Skyting stjerner1-27

宴の翌日。数日前に大森林に向かい、続く戦で指揮をしたにも関わらず、軍主のティルは軍務室にいた。椅子に座り、窓辺に肘をつく彼を見て、入室したばかりのマッシュは首を傾げる。
さすがに軍主と言えど、今日は大森林に向かった他の面々同様、彼も休暇をとってもらったはずであるが、なぜ彼はここにいるのだろう。
「どうしたのですか、ティル殿。」
仕事熱心であるのはいいことだが、今回ばかりは休んでもらわなければならない。彼とて人の子だ、疲れが溜まらない訳がない、ともし仕事をする気であれば追い出そうと決心しつつマッシュは室内に入ると彼に尋ねた。
「うん。実はマッシュに聞きたいことがあって。」
ティルはマッシュが室内に入ってきた時同様、振り返ることなく、窓際に肘をつきながら口を開いた。
「なんですか?」
この軍主が、自分に聞きたいこととは、とマッシュは怪訝に思う。なにしろ、彼は自身より半分以上年下であるというのに、とてつもなく頭の回転が速い。それは時には、軍師さえいらないのではないかと思うほどである。そんな彼が訪ねる事だ、何か重要なことなのかもしれないとマッシュは自然と顔を引き締めた。
しかし、彼が口にしたのはそんな事ではなかった。
「気になって気になって仕方がない子がいて。
その子と居たら、すごく安心して。でも、自分以外の人と仲良くしているのを見ると苛付いたり、って思い返してみれば逐一その子一人に、自分が乱されるのってなんで?」
マッシュは気を引き締めていた分、彼から尋ねられた内容に思わず肩から力が抜けた。
「恋煩いでしょう。」
否応なく脱力しながらその症状に当てはまるものを当然のように答える。
しかしマッシュが答えて数秒。尋ねた軍主からの反応はなかった。未だ窓際に肘をつけて、外を眺めている。マッシュは横たわる沈黙と、彼のいつもとは違う妙な様子を受けて、ふと嫌な予感がした。
「・・・・・・・・・・・まさか今更?」
少々の間を置いてから、マッシュは尋ねる。彼は普段から鉄火面のように動かぬ顔に、冷や汗が流れた気がした。そんな馬鹿なあれだけあからさまであり意図してと思われる行動をしていて挙句この聡い軍主が。
「・・・そうみたい。」
マッシュが生唾飲み込んでいた数秒間の沈黙後。ティルが溜息を吐きながら、そう告げた。


そのやり取りより数時間ほど前。
はいつも通り早く起床してしまい、何もやることがなく困っていた。
何しろ彼女も任務で大森林に行ったということで、宴の翌日であるこの日、休暇を出されていたのである。しかし休暇を出されてもにはやることがない。どうしようかと身支度を整え、ベッドの上で唸る。ややあって、とりあえず厨房を覗いて見ようと思い至った。
特に何もすることがないのだ。本当は折角の休みだ、ルックに紋章を教えてもらい、少しでも早く魔法を使えるようになりたいが、彼の少年もまた、共に大森林に行ったことに加え戦にも出ていたのだ。幾ら凄腕の紋章師といえど、今日は疲れているだろうと はその考えを却下した。
部屋から出て、自室で数分過ごしたといっても、大分早い時間帯ということもあり、廊下は静まり、起きている者などいなさそうであった。静謐に包まれた廊下をのんびりと歩きながら、厨房へとたどり着き中を覗いては驚きに目を見開く。
「グレミオさん?」
ちゃん?」
朝も早い時間帯に、厨房にいたのはグレミオである。確か彼も、今日は休暇のはずである。なのに、なぜここにいるのだろうか。そしてその考えはグレミオも同じだったらしく、厨房の出入り口から現れたを見て、驚いている。
ちゃん、どうしてここに?」
「私は・・・・その、折角の休暇なんですけど、特にやることはなくて・・・・。」
苦笑しながら述べれば、驚いた表情をしていたグレミオも苦笑を浮かべる。
「私もですよ。行き成り休暇と言われましても、やることなんかありませんし・・・。」
ややあって、互いに同じ思考で厨房まで来ていた事がわかるととグレミオは顔合わせて小さく笑った。もはや城の厨房は、もグレミオも自室の部屋といっても過言でないほど過ごしているのだ。その為なんとなく暇になると、厨房へと行ってしまう。笑いあっていた二人だが、ふとグレミオがそれを止めた。そして言いことを思いついたと言わんばかりに、瞳を輝かせる。
「そうです。折角だから、一緒に買い物に行きませんか?」
「・・・・買い物、ですか?」
といえば、グレミオから提案された内容に首を傾げた。お出掛け、ならばわかるが、買い物とはどういうことだろうか。の持参金があまりない事も、この城に来た経緯を話した為グレミオは知っているというのに。グレミオはの怪訝そうな視線に、笑顔で答える。
ちゃん、まだ買い出しに行った事はなかったでしょう?だから、一緒に行きましょう。」
思ってもみない言葉に目を丸めるに、グレミオはどこか楽しそうに笑みを浮かべた。
「買い出しの時は特別、船を出してくれるんです。だから遠出も出来ますし、テイエン辺りにでも行って見ましょうか。ちょっとお願いして、早めに出してもらって、ついでに色々と街を見て回りましょう。どうですか?」
はそこで、思わず目を輝かせた。彼女は未だ、カクと大森林、トラン城ぐらいしかこの世界の土地を知らない。そんなにとって、グレミオの提案はとても魅力的なものだったのだ。加えて、憧れ慕う、グレミオと共に、だ。頷かないわけがない。はグレミオの提案に激しく首を縦に振ったのだった。

その後すぐに船を出してもらえるよう掛け合い、出かけの準備も整えて、グレミオとはテイエンへと向かった。
解放軍ということもあり、カクの街とは違い、テイエンの港に止めることは出来ず、達は街から少し離れた場所で下船し、5時間後に再びその場所で船主と落ち合うことになった。

足取りも軽くグレミオと並んでテイエンの街へと入った は、その街の様子に軽く感動を抱くこととなる。
カクの西洋まじりな中華圏風の建物とは違い、テイエンは石畳にレンガの家、と西洋の造りが主だったのだ。この世界の文化は本当にさまざまだと思うと同時に、日本から出たことのないは海外に出たようで感動を覚える。海外どころか、ここは異世界なのだがまぁそれは置いておいて。とにかくは感動し、その感動をグレミオへと伝えようとしたのだが、彼が街に入るまでとは違い、渋面であることには首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「・・・以前と、活気が違います。相当帝国から圧力が掛かってるみたいですね。」
グレミオはそう言ったが、は街へと視線を向けて内心首を傾げた。グレミオが言うならそうなのだろうが、初めてこの街に来たには、カクの街より活気に溢れているような気がする。
グレミオが深刻そうな表情だったこともあり、胸中に不安が生まれる。そんなの心情を察したのか、グレミオは安心させるように微笑む。
「買い物をする分には大丈夫そうですが・・・・ ちゃん、警戒を怠らないようにしてくださいね。特に帝国兵には気をつけて。」
は未だ内心恐々としたものが拭えなかったが、やはり彼女から見れば、明るい街の雰囲気やグレミオの笑みで、不安も僅かに和らぐ。少し強張ってはいるが笑みを浮かべ、は頷いた。
しかしそれから数時間後。 彼女の不安は街をグレミオと共に歩いているうちに、ほとんど消える事となる。グレミオは警戒を怠らないようにと言ったこともあり、最初は彼女なりに気を引き締めていたのだが、色々と物を物色したり歩きながらグレミオと話をしたりと、和やかで楽しい時間を過ごしていくうちに、それも薄れていったのだ。グレミオもまたと同じ気持ちなのだろう、街へと入った時に浮かべた、深刻そうな表情は今や影もなく、穏やかな笑みを浮かべてと談笑を楽しんでいる。会話が途切れた時、ふとグレミオが出店の方へ視線を向けた。
ちゃん、折角ですから、何か買ってさしあげますよ。何か欲しい物はありませんか?」
突然そんなことを言われたは、目を瞬かせる。脳内で言葉をリフレインさせ、内容を理解すると慌てて首を振った。
「いいです!そんな、悪いですから!!」
は本当にお金を持っていなかった。トラン城で働き出してからというものの、それなりに給金を貰うことにはなったが、としての雇用条件は三食に加えて、寝る所なのでそれほどもらっていないのだ。経緯を知っているグレミオは、折角の外出だというのに、何も買わないのはつまらないだろうと提案したのだが、にはそんな負担をかけるような真似を出来るはずがない。外出を、それもグレミオと、だけでにとっては十分で、この上ない程嬉しいものなのだ。けれどグレミオは、なかなか引かなかった。
「いいですから、遠慮しないで。折角のお出掛けなんですから。ね?年上には甘えるものですよ。」
彼女としてはしょっちゅうグレミオに甘えさせて貰っているのだが。しかし、を我が子同然に思っているグレミオは、折角だから彼女に何か物を買ってあげたかった。だからこそ彼は遠慮しようとする彼女に、強引に進める。は迷った。はたして本当に甘えてしまっていいのだろうか。悪い、とは思うのだが、実は欲しい物が一つだけあった。いや、駄目だそこまで甘えられない、と視線をそれから逸らしたのだが、それを見てグレミオはピンと来た。「何か欲しいものがあるんですね?」
「え、いや、ないですよ!」
「本当に、遠慮しなくていいんですよ。私がちゃんに買ってあげたいだけですから。それとも、ちゃんは私が買ったものなど、いりませんか・・・?」
眉尻を下げて寂しそうな表情のグレミオに、はうっと言葉を詰まらせた。卑怯である。そんな表情でそんな事を言われ、果たして誰が断れるだろうか、特に自分は彼が大好きだというのに――
この乳母にしてあの軍主あり。いつかの彼のようなグレミオに、はこんなところで彼がティルの育て親であることを実感した。もしかしなくても、ティルはグレミオのこんな部分を上手く引き継いでしまったのかもしれない、とは妙に納得する。は数秒こそ堪えたものの、グレミオの若干潤んだように見える瞳に、とうとう負けてしまう。
「グレミオさんが良いなら・・・・」
申し訳なく思いながらもそう告げれば、途端グレミオは目を輝かせた、ようにには見えた。
「何が欲しいんですか?」
さっそく声音を機嫌の良いものとして、グレミオは尋ねる。はいつもは頼りになる大人な彼が、子供のように表情を変えることに小さく笑ってから、彼女が気を取られて仕方なかった『それ』を伝えた。
「甘栗が欲しいです。」
「・・・・・はい?」
思わず聞き返したグレミオに、はやはり図々しいかと眉尻を下げる。
「すみません。やっぱり、私は何も――」
「あ、いえ!いえ、そういう意味ではなくてですね・・・・。」
グレミオは焦り、そう言うが、浮かべた笑顔が少し強張っている気がした。
実のところ彼は、近くにある出店に置かれた、色とりどりなアクセサリーが欲しいかと思っていたのだ。女性――それも は年頃の少女だ。
きっと例に漏れず装飾品には目がないだろうと、思っていたのだが。それがまさか少し離れたところで、栗の香ばしい匂いを漂わせる小さな屋台へと目をつけるとは。
(・・・ ちゃん、ですものね。)
すっかり忘れていたが、彼女は解放軍に食事と寝床を求めて志願したのである。それも彼女なりの理由があるだろうが、それでも彼女はいつも料理に対しての情熱は強く、食べるさまは本当に幸せそうである。心底嬉しそうに食べるその様子は、グレミオを心和やかにさせるのだ。
ちゃんらしいですね。」
脳裏にその光景を思い出すと、グレミオは固まりかけていた笑みから、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。色気より食い気。その辺りの娘たちは大分違う趣向でも、彼女の熱意は娘達がアクセサリーに向ける情熱と同じだ。それもどうかと思うが。はそんなグレミオに、普通の娘達とは違い食べ物が欲しいといったことに、少し気恥かしさを感じ頬をかいた。
彼女も一応、色鮮やかなガラス細工が置かれる屋台に目がいかなかったわけではない。とて女性である。けれどそれは綺麗だな、と思うだけに留まり、自身の鼻腔を擽る甘栗の誘惑には負けてしまったのである。加えて、甘栗など久しぶりだ、と思うと余計意識はそちらへと向かったのだ。
頬を僅かに上気させ、気恥ずかしそうにするに、グレミオは手を指し伸ばした。
「行きましょうか。」
は差し伸ばされた手と、穏やかに微笑むグレミオを交互に見る。そしてその意図を察すると――気恥ずかしさは感じるものの、嬉しさが勝り。
その手に自身の掌を重ねて、二人で甘栗を売る屋台へと向かったのだった。


食べる時は座って。
貴族の家に長年仕えているという事もあり、グレミオは作法には厳しかった。なので少し離れたところにある、小さな広場に置かれたベンチに、二人仲良く腰掛け甘栗を食す。
もう数十分もすれば、船主との待ち合わせの時間だ。買う物は既に買ってあるので、このまま甘栗を食べ終えた後、街を出るかと思われていたのだが、ふとグレミオがとの会話を止める。
「そうでした。忘れてしまうところでした。」
突然慌てた彼に、は目を瞬かせた。
「どうしたんですか?もしかして、買い忘れてしまったものでも?」
「ええ。薬草を。多い分に越したことはないですから、買ってこようと思っていたのですが・・・。」
この世界はの世界ほど、医療が発達していない。けれどそれは機械を使用する医療法だけであり、紋章や薬草などといったものがあるこの世界は、ある意味元の世界より医療が進んでいる所があった。切り傷、打撲、骨折などは治療魔法で完治してしまうのだ。さすがに酷いものは跡が残ったりするが。けれど外傷では進んでいても、病気などといったものにはの世界よりは対応出来ていない。病気となれば調合した薬草などを使うが、事前にそれを察知したり、予防したりなどはまだまだ進められていない。それを考えれば、元の世界より医療水準は低いといえる。加えて地域によって若干差はあるものの、病院では大抵なものが揃っている日本とは違い、この世界では自身でそれらを調達したり、紋章師を探したりとしなければならないのだ。
各々が探さなければいけないので、は自然と申し出た。
「じゃあグレミオさん、私も――」
「いえ、ちゃんは残っていてください。」
けれどが全て言い終える前に、グレミオに遮られる。グレミオは苦笑を浮かべると、指をさした。
ちゃん、まだ甘栗が残っているでしょう?」
グレミオが指差したのは、が手に持つ甘栗の包みだった。彼の言う通り、久しぶりの甘栗に一つ一つ味わい、大事にしながら食べていたため、は未だ全てを食べきれていなかったのだ。は目を瞬かせる。この状況でそれを言うか。マナーに厳しいグレミオらしいといえばらしいが。苦笑いを浮かべると、グレミオは続けた。
ちゃんがそれを食べ終わるまでには、帰ってきますから。だから、そこを動いちゃだめですよ?」
「・・・わかりました。」
彼は引かないだろう。そもそも、野営とは異なり、町で薬草を探す分には店が出ているため、それ程時間はかかるまい。念を押すグレミオに、は頷く。グレミオはそれを満足そうに見とめると踵を返し、足早に人ごみへと消えていった。

しかし、甘栗を食べ終えてもグレミオは帰ってこなかった。
当然と言えば当然である。大事に食べていたとしても、グレミオが薬草を買いに行った時点で、既に5つ程しか残っていなかったのだ。途端暇になったは、少し離れた場所でいくつも並んでいる出店へと向かいたくなる気持ちを、グレミオとの約束で我慢し、足を地面に縫い付ける心地でいた。
(早く、グレミオさん帰ってこないかなぁ・・・・。)
「ボクに触らないでよ!!」
そんな時であった。華奢な声が聞こえたのは。



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