Skyting stjerner1-26
宴の会場である食堂から出たは、厨房もあるため長い廊下を歩き階段の手前まで行く。すると降りようとした階段を、逆に上ってくる人物がいた。それが見知った人物であったため、は思わず声を掛ける。「あれ、ルック?」
灯された明かりに照らされたのは、燭台の灯りによって金ともみえる芭蕉の色の髪、日焼けなど知らないような白い肌に緑の法衣を着た、一見美少女とも見える少年、ルックだ。
最初こそ宴の会場にいたはずだが、どうやら宴が終盤に差し掛かるよりも疾うに退出していたらしい。元から、彼は戦勝の宴に出ることすら嫌がっていた節があったので、それも納得出来た。
「どうしたの?」
は首を傾げて、階段を上ってくるルックへと尋ねる。再び宴へと戻るのだろうか?そうは思えないのだが。何しろ、彼は人嫌いである。宴へはビクトールに無理やり連れて行かれたようだが、解放されただろう今、再び宴へ基進んで人のいる場所へ赴くとは思えなかった。
「喉が渇いたから。水を取りに来ただけ。」
案の定、そういう訳ではなかったらしい。
「ルックは皆と違って、お酒飲まないんだね。」
宴では誰しもワイングラスに赤い液体を入れて飲んでいたが、ルックの前だけは透明な液体が入っていたことを思い出す。そういう自身も、ルック同様飲料は水だが。しかしあの場では誰しもが酒を飲んでいたので、そちらのほうが返って浮いていた。元の世界にて飲酒は20歳が基本なには、未だ同年代であるシェリンダやティルが飲酒することが信じられない。
「あんなの、思考が狂うだけだし、美味しくなんてないからね。」
「同感。」
ルックは階段を上る足を止め、顔を歪めた。そんな彼に も苦笑を浮かべて頷く。こればかりは彼に同意出来る。そこではいい事を思いついたといわんばかりに顔を明るくした。
「あ、そうだ!折角だから特性ドリンク作ってあげようか。お酒の飲めないルックの戦勝祝いに。」
「いらない。あんたはさっさと寝なよ。」
より若いというのに、彼もまた魔法兵団長として戦に参加していたのだ。疲れているだろうと思い、そう提案したのだが、ルックは眉を寄せて即座に切り捨てる。切り捨てられたといえば苦笑を浮かべた。好意の押し付けは厚かましいだけであるし、も好きではない。けれど、ちょっぴり考えるくらいして欲しかった。
の言葉に彼の気分を害してしまったのか、それとも宴に無理やり参加させれて機嫌が元々悪かったのか、彼は不機嫌そうに更に口を開いた。
「大体、馬鹿なんじゃない、あんた。ついこの間倒れた癖して、あんなの作ってさ。何考えてんの?あんたの脳、本当に機能しているわけ?」
「あー・・・でも、嬉しかったから。皆無事に帰ってきてくれて。」
辛辣なルックの言いように、ああそういえば彼の罵倒も久しぶりだ、と城内で彼に付きまとう度切りつけられた言葉の刃に、謎の感慨が浮かんだ。しみじみとする気持ちに若干遠い目をしながら、は正直に自分の気持ちを伝える。さすがに、正直にそんな事を言うのは照れるが、彼と付き合う上で自分の気持ちは正直に伝えようとは決めていた。すると一度口にすると、すらすらと自身の気持ちが出てくる。
「だから戦で勝ったから、というよりは、皆が無事に帰ってきてくれたことへのお祝い。私も嬉しかったから、あんなに張り切っちゃったわけ。でも楽しかったよ?だって、皆無事に帰ってきてくれたしね。」
好き好んでバレたら危険な真の紋章を扱うほど、も警戒心がない訳ではない。けれど彼らが無事に帰ってきたから、はああやって出来うる限りの祝いをしたかったのだ。
自身で作ったわけではないし、変かもしれないが紋章を使ってる時は、その嬉しさを込めて使っていた。だからこそ、自然とあんなに大量な料理が出来てしまったのではないかと、は思う。もあれほど沢山の料理を作る予定はなかったのだ。ただ、あれもこれもとしている内に、いつの間にかあんなに増えてしまっただけで。
すると、ルックはますます端正な顔を歪めて、を睨みつけるかのように見る。
「ほんっと馬鹿女。」
「んなっ!ちょっと、それはひどい!」
「〜〜っ!」
「あ、みぞうち?」
ふざけ半分に、ルックのわき腹に拳を打ち込んでみたのだが、打ち所が悪かったらしい。ルックは顔を俯かせ、僅かに上半身を折り曲げる。
「ルック、軟弱だな〜・・・」
その様子を見て謝罪を述べるのではなく、 は思わずそう呟いてしまった。叩いたときも思ったが、彼の腹は本当に薄かった。贅肉は勿論のこと、多分筋肉もない。長くゆったりとした衣服のため、体の線は見えないが相当痩せているのではないかと思われる。なにしろ、顔も小顔だし。ああこれは関係ないか、と思った所で顔をあげたルックに鋭く睨みつけられ、は思考を一瞬停止させた。
しまった。みぞうちに一発食らわせた挙句、謝ることもせず軟弱などと言ってしまった。これはあれだ例のあれが来る絶対来る。
は反射的に体を身構える。しかし、いつもの切り裂きが来る気配はない。数秒。覚悟はしたものの、やはり彼は切り裂きをかましてくる事はなかった。
物騒な光を灯らせて、を睨みつけていたルックだったが、ややあって溜息を吐く。
「・・・君に言われたくはないよ。大体、筋肉ついてんのあんた。」
そう言って試しに腕を掴まれたは、いつもと違う展開に少々驚きつつも、内心ルックには言われたくないと思った。直後はっとする。彼は地獄耳であり心の中で彼の悪いことを言ったとしても、察して問答無用に切り裂きをかましてくるのだ。 は恐る恐るルックを見る。彼は顔を俯かせていて、顔は見えない。
「今、失礼な事考えただろ。」
来るか、今度こそ来るかと身構えていたは、しかし肩透しをくらう。顔を上げたルックは、呆れた表情でそう言うだけであった。なるほど、怒りを通りこして呆れたパターンかと過去幾度かあったそれを思い出す。これは再び怒りの炎を灯らせてしまうと、それまでの怒りの分も蓄積されてしまう事が多い。ならさっさと退散すべきであるとは判断し、引きつり笑いを浮かべた。
「え。えーと、ルックの言う通り、私そろそろ寝ようかな!ルック、お休み!!」
先ほどまでルックに掴まれていた腕を上げて、早々に踵を返し階段を逃げるように駆け足で降り始める。そのまま自室へと逃げ込む予定だったのだが、 はふと、階段の途中で足を止めた。
「ルック!」
振り返りながら名を呼べば、名を呼ばれたルックがを振り返っていた。彼は眉を寄せて怪訝そうだが、そんな彼には笑みを浮かべた。
「ありがとう!なんだか、体が軽くなったような気がする!ルックが何かしてくれたんでしょ?」
は階段を下りる際、違和感を感じ、それが何かと考えると体がそれまでと違って軽くなっていることに気づいたのだ。そういえばルックは治療魔法が使えると、ドワーフの村で知っているし、その腕はさすがは魔法兵団長ということもあり、一流だろう。ならば、彼が魔法を使ってくれたのではないかと直感的に思ったのだ。恐らく、腕を掴んで顔を俯かせていたときに。あれは怒りを抑えるのではなく、呪文の詠唱をしていたのだ。もしくは詠唱なしに魔法を発動させる為、意識を集中していたか。そしてどうやらそれは当たりであったらしく、ルックは目を見開いてから、呆れた表情でを見た。
「変なところで、動物みたいに鋭いねアンタ・・・。」
「褒め言葉。」
はそれに笑って、今度こそルックから階段のほうへと視線を戻し、足を一歩降ろそうとしたのだが、ふと思いついたそれを口にする。
「ルックも疲れたら言ってよ。今度はルックが思わず頷いちゃうくらい、美味しいもの作ってみせるから。」
ルックは眉を寄せたが、は笑い、今度こそ階段を降りていった。
駆け足混じりの階段を降りる音が消える頃、ルックは眉を寄せたまま思わず呟く。
「別に不味いとは言ってない・・・・。」
「相変わらず素直じゃないな、ルックは。」
しかし小さく独り言かと思われたそれを、拾う者がいた。ルックはやはり眉を寄せたまま、から見れば当社比3割増しの眉間の皺の深さで、その人物を振り返る。
「主役が抜け出していいの?」
「いや、駄目だろうね。でも、送り狼がいたらと思って。」
ルックに鋭く睨まれようとも、気にした様子もなく笑顔で答えるのは、今回の宴の主役こと軍主のティルだった。
そんなティルに、ルックは更に不快そうな表情をする。
「それは君だろう。」
「・・・・俺?」
ルックの言葉に、ティルは目を瞬かせた。ややあってから、やはり分からないのか首を傾げる。
「・・・・なんで?」
「呆れた。」
ルックは心底呆れた表情でそう言捨てると、話すことはないと彼に背を向け、自室へと向かうため階段を上り始める。
取り残されたティルといえば、ルックの思ってもみない言葉にただ意味を考えては首を傾げ、それが奇妙にも引っかかるものがあり、また首を傾げるのだった。
***
部屋に戻っただったが、一息つこうとベットの端に腰掛けたところで扉が叩かれる音を聞いた。
こんな時間、しかも宴の最中に誰だろうとは首を傾げつつ、着替えなどといったお取り込み中というわけでもないので立ち上がり扉を開く。扉の向こう側、廊下の壁に立てかけられた淡い燭台の火で、照らされた人物を見て目を瞬かせた。
「ティル?」
「夜遅くにごめんね。」
「え、ううん。別に平気なんだけど・・・。」
は幻かと思ったのだが、そうではないらいしい。しかしどうして軍主である彼が、宴を抜け出してまでここに来ているのだろう。何か重大な話があるのかもしれない。はそう考えて、とりあえず出入り口というのもなんだからとティルを室内へと促した。
扉が閉まり、二人だけになるとなんだか気まずい気がして、は一つだけある椅子をティルに座るよう進めたのだが、彼は首を横に振る。そして苦笑を浮かべながら口を開いた。
「、ドワーフの村で倒れたでしょ?それに帰ってきたばかりだし、あんなに料理作って大丈夫かな、って思って。
本当は、宴の席で話しかけようと思ってたんだけど、なかなかタイミングが掴めなくて。」
そう告げたティルに、の脳裏に宴で見た光景が浮かぶ。色艶に微笑む美女、穏やかに笑うティル。
それはそうだよな、あんな美女に囲まれていたんだ。私だったら絶対そのまま侍らせている、と思いながらは何か胸中にもやもやとした感情が生まれていた。しかしティルがいる手前、気分を害した言動をとれるわけもなく、はいつも通り振舞おうとしたのだが。
「それにグレミオもなにか、心配してるようだったし。」
眉間に皺を寄せ、心配そうな表情で見てくるティルには目を瞬かせた。グレミオは心配していただろうか。確かに、彼には紋章のことを教え、が紋章を使った事を知っていて、厨房でも驚きながら心配するような表情で見てはいたが。少なくても宴では、そんな素振りを微塵も見せていなかったとは思う。けれどティルは、敏感にも察知したらしい。
は思わず息を吐いていた。
「なんかなー・・・。・・・私、ティルには適わないような気がする。」
自分はまったく気づかなかった、グレミオの態度に気づいたのだ。それはグレミオを心の底から尊敬しているとしては少し嫉妬さえ覚える。やはりティルは彼を乳母としただけはある。いや、彼の気質だろうか。とにかくも、どうにもは彼に適いそうな気がしなかった。
「そんな事ないよ。俺は、には適わないような気がするし。」
ティルは苦笑を浮かべてそう言うが、はそうは思えない。グレミオだけでなく、全てにおいて器量よしな彼には到底適いそうにない。 そんな考えすらも浮かばないほどだ。は再び息を吐くと、そこではた、と思い出した。今ここにはティルと自分しかいない。誰にも聞かれることもなく、絶好のチャンスである。そう思うとは吐いた息を吸い戻し、声を張り上げた。
「一世一代の告白!」
「え!?」
ティルが驚いたように声を上げたが、は無視して言葉を続ける。
「私、こと は、真の紋章とかに選ばれちゃってこことは違う世界から来た挙句、その紋章は工の紋章とか言って細工ぐらいにしか役に立たないわ、その呪いで不老になるわ、紋章特有の呪いで『故郷を失う』なんてことになるわで、元の世界にも帰れなくなったこの上なく不幸な元女子高生なのでした!」
息を継いでも、ティルに何か言われる前に再び口を開き、早口ではそう述べた。もはや自棄になっていると言ってもいい。
グレミオの時に泣いた事や、感傷に浸ることなく早口で言った事もあってか、の胸中に、不思議と悲しみは少しも沸かなかった。
は下を向いて、少し乱れた呼吸を整えると、笑みを浮かべてティルを見る。
「吃驚した?」
早口で捲くし立てられ、とんでもないことを話されたティルといえば、さすがに瞬きすら忘れを見ていた。これを冗談ととるか、本当ととるか。 だったら冗談だととる。けれど――
「―――そっか。」
ティルなら、本当だととるだろう。案の定、いつもと同じ、柔らかな笑みを浮かべたティルに、 はなんだか照れ臭くなった。
こうも疑うことなく信じてくれる人がいると、恥かしくなってしまう。 は照れ隠しに笑みを浮かべていると、ティルが視線を右手へと降ろした。
「――親友がいるって言ったでしょ?テッド、ていうんだけど。そのテッドから、俺も託されたんだ。」
ティルに親友がいることは知っている。以前、星空を共に見上げていた親友だと。――そしてが聞き辛かったこともあり、その彼が生きているのか死んでいるのか、は知らない。
そんな彼から託されたモノ。話の流れもあり、思い浮かんだ考えに、は思わず固まる。そんなに、ティルは右手から視線を上げて微笑む。
「俺も、真の紋章を持ってるんだ。」
ティルの思ってもみない衝撃の告白に、は目を見開いたが、
(「坊ちゃんにも話してあげて欲しいんです。」)
グレミオの言葉を思い出し、力が抜けてくるのを感じた。
(そっか・・・・グレミオさんの言ってたことはそういうことか。)
真の紋章は、世界に27しかない。だというのに、こんな近くに同じ真の紋章を持つ者がいたのだ。きっとグレミオは、ティルが真の紋章持ちだという事を知っていた。だからこそ同じく真の紋章の持ち主であるに、話してくれないかと頼んだのだ。
は自然と頬が緩んでいく。
「じゃあ、私達は真の紋章持ち仲間ってことだね!」
だけでなく、ティルもまた。そう思うと、不謹慎ではあるがどうしても嬉しくなってしまった。この呪われた力を持つのは、自分一人だと思っていたからかもしれない。
同属意識、それは内容が内容なだけに嫌なものであるが、それでもは嬉しいと思った。少なくても、時にはその紋章に宿る呪いの苦痛を知っているが故に、共に乗り越えることが出来るかもしれない。それも誰でもない、ティルとだ。
そう思っては言ったのだが、ティルは彼女の言葉が意外であったらしい。目を瞬かせてを見ている。
そのまま数秒、ティルは固まっていた。数回目を瞬かせ、やがて、破顔する。
「――本当、 様様って感じだなぁ。」
そしてくつくつと笑い出してしまったティルに、なんだかよく分からないは置いてけぼりになるのを感じた。褒められているのだろうか、貶されているのだろうか。判断に困るところである。なんとも対応しづらく、は何も言えずにいたのだが、ティルがようやく笑いを収めた頃、彼は笑みを浮かべたままを見た。
「前にも言ったけど、なんだかといると、どんな事も好きになれる気がする。この紋章も、すごく疎ましく思ってたんだよ?
なのに・・・・」
そこでティルは言葉を止める。目を細めた彼は、優しく、一層綺麗な笑みを浮かべた。
「ありがとう、 。」
といえば、綺麗な笑みを浮かべるティルを直視してしまい、思わず鼓動が速くなるのを感じた。顔も赤くなる心地がして、しかも礼を述べられる前に、彼が放った殺し文句ではないかと思われる台詞を思い出し、更に顔に熱を持ってしまう。慌てて赤面した顔を隠すようにティルに背を向け、窓へと向くと外を見る仕草をしながら口を開いた。
「あー、もう!私もティルといると楽しいよ!!」
彼女のその行動が、照れ隠しだと気づいたのかもしれない。ティルが再び、背後で小さく笑うのを聞いて、いよいよは恥ずかしくなり、背後を振り返ることが出来なかった。
だからは気づかなかった。笑いを止めても微笑みながらを見ていたティルの表情が、一瞬曇ったことに。
彼女は自身といると楽しいと、同じ不死である真の紋章持ちだと、言ってくれたが。
(それでもは――元の世界へ戻る術を知ったら、帰ってしまうのだろうか?)
そう考えるだけで、ティルは凪いだ湖のように静かだった胸中が、荒らんでいく心地がした。
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