Skyting stjerner1-32

フリック達の会話を偶々一部始終見ていたであったが、誰も自身の存在には気付いていないと思っていた。何しろ口も挟まず物音も出さずに、出入り口から離れた壁際に立っていたのである。生憎岩壁と肌色は異なるが、存在感のなさからそのまま風景に同一化され、気付かれていないと思っていた。しかし、そんな事はないらしい。
誰ともなく大広間に集まっていた解放軍幹部達が去っていく中、黒髪の少年が振り返る。稲穂色の目がを捕らえ、は―――しまったと思う。いくら大広間で話していたと言っても、幹部達だけでどこか重要そうな話をしていたのだ。いくらその場の重い空気に動けず、話すら分からず聞いてしまっていたとしても、聞いてはいけない話だと思ったのだ。内心冷や汗をかくに、けれどティルは聞いてしまったに怒る事なく、またその場に居合わせていた事に驚く様子もなく、ただ、いつものように微笑んだだけであった。
実のところ、はその時すっかり忘れていたが、彼らは戦闘員であり気配や物音に敏感で、またマッシュやサンチェスといった裏方の面々も端からの存在に気付いていたのだが――そうとも知らないはそんなティルに逆に驚いてしまった。
、お仕事お疲れ様。」
いつもの笑みで、仕事の最中、偶然顔合わせた時と同じように声を掛けられてしまい、は動揺する。しかし彼は何事もなかったように接してくるのだ、きっと何も聞いて欲しくなく、にも何もなかったように接して欲しいのだろう。
そう思いもまた、いつものようにそれに答えた。
「う、うん。ティルもお疲れ。」
しかし声はどもり、浮かべた笑みも若干引きつってしまったが。どうして自分はこう、何事もなかったように振舞えないのだろう。同年代であるティルは完璧に振舞うことが出来るというのに。そう考えるとは否応なしに凹んだ。自身とティルの器量の差はわかっているのだが、それでもここぞという時は対応出来るようになりたいものである。
の動揺は勿論聡いティルにも伝わったようだった。ティルは苦笑を浮かべる。
「ね、仕事もう終わり?」
「え、・・・うん。終わりだね。」
ティルの思っても見ない言葉に、は一瞬思考が追いついていかなかったが、さっと大広間を見回す。埃が落ちていないのを確認し、前回の掃除時同様か、それ以上に集まった手元のちりとりの中身を見てそう答えた。
時間もまた、フリックの声がするまで集中していたせいで気付かなかったが、相当経っているはずであった。
「じゃあ、ちょっといい?」
は目を瞬かせる。今にも首を傾げそうな彼女に意図を察していないと察したティルは、続きを口にした。
「話したい事があるから。」
あれ、これってやっぱさっきの重大そうな話聞いちゃったから?
このタイミングで話とは、絶対にそうであろう。苦笑を浮かべそう告げたティルには思わず固まったのだった。


ティルに連れられてティルの部屋、軍主室に招かれたは、やはりそうなのだとその場を去ることなく幹部の話を聞いてしまった自分自身に嫌気が差した。
即されるままはこれから罰則を受けるかのように固い面持ちで椅子に座り、テーブルを挟み向かいの椅子にティルが座ると、早速尋ねてくる。
「そうだな・・・ はオデッサさんって知ってる?」
それには首を横に振る。ティルはそんな彼女に「そっか。」と軽く頷いた。
「オデッサさん、オデッサ=シルバーバーグって言うんだけど、彼女は解放軍のリーダーだった人なんだ。俺の前のね。」
思わず顔上げたに、ティルは最後にそう付け足した。ティルは相変わらず笑みを浮かべたまま、続きを口にする。
「オデッサさんは解放軍を起した人で――当時帝国に疑念を覚えていた俺も、彼女の助言をきっかけにして、解放軍に入る事を決めたんだ。」
自身を見つめてくるに、ティルはの知ることのない、彼の過去を語り始めた。
「前、に言ったよね。俺の持ってる真の紋章は俺の親友、テッドから託されたって。そもそも、そうなってしまったのはテッドが帝国の任務で、俺達を庇って紋章の力を使ってしまったからなんだ。それで、その時居合わせた役人がテッドの紋章を狙い続けていた奴―― 帝国の宮廷魔術師、ウィンディに報告してしまって、テッドは帝国に捕らえられそうになった。けどなんとか逃げ延びて、重症を負って動けなかったテッドは、俺にこの紋章を託したんだ。その後すぐに帝国兵が俺の屋敷にやって来て、その時にテッドは、―――囮になって、俺達を逃がしてくれた。」
は何も言わなかった。いや言えなかった。 にはわからないが、ティルと話に出てきたテッドという人物には他人には分からない、親友だからこその絆がある。
それは淡々と事実を口にしていても、ティルの感情の篭った言い方から滲み出ていた。だからこそ、ティルがその時テッドを残し、逃げ延びたことも、テッドがティルに紋章の持つ不老という呪いと、帝国兵から追われることをわかっていても、紋章をティルへと託し、そして囮になった彼らの心境に第三者であるが口を挟むことなど出来なかった。
互いに庇い合うのではない、それぞれが独立した信念を持ち信頼し合う。それが肩を並べた彼らの関係で、だからこそ他者が入り込むことの出来ない深い絆だとは思った。
「それから俺――連いてきてくれたクレオやグレミオも、帝国に追われるようになって。そんな時ビクトールに会って、どこにも逃げる場所のない俺達は解放軍の元へと行ったんだ。そこでハンフリー、サンチョス、さっき大広間に居たフリックさん、オデッサさん達に会った。」
そこで、彼はが驚く内容を告げた。ティルは小さく笑う。
「最初は解放軍に入る気はなかったんだ。帝国には父さん――帝国五大将軍のテオ=マクドールがいるから。いつか無実を晴らすつもりだったんだ。」
は思わず目を見開いた。反対にティルはやはり知らなかったのだと苦笑を浮かべた。紋章により異世界から来たというは、この世界については疎い。だからこそ解放軍の軍主であるティルの事も、前リーダーであるオデッサの事も、 ティルの姓を知っても、それから誰もが知っているその人物を連想する事も出来なかったのだ。
一般人とは違う些細な事でも優雅な動作と、グレミオ、クレオ、パーンと従者を従えたティルは、どこか貴族の家柄だろうとは思っていたが――まさか帝国五大将軍、つまりは実質帝国内で皇帝に続くトップ2がティルの親だったとは。貴族も大貴族であったのだ。は驚いて今はこうして解放軍のリーダーであるティルを見た。ティルは更に続ける。
「そう、思ってたんだけどね。・・・匿ってもらう代わりに、解放軍の手伝いをしているうちに――俺の知らなかった帝国全体が見えてきたんだ。」
宝石で出来た装飾品、綺麗な衣服に磨かれた靴の帝国の役人。首都であるグレッグミンスターに住んでいたティルは、帝国人に囲まれ、煌びやかな世界で生きていた。 町の人々も、帝国の恩恵を受け、明るかった。しかしそれは表だけの姿だ。首都を出れば、町には表と裏が存在していた。整備された道に立派な家屋が立ち並ぶ町は、一歩路地を曲がれば崩れかけた家屋に、路地には課された重い税に、餓えた住民があちらこちらに蹲っていた。
――そこはティルが見たことのない、存在すら知らなかった世界だった。
「・・・情けないことに、それまで俺が知らなかった現実と、帝国兵としての任務、テッドの事もあって。
抱いていた帝国への疑念が高まって、俺は、自分の信念が揺らいで――そんな時、オデッサさんが言ったんだ。『自分の見たもの、自分の聞いたものに嘘をつくのか?』 これは俺に言った言葉ではないけど
――それでも俺は、その時決めたんだ。」
は彼が言う、オデッサの言葉に、思わず息を詰まらせた。 の胸にもそれは込み上げてくるものがあった――それは心当たりがあったからだ。この世界へ来ては立て続けに起こる出来事に、何度も現実から目を背けようとしていた。なぜ自分がこんな目にと。家族の元へ帰りたいと。 けれど結局、何度現実から目を逸らしてもそれは変わることはなかった。
「それで俺は、こうして解放軍に入った。」
そしてティルは―― のように目を逸らす事なく現実を受け止めたのだ。笑みを浮かべてそう言ってのけるティルが、には眩しく感じられた。
彼は本当に強い。同じ年であるというのに、どうして彼はこんなに強くいられるのだろう。その輝きは強く、は目を逸らしてしまいたい衝動に駆られた。けれどそれは、のみならず人を惹き付け魅入らせる。
もまた眩しいのに――彼から目を逸らすことが出来なくなっていた。
「それからしばらくして、アジトが帝国兵に襲われた。その時、オデッサさんは死んでしまったんだ。
それからは、オデッサさんの遺言でマッシュに助力を求めに行って――マッシュを仲間に入れて解放軍を立て直そうとした時、周りの意見から俺がこの位置に立つことになったんだ。」
ティルは一度瞼を閉じ、そして目を開けて言う。
「オデッサさんは死んでしまった。けれど、各地に散らばった仲間を集めに行ってる、という事にして、今まで彼女の死は隠す事になっていたんだ。」
それが彼女の意思であり、だから誰も、解放軍元副リーダーであったフリックでさえも、知らなかったのだとティルは告げる。は彼の言葉に目を瞬かせた。
こうして自分は知ってしまった。解放軍の幹部でもなく一介の使用人であるというのに。そんなの内心を察したティルは苦笑を浮かべた。
「そもそもこれは、出来たばかりの解放軍の士気が衰えないように今まで黙っていた事だから。こうして戦にも勝てて、仲間も増えた今、もう隠す事はないんだ。」
きちんと帝国へ立ち向かう体勢が出来たから、その希望であったオデッサ自身の死を、隠す必要はなくなったのだ。
はそれに納得の表情を浮かべる。そう言いながらもティルは内心、それだけではないとわかっていた。
何故かに聞いてほしいと、ティルは思っていたのだ。だからこそ大広間で彼女がいる事に気がついていても、ティルは何も言わずにいた。何故だろうと考えて――ティルはだからと、思った。彼女だからこうして話したいと思ったのだ。自身にとってこうして過去を話すようなことは、弱音に近いとティルは考えている。 どんな時でも、微塵も気にしていないように振る舞い続けていた。だというのにこうして彼女に話した事を理解した途端、ティルは情けない心地になった。 けれど、
「あのティル。」
自然と視線をテーブルへと落としかけていた時、向いに座るが彼に声をかけた。それにティルは内心情けないと思っていた事から少し慌てたが、表に出さず変わらぬ笑みで顔を上げた。
「何?」
「無理は、しないでね?」
は眉を下げそう告げた。そんな彼女を、ティルは瞬きすら忘れて見ていた。彼の様子に、は何かまずいことを言ってしまったのかと慌てる。
「あ、あの、私は軍主のティルじゃなくて、ティルの友達なんだから、その、疲れたらいつでも言って、いいし。確かに私は何か効いたことが言えるわけじゃない、けど。お菓子ぐらいなら、作れるし・・・。」
だが一向に変わらず驚いた様子のティルに、 は段々と言葉が沈んでいく。
彼が経験した事に、は何も言うことが出来ない。それは自身の経験の中身が、今では大分濃いがそれでも、彼よりも浅いものであるとわかっているからだ。培ってきたものの違い。には、ティルに言うべきことはわからなかった。だが、聞くだけならば出来、そしてお菓子ならばもそれなりに作れる。彼が無理に笑顔を浮かべることのないよう、そう言ったのだが差し出がましかっただろうか。 確かに厚かましいかもしれない。ドワーフの村では軍主扱いしなかった事に憤りを浮かべていなかったからこそ、はそう言ったのだが。あの時の笑顔は、内心怒りを秘めたものだったのだろうか。
確かに最初こそは、聞いてはいけないことを聞いてしまった罪悪感から固い表情をしてはいたが、ティルが話終えた今、それはない。彼はあの場に口も挟まずその場いるという存在まで消そうとしていた自身にも分かるよう話してくれたのだ。――そして以前、自分が聞くことが出来ないと思った彼の親友のことや同年代であり、貴族であるらしい彼がどうしてここにいるのかといったことも。 だからこそ少しでも彼が心を開いてくれたと思ったのだが、やはり違ったのだろうか。がそう思いだした頃だ。
「――うん。ありがとう、 。」
ティルがそう言い、そして相貌にはいつか、それこそドワーフの村で見た時のような柔らかな笑みが浮かんでいた。その笑みに、はそれまでの考えも消え、そうしても笑みを浮かべたのだった。

昨日ティルへと食って掛かっていた青年はフリックといい、なんでも前解放軍リーダーオデッサと恋仲であったらしい。そして当時は副リーダーであった。
解放軍は志を同じにする者達が集まって出来たもの。だからこそ無理やり彼を仲間を入れることは出来ないが、彼は何か情報掴んでいる可能性が高く、またティル曰く彼は少し熱くなってしまう事のある性格だが、それでも冷静さを取り戻してくれれば頼りになる人物であるらしい。そしてきっと、オデッサが残した解放軍を見捨てるはずがない、とティルは翌日彼と旧知であるらしいビクトールを伴って彼の元へと赴いたのだった。

ティルの読みは当たったらしく、その日の昼食、食堂には青いバンダナに青いマントをしたフリックがその場にいたのだった。
そして昼食時、大部分の者達が昼食を取ってる中、ティルは面々に告げた。
明後日、帝国五大将軍の一人、花将軍ミルイヒ・オッペンハイマーの元を攻め込むと。
その続きはフリックが続けた。
アジトを襲われた後、彼はミルイヒの治める西方へと逃げ込み、散り散りになった解放軍のメンバーを集めていたのだが、突如帝国の反乱分子狩りが激しくなり、多くの仲間が捕まったのだという。
仲間を助けるため、ミルイヒの治める西方を解放するために、一緒に戦って欲しい。と食堂にいる者達へと告げたのだ。
それに反対の意を唱える者はいなかった。仲間が捕まっていることもそうであり、大森林に勝戦を飾った彼らの士気は上がっていた。誰もが声を張り上げそれに答える。
いつもの食堂とは違い熱くなる一方の中、けれどは胸中に不安が浮かんでいた。

「ティル!」
は廊下の先を足早に歩くティルを見つけ、声を上げた。そして急いで駆け寄り彼のもとに辿り着くと、それまで走っていたこともあり乱れた呼吸を整える。
この三ヶ月いつ戦になってもいいようにと、誰も身構えてはいたが、それでも明日早朝に出陣ということになると、慌ただしく武器、防具の再確認と戦に出る者達は、夕刻に差し迫った今も忙しく過ごしていた。それは軍主であるティルも同じであり、しかし彼は布陣や戦法などといったことで、一般の戦闘員達より忙しかった。そんな彼に声を掛けることは躊躇されたが、それでもは彼へと声を掛けた。ただ彼に時間を取らせないよう、手短に終わらせようとは思っていたが。その為は息を整えながらも、無言でそれをティルへと差し出していた。
「・・・これは?」
ティルはと、差し出されたそれに目を瞬かせた。そこでようやく乱れた息を整えることの出来たは、地面へと俯かせていた顔を上げティルを見た。
「これはお守り。ティルが無事、戦から帰ってこれるようにね。」
がティルへと差し出したのは一つのお守り袋であった。 が戦のことを知った当時、明後日に出陣してしまうという事で材料を集める事に専念する暇もなく、布は悪くは思いながらも、自室のカーテンやテーブルクロスを拝借させてもらったが。それでも心を込めて作ったつもりであるし、真の紋章を使ったためそれなりに役に立ってくれるだろう。
「・・・ が作ってくれたの?」
「うん。ただちょっと、材料は申し訳ないんだけど・・・。」
驚いたようにを見てくるティルに、は苦笑を浮かべる。本当に、材料に関しては申し訳ない。何しろ自室であるといっても城の備品を使ってしまったのだ。 後日、町へと降りて大分溜まった自身の金で買い直そうとは思っているが。
いくら真の紋章を使ったといっても、見た目も売っているものより材料が材料の為、あまり良いものではない。出来るなら赤いお守りがよかったのだが、これは正反対の白で、白いお守りもあるといっても、触り心地も今一である。
こんな粗末な物を受け取ってくれるか、そうが口にしようとしたがそれよりも早く、の差し出した手をティルが掴んでいた。
そしてそのまま掴まれた手を引かれゆっくりと抱きしめられる。
「ありがとう。 。」
嬉しさを表すかのようにティルは優しい声で、 を緩く抱きしめた。
といえば抱きしめられた、声が近い、吐息が耳にかかるととても恥かしかった。顔にさっと朱が走り、こうして突然抱きしめてきたティルに羞恥から苛立ちそうになったが、けれどそれを止める。彼はこれから戦に出るのだ。それも軍主で、誰よりも先頭に立つのだ。そう考えるとの高鳴っていた鼓動は落ち着き始めていた。
そしても彼へと腕を回し少し抱きしめ返す。目を瞑りは祈った。
(――彼が無事でありますように。)
気休めでなく、作ったお守りが少しでも彼を守ってくれたらとは思った。
「・・・ティル殿。」
抱擁は長くは続かなかった。遠慮がちにティルへと声が掛かる。何時の間にか軍師であるマッシュがその場にいたのだ。
彼は軍主である。忙しさは明白で、事実、が声を掛けるまで彼にしては珍しく、足早に廊下を歩いていた。ティルはマッシュの小言を抑えに抑え込んだ一言に苦笑を浮かべて、に回していた腕を離す。その温もりから離れてしまったことはとても名残惜しくはあるが、彼はこれから、マッシュと今回の戦法の再確認と今この時の兵の状況、それに比例して考えていた布陣を変えるといった事をしなければならない。ただ勝つためだけではなく――無事にこの場に、帰るためにも。
「お守りありがとう、 。」
ティルは最後にそう告げてマッシュを連れたち軍務室へと戻っていった。
はそんな彼らの背が見えなくなるまで、見送っていたかった。けれどまだ、にはやることが残っている。
(次は――グレミオさん。)
作ったお守りを渡すため、はグレミオを探しに城内を駆け回るのだった。


けれどは、なかなかグレミオを見つけることは出来ずにいた。厨房から始まり洗濯場、グレミオの部屋、そしてが彼と昼寝をする場所と見て回ったのだが、そのどこにも彼はいない。
その場にいる人に尋ねてみると、何人かは見かけたとは言っていた事から、この城内にはいるのだろうが。どこにいるのだろう。もしかすると行き違いになっているのかもしれない。
そう考えては頭を悩ましながらもこうなったら目ぼしいとこ全て、と大広間へと行ったのだが、そこでふとはもう一人のことを思い浮かべた。
(そうだ、先にルックに渡そう。)
せっかく近くまで来たのである。は足の向きを石版のある場所へと向けた。
が作ったお守りは三つ。それ以外は時間もなく材料もなかったため作れなかったのである。だからはティルと、グレミオ、そして師匠であり生意気ではあるがより年下で魔法兵団長なんてものをしてるルックに、渡そうと思っていたのだ。
足早に移動したということもあり、すぐに石版の前へと着いた。そこにはいつもと変わりなくその場に立つ人がいて、は安堵の息を吐く。グレミオ同様、彼も見当たらなかったら就寝時間になるまで、見つける自信がなかったのだ。
「ルック。」
声をかければ彼はを振り返った。眉間には最初こそいつも浮かべていた皺はなく、あからさまに嫌そうな顔もない。
これは五ヶ月という日々の進歩であると思う。出来るなら、いつかはその無表情に振り返るそれを、ティルやグレミオのように笑顔を向けて振り返ってもらいたいが、と考えは思考を中断させることにした。それは無理だ。逆に異常すぎる。
「何。」
「はい、これ!」
は無愛想にそう言う彼の前へと、お守りの一つを突きつけた。さすがにのそんな行動に驚いたのか、ルックも少しだけ上半身を仰け反らせた。
「・・・・何これ。」
そして自身の前へと差し出されたそれを確認すると、ルックは眉を寄せて再度尋ねる。そんな彼に、は告げた。
「これはお守り。ルックも明日、行っちゃうんでしょ?だから少しでも・・・・」
「いらない。」
しかしが全てを言い終える前に、ルックはそう言い切った。は眉を寄せて自身を見てくるルックに目を瞬かせる。何しろ、ここまですぐに拒絶されるとは思わなかったのだ。確かに皮肉屋である彼にそう言われてしまうかもしれないとは思ってはいたが。けれど彼が根は優しいと知っているは、皮肉なんかを言いながらも、受け取ってくれるのでは、と思っていたのだ。
皮肉や照れ隠しなどではなく、彼の表情は本当に嫌そうで、は苦笑いを浮かべる。
「あー・・・でもこれ、役に立つかもしれないよ?私、無事帰って来れますよーにって念を込めて作ったから・・・。」
何しろただ縫って作っただけではなく、真の紋章を使ったのだ。それなりにこのお守りは、彼らを守ってくれそうである。
けれどそう言っても、ルックは眉間に皺を寄せるばかりだった。
「僕はいらないって言ってるでしょ。」
そこまで言われてしまえば、 も何も言えなくなってしまう。彼に持っていて欲しいと思ったのだが――ここまで嫌がっている彼に、押し付けるわけにもいかない。
自然と落ち込んでいくだったが、そんな時、ルックとは違う声が間に入った。
「なら、私のを持っていてください。」
は驚いて声の主を見る。その声だけは絶対にわかる。案の定振り帰り、そう遠くないところにいたのはグレミオであった。
「グレミオさん。」
「すみません。 ちゃん、私を探していてくれたそうですね。皆さんから聞きました。」
グレミオは申し訳なさそうな顔をするが、はそれに首を振る。 が勝手に探していただけであり、グレミオもまた明日戦いに参加することから忙しいのだから、彼が謝る必要などない。
「私が勝手に探していただけですから!」
そう言えばグレミオは苦笑を浮かべ、それでも一度だけすみません、と謝罪を述べた。
ちゃん、多分 ちゃんのことですからお守り、私の分も作ってくれたのでしょう。」
「え、はい。」
は思って見ないことに目を瞬かせてからそう答えた。勿論、グレミオの分を作らないわけがない。だから彼を探していたのだし。
グレミオは当然のごとくそう頷いたに笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。けど、お気持ちだけで十分です。」
はまさか彼にそう言われるとは思わず驚いた。しかし彼はルックへと顔を向けて続ける。
「だから私の分を、ルック君は貰ってください。」
ルックは突然そう言いだしたグレミオに眉を寄せる。けれど彼が、が言葉を発す前に、グレミオは口を開いた。
「これでも私は貴女達より年上ですからね。そうそうやられませんよ。」
「でも・・・」
笑みを浮かべてそう言い切るグレミオには眉を寄せ彼を見た。そんなにグレミオは言う。
「それに今のちゃんの方が、私は心配です。」
そう言っての頬に触れたグレミオの手は、いつもより暖かく感じられは驚いた。
グレミオは常温より冷たいの頬に、やはりと眉を下げ心配そうな表情をした。グレミオは彼女の真の紋章のことを知っている。そしてその真の紋章を使う具合によって、彼女が体調を崩してしまうのだという事も知っていた。だからこそ、よくよく見れば顔色の悪いに不安を抱いたのだ。
「確かにお守りを作ってくれて、嬉しいです。けれどちゃんの方が心配で・・・・だから、ちゃんがそれを持っていてください。」
「でもグレミオさん、」
「大丈夫です。それに物はなくても、ちゃんの想いが、私を守ってくれますから。」
「グレミオさん・・・・。」
穏やかに微笑むグレミオには息を詰まらせる。そんなことを言われて、お守りを渡すことなど出来るはずがない。
は未だグレミオが心配であったが、優しく嬉しいその言葉に頷くのだった。

その後、ルックは嫌そうな顔をしてはいたが、グレミオの笑顔の援護射撃もあり、最後には渋々といった様子でお守りを受け取ってくれた。予想に反してグレミオではなく自身が持つことになってしまったが、こうしてはお守りを渡し終えたのだった。

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