯えてる癖に?」
そんなの思いを見透かしたように告げられた言葉に、は息が詰まった。
「っティルには関係ないんでしょ!放っておいてよ!!」
思わず声を荒げて、彼を睨みあげる。けれどそれは図星だと言っているようなもので、ティルは彼女を見下ろして続けた。
「君には背負えない。」
淡々とそれが真実であるかのように――実際それは見事に当たっていて、奥歯を噛みしめたは何も言うことが出来ないでいた。ティルはを見下ろしたまま更に続ける。
「君には無理だ。一生背負う続けることなんか出来やしない。作ってもいないこの時点で怯えてるくらいじゃ、それを使用した時、君はその重荷に耐えられない。」
は思わず唇を噛んだ。全てが彼の言う通りで、自身でさえも思っていたことだった。
幾ら覚悟を決めても、自身がそれに耐えきれるほどの人物ではないということぐらい、自分が十分理解している。
けれど、
「そうなったら、そうなったでいい。」
「ふざけないで。」
淡々とした口調だった、ティルの音色が変わった。
それまでの鋭い目や表情さえもまるで鷹物だったかのように、ティルの雰囲気が変わる。
「冗談でも、そんな事は言うな。」
彼は確かに怒っていた。凍えるような空気に見下ろす金色の目には剣呑なものが宿っており、は息を飲み怖気づいてしまうほどだった。
「・・・ふざけてなんかない。」
ようやく絞り出せば、彼は更に目を鋭くさせる。はそれに負けそうになったが、跳ね返すかのように声を荒げた。
ふざけてなどはいない。自身がどうなってもいいなどといった自己犠牲など自分は出来やしないと思っている。
「っティルを失いたくないからだよ!!」
だというのに、そう思ってしまえるのは――誰でもない、ティルだからだ。
どうしてここまで想えるのか、自分でも分からない。つい3日ほど前に自覚したばかりだというのに、なぜそこまで想えるのか。
けれどは、確かにその時そう思えた。
――自覚した時には、もう遅かったのかもしれない。
「幾ら邪険にされても嫌われても!私はティルを失いたくない!!
そんな事でどうにかなるなら、私はどうなったっていい!!そんな事でどうにかなるなら、私は――!!」
こんなに強く人を想った事は、にはない。そして二度とそんな感情を抱くことはないだろうとも思える。
保身に走りがちな自身に、自身より大切な者が出来るなどと。
(「――何がおぬしをつき動かす?」)
尋ねたのは、ドワーフの長老だ。彼は確かに自分でも気づいていなかった、の行動の理由をついていた。
何が自分を動かすのか。
そんなもの、今となっては痛いほどわかっていた。
けれど全ての言葉を言う前に、の言葉は止まる。
「・・・もう、止めてくれ。」
頭上から降ってくる声。頭部を押さえつけられ、はティルの赤い着衣に言葉を遮るよう抱きしめられていた。
「お願いだから、もう何も――」
それまでとは違う硬質なものでなく、感情を染み込ませたその言葉は、確かにティルのものだ。
ただそれは酷く辛そうなものだと、は感じた。
と出会わなければよかった。」
ティルはそう言うと、を抱き込む力が一層強くなる。
それは正直、痛かったけれど、は一度目を閉じてから、額を彼の肩口に当てた。
「・・・ごめんね、ティル。」
額を当てたまま、空いた隙間からは続きを口にする。
「私は、出会えてよかったよ。ティルに会えて、本当によかったと思う。ティルがティルであること。ティルに会えたことが、嬉しい。
だから、ごめん。」
彼が会いたくなかったと言っても、自分はそうは思えなかった。
彼はいつの間にか、自身の日常の一部となっていて、今ではその中心となってしまった。それは確かに、時に憤りを覚えたりと苛立つこともあるけれど。それでもそれさえも、は暖かい気持ちになれる。今ではないことを想像することは出来やしない。
触れていたティルの肩が小さく震えたのが、目を閉じていても額から振動で伝わる。
ゆっくりと抱きしめていた腕が放されると彼は顔を俯かせ、片手で額と目を覆っていた。
「もう、本当に――」
だからこそその表情は見えなかったが、それでもよりも大きく角張った手の間からは、確かに笑みが覗いていた。
「右手が、疼くんだ。」
吐露された彼の言葉に、は一瞬なんのことかわからなかった。
けれどすぐに、意図に気付きはっとする。彼の右手はと同じように普段手袋で覆われている。そして右手の甲の部分には、と同じ真の紋章を宿しているのだ。
それが疼くということは同じ真の紋章を持っているは経験したことがあり、わかる。力が使用されると、紋章を宿す部分は確かに疼くのだ。
「―――きっと、これは近しい者の魂を喰らう。」
ティルは変わらず顔を俯かせ片手で額を覆ったまま、そう言った。
――魂を喰らう。
はその内容に思わず目を見開く。紋章によっては呪いを含むものが多いというのはも知っている。の真の紋章も呪いを持っていて、それは「故郷を無くす」というものだった。
ティルもまた真の紋章持ちだ。しかしは今まで、呪いを持っていないのだと思っていた。けれど彼もまた、呪いを持った紋章を宿していたのだ。
「グレミオもこの紋章が――俺が殺したんだ。
だって、そうだ。君を苦しめて――悪夢を見せてしまっていたのも、俺のせいなんだ。」
「そんなこと・・・!!」
が傍にいると分かる。これは君が傍にいると、確かに疼いてるから。」
は思わず否定の声をあげて、けれど遮るように放った彼の言葉に何も言えなくなってしまった。聡い彼が言うからにはそうであり、そして心当たりがないと言えば嘘であるからだ。一度、は一流の紋章師であるルックから軍主には近寄らない方がいいと警告を受けたこともあり、思い返してみれば当て嵌まる事が多く思えた。
ティルは覆っていた手を退けて顔をあげると、そこにはが久しぶりに見る彼の笑みがあった。――けれどその目は、悲観に暮れたものだ。
「ごめん、 。俺はこの紋章を止めることが出来ない。だから、」
「――言ったでしょ。」
は彼の言葉を遮る。
「私はティルの為なら・・・ううん。私の為だね。」
そして笑みを浮かべて、彼を見た。
「私はティルを失いたくない。ティルの傍を離れたくない。なにがあっても、ね。」
目を見開くティルを余所に、は穏やかな笑みを浮かべる。
は彼に言っていた。彼を失うくらいなら、自身はどうなってもいいのだと。それは戯言ではないのだ。
彼は自分の身よりも、大切だと思える人だった。それは彼のためでなく、他でもないの為だ。だからこそは、彼の告げられた内容にこそ驚いたけれど、それでも今更だと思った。
「・・・たべて、しまうかもしれないんだよ?」
瞬きすらせず、を凝視したまま呟く彼に、いつも余裕綽綽な彼らしくないと軽く笑いながらは答える。
「ティルになら、喰べられてしまってもいいって思えるのは、可笑しいかな。」
可笑しいのだろう。それでもはその時自然と笑みを浮かべて、そう思えたのだ。
ティルの手がゆっくりと、の腕に触れた。
その手は壊れ物に触れるようだった。恐る恐る掴まれた手を、握り返す。するとそのまま腕を引かれて、つい先ほどのそれとは違い緩やかに、けれどしっかり抱きしめられた。
「・・・渡さないよ。」
「・・・うん。」
確かめるようにを抱く腕の力に、ほんの少し力を加えて、彼はもう一度繰り返した。
「渡さないから。」
「うん。」
もそれに応え、自身も彼の包容に応えるよう、ティルの赤い着衣に腕を回した。


そのまましばらくティルに抱きついていただったが、それも段々と冷静になってくると自分の言動や体制が恥ずかしくなってきた。
夜が少し明るくなってきた事に気づき、少し慌ててティルへと声をかける。だいぶ時間に余裕を持って移動していたからよかったが、もう間もなくしてタイ・ホーとの待ち合わせ時間になりそうだったからだ。
「ティル、私そろそろ・・・」
「ねぇ 。」
けれどの言葉を遮り、ティルは口を開く。
緩めに抱きしめられていたものの、しっかりと抱きしめられていたは言葉とともに少し、緩んだ拘束にティルから離れて彼を見上げた。
「なに?」
「本当に、がその力を使う必要はないんだ。」
を見下ろすティルの目は、それを言ったときとは違い冷たいものではなかった。優しい目をして、ただ諭すようにに話かける。
「ドワーフの鉱山まで行くのは、少なくても往復で四日はかかるでしょ?
それに加えて材料だって手に入れなきゃいけない。作れるかどうかもわからない。けど火炎槍の方は俺が昔、一度設計図を届けたことがあるから、だから確かなんだ。設計図を届けたのは半年以上前で、もう作られてるはずだし。――だからが作る必要は、ないんだ。」
「・・・・。」
「ビクトール達は帰ってくる。火炎槍を持ってね。」
そう告げたティルの顔は確かに確信に満ちていた。ならば本当に、自身がする必要はないのだろう。
「帝国もそれで、打ち破れる。」
「・・・・・そう、だね。」
頷こうとして、ティルの言葉には思わず詰まってしまい、声もどことなく固いものになってしまった。
帝国を打ち破る。それは達、解放軍が目指す事だ。今では自身も、宿付き三食、といった理由ではなく自身の意思で、解放軍にいようと思っていた。
けれど今回その火炎槍を使って打ち破るのは――ティルの父親の軍勢だ。
今までティルに避けられていたからこそ、いくら父親と戦うことになった彼が心配でも何か言うことは出来なかった。しかし今こうして元通りになったというのに、は彼に言うべき言葉が見つからない。
そんなの動揺を悟ったのか、ティルは穏やかな笑みを浮かべたまま言う。
「父さんのことは、大丈夫だよ。」
思わず息を飲んだ。
「もうずっと、こうして解放軍に入ったときから覚悟していたから。」
こうなることを、だろうか。
「だから、大丈夫だ。」
そう言う彼は確かに、無理をしているといった笑みではなかった。けれどはそれが悲しいと思う。
自分には、何が出来るのだろうか。
そう自問自答してやはり出てくるのは、一つしかない。
「・・・ティル。私も戦に出して。」
はティルの眼を見上げたままそう告げる。そしてティルが雰囲気を剣呑なものに変えてしまう前に続けた。
「私、思うんだけど、ハルモニアの刺客はここにいても、戦場にいても同じだと思うんだ。
城内を徘徊してるんだし、危険なのはどこも変わりない。ほら、どこにいても同じでしょ?」
ならばは、少しでも役に立たせてほしいと思った。自身の力がそれなりに解放軍に益を与えるというのは、先の戦で証明されている。こうしてどんなことがあっても、立ち進もうとするティルの負担を減らしたいとは思う。
そしてまた、誰かを待っているだけなのも、今のにはもう出来ない。だからこそ彼らとともに戦場に立ち少しでも――欠けてしまわないようにしたい。
どこにいても同じなら、はそちらの方を選んだ。
「だから、私を戦に出させてほしい。」
彼は反対するだろう。一度目も二度目も、ティルはが戦に出ることに反対していたのだから。
しかし小さく、息を吐いてから放たれたティルの言葉には少し驚いた。
「・・・条件つきなら、いいよ。」
「・・・なに?」
が出陣するときは、ばれないようにすること。」
思ってもみない言葉に訝しみながら尋ねたに、彼はそう告げる。
それなら大丈夫だとは思う。ローブと今はティルに没収されてないが狐のお面をつけてしまえばいいのだ。正直一人狐のお面をつけて行動するといった奇抜な行動に、羞恥が湧かないということはないが、それでもそのお陰で先の戦では顔が割れることはなかったのだから。
既に安堵の心地でいるにティルは更に続ける。
「それと何があっても、俺の傍から離れないこと。それなら許可するよ。」
「・・でも・・・」
は動揺からそう口にする。
の力は前線でなければ使えない。だというのに全体を指揮するティルの傍にいれば、自然とそれを使用する機会は減ってしまう。ある程度ルックと特訓したものの、間違えて味方に喰らわせたりすればそれは味方の武装も解いてしまうのだ。
戸惑うを見てティルは苦笑を浮かべた。
が俺を無くしたくないって言ってくれたように、俺も、 を無くしたくないんだ。」
思わず瞬きも忘れてティルを見る。そんなをティルはおかしそうに笑うと、次の瞬間、その顔を真剣なものにした。
「それと、その力は使わないで。」
今度は違う意味で意表を突かれ、瞬きも忘れたにティルは続ける。
「君が倒れてる時、俺の紋章は強く働くみたいだから。多分、体力的にも精神的にも。」
ティルには今でも鮮明に思い出される。紋章を酷使した後の彼女は、顔をいつも以上に白くさせて眠り、胸がほんの僅かに呼吸で上下しているだけが、彼女がまだ生きているのだと示していた。それを思い出すだけでティルは、その姿を見た当時同様、思考が冷たくなり強張っていく。
曇った表情のティルに、けれどは眉を寄せた。
「体力的って・・・それは、いつもの事だよ。」
紋章を使い、倒れた様子がただならぬらしいというのは、は自身の事だから知らないが、ドワーフの村にいた頃もヒューイ達の様子から知っている。だからこそそれは変わらないのだろうとは言ったのだが、間髪入れずに発せられたティルの言葉に、思わず言葉を詰まらせた。
「じゃあ夢は?前話してくれたような悪夢は見なかった?」
「それは・・・」
「俺と会う前に倒れた時、君はそれを見た?」
ティルの言うとおり、はドワーフの村にいた頃に紋章を使って倒れても、あの夢を見ることはなかった。
夢自体も見る事はなかったのだ。夢を見たのは、焦魔鏡に対抗する武器を作り倒れた時、そして先の戦で倒れた時。どちらもドワーフの村を出た後で、そしてティルの言う通りとも言えた。彼の鋭い推測に言葉を詰まらせた僅かな時間に、確信を持った彼は目を細める。
「やっぱり、見てなかったんだね。」
「・・・でも、偶に見てた事もあったし、」
「それも今みたいに頻繁に、じゃないでしょ?」
ドワーフの村でも、見たことがないわけではない。偶然かもしれない。ルックの忠告や、ティルの紋章が使用されたという感覚のタイミングがあまりにも偶然が重なりすぎて、自身ですらそうは思えていない所もあったが。けれど既にティルは確信を持っているらしく、取り付く島もない。
彼の言うとおりで、ドワーフの村に居た頃と、解放軍では夢を見る頻度は大きく違う。ですらそれが可笑しいと思ってしまったことがあったほどである。だからこそ何も言えなくなってしまい、は眉を寄せたまま黙り込む。
このままでは、本当に力を使えない事になってしまう――それは役立たず以外の、何物でもない。
がしたい事は、戦に出る事は、足を引っ張るためではなかった。
だからこそ地面へと落とし気味になっていた視線を上げてティルを見る。
「でもどんな夢を見ても、私は辛くない。夢はいつか醒めるから。それにいつも、こうして起きてるじゃない。」
ティルはその目を一度不安げに揺らしてから、答えた。
「けど君は確かに――死にそうな顔をしていた。ルックが回復魔法をかけてくれてなかったら、どうなってたかもわからない。」
その時の事を思い出したのか、彼の常ではない不安げな様子から、は押し黙ってしまう。
それでも引くわけにはいかなかった。
「・・・じゃあ、倒れる程には使わない。」
途端、眉を僅かに寄せたように見えたティルが口を開く前に、 は続ける。
「この力も使わないで戦に出るなんて、足を引っ張っちゃうだけでしょ?それにティルといるなら、私はそんなに大きな力は使えないから、心配いらないよ。」
前線でなければ、力も全力で出すことも出来ない。
ティルの傍にいて何度使ったとしても、力の限り使用した先の戦から、それだけで倒れるとは思えなかった。そしてティルも、軍主だからこそ彼女の力が先の戦でどれだけの影響を与えたか知っており、例えその力を使っても、自身の傍に居ればそれだけの力を扱う事は出来ないことも知っていた。それでも眉を寄せ、納得のいった表情を見せないティルに本当に心配症だ、と小さくは笑う。
「ティルは、私を守ってくれるんでしょう?」
ティルが出会った頃言ってくれた言葉で、その頃は彼を守らなければと使命感で一杯だったというのに、今では彼を頼りにしている節もあった。彼と出会ったばかりの頃には、考えられない事である。
過去を思い出し、思わず笑みを浮かべただったが、驚いたようなティルに気づき慌てて言う。
「なんてね!別に、私がしたいだけだし、私の身は私が守るよ。」
「何があっても、俺が君を守る。」
そしてティルが告げた言葉に思わず固まり、ティルを凝視する。
ティルは固まったの片手を取ると、流れるような仕草で、それこそ自然になんの違和感も抱かせることなくゆっくりと腰を屈め、その手の甲に唇を落とした。
「命に代えても、君を守り抜くよ。」
まるで忠誠を誓う騎士のような仕草であった。お伽噺のような、それこそ物語の中でしか見たことのないそれが目の前の、それもティルによって展開され、は目の前の光景に目を白黒させて何も言えないでいた。そういえば、ティルは貴族だった。こういった動作は慣れているのかもしれない、そう思っても貴族でもなくそういった事はお伽噺の世界の事であったからこそ、は頬が赤くなるのが抑えきれず、我に返り込みあがった羞恥から、思わず動転しながら声を上げる。
「な、な、ば、ばか!!!」
頬に朱を走らせたに、けれどそれをしたティルといえばまったく羞恥を浮かべる事なく、涼しい顔で小さく笑う。
「酷いな馬鹿だなんて。俺は真剣なのに。」
そんな彼に、思わずは動揺も露わに言う。
「ティルの命まで賭けて、守って欲しくなんかない!だ、だから馬鹿!本当に馬鹿だよ!」
彼へと文句を言っている内に、彼が何を言ったのか思い出しは眉を寄せた。
彼が言うと、本当にしそうだからこそ、 はその言葉を受け入れることなど出来ない。
自分がどうなってもいいと思えるほど守りたいと思う人に、命を賭けてまで守ってほしくなどない。それでは本末転倒も甚だしかった。は眉を寄せて声を荒げる。
「私の事なんか、気にしなくていいの!」
けれどティルはそれに小さく笑う。
「それは無理かな。だっては、俺の大切な人だから。」
そして見る人誰もが魅入ってしまう程、綺麗に微笑むのだからは言葉も、瞬きすらも忘れてしまった。ややあって理解すると、やはり彼のとんでもない言葉に情けなくも顔に熱が込み上げてくるのを感じた。
は踵を返す。言葉を出すことも出来ないほど、あまりにも彼の言動には耐えきれない。
歩きだしたの後ろをティルが着いていく。
耳まで赤く染めたに、ティルが小さく笑い、それにからかわれた、とは更に顔を赤くするのだった。




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