Skyting stjerner2-24

それから迫りくるトランの英雄についての質問を、はのらりくらりと適当に、時には真面目に答えた。もし仮にも天魅星とされているリオウが彼に興味を持ち、遠い未来、力になってもらおうと考えるかもしれないからだ。ティルが戦に加わる事は、の意に反する。だからこそ心苦しいが、適当に交わすこともあった。
大陸中を驚かせた強国、帝国の崩壊。今やトランの英雄を知らぬ者はいなかった。街に入れば小さい子供が伝え聞いたトランの英雄の似姿を真似ている事もあるほどだ。それはハイランドの片田舎であるキャロの街で育った彼等にとっても例外ではなかったらしい。
悪逆非道の限りを尽くした帝国に無実の罪で追われ、反乱軍のリーダーとなるも互いの信念のもと帝国将軍である唯一の肉親すら倒し、やがて何百と礎を築いた帝国を打ち倒すも、王になることなく人知れず姿を消した少年。それが伝聞されているトランの英雄だった。
今や歌や劇の題材にもされる彼は戦後直後、姿を眩ませたことから謎多い。リオウ達が興味を抱くのも仕方がないだろう。共に旅をしていたことや、恋仲であることは話していない。やはり知り合いであることから万が一ティルヘの勧誘に回されないようにだ。避けるべき話は誤魔化し、しかし、止まらないキャロ組の謎に包まれた英雄への追求に話は場がお開きになるまで続くのだった。夜も更け、ようやく解放されたは怒濤の追求に疲れてすぐに寝る事になる。

次の日の朝。この日は珍しく彼等の部屋に起こしに向かわず瞼を擦るピリカを連れてナナミと共に酒場に降りた。すると意外にも酒場には既にリオウとジョウイがいた。5人で朝の食事を終えると背後から酒でしゃがれた声がかかる。
「お、リオウと、ジョウイも起きてたか」
恐らく遅くまで酒を飲んでいたのだろう、ビクトールとフリックだ。彼の言葉にナナミが眉を潜めた。
「私もいるもん」
「おお、すまんすまん」
笑うビクトールは昨夜レオナに飲み過ぎだと怒られていたが、確かに一夜空けても酒臭さがぬけていない。酒気を帯びた息に思わずは身を引き距離をとる。
「今日はアナベルのところに行くんだろ?俺の大活躍を伝えておいてくれ」
「誰の大活躍?」
「ははははは、そりゃそうだ」
戦では確かに、ビクトールは兵を激励し前線で怯むこと率いてくれていた。しかし、目の前のだらしない大人のお手本を見せる彼に、同じく身を引いたナナミがうろげに見る。こちらは彼に付き合っていてもそれ程酔っていないのだろう、というか昨日早くに潰れて寝ていたフリックは、いつもと変わらない調子で笑う。
「いやいや!勇猛果敢に、ハイランドに突撃した先でのギルバートの一騎討ち!さすがの俺でもな、あれはなかなか「それより、お前ら街の外にはあんまり出るなよ。王国軍が迫っているからな」」
酒が抜けきっていないのだろう。自慢げに話し始めようとするビクトールの話を遮り、フリックが注意を促す。
不貞腐れた顔で文句を言おうとしたビクトールだったが、二人は朝食がまだであったらしい。レオナに早く食べてるよう催促され、別の席へとつく。ピリカはレオナに大分懐いたようで、彼女を見るなり寝ぼけ眼を覚まし、席を立ちとぱたぱたと後を追いに行った。気づいたレオナからおぼんを渡されるとピリカは配膳の手伝い初める。彼女の表情も明るく、どうやら楽しんでいるようだ。途中でビクトールに乱雑に頭を撫でられては、声は出せないが笑顔を浮かべている。
砦の者達と大分打ち解けたようだ。達はほっと胸を撫で下ろした。声の出せなくなったピリカに必要なのは、平和な日常だ。
楽しそうなピリカに和まされていた達だったが、ナナミがふと、この後の事を思い表情を曇らせた。
「アナベルさん・・・ゲンカクじいちゃんの何を知っているんだろうね?」
この日、リオウとナナミはアナベルに呼び出されていた。戦前に、彼女が知るゲンカクについて話す事を約束してくれたのだ。戦前は話す時間も作れなかったが、ハイランド兵を追い払った今なら時間を作ることができると。まだ完全に追い払った訳ではなく市長であるアナベルは処理に追われ昨夜の宴も初めだけで、後は市庁舎に戻り忙しいにも関わらず彼女は時間を割いてくれたのだ。それだけ、彼女は話さなければならない事だと言う。不安げなナナミに返すことの出来る人物は誰もいなかった。ナナミと同じように固い表情を浮かべたリオウが、ややあって達を見る。
「あのさ、相談があるんだけど。ジョウイ達も、ついて来てくれないかな・・・?」
「私も・・・?」
は思わず目を瞬かせた。幼馴染みの一人であるジョウイなら分かるが。
するとナナミもリオウに続いた。
「私も、ついてきて欲しいな・・・。ゲンカクじいちゃんは厳しかったけど、誰よりも優しくて。でも、アナベルさんから聞くゲンカクじいちゃんは、なんだか私達の知らない人みたいだから・・・」
ハイランドで暮らしていた二人には、ゲンカクは優しい養い親だった。まさかゲンカクが都市同盟の人間だったとは思いもしなかったのだ。今はリオウとジョウイの手にあるが、祠に封印されていた紋章はゲンカクと、もう一人、ハーンという人物により封印されていた。石板に記されていた悔やむような言葉といい、二人には知っていたはずの養い親の知らない姿に、不安な気持ちが大きかった。
リオウが不安に目を揺らし、こちらを見る。
「駄目かな・・・?」
戦場で見せた力強い目をした幼馴染みにジョウイは驚いた。同時に、昔から頼りなかった彼もいつのまに。誰もが焦りから回りが見えなくなった戦場で、自分を忘れることなく見渡すことができる程の人物になったのかと。驚きと僅かな嫉妬。そして負けていられないと強く思ったのだが。
変わっていない幼馴染みの様子にジョウイは苦笑を浮かべた。
「仕方がないな」
リオウの目が、今度はへと向かう。ジョウイの了承で安心するかと思ったが、変わらすがるような眼差しである。
もまた、自分がついて行っていいのか。辞退した方が良いのでは。何しろ部外者である。そうした考えは不安そうなナナミの言葉と、リオウの情けない表情にかき消えた。手を伸ばすと親指と人差し指で軽く頬を引っ張る。
きょとんとした表情のリオウに軽く笑った。
「そんな顔しない!一蓮托生!でしょ?」
リオウは数回目を瞬かせる。そして意味を理解するとようやく表情を和らげるのだった。

ピリカはレオナ達に預け、達は市庁舎へと向かった。 以前訪れたときは元ハイランド人であるリオウ達に対して、敵意の視線を向けられることが多々あり僅かな懸念もあったが、市庁舎内は慌ただしい様子でこちらにまで意識を向けられないようだ。 常に足早に、時には駆け足で書類を手に部屋を行き来している。誰もかれもが忙しいようで、 会ったら確実に険悪な雰囲気になる自信のある副市長のジェスともは遭遇することなく、アナベルの執務室前まで辿り付いた。 早速扉を叩こうと近づくと、扉の向こうから複数の話声がした。扉を隔てても漏れ聞こえる声に、思わず握りこぶしのまま宙で手を止めてしまう。
「グスタフ殿、それではティント市は協力しないと言われるのか?」
咎めるような声は、兵上会議で見かけた紳士的な中年の男性、グランマイヤーの声だ。強い口調な彼に、こちらも苛立ちを抑えたような声が返る。
「そうは言っておらん。ただ、王国軍の真意がわからない以上むやみに軍は出せんということだ」
「王国軍の真意は明らかであろう。怖気づいたのか?」
「何を言う!我がティントの軍を先の赤月戦役で、わずかばかりの敗北でさっさと退却したサウスウィンドゥの軍と一緒にするな!」
「馬鹿なことを・・・戦いを博打と一緒に・・・」
「お止め下さいお二人方とも、みっともないですよ」
段々と言い争い始める彼らに冷静に割って入るのはアナベルだ。アナベルの言葉に二人の言い合いが止まる。グスタフは落ち着かせるように一つ咳をした。
「とにかく、すぐには軍は出せない。そういうことだ」
そう言い捨てると、達の前の扉が開く。出て来たのはやはりグスタフだった。彼は出入り口前にいた達を一瞥すると、そのまま部屋を後にする。廊下の向こうへとグスタフの背が消えると開いた扉の先から溜息が零れた。開け放たれたままの扉からそろりと中を見れば、アナベルが疲れた表情で椅子に腰かけていた。彼女と達の目が合う。
「すまないな、リオウ、ナナミ、見ての通り、今は取り込み中だ。今夜にでももう一度来てくれるか?」
盗み聞きするつもりはなかった達は頷く。けれど踵を返そうとする達とは別に、ジョウイが一歩前に出た。
「アナベルさん。あの、聞いてもいいですか?」
アナベルは疲れた表情を浮かべているが、表情を和らげジョウイへと向き直る。
「なんだい?」
ジョウイは視線を一瞬彷徨わせてから、彼女に問いかける。いつになく固い表情だった。
「アナベルさんはなぜ戦うのですか?この戦いから何を得るのですか?」
既にハイランドとの戦いを重ねている今では、今更とも言える問いだった。しかしジョウイの問いは戦いの最中何度も生まれる疑問だった。 答えを出しその時は納得しても、後々再び疑念を抱いてしまう。は生き延びるために。一人ではなく、仲間と。その為に剣を握る事を決めた。目的のためには誰かの犠牲も――人を殺めることも厭わない。 現実は綺麗ごとばかりでは何も出来ないからだ。それでも何度も悩み、それで良いのかと行き止まってしまう。 琴音は到底叶えられないと誰もが思っていた人々の希望を、叶えた彼を知っていたから、彼を目指すことにしたが。トランの英雄は、ただの希望ではない。 肉親との敵対、多くの仲間の死と―――悲劇の象徴でもある。
乗り越えられるか否かは人それぞれで、大抵の人間は耐え切れず立ち止まってしまう。 それが決して悪いわけではない。立ち止まって踵を返すのも一つの選択だ。 何度も逃げたくなる気持ちを抱いたは、答えが分からなくなるジョウイの気持ちが、痛い程わかった。
ジョウイの問いを受けたアナベルをもまた静観して待つ。だけではなく、リオウやナナミも彼女を見つめていた。悩んでいるのはジョウイだけではない。 先程とは打って変わって静まり返った部屋で、無意識の内に固唾を飲み込みアナベルの答えを待つ。
「戦いから何も得られない。ただ、失わぬために戦うのさ」
アナベルは俯かせていた顔を上げると微笑んだ。
「ミューズは私の生まれ、育った街だ。それを守ろうとするのは自然な気持ちだと思う」
穏やかに告げられたアナベルの答えは、達の胸に静かに響いた。結局のところ、願うのは誰もが同じか、似たような気持ちだ。その方法をそれぞれが選ぶ。 目的は同じでも経緯が違えば結果も異なる。も、リオウもナナミもアナベルの答えに自分の心のありかを考える。 ジョウイもまた、アナベルの答えを受け止めると揺れる目で彼女を見つめた。ややあって頭を下げ顔を上げると彼の蒼い目にはもう迷いもなく、前を見据えているようだった。

酒場に戻ると、まだビクトール達はいた。フリックが達を見て目を瞬かせる。
「早かったな。どうした、アナベルに会えなかったのか?」
「会えたけど、夜になったらおいでって。忙しいみたい。なんかもめてたよ」
「まぁ・・・そうだろうな。奴ら、ルカ・ブライトの怖さを目の当たりにしてないからな」
思案げにフリックが言うと、直後に食堂の奥から駆けてくる軽い足音がした。顔を出したのはピリカだ。
飛び付いたピリカを、ジョウイは難なく抱きとめる。いつもは頬を緩ませるジョウイだが、ピリカを持ち上げることなく眉尻を下げた。
「・・・ごめんピリカ。ナナミ、。ピリカの相手をしてあげてくれるかい?」
「え?え?いいけど、どうしたの?」
「色々なことがありすぎて・・・少し、一人で考えたいことがあるんだ」
ジョウイの表情は固い。確かに終わりも見えない続く戦に、それぞれ考えを整理したり息抜きをする時間は必要だろう。 普段からジョウイは悩む姿を見せないが、アナベルへの問いかけといい彼は悩んでいるのだろう。幼馴染であるリオウやナナミも、幼い頃は別として物心ついてからジョウイが思い悩む姿を見たことはない。 彼はよく、一人で考える癖がある。賢い彼は大抵、そのまま時間をおけば答えをすぐに出すのだが、あまりにも煮詰まっている時はいつものように問い詰めればいい。 ジョウイは中々頼ろうとしないことから、リオウ達は今まで強引にそうしてきた。この時もそう考えて、僅かに心配は抱くものの、ナナミは快くジョウイを送り出した。
「わかった。じゃあ、私達はここで待ってるね。
いってらっしゃい」
ナナミの言葉に、ジョウイは一瞬息を呑んだようだった。 が訝しがる前に、こちらを振り向く。ジョウイは笑顔を浮かべている。柔らかな表情に、は気の所為だったのだろうと思い直した。
「・・・ああ、行ってきます」
いつものように返事を返し、ジョウイは酒場を後にする。
けれど、なぜだろうか。彼の浮かべた笑みは、今にも消えそうに儚げで自棄にの脳裏に残るのだった。

ジョウイはそれから中々戻ってこなかった。アナベルとの約束もあり、もう少しと待ち続けたが、やがて辺りはどっぷりと闇に包まれてしまう。 もしかしたら道に迷っているかもしれない。そう思い日が落ちきる前に町中も探したが、ジョウイは見つからないままだ。 酒場に戻っても、やはり戻ってないという。辺りはもう暗くさすがにこれ以上アナベルを待たせる訳にはいかなかった。 達は顔を見合わせ悩んだ結果、ジョウイが戻ってきた場合に備えて先に言っているとレオナに伝言をお願いして市庁舎へと向かった。
夜が更けた市庁舎の前には、昼間とは異なりしっかりと武装した門番が立っていた。門番の一人にナナミは声をかける。
「あの・・・アナベルさんに会いに来ました」
「ああ、聞いているよ。アナベルさんは自室にいる。その奥がそうさ」
促され達は市庁舎の奥へと進む。だがその背に不可解な言葉が掛った。
「そうそう、お連れさんがもう来てるぜ」
兵士の言葉にナナミ達は目を瞬かせる。
「お連れさん?」
思い当たるのは誰も居なかった。いや、いた。ジョウイだ。もしかしたら彼は、先に行ってしまったのかもしれない。達はそう検討をつけると、急いでアナベルのいる部屋へと向かうのだった。
急ぎ足でアナベルの待つ執務室へと向かった達はそれからほどなくして執務室の前へとたどり着いた。上等な扉を押し、中へと入る。室内はそれほど広くはなかった。卓が一つと椅子が二つ。卓の上には酒が置いてある。 しかし部屋の中央に佇んでいた人物を見て、達は息を飲んだ。
「え?え?え??ど、ど、どうしたの・・・・あ、あ、あ、アナベルさんは・・・・」
ジョウイだ。顔を俯かせたジョウイの蒼い目は虚ろで、呆然と立ち尽くしている。彼の手には、懐に忍び込ませられる程の小ぶりのナイフが握られていた。
彼の手に握られたナイフの刃先から、血が絨毯へと落ちる。床に広がる血だまりに目を見開き、リオウは彼に詰めよった。彼の服は血に濡れていた。
「ジョウイ!何があったんだ!?」
だがジョウイは首を振るだけだった。
「すまない・・・リオウ・・・」
ジョウイはリオウに詰め寄られ、正気を取り戻したようだった。けれど全ての感情を削ぎ落としたような表情を浮かべている。
まるでいつもの彼と、別人のようだ。ジョウイはそのまま動揺するリオウ達を押しのけると、部屋を出て行ってしまう。遠ざかる背にナナミが震えがながら手を伸ばした。
「ま、待ってよ・・・ジョウイ・・・・!」
けれど彼は振り返らなかった。その時、その場に今にも消え入りそうな声がする。
「う・・・うう・・・・」
達は弾かれたように我に返り、ジョウイの足元にできた血だまりで倒れ伏していた見知った人物――アナベルに駆けよる。は彼女の手を掴み、叫ぶ。
「しっかりして下さい!!いま、今、だれか・・・!!」
彼女の長い焦げ茶色の髪は、彼女の血溜まりに波打っている。一目でわかる程夥しい血の量に焦りながら達が傍に膝をついた、その時だった。開け放たれた廊下の先から慌ただしい足音が響く。
「アナベル様!王国軍が夜襲をかけてきました!アナベル様!!」
音を立てて部屋に入って来たのはジェスだった。ジェスは倒れこむアナベルと、達を見て目を見開く。
「こ、これは・・・」
血を流し倒れ伏した市長に、傍らにいる達。ジェスは零れんばかりに目を見開くと叫ぶ。
「貴様!何をしたのだ!これはどういうことだ!!説明しろ!!!」
だがジェスが問い詰めるよりも先に、再び背後から慌ただしい音が駆け寄って来た。
「ジェス様、王国軍が市内に侵入しました!」
ジェスや達も目を見開いた。
「なんだと!いくらなんでも早すぎるぞ!!」
「市門が中から開かれました。手引きをした者がいます!!」
事態は急速に転がっていく。ジェスは震える拳で叫んだ。
「な、なんだと!!いいか、リオウ、そこを動くなよ。おい!医者はどこにいる!!」
リオウ達を憎しみのこもった目で睨み付け、ジェスは兵を連れて慌てたように部屋を後にする。直後、アナベルが荒い息で口を開いた。
「リオウ・・・」
「喋らないで」
リオウが即座に言うが、彼女は緩やかに首を振った。
「医者は・・・いらんと・・・・ジェ、ジェス・・・に・・・言って・・・やってくれ・・・・」
アナベルはそのまま、リオウをひたと見据えると必死に伝えようと震える手で腕を伸ばす。
「リオウ・・・ゲンカクの子・・・あ・・・あなた・・・には・・・あ・・・謝らなければ・・・な・・ならなかったのに・・・。と・・・都市同盟が・・・我が父が・・・ゲ、ゲンカク老師に・・・したことを・・・」
「ア、アナベルさん・・・喋っちゃ・・・・」
ナナミが震えながら止めようとする。けれど彼女は話を止めなかった。微笑みを浮かべるとリオウ達に尋ねる。
「リオウ・・・ナナミ・・・お、お前達は・・ゲ、ゲンカクの・・・元で・・幸せだったか・・・」
「はい」
「う、うん、もちろんよ・・・」
二人は即座に頷いた。二人の答えにアナベルは目を細める。
「そうか・・・な、ならば・・・少しは・・・わが心も安らぐ・・・」
そして彼女は息も絶え絶えに言った。
「さ・・・早く・・・逃げなさい・・・・王国軍は一番に・・・ここを目指してくる・・・は・・・早く・・・・」
「で、でも・・・」
ナナミが今にも泣きそうな表情で戸惑えば、アナベルは安心させるように微笑んだ。
「私・・・の・・・最期の・・・願いだ・・・・死ぬな・・・リオウ・・・ナナミ・・・そして・・・生きて・・・」
次の瞬間、彼女は顔を引き締めると最後までミューズを、民を守る市長として叫んだ。
「さ・・・さあ早く・・・行け!!!」
達は歯を食いしばる。アナベルの言う事はもっともだと、冷静な部分では理解していた。 それでも、このまま彼女を置いていくという事はハイランドに彼女を受け渡すという事だ。―――最も、助からないと明らかな致死量だと分かっている。 せめてと思う気持ちは、夜襲を仕掛けてきた現状を考えれば一刻も時間を争う事態で困難である。 震える拳で重たい体を起こし、達は扉へと向かう。応援はまだ来ていない。到着した騎士団は退却してしまい、現状の兵力はミューズの兵士と傭兵部隊しかない。 数では到底叶わず、防衛線が崩れてしまえば攻め入ってくるハイランドに対してなすすべもなかった。 残された道は一つしかなく、あまりにも無力だった。部屋を出る直前、は扉に叩きつけたくなる拳を抑えて呟く。
「私は・・・アナベルさんの元で・・・ミューズの為に、一時でも働けてよかったです」
振り返り、は一度深く頭を下げた。時間はない。は後ろ髪引かれる思いで歯を食いしばり、その場を後に駆けだした。
それに背を向けた達は見れなかったが、アナベルは嬉しそうに微笑んだ。
遠ざかる足音は、現実かそれか鈍くなり初めた感覚の所為か。どちらもだろう。 それでも、満ち足りた気持ちは都市同盟の過ちを、今は亡き彼の代わりにその子供達に謝れたことだろう。そして市長として間違っていなかったと、律儀にも少女が告げてくれたからかもしれない。

どうか生きてくれ、と。彼女は願う。同時に強く願う。思い悩んだ様子で刺した彼の子等の親友。そして彼の子が、ハーンとゲンカクのような同じ道を辿ることのないようーー

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