Skyting stjerner1-33

ガランの攻防戦は戦勝した。しかしその後、解放軍はミルイヒの篭るスカーレティシア城へと攻め込んだのだが、戦は敗北と終わってしまった。
「な、な。ユーリさんって美人だよなぁ。」
「そうだね。」
「彼氏とかいんのか?お前、飯ん時もユーリさんの隣だろ。なんかそういう話、聞いたことねぇか?」
「彼氏はいないって聞いたけど。最近ユーリさん、好きな人が出来たみたいだよ。」
「え!まじかよ!?・・・・あ、まさか俺?」
「そうかもね。」
「・・・ 。」
いつもより静かな城、使用人たちの休憩時間に食堂の一角でとシーナは話をしていた。
とはいってもシーナが意中の人であるユーリのことを、同僚であり何かと親しくなったから聞き出そうとのことだが。
しかしユーリの情報を聞けたというのに、シーナは溜息を吐いた。頬杖をつき彼の質問に答えていただったが、名を呼ばれてシーナに視線を向けると、不思議そうな顔をする。「なに?」
「・・・・お前なぁ、」
けれどシーナは続きを口にする事なく、を見て言葉を詰まらせ、金に近い茶髪の短髪を片手で掻き毟る。ややあってから彼はを見た。
「大丈夫だって。」
そう言ってシーナは、手を伸ばしての頭を数回優しく叩く。 を心配し、安心させるかのようにそうしたシーナには驚くが、それでも胸中に浮かぶもやは晴れない。
「シーナの手は私より大きいけど・・・小さいよね。掌も確かに固いけど、そんなに固くない。」
彼の人の掌は大きい。シーナもまたより背が高いため手も大きいが、彼はもっと背が高く手も大きかった。
掌の厚さも、剣を扱うシーナの掌は、確かに普通の青年よりは固いのだろう。けれど見た目に似合わず大斧を扱う彼の方が厚かった。そんなに、シーナは一度目を瞬かせてから尋ねる。
「・・・誰と比べてんの?」
「グレミオさん。」
途端シーナは呆れた表情でを見た。
「お前、ほんっとうにグレミオが好きだな。手だけでもわかんのか?」
「うん。わかる。大好きだから。」
恥らう様子もなく即座にそう言い切るに、シーナは内心これはティルも大変だな・・・・と思わずここ三ヶ月、というかシーナがこの城に来た当日に、二度ほど嫌がらせを受けたことからわかったに好意を寄せているらしい彼へと、同情の念を抱いた。
グレミオとがそういう関係でなくとも、彼らの仲に早々入る込むことは出来そうにない。いくらシーナから見ても完全無欠であるティルといえども、グレミオは最大の難関だろう。シーナはの頭から手を退けて、頬杖をついて彼女を見る。 は平然としているつもりであろうが、彼女の目は常に不安に揺れていた。
そんな様子で食堂前を歩いていたにシーナは思わず声を掛けていたのだ。いつものように気楽にどの子が可愛い、あの子は彼氏いるのかといった話をしていれば、彼女もいつもの調子を取り戻してくれるかと思ったのだ。けれど話の最中もその不安な様子は消えることなく、返す言葉もどこか力がない。
「大丈夫だって。確かにスカーレティシアでの戦は負けたけどよ。今回は戦じゃない。ただリュウカンっておっさんと、監獄に捕らえられた解放軍のやつらを助け出しに行くだけだろ?」
スカーレティシア城の戦は敗戦した。それはその城に、厄介な痺れ薬のような毒を振りまく花があったからだ。それに対抗するため、ティル達はそのまま帝国随一の名医と誉れ高いリュウカンに毒消しを作ってもらおうとしたのだが、しかし彼が仲間に入ると言ったところで彼は帝国将軍、ミルイヒに攫われてしまったのだという。リュウカンとフリックの言っていた、西方へと逃げ延びた際帝国の反乱分子狩りで捕らえられた解放軍の面々を救い出す為、ティルを筆頭に、力ある者達は今この城を空けているのだった。
しかし戦闘能力が高いシーナがなぜこの城にいるかというと、それは戦える者全て連れて本拠地である城を空けるわけにはいかなかったからだ。 だからシーナや数人の戦闘員達は今回の戦には出ることなく、この城へと残っていた。
安心させるようにシーナはそう言ったが、の表情は逆に曇ってしまう。監獄から仲間を解放しに行く際、捕らえられた仲間達に危害を与えられぬよう今回の作戦は隠密に行動しなければならなかった。だからこそ監獄へと向かう者達は解放軍の中でも強い者達で、人数もまた少なかったのだ。それがの不安を煽る。少人数で、彼らだけで大丈夫なのかと。
(「大丈夫。必ず帰ってくるから。」
 「坊ちゃんの仰る通りですよ。ですから、ちゃんは待っていてください。行ってきますね。」)
他の兵達同様、戦から帰ってきたばかりだというのに、すぐに仲間を解放しに監獄へと向おうと城を出る前、一度だけ顔合わすことの出来たティルやグレミオはそう言っていたが。
不安に瞳を揺らすに思わずシーナは再度手を伸ばしの頭に手を置いていた。
「大丈夫だ。あいつらが、早々くたばるわけないだろ?」
そう言って笑って見せる。 は彼の気遣いに、正直に言えばまだ完全に不安は消えないものの、小さく笑って見せた。大丈夫だ、彼らは強い。そう心に言い聞かせて。

人はいるものの、いつも飄々としていて軍のムードメーカーといってもいいビクトールや、多くの城の幹部達がいないトラン城は、いつもより比較的静かだった。そんな城が慌しくなったのは、その次の日の朝だ。
予定した時よりも彼らが帰ってくるのが遅い。そう言って城に残っていた軍師であるマッシュが、数人の兵士を引き連れ監獄へと向かったのだ。
嫌な予感を抱きながら、もまた否応なく不安が煽られ彼らが無事であることを祈っていた。
そしてその日の夜、マッシュ達は帰ってきた。ティルも、ビクトールも、今回任務を結構した者達を連れて。
――けれどその場には一人だけ、欠けている者がいた。
順調に仲間を救い出した彼らだったが、最後の最後で、帝国五大将軍の一人であるミルイヒに見つかったのである。
当然戦闘になるかと思われたが、しかし彼は戦うことをせず、ティル達のいる部屋に人食い胞子という植物を放った。そんな時、彼は自身が残って扉を閉めたのだという。
後から彼がいないことに気付いた面々は、扉の向こうにいる彼へと出てくるように言った。けれどその扉は、内側でしか操作の効かないものであったらしい。だから自分は残ると。その部屋に放たれた、人食い胞子に体を蝕まれながら、彼は一人彼らを逃がすために残ったのだ。
そうしてマッシュ達が助けに行き部屋が開かれると彼の人は何処にもいなく。
何も残すことなく、彼は死んでしまった。
は呆然と、ティルやビクトールが話すその話を聞く。涙さえ流さなかった。ただ信じられなかった。
呆然と呟く。
「グレミオさん、が、死んだ・・・・?」
呟いたそれを、信じることなど出来なかった。
――誰一人欠けることなく、何一つ失うことなく。
―――そんな事は無理だというのに。



***


「グレミオさんの作るシチューって、美味しいですよね。」
そう突然言い出したに、グレミオは思わず紅茶を持ち上げていた手を止め苦笑を浮かべた。
「そうですか?」
「そうですよ!いえ、グレミオさんが作る料理は全部美味しいんですけど。特にシチューは格別なんですよねえ・・・。」
そう言いながらは、昨晩夕食にて食べたそれを思い出し呟く。
夕食は人数が多いということもあり、切る者と煮込む者焼く者と役割を分担することもあるが、大抵何人かに分かれて一つの鍋を作ることが多い。
そしてグレミオの作るシチューは、誰もがその話を出せば熱く語り出してしまうほど美味しいらしい。それに美味しいもの好きなは食べてみたいな、と 思わず小さく呟いたのだが、それを聞き取ったらしいグレミオがいつもは戦闘員、主に幹部の人達へと出すそれをも出してくれたのだ。
それだけでも嬉しいというのに、その味は
「まさに至高の一品。あまりに美味しいんで私、あのまま天に召されるかと思いましたもん。」
口に入れた瞬間、は目を見開き、数秒硬直していたものだ。当時を思い出しうんうんと頷いているとグレミオが苦笑する。
「そんな大袈裟な。」
「大袈裟じゃないです!私、本当にそう思いましたし。それにしてもあんな美味しいシチューが作れちゃうなんて、やっぱりグレミオさんは凄いなぁ・・・。」
「あ、なら作り方教えましょうか?」
「本当ですか!?」
「はい。」
思ってもみない言葉に、は驚いて回想のため遠くを向けていた視線をグレミオへと向ける。笑みを浮かべたままグレミオは頷き、そんな彼には是非、と声を上げようとしたのだがふとそれを止めた。そして苦笑を浮かべて、はいつのまにか腰を上げていた椅子へと座りなおした。
「やっぱり、いいです。」
「どうしてですか?」
グレミオは首を傾げる。先ほどまでの様子から彼女は喜んでくれそうだと思っていたのだが。実際教えると告げた時、彼女は確かに喜んでいた。遠慮してしまっているのだろうか。ならばその必要はないとグレミオは言おうと思ったのだが、の方が先に口を開いた。
「なんていうか。グレミオさんが特別というか、グレミオさんが作ってくれるシチューが特別というか。確かに作り方を教えてもらったらグレミオさんみたいに美味しいシチューを作れるのかもしれないんですけど、 それも、ちょっと違うかなーって思うんです。グレミオさんの料理に込めた愛情とか。うんと、なんといえばいいのか。」
思ってもみない言葉に瞬きも忘れ、を見るグレミオに気付かず、 は頭を悩ませ感じたことを伝えようと言葉を探した。
けれどなかなか当てはまる言葉が浮かばず時が焦らすように流れていくだけで、は思ったままに口にする。
「グレミオさんが作るから美味しんです。グレミオさんみたいに美味しいもの、私も作って食べたいですけど、私はグレミオさんの作ってくれたものが食べたいんです。」
恐らく真似しようとすれば真似出来グレミオが作ったシチューのように美味しいものが出来るのだろう。けれど、それでは何かが足りないはずだとは思った。
グレミオが作るからこそ、あんなにも美味しいものが出来るのでは。彼の、恐らくは少し思うところがないわけではないがティルへと愛情を込めて作ったシチューだからこそあそこまで美味しく出来るのではと。
「とにかく、たとえ味は同じであったとしても、グレミオさんのは特別ってことです!」
がそう言い切ると、そこでようやくグレミオが呆気にとられたように自分を見ていることに気がついた。
は逆にそれに驚き慌ててしまう。
「えと、その、私変なこと言いました!?言っちゃいました!?」
自身ですらよく理解していないことを口走っていたという自覚もあるので、は冷汗すら浮かびそうな勢いでグレミオに詰め寄る。けれど呆気に取られていたグレミオは、そんなに首を振ると笑みを浮かべた。
「私もちゃんの作るお料理、好きですよ。だからも私も、 ちゃんのお料理は特別ですね。」
そう言ったグレミオに、今度はが呆気に取られる番であった。
けれど次第にゆるゆると頬を緩ませ、もまたグレミオと同じように笑みを浮かべるのだった。
その日から、夕食にシチューが出ると一つの慣行が出来た。の席の前にはシチュー。それはグレミオの席の前も同じであったが、前に置かれたそれはよく見れば大きさや切り方、濃さが違う。そして味もまた違った。
の前にはグレミオが作ったものを。
グレミオの前には が作ったものを。
特別な二人だけの慣行だった。


***

敗戦の報せが届き、それからの記憶は曖昧であった。
何度か厨房に向かい、物干し場、裏庭、そして厨房へと足を向けた記憶はある。しかしどこを探しても、の脳裏に鮮明に残る優しい金色は見当たらない。飲まず食わず歩き回り、何時しかは裏庭の木の木陰で蹲っていた。
膝に顔を埋め、体を縮こませて全てを拒絶する。何も見えない、何も聞こえなければ、何も思うことはない。目に映るもの全てから探さずに済むのだ。時間の経過は最早、彼女には分からなくなっていた。記憶の残る、柔らかな声だけを待ち続けていた。
「あんた、いつまでそうしてるつもり?」
頭上から降ってきた声に、はしかし、変わらず顔を上げずにいた。常ならばその声を聞くと、彼女はすぐに反応する。何しろ、彼が話しかけてくるのは珍しい。しかしこの時、そんな声もは聞きたくはなかった。
ただ膝を抱え葉が擦れる音を聞いて、彼の声だけが聞こえるのを待つ。いつも彼がしてくれたように、この場所で、その声が手が、降ってくるのをただ待ち続けていた。
無反応なに、声をかけたルックは眉間に皺を寄せる。
「もう一度聞くよ。いつまであんたは、そこで蹲ってるつもりなんだ。」
は答えない。を見下ろすルックは淡々と、けれど険しい表情をして告げた。
「あれからどれくらい経ってると思ってるの?そうやって、現実から目を逸らして楽しい?」
「――楽しくなんか、ないよ。」
そこでようやくは反応した。ゆるゆると膝に沈めさせていた顔を上げ、夕焼け浴びて紅く染まった彼を見上げ、睨みつける。
「楽しくなんか、ないよ。けど、けどいないんだ。グレミオさんがどこにも。今朝だって、いなかった。いつも厨房に立ってるのに、いなかったんだ。おはようって、一番最初に声を掛けてくれるグレミオさんがいない。一緒に休んでくれたグレミオさんがいない。お母さんみたいだった。お父さんみたいでもあった。すごく優くて、暖かくて。・・・・グレミオさんがいないんだ。どこに行っても、待っていても・・・グレミオさんの声が、聞こえない。今だって、覚えてるのに!」
抱きついた彼の体の暖かさも、抱きしめ返してくれた彼の腕の暖かさも、撫でてくれた掌の暖かさも。どんな時でも欲しい言葉をくれた優しい言葉も。全て一つ一つ思い出せるというのに。こうしていつもの洗濯場から離れた、人目のつかぬ森林の昼寝の定位置にも、彼はもう現れない。いつだって彼がいてくれた場所に、彼は見当たらなかった。
優しい時間が来ない。グレミオがいればどんな時でも暖かく感じた風は、ただ冷たく肌を撫でていた。彼がいないというだけで、こんなにも寒いのだと、は痛感する。
赤く泣き腫らした目で鋭く睨みつけられたルックは、しかしに怯む事なく、眉間に皺を寄せたまま彼女を見下ろしていた。
「命あるものは、多かれ少なかれいつかなくなるんだ。それが、ただ早かっただけだろう。そんな事に一々落ち込んで、馬鹿馬鹿しいったらないね。君は、この戦をなんだと思ってるの?
戦は遊びじゃないんだ。誰だっていつ命を無くすか分からないんだよ。」
「けど・・・!」
分かっている。分かっているけれど、感情が追いつかなかった。ついこの間までいてくれた彼が、今はどこを探してもいないという事に。名を呼んでもそれに返す返事はもうない。
苦痛に顔を歪ますを見下ろしてルックは言う。
「そうやって、何時までも無くしたものに縋りついて、今あるものを無くすつもり?」
どういう事かと、眉間を寄せたにルックは続ける。
「うちの馬鹿軍主が、あんたのこと探してるんだよ。敗戦処理だって、次の戦の準備だってあるのにそれも御座なり。今朝からずっとだ。あんたはこうして、こんな所に蹲ってるし。どうしてくれるわけ?」
朝からこの場にいたは、知らなかった内容に目を見開く。ルックは更に続けた。
「あいつも一応人間だからね。戦も監獄からも帰ってきたばかりだってのに、人のことに鎌かけて自分のことも省みないで。軍主に倒れられたら、こっちも困るんだけど。」
呆然と自身を見上げてくるを見下ろし、ルックは尋ねる。
「それに、あんたあいつから聞いてなかったの?そんな事ないよね。あの付き人が死んだ事実と一緒に、あいつの遺言を伝えたはずだろ。大方、あんたの事だから動揺して聞いていなかったんだろうけど。」
最初のように食ってかかる様子もなく、ただ見上げてくるだけのに、ルックは静かな目で続けた。
「あいつは、いつもあの軍主とあんたの傍にいるってさ。」
(「グレミオが・・・・『傍にいれなくなってすみません。でも、グレミオは、いつも坊ちゃんと ちゃんの傍にますから。』って、言っていたよ。」)
ルックの言葉とともに、はそこで聞いていたはずの、ティルからのグレミオの遺言を思い出した。
刮目したままのにルックは再度尋ねる。
「もう一度聞くよ。――あんたはいつまでそうしてるつもり?」
はただルックを見上げた。彼は機嫌が悪そうに眉間に皺を寄せていて、本当に気分を害している。
けれどどうして気付かなかったのだろう。よく見ればその目の奥には僅かに、心配そうな色帯びていて。ティルも今朝から、探してくれているという。
(「そうやっていつまでも無くしたものに縋りついて今あるものを無くすつもり?」)
確かにその通りだと、そこでは小さく自身に嘲笑する。ここで蹲り続けることも出来る。けれど、そんな訳にはいかないのが現実だ。
今はもう遠くに行ってしまったグレミオは言っていたのだ。彼は傍にいてくれるのだと、最期の時まで。
は瞼を一度閉じる。グレミオの声は聞こえない、温もりももう感じない。けれどそれは確かに心に刻まれていて、彼は確かに傍にいてくれているのだ。
瞼の裏で、はグレミオが優しく微笑んでくれたような気がした。
だからも彼に微笑む。いつもそうしていたように――もう大丈夫だと。
唾を飲み込もうとして、すっかり乾ききった咥内に水分を飲んだのは何時かと思い出す。
瞼を開けて立ち上がった。長くその体勢でいたせいか、立ち上がった時足が痺れてバランスを崩してしまったが、珍しく、ルックが手を差し伸べて腕を掴むと支えてくれた。
は再び小さく笑う。今日は彼にも気を使わせてしまった。
「・・・もう、大丈夫。ありがとう。」
は笑ってそう告げた。草を踏みしめて一歩踏み出す。
肌を掠める冷たかった風は、再び僅かに暖かみを帯びていた。


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