Skyting stjerner2-8

トトの村へは北に向かい、数刻程歩けば着く。早朝に砦を出た達は、その日の昼前にはトトの村へとついた。木材の家屋は鮮やかな彩色で彩られた中華圏風の作りだ。トトの村は、規模は小さいものの通りに人が行きかう活気のある村であった。辺りを見回しながら村に入っていくジョウイに続いて、達も村へ入る。村に入ってすぐのことだ。幼い声がかかる。
「あ!お兄ちゃん!ジョウイお兄ちゃん!!」
勢いよく駆け寄ってきたのは、小さな女の子だ。年の頃は5、6程だろう。短く切り揃えられた赤褐色の髪はクセ毛なのか、ところどころ跳ねている。少女は大輪のような笑みを浮かべてジョウイに走りよった。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!よかったね、元気だったんだね!!」
「ピリカ、元気にしてたかい?」
ジョウイが視線にあうように膝を曲げると、少女は膝にもみじのような小さな手を置きながら頷く。
「うん、ピリカ元気にしてたよ!」
少女、ピリカは目を輝かせて興奮したように続けた。
「ピリカね、ピリカね、お父さんとお母さんと一緒にミューズに行って来たの。祭壇へのお供え物が必要なんだって。ちょっと遠かったけど、ピリカ一生懸命歩いたんだよ。偉いでしょ?」
「そうかい、えらかったねピリカ。」
ジョウイがピリカの頭に手を置いて微笑む。そこで、リオウ達を振り返った。
「この子はピリカ。あの急流に流された時に岸に流れ着いた僕を見つけてくれたのがこの子なんだ。それから何日かピリカの家でお世話になったんだ。」
「ね、ね、お兄ちゃん達はジョウイお兄ちゃんのお友達?」
ピリカが首を傾げる。大きく丸い目見つめられると、自然と頬が緩んだ。幼い少女に微笑みながら、代表してリオウが頷く。「そうだよ。」
リオウの返答に、ピリカは両の掌を合わせて喜んだ。
「やっぱりー!ね、お兄ちゃん達のお名前は?」
「僕はリオウ。」
「私はナナミよ。」
「私は。」
ピリカは確かめるように一人一人の顔を見ながら名前を繰り返した。微笑み頷くことであっている事を伝えると、ピリカは嬉しそうに微笑む。
「私はね、ピリカっていうのよ。よろしくね。あのね、ジョウイお兄ちゃん、リオウお兄ちゃん、ナナミお姉ちゃん、お姉ちゃん。ピリカのお家にきて、ね、いいでしょ。」
それに断る理由などなかった。そもそも、達はジョウイがお世話になった家を訪れる為この村に来たのだ。急かすピリカをジョウイが抱き上げ、達はピリカの家へと向かったのであった。

村の奥にある家がピリカの家だ。ピリカに急かされるまま家に入ると同時に、椅子に座り寛いでいた男性がジョウイを見て驚いたように目を見開くと、笑みを浮かべて勢いよく椅子から立ち上がった。
「ジョウイ君、よく来てくれたね。おい、ジョアンナ!ジョウイ君が来たぞ!」
微かな足音と共にピリカの母親、ジョアンナが家の奥、暖簾の向こう側から現れる。ジョアンナは先程の男性のように目を丸めた後、顔を綻ばせる。
「あら、まぁ。元気そうで安心したわ。まだ怪我もなおりきってないのに行ってしまうから、心配したのよ。」
「お久しぶりですジョアンナさん、トーマスさん。あの時は本当にどうもありがとうございます。なんてお礼を言ったら良いか・・・。」
「お礼だなんて、助けを必要としている者を助ける。この村では当たり前のことをしただけだよ。なぁ、母さん。」
トーマスの言葉にジョアンナは笑みを浮かべて頷く。
「本当にそうよ、ジョウイ君。えっと・・・」
「あ、こっちが僕の幼馴染のリオウと、ナナミです。それでこっちが、。」
頭を下げる達に、ピリカの両親は苦い顔一つする事なく笑顔で応じる。そこでふと、ジョアンナがジョウイを見た。
「あれからハイランドには?」
「実はリオウも僕もハイランドには戻れなくなって・・・、」
なるべく暗くならないように、しかしその心情からぎこちない笑みを浮かべて説明するジョウイに、トーマス夫妻も顔を暗くする。「そうか・・・・。」悲痛そうな表情を浮かべたトーマスは、ジョウイの肩を優しく叩いた。
「ここが我が家と思ってもらって構わんよ。いつでも遊びに来てくれ。」
「そうよ、いつでも来て頂戴。その時は腕を奮って、ご馳走しますからね。」
柔らかな笑顔を浮かべてそう提案する優しい夫妻に、ジョウイは口許を固く引き結んだ。 ジョウイは少年といっても、青年に差し掛かる年頃だ。加えて、普段から天然なナナミとマイペースなリオウに、自分が彼等を引っ張らなくてはと考えていた。家柄も良く、厳しく育てられた彼は表立って甘えることを知らず、彼等の隠すことのない好意に嬉しくは思いつつも、気恥ずしさが走ってしまう。ジョウイは視線を地面に落としながら、途切れ途切れに答える。
「はい・・・ありがとう・・・ございます。とても・・・・嬉しいです。」
しかし耳を赤くしてジョウイが言ったため、照れているのは丸分かりであった。ジョアンナはそれに小さく笑うとジョウイの足元にくっついて離れないピリカへと視線を向けた。
「うふふふ。それに、ピリカも喜ぶから。」
そこで、ジョアンナが手を合わせた。
「そうだわ、折角だからお昼ご飯、家で食べていきなさいな。」
「え、でも・・・。」
眉を下げて戸惑うジョウイに、ジョアンナは笑みを浮かべる。
「遠慮なんかいらないわ。今からだから、あまり大層な物は作れないけれど、人が多いほうがご飯は楽しいもの。さ、座って座って。」
戸惑うジョウイを無視し、ジョアンナは席を勧める。勿論、彼女は達にも勧めた。達は有無を言わさず席に押され、ジョアンナは全員が椅子に座るのを確認すると、小走りで奥へと戻っていく。
「すまんね、うちの母さんはちょっとばかし強引なんだ。でも、都合が悪くなければ折角だし、家で食べてってくれ。」
トーマスが苦笑を浮かべて言う。しかし、都合も何も特に予定もなく、手持ちも少ない達は有難い。昨夜傭兵仲間を増やした礼として、ビクトールから僅かに謝礼金をもらったが、元々リィナ達との芸で得たお金はとうに尽きている。そもそも、無償で食べ物と寝る場所を提供してくれているビクトール達に少しでも恩を返すために仲間集めをしたのだ。報酬を渡された時は断ったが、確かに外に出るにはお金はかかる。仲間集めの必要経費だと言われ、渡されたのだ。ならば、使うとしてもせめて必要最低限にしたい。昼を馳走してくれる彼女の申し出は有難く、達はそれに甘えさせて貰うのだった。
「あ、私、何かお手伝いしてきます。」
しかし手伝えるのならばそうするべきだろう。は椅子から立ち上がる。
「私も!」
連なるようにしてナナミも手を上げた。だがその途端、リオウとジョウイは顔を固くしたので、は内心首を傾げる。
「いや、お客様に手伝ってもらうわけにはいかないよ。家のルールに反するからね。さ、座った座った。」
そう言われてしまえば、何も言う事は出来ない。は言われたとおり席へと座りなおす。そこで横目で見たリオウとジョウイは安堵したように息を吐いていて、再び内心首をかしげるのだった。

程なくして、沢山の料理がテーブルの上に並んだ。大したものは作れないと言っていたが、どれも美味しくの頬も始終緩みっぱなしである。色々な事をトーマス夫妻と会話を交えて食事をしていたのだが、そこでリオウが言った。
「そうそう、って前まで旅をしてたんですよ。」
こんななのに、と続けていった言葉にがすかさずリオウを睨みつけるがリオウは意地悪く笑みを浮かべるばかりであった。彼らの様子に苦笑を浮かべるトーマスとは別に、ジョアンナは目を丸める。
「あら、そうなの?是非、旅の事、聞かせていただきたいわ。」
「それは良いね。私達は、あまり村を出ることがないからね。」
はしばし逡巡する。旅の出来事で何か面白そうな事があったか――しかし思い浮かべてみたところ、麻薬騒動に巻き込まれたり、トランの英雄を名乗っていた偽物がストーカーになったり、自称死神に襲われ寝込んだり、集団犯罪の村に泊まってしまい苦労したりとあまり話して良さそうな出来事に出くわした記憶がなかった事に気づく。かといって日頃のことといえばラズリルとティルの言い合いにテッドの仲裁。これを話すのもどうかという話だ。思わず固まり困っていると、リオウが言った。
「すっごく優しくて、料理の上手い人がいるんだよね。」
グレミオのことだ。日に当たる金髪の髪は美しく、彼の笑みは柔らかだ。はグレミオを思い出しながら頷く。
「うん。私が尊敬してる人。優しいだけじゃなくて、かっこいいんだよ。」
「へぇ、他には?」
ジョアンナが尋ねる。そこで旅の仲間についてなら、と出来事ではなく仲間について話す事にしたのだった。
「他には・・・すごく気さくで話しやすくて、意外に細かいことにも気がつく弓矢が得意な友達と、過保護だけど、馬鹿みたいに強い双剣使いの友達、あと、お坊ちゃんで、棍使いで、優しくて、強くて天性のタラシな友達がいます。」
「恋しているのね。」
「え、」
思っても見ないジョアンナの言葉に、は思わず言葉を詰まらせた。挙動不審に陥るに、ジョアンナは笑みを浮かべる。
「若しかしたらなんだけど、最後の子に、恋してるんじゃない?」
顔で分かるわ、とジョアンナは続けた。は彼女の指摘に、顔に熱が集まってきているような気がした。まさかばれるとは思わなかったのだ。白を通そうとしたのだが、笑みを浮かべるジョアンナにはどうしてか分かってしまいそうな気がして、結局は顔を赤くしながら頷くのだった。
「え、って好きな人いたんだ!?」
初耳であるリオウが声を上げる。やはり顔は赤いまま、はリオウを見た。「悪い?」
「別に悪くないけど・・・ がねぇ・・・。」
「意外、ではあるな。」
「そういう、二人はどうなのよ。」
散々人の事を言っておいて、そういう気持ちで睨みながら尋ねれば、リオウとジョウイは問いが意外であったのか、きょとんとした表情の後言った。
「ないよ。」
「僕も。」
「ナナミは?」
「私も。」
誰もないのか。思わず顔がデーブルにのめり込みそうになると、ジョアンナが頬に手を当てて言う。
「いいじゃない。恋って、素敵よ。」
「でも・・・、」
からかわれるのが自身だけであるというのが、は嫌であった。しかし不満げなにジョアンナは言う。
「恋をすれば、世界が変わるもの。ちゃんもそうだったでしょ?」
にこやかに言ったジョアンナに、は思わず言葉を詰まらせる。確かに、その通りである。たった一人の存在が、を変えてきた。その力は強く、振り回したり支えたりと、の中をかき乱すが、それでも暖かいのだ。ただ一人の、影響で。世界が変わったといっても差し支えなかった。しかし認めてしまうのは酷く恥ずかしく、はテーブルへと視線を落とした。その耳は赤く照れているのは一目瞭然で、そんなにジョウイ達は笑みを零す。
「あ、でも、ジョウイは小さい頃、街の外れに一時期いた黒髪の女の子に一目惚れしたよね。」
「な、な、な、なにを言い出すんだリオウ!??」
唐突なリオウの言葉に焦ったのはジョウイだ。ナナミが思い出したように両の掌を当てる。「あ!覚えてる!綺麗な女の子!!」
「大きなお庭の柵の外から、眺めてるだけだったんだよね〜。」
「そうそう、何回も発破をかけたのに、ジョウイったら何時までたっても眺めるだけでさ。」
肩を竦めて呆れるリオウに、ジョウイは顔を赤くして口を閉口させていた。狼狽た呻き声は上がるが、あまりの衝撃で言葉にならないらしい。動揺するジョウイが何かを口にするよりも早く、ナナミは思い返す。
「いつの間にかいなくなっちゃったんだよね。お屋敷も、今は誰も住んでないみたいだし、何処かの貴族の別荘だったのかな??」
「ジョウイってば、馬鹿だよねー。」
トドメのリオウの呆れた言葉である。忘れたい昔の傷痕を掘り起こされ、ジョウイは肩を震わせた。だが、これで終わりではなかった。「ジョウイ・・・。」哀れみをふんだんに含んだ声だ。
「頑張って!大丈夫、次から頑張ろう!!いつかきっと会えたら、次こそ声をかけてみよう!!」
憐れみの篭った目で、が肩を叩き元気付けてくる。気遣うように矢鱈と優しく叩かれる肩や、彼女の目が痛い。憐れみの眼差しは容赦なくジョウイの不甲斐ない傷痕をえぐった。途方もなく、惨めな心地である。思わず首を降った。
「止めてくれ!ち、違う!ひ、一目惚れとか、そんなんじゃなくて、ただ、僕は友達に・・・」
「うん。まずは友達からだものね。」
「そう、友達から・・・って、違う!な、ななな何を言わせるんだ!?」
「ジョウイ、顔真っ赤だよ〜。」
「ナナミも!やめてくれ!!」
ジョウイをからかう彼女達は実に楽しそうだ。
彼女達の様子を傍らに、リオウはほっとした。何時もの見知った彼女だ。
つい先ほどまでの話だったが、今やその場はジョウイの話で持ち切りだ。話を変えるために話題にして、こうして揶揄われてしまったジョウイには申し訳ないが。事実には変わりないし。幼馴染達と比べれば、と出会った日は断然浅い。しかし特殊な経過だからか、彼女の開け好かない物言いからか、驚くほど速く彼女と打ち解けることができた。元から人見知りをしない性格だとしても、その早さは出会った日数を振り返ってみれば軽く驚くほどだ。当初は誰にも言えなかった少年兵団の奇襲のことも彼女には話すことができ、彼女に対しても、今まで旅をして来た割には土地に疎い等、互いに知れた気がしていた。だからだろうか。顔赤くして俯くが、急に見知らぬ人のように見えて、何故だか面白くなかったのだ。勿論、感覚では長く感じていても、実際は知り合って日が浅いのだ。それは当然なのだろう。そう理解はしていても、彼女の見知らぬ面に釈然としない気持ちを抱き、気が付けば話題を切り替えるように口を開いていた。今の彼女は、いつもの知っている彼女だ。それに安堵しながら、リオウは内心反省した。
「(我ながら、子供っぽいなぁ。)」
知らない面は当然である。互いを知っていると思っていたのに、知らなかったという事実を不満に思うなど、幼稚な独占欲なのだろう。友人がいなかった訳ではないが、リオウは孤児であったこともあり、故郷では義姉や幼馴染程仲が良い友人はいなかった。しかし新たに出来た友人は、幼馴染同様に気が合い、彼女の性格から大分気を許していたようだ。誰もが嫌がり回忌するであろうことも、彼女はここまで付き合ってくれている。理由は彼女なりにあったとしても――少なからず、そこには友愛があると、信じたい。くだらない感情で、仲が崩れてしまわないように気を付けよう。リオウは改めてそう思い、顔を真っ赤にして俯く可哀想なジョウイに、――話題を振った自分が発端の原因だし――助け舟を出すのだった。

続いて、話はトーマスとジョアンナの馴れ初めへと変わった。二人は幼馴染みのようで、馴れ初めといってもありきたりなものだというが、長い付き合いであっても初々しさは消えないようだ。照れたように話す二人に、ナナミとは羨ましがり、ジョウイやリオウは感心していると、そこでふと、ジョウイの衣服が引かれる。ズボンの裾を引っ張ったのは、いつの間にか側に来ていたピリカだ。
「あのね、お兄ちゃん達、こっち、こっちに来て。」
昼食は疾うに終わっていた。先だった予定は特にない。何よりも、まるで妹のようなピリカの願いを叶えたいという思いからジョウイは笑顔で頷いた。旅の話から恋話へと変わり、達から憧憬の眼差しを向けられたトーマスが羞恥を消すように咳払いをして言う。
「ピリカ、あんまりわがままを言って、ジョウイ君達を困らせるんじゃないぞ。」
「はーい。」
トーマスの言葉にピリカが元気良く頷くと、達はピリカに連れられて席を立ったのだった。

「どうしたんだいピリカ?」
ピリカの部屋へと移動すると、ピリカは何やら気まずそうにした後、決心したかのように達を見回し、口を開いた。
「あのね、こっち、こっち。もっと耳を近づけて。」
言われた通りに耳を近づける。膝を曲げて近寄ったジョウイに、ピリカは身を乗り出すと小さな声で言う。「あのね、ピリカね、お兄ちゃんたちにね、お願いがあるの。ピリカのお願い聞いてくれる?」
「なんだい、ピリカ?」
ジョウイが笑顔で優しく促す。他の面々も頬を緩ませながら小さな少女の願いに頷く。それに安堵したのか、ピリカも頬を緩ませた。
「あのね、ピリカね、おとうさんとおかあさんとね、ミューズへ行ったの。それでね、それでね、いいもの見つけたの。」
「いいものって?」
今度はナナミが促すと、ピリカは指先を弄りつつ言う。
「あのねあのね、今日はね、お父さんのお誕生日なの。だからね、ピリカね、お父さんにプレゼントをあげるの。
それでね、それでね、ミューズの一番大きな道具屋さんに行った時にね、あのね、とってもとっても綺麗なお守りを売ってたの。木で出来ててね。お星さんや、おさかなささんがついててね。お父さんにそれをあげたら喜ぶかな?」
「そうだね。」
素敵な提案だ。ジョウイは笑顔で頷いた。そこでピリカは近づけていた顔を離し、小さな机へと向かう。机の上にある猫の形をした貯金箱を手に取ると、急いで駆け寄ってきた。
「あのね、ピリカね、『肩たたき』してるの。お父さんの『肩たたき』するとね、2ぽっちもらえるのよ。
ね、ほらこんなにあるよ、これでお守り買えるよね。ね、ね、ピリカね、一人で村の外に出たら駄目なの。だからね、ジョウイお兄ちゃん、リオウお兄ちゃん、ピリカの代わりにお守り買ってきて。いいでしょ?」
目的はトトの村に行く事だったリオウ達に、この後の予定はない。ジョウイがピリカの言葉に笑顔で了承する。
「もちろんさ。なぁリオウ。」
リオウも笑みを浮かべて頷き、ナナミも頷いた。
この村は小さく、トーマス達の先程の様子からティル達の手がかりはなさそうだ。違う街に行けるのならば、越したことはないだろう。たとえミューズで聞き込みが出来なくても、道さえ分かればまた行けばいい。何よりも、この健気な少女の願いを、も叶えてあげたかった。最後にも笑顔で頷くと、ピリカは顔を輝かせた。
「ありがとう!」
興奮した様子で、ピリカは繰り返す。
「ほんと、ほんと木で出来たお守りよ。道具屋さんで売ってるのよ。間違えないでね。」
「じゃあ早速お使いに行ってこようか。ミューズはこのトトの村の西にある。都市同盟の盟主、ミューズ市だから賑やかな街に違いない。」
リオウ達に振り返りジョウイがそう言った所で、ピリカがもう一度言う。
「お願いね、途中でなくさないでね。」
「お任せあれ。」
ジョウイは笑顔で頷くと、彼女の小さな頭を撫でた。
そうしてピリカから肩叩きで得た貯金箱のお金を受け取り、達はミューズに向かうのだった。

泊まっていけばいい、と引き止めるトーマス夫妻に申し訳ない表情で辞退すると、達はピリカの家を出た。夫妻は残念そうにしたが、またいつでも来なさいと笑みを浮かべて言った。まさかその日のうちに、ピリカのプレゼントを届けに戻ってくるとは思いもよらぬであろう。その時を内心楽しみにしながら、達は夫妻に手を振り、村の西へと向かうのだった。村の西には川が流れており、掛けられた石橋でわたる。石橋を渡ればもう平原が広がっていた。それを北東に進み、時にはモンスターと遭遇しながら、達は日が落ちる前にミューズにつく事が出来た。
街はレンガ造りの家が多く、トトの村も賑わっていたが、その規模から大いに活気溢れる街だった。早速街で一番大きな道具屋さん、を探そうとしたのがそれはすぐに見つかった。一際大きな建物があり、よくよく目を凝らしてみればその建物が道具屋だったからだ。急かされているわけでもないのに、誰もが足早に店へと向かう。ただその時は誰もが、あの親子の笑顔を楽しみにしていたのだ。も今や、ティル達を探す事をまたの機会にと思っていた程である。
店内に入ると、窓は閉め切られ僅かに薄暗かったが、ほんのりと埃と日の匂いがした。日に当てられないものもある為閉め切っているのだろうが、可能な物は頻繁に天日干しを行っているのだろう。
15畳程の広々とした店内は綺麗に整理されている。達は早速ピリカから頼まれたものを探すが、店内を見回し終えても、それは見つからなかった。もしかして売られてしまったのか?内心ひやひやしながら亭主に聞いてみると、亭主は目を瞬かせた。
「え。木彫りのお守り?あ、ああもしかしてこれ?」
亭主は何かに思いつくと、カウンターの引き出しから、木彫りに魚や星が散りばまれたお守りが出される。それだ、と誰もが頷くと亭主は首をかいた。
「困ったなぁ、こいつは売り物じゃないんだ。何ヶ月か前に客が代金の変わりにおいていってね。まぁ、こっちも商売だからな、売ってくれっていうなら考えないこともないが・・・。」
「お願いします!」
即座にこの仲間達の中で恐らく一番にピリカを想っているだろう、ジョウイが頭を下げる。
「そうだな、500ポッチでどうだ?」
「500ポッチ!」
ナナミが唖然と声を上げた。ピリカから受け取ったお金は70ポッチであった。手持ちで補おうにも、悲しいことに足りない。何倍以上ものそれを、払えるわけがなかった。
「おや、嫌ならいいんだぜ。」
肩を竦める亭主に、その場に重い沈黙が落ちる。誰ともなく視線をあわせていると、そこでナナミがカウンターに身を乗り上げた。
「そこをなんとか、お願いします。」
視線を下げ気味に、ナナミは懇願する。それに思わず詰まる亭主にここは私も、と が身を乗り出そうとすれば、何故かリオウに肩を叩かれ振り向けば首を振られた。ここでなんで!?と声を大にして言わなかった自身を褒めてやりたいとは思う。ただまるで到底無理だといったリオウの雰囲気にの苛立ちは蓄積され頬を引きつらせはしたが。
「じゃ、じゃあ、200ポッチでどうだ。」
しかしナナミだけではもう一押し足りなかった。自身の色気が駄目ならば、とは拳をカウンターに置いた。
「もう一声!」
「こ、これ以上は・・・。」
「もう一声ー!!」
「・・・100ポッチ!」
「70ポッチ!」
「そ、それは・・・・!」
「70ポッチきっかり!!!」
「・・・・・・わかったよ・・・!!」
カウンターに置いた拳に僅かに痛みが残るが、その価値はあった。リオウ達を満面の笑みで振り返れば、何故か彼らは頬を引きつらせていた。なんだ、値切りを見たことがないのかとそれには内心首をひねる。元お坊ちゃまであるはずのティルなどは笑顔で半額以下に値切ってみせるというのに。
代金と共に無事代物を受け取り、店を出るとリオウが言った。
、あれって脅しじゃ・・・。」
「・・・。」
そう見えなくもないが、仕方ないじゃないか。


なんとか求めた物を手に入れると、達は観光もせず、すぐにミューズを出た。トトの村との距離はそれほど離れていない。急げば間に合うだろう。なんといっても、ピリカは今日この日の両親の誕生日に向けて、今までお金を貯めていたのだから。間に合わせて、あの温かな家族を笑顔にしてあげたいと思うのは、一命を助けられたジョウイだけでなく、達も同様である。
そうして日が落ちる頃にトトの村に達は戻ったはずであった。けれどそこにあった光景に誰もが愕然とする事になる。
異変に気付いたのは、橋を渡ったころだ。風に運ばれた匂いに、リオウが気付いた。薄くなってはいるが、煙の臭いだ。言われて気付くその香りを、は知っていた。
嫌な鼓動に急かされ、誰ともなく走り始める。しかし、村の近くまで来ても、家屋の屋根は見えない。灰色の煙が、晴天へと立ち上っていた。
息を切らして戻った村は、最早面影はなかった。村にあった家屋は全て跡形もなく焼け崩れ、辺りは灰で覆っている。木造であったことから、火の回りは更に早かったのだろう。あちこちで燻る火は、既に沈火へと向かっていた。おそらく、ジョウイ達が出てすぐに火が付いたのだ。跡形もない村の姿に誰もが目を見開き、その場から動けなかった。
ジョウイが手に持つものを渡すはずのピリカは、トーマスは、ジョアンナは。
「う、うわああああああああああ」
聞こえた声に、誰もがはっとした。
村に木霊する声。泣き声を頼りに音の出ところへと向かうと、そこはピリカの家があった場所だ。崩れ落ちた家屋は、今は面影もない。灰へと変わった家の前で、小さな少女が蹲っていた。――ピリカだ。
駆け寄ったジョウイが、ピリカを抱き上げる。
「どうしたピリカ!」
ジョウイの腕に縋り付くピリカは、頬は愚か、赤褐色の髪も煤に塗れていた。しゃくりあげながら、ピリカは見知ったジョウイに更に涙を流す。
「あ、あのねぇあのねぇ、お父さんがね、隠れてなさいって言ったの。だからね、ピリカね、ちゃんと隠れてたんだよ。
でもね、でもね、大きな音がしたの。怖い声がしたの。とってもとっても怖い声がしたの。ヒック、だからね、ちょっとだけ、ちょっとだけね、出てきちゃったの。」
腕の中のピリカが震えているだけでなく、ジョウイもまた、ピリカを抱く腕が僅かに震えていた。
「そしたらね、そしたらね、お父さんもお母さんもいたの。でも動かないの。赤くてべとべとしたのがいっぱいついてたの。」
ピリカが顔を歪めながら、顔を上げた。赤銅色の瞳は涙の膜で覆われている。
「あのね、おにいちゃん、あのね、ピリカ知ってるよ。お父さんとお母さん、『死んだ』んでしょ?」
猫のミィが死んだ時に、お父さんが言ってたもん。とピリカは言う。息を飲んだジョウイに、ピリカは縋りついた。
「でもでもでも、大丈夫だよね。ミィが死んだ時もお父さん大丈夫って言ってたもん。ちょっと遠いところに行っただけだって言ってたもん。」
ジョウイは、ピリカに何もいうことが出来なかった。小さな少女を前に、必死に自身も泣くまいと口を引き結んでいる。ピリカの表情が、徐々に歪められていく。
「そうでしょ?そうでしょ?
ピリカ、ピリカ、良い子にするから・・・・うううううお父さんお母さん、うああああああ!!!」
ピリカの涙は止まらなかった。達もまた、それを止めるすべを知らない。ただ眉を寄せて、震えそうになる体を叱咤するしかない。
もまた拳を握り締め耐えていた。ほんの数時間前まで、彼女達は確かに、そこにいたはずだった。恋は素敵だと、少女のように笑っていたジョアンナ、彼女との慣れそめに、照れていたトーマス。つい数刻前には、彼女たちはそこにいたのだ。しかし今村に残っているのは、灰と炭だけであった。
は眉をきつく結び、胃から込み上げてくるものを、奥歯をかみ締めることで耐える。
腕の中の少女は、泣き止むことはない。ジョウイもまた、ピリカを必死に抱きしめる事しかできなかった。




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