Skyting stjerner1-21
エルフの村を出たのが明け方であるということも手伝い、休むことなく馬を走らせたその日中に達はドワーフの村へと到着した。ドワーフの村の特徴ともいえる、一つの大きな風車を見ては懐かしみに目を細め、そして村全体や行き交うドワーフ達になんの変わった様子が無いことに安堵の息を吐く。 昔じっちゃんこと長老に長々と自慢するように話されたドワーフの村の宝の一つ、焦魔鏡を帝国に盗まれたということもあり、噂では聞かないが、若しや既に襲われてしまったのではと 一株の不安を抱いていたからだ。だから村が破壊された様子もないことには心底安堵し、どうやこの世界ではあまり見かけることがないらしい、風車を見つめながら村へと入っていく ティル達には小さく笑みを浮かべさえしていた。
しかし無事村へと入り、生業が鍛冶師などということもあり他の種族より大分人に慣れているドワーフの村で、宿をとろうとしたところでは思わず固まった。
「お、お前さんは・・・!」
村へと入ってきた達人間に我関せず、とドワーフ達はそれぞれの仕事を行うため動いていたのだが、そのうち一人が馬を引き連れ宿へと向かう達にふと一瞥くれた時、そのドワーフはかっと目を見開き、見るも明らかに狼狽しだしたのだ。
ドワーフ達は人慣れていることもあってか、達人間に一瞥もしなかったのにと内心首を傾げる一同の中、はそんな彼の様子に実に嫌な予感がした。
そして次の瞬間、それは的中してしまったらしい。
「み、みんなぁーー!!!が帰ってきたぞおおおおおおおおおお!!!!!」
「「「なにぃっ!???」」」
彼は野太い声を張り上げ村中に届くかと思われるほど大きな声、むしろ最後の方は雄たけびをあげた。しかもそんな彼の言葉に、彼以上の驚きをもって揃ってその周辺にいたドワーフ達、いや村中?で反応が上げられるのだからは鼓膜が破れるかと思った。
しかし耳を抑えているわけにはいかない。視線がへと向きだし、そして道すがら達に一瞥もくれなかった者、家から出てきた者、と作業を一時中断させたドワーフ達がわらわらと集まってきたからである。
「!?」
「お、お前さんどこに行ってたんだ!?心配してたんだぞ!?」
「まさかまた、エルフ共の村に行っていたんじゃあるまいな!?お前さん滅多に村でねぇ癖して、なに考えてんだ!?」
「人が恋しいって、ここには偶に人も来るしあいつだっているじゃねぇか!!一体何が不満だったんだ!??」
「おら達がいけなかったか!?おら達がいけなかっただか!?」
「お前さんのケーキ食ったことか?菓子か?おら達もあれは悪かったと今も反省しとる!!」
「いや待て、お前ら!今はとりあえずが帰ったことを喜ぶべきだ!!」
「そ、そうだな!!」
「村の皆に知らせろー!が帰ってきたぞおおおおおお!!!」
あっという間にドワーフに囲まれたといえば口を開く間もなかった。
は頬を引きつらせる。正直いって非常に暑苦しい。考えても見てほしい、詰め寄ってくるのは誰もかれも 似たような中年親父達、それも唾を飛ばさんかの勢いで喋ってくるのだ。そしてこいつら、多分また風呂に入ってない。が居る時も口を酸っぱくして言わなければ入らなかった奴らだ、がいなくなってしまえば 自然と仕事に明け暮れ、また入らなくなってしまうに違いない。で、フィ二ッシュに再び雄たけび。しかも先ほどよりも近い位置であるから溜まったものではない。
「・・・えーと、。これはどういう?」
その一連のやり取りに、の隣にいたティルが尋ねる。
「あー知り合い。ドワーフの村の知り合い。」
「何言ってんだ!水臭いなぁおら達は同じ釜で飯食った「わーわーわー!知り合い本当ただの知り合いだから同じ釜でご飯食べただけの!!」」
達のやり取りを聞き取ったらしい一人のドワーフが、そこへ横槍を入れてきては遮るように声をあげた。し、知られてはならない。せっかくここまでバレずに来たというのに、 ドワーフの村の出身などと知られたくはない。
けれどが遮るようにそう声をあげたのがいけなかったらしい。それを聞き取ったドワーフ達が、次々に横槍を入れ始めたのだ。
「何言ってんだ!お前さんは「わー!」」
「お前さん、この村「わー!!」」
「い「わー!わー!!」」
「お前さんはこの村の一員だべ!!」
そして即座に遮るように声を上げたのもいけなかった。息継ぎする間もなく声をあげていた為、苦しくなって息継ぎをしている間に言ってほしくない言葉がまさに的確に一人のドワーフから言われてしまったのだ。
瞬間、は固まった。
固まり、ぎぎぎ、と音がなりそうなほど不潤滑に首を動かしティル達を見る。目を瞬かせて達を見ている一人、グレミオがぽつりとへと尋ねた。
「・・・・ちゃんはこの村の出身なのですか?」
「ちが」
「そうだ!」
お前が答えるなぁあああああとは自分の代わりに答えたドワーフにエルボーかましてやりたい衝動に駆られた。
かくしての努力も空しく、村に着て早々はドワーフの村出身だとばれたのであった。
「、どうしてドワーフの村出身だって隠してたんだ?」
その後、なんとかに引っ付いて回ろうとするドワーフ達を追い出し、借りた宿の一室でビクトールがそう尋ねてきた。
「え、・・・なんかこう、ね。嫌っていうか恥ずかしいというか・・・。」
「確かに驚いたけど、でも、恥ずかしがることなんてないんじゃないかな?ドワーフの技術は凄いし、特にあの風車?だっけ。俺、あんなもの始めてみたよ。」
思わず頬を引きつらせて答えただったが、そんなを彼女が想像していたように馬鹿にすることなく、ティルは笑顔で告げる。いや、彼らなら馬鹿にすることはないだろうと冷静になって考えれば、予想出来てはいたが。そう言ってくれるととしても非常に助かるものである。
「まぁ、あんたに合ってる故郷だよね。」
しかし彼なら馬鹿にするだろうなと思っていたらやはり彼はそう口にしてきた。どういう意味だ。はルックに思わず頬を引きつらせた。
故郷といっても、厳密には違うのだが。それを言ってしまえば出身ということも違ってしまうし、まさか異世界出身とは言えず、はそれに対して何も突っ込むことはしなかった。
「薄々そうではないかとは思ってはいましたが、まさかさんが比較的人に慣れているといえ、別種族の村のご出身だとは、思いもしませんでした。」
キルキスは未だに衝撃が抜け切れない表情だった。人を嫌うエルフだからこそ、彼はが別種族の村で暮らしていたことが信じられなかったのである。
それは彼だけではなく、ここにいる誰もが思ったことだった。人に慣れていても所詮は別種族。別種族の壁は厚い。ドワーフは基本心の奥まで人を受け入れないし、人もまた彼らを受け入れない者が多い。
けれどはどうだ。村に住むということではなく、先ほどの様子から見ても、彼らは心から彼女を受け入れ、心配していた。
それに驚きを抱かない者はいない。もそんな彼らの心情を察してはいるが、だからといって、これまでの経緯を説明することも出来ず、彼女は苦笑を受けべた。
「さ、荷物も置いたし、早速長老のところに行こ。私がそこまで案内するから。」
話はそれで終わり、とは立ち上がり周りを即したのだった。
「おお!、久しぶりじゃの。村を出て行ってしまった時は、どうなる事かと思ったが・・・無事に帰えり、安心したわい。」
の案内で長老の家まで行くと、エルフの白く絹糸のように、滑らかで触り心地の良さそうな髭を持つ長老とは 正反対に、黒く、ぼさぼさで堅そうな髭を持つドワーフの長老が、先頭に立って入ってきたを見て声をあげた。
変わらないその様子と、少し違う見解に苦笑を浮かべては訂正をする。
「ああ・・・うん。そのことなんだけど・・・。長老、私は帰ってきた訳じゃなくて、ちょっと頼みがあるから来たんだ。」
すると長老はそこでようやく気づいたかのように、と共に入ってきたティル達面々に向き直る。
その目にはを見ていたような優しい色はなく、長老は一瞬ぎろりと鋭い視線でティル達面々を見てから、さも何事もなかったかのように笑う。
「ほっほ。こりゃめずらしい客だわい。人間とエルフと仲良くこのドワーフの村に何の用かな。」
「ドワーフの長老、あなたにお願いがあって来ました。」
キルキスがそんな彼の前へと歩み出て膝をつく。その体制に少し意表を付かれた長老は、片眉を上げてエルフの青年、キルキスを見下ろした。
「誇り高いエルフが、ドワーフにお願いときたか。」
ドワーフ達にとって、エルフ達は自分達が一番であるといった鼻面の高いいけ好かない奴ら、であった。がエルフの村へ行こうとする時だけではなく、エルフのことを少しでも口に出せば 何度も飽きることなく悪口を言っていたものだ。だからこそキルキスのこちらを伺い、敬意を示すその状況は、さぞや意外であっただろう。
そんな長老を見てはキルキスを認めざるを得ないだろうと安堵の息を吐き、もとより口を挟む気はなかったが彼らのやりとりを見守る体制に入る。
「ドワーフの長老、焦魔鏡という名前、知っていますね。」
「ほっほ、そりゃ知ってる。わしらの宝の一つじゃからな。」
「その焦魔鏡の設計図を帝国軍五大将軍の一人、クワンダ・ロスマンが手に入れ、森を焼き払おうとしているのです。」
キルキスの言葉を引き継ぎ、今度はバレリアが長老の前に出てそう口にする。ドワーフの長老をまっすぐと真摯な目で見る彼女を見て、また認めざる得ないだろうとは思ったのだが。
「ほっほっほっほっほ、こりゃ愉快。エルフ共など焼き殺されればいいのじゃ。」
平然と言ってのけた長老に、上手くいきそうであったその場の空気が途端固まる。キルキスが目を見開き、思わずついていた膝を浮かせた。
「な、なんてことを・・・。」
度し難い暴言に、キルキスは呆然と呟く。長老の言葉はあまりにも酷いものであった。ビクトールなどは普段は優しいその目を剣呑なものに変え、鋭く長老を睨みつけたほどである。
けれど彼が文句を口にする前に長老へと非難を浴びせる者がいた。誰でもない、このドワーフの村で身内同然に暮らしていただ。
「じっちゃん!いくら長老だしエルフを嫌ってるっていっても、言っていい事と悪い事ってものがあるでしょ!!?」
身内同然だと思っていたからこそ、は長老の言葉が許せなかった。少なくてもは彼らが真剣なのを見て、義理人情高い彼も真剣に受け入れると思っていたのに 彼は平然と切り捨てたのだ。裏切られた気分である。が思っていたよりも長老は石頭だったらしい。
は視線を鋭くして、普段は詰め寄られがちな彼女だが逆に長老へと詰め寄った。その目は怒りに染まっている。
そんなに、ここは長老の威厳を込めていくらお主とて何百年も続くドワーフとエルフの間の問題は関係ないと強く言うべきところだがそこはは孫のように可愛がっている長老。 に睨まれて長老の威厳も消え去り、しどろもどろになった。
「、落ち着くのじゃ。」
馬をなだめるがごとく詰め寄ってきたに両手を挙げ制するが、けれどにじろりと睨まれて長老はうっと言葉を詰まらせた。
「う、うむ・・・・す、すまなかったな、エルフの若いの。」
「あ・・・はぁ、いえ・・・・。」
先ほどの様子はどこへいった。その場にいた誰もがそう思っただろう。
ドワーフの長老より断然生きた時の短い人間の小娘に詰め寄られ、情けなくも動揺しまくった挙句呆気なく謝ってきた長老に、さすがにキルキスも先ほど浮かんだ怒りをも通り越し愕然とした感情を消し、呆然と頷いた。
「ごほん。・・・・しかし、ウスノロの人間・・・・あ、すまんかった、ちょっと間違っただけじゃ本当じゃ。」
最近わし、物忘れが酷くてのう。威厳を取り戻すかのように堰をした長老だったが再びに睨まれ冷や汗を掻きつつそんなことを口にする。そんな彼に、これがドワーフの長老かと 誰もがなんともいえない気持ちになった。
「兎に角、わしらから設計図を盗めるとも思えん。」
再度長老は持ち直したかのように、からさ迷わせていた視線を厳しいものにして、今度はキルキスを筆頭にしたティル達に向き直る。
都合の良いところで切り返しの早い彼に少々呆気にとられつつも、バレリアは口を開いた。
「・・・・しかし、確かに我が軍には焦魔鏡の設計図が・・・。」
「ほっほ、そんなに言うなら試してみるか?わしらの金庫から、設計図を盗み出せるかどうか。」
「じっちゃん、バレリアさんが言ってるのは恐らく本当のことだ。それなのにそんな・・・」
バレリアの目は嘘をついているようには決して見えないというのに、また伊達により生きているわけではない長老が、必死な彼女の真偽を見抜けぬはずがないというのに、 そんな提案を出す長老には眉を寄せて口を開いたが、けれどそれを思ってもみない人物が遮った。
「いいよ、。ドワーフの長老、そのお話、受けさせて頂きます。」
「ティル!」
は了承の言葉を口にするティルを見て声をあげたが、しかし彼は言葉を取り下げることなく、に苦笑を浮かべるだけだった。
いくらドワーフ達に親身にされているがいるとしても、ティルはエルフのこともあり早々話を受け入れられるとは思えなかった。
ならばここで盗んだ、盗んでないといった押し問答を繰り広げるより、その条件を飲んだ早いと思ったのだ。
それに彼らはドワーフ。一度言ったことは覆さないし、もしかしたらそれで信頼も得れるかもしれない。ドワーフの技術には高いものがあり、是非とも解放軍としても助力を仰ぎたいのだ。
今回のことにしろ今後のことにしろ。どちらにしても有難い話である。要はその条件をクリアしてしまえばいいのだ。少なくてもまったく話を聞かないのではなくこうしで妥協してくれる方が断然いい。
「ほっほっほっほ、おもしろい。なら金庫から流水棍を盗み出してみるがいい。それができたらお前らの話、信じてやろう。わしらの金庫はこの町をでて北へ行ったところにある。大きすぎて町にはつくれんかったのじゃ。ほっほっほっほっほっほ。」
「じっちゃん!!!」
「うっ・・・に、人間の方が了承したのじゃ。わ、わしは悪くないぞ!それよりも、お主はこの場に残りなさい。話がある。」
しかしに声を荒げられただけで怯む長老を見て、ティルは思わず判断誤ったかな。などと思ってしまった。
家族同然ではあるが一人を置いていく事に気後れするのか、どこか心配した様子のティルに苦笑を浮かべながら手を振り、は長老に言われた通り一人その場に残った。
長老はに話があるといっていたが、丁度いい、だって話があった。じと目で見てくるに、長老は気圧されながらもに座るように即す。
そして座布団を敷いては長老の前に座って、長老が話をし始める前には口を開いた。
「石頭、頑固親父、人でなし。」
「・・・・人じゃないもん、わし。」
丁度に言い負かされてる時、長老の部屋へとやってきたの世話役であるヒューイは、思わず年甲斐もなくそんな理屈を言ってのけから視線を逸らす自身らの長を見て、長老・・・となんともいえない気持ちになった。
「・・・ん?おお、ヒューイか。」
そこで長老が部屋へと入ってきていたヒューイに気がつき声をあげる。しかしヒューイは気づいていた。長老がからの非難を反らせる何かを探して、入り口に立っていたヒューイに気がついたのだと。
他のドワーフ達もそうであるが、長老もまたに甘すぎる、とヒューイは思う。そう思っている自身も我が子同然のが村に帰ってきたと聞いて急いで鉱山から戻ってきたのだが。
「ヒューイ!久しぶり!!」
伊達に年を食ってない長老の思惑にまんまと乗せられたは、ティル達への言動を含む長老への非難も忘れ、この世界に来てから一番親身になって自身の世話してくれたヒューイに声をかける。
その変わらず元気そうなに、ヒューイは安堵や呆れなどと色々と入り混じった息を吐く。
「まったく・・・・お前さん、いきなり外に出て行って皆心配したんだぞ?」
「・・・・書き置きはして行ったよ!」
「それでも、お前さんはいつもどっか抜けてるしな。それに、外に出る時は必ずあいつといたのに、あいつも置いてっちまうし・・・。戦う事も出来ない小娘が、外に出てって心配しないはずがないだろ。」
「・・・ちなみにその彼は?」
「お前さん探しに行った。」
ですよねー、とは当然のごとく答えたヒューイに遠い目をした。何はともあれ彼はこの地にいないのだ。それは安堵すべきことである。もっとも、彼がこの地にいたら既になど確保されているだろうが。
「何はともあれ、無事そうでよかった。」
安堵の息を吐くヒューイに、も頷き「ヒューイ達も元気そうでよかった。」と笑顔を浮かべる。
「ごっほん!」
そこで自身の勢いを取り戻したのか、長老が大きく堰をする。一族の長として、言い負かされ続けてるわけにはいかない。ここからが長老の見せ所である。
しかしその内心はヒューイとばかり話すにおじいちゃんにも構っておくれ、の心境であった。
「、おぬしはなぜあんな人間どもに拘る。」
「私も人間なんだけど。」
「・・・・ごっほん!あー、あんな奴らに拘る。」
じと目で見てくるに息を詰まらせ、わざとらしく堰をし言い直す長老だった。もはや身内同然である人間のに、他の人間達と括れないその気持ちもわかるが、やはり長老として 情けないその様子にヒューイは遠い目をした。
「、おぬしは人の子ではあるが、自ら進んで面倒ごとへと突っ込むような性格ではなかったはずじゃ。」
しかし彼はここで確信を付いてきた。それこそ彼が長老たる所以であり、ヒューイももそんな彼に真剣な表情を向ける。
「おぬしが此処へと戻ってきたのは嬉しい――だがなぜ、奴らに連いて、此処まで来た。おぬしの世界にはモンスターなどないのじゃろう。なのになぜ、おぬしはこうして来たのじゃ。
以前のおぬしは、確かに目的のためなら手段を選ばなかったが、ここまではしなかったはずじゃ。
それになぜあいつらを進んで庇う。おぬしなら関係ないことと傍観するじゃろう。
――何がおぬしをそこまで突き動かす?」
(何が、か。)
そう尋ねられるとは思わなかった。はやはり彼は長老なのだとそこで再確認する。自身ですらそこまで深く考えることをせず意識していなかったことをついてくる。
そしてその言葉で一番に思い浮かべられたのは何故かティルだった。次にグレミオ、ルック、クレオ、パーン、キルキス、バレリアの今回この任務に同行している面々だ。
彼らは恐らく、これから帝国軍と戦う。焦魔鏡の対抗策が見つかろうが見つかるまいが、ここまで来て引き下がらないだろう。――それがの知る軍主、ティルだ。
一見頼りなさそうな彼でも、その意思は恐ろしく強く、折れることはない。だからこそ人は連いていく。そんな彼に希望を見て。
そして自分はそんな彼も含めて、少しでも守れればと思ったのだ。
一つ一つ、自分の考えを纏めながら、彼女は口にしていく。
「・・・私は守りたいんだ。大切だから。だから少しでもいいから、彼らが傷つかないように守りたい。」
そう告げた彼女は、長老をまっすぐと見た。
彼女の揺ぎない強い視線に、長老は眉尻を下げる。わかっている、彼女が言い出したときそれは止まらないのだと。そんなことは百も承知なのだ。けれど、
「わかっておるのか。おぬしはその力を使うと・・・・」
「・・・どういうことだ?」
そこでヒューイが聞き捨てならないと眉を寄せて話に加わった。
「あーうん、ヒューイには後で話すよ。」
はそんな彼に苦笑を浮かべる。ヒューイは未だ渋面だったが、今は長老と話していた。いくらに対して情けない長老でも――彼女に危害があるのならば、それ故引き下がりはしないだろう。それが彼らの長だ。
は眉尻を下げる。今にも丸々とした目が潤んでしまいそうな長老に、良心を刺激されないこともないのだがそれでもこればかりは譲れなかった。彼は自分を心配してくれている。そして保身に走りがちな自分だが、今は自身のことより彼らのことを優先したいと思ったのだ。
はそんな長老から目を逸らすことなく口を開いた。
「わかってる。わかっていて私は彼らを手助けしたい。私は戦うことは出来ないけど、作ることなら出来るから。少しでも守れるならそんなリスク、ちょっとしたことじゃない。 何も命に別状はないんだし。」
「だが、それでもおぬしは苦しむだろう。それにわかっておるのか?焦魔鏡はわしらの宝じゃ。それに対抗するとなると、それなりの物が必要になる。おぬしの力も相当消費されるということじゃ。 負担も大きいじゃろう。」
の言葉に聞き捨てならないとばかりに長老は口を挟む。そこでようやくヒューイは、彼らがヒューイが来る前に何を話していたのか大体であるが理解した。
は彼女の持つ真なる工の紋章を、使おうとしているのだ。
それはどうやら彼女が連れて来た人間どものためであるらしく、長老の言葉通り、ドワーフの宝の一つである焦魔鏡に対抗する物を作るつもりなのだ。
そんなことをすれば、いくら真なる工の紋章といえども彼女は相当な力を使ってしまうことになる。
――なぜだかはわからないが、は真の紋章を使い相当な物を作ると倒れてしまう。
それも1日ではなく3、4日は寝込むのだ。過去彼女が水鏡などといったものを作成したとき、彼女は反動で数日間寝込んでしまっていた。今はいない彼、人より長い時を生きるヒューイ達ドワーフから見ても一筋縄でいかなさそうな彼でさえ、そんなに紋章を滅多なことでは使うなと言っていたのに。
はわかっているのだろうか。今は寝込んでいるだけで済んでいるが――いつそれが崩れてしまうかわからない。世界に27しかない真の紋章は未知のものであり、 は異世界人であるが故、またその工の紋章も謎に包まれすぎている。
を宿主に選び、その代償は『故郷を失う』。そこまでならわかるが、しかし真の紋章を扱って数日間寝込むなど聞いたことがない。なぜならば真の紋章はその力に見合う者を選び、宿主とする。
相当力を消費してしまい、魔力を消費して倒れてしまったとしてもそれなら魔力回復の薬がある。けれどはそれも効かず、あまつ一日ではなく数日も目を覚まさないのだ。
それが呪いならばわかる。けれど真の紋章が持つ呪いは不老、そして他にそれぞれの紋章によって呪いを含むものもあるが、それでも二つだ。そのうちの紋章は呪いを持ち、それは『故郷を失う』ということが ヒューイですら知らない遠い昔からこのドワーフの村に伝わっており、わかっている。
なのになぜ、彼女は倒れるのか。
――その目を覚まさない彼女を見て、自分達がもう二度と目が覚めてしまわないのではとどれほど肝を冷やしたか。
彼女はわかっていない。けれど心配を露に自身を見てくる彼らに、も譲ることができなかった。
確かに真の紋章を使うと苦しい。服や料理など簡単なものであればそんなことはないが、力ある物を作ろうとすれば途端息もままらならず苦しくなり倒れてしまう。 眠りから覚めれば、必ずしばらくの間体を起せない。
けどそれでも。
彼らがもしこの戦いで、焦魔鏡など向けられてしまったら。
そう考えるとはどうあっても譲ることなど出来ない。は決して長老から視線をそらさなかった。
そんな彼女の視線を受けて、長老はどうあっても彼女は譲り気がないのだと――元より言い出したら聞かない止まらない彼女だ。自身が譲らなければならないのだと、彼も理解していた。
「わかった。わかったわい。」
「それじゃあ・・・・!」
諦めたように溜息を吐き、そう言う長老に、は期待の篭った目で喜びの声をあげる。
「おぬしには負けた。材料はすべて用意してやる。だが、条件がある。」
そんなに長老は表情を緩みかけそうになったが、けれどそれを引き締める。こればかりはなんといっても譲れないものであった。
「作るのはおぬしではない、わしらじゃ。」
彼女を身内同然に思うからこそ、みすみす彼女が寝込んでしまう力を使わせる気など、毛頭なかった。
彼女が作るというなら、代わりに自分達が造る。人やエルフに手を貸すことや、今だ自分達の金庫から焦魔鏡の設計図を盗まれたことは信じられないが、彼女が力を使うというならば そんな考えなど捨て去る。それが身内同然であるに対して、ドワーフとして行うべきことだからだ。
「それなら飲めないよ。」
けれどはすぐに眉を寄せて、長老の案を断る。長老は黒い毛に覆われた片眉を上げて、腕を組んだ。
「おぬし、わしらを侮っておるのではないのか?真の紋章無くとも、わしらはドワーフじゃぞ。」
「そういう事じゃない。長老が作るといったら絶対作ってくれる。けど、そういう問題じゃないんだ。」
はそういうことを言いたかったのではないのだ。彼らの腕は、彼らの側で見てきたからこそ知っている。
「時は一刻を争う。だから少しでも早く完成できるならそれに越したことはない。そうでしょ?」
いつ焦魔鏡が完成してしまうかもわからない。ならば、それに対抗し得るものも急いで作ってしまった方がいい。
けれど長老は眉を潜めた。がその条件を飲めないなら如何にに甘い長老とて、ならばこの話はなかったことにするしかない。そう口を開こうとする前に、 が苦笑を浮かべた。
「それにね、私は彼らを守りたいと思うのと同時に・・・私は、ここも守りたい。」
長老は、その場で黙っていながらも真剣な表情で聞いていたヒューイも彼女の思ってもみない言葉に目を見開いた。
「帝国の牙がいつドワーフの村に向いてもおかしくない。
私を今まで守ってくれたように、私も長老達のいるこのドワーフの村を守りたいんだ。
・・・私にとって長老達は、ここは、大切な場所だから。」
頑固親父もほとほと音を挙げる石頭な上、不衛生ここに極まれりな不潔、自分達が作るものはどんなものでも美味しく感じる謎の味覚音痴、の癖に自称グルメ。加えてのっとイケメン中年親父。トドメとばかりにたまに寒いギャグすらかます彼等ドワーフは、正に一緒の括りに僅かにでもされたくない典型的であった。 は彼等の村に住んでいた時、それを隠すことなく、エルフを夢見て度々語っていた。それに嫉妬して更にエルフの悪口を言う中年親父にキモいとどん引く思春期真っ盛りの。勿論、衣食住を提供する彼等に多大な恩を感じてはいたがそれはそれ。理論と感情は上手く擦り合わず、この村に来て当初は割りと、比較的に、借りた猫のように大人しかった彼女だが徐々に素が出るようになってからはドライを通り越して塩辛い対応だった。けれど、決して、彼等が嫌いなわけではなかった。
例え、己がこの世界に来てしまう原因の紋章を、壊すことなく奉っていたのが彼等でも、常に喜怒哀楽が激しく、酒を飲んでは何がおかしいのかガハハと煩い程の笑い声に、苛々しつつも、何時しか釣られて笑みが溢れていたのだ。 苦笑を浮かべ、赤くなりそうな頬を掻くことで誤魔化そうとする彼女に、しばらく無言だった長老だったが、やがて溜息を吐いた。
そう言われてしまえば、どう断ればいいというのか。
彼は苦渋に満ちた声で、それでも彼女にそう言ってもらえたことへの嬉しさに顔を少し緩ませながら彼女にまいった。と一言言ったのだった。
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