Skyting stjerner1-20
理解できても感情はついていかず、混乱した状況のままは気がつけば牢へと入れられていた。そこで現実を理解するのである。はエルフに憧れていたため、その衝撃は強かった。神秘的で素敵なエルフと仲良く話してみたい、あわよくばアルカイックスマイル張りの神々しさすら感じる微笑みを頂きたい。しかし現実はこれである。 思わずは泥が付こうにも関わらず、地面に掌をつき項垂れる。雲すら背負いそうなほど落ち込んでいた彼女だったが、その時背中に鈍痛を襲った。 背中を摩りながら振り返ると、こちらも人形のように美しい少年、ルックが眉を顰めてじろりとこちらを睨め付けていた。
「そんな所で蹲らないでくれる?邪魔。」
エルフだけでなく、同じ種族であるはずの少年ですら冷たい。いつもの事だが。
はふっと目を遠くさせてその場から起き上がると一歩退く。
いつものように言い返してこない彼女に、ルックは片眉を上げる。牢屋の隅へと向かう彼は去り際、気味悪げにこちらを見ていたがは今傷心中であるため彼とやりあう気力はなかった。 そんな時である。どうやら他にも牢に入れられていた者がいたらしい。最後に牢屋へと入れられたキルキスに驚いたような声を上げる者がいた。
「お、誰かと思ったら帝国が攻めてくるのを知って逃げ出した、臆病者のキルキスじゃねぇか。」
キルキスは自分達を牢へと入れた同胞に、せめて話を聞いてくれと食い下がろうとしていたが、掛けられた声に驚いて牢内を振り返った。
「君は・・・。」
「おい、俺を忘れたのかよ。俺はこの村一の足自慢。韋駄天のスタリオン様さ。知らないの?見せてやりたかったぜ、クワンダの奴が攻めてきた時の俺の逃げ足の素晴らしかったこと。ははは。」
褒められたものじゃねぇ。は思わず落ち込むのも忘れ呆れた視線をスタリオンという名の青く長い髪を頭部の高い位置で括り、鼻が高いのが特徴的なエルフの青年へと向ける。
だけでなく、回りも同じようで彼へは呆れの視線が向いているのだが、スタリオンは気にした様子無く胸を高々と張っていた。
なんたるず太い神経。それはの僅かに残っていたエルフ像に最後の追い討ちを掛けた。所詮現実なんてこんなもん・・・・。再び目を遠くさせるだった。
「しかし、馬を草陰に隠しておいて正解でしたね。」
と、そこでグレミオがぽつりと呟く。馬?草陰?隠す?はそれに目を瞬かせる。そんな彼女を見たティルは苦笑を浮かべた。
「来る前に、馬を草木の間に繋いでおいたでしょ?もしもの時の為に逃がされないよう隠していたんだけど――まさかそのもしもになるとはね。」
「え?そうだったの??」
は初めて知った真実に目を瞬かせる。ティルはもしも――人を嫌うエルフ達に攻撃されたりした場合にとそうしていたのだが、さすがに捕らえられるとは思っていなかった。
何しろこちらにはキルキスがいるのだ。キルキスがこうしてティル達人間に友好的なこともあり、少しは話を聞いてもらえると思っていたのだが人とエルフの溝を深かったらしい。こればかりは相手が人と関わることなく、村から出てこないエルフであるため想定通りとはいかなかった。
まさかそんなことを考えていたとは知らず、驚いた表情をするに牢内の隅を陣取り、壁に背を持たれかけさせたルックが呆れたようにため息を吐いた。
「さすが馬鹿女。そんなことにも気づかないとはね。」
言い返す言葉も見つからない。はぐっと言葉を詰まらせる。
「はなんだか気もそぞろだったし、しかたないよ。」
しかしティルはそうをフォローしてくれた。一方愛想良し一方無愛想と二人とも希代な美少年であるが本当に対極的であると思いつつ、はティルのフォローがありがたく感じていた。
「うん・・・私ずっとエルフってのに憧れててさ。エルフの村に一度でいいから行ってみたかったんだぁー・・・。」
しかし最高の思い出になるはずが今では最低の思い出である。序盤がよかったため余計落ち込み具合が大きい。
は思わず溜息を吐いた。そんな彼女に申し訳なさそうにキルキスが謝る。
「すみません、こんなことになってしまって・・・。」
「あ、いやキルキスさんのせいじゃないんですよ!それにキルキスさんと・・・あとシルビナ?さんはすごく理想のエルフでしたし。村も木の上に出来ていたり家も素敵な造りですごいなぁと思いましたし。」
まるで映画の中に迷い込んだような気分でした、は口の中に飲みこむ。さすがにこれは言えまい。こちらの世界の人から見れば映画とはなんぞという話だ。
ちなみに理想のエルフの件で「え、俺は?」と何故か会話に入ってきたスタリオンには苦笑を浮かべて頷きさもあなたも、といわんばかりに答えたが残念ながら実は言うと彼は自身のエルフ像に追い討ちをかけてくれた人物である。 そうとは気づかなかったらしいスタリオンはそれに満足げな表情を浮かべていたが。
「ありがとうございます、さん。」
未だこんな事態に陥ってしまったことへの罪悪感は拭えない表情はしているが、それでもキルキスはそう言ってくれたに笑みを浮かべて礼を言った。そんなキルキスに、も笑みを浮かべて首を振る。
「お礼を言われることなんかじゃなくて、私が思ったことですから。」
「まぁ馬鹿女にそんな気遣いが出来るとは思えないしね。」
雰囲気ぶち壊しである。は頬を引きつらせてじと目で隅に座り込んでいるルックを睨み付けた。 しかしルックといえばそ知らぬ顔で、グレミオやクレオなどは牢内でも変わらぬ彼らのその様子に苦笑を浮かべた。
けれどビクトールだけは昨夜のことを見ていたこともありがさつ、無遠慮と思われがちだがその実意外にも人の心に敏感であるため何かを察した。ついでに自身の横に座って笑って彼らを見ているがその実彼の周りの空気が冷たいことに 冷や汗を掻く。
横に座る人物、ティルを見ることなど恐ろしくて出来ず、内心昨夜のような惨事だけはこの狭い牢内で行わないでくれと必死に祈っていた。
そんな時であった。牢内で聞いたことのない女性の声が響いたのだ。
「あんた達は?」
それはやクレオといったものではない。どうやら牢にはスタリオンの他にもう一人いたらしい。凛としたその声はクレオのように武芸に秀でている女性のようなものだった。
が驚いてその声の元を見ると、ルックのいる部屋の隅とはまた反対のそこに一人の女性がいた。緩やかにウェーブを持つ暗めの茶色の長い髪を肩から流し、涼しげな茶の瞳を持つ女性だ。
気配で気づいてはいたが、特に敵意はなさそうなため気にしていなかった以外の戦闘員もまた彼女を見る。
「俺たちは解放軍です。軍服から見ると、貴方は帝国の方のようですね。」
そこへこの集団の代表者であるティルが彼女の問いに答えた。帝国、ということには驚いて女性を見る。帝国といえば今達解放軍が敵対している国だ。
そんな者がどうしてエルフの村の牢にいるのか。エルフに仕掛けた戦いに敗れた捕虜だとしても一人しかいないというのもおかしい。
しかし女性は解放軍だというティルの言葉に動揺することもなく、ただ頷き肯定を示す。
「伺ってもいいですか?どうして帝国兵である貴方がここに?」
ティルの問いに女性は少し沈黙したあと、溜息をひとつ吐いた。そして愚痴を零すかのように口を開く。
「・・・まったく、私も馬鹿だったよ。命懸けで帝国を裏切ってここまで来て、このザマだもんね。エルフってのは、なんて頭の固い連中なんだ。私の話をこれっぽっちも信用しない。」
落胆を隠すことなく肩を下してそう告げた彼女に、エルフであるキルキスは怒りを露にせず、むしろ申し訳なさそうな表情で彼女へと尋ねた。
「話というのは・・・?」
「・・・この地方を預かっているのは帝国の大将軍クワンダ・ロスマンという。奴はしばしば反乱をおこすエルフ達を根絶やしにするために、恐ろしい兵器を造った。」
彼女は淡々と、もはや自分は帝国兵ではないといった第三者の口調で事のあらましを語りだす。グレミオは彼女の語られた内容に眉を寄せた。
「恐ろしい兵器、ですか。」
「私も詳しいことは知らんが、名前は焦魔鏡という。」
そこでは違和感を持った。焦魔鏡、どこかで聞いたことがあるような気がしたのだ。そんな名前聞くとしたら元の世界ではないだろう。きっとこの世界でだが、一体どこで聞いたことがあったのだろう。
眉を寄せてその聞いた場所を思い出そうとが記憶を掘り起こしている間にも、女性は続けた。
「何でも森を一瞬で焼き尽くせるらしい。そんなものを使ったら、エルフ共どころか私の生まれた村まで・・・。だからここに来たんだ。エルフ共にこのことを知らせて焦魔鏡が出来上がるのを防いでもらおうと思ったんだが・・・。」
はそんな彼女の話をどこか遠くで聞いていたような気がした。
焦魔鏡。
森を一瞬で焼く尽くす。
焦魔鏡をいつどこで聞いたのか、また聞いた限りでどういったものであるかを思い出した同時にの背中に戦慄が走る。
「そんな・・・・。」
「?」
は目を見開き、動揺も露に無意識のうちに呟いていた。彼女の異変に気づいたティルが声を掛けるがそれもまたには遠く聞こえていた。
森を焼く尽くしてしまうということは、の住んでいたドワーフの村だって危ないのだ。そうが当初この任務に同行すると決めたときの理由の一つ、今はエルフの村へと進行が向いているがもしも 帝国の攻撃がドワーフの村へと向けれたら、と思っていた懸念が現実となってしまうかもしれない。
今こそドワーフの村を出てきているが、は間違いなくあの村が好きだった。そもそも異世界に来て、違う種族だというのに親身になって接してくれた彼らを、あの村をどうして嫌いになれようか。
心臓が激しく波打ちはまた故郷を失ってしまうかもしれないという恐怖に完全に囚われていた。
自分の戻れぬ故郷のように。あの第二の故郷と言って差し支えない取って置いたお菓子を勝手に食べられて苛立だったり、自分が気がつかないと風呂に入らない彼らに虫唾が走ったり。 けれどが苦労して作った不慣れな料理をおいしいと喜んでくれたり、たとえ失敗してもそれもまたおいしいと言ってくれたり、自分が元の世界に帰れないのだと知り部屋に篭っていた時等ヒューイだけでなく、皆が心配して覗きに来たりと、赤の他人である自分を受け入れてくれたあの暖かな場所が。
もしかしてこれが、呪いなのだろうか。自身が持つ真の工の紋章の、「故郷を失う」という呪い。
いらない、こんな紋章など要らないというのに。紋章を宿せるのは今宿っている右手だけではない。右手、左手、額と。
自分がもしも右腕を切り落としてしまってもそれは移る。自分を宿主としてしまったからだと言ったのは誰だったか。
死ぬまで逃れられない。
そして不老であるが故永久に逃れることは出来ない。
――出来るなら、それは自分で命を絶つしか手段は、
「!!」
湖に石が投げ入れられたように、はその声で我に返った。気がつけばティルがの目の前にいる。
「・・・・ティ、ル。」
呆然と目の前の人物を見て呟く。
ティルは先ほどまで焦点の定まらずにいたの目が自身を捕らえたことと、何度名を呼んでも反応を示さなかったが声を返してくれたことに安堵の息を吐いた。 そしてゆっくりとの肩を掴んでいた手を離す。そこでは彼が自身の肩を強く、痛みを感じてしまうほど掴んでいたことに気づいた。
痛みも感じぬほど、動揺してしまったらしい。そんなに自身に少し呆れながら、それまでとは違い、緊迫としたその辺りの空気に周りに心配を掛けてしまったのだと察した。
「ごめん、少し動揺してた。」
苦笑を浮かべてそう言って見るものの、彼女を見る彼らに今だ心配の色は消えていない。
それどころか彼らは皆少しではないだろうと内心眉を潜めていた。は我を忘れていたから知らないだろうが、彼女のその様子は異常だった。
少し、などでは決してなく。が小さく呟きを零した後、彼女は全身を小さく震えださせ、グレミオやティル達が名を何度呼んでも反応を示さなかったのだ。
その焦点の定まらぬ目は死にいくそれと似ていて、誰もがそんな彼女の突然の変異に驚き動揺していた。
そしてそんな彼女に逸早く痺れを切らしたティルが乱暴にの両肩を掴み声を張り上げたところで彼女はようやく我に返ったのだが。
そうとも知らないは自身を心配げに見る彼らに心配性だなぁと思いながらも、は思い出した事実を彼らに告げることにした。
「焦魔鏡、私聞いたことがあるよ。」
唐突に彼女が告げたそれに誰もが驚きに目を見開く。特に彼女が普通の少女だと知っている解放軍の面々は、今この時その焦魔鏡を手にした帝国側しか知らないだろう事実を 彼女が知っていることに少なからず驚いていた。
「ドワーフが作った宝の一つ。確か厳重に金庫にいれられてるとか言っていたのを聞いたんだけど・・・・。」
は過去にドワーフの村で、長老からそれを自慢げに話されたことがあった。だからこそ焦魔鏡を少しであるが知っている。 しかし今帝国側が持っているということはそれが盗まれてしまったのだろうか。ドワーフの村が襲われたという事実は聞いたことが無いことからそれが一番強い線だ。そうであってほしい、 とは思った。今から守ろうとする村を既に襲われているなどと――本当に洒落にならない。もしかしたら自棄になって、先ほど考えてしまった通り自分は自害してしまうかもしれない。
「君は一体・・・。」
なぜそんなことを、と帝国兵であった女性が思わず尋ねていた。
そんな彼女には苦笑を浮かべる。一体。そう尋ねられたとき、自分ほど訳がわからない人物は滅多にいないだろうとは思った。
「私は。解放軍で使用人をやらせてもらってます。それでちょっとドワーフの村に知合いがいるんで、今回何かの役に立つかもってこの任務に同行したんです。」
そう今の自分はただそれだけだ。元女子高生や、真の紋章の継承者などといったことは決していえなかった。
女性は彼女の言い分に納得したのか、うす暗い牢の隅で頷く。
「私はバレリアだ。」
それには目を瞬かせたが、どうやら自分が名乗ったことから彼女もまた名乗ったらしい。なんとも律儀な女性だとは思った。そしてそんな彼女に自然とは好感を持つ。
女性でありながら帝国兵である彼女は、クレオのように凛とした人間なのかもしれない。
「バレリアさん、お互いこの森に知り合いがいる同士頑張りましょう。」
「そうだな。しかしこの牢の中では・・・・。」
バレリアはの言葉に頷いたが、悔しそうにそう言った。確かにこの牢の中にいては、いくら森に危機が迫っていてもどうする事もできない。
は行く手を阻む鉄の檻を見る。鍵穴は一つ。は視線を自分の右手へと向けた。正しくは自身の右手の甲へと。
(この紋章を使えば、なんとかなるかもしれない。)
の真の紋章は工の紋章といい、が理解せずとも理想とする物を作ってくれる。けれどさすがに何でもというわけにもいかず、限界もあり、たとえば材料不足していると作れない場合が多い。その全容は今だにはわからないのだが、牢の鍵ぐらいならば作れるかもしれないとは思ったのだ。
問題は材料だが、妥当といえば金属、そして大きすぎないもの。
(一番いいのはピンなんだよなぁ・・・・。)
よく鍵を開けるのにピンを使われているのをは漫画で見たことがある。しかしは髪をゴムで一つに結わえているだけ。男性人は論外。クレオはショートカット。となればバレリアはどうだろうか。
は早速彼女へとピンを持っているか尋ねようとしたのだがそれよりも早く口を開いたものがいた。
「誰か来る。」
ルックだ。彼は恐ろしく耳がよく、彼の言う通り皆耳を澄ませてその音を聞く。
辺りは無音になり、やがて数秒もしない内に、小さく扉が開かれた音を聞いた。
扉が開く前から聞こえるなど・・・・なんという耳だ。ほとんど人外であると思う。もしかしたら風の魔法を得意とする彼がその力を使ったのかもしれないが、は改めてルックの地獄耳を実感するのだった。
皆がその方向へと視線を向けると、牢の燭台に照らされて、一人の人物が現れた。 燭台の火を受けて、緩やかに波打つ髪が動く度に煌めく。白銀の髪を後ろで結った美しい女性に、キルキスは唖然とつぶやいた。 「シルビナ・・・。」
キルキスの恋人、シルビナだった。彼女はそのエルフ特有の長い耳を下げ、瑠璃色の瞳は不げに揺れている。今にも泣いてしまうのではないかと思われる彼女はけれどキルキスをまっすぐに見た。
「おじいちゃんは会っちゃいけないって言うんだけど。私、どうしてもキルキスに聞きたいことがあって・・・・。」
シルビナはそこでキルキスから視線を下ろす。折れそうなほど白く細い手を不安げに握りしめると、少し逡巡して、彼女は彼に疑問を尋ねだした。
「ねぇ、キルキス。どうして貴方、そんなに人間にこだわるの。人間なんてどんなに威張ったっても50年もすればすぐ死んじゃうのに、どうして?どうしてそんな生き物にこだわるの?」
彼女の問いは、エルフという長寿の人種だからこそもっともなものであった。ならば不老である自分は、彼女のようにいずれ人にこだわるのを、関わるのを止めてしまうだろうか。はふと、そんなことを思った。
キルキスはそんな彼女に一瞬瞳を揺らす。当たり前だ、彼もまたエルフであり、少なからずシルビナのような考えを持ったことがある。けれど今はどうだろうか。キルキスは自問自答して、出されたその答えを彼女に伝えるため、まっすぐに彼女を見つめた。その目はもう揺らぐことはない。
「シルビナ、聞いてくれ。人間は僕たちエルフやドワーフを嫌っている、僕たちは人間を蔑み、ドワーフは僕らを軽蔑している。そんなのは悲しいじゃないか。僕らの間に何の違いがあるんだ。なぜ仲良くできないんだ。それが僕にはわからないんだ。」
それが彼の出した答えだった。悲しいのだと、仲良くなりたいと。それは村を出てからはどんどん思い始めていた。エルフの村という閉鎖的な空間は確かに居心地はいい。けれど、外の世界は広く、その空間を守るために人に助力を求めてからは 人もまた多く、色々な人がいるのだと知った。それはエルフに好意をもつ人間ばかりではないが、キルキスはこうしてティル達解放軍の皆に出会えたのだ。その輪はきっともっと広がったほうがいい。種族という壁さえ越えてもっとたくさんの者と 仲良くなりたい。それはきっと閉鎖的で固まった意識を持つエルフを変え、こうしてエルフの種族が再び危機に陥ったとき、いつの日かエルフ達の為にもなるとキルキスは思ったのだ。
そんなキルキスの強い意志を持った視線を受けて、シルビナは戸惑ったように視線を地面へと向ける。
「キルキス・・・。ごめんねキルキス。やっぱり私、キルキスの言う事がわからない。理解できない。やっぱり人間は信用できないし、ドワーフは恐いわ。でも・・・。」
彼女は一度ゆっくり瞼を閉じ、ややすると顔上げキルキスをまっすぐに見つめた。
「シルビナはあなたを信じる。あなたが信じたものを私も信じる。信じるようにがんばってみる。」
「シルビナ・・・。」
キルキスは目を見開いて彼女を見た。シルビナは少し寂しそうに、けれどその目はもう不安に揺れていなく、彼が信じるものを信じようという決意を宿し笑った。
「これ、牢のカギ。こんなことして、今度はシルビナが牢に入んなきゃいけないのかな?」
「そんなことはさせない。もしそうなったら今度は僕が絶対、シルビナを助けるから。」
キルキスへと鍵を渡そうとしたシルビナの手を掴んで、キルキスは彼女を見つめる。
シルビナは一瞬目を瞬かせたが、すぐに嬉しそうに、まるで大輪の花が咲いたように満面の笑みで頷いた。
「はっはっは。このスタリオン様の逃げ足を今こそ見せてやる。」
キルキスとシルビナの、旗から見れば思わず微笑みを浮かべてしまいそうな彼らのやり取りを終えて、さっそく開かれた檻から意気揚々と一番乗りして出て行ったのは スタリオンだった。その言い方はどうかと思うが、確かに彼の足は速く、助走もいらずにあっという間にその場から走り去ってしまった。
「す、すごい。」
思わず呟いてしまうグレミオの気持ちも十分にはわかると思った。彼が言わなかったら自分が言っていただろう台詞である。
「ねぇ、キルキスも逃げて。あんなふうには無理だろうけど・・・。」
シルビナが唖然とスタリオンを見たあと、キルキスに振り返りそう即す。けれどキルキスは首を横に振った。
「いや、逃げる訳にはいかない。焦魔鏡を何とかしないと・・・。」
そこで難しい顔をしたキルキスには口を開いた。
「それならドワーフの村に行った方がいいと思います。焦魔鏡はあそこで作られたものだし、鉱山もあるからきっとそれに対抗するものを作ってくれるはずです。」
というか、むしろ自分が作ろうとは思っていた。材料さえあればきっとなんとかなるだろうし、それに焦魔鏡を作ったヒューイ達ドワーフも手伝ってくれれば作れないはずがない。
「そうだね。取り返しのつかないことになる前に、ドワーフの村へ急ごう。」
の言葉を受けて解放軍側の代表者、ティルが頷く。しかし一同が動き出す前にシルビナが声をあげた。
「キルキス!ドワーフの所に行くの!?ドワーフはエルフを食べちゃうって・・・!」
はぎょっとしてその言葉を発したシルビナを見た。ド、ドワーフがエルフを食べるなどと。いくら彼らが変な所で大雑把で料理下手だからといってそんなこと、 元ドワーフの村食事担当のとしては大変聞き過ごせないことである。慌ててが否定する前に、けれど意外にも同じくエルフであるキルキスが声をあげた。
「それは偏見だよ。僕はそういったものをなくしたいんだ!」
は目を瞬かせて彼を見て、そしてエルフである彼がドワーフのことをそう思ってくれていたことに自然と笑みを浮かべた。
彼がちゃんとした信念を持って歩もうとしてくれているなら、ドワーフ達もきっとわかってくれる。なにしろ彼らは義理人情高い親父達である。彼のようなまっすぐな性根の青年は、彼らの好みだ。
「行きましょう、ティル様。」
キルキスの言葉に一同は今度こそ急いで牢を出たのだった。
いつの間にか夜の蚊帳が落ち、家屋の灯も消えた深夜になっていたこともあってか、達は無事エルフの村から出ることが出来た。
エルフの村のある大木から降りると、馬を隠していた場へと向かう。その時、共に牢から出てきたバレリアが待ったをかけた。彼女はティルの前で片膝を付くと、彼を見上げて言う。
「ティル殿、この私も同行させて下さい。この森を守りたいのです。」
彼女の目は真剣だった。その目を見て、ティルは彼女が帝国側のスパイではないと察する。ティルは笑顔を浮かべてその申し出を了承した。
「うん。こちらこそよろしく、バレリア。」
こうして解放軍にバレリアという仲間が加わり、は彼女を好ましく思っていたため心の中で彼女の仲間入りを大いに喜んでいた。
バレリアはティルの言葉に安堵の笑みを浮かべると、立ち上がりヒュッ口笛を鳴らす。鬱蒼と茂る森の中で何かが動いたかと思うと、枝葉の陰から一頭の馬が駆けてきた。
「万が一、主人を失ったときのことを考えて森に放しておいたのです。」
バレリアは自分の顔へと鼻を押し付けてくる愛馬に苦笑を浮かべる。
「へぇ、すごいですね・・・。」
「そうか?」
はそんな彼女達を見てぽつりと呟いた。主人の呼びかけに駆けつけてくるとは相当馬と心を通わせているということだろう。二人の乗りでも必死なは、その光景に驚きと憧憬を抱いた。バレリアはそんなに照れたように笑うと、大人しくなった馬の首を軽く叩き、愛馬へと跨る。
そしていよいよその場を立とうという時。自然に皆の視線はキルキスと、その場まで来ていたシルビナへと向かった。
「キルキス・・・・。」
キルキスを寂しそうな目で見るシルビナにキルキスは柔らかく微笑み、馬の上から手を差し伸べる。
「一緒に来るかい、シルビナ。今度は連れていってあげるよ。」
は彼女が彼の手を掴むと思った。彼らは本当に互いを愛し合ってるからこそ、シルビナはキルキスに連いて行こうとすると。けれど予想を反して、シルビナは彼の手を掴むことをせず、首を横へと振った。
「・・・私は残る。私はここでキルキスの帰ってくるのを待ってる。だから・・・。だから必ず帰ってきてね。約束よ。」
「ああ、必ず帰ってくる。もうシルビナを悲しませるようなことはしないさ。」
そんな彼女にキルキスはすぐに頷く。これが愛し合う、ということなのだろうか。は馬の上で彼女らのやり取りを見ながらそんなことをぼんやりと思った。
(いつか、自分にもそんな人が出来るのだろうか。)
お互いを信じあい、愛し合う、そんな人が。
「きっとよ。」
東からほんの少し日の光が差し込み始めた中、その容姿だけでなく綺麗に微笑むシルビナを見て、はいつか自分もそんな人が出来たらいいなぁと思った。
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