Skyting stjerner2-17

毛布一式用意されていた傭兵の砦とは違い、当たり前であるがミューズでの牢屋は藁を敷かれただけの簡素なものだった。
しかし夜遅くまでリオウと鍛錬の明け暮れていたからか、遺跡で歩き回ったからか。はすぐに寝付くことが出来た。他の面々も同様に寝入るのは早く、遺跡でのリオウの紋章の効果もあったのかもしれない。牢屋の中といえどもぐっすりと眠ることが出来た達は、自ずと早くに目を覚ました。改めて、さて、現状をどうするか顔を突き合わせたすぐの事である。早朝にも拘わらず牢屋の入り口の方が何やら騒がしい。眉を潜めながら見れば、眠たげに目を擦る兵に連れられて見知った姿が現れた。
目を見開く達に、ざんばら髪の男が歯を剥き出しにして笑った。
「はっはっはっはっは、大変だったなぁ 達。」
腰に手を当てて快活に笑う男は、ビクトールだった。彼は囮として燃え盛る傭兵の砦で、ルカ・ブライトを相手に最後まで残っていた。彼らは崩れ落ちる帝都の城からも生き残っていた。無事だと、信じてはいたが。さっと見たところ掠り傷が見られるが、それ以外に大きな傷は見当たらない。こうして無事な姿にはほっと安堵に胸を降ろした。
リオウが喜色の笑みを浮かべる。
「ビクトールさん!無事だったんですか!!」
「当たり前だ。俺を誰だと思っていやがる。「風来坊ビクトール」だぜ。」
鼻を鳴らしてそう言ったビクトールを、隣にいた男が肘でつつく。
「とかいいつつ、こいつお前らの事凄く心配してたんだぜ。」
ビクトールをからかうのはフリックだ。フリックからの横やりビクトールは顔を歪めると、遮るように声を荒げた。
「あー!身元は確認した!出してやってくれ。」
「わかりました。少々お待ちを・・・。」
早朝から元気な二人を他所に、兵士はまだ眠いらしい。覚束ない動作で鍵を取り出すと牢の扉を開ける。扉が開かれるとナナミが真っ先に出て背伸びをした。達の様子を一通り見てから、フリックが言う。
「怪我はないな。」
「結構遠回りをしたけど、無事ですよ。」
ジョウイが苦笑を浮かべる。そこでビクトールが首を捻ると、にやりと笑う。
「ふーん、お前ら、結構良い面構えになってきたぜ。」
そうだろうか。ビクトールの言葉に達は互いの顔を見合わせる。リオウは相変わらず男にも拘わらず丸々とした大きな鳶色の目をしているし、ナナミは快活な性格現れるような表情が可愛い。ジョウイはなかなかのイケメンである。うむ、いつも通りである。
がそう思ったように、それぞれが互いの顔を見ても特に思い当たることはなかったがビクトールは満足そうに頷くと、思い出したように間延びた欠伸を一つ零した。
「さて、こんな所にいてもしかたないな。レオナの奴がここでも酒場を開いているから、そこへ行くといい。皆いるからな。場所は・・・まぁ、歩いてればたどり着くさ。」
眠気を覚ますように肩を回していたビクトールだったが、そこでふと達に振り返った。
「それから・・・・ 、リオウ、ジョウイ。お前らは後で市庁舎に来てくれ。会わせておきたい人がいるんだ。」
すかさず、ナナミが声を上げる。
「えーっ私も行く!!とリオウとジョウイだけなんてずるいずるい!!」
眠たげなビクトールの回りでずるいずるいずるいと連呼するナナミは止まらない。ビクトールは眉を寄せると諦めたように肩を降ろした。
「煩い餓鬼だなぁ。わかったよ、お前も一緒に来い。」
「やったー!!」
ナナミがガッツポーズをとる。それに苦笑を浮かべてから、ビクトールは続けた。
「じゃあ、市庁舎のところで待ってるからな。とリオウ、ジョウイとおてんば娘四人だけで来てくれ。場所は街の北、つきあたりだ。」


牢屋から出ると、達はビクトール達と別れた。ビクトール達の話も気になるが、まずはピリカだ。まだ眠たげなピリカはジョウイが背負っている。話は4人だけだというし、達はピリカを任せるべくレオナのいる酒場へと向かう事にした。早朝にも拘わらず、ミューズは以前同様に活気ある街だった。朝市に訪れる人や店の者に尋ねながら、街中を歩くこと数分で酒場へと着く。扉に手を置き、リオウが開けると同時のことだった。中から素早いスピードで何かが飛び出してきた。
「ムクムク!!」
胸にへばりつくのは茶色の毛をした小さな動物、ムササビだ。キャロの街から連いてきていたリオウ達幼馴染の一人、ムクムクである。あの砦で生き別れになったのだが、こうして無事レオナと共に居てくれたらしい。ムクムクがリオウの胸に顔を摺り寄せていると、艶のある黒髪をまとめた美しい大人の女性、レオナが姿を現した。
「そいつ、あんた達がいなくて落ち込んでたんだよ。」
ムクムクはリオウの胸に顔を擦りつけて実に幸せそうである。羨ましい。小さな手は必死にリオウの着衣を握りしめていて実に羨ましく、は妬む視線を抑えきれなかった。ムクムクは一通りリオウを満喫してからナナミへ、そして次にピリカを背負うジョウイの腹へともコアラのようにへばり付いた。次は私か。次は私か。内心ワクワクしながらわきわきする手を必死に抑えていれば、ムクムクはそんなの邪な眼差しに気付いたのかもしれない。もともとはリオウ達と同じように幼馴染ではない。要するに、懐かれていないのだ。ムクムクはへ抱き着くことなく、再びリオウの腹へと飛びついた。くそお!!!は笑みを浮かべる傍ら、内心悔しさに地べたに膝を着き泣いた。
苦笑してムクムクを抱きとめるリオウが心底妬ましくて仕方がない。もふもふ・・・もふもふもふもふ・・・・。
レオナはそんな彼らを見て苦笑を浮かべた後、改めて一同を見回した。
「ビクトールから話は聞いてるよ。あんたら、無事でよかったね。心配してたんだよ。」
「レオナさんもご無事そうで、よかったです。」
「あたりまえだ。私が居なきゃ、誰があいつらの面倒を見るんだい。」
燃え盛る砦で、姿の見えない彼女らに一時は最悪な予想を連想したが。ルージュの引かれた唇で妖艶な笑みを浮かべるレオナはやはり頼もしい女性であった。変わらない彼女の様子には思わず頬を緩ませる。
そこでジョウイがピリカを背中から降ろすと、うつらうつらと舟をこぐピリカの手を引いた。
「じゃあ、ピリカをお願いします。」
「まぁ、任せときなよ。それより早くしな。あいつを待たせると後でうるさいからね。」
達は頷くと、未だ再会の嬉しさにひっついて行こうとするムクムクとなんとか引き剥がし、レオナに任したところで、達は市庁舎へと向かったのだった。


ミューズ市内を歩き、奥の市庁舎へと向かうと入り口の前にビクトールが立っていた。
「おお、来た来た!こっちだ。」
気付いたビクトールが手を振る。達を見回すと彼は頷いた。「ようし、これで全員だ。ちょっとばかり遅れちまったが。まぁ大丈夫だろう。忙しい女だからな。」
「誰と会うんですか?」
ジョウイの言葉にビクトールは口の端を上げた。
「まぁ、それは会ってからのお楽しみだ。さぁ行くぞ。」

市庁舎は広かった。中には沢山の人が行きかっており、街の活気の多さや治安の良さが一目でわかるほどだ。
随分と奥まで進むと、木目の両扉の前でビクトールは足を止めた。扉のつくりから他の部屋とは作りが違うこと伺えた。しかしビクトールは躊躇するなく扉を開け放つ。ドアを叩くことすらせず勝手知ったる様子のビクトールに躊躇したが、知らぬ建物で置いて行かれるわけにもいかない。達も後に続いた。
部屋に入った途端、女の話声が響く。
「いい加減に腹を決めろと言ってやりな。ティントの連中はいつだってそうなのさ。使者には・・・そうだなフィッチャーをやれ、あの男なら失敗はしない。」
「は、はい、す、すぐにも、さすがですアナベル様、素晴らしいご判断・・・」
「おべっかを言ってる暇があったらさっさと行きな。足より口の働く男はここじゃ出世しないよ!」
「は、はい!」
男は慌てたように返事をすると、すぐさま踵を返す。部屋に中心で椅子に座る赤茶色の髪をした女がため息を吐いた。
「ふーおや、来てたのかい?ビクトール。」
そこで彼女は部屋の入り口にいるビクトール達に気がついた。長い茶色の癖のある髪を緑のバンダナでまとめた彼女は、片手で肩を揉み解し切れ長の翡翠色の眼を向ける。
女の視線を受けてビクトールが口の端を上げた。
「いつものことながら、あんたの仕事ぶりには驚かされるぜ。」
合図もなく部屋に入ってきたにも拘らず、女は大して気にもかけていないようだった。「まぁね。」受け流す彼女とは正反対に、彼女の傍らに立つ几帳面な身なりの青年がこちらと睨み付ける。
知り合いであるらしいビクトールがいたとしても、ノックもなく入った事は確かなので鋭い睨みを効かせてくる青年に思わずは身を竦めた。
「それよりも砦を落とされたんだって?」
シャツとベストをかっちりと着込んだ男を傍らに、市庁舎の奥にある一際大きな扉の向こうで指示を出す女は、若しかしなくてもここ、ミューズでも偉い人物である市長なのだろう。
薄々と部屋に近づくたびに感づいてはいたが、まさかの事実である。そんな偉い人の部屋にノックなしで入れる程知り合いだなんで、うちの熊さんは一体何をしでかしたんだ。 無銭飲食か?つい失礼にもそう勘ぐってしまいそうなであった。なにせ、いくら性格が良い人物であろうと市長と方や小さな砦の傭兵長だ。フリックのようなイケメンならばまだしも、ビクトールは粗暴である。中身を知れば性格も良く、頼りがいのある男だと分かるが残念ながらパッと見ただのごろつきである。
しかし、ミューズの市長、アナベルはビクトールを信頼しているらしい。
ビクトールが無言で頷き、口頭で事情を説明し終えると戯言と一蹴することなく肩を落として深々と溜息を吐いた。
「休戦協定をこうもあっさりやぶるとはね・・・ルカ・ブライトが軍の実権を握ったのは厄介だね。今度は同盟と王国のどちらかが滅びるまで決着はつかないかもしれない。」
これが彼女の美徳な点であるかもしれない。市長という身分を嵩にする事なく常に周囲の話に真摯に耳を傾け、信頼する。そんな彼女だからこそ、ビクトールも信頼しているのだろう。顔を引き締めて現状を伝える。
「奴は、狂ってやがる。血と炎の臭いに飢えた狼だ、まともなことじゃ太刀打ちできない。」
砦が落とされた作戦は、兵のことなど考えない、通常ではありえない策であった。奇襲に次ぐ奇襲は確かに効果覿面であるが、仲間であるはずのハイランド兵の疲労は微塵も考慮に入れられていないだろう。いくら数が多いといっても、ハイランド国からトト、リューベの村、傭兵の砦と続けざまに休む間もなく襲い続ける強硬策は常人であれば考えられない。思い出し奥歯をかみ締めるビクトールと共に話を続けようとして、ふとアナベルは後ろに続く他の者達に視線を向ける。
「ところで・・・今日は何のようだい?いつものバンダナ男じゃなくて、子供を四人も引き連れて・・」
「ああ、こいつがリオウ。で、。こっちの細いのがジョウイ。そしてこっちのおてんばが・・・」
「ナナミ!」
ビクトールのあまりにも失礼な説明に、ナナミが眉を寄せて声を上げた。ビクトールが苦笑する。
「そうそう、ナナミだ。それでこいつらと、あともう一人ピリカってのがいるんだが。五人をあんたのところで引き取ってくれないか?」
それは寝耳に水な話であった。ビクトールが続ける。
「しばらくは俺達と一緒に宿泊まりさせるが、いずれは戦いに・・・」
「そうだな、子供を戦いに連れて行くわけにいかないだろう・・・・」
「ビクトールさん?話が違います!!」
聞いていない話に、が声を荒げた。彼らは砦で一度は仲間として受け入れてくれたはずだった。
ビクトールは一瞬詰まってから言う。
「やっぱり、お前さん達は戦に出ないほうがいい。」
「ビクトールさん・・・!」
「確かに経験はある。・・・だけどな、俺達だけじゃお前を守りきれるかわからないんだ。」
ビクトールの言葉を受けて、は眉を吊り上げた。「別に守って欲しいわけじゃありません!」
守りたいと思う気持ちは、同じなのだ。それでもハイランド兵の勢いは想定していたよりもあまりに大きかった。このままでは国と国が争う戦争に発展してしまうだろう。何度も戦場を駆けていたビクトールは先の戦でそう直感した。
自慢ではないが、自分の勘はよく当たる。このままでは解放戦争のような大きな波が来るような気がしてならない。先の戦では多くの者が傷ついた。それでもどれだけ傷ついても進み続けなければならず、ビクトールは解放戦争の頃、己よりも随分と年若いにも関わらず先陣を切り続けた人物を知っている。その彼が最も守りたい人物であり、彼に少しでも近づこうと必死に足掻いていた彼女も。
彼女はこう言えば、何も言えなくなる。ビクトールは敢えて口にする。
「わかってる。けどな、俺があいつらに面目立たない。」
「そんな、」
「わかってくれ、。」
とて引く気はない。それでもビクトールの言い方はあまりに卑怯であった。は眉を寄せたままぐっと押し黙る。異論は山ほどあった。だが今のビクトールの目は何を言ってもの言葉を聞く事はないだろう。その場に重い沈黙が横たわる。
その時、ビクトールの紹介を受けてから何かに思い当たったのか顎に手を当てていたアナベルがぽつりと呟いた。
「ジョウイ・・・ジョウイ・アトレイト?」
ジョウイが目を見開いてアナベルを見た。
「なぜ、その名を・・・」
「確かキャロの街の地方貴族の息子がその名だったはず。そうだったねジェス。」
アナベルの後ろに控えた、切れ長の目に焦げ茶色の短髪の男が頷く。
「二人兄弟の長兄の方です。今は反逆罪で国を追われています。」
「そして・・・リオウとナナミ・・・・」
アナベルはそう言うと、リオウの前に立った。
「リオウ・・・・お前の育ての親はゲンカクという名ではなかったかい?」
ナナミが目を瞬かせる。
「えー?どうして?どうして??どうしてゲンカクじいちゃんの事を知ってるの??」
「ゲンカク老師が二人の養子を取ったと聞いている・・・その名がリオウとナナミだったはず・・・・」
聞きなれない呼称にリオウが首を傾げる。「ゲンカク・・・老師?」
「まさか・・・あの・・・。」
唖然としたビクトールもリオウの育て親の名を知っているようだった。目を見開くビクトールに、アナベルが小さく首を振る。
「ビクトール、二人にはいずれ私からその話をする。それまでは・・・」
アナベルは改めてナナミ達に向き直ると、親しみの色を乗せた表情で尋ねた。
「リオウ、ナナミ、ゲンカク老師は元気にされているかい?」
途端、ナナミ達の顔は暗くなる。雰囲気から察したアナベルの表情も僅かに曇り、ナナミが言いづらそう答えた。
「ゲンカクじいちゃんは・・・一昨年、死にました・・・。」
アナベルはそっと目を閉じると、ややあってから吐息を吐いた。「そうか・・・結局我らは罪の償いを出来なかったな・・・」
「罪の償い?」
思いもしない言葉にナナミが首を傾げる。ミューズは都市同盟であり、ゲンカクはハイランド国の人間であるはずだ。敵国であったはずの都市同盟で、リオウ達の知らない養い親の事実が明らかになっていく。
トトの村にあった祠、そこに封印されていた真の紋章。それらも何か関係あるのだろうか。
「ああ・・・その話はゆっくりと時間の取れるときに話そう、リオウ、ナナミ。今は王国軍が迫っていて、それどころではないのでな。」
アナベルは屈めていた腰を挙げると、背後に振り返った。
「ジェス、この四人を頼むぞ。」
「はい、かしこまりました。」
後ろに控えるジェスが頷く。執務席へと戻るアナベルに、ビクトール言う。
「それじゃあな。その内また遊びに来るぜ。」
「ああ、楽しみにしてるよ。」
そう笑顔で返したアナベルに、ビクトールは手を振り達は執務室から退室したのだった。


「それじゃあ俺はレオナの酒場にいるからお前達は適当に見物でもしていきな。疲れたら、戻ってくるといいさ。」
執務室を出るなり、彼らの話でミューズに居残る事になったやリオウ達の不満を避けるようにさっさと言い捨てるとビクトールは踵を返した。確かに傭兵長として、戦に備えてやることは多いのだろう。しかしどうにもには追求を受けぬ為に、足早に去っていったようにしか見えなかった。ビクトールの去っていく姿をむすくれて見ているとと、ジェスが相変わらず冷たい表情で口を開く。
「ではリオウ、ジョウイ、ナナミ、、この市庁舎内も歩き回っても良いです。門番にも話をしておきましょう。ただし、アナベル様の邪魔だけはしないように。用があるときは私に言ってください。それでは私は仕事が残っているので。」
見た目に違わぬ生真面目な彼は、入室した当初から達に向けていた鋭い視線を崩すことなく機械的に言うと、彼もまた足早にその場から去って行ったのだった。


ビクトールの本人を介さない独断は大人として当然のことなのだろう。それでもは納得できないし、するつもりはなかった。リオウ達も同様だ。ゲンカクの話もあり、街を散策するといっても会話も少なくそれぞれが物思いに耽り足も重い。
「ねぇ僕、ちょっと頼みがあるんだけどいいかな?」
無意識の内に人の少ない裏通りに来ていたようだ。裏道へと足を進めた事に気付いたとき、曲がり角の暗がりから声が掛かる。我に返り視線を向けてみれば、暗がりの中から鮮やかな金髪をした女性が現れた。肌は白く、妖艶な蒼い瞳に長い睫毛と端正な顔立ちに、横切るよう顔に傷が一つある。裏通りで声をかけられたということから怪しい人物かと咄嗟に身構えたが、しかし彼女の雰囲気はそうとは思えない。
不思議と、は彼女に似た雰囲気を持つ男性を連想させた。リオウも彼女が怪しい人物ではないと察したのか頷く。
「いいですけど・・・。」
親近感にいち早く警戒を解いたと異なり、後ろで警戒するナナミとジョウイに女は安心させるように微笑む。
「大丈夫よ、ちょっとこれを預かってもらうだけだから、お願いね。」
言うなり、女は否応なしにリオウの手に袋に入った何かを押し付ける。リオウが付き返そうとした時には遅く、既に暗がりへと姿を消していた。え、まさか妖しいお粉じゃないよね?それか押し売り詐欺??
「それ、返した方がいいんじゃ・・・?」
「だ、だよね・・・。」
現代の感覚で咄嗟に焦るがそう言うと、リオウも袋片手に良心的に焦る。
とはいえ相手はすでに姿を晦ませている。一先ず消えた曲がり角の先へ進むが、やはり姿は何処にもない。それから路地裏を右往左往して少しした頃である。
「どこだ?シュトルムにはわかるんだ・・・。」
聞いた事のある低い声だった。が目を見開くと次の瞬間、何故か頭上から一つの影が飛び降りてくる。目を白黒させるリオウ達とは他所に、は先程連想させていた人物が脳裏に思い浮かぶ。影は建物の屋根伝いで降りてきたのだろう。黒いフードをかぶった背の高い金髪の男だった。
その姿はやはり、見知った男だった。
「クライブ!!」
男は解放戦争で共に戦ったガンナーのクライブだ。彼もまたその声に驚いたようにを振り返る。
か・・・?」
「そうだよ!久し振り!」
「そうか・・・。」
クライブは無口なガンナーである。口少なさで言えばティルの従者の一人であったパーンとも張れるだろう。
元気そうな様子のに無言で頷いたクライブだったが、ふと違和感に気付きの周りを見る。そこには彼の知人の姿はなく、見知らぬ者達しかいない。
「・・・探していたぞ。」
「・・・そっか。」
彼は圧倒的に口数が少ない。だがは彼の言う所に心当たりがあり、すぐに主語が結びつく事ができた。
彼らだ。だって彼らに会いたかった。けれど彼らに会える日は始まろうとする戦が終わった後なのだろう。会えない事を寂しく思うが、巻き込むわけにはいかないのだ。眉尻を下げてそれだけ答えたに、クライブは何かを察したのか何も言わなかった。
ただ無言で手を伸ばしたかと思えば、ぎこちない動きでの頭に手を置いた。は目を見張った。解放軍時代、はよくグレミオに引っ付き懐いていた。その様子を彼も見かけたことがあったのだろう。所作は酷く固いが、彼を真似て励ましてくれたのだ。目尻を緩ませると、は不器用なクライブに微笑んだ。
「ありがとう、クライブ。」
クライブの表情は変わらない。が、彼の眼は何処か優しくは頬を緩ませた。
そこでふと、クライブが口を開く。
「・・・この近くで女を見なかったか?金髪で背の高い女だ。」
「えっ・・・」
は眼を瞬かせた。金髪で背の高い女。思いっきり心当たりがあったからだ。言うべき、言わぬべきか。しかしそう逡巡している間に、クライブは結論を出してしまった。
「知っているはずがないか・・・しかしここまで来て逃がすわけにはいかない!!」
クライブはそう言うなり、コートを翻して裏通りから去ってしまう。無愛想で誤解されがちだが、クライブは意外と直情的であった。思ったら即行動。が何かを言う前に、走り去ってしまう。
手を伸ばしかけて呆然とするに、そこでリオウが声をかける。
「知り合い?」
「・・・うん、ちょっとね。」
友人というよりは戦友、戦友と言うよりは足手まといであったは庇われることがほとんどだった為、仲間(仮)というべきか。どう言うべきか悩みながらもは苦笑する。
嵐のようなクライブが去ると、今度は背後から声がかかった。
「ありがとうよ、坊や、嬢ちゃん。」
視線を向ければ、先程の金髪の女性が背後の暗がりに背を預けて立っていた。一体どこから現れたのか。唖然としながらもリオウが先程の袋を返すと、彼女は僅かな微笑みを浮かべた。
「これは礼だよ、とっときな。」
小さな袋を彼女はリオウに投げて寄越す。咄嗟にキャッチした達を他所に、彼女は既に身を翻している。彼女は後姿のまま片手を上げると、まるで何かの映画の一場面のように颯爽と去っていくのだった。


思わぬ事の起きた路地裏だったが、気分を変える良い気分転換にもなった。
市庁舎を出てから重かった足もようやく前を向き、大きな市場に目を引かれるリオウ達と共に、知人と再会して気分が浮上したも改めて町の探索を開始するのだった。悩んでいても仕方がない。なるようになる、である。またはなるようにしかならない。勿論、ビクトールに引けと言われてはい分かりましたと引くつもりなど毛頭ないが。今は逃亡生活で不足した食料や物品を補充するのが優先である。
ちゃん?」
足取りも復活した達が再び足を止めたのは、日が暮れ始めたころである。
は目を見開き、振り返る。少し離れた道の先で立っていたのには亜麻色の髪に変わらぬ美貌、いや以前より格段と美しくなった女性。は思わず声を上げた。
「ユーリさん!!」
の元同僚、ユーリが籠を片手に立っていた。

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