Skyting stjerner2-20
「リオウ!リオウ!待って!!」幾ら叫んでも暴れても、リオウはの腕を離さなかった。
―――工の紋章の事はリオウ達に話していない。話すべきタイミングがなかったし、話すべきだとも思えなかったからだ。今は難しくも、いつかはキャロの街に戻るリオウ達に話して、巻き込んでしまう事も恐れていたからだ。だが、それがこの時仇になってしまった。
剣戟の音はもう聞こえない。走りながらも上げた途切れ途切れの制止の声も無視して、全力で森の入り口へと走るリオウに引きずられ、もう大分来てしまった。
今更戻ったところで意味はない。例え真の紋章があったとしても、あれだけのハイランド兵を相手にして無事に過ごせる可能性はあまりにも低い。それも敵兵の陣地の近くでだ。応援は無尽に湧くだろう。それでも、例え多勢無勢であってもこちらを振り返ることなく、棍を片手にハイランド兵を一人相手取るジョウイの姿が脳裏に鮮明に浮かぶ。その光景が脳裏から離れず、は足掻くのを止められなかった。
「あ、戻ってきた!戻ってきた!」
明るい声が上がる。入り口にある木の幹に座り、待ち続けていてくれたナナミだ。とうとう森の入り口に戻ってきてしまったのだ。
ナナミは喜色の笑みを浮かべて達に声を掛ける。「こっちこっち!」
「大丈夫だった?なんか騒がしくなってたから、捕まったかと思っちゃったよ。」
そこでリオウもようやく、足を緩やかにする。満面の笑みで小走りで駆け寄ってきたナナミは、しかしその場にジョウイが居ない事に気づき表情を曇らせた。
「あれ、ジョウイは?まさか・・・」
「今は逃げるのが先だよ・・・。」
姉の言葉に、リオウは顔を俯かせる。の腕を掴む手とは反対側の掌が、皮手袋が軋むほど握りしめられる。けれど無意識の内に力を込めてしまったのかもしれない。の腕も僅かに痛んだ。その様子を傍らで見て、あれだけ抵抗していたも落ち着ていくのを感じた。
リオウはジョウイとは幼馴染で親友だ。は彼らと過ごして僅かだがそれでも彼らが心を許しあい、まるで家族のように気心が触れているのを知っている。その彼が後悔していないはずがないのだ。震える心で、互いに背を向けても、ジョウイと同じように振り返ることなく立っている。
なのに、自分はどうだ。
今戻ったところで、全てが無駄になってしまう。それは例え工の紋章があってしてもだ。不意をつけばまだしも、結局のところ武器や防具を破壊しても、構えた多勢に対しての力は役に立たない。互いに用いる全ての力を出し切る、トラン戦争時の最終決戦と同じだ。相手の気持ちが折れることがなければ力で制するしかない。
は唇を噛んだ。能力があっても、力がない。―――これでは、何も守れない。あの頃のままだ。傍にいたにも拘わらず味方であったはずの相手に刺され、最終決戦時に命を落とした、優しい顔をした軍師の表情がの脳裏に浮かんだ。
駄々を捏ねても、現状は変わらない。現状で優先すべきは一刻も早くミューズに戻る事だった。
いつになく険しい表情で押し黙るリオウに、ナナミは否応なく現状を察していく。顔を青ざめさせた彼女に達は何も言えなかった。
痛いほどの沈黙が落ちる。
今は、進むしかない。それぞれは悲愴な表情を浮かべながらも足早にミューズへと向かうのだった。
無事国境線を越え、ミューズまで戻ったところで、達はキャンプ地での経緯をナナミに話した。ここまで詳しい話を聞かずとも付き従い、沈黙を保っていたもナナミも大体の予想がついていたのだろう。いつも明るい彼女は、痛ましいほど沈痛な面持ちで口を開いた。
「結局・・・ジョウイ、追いついてこなかったね・・・どうしよう?」
途方にくれたような彼女の言葉に、達も何も言えなかった。重い沈黙に首を降るとナナミは元気づけるように声を明るくする。
「大丈夫よ・・・うん、大丈夫!ジョウイのことだから約束は守るはずだよ。」
「・・・うん、そうだよね。」
それにリオウはなんとか笑みを浮かべようとした。ぎこちない笑みの弟にナナミは眉を寄せる。そして視線をへと移す。彼女もまた、必死に笑顔を浮かべようとしているが、その表情は今までとは違いぎこちない。ナナミは自分だけはしっかりしないと、顔を引き締めると言った。
「ジェスさんの所に、行って見る?」
「今は大事な会議中なので、入る事は出来ません。」
だが市庁舎に行くと、冷たい言葉が返ってくるのみだった。微動だにしない門番にナナミが食い下がる。
「そこをなんとか・・・。ジェスさんの頼みを終えたんです。」
だが門番は、冷たくこちらを睥睨するだけだった。
「終えたのなら良いでしょう。お帰り下さい。」
にべもなく断ると、門番は帰るように言う。ここまで微動だにしない兵士は、職務に全うしているだけでない。リオウとナナミは亡命したといっても、ハイランド人だ。攻め入ろうとしている敵国の人間である。ミューズでは副市町のジェスを筆頭に、リオウ達には冷たい目が向けられていた。特にリオウ達の出身を知る市庁舎では、例外である市長のアナベルを除けば、ほぼ全員といっても過言ではなかった。話を聞く気もなく冷たくナナミとリオウを見下ろすと目には、侮蔑の色が覗いている。
ぷちりと、の中で何かが音を立てて切れた気がした。
「・・・ふざけるなよ。」
顔を俯かせていたが呟くように言う。小さくとも響いた暴言に、ナナミ達や門番がを振り替える。俯かせていた顔をあげたの表情に、ナナミは息を呑む。その目はいつもの彼女のものとは思えないほど鋭かった。
――ナナミが、リオウが何をしたと言うのだ。
リオウ達とともにいるからこそ、はリオウ達の肩を持つ。そもそも、彼らは本当に何もしていない。ただ、巻き込まれて故郷を追われてしまっただけであるというのに。彼等の気持ちも分からなくもないのだ。彼らは今、ハイランドにより刻一刻と生活を脅かされている。けれど、話をしようとすらしない事は、違うのだ。
「貴方じゃ話になりません。ジェスを呼んでください。」
挑むような物言いに、門番の男も眉を顰める。物言いもそうだが、自分等の上司であり副市長のジェスを敬称なしで呼んだのだ。たとえ少女はハイランド人ではなく、無知なだけであったとしても、気分の良いものではない。
「お引き取りを。今は会議中なんです。」
「友人の命を掛ってるんです。」
ジョウイの命が今も危機にさらされているかもしれない。それを打開するには、手を借りるしかなかった。止む終えなかったとしてもジョウイを置いて―――自身は一度、逃げてしまったのだから。
奥歯を噛み締めるに、門番は事の内容に思わず一瞬、目を見開いた。さまよった視線は、あることを思い出すと落ち着いていく。少年二人はハイランド人だ。都市同盟の人間ではない。そう聞いている。幼さに良心が僅かに疼くが、彼等は事の発端であるユニコーン少年隊にいたという。生き残りスパイとして国を終われ都市同盟へ決たというが、冗談ではない。彼等がここにいることによって、ハイランドはよりやはり都市同盟のスパイだった主張を強くしてくるかもしれない。――失っても痛くもない連中だ。
門番は駄々をこねる少年少女達を前に薄っぺらい笑みを浮かべ諭すように口を開いた。
「それでも、今は会議中なのです。」
「大事な?」
は思わず小さく笑った。そしてその次の瞬間である。廊下に鈍い音が響く。門番の顔のすぐ横を拳が通ったのだ。
固まる門番を前に、は鋭い表情のまま言う。
「話をさせろ、と言ってるんです。」
少女の途方もない怒りで空気が凍る。
「なにごとだ。」
膠着状態のその場は、扉からこげ茶色の髪をした女性が現れ破られる。
市長であり、唯一市庁舎で話を聞いてくれるであろうアナベルだ。彼女を見た途端、は急いで口を開く。
「アナベルさん、力を貸してください!友人の命が掛ってるんです!」
の言葉に驚いたアナベルだったが、すぐにこちらの意を竦み取ったのか、彼女はそのまま達の話を聞いてくれた。
事情を聴き終えるとアナベルは片眉を上げる。
「リオウとジョウイと を王国軍のキャンプに忍び込ませた・・・?」
「ええ、確かに私が頼みました。」
そこへ扉の向こうから現れたジェスがそう言った。こんな時でも涼しい顔をしている彼に、思わずは鋭い視線を向ける。そしてそれはアナベルも同じであったらしく、眉を寄せて彼を見る。
「ジェス。」
「王国軍を打ち破る策を立てるには、敵の食料の多さを図るのがどうしても必要でしたので彼らに頼みました。リオウ、王国軍のキャンプにはどれくらいの食料がありましたか?」
彼の様子に、は拳を握る。リオウも眉を顰めながらも答えた。
「二週間程・・・。」
「お願い、ジョウイが王国軍に捕まったの。いえ、捕まったかどうかわからないけど、まだ帰ってきてないの、だから、だから、ジョウイを・・・」
溜まらずナナミが必死な表情で縋りつく。アナベルは一瞬、悲痛に表情を歪める。
リオウ達に好意的な彼女なら頷いてくれるだろうと、希望的な憶測だった。けれどアナベルは眉尻を寄せると首を振った。
「リオウ、ナナミ、貴重な情報を手に入れてくれたことは感謝している。そして貴方達を危ない目にあわせたことは謝ろう。しかし我々にはジョウイを助け出すことは出来ない。ここを守るだけで精一杯なのだ。許しておくれ。」
彼女がそう言うのだ、事実現状は手一杯なのだろう。愕然とするとリオウの傍らでナナミは受け入れられず、尚も食い下がろうとする。
「でも、でも、でも・・・」
だがアナベルは暗い表情で力なく首を振るだけだった。
「・・・すまない・・・。」
頭を下げるアナベルの一方で、ジェスは不満げにこちらを睨み付ける。心酔しているアナベルに頭を下げさせて、不愉快になったのだろう。発案者であるにも関わらず頭を下げることなくジェスは腕を組むと、組んだ腕を指で叩きながら淡々と言う。
「食料が二週間ということは奴らは一気に攻め込んでくるつもりです。これで丘上会議でも意見をまとめやすくなる。お礼を「結構です。」」
憮然とした様子の彼に、は言葉を遮った。話を遮られ眉を潜めたジェスを鋭い目で睨みつける。
「心にも思っていない言葉はいりません。行こう、リオウ、ナナミ。」
のように喧嘩腰ではないものの、リオウとナナミも同じ気持であったようだ。達は足早に部屋を出ると、市庁舎を後にするのだった。
ビクトール達に相談しても、傭兵の砦の面々は以前の敗戦から仲間は散り散りだ。駄目元で相談してみたがやはり苦渋の表情でビクトール達は首を振った。
市庁舎に断られてしまえば、達にはどうすることも出来ない。打つ手もなく達は途方に暮れ、それでも何かしないという考えには至らなかった。宿で休む気にもならず、達はミューズの入口でジョウイを待つ。
二度ほどミューズの門を潜った時には高かった太陽も今は沈みかけており、既に辺りは橙色に染まっている。茜色の夕日を見ながらナナミが呟いた。
「遅いね・・・リオウ達はレオナさんのところで待っていなよ。戻ってきたら知らせるから。」
リオウ達はキャンプ地に忍び込んだ後だ。疲れているだろうとナナミが促したが、リオウとはすぐさま首を振った。どうしたって休む気にはなれなかった。動いてもいないのに、腹の底に何かが泥濘し、体が重い。
門の前で座り込んで、ジョウイを待つその時だ。小さな足音が近づいてくる。駆けてくる足に背後を振り向けば、そこには息を切らした銅褐色色の髪をした幼子がいた。
「ピリカちゃん?」
「ハァハァハァ・・・」
咄嗟に駆け寄るとは落ち着くように背を撫でる。傍らでナナミがしゃがみ込み声をかけた。
「だ、大丈夫?ピリカちゃん。」
「うう・・・」
大分落ち着いたのだろう。言葉を発せない変わりに唸り声を上げるが、ピリカの表情は暗かった。恐らくジョウイの事を聞いたのだろう。ナナミは彼女に微笑むと彼女の頭を撫でる。
「大丈夫だよ。ジョウイはちゃんと帰ってくるよ。絶対帰ってくるよ、約束したんだから・・・」
諭すように笑顔を浮かべたナナミに、ピリカは泣き出しそうな表情を浮かべる。
ピリカは勿論、ナナミも幼馴染の生死に不安に襲われているのだろう。には彼女の笑顔もまた、泣いているように見えた。咄嗟にピリカの脇の下に腕を入れると抱え上げる。
「・・・よし!一緒に待ってようか!」
ナナミへのピリカの意識を逸らし抱え上げると、はピリカを体の間に入れて座る。ピリカもこの様子では興奮してしまい帰らないだろう。抱えていればその内うとうとするかもしれない。座り込んだの隣にリオウとナナミが座る。ピリカを抱え込むとふとリオウが自身の腕を注視している事には気付いた。
「リオウ?」
視線を向ければ、眉を潜めたリオウが腕に手を当てる。体温だけではなく、リオウの掌からはじんわりとした温かさが広がった。これは回復魔法だ。目を見開き、リオウの手が離れるなり自身の袖を捲る。その下にあった痣は綺麗になくなっていた。
「ごめん。やっぱり、力入れすぎちゃったみたいだね。」
敵陣から逃げる時の事だ。抵抗するをリオウは決して離さなかった。ピリカを抱え上げたときに僅かに腕に痛みが走り、は一瞬眉を潜めた。その様子をリオウは見逃さなかったのだろう。
リオウは真の紋章を使ったのだ――それに気づき眉を寄せれば、眉尻を下げたリオウが謝罪した。
彼の表情には思わず言葉を詰める。――これでは、怒るにも怒れないではないか。は小さくため息を吐いた。「別に、大丈夫だよ。」
「でも、やっぱり・・・」
「私に、力なかっただけだから。」
そう、力がなかった。だからジョウイも助けられなかった。
(・・・いや、違う。)
は首を降る。ジョウイは躊躇いもなく紋章を使った。それなのに自分は―――紋章を使うことを少しでも恐れてしまった。そう逃げてしまったのだ。だからこうしてこの場に居て、ジョウイが居ない。
たった一瞬の躊躇。そこがジョウイとの差だ。
は拳を握りしめる。ジェスも責められやしない。守れなかったのは他でもない、自身なのだから。込み上げる自身への苛立ちと、後悔に奥歯を噛み締めたその時だった。いつかのように拳がやんわりと包まれる。
「大丈夫だよ。」
そして数回、落ち着かせるように叩かれた。
「大丈夫、ジョウイは帰ってくる。」
はリオウを見た。夕日に照らされながらも、彼は微笑んでいた。は堪えるように目頭に力を入れて閉じると、そう言ってくれた彼に小さく頷くのだった。
しばらくして、ナナミがぽつりと話し出した。
「ねぇねぇねぇ覚えてる?リオウがルードの森で迷子になった時のこと。」
幼い頃、キャロの街での思い出だ。キャロの隣にある森で、見知らぬ虫への好奇心に負けたリオウが1人迷子になったことがあった。ナナミは懐かしさに目を細める。
「ゲンカクじいちゃんが探しに行っている間、私とジョウイはやっぱりこうしてリオウの事ずっと待ってたんだよ。
あの時もリオウはちゃんと戻ってきたから、ジョウイも必ず戻ってくるよね。
・・・あのね、こんな風にしてリオウを待っている間ね、ジョウイはね・・・ふふふずっと泣いてたんだよ。」
ジョウイは幼い頃からいつも澄ました顔で、リオウやナナミを宥めていた。 その彼が周囲の目を憚らず大泣きした様子は当時衝撃的で、泣いていたナナミの涙も引っ込んだほどだ。ナナミは面白そうに笑う。
「ねぇ信じられる?あのジョウイがぼろぼろ涙を流して・・・・あ、この話をしたことは秘密だからね。ジョウイに『絶対に言うな』って言われてたんだ。」
慌てて釘を刺すが、ピリカの反応はない。何時もなら楽しそうに笑う彼女の大人しさに揃って視線を向ければ、ピリカは瞼を閉じ、健やかな寝息を立てていた。
「ピリカちゃん・・・疲れちゃったみたい。」
達はそれに柔らかな笑みを浮かべた。
言葉もなく、達は草原の先を見る。柔らかな緑の草原の向こうで、緋色の空には薄暗い影を残した雲が間延び、陰影を作っていた。夕日はもうすぐ完全に落ちてしまうだろう。数羽の鳥が群れながら茜色の空を飛んでいた。
「遅いね、ジョウイ。」
ナナミが呟く。
あの鳥達ももう巣に帰るのだろうか。ぼんやりとがそう思っていると、ナナミがふとリオウを見た。
「ねぇリオウ。私思うんだけど・・・ジョウイが帰ってきたらもうこんな所からは逃げ出して・・・」
ナナミの言葉は不自然に途切れる。とリオウが目を見張り、釣られてナナミも視線を前に向けたのだ。夕日を背に、ミューズに戻ってくる姿には見覚えがあった。少し草臥れ、あちこちに切り傷も見られるが大きな傷は見当たらない。何時もは乱れることのない髪も若干乱れているが、夕日に染まるプラチナブランドは相変わらず艶やかだ。少年はこちらに気づくと、目を丸める。
「リオウ・・・・ナナミ・・・ ・・・。僕を待っていてくれたのか・・・・。」
ほっとしたように柔らかな表情を浮かべたジョウイに、ナナミが頬を綻ばせる。
「帰ってきた!やっぱり帰ってきたね!」
ナナミの眼尻には涙が浮かんでいる。もまた、同じようなものだ。
駆け寄りながらも嬉しそうな面々にジョウイも微笑み、そして言った。
「リオウ、ナナミ、 。・・・約束は守ったよ。」
それにリオウは笑みを微笑みを浮かべた。
「お帰り。」
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