Skyting stjerner1-23

大森林の奥深く、石で築かれた帝国兵の砦があった。その中でも一番高く聳える見晴台に置かれた鏡は15尺程の大きなものだ。一見大きな鏡のようにも見えるが、その実態は辺りを、一瞬で荒野にするほどの威力を持つ兵器である。
志願兵も増え急激に数を増やしていた解放軍だが、兵力にはまだ差がある。焦魔鏡に対抗する武器についても、まだドワーフから連絡はなかった。
ドワーフの連絡を待つ解放軍であったが、しかし密に放っていた斥候から、帝国兵が動き始めたといった知らせが届いた。対抗する武器はないものの、そのまま大人しくしているわけにはいかない。 解放軍は、闇夜に忍び、砦を包囲すべく動くことなる。
慎重に進軍する解放軍であったが、しかし、その動きにいち早く気づいた者がいた。
クワンダ・ロスマン。帝国五将軍・鉄壁の将である。
ドワーフの対策兵器はまだ届いていない。いち早く気づいたマッシュが避難を飛ばすが、クワンダが標準を解放軍に向ける方が早かった。
「帝国に弓ひくもの達よ、裁きの光だくらえ!!」
笑いながら、クワンダは焦魔鏡を起動させる。
一瞬の閃光が、辺りを覆った。
息を飲んだティル達だが、しかしいくら待とうとも衝撃は来ない。代わりに、朗らかな野太い笑い声が辺りに響いた。
「はっはっはっは、人のものを盗むからそういう目にあうんだ!」
聞いたことがある声であった。ティル達の後方から現れた見知った声の持ち主は、ずんぐりとした体で胸を張る。
「儂らの『風火砲』の力、思い知ったか!」
「ドワーフの長老!」
目を見開いたキルキスが、喜びが混じった声をあげる。
焦魔鏡はボロボロに砕けていた。代わりにティル達の後方に、直径20尺ほどの大きな大砲を、巨大な荷車に乗せたドワーフ達が現れる。後方には村のドワーフ達全員が武装して列をなしていた。先頭に立つ長老は、キルキスを見る。
「若いエルフ殿。今度は間に合ったようだな。」
その声は、何処か気を遣うような優しげなものだ。ぐっと息を飲んだキルキスは無言で頷くと、下がりかけた眉を引き上げて前を見据えた。
ドアーフ達が焦魔鏡を壊してくれた今が好機であった。
ティルは片手を上げる。すうっと息を吸い込むと、足踏みしていた全軍に轟かせるように声を張り上げた。
「全軍、進軍せよ!!」
ティルの声が、草原に響き渡った。
一瞬の沈黙。次いで地を揺らすような、兵達の雄叫びが応える。
怒号のような声を上げることで、自らを奮い立たせ、砦を包囲していた解放軍は勢いよく進軍した。先陣を切ったビクトールが、最前の兵へと斬りかかる。雪崩れ込むように次々と兵達の刃が交わり、辺りには剣戟が飛んだ。ティルもまた、解放軍の頭であることから従者であるグレミオやクレオ、パーンの他の兵に周りを固められつつも、馬を駆けらせ、帝国兵を将自ら率先して倒していく。
辺りはすぐさま混戦となった。土煙がまい、馬のひずめ、兵士の怒号、悲鳴、剣戟のみが辺りを支配していた。
その場は普通の人間であるならば、気が狂っても可笑しくないほどの恐怖と、騒音に見舞われていた。 生きるか、死ぬか。隣で戦っていた兵が斬り倒される。斬った兵を斬り返す。近くの兵が倒れる。斬る。その繰り返しである。
最新の鎧を纏った帝国兵と異なり、明らかに装備の足らない、解放軍の勢いはしかし留まることはなかった。身を護るはずの鎧は古びており、恐怖は一押しであるだろう。それでも明け方まで鍛えた鋭い刃を取りこぼすことなく、ふるう。昨夜まで飲み交わしていた友が倒れようとも、足を止めることはなかった。
混戦となり、半刻も立たない頃だ。
帝国兵は兵器を破壊されたものの、帝国から支給された最新の防具と武器で、怯まずに応戦していた。一方で解放軍は一昔前の武器と防具ではあるものの、一人一人の士気が高く、こちらも勢いが衰えることはなかった。
拮抗した兵力に、互いに一歩も引かないその時、頭上を一羽の鳥が飛ぶ。その影が、徐々に大きくなる。
ふと違和感に、誰からともなく空を見上げた。
大きな鳥の影は太陽を遮り、姿はよく見えない。しかし何故か頭上を先程から旋回しており、徐々に近づいてきていた。やがてその姿が明確になる程近くなり―――誰もが、息を飲んだ。
黒い鱗は身体を強固に覆う鎧となり、鋭い牙と爪は刃すらも砕く。大きな両翼は鋭く風を切っていた。
ビクトールが、唖然と叫ぶ。
「―――野生の竜だと!?」
それは人里ではまずお目にかかれない、野生の竜だった。
突如として現れた竜に、兵に動揺が走る。
ここにきて現れた竜に、ティル達は歯噛みする。最大の難点であったは破壊し、兵力は拮抗しているものの、解放軍の勢い落ちる気配がない。反して帝国兵は徐々に解放軍の勢いに押し負け始めていた。戦況が、解放軍に傾きはじめている。ならばそのまま全軍でもって城を落とす、またとない好機だった。
しかし、野生の竜が現れてしまい、兵の士気は一気に削がれてしまっていた。それは帝国兵にも言える事だが、――上手くこの状況を切り抜けるためには、竜を追い返すしかないだろう。ここで撤退して、また焦魔鏡を作られてしまう訳にはいかなかった。今回は相手の虚をつく形で壊すことはできたが、同様に次も上手く破壊できるとは思えない。相手も対策を打ってくるだろう。今が攻めこむ絶好の機会であることは変わりない。
まだ距離はあるが、ルックの風魔法なら射程範囲だ。滅多に人里には現れない野生の竜は強靭の為、先手あるのみだった。まずは竜に威嚇し、怯んだところを魔法兵の合成魔法で叩く。それで引き返してくれれば良いが―――油断なく頭上の竜を見据えながら、素早く策を巡らすティルの視界に、しかし思わぬものが映る。
竜から、何かが飛び降りてきたのだ。―――それは恐らく、人であった。
この時ばかりは両軍が唖然として、動きが鈍っていく。
遥か頭上から躊躇いもなく飛び降りたその人物は、重力を感じさせない動きで宙で一回転すると、そのまま腰に差した鞘から双剣を引き抜いた。そして右手に紋章特有の光が放たれる。
光を帯びた風を纏い、双剣を地面へと一降ると、瞬間辺りに暴風が吹いた。
ティル達は咄嗟に目を腕で庇い、暴風に混ざる砂煙をやり過ごす。
「な、なんだってんだ・・・!?」
野生の竜が現れただけでなく、その竜の背から人が降ってきて、ビクトールは目を白黒させていた。それは前戦に立つクレオ達も同様である。
ティルは目を細め、土煙の中心を見据える。やがて土煙が薄れ、風魔法と剣圧で抉れた地面から一人の人間が現れた。
酷く、端正な顔立ちをした青年だった。
日の光を浴びて銀にも見える色素の薄い髪に、すっと通った鼻梁。切れ長の目は蒼く、浅瀬のように澄んでいるようで、海のように深みのある、不思議な色合いをしていた。赤いはちまきを靡かせながら、青年は切れ長の目で辺りを見回す。
そして遥か上空から飛び降りた事を微塵も感じさせない様子で、淡々と口を開いた。
「なんとか、間に合ったみたいだね。
―――解放軍は、君たちかな。」
鋭い碧の瞳が、こちらを見据えた。

「おい!お前、大丈夫か!?」
明らかに只者ではない彼に、いち早く声をかけたのは、ビクトールである。それまで口を大きく開けて唖然としていたが、落ちてきたのが人で、それも年下であろう事に安心したのだ。
加えて青年は帯刀こそしているものの、街を歩いていても可笑しくないであろう程の軽装であった。明らかに重装備の帝国兵ではない。しかしそんな軽装で、遥か上空から飛び降りてきたのだ。いくら重装備であっても、大怪我をするであろう高さである。元来お人好しのビクトールが心配するなというのが無理であった。
続いてビクトールの声で我に返ったクレオが、眉を潜める。
「あんた、もしかして竜騎士かい?けど、あんな高い所から飛び降りるだなんて・・・幾らなんで無茶しすぎだ!」
赤月帝国には、帝国軍人とは立場の異なる、竜騎士というものがいる。彼らは皇帝に仕えることのない独立した騎士であり、竜を自在に操る事が出来た。クレオは数ヶ月前に縁があり、出会った竜騎士の少年を思い浮かべ、彼もそうなのだろうと結論をつけた。それにしても無茶をしすぎであるが。
なるほど、と竜騎士の存在を知っている面々は、それに納得しかける。しかし頭上を見上げて、ビクトールが慌てたように声をあげた。
「おい!竜が帰ってるぞ!?お前の相棒じゃないのか!?」
頭上を旋回していた竜が、両翼を大きく羽ばたかせたかと思うと、南の空へと向かっていってしまったのだ。
遠ざかっていく竜に焦るビクトール達に、しかし青年はそれを見る事なく答える。
「構わない。ここに来るまで乗らせて貰っただけだ。」
「・・・はぁ!?」
え、何言ってんだコイツ。
淡々と、まるで竜騎士でもないのに、竜を乗り物にしてきたかのように言う彼に、ビクトールは自身の理解が及ばないのを感じた。
しかし青年には怪我は愚か、衣服の乱れも見えない程けろりとしていた。戸惑う一同を気にすることなく、青年は更に驚くことを告げる。
「助太刀するよ。」
「・・・あんた、何言ってんだ!?」
思わず悲鳴のような声がビクトールから上がる。やばい、俺ついていけない。そう思うのはなにもビクトールだけではなかった。クレオやグレミオも、表われ方も驚いたが、軽く加勢すると言いだした彼に、唖然とするばかりであった。
何しろ、何処の街にでもいそうな、確かに矢鱈と整った顔立ちをしているものの、パーンのような明らかに勇ましい巨漢ではなく優男である。すらりとした手足は、喧嘩すらしたことがなさそうであった。確かに空中で竜から飛び降りるなどと人間離れした荒業で戦場に現れた彼だが、それも恐らく、紋章の力によるものだろう。優男風の青年に、そう、彼らは思いきっていた。
呆然と頭すら抱えそうになるビクトールだったが、その時、刃が空を切る音を聞いた。
―――解放軍と同様に驚いたものの、好機と忍び足で近寄っていた帝国兵だった。
ビクトールが気づいた時にはすでに、鋭い刃が降り下ろされていた。背から冷たい汗が流れる。間に合わない。
「戦場で、隙だらけでどうする。」
覚悟をしたビクトールに、しかし衝撃はなかった。剣戟が響き、どさりと地面に倒れこんだのは、帝国兵だった。
涼やかな表情で、ビクトールに襲いかかろうとしていた兵を倒した青年が、ビクトールを見やる。先程とは違う汗が、米神を伝った。
離れた場所にいたはずの青年が、いつの間にかビクトールの真横に移動し、加えて己が間に合わないと判断した帝国兵を倒していたのだ。帝国兵の近くにいた自身が、反応出来なかったというのに。その動きを、ビクトールは捉えることすら出来なかった。
青年は息一つすら乱した様子はない。唖然とする周囲を余所に、そこで彼は、彼が現れてからも前線で一人だけ動じず、静かにこちらを見据えていた人物を見た。
「進むんだろ。道は、僕が開く。」
その目は青年が敵か味方かを見定めながらも、油断なく男の力量、隙を観察していた。
ティルはそこで始めて、口を開く。
「信用していいのかい?」
力量は申し分なく、敵ではなく、力になってくれるならば有り難い。
しかし、あまりにも目立ちすぎてはいるものの、間者である可能性も零ではなかった。
それをティルは軍主として見定めなければならなかった。
解放軍の中で、年若いものの独り一貫して冷静であった少年に、――その油断ない視線から恐らく、軍主であろうと踏んだ青年は、ティルに答える。
「心配ない。ドワーフの村には借りがある。それに――また帰るところがなくなってしまったら、」
言葉の最後の方は、辺りに響いた怒号にかきけされてしまった。先立った兵に釣られ、帝国兵が解放軍に襲いかかってきたのだ。
襲いかかってきた兵に一瞥もいれず、棍を横凪ぎにすると、喉元に一撃を入れて倒したティルは言う。
「―――分かった。信じよう。」
話は半分聞けなかったものの、反らすことのない青年の目に、ティルはそう判断した。彼の目に動揺の色はない。曇りのない、真っ直ぐとした目だった。
青年はそれまで能面のように動かすことない表情だったが、ティルの答えに口角を僅かに上げたように感じた。表情を僅かに和らげた事に僅かに目を見張ったクレオ達だったが、しかしそれは一瞬の事であった。男の姿がその場から消えていたのだ。驚くクレオ達が青年を捉えられたのは、帝国兵の悲鳴を聞いたあとだった。
青年はすでに帝国兵の中におり、辺りには数名の兵が地面に倒れている。帝国兵も青年に気づき剣を振りかざすが、しかし一撃も青年に当てることは出来なかった。青年の動きは俊敏で、剣戟すら目で追うのが難しい。
まるで舞うように、帝国兵を次々に倒していく。
その姿はまさに、鬼神のようだった。

解放軍はそのまま、砦を落とすことに成功する。
天まで轟くほどの歓声をあげた彼らは、そこに先陣を切り続け、帝国兵の勢いを押した一番の功労者である青年が、いつの間にかその身を晦ませていたことに、気が付かなかった。


***

暗い水の中。
いつもの場所。いつもの夢。
光も酸素もない。
―――もう苦しみはない。光は届かなくても、誰もいなくてももう一人ではないと知っているから。手を握ってくれた人がいるから。覚えてるから、大丈夫。
けれど一つだけ。こればかりはしょうがない。だってここは水の中だから。息が出来なくて苦しいのだ。
私は後どのくらい、ここにいなければならないのだろう。もうずっとここにいる。まだなのだろうか。まだここにいなければならないのだろうか。
いっそ意識を失ってしまえば楽になるのに。それすら出来ない。これは現実じゃなくて夢だから。私はただ苦しみ続けるだけ。夢なのにこんなに苦しい。苦しいのに目を覚ます事も出来ない。
だったらもう――

はそこで意識が覚醒した。重い瞼をゆっくりと上げ、差し込んできた久しぶりの光に再び瞼を閉じる。そして瞼の裏に残った光の残骸が消えたあと、はもう一度瞼を押し上げていった。
先程のように光に驚くことなく開かれた視界には、土色が映る。人の手の模様のようだったりと見たことのある凸凹な土壁。しばらくの間見ていなかったが、半年もいたのだからさすがに忘れるはずがない。ここはドワーフの村の、の部屋だ。
は上半身を起き上がらせよう力を込め――それがいつも倒れた時より軽いことに驚く。そして視界に入ったそれには更に驚いた。
「ルック?」
自身のベッドサイドに置いた椅子に座っていたのは、透き通るような白い肌に芭蕉の髪をした少年、ルックであった。ルックはと目が会うと元々刻んであった眉間に、更に皺を寄せる。
「無事帰って来いって言った奴が、倒れていたら世話ないね。」
ルックはティルとともに4日前、ドワーフの村を出たはずであった。の中では、であるが。そんな彼がここにいるということは――。
思い当たった事実と、正論である彼の言葉には引きつりそうになる頬を動かし誤魔化しの笑みを浮かべた。
「・・・どれくらいたってる?」
「あんたが何時倒れたのかは知らないけど。僕達がここに来たのは1時間くらい前だ。」
は思わず安堵の息を吐きそうになった。ルック達はつい先ほどこの村に到着したようである。は意識を失ってからどれくらい経っているかは判らないが、 過去の事とあの空間に大分いたという感覚からすれば2、3日以上は眠り続けていたはずだ。眠っているのだからはわからないのだが、ヒューイや長老ですら動揺するような一種異常であるその光景を彼らに見られなくてよかったと思う。 理由を聞かれて、まさか真の紋章を使ったから、などとは言えないのだから。その辺りは長老やヒューイ達も彼らに言うことはないだろう。きっと上手く言ってくれてるはずである。
「・・・あ、他の皆は!?大丈夫なの!?怪我は!?どこか怪我とかしてる人いる!?ああルック!君もだよ!どこか怪我なんかしてないよね!?」
は寝起き特有でぼやけていた思考が戻ると、はっとして顔を上げ側に座るルックへと詰め寄った。彼がここにいるということは、帝国兵との戦を終えたのだ。詰め寄られたルックといえば心底嫌そうな顔で歪め、上半身を仰け反らせる。
「僕が、怪我なんかしているわけないでしょ。だったらあんたに治療魔法なんて使ったりしない。他のやつらも、平気なんじゃない。」
「・・・・・治療魔法?」
ルックに口に出された内容の一つを、鸚鵡返しに声に出してみる。
ルックが?あのルックが?確かに優しいけど自分が死んだらむしろ逆に喜びそうなルックが?しかし現状を振り返れば、ルックがここにいる事もまた可笑しかった。自身が倒れたから、心配で側に寄り添うだなんてそんなルック、ルックじゃない!
とつらつらと実に失礼なことを考え驚きも露に目を見開くである。だがそんな彼女の心情も最もで、の考えはルックを知る人ならば誰もが思うだろうことであった。
ルックはほんの一瞬しまった、といったように顔を歪めたが、それを戻すことなく、顔を歪めたまま口を開く。
「僕が治療してあげたんだ。この貸しは高くつくからね。」
むしろ、自分はルックに借りを作ってばっかりなような気がする――無理やり師匠になってもらったり彼の本をかっぱらってきたりと。そこでは大変申し訳ない気持ちになり深々と頭を何度も下げたい気持ちになったが
――帰ってきたのは恐らくルックだけではない。ルックは平気だと言っていたが、は少しでも早く、彼らに会いたいと思った。
「ルック!治療魔法かけてくれてありがとう!」
一度だけ頭を深く下げて、はベットから体を起す。ベットの脇で足をつき、立ち上がった時は思わずふらつきベットへと逆戻りしそうになったがそこは顔を歪め耐え、今までならば起き上がったあと、しばらくは横たわらせている重い体を鞭打ち動かした。ルックが治療魔法をかけてくれたこともあり、常と違って体は軽く動くことも起き上がることも出来るのだが、それでも自身の体はあちこち鈍痛を訴える。 だが自身の体よりも、他の皆に早く会うことがは大事だった。
気を抜けば縺れそうになる足を叱咤し、駆け足で自身の部屋の扉まで向かう。そしてドアノブに手を掛けた時、は言っていなかったことに気づき、ルックを振り返った。
「あと、お帰り!!」
風使いの少年はその言葉にいつものように顔を歪めたが、は気にせず彼が無事帰ってきた事に自然と笑顔を浮かべる。そして今度こそドアノブを掴むと外へと出て行った。
ドアが完全に閉じられる前、軍主とそのお付きの声がの部屋へまで飛び込む。の部屋にいたルックはうるさい、と更に眉を潜めた。


!」
ちゃん!!」
ティルの声に続きグレミオに名を呼ばれ、部屋から出たばかりのは驚きに目を瞬かせた。どうやら部屋の前で待っていたらしい彼らは、部屋から姿を現せたに同時に安堵の息を吐く。
「もう・・・びっくりしたんですよ?ちゃんを迎えにきたら、ちゃんが倒れたって聞いて。」
グレミオは心底心配してくれていたらしい。いつもより疲れた表情で、けれどもがこうして無事立っていることに、安心したように微笑んでいた。
・・・大丈夫?」
は声を掛けてきたティルを見る。グレミオ同様、心配してくれたような表情には頬をかく。
「この通り。ごめんね、せっかく迎えに来てくれ」
けれどがすべてを口にする前に、それはティルの赤い着衣に遮られた。
突然抱きしめられたは状況についていけず、目を瞬かせる。
「・・・・よかった。」
頭上が落ちてきた声は安堵の吐息混じりで、は抱きしめられているという事に羞恥は沸かず、小さく笑った。
「ティルは?怪我とかしてないよね?」
「うん。」
その問答の間もティルはを抱きしめたままだった。ティルの腕の中では本当に過保護だなぁと思う。けれどそれは恥ずかしくくすぐったいものでもあるが、 嬉しいものでもあり、は自然と笑みを浮かべる。まるで大きな子供のようだ。はティルの背中へと腕を回し、 思ったより胸板が厚く固い事を意外に思いつつも、安心させるようにその背を優しく叩く。そして彼が落ち着くまでその体勢のまま今度はグレミオへと顔を向けた。
はグレミオの足から、柔らかく微笑み達を見守るグレミオの顔まで全身をくまなく見回し、緑のローブは別れた時より少しほつれてはいるが、それでもどこにも怪我がない様子に安堵の息を吐く。
「グレミオさんも、無事そうでよかったです。怪我とかはしてませんよね?」
「はい。この通り、元気ですよ。皆さんも無事です。」
声を掛けられたグレミオは穏やかな笑顔のまま頷いた。そこではふと気になったことを口にする。
「他の皆は?」
無事だということは知った。けれどは一人一人確認したいのだ。の部屋の前にいないというのは分かるので、は彼らにこの後会いに行こうと思っていた。
するとグレミオはその言葉に何故か穏やかな笑みを固まらせ、眉尻を下げるとどこか気まずそうな顔をする。
「え、えーと・・・・それが・・・・」
はそんなグレミオに首を傾げる。無事だといったのに、どうしたのだろうか。ややしばらくして、決したようにグレミオは口を開いた。
「その・・・・ドワーフの皆さんが、ちゃんのいる洞窟に入らないよう入口で通せんぼをしてまして・・・・。」
何をやってるんだあの親父達は、とは思わず眉を潜めたが、きっとの様子を見られないようにしたのだろう。
けれど、とは抱いた疑問を口にする。
「でも、グレミオさん達は・・・。」
この場にはグレミオとティルがいる。の部屋にだってルックがいたのだ。あのドワーフ達は本当に頑固である。過去をエルフの村へと行かせない、といったように 通さないといえば絶対通すまい。それを知っているだけに最もな疑問であったが、グレミオは途端何故か頬を少し赤く染め、視線をさ迷わせながら話しだした。
「あ、はい私は、その・・・・・・・・・・・・・あの、将来の夫だから部屋に入ってもいいと・・・・。」
はその言葉を聞いて固まった。そして石化から回復するとあんの親父共どうしてくれようと内心思いながらグレミオに頭を下げる。
「すみません、グレミオさん。」
「あ、いえ、私は別に・・・・。」
どこをどう見たのか、あのドワーフ達はそんな勘違いをしてそんな事を言ったらしい。
当然だが、その場の空気は気まずいものとなった。本当、どうしてくれようあのドワーフ共。確かにグレミオは大好きであるし、優しい彼はとして理想の男性で結婚するならこんな相手がいいとすら思う。 けれどグレミオと自分はいくつ年が離れていると思っている。その辺りから察しろというものだ。
気まずい雰囲気を変えるように、は引きつりそうになる頬を抑え、話題を変えた。
「あ、じゃあ他の人は?ルックとかティルもいるじゃないですか。」
「ええ、ルック君は治療魔法を扱えるでしょう?だから彼も通らせてもらったんです。」
最初こそ動揺していたが、その時を思い出しグレミオは答える。まず自分は通っていいと言われ、残された面々に悪いとは思いながらもが心配なため急いで彼女の元へ向かおうとしたのだ。
けれどその時、普通にルックが入ろうとして当たり前に入り口を固めるドワーフ達に阻まれたのである。その時に治療してやるから入れろと実に上目線からルックは言い放った。一瞬渋ったドワーフ達だったが、他の面々から彼が相当な腕を持つ紋章師であることを聞くと彼らも引き下がり、彼はグレミオと共に洞窟内に入ることを許されたのだ。
それからの部屋に入るとすぐ、自分は治療魔法で気が散るからと追い出されてしまったのだが。
「・・・・それでティルは?」
グレミオの言葉を聞いたは、更に首を傾げる。これでグレミオがここにいることと、ルックが部屋にいたこともわかった。
けれどティルはどうしたのだろう。はグレミオやルックといったように何かあるとは思えなかった。
「あー・・・それなんですが。私も先に入ってしまっていたので知らないのですよ。」
グレミオもまた苦笑を浮かべ内心首を傾げていた。彼がの部屋から出てきたとき、丁度やって来たティルを見たときは驚いたものだ。
自然とグレミオとの視線がティルへと向けられる。
ティルは今だを抱きしめていたのだが、そこでようやく体を離し、二人の疑問の答えを口にした。
「軍主として、仲間の一大事を放って置けないって伝えたら、通してくれたよ。」
と、彼は笑顔で言うが。実の所その時の彼の殺気は尋常ではないものがあり、金色の目を鋭く細めそう言われた人より長い時を生きるドワーフ達も、それを見てしまった ビクトールなどの面々も 息を呑み体が竦みあがってしまった。
動いたら殺られる――そんな張り詰めた空気の中獣のように鋭く光る目を向けられたドワーフ達は、本能的に頷いてしまったのである。言葉は正論だがその様は脅しとしか言いようがなかった。
しかしそんなことを知らないとグレミオは、彼の微笑みを見てなるほど、と頷くのだった。知らぬが仏というものだ。
「じゃあ、皆のところに行こうか。」
「そうですね。皆さん心配していらっしゃるでしょうし。」
の手を掴みティルは彼女に微笑みかけ、グレミオもそんな彼女の隣に立ち彼女に微笑んだ。はその光景を見て思わず泣き出しそうになるほど嬉しくなった。
としてはついさっきまで、彼らに再び会うのはこの戦が終わってからで、その生死も分からない状態だったのだ。信じてはいた。が、不安に思わないはずがない。
いつものようにその光景が繰り広げられたことが嬉しく、も笑みを浮かべて、ティルに掴まれた手とは反対の手でグレミオの手を掴む。
並んだ彼らは実に和やかな様子で、他の仲間のもとへと向かったのだった。

――けれどそんな見る者も和ませそうな様子のまま他の仲間の下へと行くと、何故か一瞬誰もが顔を強張らせ、怯えた様子を見せたことにとグレミオ、張本人であるはずのティルも首を傾げたのだった。




BACK / TOP / NEXT