Skyting stjerner1-37
「私、ティルの所に行ってくるね。」未だベッドの脇に座るルックに、は顔を埋めていた毛布から顔をあげるとそう告げた。自覚した今、会いたいという気持ちもないというわけではないが、戦から帰った彼が怪我をしてないか、そして戦の詳細を知りたいというのもある。ただ戦については、ティルに聞くことは憚れた。彼は同年代ではあるが軍主。だからこそ人一倍この戦に思うところもあるだろう。
それにが今回一番聞きたいのは――グレミオを殺した人物が、どうなったのかであった。今の所には到底、その人物を許すことなど出来ないが、それでも生死がどうのこうのといった考えはない。ただどちらともいえず、その人物がどうなったか知りたかった。しかしそれを尋ねることは、自然とグレミオのことへと繋がってしまう。彼を乳母として育ったティルの傷をえぐるようなことなど出来るはずがなかった。その為道すがらすれ違った解放軍の者にでも聞こうとは考えていた。今この場にいるルックでもいいのだが、彼には面倒臭いと断られてしまいそうである。なんで僕が。他の奴に聞きなよ、と想像して本当にそのまま言いそうなことに、は小さく笑った。
「軍主のところ?」
さっさと行けば。次いで彼が言いそうなことを予想していたは予想とは違い、眉を寄せたところは同じなのだが違う反応に軽く驚いて彼を見た。
「何?ティルに何かあったの・・・?」
「・・・別に。なんでもないよ。」
と言っている間も眉間に皺を寄せていて、どうにもなんでもないといった様子には見えないのだが。
はそんなルックを怪訝に思うが、さっさと行きなよと促される。ルックの様子も気にはなるが、やはりティルの現状が気になった。始終不機嫌そうで、こちらを一瞥もせず何も言いそうにないルックの後ろ姿を一度見やってから、は部屋を出たのだった。
ルックが治療魔法を使ってくれたからか、ドワーフの村の時同様、は体を動かしても紋章の使い過ぎで倒れた後と同じような、鈍い痛みを覚えることはなかった。しかし歩みも軽く部屋を出て幾らか歩いたのはいいが、階段前に差し掛かった時ははた、と足を止める。
トラン城内の地理は大分詳しくなった。五ヶ月以上いれば誰だって詳しくなるというものだ。だがすっかりは忘れていたが、ここはトラン城ではなくガランの関所。当然城にいた頃は何度か訪れたことはあるが、ここでの軍主に割り当てられた部屋など知るよしもない。自身の部屋もまたしかりなのだが。ベッドが一つしかないことととルックしか居なかった事から恐らく先程までいた部屋がそうなのだろう。ちなみにルックの部屋というのはありえない。治療してくれただけでも大変稀なことなのに、自身のベッドに他人を眠らせるなど、天変地異の前触れである。
と、大分脱線してしまった思考を慌て戻しはとりあえず上への階段を上る事にする。通常偉い人の部屋というものは、上の階に部屋があるものだ。しかし途中、人に会うことが出来るだろうか。壁に設置された窓から外を見てみると、外は疾うに日がくれてしまったようで真っ暗である。時計を見てないので何時かはわからないのだがーーしかしそんなの考えは気鬱に終わった。大分上へと上った頃、前方から足音がしたかと思うと今では見慣れた巨体にざんばら髪が見えたからだ。は思わず声をかける。「ビクトールさん。」
「 !?お前さん、具合は大丈夫なのか!?」
ビクトールはだとわかるとその巨体に似合わず素早く闊歩し、の肩を掴む。力の差はもちろん、体格差もあり激しく肩を前後に揺さぶられながらは苦笑した。
「この通り、大丈夫です。」
「・・・そうか?まだ顔色悪いじゃねぇか。」
「それはビクトールさんが、思いっきり揺さぶったからです。私、起きたばかりなんですからね。」
「そ、それはすまんかった。」
ビクトールはの肩から手を離し罰の悪そうに笑み浮かべながら頬をかく。そんな彼には小さく笑ってから口を開いた。
「ビクトールさん、今少し時間ありますか?」
「ん?あるっちゃあるが。なんだ?」
がこうして無事起きたのが嬉しいのか、ビクトールはいつもにも増して歯茎を見せ満面の表情でそう即す。は今から出す話題が、彼の笑顔を曇らしてしまうだろうことに申し訳なく思いながらも、どうしても知りたいという気持ちが抑えられなかった。
「あの・・・今回の戦ってどう・・・いえ、敵側の将軍はどうなりましたか。」
結局は戦のことではなく、知りたい事をそのまま口にすることにした。後でも前でも、聞きたいことはそれだからだ。
するとやはりビクトールは笑顔を固くして、一息吐いてから真剣な表情で話し出した。
「今回、俺達は最後にはあいつ――ミルイヒを追い詰めることが出来た。
・・・けどな、突然、ミルイヒの様子が可笑しくなったんだ。」
は彼の一字一句を聞き逃すまいと口を挟まずに聞く。ビクトールはそこで眉間に皺を寄せ、ギリリと奥歯を噛み締めた。
「ミルイヒのやつは、ブラックルーンで操られてたんだ。」
思ってもみない言葉に、息を飲んだ。ブラックルーン。それは以前、大森林での戦も将軍に宿させ、将軍を操っていた紋章。しかし、それではーーが眉を寄せたその時だった。思考が会話へと向いていたビクトールやが近くで鳴り響く足音を聞いたのは。
ビクトールは幾ら思考がその話のことを占めていたとしても、恐らくはそれまで消していたのだろう、突然気配が近場で現れたことに、はただ人が来たことに驚いてその音がした方向を振り返る。
そこには廊下の壁につけられた燭台の灯に照らされたティルがいた。
「・・・ティル。」
は彼が好きだと、自覚して初めて彼を見たこと、そして数歩しかない距離で恐らく話を聞かれてしまっただろうことに心臓の鼓動が速くなる。
ティルには聞かれたくない話だった。彼の傷をえぐってしまいそうで、だからこそビクトールに聞いたというのに。
けれど話を聞いてしまっただろうティルは――笑っていた。 「よかった。、起きたんだ。」
「う、うん。」
いつものように、穏やかな笑みの彼に、は彼は聞いていなかったのではと思い内心安堵する。しかしそうではなかったらしい。
「話の続き、俺が話すよ。丁度に話したいことがあったから。」
彼はやはり聞いていた。それでもそう言い、いつもと変わらぬ笑みを浮かべるティルには内心僅かに動揺する。なにかはわからない。けれどティルとの間に、何かが出来てしまったような気がして。穏やかな笑みを浮かべたティルはいつも通りで、一見乗り越えてしまったかのようにみえる。実際それまで確かに彼は乗り越えていた。――けれど何かが違うと、は思った。その笑みは穏やかなものだけれど、どこか悲しみを抱いているように見えたのだ。
本当は、ティルにだけは聞きたくなかった。しかしこうした聞かれてしまった今、はティルの言葉に頷く。
ティルが現れたことにそれまで悔しさに顔を歪めていた表情を、呆気にしたものに変えたビクトールには礼を述べてから、ここじゃあ、なんだから、と場所の移動を促すティルへと連いていくのだった。
案内された場所は、トラン城の部屋よりは狭いが、それでも置かれた家具の良さから、そこは軍主であるティルに割り当てられた部屋であるらしかった。
一つのテーブルを挟んで、ティルとは向かい合わせに座る。互いに席につくと、ティルは話し出した。
「ビクトールの言ってた通り、ミルイヒはブラックルーンに操られてたんだ。」
「・・・それで、彼は?」
「ミルイヒの希望通り、今解放軍にいるよ。」
淡々とそう述べた内容には喉元まで何かが込み上がってくる心地がした。怨みこそしても、彼の生死についてはどうでもよかったはずだ。それは変わりない、はずだった。操られていたとしてもはあの優しい声がもう聞こえないこと、温もりも触れられないことに胸中がどす黒く染まっていく。
わかっている。ミルイヒは悪くないのだ。彼も被害者である。けれど理解と納得は違うもので、あんなに優しい彼は苦しんで、死んでしまったというのに。は顔を俯かせる。目頭から抑え切れない感情が出てくるような気がした。それは悔しさ悲しさやるせなさ、苛立ち憎しみ全ての感情がごちゃまぜになったようなものだった。
「ティルはすごい、ね。」
皮肉まじりに言うつもりはなかった。ただ本当にそう思っただけで。
「すごくなんかないよ。」
ティルは小さく笑った。はそれに、熱くなった目頭をきつく閉じて抑制していたのも忘れ、思わず顔上げる。
ティルは顔を歪めることなく、いつものように、笑っていた。
「俺も、グレミオを殺したミルイヒに全く怨みがないわけじゃないから。でもね。
わかったから。グレミオが死んだのも、が倒れてしまったのも。全部俺のせいだって。」
彼の目が細まる。は彼の笑みを見て、止めていた息をそこで再開した。同時には一瞬にしてに血が上ったような気がした。
「何を言ってるの!?」
は思わず椅子から立ち上がり、テーブルに両手をつく。反動で木で出来た椅子が鈍い音をたてて絨毯へと倒れたが、気にせずティルに詰めよった。ティルは相変わらず、いつもの笑みを浮かべているだけである。いや、いつものものではない。
「本当のことだよ。」
目を細め、口元を孤に描くそれは、自嘲の笑みだった。
「違う!そんな訳ないでしょ!どうやったらそんな考えになるの!?」
そこでは続けようとしていた言葉を止める。彼がそんなことを言い出してしまう理由、それに思い付いたからだ。
「軍主だから!?ティルが軍主だからそんなこと考えたの!?」
ティルは何も言わない。自嘲の笑みこそ今は浮かべていないが、彼は変わらず目を細め微笑んだままだった。それがの怒りを煽る。なぜ、彼はそんなことを言って、そうやって笑っていられるのだろう。
「そんなのおかしいよ!だったら私が止めてたら!?私がグレミオさんに行かないように縋り付いてお願いして止めてたら!?私が倒れたのだって私の自業自得なんだよ、ティルが責任を負う必要なんてない!!」
浮かんだ激情のままには声を荒げた。けれどティルは相変わらず微笑んだままで は自分の言葉が彼に届いていないのだとわかると、途方もない悲しさに見舞われた。奥歯を噛み締め、はそれまで勢いに任せた言い方とは違い、静かに口にする。
「示したティルに責任があるなら、その道を選んだ私達にも責任がある。みんなが責任を背負ってる。そうでしょ?」
「でも、俺は軍主だから。」
そこで変わらぬ笑みを携えていたティルが初めて言葉を発した。
はその内容に再び悲しみで覆った激情が込み上げ、テーブルにつく両手に力を込め握りしめるとティルを見て声をあげた。
「だったら私が背負う!」
これにはティルも驚いたようだった。浮かべる笑みを止めほんの少し目を見開く。しかしはそんなティルに気づかず言葉を続けた。
「ティルが選んだ道なら私も一緒に責任を負う!
それが例え間違っていても、私が一緒に背負うから・・・!だから・・・!」
はティルにそんな笑みを浮かべるなど、してほしくはなかった。が先程から違和感を抱いていた彼の笑みは、感情を覆い隠した偽物の笑みだったのだ。そんなもの、見たくはない。拗ねてもいい意地悪でもいい怒ってもいい。けれど本心を覆い隠し壁一枚敷いてしまったような、笑みは浮かべてほしくなかった。
それは以前ならば、そうは思わなかっただろう。けれどは気づいてしまった。彼が好きなのだと。好きだからこそ、その距離をもどかしく思う。どこか悲しげな雰囲気で微笑むティルの力になりたかった。少しでもいいから、彼の悲しみを取り除きたかったのだ。
は耐えられぬように顔を伏せる。
だからは知らなかった。ティルがその時、本当に心の底から微笑み、愛おしげに目を細めたことを。
けれど右手を強く握りしめた後、それは一瞬で、元の取り付けたような笑みに戻ってしまう。そして顔を俯かせたままのにティルは言った。
「今度は俺からの話。」
は思わず肩を揺らしそうになった。
ティルは何事もなかったように話を切り替えた。自分の声は、言葉は、少しも届かなかったのだ。ただそれだけであるはずが胸中に悲しみが満たす。今まで自分はどうやって彼へと言葉を伝え、距離をとっていたのだろう。
それさえもわからず、は急速に彼との距離が以前よりも離れてしまったような心地がした。
「 が戦に出ることを禁じる。」
はティルから言われたことに思わず固まる。理解すると、勢いよく顔を上げた。
「なんで!?私、少しは役に立ったでしょう!?」
「確かに、のお陰で戦況は有利になったし、無駄な血も流れることはなかった。」
「なら・・・!」
が今回戦に出たのは、グレミオのことも確かにあった。けれど今生きているティル達を守りたいから、は力を使い志願したのだ。それはこの戦だけでなく、赤月帝国との戦いが終わるまでティル達が戦いつづけるように、もまた戦いつづけ彼らを少しでも助けようと決心していた。
真の紋章の思わぬ使い道で、確かに彼らの役に立てたはずだったのに。ティルはそんなに首を振り、の言葉を遮るように続きを言う。
「けれど今回の戦で、ハルモニアにばれた。もう既に、ハルモニアから刺客が出されたんだ。今はだとばれてないからいい。けど、特定されてしまったら」
「その為に、変装してるんじゃない!」
今度はがティルの言葉を遮る。けれどティルもまた、譲る気はないようだった。先程まで浮かべていた笑みを消すと、真剣な表情でを見る。
「万が一がある。」
「大丈夫だよ!絶対、ばれない!私も気をつけるし・・・!
「駄目だ。」
「・・・でも!一本取ったらいいって・・・!!」
「。」
淡々としていて、少しも感情的ではないというのに部屋に響き渡るような声に、は思わず言葉を止める。
そんなを見て、ティルは金色の目を細めると告げた。
「、これは軍主命令だよ。」
声に出そうな非難を奥歯を噛み締める事で堪える。どんなに親しくても、所詮は使用人で、ティルは軍のトップ、軍主だ。そう言われてしまえば、は何も言い返すことが出来なかった。
「あー、どうしたんだ。」
ベッドに腰掛けるに、部屋訪れたビクトールは少しの沈黙を落とした後そう尋ねた。一昨日の夜目が覚めたに、ビクトールとフリックは戦場を共に駆け抜けた事もあり、彼女の見舞いへと来ていた。本当のところ、ビクトールは彼女が目を覚ましたばかりの頃既に会っているのだが。しかし未だ会っていない一方が彼女が倒れた直後を目にした事もあってか気にかけ、しかし彼女に冷たく当たっていたというそれまでの事もあり一人で見舞いに行く事が憚れるのか、素直でない青いのことフリックにビクトールもついて行ってあげたのだ。そして部屋に入ると同時に二人は思わず固まった。ベッドに腰掛けている所はどこもおかしくはない。厳密に言えば部屋に異性を招いた事に対しそれもどうかとは思うが、しかし相手はビクトール達である。だから気にすることはないのだが――彼女の装いがすさまじかった。破廉恥なのではない。今日も今日とて長ズホンに灰色の長袖襟つきの上着を着用し、露出している部分などにはない。しかしその露出している部分、つまりは顔から上が酷かった。
ボサボサの髪とやつれたのような顔。目はどこか遠くを見ており虚である。陰さえ背負って見えるその様子に一体何が、と少し引いてしまったビクトールは悪くはないはずだ。しかしフリックはが目が覚めてから会っていないので、我に返ると検討違いな方向へと慌てて声をあげた。
「おい、気分がまだ悪いのか!?だったら横になっていた方が・・・!」
はそれにゆるりと首を振る。
「大丈夫です。」
「と、言われても、なぁ。」
ビクトールは苦笑いを浮かべて首をかく。どう見ても大丈夫な様子ではなかった。見た目もそうだが精神的な面でも。声に彼女特有の張りがないのだ。視線すらも一度はビクトール達を捉えたものの、既に宙へと向いてしまっている。
「その、どうしたんだ?」
ビクトールはもう一度そう尋ねた。はその言葉に視線をビクトールへと向け、そして思い当たると再び視線を宙へと向けた。
「ルックに出合い頭に一発、辛気臭い顔するなと切り裂きを食らわせれました。」
思わずビクトール達は無言になりその目は哀れむ者を見るようなものになる。
つまり髪がボサボサであるのはそのせいかと。にとっても過去何度目かに入る理不尽な理由だ。人の顔を見てうざいなどと。こちらは必死にいつも通りに振る舞おうとしているのに。そう、いつも通りに――
そこでが顔を俯かせてしまいビクトール達は焦る。気のせいでなければが背負う影も三割ほど増したように思えた。
「ああ、ええと、本当にどうしたんだ?」
「・・・別に。なんでもないです。」
ビクトールは再び尋ねたがはやはりそう言うばかりである。そこでそれまで口を挟んでいなかったフリックが、思い出したように声を上げた。
「ああ!そういえばついさっき広間に客人が来てなぁ!」
ビクトールは内心、この馬鹿と思った。彼女が落ち込んでいる様子から気分転換をさせようとそう言ったのだろう。あまりにもわざとらしすぎるがそれは良い考えだ。しかしその話題はないだろうとビクトールは思う。なにしろは真の紋章なんてものを持っているが普通の少女で、つい先日戦には出たが今後は出さないとのことを知る幹部の一握りに、ティルが宣言していたのだ。本人にも、そう告げたとも。ビクトールは彼女がこうして落ち込んでいるのは、それが原因であるだろうと思っていた。だというのに今このタイミングで、それを話す奴がいるか――しかしそうとは知らず青色に統一された服装通り、けれどハンサムで理知的な外見に反して意外にも内面が青いフリックは焦り、そうとは気づかず続きを口にする。
「なんでも、帝国側がこっちに攻め入ろとしてるらしい。敵側の軍勢は恐らく百戦百勝の将軍、テオ率いる鉄甲騎兵団だろう。既にロッカクの里が襲われて――」
「ロッカク!?」
はテオ、という言葉に思わず顔あげたがロッカクというこれもまた聞き覚えのある名前に声を上げていた。テオというのはもしかしなくても、以前ティルが話してくれた彼の父親、テオ・マクドールだろう。彼はいよいよ、親子で対決しなくてはならなくなってしまったのだ。それに苦い思いが込み上げていたのだがはフリックの言葉に動揺した。ロッカクの里。それは忍びの里であり、聞いたことのあるそこは、ドワーフの村にいた頃からの友人であり弟とさえ思っているサスケが暮らしている。時々彼とともにドワーフの村へと来てくれていた彼の父も同様だ。
「どういうことですかフリックさん!?なんで、ロッカクの里が・・・!!」
思わぬところで話に食いついて――それも必死な表情で詰め寄るに、話題を振ったフリックも、ビクトールも驚いていた。
我に返るとフリックは彼女の問いに答える。
「ロッカクの里は、元々帝国に反発的だった。俺達だけじゃない。今各地で帝国への反乱が起きてる。だから、その中でも力のあるロッカクが、帝国から粛清として制圧対象に選ばれてしまったんだろう。」
「そんな・・!!」
は息を飲む。脳裏に中々、笑うことはしてくれなかったが、それでもたまに照れたように笑うサスケや、そんなサスケを見て穏やかに笑う彼の父が過ぎった。
「・・・お客!その来客の方はどこにいますか!?」
彼らが制圧された時に亡くなってしまったなど、考えたくない。は藁にも縋る気持ちで更にフリックへと尋ねる。
「ロッカクの里からの奴か?だったらまだ、広間でティルと話をしてるはずだ。大方テオの軍勢だとは思うが、一応詳細を」
ロッカクの里からの者、となれば同じ里の者であるサスケ達の生存率もあがるような気がした。は広間、と呟くとフリックの言葉を最後まで聞くことなく口を挟んだ。
「フリックさん!広間に連れてってください!!」
本音をいえば今すぐにでも一人でもその場へと駆け出したいのだが、ここはトラン城ではなくガランの関所。は未だ広いこの関所内を把握することを出来ずにいた。フリックは彼女の勢いに戸惑いついていけない様子だったが、そんな彼に変わりそれまで口を挟まず第三者として彼らを見ていたビクトールが、意外にも顔の広いのこと、加えて必死な形相から、恐らくロッカクの里に知り合いがいるのだろうと検討をつけすぐさま答える。
「よし、んじゃ行くか!」
ビクトールの声に、は切羽詰まったような顔を少し明るいものとし、大きく首を縦に振ったのだった。
そうしてビクトール達は早足で、コンパスの差があるは若干駆け足で三人は広間へと向かった。
その距離が意外にも長かったことには昂ぶっていた感情がいつの間にか落ち着いていく。サスケはまだ正式には忍と認められてないらしい。だからドワーフの村へと来たとき、彼は保護者同伴で来たのだ。もしかしたら今回、帝国側とぶつかる前に逃がされているかもしれない。そう考えるとの不安は少しは和らぎ、軽くなっていった。
しばらくして、普通の扉とは違い一際大きな両扉の前へとたどり着く。恐らくはその先が広間であろう。は緊張から唾を呑み、扉を開いたビクトールに続き広間へと入っていく。
すぐに広間にいるという使者を探そうと広間中を見渡し――そしてある一点で、思わず固まった。
視線だけは上から下へとまじまじと見てはいたが、数秒は硬直していたかもしれない。そんなを現実に引き戻すかのように、フリックが一つ咳をした。
「ごほん。 」
「だ、だってフリックさん、す、すご、」
それにはっと我に返り、は隣に並んで立つフリックを見上げしどろもどろにそう言う。フリックは呆れたように言う。
「お前、仮にも女だろう。ビクトールのようなことを言うな。」
そうは言われても、はすごい、と思う。が意識を持っていかれたのは、広間の丁度、中心の辺りでティルと向かい合わせに立つ少女だ。
遠目から見ても黒く艶やかな髪を少しもったいないと思えるほど短く切り、しかしそのベリーショートすらも黒い髪と相対するように白い肌、そしてこれもまた遠目から見ても黒く大きな目にうっすらと染まる桜色の頬と大変可愛らしい顔に似合っているのだがそんな美少女効果も相乗して、彼女はの視線を釘つげにしていた。
白く細く長い四肢に豊満な胸。くびれもついており正に理想なスタイルを持つ彼女は、楔かたびらの上に浴衣のような赤い着衣を一枚着ているだけ、であった。それも丈は大変短く、必要以上に明かりに照らされたように白い太股が眩しい。剥き出しの二の腕もまた同じで、鉄製の篭手をつけているもののそれは変わりない。そして開いた胸元から除く、楔かたびらだけを着込まれた豊満なそれは同性であるも思わずどきまぎしてしまいそうなものである。すっかり忘れていたが、この世界は相当際どい格好する女性がいるのだ。ドワーフの村にいた頃、たまに訪れる人間、それも女性でそういった人々を見かけもわかっていたはずだが、最近はクレオやバレリアといった女性陣を見慣れてきたことから失念していた。そう、それこそ体の要所を布一枚だけで覆うといった蠱惑的な女性もいるのだ。 は何度目かのカルチャーショックを実感しつつ、フリックに注意されたものの、つい視線を彼女へと向けてしまっていた。
と同じように彼女に視線を向けていたビクトールが、ほうっと感嘆したかのように息を吐く。
「だよなー。あれは、すげぇよなぁ・・・。」
「ビクトール!」
同性であるですらそうなのだ。異性である彼は尚更だろう。思わずビクトールと顔合わせですよねとしみじみと頷きそうになっただが、フリックがビクトールを諌めるような声をあげたことから止めた。異性であっても既にオデッサという恋人に操を立てているらしいフリックは動じないらしい。しかしその頬にほんのり朱が走っていることは、は見ないふりをすることにした。こればかりは男の性であろう。しかたがない事だとは内心小さく笑う。そんな時はふと思った。そういえば、そんな彼女と相対して今現在話しているティルは、どうなのかと。
視界に映った限りは特に動揺した様子もなく、笑顔で対話しているようだった。――と好きと自覚すると一瞬であってもこうまで詳細を思い出すことが出来ることに、はなんだか恥ずかしくなった。
浮かんだ疑問はむくむくと広がり、どうしてもティルの様子を見たくなる。あんな可愛く魅力的な少女と話しているのだ、彼もまた胸を高鳴らせているに違いないと思っていてもついティルへと視線を向けた。
そして金色の目と目があった。
まさかティルと目が合うとは思わず、目を見開くに対し、ティルは目を細める。そして丁度話し終えたのか、ティルはこちらへと歩きだした。は思わず足を踏み出し彼へと声をかける。
「ティ、ティル、」
しかしティルは、そのままの横を素通りした。赤い着衣が後を引く。
そうしてその後後方で扉が開かれる音がして、広間に響く扉が閉じられた音ともに、は胃に重いものが落ちていく気がした。
実のところは、昨日から、正確に言えば一昨日の夜からだろう、ティルに壁を作られ始めたのだ。話しかけようとすればまた後で、今忙しいから、ならまだわかる。 は戦に出て倒れたという事もあり、昨日の朝早く、部屋を訪れたマッシュから安静するようにと、厨房で料理もしないよう言われたのに対して彼は軍主だ。忙しいだろう事もわかり、だからしかたがないとも思う。それが悲しくないといえば、嘘であるが。何しろ気のせいでなければは彼に避けているような気がしたのだ。そしてそれは、が予想した通りであった。
声をかけ、彼は聞こえたであろうに何も返すこともせずの横を素通りして行った。それはつまり、
(無視・・・!)
明らかな拒絶。思い返してみれば彼は来客である少女と話している最中、笑みを浮かべてたというのにと目があった時は無表情であった。なにか、してしまったのだ ろうか。しかし彼が怒るような事をはした覚えはない。なのになぜ、彼は笑ってくれないのだろうか。 目が合えば、彼は怒っている時以外であれば、穏やかな笑みを向けてくれてたというのに。 嫌われてしまったのだろうが。
それが恐らく一番強い線で、けれどが一番恐れていた事だった。
ティルが広間を出て、はしばらく硬直していたが、自身がなんの為にここへ来たのか思い出すと、広間の中央にいる少女へと駆け寄った。 そんなの背を見送りつつ、ビクトールとフリックは思わず同時に顔を見合わせる。
ティルはどんな時でもには優しく、そして親身であった。それがどうしてか二人は、というかティルがが話しかけてもそっけない対応をしていたのだ。
スカーレンティシア城の攻防以前の軍会議で察したフリックは勿論、彼らを遠くから面白く、時には冷や汗をかきながら暖かい気持ちで見守っていたビクトールは、そんな彼の様子が信じられなかった。そして二人はそこでようやく、彼女が気落ちしていた理由に思い立ったのである。いつからかわからないが、はティルに冷たく接されているらしい。
ティルに無視をされたは、後ろからで表情こそ見えないものの、確かにそれまでとは違い重い雰囲気を背負っている。
喧嘩などといったものではない。ビクトールは過去ティルとが喧嘩をしていた時や、ティルが年相応に拗ねるといった何度でも思わず目を疑いたくなる光景を見たことがあるがそんなものではなかった。ティルの空気は完全にを拒絶しており、対象ではないビクトール達にもその冷たい雰囲気が伝わってくるようである。
不可解なティルの行動。その原因は何かはわからないが、第三者から見てもわかりやすい程に甘いティルだ。ただ事ではないというのはわかる。
しかしそれは彼らの問題であり、加えて一方は自身達の上に立つ軍主の少年、ティルだ。ただでさえ手を出しにくい問題だというのにその立場を考え、またもそうだが、彼女以上に一度決めれば覆さず例え大人が周りに居ても、誰にも頼ろうとしないティルの意思を変えることなど到底出来そうになかった。
彼らを手助けしたい。けれど大人二人は、そんな少年少女らを見守るしか術はなかった。全ては唯一といってもいい、彼の感情を左右させることが出来るでしか解決する事は出来ないのだ。
「あ、あの!」
は広間の中央に立つ少女に声をかける。少女はそこでを振り返った。長い睫に縁取られた黒曜石のような大きな目が、を捕らえる。
いつもならそんな美少女を間近で見て、は眼福といわんばかり一時言動を止めるのだが、このときばかりはそうはしなかった。
「あなたは・・・?」
「私、って言います。あなたは、ロッカクの里からいらしたんですよね・・・・!?」
詰めよるように尋ねてきたに、彼女は少々驚いたもののすぐに礼儀正しく返す。
「はい。私はロッカクの里から来ました。名をカスミと申します。」
は一度息を呑んでから揺れる瞳で彼女、カスミを見る。そしてなるべく平静を装い尋ねた。
「あの、ロッカクの里は・・・?」
それにカスミは黒い瞳を悲しみに濁らせ、視線を下げた。その彼女の仕草は否が応でも最悪の事態を予測させ、の鼓動が激しく波打つ。
息を呑んで彼女の言葉を待つに、カスミは一度短く息を吐いてから口を開いた。
「ロッカクの里は、帝国に攻められ壊滅状態に追いやられました。」
「・・・。」
「私は、早々に我が里の敗戦が色濃くなったところで頭領であるハンゾウ様に命じられ、解放軍へと知らせに参った所存です。恐らく里はもう・・・。」
想定してはいても、思わず呆然とするに、カスミは目を伏せたままそう告げた。
しかし未だ、希望は費えてないはずだ。
は体だけでなく声帯でさえも震えそうになるのを必死に留め、自身を叱咤し口を開く。
「サっちゃんは・・・あ、いえ、サスケとその親御さんは・・・・!?」
言えたとは思った。けれどここから、彼女から返答を聞かなければならない。サッちゃんといい、なんのことかといった表情をしたカスミには言い直して言うと、カスミは驚いたように目を見開いた。
「サスケを知っているのですか・・・?」
同じ里出身同士、カスミはサスケのことを知っているらしかった。それには頷く。
「私、以前までドワーフの村に住んでいたんです。それで・・・」
「そうですか、ならあなたが・・・。」
偶に彼らが訪れていた、とそう口にしようとしたを遮り、カスミはまじまじとを見てどこか関心したように言った。はなんの事かわからず、そしてそんなの様子を汲み取ったのかカスミがそこで始めて笑みを浮かべる。
「サスケとサスケのお父上から、聞いたことがあります。詳しく言えばほとんど、お父上からなんですけど・・・。
さん、安心してください。サスケとサスケのお父上は丁度帝国に攻め込まれる前、北の国への任務で里を出ましたから。」
笑みを浮かべたままカスミはそう告げる。はそれまでの不安と恐怖が一気に拭われ、思わず腰が抜けるかと思った。しかしそこは堪え、代わりに込み上げた安堵に、情けない程顔を緩めた。そんなを見てカスミもまた微笑む。カスミにとって、サスケは幼馴染のようなものだった。彼の父も自身の父親のように親しくし てくれており、だからこそ彼らを心配し心から安堵してくれたようなに嬉しさが沸いたのだ。
少女二人は微笑み合い、それを遠目から一部始終見守っていた大人二人も穏やかな表情を浮かべた。
しかし、それはつかの間の平穏な時であったらしい。
それからすぐに、ガランの関所内にいた解放軍は誰もが慌ただしく動き出した。
ガランの関所へと、テオ・マクドール率いる帝国軍が攻めて来たのだ。
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