Skyting stjerner2-9

忘れていたわけではない。幸せは予期せず、いとも簡単に一瞬で崩れてしまう。
日が暮れ始めた空に、燻る煙が立ち昇っている。空気がひどく淀んでいた。西日照らされた家屋は崩れ落ち、煤に塗れている。暖かく迎え入れてくれた家は見る影もなかった。村の全てが灰になっても、地面に色濃く染みついた赤黒い跡があちこちに点在している。焼けてもなお色濃く残るそれは――血の痕なのだろう。村を一歩でた門から先は、変わらず若草と大地が広がっているにも関わらず、崩れ落ちた村の門から村一体の大地は炎で焼け焦げ、それでもなお染み付いた血で、赤黒く変色していた。辛うじて灰にはならかった遺体もまた、炭のように焦げ付き、崩れ落ちた家屋から手の一部が飛び出している。
それだけ、それだけなのだ。
活気溢れるとは言わないものの、静謐で穏やかな村は見る影もなかった。夫妻の家は煤となり崩れ落ち、遺体すらも見当たらない。灰と化した家屋を前に、もまた動けず、立ち尽くしていた。鼓動が早まり、息が浅くなる。なのに冷や水を浴びせられたように思考は白く染まり、両腕は力なく垂れさがっていた。数刻前まではそこにあった夫妻の穏やかな笑顔が脳裏にちらつき、受け入れがたい目の前の惨状には無意識の内に拳を握りしめた。
一人に生き残ったピリカの堪えるような泣き声が、やがて堪えきれず木霊する。わんわんと泣き叫ぶ少女を、慰める術も見当たらない。ピリカの両親はもう戻らないのだ。達は強張った表情で重く押し黙り、ピリカを抱き上げたジョウイは奥歯を噛みしめた。
ジョウイは、貴族として情を表に出さないよう厳格な両親に育てられてきた。ナナミやリオウ、ゲンカクのような暖かな家庭に何度も憧れて、それでも確かに、両親は地位ゆえに表出すことが出来ないのだと、そう理解を示していたのだ。――だが無罪の罪で処刑されかけても、ナナミのように必死で、家族は助けに来なかった。
ジョウイはリオウ達には言わなかったが、夕日に包まれた村を後に、察したのだ。
築き上げた地位ゆえに、両親に見捨てられた。家から連行される際、抵抗したのはジョウイだけだ。罪状を聞くなり、抵抗らしいを抵抗をせず兵に引き渡した両親を、こちらを見る冷たい表情に―――ああ、やはり、とどこかで納得したのだ。ゲンカクやリオウ、ナナミのような家族に憧れ、家族にしがみついていたのは、自分だけだったのだ、と。
だからこそ、流れ着いた明らかに訳ありな自身を見返りも求めず介抱し、再会したあとも心配して、まるで家族のように迎え入れてくれた夫妻を――第二の家族のように思い始めていたのに。ジョウイは込み上げる慟哭を堪えると、耐え切れないように小さな体を抱きしめた。少女の咽び泣く声が、空っぽの胸に大きく響く。夫妻に渡すはずだった木彫りの贈り物は、ジョウイの懐に入ったままだった。
「誰か?誰かいるの?」
その時、一人の女性の声が響いた。立ち尽くしていた達ははっとして辺りを見回す。既に崩れた家屋で、生存者が他にもいたのかもしれない。急いで視線を巡らしながら、は声を張り上げた。
「ここにいます!無事ですか!?」
ぐるりと視界を見回す。しかし焼け残った柱以外は平面となった瓦礫を見回しても、動く気配はなかった。必死にリオウ達と目を凝らす中、もう1度声を上げようと息を吸ったその時、背後から砂利を踏む音がした。
「貴方達は・・・?」
眼鏡をかけた女性が、薄茶色の目を丸めてこちらを見ていた。瞳と同じ色の髪は、肩で切り揃えられている。村の道を歩きこちらに来る女性は、よく見ればまだ幼さの残った顔だちのものの、きっちりと着こなされた衣服から、落ち着いて見えた。ブーツや裾に煤や泥がついているものの、彼女の肩からは小さな鞄が掛けられており、旅人だろう。
生存者ではない。リオウ達は詰めていた息を吐く。しかしは近づいてくる女性に、眉を潜めた。なにか、彼女に既視感を覚えた。すぐに思い出すことのできないよりも先に、女性は目を見開いた。
さん・・・!!」
こちらに駆け寄る女性が、かちりと記憶の中の、小さな背と重なった。
「アップル・・・!?」
解放軍にいた頃、軍師であるマッシュについて来た少女達がいた。アップルはその中の一人で、よくティルの傍にいた少女だ。
さん・・・!貴方達、今までどこに・・・!!」
彼女とは、最後の戦いを終えて旅を出た日から会っていなかった。は苦笑いを浮かべて、膝をつき彼女と視線を合わせようとし、もうアップルの身長が自身と同じであることに気づくのだった。
「ごめんね、アップル。」
アップルは眉を寄せつつも頬を緩ます。そうして一つ息を吐いた。
「お元気そうで、よかったです。」
「それよりアップル、どうしてここに?・・・ここで何かあったか、知ってる?」
彼女なら、何か知っているかもしれない。どうして平和で穏やかな村が、数刻の間でこんな事になってしまったのか。現状を知っているかもしれない彼女に問いかけると、途端それまでの空気がかき消える。アップルは眉を潜め、視線を地面へと落とした。
「ハイランドの狂皇子ルカ・ブライトの仕業です。ただ軍の士気を高めるだけに、この村を襲いすべて奪い去って火をつけたんです。そして次は恐らく・・・」
アップルから出た、ここ最近知った名には勿論、ジョウイやナナミ、リオウの表情が強張った。リオウ達が無実の罪を着せられた、ユニコーン少年兵団を襲った者たちの中にあった名で、元凶の人物だ。
少年兵団の仲間の命を奪い、罪を被せられ故郷を追われることになった原因、そしてトトの村の人達にピリカの両親―――今の惨状を、作り出した張本人。数日も経っていないにも拘わらず、ルカ・ブライトはあまりにも多くのものを奪っていた。およそ、正気をもった同じ人間とは思えない所業である。表情を強張らせた達に、顔を上げたアップルが尋ねる。
「ビクトールさんが、この近くで傭兵をしていると聞いたんですけど、ご存知ありませんか?」
「知ってるけど・・・だけど、どうして・・・?」
「時間がないんです。先ずはそこへ案内してもらえませんか?」
アップルは、他でもない解放軍を勝利に導いた軍師、マッシュの弟子だ。トトの村の惨状は、解放軍で僅かに戦ったから見ても異常で、そこに軍師の弟子である彼女が加わった。彼女の言う通り、非常事態であるのは明らかであった。今は事情を彼女から聞くより、いち早くビクトール達に知らせた方が良いだろう。は頷こうとして、はっとした。
ジョウイの腕の中で、まだピリカは錯乱状態で泣いていた。――当然だ。達ですら、直視するのが酷な惨状である。は僅かな逡巡の後ジョウイの元へと歩み寄り、ピリカを渡すように言った。
ジョウイから戸惑いながらもピリカを譲り受けると、は未だ泣き止まないピリカに小さく謝罪を告げる。次の瞬間、はピリカの首の側面へと手刀を落とした。いつか役に立つからと、ラズリルから教わった意識の奪い方だ。腕の中で、意識を失ったピリカの身体が力を無くし、重みを増す。ジョウイが目を見開いた。
「な、なにしてるんだ!!!」
責めるジョウイに、は覚悟してはいたものの息を詰まらせた。自分ですら、それはどうかと思ったのだ。けれど刻一刻を争う現状は、許してくれそうにない。両親を亡くしたばかりの、幼い少女への無体に自責の念にかられながら、やっとの事で口を開く。
「今は、時間がないの。」
それにアップルが続いた。
「一刻を争うのよ。さ、早く急いで。」
アップルの言葉に、ジョウイは軽く深呼吸するように息を吐く。次の瞬間、鋭かった目を元に戻った。確かに今の現状ではそれが最善だと気づいたからだ。
焼き払われたトトの村。生き残りのピリカ。再び出会った解放戦争での軍師の弟子、アップル。
風は嫌な方向へと向かっていた。


***


達はアップルを連れて、急いでビクトール達のいる傭兵の砦へと向かった。会話もなく、重い沈黙を保ったままの道のりであったが、日が暮れ始め魔物が活性化していたこともあり、一同はトトの村の惨状を忘れるように戦いに集中力し、その分行きよりも早く砦へと戻ることが出来た。
ビクトール達と二年ぶりの再会をしたアップルだったが、砦で呑気そうに酒を飲んでいた二人の顔を見た途端顔を歪める。
「なんで、そんな、呑気そうに!!
お二人とも!今まで一体!どれだけ私達が心配したと思っているんですか!?なんで連絡の一つも寄越さなかったんです!!」
出会い頭、すぐに彼女を思い出せないほど、落ち着いた女性へと成長したように見えた彼女だったが、昔を思い出すような剣幕だった。トトの村から心身が疲労していたこともあるが、先の戦での彼らの行動には、一言言わずにはいられなかったのだろう。崩れ落ちた城に残った彼等を、生き残った解放軍の面々はどれだけ心配したことか。再会の挨拶よりも先に飛んだ二年分の非難に、ビクトール達が焦る姿に我にかえると、アップルは咳を一つする。冷静さを取り戻し、ようやく本題を持ち出した。
「ルカ・ブライトがトトの村を襲ったの。次に襲われるのはこの砦よ!」
ビクトール達の元へ急がねばならないというアップルの言葉に、やはりとは思っていたが。彼女から状況を聞かずとも、推測された達の最悪の想定が的中してしまう。
トトの村が襲われたのは、軍の士気を上げる為。そしてルカ・ブライトの目的が都市同盟を攻める事であれば、ミューズを攻めるときに後ろをとられかねないこの砦は邪魔なのだとアップルは言う。ビクトールは目を見開いた。
「冗談だろ。休戦協定はどうなるんだ・・・!」
「ルカは『都市同盟が条約を破り奇襲をかけた、今度の戦いはその時に死んだ少年兵達の弔い合戦だ。』と嘯いてるわ。」
「そんな・・・。」
ジョウイが唖然と呟く。しかしそれならば全てのつじつまが合うのだ。じわじわと押し寄せていた不安が、現実となってしまった。


至急、対策を考えるフリックやビクトール、アップルを残し、煤に塗れた達は部屋で休むように促された。
トトの村の惨状を目のあたりにし、特に親しくしていた者たちを亡くした、ジョウイの憔悴した表情に気を使ったのもあるだろう。やリオウ、ナナミが変わるといっても、頑なに譲らずトトの村からピリカを一人で背負ってきたジョウイは、部屋に戻っても塞ぎ込んだままだった。
寝台にピリカを寝かしつけると、目元を赤く腫らした幼子の寝顔を眺めながら、呟く。
「リオウ・・・僕達はどっちの味方をしたら良いんだろう・・・。僕はハイランドが自分の国だと思っていた。僕達はその国を追われてここまで来た。でも、いつかは、ハイランドに戻れると思っていた。
ユニコーン隊の全滅、ラウド隊長のこと、焼けたトトの村、ピリカの泣き顔。僕は・・・僕らは何を信じれば・・・」
「ジョウイ・・・。」
顔を歪めたジョウイに、リオウは答える事が出来なかった。
「私達、どうすればいいのかなぁ・・・?」
椅子に腰かけたナナミが、天井を眺めながら言う。痛いほどの彼らの思い。何を信じればいいのか。自身が信じるものは。それを見つけるには、ひどく時間がかかる。信じていたものが揺らいだ彼らにとって、尚更だろう。
それでもその時、の脳裏に、一つの言葉がよぎった。気がつけば、口を開いていた。
「『自分が思い、見たものを信じればいい。』」
それはいつかの彼女の言葉だった。ティルもその言葉で決心したという言葉を、ジョウイの言葉で思い出したのだ。「見たものに嘘をつくのか?」 その言葉はティル伝えではあったが、感銘を受けた言葉だった。だからは覚えていたのだ。
突然の言葉に、リオウ達の視線がへと向かう。は苦笑を浮かべる。
「ほとんど受け入りだけどね。だけど私は、その言葉を忘れない。」
立ち上がったたった一人の、今は亡き彼女の言葉を。は彼女に会ったこともない。けれど一人で解放軍を立ち上げた、解放軍初代リーダー、オデッサ・シルバーバーグ。その存在の大きさを、たった一言伝え聞いただけで、も強く感じたのだ。
リオウ達にも感じる所があったのか、僅かな沈黙が横たわった。 やがて、押し黙っていたリオウが顔を上げる。
「・・・うん。そうだね。」
「・・・そうだな、ありがとう、。」
浮かべた彼らの顔はそれまでと違い、晴れやかなものになっていた。それにも、顔を綻ばせたのだった。


翌朝、はビクトールに呼ばれて、執務室に向かった。扉を開けると、そこにはビクトール以外に、フリックもいる。
「おお、来たな。」
挨拶をするなり、ビクトールは室内に備え付けられた椅子を勧めた。テーブルを挟み、向かいの席にビクトールが音を立てて座る。フリックは壁に背を凭れたまま腕を組んでいた。
はなんとなく、話題については理解していた。昨日の今日である。ただリオウ達がこの場にいないのが、不思議であるのだが。
話し合いで二人はあまり眠れなかったのか、表情は疲労している。目の下にうっすらと隈をつくったビクトールがざんばらな髪をかきながら口を開いた。
。もうすぐここは戦場になる。」
やはり、戦の事であった。しかし次に続いた言葉は、を驚かせた。
「お前は、ここから逃げろ。」
瞬きすら忘れるにフリックが続ける。
「戦で何が起きるかはわからない。お前も、それは知ってるだろ?」
解放戦争の事だろう。戦を経験しているに、彼らは逃げろといっているのだ。
は以前、解放軍に参加していたとはいえ、戦う力はないに等しかった。非戦闘員として基本は城にいたからだ。戦が中盤に差し掛かったころ判明した紋章の力がなければ、そのまま戦場に立つこともなかっただろう。それでも常に、周りに守られていた。軍主であるティルに、途中から参戦したラズリル、初陣ではビクトール、フリックも護衛としてついてもらっていたのだ。
戦で失われた大切な人の命に、塞ぎ込んでいた姿も彼らには知られている。泣いてばかりいたを知っているビクトール達が、に逃げるように言うのも無理はなかった。
あれから2年経った。その間も双剣の師であるラズリルはもちろん、旅の仲間であるティルやテッド、グレミオに戦い方を学び、今では辺りの魔物であれば苦なく倒すことが出来る。だが、それはあくまで魔物に対してだ。リオウ達の故郷、キャロの街では止む終えず兵と乱闘することがあったが、は極力生死を奪う戦い方はしなかった。―――結局のところ、の精神は未熟なままなのだ。
は膝の上に置いた拳を握りしめる。
「私は、ここに残ります。」
、俺達のことは、」
「気にするな、だなんて言いませんよね。」
言葉を飲み込んだビクトールに、は微かに笑みを浮かべた。
「私達は仲間、なんですよね?」
ビクトールはそう言って、キャロの街で捕まっていた達を助けてくれた。は確かに、嬉しかったのだ。前の戦ではお荷物でしかない、と思っていたからこそ。はビクトール達を見据えてはっきりと言った。
「仲間だから、気になりますし、手を貸します。」
「その気持ちは嬉しい。だが、お前、戦は理屈だけで乗り越えられるもんじゃないだろう。」
生きるか死ぬか。戦場にはそれしかなく、正義も悪も存在しない。空を見上げたまま、動かぬ死体は辺り一体を覆い、目の前で大事な仲間が微笑みながら死んでいく。
再び、あの地獄に踏み入る覚悟は、確かに彼らの言う通り、到底持てそうにないのだろう。それでも。眉を寄せたビクトールを、は睨みつける。
「私の気持ちが理屈だけだとも?それって酷くありませんか?私は本当にそう思ってるんです。」
「わかってる。お前はそういう奴だ、だけどな、」
は首を振り、ビクトールの言葉を遮る。
「確かに戦は怖いです。もう出来ることなら二度と関わりたくない。
けどここにはビクトールさんがいる。フリックさんがいる。レオナさんも、ポールも。アップルだって。
後は言いたい事、わかりますよね?」
地獄に踏み入る覚悟は到底持てない。それでも、砦にいる女将のレオナ、面倒を見てくれるポール達砦の人達。危険を顧みず昔の仲間の危機にやってきてくれたアップルに、砦を最後まで見捨てる事はないだろう、ビクトールやフリック。
全てに背を向けて去る事も出来やしないのだ。戦う覚悟はない。だが、守る覚悟ならでも持てるのだ。
は顔を上げる。笑みを浮かべたの表情に悲痛さはない。泣きながら必死に生きていた彼女は、もう見る影もなかった。それにビクトールとフリックは目を瞬かせる。
確かに彼女には戦に関わって欲しくないとビクトール達は思う。けれどいつの間に、そう思いながら、彼女の成長を嬉しくも思う。ビクトールは重いため息を一つ吐くと、の前へと太い腕を差し出した。
突然差し出された手に目を瞬かせただったが、肩を眇めたフリックに、呆れたように、けれど頬を緩めたビクトールの表情に、意味を理解するとすぐにその手を握り返した。

この日、は砦の仲間として、正式に受け入れたのだった。


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