Skyting stjerner1-29
ベンチに腰を落ち着かせしばらくして、人ごみから見慣れた金色の髪を見つけたは間一髪であったことに安堵の息を吐く。帝国兵と関わるなと言われたにも拘わらず、接触してしまったのだ。ばれようものならば確実に怒られ、そしてが一番苦手とする、眉尻を下げた心配そうな表情をグレミオはするに違いない。は薬草の入った紙袋を片手に戻ってきたグレミオを、急かすようにして街を出た。あのまま街にいて、いつ帝国兵と関わったことを知られるか分からないからだ。
丁度船との落ち合わせ時刻も近づいていたので、グレミオは彼女を怪訝に思うことなく、きっと遠出をして疲れたのだろうと当りを付けた。
こうして帝国兵と関わった事をばれる事無く、無事船に乗ることが出来た。城へと戻る船の中で、は安堵の息を吐いたのだった。
というのは、数時間前の話であり。
は目の前の状況に、両手で頭を抱えてしまいたかった。
帝国兵と接触した事はばれていない。しかし違うところでは責められる事になったのである。それは仲良く手を繋いで城へと戻ったグレミオではなく、門の壁に背を凭れさせながら、腕を組み彼女たちを迎えたティルにであった。
その時彼は、おかえり、と笑顔ではあったが笑顔ではない作り物の笑みを完璧に浮かべていた。彼が機嫌が悪い事に気づいたもグレミオも、城へと向かう足ごと一時体を固まらせる事となる。
彼はなぜ怒っているのか。慌てるグレミオやが尋ねる前に、彼はその笑顔を浮かべたまま言った。外は楽しかった?二人だけで、ずるいな。と。つまりは彼は自分だけ置いていかれたことに、機嫌を損ねてしまったらしいとは察する。しかしそれは半分正解であり、半分は仲良く手を繋いで帰ってきたことによる苛立ちなのだがは気づかないし、グレミオも気づかない。
二人はその後、必死にティルの機嫌を直そうと頑張ったのだが、一向に治る気配はなく。
今では当初のように笑顔で怒るといったものではなく、本格的に拗ね始めてしまった。子供のような彼の様子に、坊ちゃんが子供らしい仕草を!とグレミオが思わず感動を抱いてしまったとかそんな話は置いておいて。は心底困っていた。なぜならその怒る矛先が、なぜかグレミオではなくもっぱら自分に向けられていたからである。
彼女たちは食堂の一角に座っているものの、彼は一向にと目をあわそうとせず、明らかに意図して顔を彼女から逸らしているのだ。なぜだ、なぜ自分だけが。そんなにグレミオがとられて悔しいか確かに自分もやられたら悔しいが。
日頃の彼のグレミオに対する態度から忘れがちではあったが、彼はグレミオを乳母として育ったのである。出会って二月たらずの自分以上に、グレミオのことを想っているに違いないことに今更ながら気づいた。だからこそ彼が新参者の自分に、グレミオをとられたようで気分を害してしまうのも分かるが。しかし、 はあからさまな彼にどうすれば機嫌が直るのか分からず、困りきっていた。
なにしろグレミオに声を掛けられても、二人して謝罪をしようとも、彼は淡白な返事しか返さないのだ。どうしろと。グレミオにすら反応しないというのに自分にどうしろと。そうしては何度目か頭を抱えたくなるのである。
「ティルー・・・。」
名を呼んでみたが、当たり前ながら反応なし。こちらも見ようともせず、顎に当てている手もぴくりとも動かない。だからどうしろと!は思わず叫びたくなったが、そこである事を閃いた。そうだ、ならば自分が機嫌が悪くなった時に、回復させる方法を取ればいいのだ。これならば機嫌を直してくれるはず。ナイスアイディア自分。 は笑みを浮かべて未だそっぽ向かれているティルの横顔を見た。
「ティル、お菓子作ってくるから。少し待ってて。」
機嫌が悪い時には甘いもの。しかしそれに該当するのは自分だけであると知らないのか少なくても誰しもそれに該当するわけではないというのに、は既に成功した心地であった。
そんな彼女にグレミオが苦笑を浮かべているの事にも気づかず、はそうと決まれば、と素早く厨房へと向かおうとする。グレミオと一緒に行ったテイエンで、安く食料を買えたのだ。仕入れたばかりで新鮮ないちごもあるしここはオーソドックスにショートケーキにするか。
しかし彼女の行動は、止められる事となる。食堂の出入り口へと向けていた視線を引き止められた腕へと向ければ、それまで無反応であったティルがの腕を掴んでいたのだ。訝しんだが尋ねる前に、ティルが口を開く。
「いいよ。お菓子は時間がかかるから。」
食堂に入って以来、初めてティルが口を開いたこともあり、自然ととグレミオは身構えつつ彼へと注目したのだが、彼の言葉にはきょとんとした表情を浮かべた。
「いらないの?お菓子、美味しいよ?」
お菓子を食べれば、恐らく機嫌を直してくれるだろう。というか、ほとんど確信していたためは「うん。」と頷きいらないというティルに、不思議に思っていた。そんな彼女にティルは向き直る。黄金色の目が、の目を正面から見つめた。
「その代わり、」
「うん?」
数分ではあるが、ずっと逸らされ続けていたため久しぶりに感じる彼の金色の目に少し照れながら、は彼の言葉の続きを促す。ティルはを真剣な表情で見つめたまま続けた。
「が欲しい。」
そしてその場が凍った。
「・・・・はい?」
「うん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・冗談?」
「うん。」
笑顔で頷くティルに、は机に突っ伏したい勢いで脱力した。この男・・・・真面目な表情で言う事ではない。
「なんだー、もう!驚かせないでよー。」
相変わらず彼の冗談は笑えない、と思いながらもは笑みを浮かべる。そんなにティルも先ほどまでの不機嫌な様子も消え、笑みを浮かべていた。
「ごめんごめん。」
ティルは穏やかな笑みで謝罪をして、も苦笑を浮べる。数秒前とは違い辺りの雰囲気は和やかなものと変わったが。笑みを浮かびかけていたグレミオは固まっていた。
なぜならばと笑いながら、ふと、そのままの笑みでティルがグレミオを見たからだ。一見天使の微笑みかと思えるそれで、―――しかし目はちっとも笑っていない笑みで。
目は口ほどに物を言う。そしてティルの実父を差し置いて誰よりもティルと過ごし、誰よりもティルのことを理解していると自負出来るグレミオは、その時ようやく察したのである。
彼の言葉が嘘偽りなく本心からのものであり、そして今自分は言外に手を出すなよ、と釘を刺されているのだと。
***
我が子同然と思っていた坊ちゃんが、恋をした。しかも我が子同然と思っていた子に。
「お前、今更気づいたのか?」
その日の夜。衝撃に耐えかねたグレミオは夜遅く、夕飯時とは違い酒を飲む者達が残る、言わば居酒屋と化している食堂の一角にて、クレオやパーンといった同じティルに仕えている面々にそう告白した。しかし返ってきたのは彼の想像していた城を揺るがす程の驚きなどではなく、クレオの呆れた言葉で、ツマミをがっついていた大食らいなパーンにまで、その手を止め呆れた目でグレミオは見られたのだった。
幸いにも今のグレミオには、それに傷つく余裕さえなかった。脳内は坊ちゃんが坊ちゃんが坊ちゃんがちゃんにちゃんにちゃんにで占めつくされていたからである。
「ティル様の事となると、お前も抜けてるな・・・。」
呆れたクレオの言葉も、半分ほど聞いていないから重症だ。ぼんやりと彼女の言葉を聴きつつ、グレミオははっと顔を上げた。
「クレオ達は知っていたのですか!?そ、それはいつ!いつからですか!??」
今更ながら内容を理解したグレミオが、驚きもせず知っていると告げたクレオ達に、動揺も露に声を上げる。
そんな彼にクレオは溜息を一つ吐いてから、彼の問いに答える。
「ティル様から聞いたわけではないが、あからさまだからな。気づいていたさ。結構前からだろう。私がなんとなく気づいたのが、大森林に行く前だからな。」
過去を思い出しつつ、そういえば宴の日にと初めて話したのだと当時を懐かしく思いながら、随分と彼女と長く時を過ごしたように思えていたのがそれほど時を過ごしていないという事に少し驚いていると、グレミオが悲鳴のような、というかほとんど悲鳴で言葉を発する。
「そんな!!!???」
坊ちゃんが坊ちゃんがそんな前から私に言わずちゃんをちゃんを。ぶつぶつと脳内だけではなく独り言を呟くグレミオはやはり相当参っているようだ。
そんな彼を痛い者を見るかのような目で見るクレオと、ちらりとグレミオを見て、見てはいけないもの見てしまったかのように素早く視線を逸らすパーン。
異様な彼らマクドール家であったが、そこで一人会話に加わる者がいた。
「・・・・それなんですが、ティル殿は今日気づかれたようですよ。」
「「え!?」」
近くで珍しく同じく酒を飲んでいた解放軍軍師、マッシュが会話を聞いていたらしく話に参加したのだ。
マッシュの言葉にクレオとグレミオが驚きの声をあげた。クレオは今日、ティルが自覚したばかりであるということに。グレミオは軍師である彼が会話に入ってきた上にティルのことを知っている風であることに。
パーンと言えば無言ではあるが、グレミオとクレオが話している間も熱心に食べ物へと向けていた視線を彼へと向けるほど驚いていた。
「てっきり、私は確信犯かと・・・。」
「私も、そう思っていたのですが・・・。」
クレオが呆然とした表情で呟けば、マッシュもまた彼女に同意して、今朝の軍務室での出来事を彼らへと話す。
話を聞いているうちに誰もが彼の話が本当であると知り、その場にいたマクドール家家臣一同は唖然とする。
話を聞き終えたクレオはつい思ったことを呟いた。
「というか今自覚したとなると・・・。」
これからどうなる。そう思ったのは果たして彼女だけか、いやそうではないだろう。前々からに執着していたティルであるが、それで無自覚となると自覚した今後は一体。それは今日さっそく釘を刺された、恐らくと一番近しいだろう異性のグレミオを見れば、被害が広まっていくだろうことは確実である。
「血を見なければいいけどな。」
ぽつりと食事を中断させて呟いたパーンに、しかしここで大げさな!と笑えるものは誰一人いなかった。
グレミオはティルに我が子のように思っている事と、もまた我が子に思っている事ですぐさま了承したが、それが通用しない相手がいれば。
自然と重くなったその場の空気に、誰もが口を開くことなく沈黙していたが、それを打破するようにグレミオが口を開く。
「そ、そうです!わ、私は坊ちゃんの恋を応援した方がいいのでしょうか。いえ、した方がいいですよね、そうですよね。お付き合いなさる上でのマナーとか・・・。」
しどろもどろに話始め、段々と自身の口にした内容を受けて真剣な表情をし出した彼に、クレオは再び呆れた視線を向けた。
「お前、ティル様はそういうの初めてじゃないぞ?」
そんなクレオの言葉に、グレミオは彼にとって最大限であろう程目を見開いた。彼の様子に彼もパーン同様知らなかったのだと知ったクレオは、マクドール家家臣の男共はなぜこうにも抜けているのかと情けなくなった。
クレオは呆れながら、グレミオが悲鳴交じりの声を上げてしまう前に、彼へと分かりやすく説明してやる。
「考えても見ろ。ティル様の容姿、家柄、性格を。それでどうして女が寄ってこないとでも?」
そう言ってしまえばグレミオは開いていた口を閉じ、納得したようにごくりと唾を嚥下した。大人しくなったグレミオの様子に、少しは話が分かるかと安堵しながら気をよくして、クレオは続けた。
「色々と噂を聞いた事はあるが。しかし、今回程化けた事はなかったがな。というか聞いた限りでは今までは、女性の方から言い寄られたようであったし。実際お前達だって、絡みになると、坊ちゃんが変だと思った事があっただろう?」
「確かに、 ちゃんといると坊ちゃんは・・・・え?ちょっと待ってください。噂ってなんですか。」
頷きながらクレオに同意するグレミオだったが、思わず聞き流しそうになり慌ててクレオへと尋ねる。
それにクレオはしまったといったように顔を歪めた。つい口が滑ってしまった。ほとんど脳内筋肉のパーンとは違う事に加え、彼は本当に坊ちゃんのこととなると目の色変えるというのに。
しかしクレオが後悔してももう遅く、押し黙り気まずそうな表情をしてしまったクレオに、グレミオは自分の考え半ば外れていないのだと察した。
そしていつ、どこで、と考え嫌なことに思い当たってしまい、頬を引きつらせながらグレミオが尋ねる。
「ま、まさかテッド君のお家にお泊りに行くというとき・・・。」
さすがに、それは、まさかそんな。しかしクレオは彼のそんな視線から逃れるようにワイングラスへと目を向けて、それを煽りながら呟いた。
「坊ちゃんは、大人だということだ。」
「そうですよね。坊ちゃんは私達が思っているより大人・・・てぇええええ!?クレオ、それはどういうことですか!?今の流れでその意味深な言い方はなんですか!?? ぼ、ぼっちゃんが、いえそんな確かに成人していらっしゃいますがそれでもぼ、ぼ、坊ちゃんが!!??
ひ、火種は!?ちゃんとしているんですか!?お相手は!?お相手はどこのお嬢さんですか!??」
グレミオはとうとう悲鳴交じりの声をあげ、止まることなく大声でクレオを問いただすように詰め寄る。そんな彼にクレオは彼の内容やらその声がその場だけでなく、恐らく食堂中に響き渡っているだろうと思うと、さすがに顔に朱を走らせ彼同様声を張り上げた。
「ええい、煩い!!黙れグレミオ!!!大体なぜお前達は気づかない!?普通気づくだろうがなんで少しも気づかなかったんだ!??情けない!情けなさ過ぎるぞ!!!
お前達がそんなんだから、私は女中やら街娘やら貴族の娘やらに質問攻めにあうことが多かったのだどうしてくれる私が知るわけないだろうが!!!!」
珍しく荒れた彼女の声は、今までの鬱憤を晴らさんばかりであった。
ティルの父、テオに仕えながら実質マクドール家に居候していたクレオは、同姓という事もあってかその類の質問やら噂を聞かされることが多かった。それだけならいたたまれないだけで済むのだが。偶に勘違いして喧嘩を売ってくる女もいたものだからクレオは苛立ちが募る。しかも同じく居候であるクレオ、 パーンがまったくそういった事を尋ねられず、気づきもしなかった事に更に苛立ちが煽られた。
彼らのもはや言い合いと化してしまったそれに、いつものように食堂に残り酒を飲んでいたビクトールが、止めるように間に入ろうとした。実は彼、パーンだけではなくクレオ、グレミオまでが食堂に残りマクドール家家臣が顔をつき合わせている様子に、面白そうだと一部始終聞き耳を立てて聞いていたのだ。
しかし彼らの勢いはそうそう止まりそうにもない。その場合、止めに入ってその矛先をこちらに向けられても困るので、彼は話を逸らさせることにした。
「そういえばお前ら、ティルの事は知ってるようだが、はどーなんだよ?」
ぴたりと互いに開こうとしていた口を止めた彼らに、ビクトールは自身の思惑通りに自分にではなく、話題へと意識が向かった事に安堵しながら更に続ける。
「はそういう経験とかあんのか?」
「・・・そうか、そういえばそうだったな。」
勢いを無くして、クレオは呟く。それに同じく勢いを無くしたグレミオが、顎に手を当てながら口を開いた。
「私は聞いたことないですね・・・。クレオは?」
「私か?グレミオが知らないのに、私が知るわけがないだろう。・・・・しかし様子を見る限り、そういう経験はなさそうだな・・・。」
この場にさりげなく居合わせている、恐らくこの場で一番の切れ者であろうマッシュも心当たりがないようである。まぁ彼はそれほどと深く関わっていないので、致し方ない。ちなみにパーンはこの場合論外である。ビクトールはそんな彼らと共に、自身が話題を振ったのだがよくよく考えずに言っていたため彼自身も頭を悩ませた。
そしてふと思い出したそれを口にする。
「そういやぁ大森林で野営した時、達がモンスターに襲われた事があっただろ?お前らはその場にいなかっただろうから知らないだろうが、そん時あいつら、抱き合ってたぜ。」
「「え!???」」
グレミオとクレオが声を上げる。ビクトールは当時のいたたまれなさを思い出しながら、続けた。
「まぁ俺らが来て邪魔した、って感じに切れてたのは、ティルだけだったけどよ。」
それも本人無自覚であったらしいが、それでもあの時彼は確かに切れていたと、ビクトールは思う。自身はそれを見て、影のように気配を薄めたからよかったものの、思いっきり彼らに話しかけたルックにはティルの怒りが向かっていたし、その間に自分とは逃げ、非難を受ける事は無かったが。ビクトールは本当にあの時、息を潜めていて良かったと胸を撫で下ろした。 何しろその次の日の朝は彼らも知っているだろう、地形が変わった湖があったのだから。
ビクトールの話から夜、二人が抱き合っていたのだと知ったグレミオは、そこで顔を蒼白に蒼褪め、声高に言う。
「ちゃんが坊ちゃんの毒牙に・・・!」
「・・・お前、ティル様を応援するんじゃなかったのか?」
クレオは思わずグレミオに突っ込んだ。
しかし彼にとって、 もまた我が子のような存在なのである。いくら相手がティルといっても、不安に思ってしまわない訳が無い。
しかし相手はティルだ。自分が長年仕えている彼だ。ここは、ティルを応援せねばならないとは思うのだが、そこがまた彼にとって難しい部分がある。しかし・・・
そう堂々巡りな考えを巡らすグレミオに、ビクトールが言い事を思いついたと言わんばかりに声を上げた。要は女性に手馴れている様子のティルとは正反対に、男性に不慣れそうなに色々と教えてやり、警戒心を抱かせればいいのである。
「よし!こうなったら俺が口頭でいっちょ教えに行ってやろうか!」
「お前は無理だ」
「貴方は無理です」
「なんでだよ!?」
しかしそんな彼の気遣いは、即座に無理だと否定され、ビクトールは少々ショックを受けながら声を上げたのだった。
その後彼らは顔をつき合わせて考えたのだが、異性がそういったことを教えに行くのも気まずい。だからといってクレオもまたそんな事を教えるのも恥かしい。
結果、ティルがあのままいけばさすがの彼女も警戒心を持ってくれるだろうと、彼女自身が認識を改めてくれることを祈るのみとなったのであった。
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