Skyting stjerner1-34

を探しているというティルを探しに向かい、中庭から城へ入るときである。目的の人物は渡り廊下ですぐに会うことが出来た。
ティルは酷く心配していたようで、を見とめるなり安堵したように息を吐く。はそんな彼に申し訳ない想いで一杯になった。
「ごめん・・・、心配させちゃったみたいだね。」
彼は、乳母であるグレミオを亡くしてしまったばかりである。そしてと異なり、彼はグレミオが死んだ時、扉一枚隔てたところにいたのだ。それがどれだけ、彼の心へと悔しさと悲しみを与えたかはわからない。
それでも彼はこうして立ち止まることなく立って、立ち直ることが出来ず躓いていたを気にかけてくれていたのだ。 はティルが何かを口にしてしまう前に息を吸った。
「もう大丈夫だから!」
快活な笑顔を浮かべて、そう言いきる。立ち止まるわけにはいかなかった。彼は進んでいるというのに、立ち止まっている自身のことなど気にかけさせ止まらせるわけにはいかない。
ティルはそんなに戸惑っていたようだった。彼女が慕っていたグレミオの死に受けた衝撃は、計り知れない。けれど彼女の今までのことから、どう考えても強い衝撃を受けないはずがないのだ。だからこそそんなが、一日近く姿を眩ましていたことにティルは焦っていた。彼女もまた、いなくなってしまうではないかと。
けれど彼女は今こうして、いつものように笑みを浮かべ、明るい声でそう告げた。それは無理やりに作り上げた逆にあからさま過ぎるほどの陽気さであったが、それでもが浮かべた笑みに偽りはなかった。
「――そっか。」
ティルもまた、その事に触れずに微笑んだ。
だからこそグレミオがいなくなってしまった以前の空間に、戻れたかと思えた。けれどふと、が表情を真剣なものする。それはティルが数回しか見たことがないもので、――いずれも食に関することだったが。
ティルは彼女の異変を察知し瞬時に身構える。彼女が何を言い出すのかはわからない。けれど、真剣な表情をした彼女にどこか嫌な予感がした。
「ティル、ううん。軍主殿にお願いがあります。」
いつになく真剣な表情で、黒く真摯な目はティルへと向かう。彼女はティルを見つめたまま、はっきりと告げた。
「私を一般兵として、戦に加えてください。」
彼女の言葉に心臓が凍りつく。
笑みを固まらせたティルは、けれどすぐに我に返った。緩やかに首を振る。
「だめだよ。は家事手伝いが仕事でしょ。それに、君は戦えない。」
「でも今は、少しでも戦力が欲しいでしょ。だから私も」
。」
けれど彼女の言葉を遮りティルは彼女の名を呼んだ。浮かべていた笑みは消え、感情を削ぎ落としたような無表情だった。
「君は戦えないんだ。」
言葉は表情と同じ温度のないものだ。逆らうことは許さないといった、強い金色の目に は息を呑む。その目から、表情から出される威圧感は半端ではなく、彼の様子には頷いて引いてしまいたくなる。
けれどはここで引くわけにはいかなかった。逸らしてしまいたくなる常とは違う、温度のない彼の目を見つめ返し、半ば睨みつけるようになってしまったが、それでも逸らすことなく告げた。
「でも解放軍が、少しでも戦力が欲しいのは変わらないはずだよ。どうしても私が戦えなくて駄目だっていうなら・・・それなら私を試して欲しい。」
自身がどういう事を言っているのかはわかる。戦に出るという事は自身の命すら覚悟し、相手の生死も構わず勝利を手にするまで戦い続けるのだ。
は戦うことは出来なかった。それでも未だ帝国軍に比べ、人手が足りない解放軍では少しでも戦力になることが出来るはずだった。
揺ぎ無い目をしたに、けれどティルも譲る気はないようだった。だからこそ次に彼が放った言葉に、は言い出したのは自分といえど驚いてしまった。
「いいよ。」
肩透かしをくらったような に、ティルは続ける。相変わらず温度の感じない、金色の目をに向けたまま。
が俺から一本取れたら、の参加を認める。」
誰が適当な者を見繕って、相手をさせると思っていたは、軍主であるティル自らの案に目を瞬かせる。
ティルはのこの世界では少ない友人である。しかしその友人が相手といえど、はもう引き返すわけにはいかない。
相手が誰であろうと、全力で向かうのみだった。
「わかった。」
は真剣な表情でそう頷いた。


***


翌日の昼食後。
敗戦処理と次の戦への手配をす早くすませたティルと、は中庭で手合わせすることになった。都合よく、スカーレティシア城攻略で必要になる解毒剤が完成するには、いくら帝国随一の名医であるリュウカンといっても1週間の時間を有した。一つであれば一日もかからなかっただろうが、毒を撒き散らす花を真っ先に無くすにも、たどり着くまでに数百分の解毒剤を必要とするからだ。はすぐに、軍主であるティルと手合わせの時間を得ることが出来たのだ。
とティルが持つのは木刀だった。ティルは棍が主流であるらしいが、刀を扱えないこともないらしい。それでも手加減させてしまうことには変わりないだろう。けれど手加減されようとも、は負けるわけにはいかなかった。
内容はティルから一本を取ること。そうすればは認められ、一般兵として戦に参加することが出来る。
そしてこれは屁理屈ではあるが――ティルは彼から一本を取ることだけを条件に上げて、制限時間を設けることはなかった。その為、はティルから一本を取るまで挑み続けるつもりであった。
「内容は俺から一本とれたらの志願を認める。けど取れなかったら――参加は認めない。」
ティルが確認するように口にする。はそれに頷けば、互いの間に沈黙が降りた。
静寂につつまれ、互いに木刀を構える。数瞬。
「行くよ、ティル!」
草を踏みつけ、は思いっきりティルへと木刀を振り上げた。

ティルは、強かった。確かに は木刀も持ったことのないど素人で、彼は戦う術を知っている。差は歴然としていて、それはが予想した以上であり、最初こそ正々堂々、宣言してからティルとの間合いを狭めていたのだが、それも時間が過ぎるうちにそんな事を言う事すらなくなっていた。
最初、は馬鹿正直に正面から振り上げていて、鍔迫り合いになることもせず木刀の側面へと叩き込まれ弾かれていた。それが何回か続いたうちに、ようやくただ単純に振り上げる速度を、短くするだけではいけないのだと気付く。の腕力では速度に限界があるし、仮に素振りを短くしても、今度は力が足りず側面を叩かれることはなくとも、木刀と木刀を交わらせるとすぐに力で押し負け、弾かれてしまう。
それからは角度を変えたり、振り上げるだけではなく、喉以外にも突きや、横へと振り回すといったこともするようになった。やった事こそないが、前の世界のテレビで見たことのある剣道の型などで通用するようには思えなかった。形振り構わず攻撃をしかける。けれどどれもティルに打撃を与えることなく、弾かれてしまっていた。
いつの間にか日が暮れ、の体力も限界に近づいていた。常に全力でかかっていた足と腕は疲労感で重くなり、呼吸もまた乱れていた。それもその時点で、どんなに途中で振りかざす軌道を変え小細工をしても、単純に力の限り振りかぶっても、ティルの不意をつくことは出来ずにいた。最高で三回、木刀を交じあわせる事が出来た程度である。
全身から汗を流し、肩で息をして苦しげに顔を歪めさせながらも、幾度となく弾かれた木刀を拾い上げて構えるに、ティルは眉を寄せる。
「いい加減、諦めたら?」
足はふらついていて、もう碌に走ることも出来ないだろう。腕の筋力も限界なのか、小刻みに震えている。まさに全身が体力の限界に震えているといっても過言ではない。それでも諦めず立ち向かって来ようとしているに、ティルは抑えていた苛立ちが湧き上がってくるのを感じた。
「そんなに戦に出たい?戦場はが思っているより甘くない。自分の命を掛けて相手の命を奪うんだ。誰もが死に物狂いで襲い掛かってくる。」
「それ、でも・・・・」
乱れた呼吸の間からは途切れ途切れに言う。彼女はそんなににも息が乱れ、対して自分は微塵も息が乱れていないというのに。彼女の目は鋭く、一向に戦意を喪失しようとしなかった。
「そんなに、グレミオの仇をとりたいの?」
ティルは口の端を上げた。
が見たことのない、冷たい笑みだった。いつもどんな時でも優しい光を持つその目は、鋭くを射抜いていた。
「そんな理由で戦に出るつもり?誰かを恨んで戦に出ても何も――」
「違うよ。」
は呼吸を少し整えて、途切れさせる事なくそう告げた。
そう勘違いされてもおかしくない。けれど自身が戦に参加したいと思ったのは、それではなかった。
「確かにグレミオさんを、・・・殺した相手は、憎いと思う。その人を前にして私は殺してやりたくなるかもしれない。けど、私が戦に出るって決めたのとそれは関係ない。」
ティルを見つめては続きを口にする。どんなに剣呑な雰囲気で、鋭い視線を向けられても怯むことなくは言った。
「気付いたから。グレミオさんを無くして、気付いたから。誰かを失ってからじゃ、遅いんだって。」
彼が死んだと言われ、どうしようもなく悲しんだ。ただずっと悲しんでいた。けどグレミオは傍にいてくれる。
もう会うことは出来ない。けれど確かに今も瞼を閉じれば彼の姿が、温もりが蘇る。
彼はずっと、傍にいてくれるのだ。
(「そうやって、いつまでも無くしたものに縋りついて、今あるものを無くすつもり?」)
そう言われて、 は悲しみから立ち上がることが出来た。確かに悲しみは消える事はないけれど――もう止まるわけには行かなかった。少なくても、今もこうして帝国と戦い続けているからには。
悲しみ以上に後悔が浮かび、そして今度こそとでも立ち上がることが出来たのだ。
「もう誰も奪わせない。私は守りたい。少しでもいいから大切な人を守りたいんだ。だから、」
「俺たちは に守られるほど弱くない!!」
そこでの声を遮ってティルが声を荒げた。いつになく、それこそに大森林に同行して欲しいとマッシュが告げた時のように険しい表情で。
は感情を剥き出しにして言うティルに目を見開く。けれどは怒りに顔を歪ませる彼に微笑んだ。
「それでも私は、ティルを守りたい。もう失いたくないから。」
その時は、なぜ自分でも微笑んだのかわからなかった。ただ彼の事を思うと、込み上げてくる暖かい気持ちがあったのだ。それは何か、わからないけれど。グレミオを無くした今、ティルまで無くしたくはなかった。
ティルはの言葉に顔を歪める。
「それでも俺は、君を戦に出すつもりはない。」
失いたくないのはティルも同じだった。だからこそ彼女を、戦場という危険な場所に立たせることは到底許せない。守りたいものを守るといっても、戦場は互いを傷つけあう場所でしかないからだ。確かに今の解放軍は一人でも少しでも力が必要だった。もし言い出したのがなければ、ティルはきっと自分が相手になると言いもせず、頷いていたのだろう。私情を挟み軍主失格であろうが、それだけは譲れなかった。
それでも最初から否定することなく、自分が相手になると言ったのは、一度決意を固めた彼女を頭ごなしに否定しても、彼女は頷くような人物ではないと知っていたからである。自分が彼女の相手になり、そんな考えを二度と抱かないよう捨てさせるつもりだったのだ。最初こそ誰かを相手にしてが怪我をしたら、と言い出した事であったが、彼女は何度も立ち上がり、諦めない。
だがそれでも。大切だからこそティルも譲ることなど出来なかった。そんなティルには言う。
「なら、ティルを認めさせるだけ、だ!」
そう言い放つとはティルへと木刀を振りかぶった。正面から打つと見せかけて、寸前で軌道を右胴へと修正する。
けれどそれすらも予期していたらしいティルの木刀とぶつかり、弾かれてしまう。木刀から振動する打撃の強さにバランスを崩し、は思わず数歩下がった後、地面に片膝をついた。
すぐに起き上がろうとして、けれど膝に力が入らず起き上がれない事には眉を寄せる。
そんなを見てティルもまた眉を寄せたまま言った。
「分からないの。 じゃ俺から、一本を取る事なんて出来ないんだ。」
は息を詰まらせる。確かに、わかってはいた。こうして昼から既に夕日も沈み、薄暗くなるまで何度も何十回も、ひょっとすれば何百回も彼へと切りかかっているのに、自分はこんなににも体力の限界で、一方のティルといえば 息すら乱していない。同年代であるというのに彼と自分の力量の差は本当に、歴然としてた。けれど、とは奥歯を噛み締める。再び立とうとして膝に力を込める。しかし力が入らず、は立ち上がる途中で木刀を地面に突き刺した。
「けど、私は、」
木刀を杖にしてはようやくその場から立ち上がる。体の筋肉も関節という関節も悲鳴をあげている。今にでも動くのをやめてしまいたいと。
それでも、
「諦めるわけには、いかない!!」
もう失うのは嫌だった。
誰かを失って後悔なんてしたくない。
探して探して、いくら待っても見つからない。見つからないことに現実を突きつけられる、そんな思いを、もう二度としたくなかった。
ここで諦めるわけにはいかないのだ。まだ戦にも立っていない。彼らを守れてもいないというのに、ここで諦めるなんて事は出来なかった。
――誰一つ失うことなく、何一つ掛けることなく。
そんな無謀とも言える願いを、叶えるためにも。
は足に力を込め、草を踏みつけると、ティルへと懇親の力を込めて切りかかった。
何か小細工することなんて頭になく、ただ力の限りティルへと振りかぶろうとする。
足は限界でそれこそ立っている事が苦痛な今、一歩一歩が重い。けれどそれすらも感じる事もせず、ひたすら早く前へと、縺れそうになる足を走らせる。
けれどそれは途中で止まってしまった。
はまだ木刀を振りかぶっていない。足もティルのあと一歩というところで止まってる。
だというのに、固まってしまったのはだけではない。ティルもまた目を見開いて固まっていた。
は我に返り木刀を振りかぶる。
そして、ティルの白い喉元へと突きつけた。
何に妨害されることないそれは、実質がそれまで諦めていなかった、『一本』であった。

何が起きたのかはわからない。けれどがティルへと向かった時唐突に、閃光と風が生まれた。それはティルへ、ティルの持つ木刀へと向かい。
一瞬の出来事だった。それが止んだ後、ティルの木刀は、柄から上の刃が折れていたのだ。
ただその光は確かに、 の右手から生まれたものであったのをティルは見ていて、 もまたそれの出所は見れなかったが、自身の右手の甲が疼いている気がした。
そこにあるのは手袋をして隠しているがティルも知っているもの。
真の工の紋章だった。





ビクトールは夜も遅く、夕飯時になったというのに、一向に食堂に現れないティルを心配していた。
彼はグレミオを亡くしたばかりというのに、それを臆面に出すこともせずいつも通りに振舞っていた。けれどグレミオの死に居合わせたビクトールは、扉越しにグレミオへと叫んでいた悲痛な声を聞いていたのだ。それでも彼が普通に振舞うことが出来るのは解放軍リーダーだという重責、そして―― がいるからだとビクトールは思えた。
彼女がいるから、彼は立っていられるのではないかと。それは憶測でしかないが、そんな気がしていた。けれどその彼女も、昨夜まで姿を眩ましていた。それを知ったときのティルを思い出すと、やはり彼女がいるから平静を保っていられたのだと思わずにはいられなかった。
今、この食堂にはティルがいない。 は使用人であるからいつも少し遅れて食堂へとやってくるのだが、ビクトールは胸騒ぎがしていた。
そんな時だった。マッシュからティルを探すのを手伝って欲しいと言われたのだ。なんでも目を通して欲しい書類が出来たとか。大広間から出て外で探す者と、中で探す者の二手に別れようということになっていたのだが。
大広間から中庭への扉を開けた所で、ビクトールは視界に移った二人と大声に、やはり自分の胸騒ぎは当っていたのだと思った。
「駄目だ!!」
「なんで!一本とったら、て約束でしょ!?」
「それでも認めない。 が戦場に出る必要なんてない!」
「あー・・・二人とも、とりあえず落ち着け。」
いつになく穏やかな笑顔を消し去り、剣呑な雰囲気のティルと、そんなティルを負けじと睨み返し怒りも露な
本当なら話かけたくない。とばっちりにあったら恐ろしくてたまらない。特に軍主。あんな彼に食って掛かることの出来るはすごいと場違いにもビクトールは感心した。
けれどそういうわけにもいかず、そして二人が言い合っている内容は彼らの会話からなんとなくであるが理解できたからこそ、話しかけずにはいられなかった。
、お前戦に出るつもりなのか?」
振り返った二人のうち、を見てビクトールはそう尋ねた。いつも飄々とした雰囲気はなりを潜め、彼は真剣に聞いてきたのだと悟るとも真剣な表情で彼を見た。
「うん。今は少しでも、戦力が必要でしょ。」
「だから、の力は必要ないって言っているだろう。」
淡々としながらも抑えきれない怒気を滲ませて言うティルに、は振り向く。
「それでも私はティルから一本とったじゃない!」
「お前さんが・・・?」
ビクトールといえばに驚いていた。ティルから一本。それは簡単そうに見えて、実に難しいことであった。強固な戦士であるビクトールでさえ、彼と組み手をすることは骨が折れるし出来れば遠慮したい。彼は同年代の少年達より腕がよく、そしてビクトールとは大きく違う差異、頭の回転の速さでティルは自身より力のあるビクトールに対等に、時にはそれ以上に戦うことが出来るのだ。
だからこそ戦う術の知らない普通の少女である、が一本であろうがティルから取れた事は驚くべき事であった。彼が手加減したならわかるが、どうにも彼がそうした風には見えないし、内容が内容である。彼がこの件に関しては手加減する事もないだろうし、恐らくティル自ら手合わせをしたのは彼女を諦めさせるためだったのだろう。それなのに、彼女がティルから一本を?
「ビクトールさん、私と手合わせしてください。」
驚きに目を見開いているビクトールを、更に驚かすような事をが言う。思わず言葉を出す事も出来ずにいると、ティルが眉を寄せた。
「何を言ってるの?」
「だって、ティルは私がティルから一本とっただけじゃ認められないんでしょ。だったら、今度はビクトールさんから一本とってみせる。」
、」
「ビクトールさん、私と手合わせをしてください。それで戦に出せるかどうか試してください。」
ティルが何かを言おうとした事すら遮り、は傍の木に立てかけてあった、予備の木刀をビクトールの手に無理やり渡す。ビクトールは混乱しつつも口を開いた。
「だが、なぁ・・・。」
ティルからは本当にまぐれでとれたのかもしれないといった事は正直想像できないが、それはおいておき。
ビクトールもまた強い。伊達に解放軍設立当初から戦士として走り回ってるわけではないのだ。普通の少女から一本といえど取られるはずがない。
、止めるんだ。」
「嫌だよ。私はティルが認めてくれるまで、止めないし諦めない。」
ティルが相変わらず眉を寄せているが、それでもどこか強張った表情でそう言う。けれどは首を振った。
「これは、どういうことですかティル殿。」
そんな時、ビクトールが扉を開いた際大広間に響いた大声を聞きつけて、同じくティルを城内で探そうとしていたマッシュがその場に現れた。
「マッシュ、」
「行くよ!ビクトールさん!!」
ティルがマッシュへと意識を向けたそのタイミングを突いて、はビクトールにそう叫んだ。素早くいつも右手に嵌めている自作の腕輪を取って捨てると、ビクトールの元へと駆け寄りながら木刀を持つ手で右手の手袋を外していく。
ビクトールといえば突然そう宣言され戸惑ってはいたが、ここで彼女に一本とられるわけにはいかない。それは軍主が怖いということもある。しかしそれ以上に、彼の戦士としての矜持もあり、そしてという戦には無縁の普通の少女を、戦場に立たせるわけにはいかなかった。
彼も戸惑いを捨てると、彼女に身構える。
!止めろ!!」
ティルがそう叫んだ時だった。そこで思っても見ない出来事が起きる。
が木刀を左手に持ち、突然右手を振りかざしたかと思うと、ほんの一瞬、閃光と風が生まれた。それはビクトールの木刀へと向かう。見たことのない光だが、切り裂きと似たような魔法攻撃だろうか?眉を潜め風を木刀で防ごうとしたビクトールに衝撃が走る。攻撃魔法かと思われたそれの打撃は、ほとんど感じなかった。柄から振動は感じない。しかし、それが触れた瞬間、柄から刃を真っ二つに折れた。魔法攻撃による衝撃からではない。まるで瞬時に、分解されたかのようだった。
それに動揺しないわけがなかった。そしてその動揺している間に、既にあと一歩という所であったがビクトールの喉元に木刀の先を突きつけた。
といえば、やはり、と思っていた。あの光と風。そして奇怪にも破壊された木刀。
ティルの木刀が壊れた直後、右手の甲が疼いていた。それはが真の紋章を使った後の症状と似ている。だから は再び使用できると思ったのだ。
案の定、強く念じ右手を振りかざすと、ビクトールの木刀は折れた。そして不意打ちでも、彼から一本をとることが出来たのだ。
「な・・・・」
ビクトールが呆然と呟く。信じられなかった。自分が一本を取られたことも、そして木刀が折れたという出来事も。
自然とその原因であるだろう、 の右手の甲へと視線が向けられる。 のいつもしていた黒の手袋は外され、肌が露になり右手の甲に浮かぶ紋章らしきものが見えた。
「真の、紋章・・・。」
呆然と呟いたのマッシュだった。ティルはこれ以上ないくらい眉を寄せると、奥歯を噛み締め、ビクトールの喉元に木刀を突きつけた彼女の元へと向かう。
!何を考えてるんだ!?」
の右手を掴み、その紋章を自身の手のひらで隠すようにしてからティルは言った。 は彼を見て口を開く。
「出来ると、思ったんだ。ティルの時みたいに。あの時私の紋章が」
!!」
の言葉を遮るようにティルは名を呼ぶ。鋭い視線を向けてくるティルを見返し、は言う。
「もう隠せないよ。それに隠そうともしない。私はこの力を使って戦に出る。」
「そんなの」
「さっきから煩いと思えば。あんた達何やってんの?」
許さない、とティルが続けようとした時、その場にまた新たな人物が現れる。
緑の法衣と肩までの芭蕉の髪を風に揺らす、ルックだ。ルックは来るなり呆れた声で、を見ると眉間に皺よせて言った。
「特にそこの馬鹿女。本当、突拍子もない事言い出すよね。」
はそんな彼にむっとすることなく苦笑を浮かべる。自身でも我ながら突拍子もないと思っているからだ。
ルックはそんな彼女の様子に更に眉間に皺を寄せて、今度はティルを見る。
「そこの馬鹿女は確かに役に立つんじゃない。だから、戦に出してもいいと思うよ。」
は戦う術も知らない、普通の女の子なんだ。そんな事はさせられない。」
ティルはルックを鋭い眼光で睨みつける。剣呑な雰囲気を隠しもしない彼に、しかしルックは気圧されることなく、眉間に皺をよせたまま鼻で笑った。
「忘れたの?そこの馬鹿女も一応、真の紋章の継承者なんだ。」
ティルは彼の言葉に言葉を詰まらせる。真の工の紋章。彼女はティルにそれを持っている事を教えた後から細工ぐらいにしか使えない、本当に役に立たないと愚痴を零した事があった。だからティルも油断していた。いくら紋章は専門外であるとはいえ、まさかあの紋章に今のような事を起せる力があるとは思いもしなかったのだ。思い返してみれば、「故郷を失う」といった 呪いという大きな代償があるというのに、それだけしか使い道がないのも可笑しい事だった。故郷は人の心であると、何かの本にそう書かれていたのを以前、それこそグレッグミンスターに居た頃ティルは読んだ事があった。その人物を形成した場所であり、そこだけはどんな事があってもその者を受け入れる。故郷は心の故郷であると。それを読んだ時は現実的ではない、と思ったが確かにそうかもしれないと思った節があったというのに。それだけでなく、故郷を失った瞬間、 は家族や友人達、果ては知人さえも一気に無くしてしまったのだ。どうあっても会えない事は、その者にとって無くす事に等しい。それだけ大きな代償を払い、どうして小さな力しか得られないだろうか。今更気づいたティルは気づき未然に防げなかった事を悔む。
そして気付かなかったのは何もティルだけでなく、その紋章を宿している本人、とて同じであった。
真の紋章。世界を構成する一部であり世界に27しかない強力な力を持つそれ。服や料理を作るくらいにしか役に立たないと思っていた自身の工の紋章が、まさかこういった形で役に立つとは思ってもみなかった。
「え、ルック知ってたの?」
言葉を詰まらせたティルとは反対に、はビクトールやマッシュでさえも目を見開いているというのに驚くこともなく平然との事を真の紋章の継承者と言ってのけたルックに、驚く。
の右手はティルに掴まれており、その甲に刻まれている紋章を隠されている。だからこそ、ついさっき現れたばかりのルックが知っている事には驚いたのだが、ルックはそれに不快そうな表情をした。
「僕を誰だと思ってるの?どっかの馬鹿が紋章を使ってる気配ぐらいわかるんだよ。」
いちいち気の触る言い方であり、そのどっかの馬鹿がどうにもあんただよあんた、とを見るその目が言っているような気がして は頬を引きつらせそうになった。
しかし彼は知っていたのだという。紋章を使用している気配すらもわかるとはさすが魔法兵団長殿といったところか。真の紋章だと言い当てたという事は、使用している力が他の紋章とは違い特殊であるという事もわかったのだろう。やはりルック侮りがたしとは思う。
「・・・・そうですね。確かに、その力は我が軍の力となってくれます。」
マッシュまでそう言い出してしまい、ティルは鋭い眼光をマッシュに向けて異論を唱えようとしたが、
けれどその前にが口を開いた。「ティル。」
「ティルが心配してくれるのは嬉しい。けど私には力がある。・・・さっきまで知らなかったけど、この力さえあれば私はティル達をティルを少しでも助ける事が出来る。」
そう言ってティルに掴まれていた手を握り返す。
もう、この手を離すようなことには陥らせない。グレミオのように、彼もまた失うことなど耐えられないし、遠くで彼らが戦から帰ってくるのを待っているだけでもいられない。
は自身を見下ろすティルを見上げて苦笑を浮かべた。ティルがここまで反対していたのは、きっとグレミオのことあるだろうけれど、自身を心配してくれての事だ。
実際を見下ろす今の彼の目には、心配な色が見えていた。そんな彼の心配を取り除こうと、明るい声では話しかけた。
「私も、そう簡単にはやられないよ。確かに武器を持ってやりあう、って事になったら弱いけど、これは木刀を壊す事が出来た。それにきっと、もっと活用法があると思うんだ。これは工の紋章だから。多分、効くのは木刀だけじゃないはずだよ。」
この力さえあれば、はそれなりに軍の力になれるのだ。自分もまたそうそうやられはしないだろう。
「だから信じて欲しい。私は負けない。そして――ティル達の力にさせて欲しい。」
この想いが少しでも伝わればいい。自分の言っていることは嘘ではなく本当の気持ちで、もはや軍主である彼が認めずとも譲る事の出来ないものだと。
それでも彼が認めてくれないならば、積荷や食料の樽に紛れ込む事だって出来るのだ。多くあるそれを、さすがにティルといえども確認する事など出来ないだろう。
そう思ってはティルの目を見つめる。その想いはティルへと伝わっていた。そしてここまで来てしまうと、彼女がここで認めなくても意地でもついてきそうであるという事も予想できていた。
ティルは眉を下げ を見る。結局、こうなってしまえば
「――わかったよ。」
自分は折れるしかないのだ。 の縋りつくような必死な目が、喜びへと変わった。
リュウカンの解毒薬が完成し、スカーレティシア城へと攻め込むのはそれから4日後。
グレミオが亡くなり、1週間が経った時だった。

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