Skyting stjerner2-14
「いらっしゃい!ようこそ白鹿亭へ」結局、 達はミューズの近くにあった、宿へと向かった。ただでさえ手持ち金が少ないため、野宿という手もあったが、野営をするには持ち物があまりにも少なすぎた。加えてモンスターに襲われるだけでなく、ハイランド兵に見つかる恐れもある。一か八か。宿をとったのである。
幸いにもこの宿にはハイランドの兵が回ってないらしい。女主人は笑みを浮かべて達を迎えた。彼女の様子に一同は同時に息を吐いた。そんな達を見ながら、綺麗な亜麻色の髪を結い上げた美しい女主人は言う。
「あら、大人数ねぇ、清潔なベットも用意ずみ、朝食もつけますよ。」
街道から離れたところにあるこの宿は、流れの旅人がやってくる民宿のようだ。そこでナナミが言った。
「随分変わったところに宿を出してるんですね。」
少し失礼な物言いであったものの、女主人は笑みを浮かべて頷く。
「ええ、まぁ。でも、お客さん達みたいに泊まりに来て頂ける人はいるんですよ。さぁさぁ、早速、お部屋に案内しますね。」
***
白鹿亭は小さいながらも、小規模だからこその細やかな気遣いで達を歓迎した。疲れた様子の達に先に湯で疲れを流す事を進めると、温かな夕食でもてなしてくれる。そのままリオウとジョウイ、ナナミと、ピリカで部屋を分けそれぞれが就寝についた。
しかしはなかなか寝付けずにいた。仕方なし体を起こすと扉を叩く音がする。
リオウだった。リオウは話がある様子で、しかし部屋には既にナナミとピリカが眠っている。食堂に行くにも、夜遅くに寝静まった女主人たちを起こしてしまったら申し訳ない。はリオウと共に宿の外へと出るのだった。
夜空は暗く淀んだ雲に覆われている。月さえも姿を見せず、宿屋から漏れる僅かな灯りすら眩しく見えた。
リオウは振り返ることなく宿屋の裏庭へと降りる。こんな夜更けに、どうしたのだろう?訝しみながらも後に続く。暗がりに足元に気を付けながら宿屋の階段を降りると、丁寧に手入れされているのだろう、短く刈り取られた草木から小気味良い音がした。
ようやく、闇夜に目が馴染み初めるとリオウが此方を振り返る。ごほん。態とらしく咳をするリオウに、はますます内心首を傾げた。リオウは怪訝そうなに気にもとめず、唐突に両腕を広げる。
「はい、いいよ。」
「ええっと、何が・・・?」
そこできょとんとした表情のに気付いたようだった。さっと頬に朱を走らせてリオウは慌てて言う。
「が言ったんでしょ。人の体温は落ち着くって。」
確かに、牢に入れられた時、魘されていたリオウにはそんな事を言った。ずっと昔、も魘されていた際にそう言われ何度も彼に助けられたからだ。しかし、なぜ今?は魘されていないし、そもそも起きている。目を瞬かせるに、リオウは頬をかきながら続ける。
「色々なことがあったし・・・、今日の夕飯も無理矢理食べてるみたいだったから・・・」
それには、心当たりがあった。は息を呑み込む。
1日で色々なことがあった。だが、リオウもジョウイ、ナナミも、弱音を吐いていない。そんな中、だけ態度に出すのはあまりにも情けなく感じたのだ。
もし、ポールが勢いよくハイランド兵に突撃していなければ、怪我をせず砦でルカブライトに切り殺されずにすんだかもしれない。
もし、怯んだ砦の仲間をポールではなく、自分が激励していれば、ポールが威勢良くハイランド兵に切り込まなかったかもしれない。あの場で怯んだ仲間に気づいていたのに、すぐに動けていれば。
もっと早く、砦に戻れていれば。もし、もしも。仮定ばかりがひっきりになしに浮かびあがった。次いで、人を殺めた瞬間がフラッシュバックする。
後悔はしていない 。は自身のために、選択したのだ。例え激情に呑まれていたとしても、決して後悔はしない。それでもふとした時、身が凍るように恐ろしくなった。
腹の底に沸く憤怒は消えはしない。それでも、肉を切り、容易く奪った命はあまりにもあっさりしていた。だからこそ剣の重みが分からなくなり、ひたりと背筋が凍る心地がする。
初めて持った頃は重く感じ、二年経てようやく重さを感じることなく手足のように扱えるようになった。その剣が、今更ながら重さを思い出させる。
戦だからと、割りきってしまうべきなのだろう。それでも人を殺めるのは、あまりにも簡単で、何もなかったかのように勘違いしそうになってしまう。その差異に気付いた時、は恐ろしくなる。
殺める前に、決して戻れはしない。今更だ。何度戦に出たというのだ。もう戻れない、なんてそう思うことすらお門違いだと分かっている。それでもふとした時、思い出して手が震えてしまう。
はため息を吐きながら、前髪をかきむしった。
「なっさけないなぁ・・・」
悟らせないようにしたつもりだった。それでも拒絶する喉に、疲労した体力も考えて無理矢理食べ物を詰め込んだ。夜通し砦から歩き続けて、それまで小道の脇で流れる川の水しか口にしていない。考えれば、前日の朝から戦続きで何も食べていなかった。宿にたどり着いた今はまだしも、逃亡する達が次にいつ食べ物を口に出来るかも分からない。食べ物に対する冒涜で、作ってくれた女主人にも謝罪しかでないが、今のには食事を楽しむ余裕はなかった。
リオウが励ますように言う。
「だけじゃないよ。僕も寝付けなかったし・・・」
食事の席で、リオウはようやくの異変に気付いた。それでも、ぎこちない表情は疲れからかもしれないと当時は思ったのだ。
は普段から年上とは思えないほどリオウ達とも気楽につるんでいる。幼く見える容姿も手伝い、リオウはが年上だと聞いた時は信じられなかった。だが、いくら同じ年に思えても彼女はいつでもしっかりとしている。ナナミだけでなくリオウ達ですら怯んだ酷い戦場にも、彼女は臆さなかった。恐れを知らず無鉄砲なのかといえば、そうではない。は悩むリオウを、適格な言葉で何度も手助けしてくれた。先ほどリオウが躊躇いながらも行おうとした行為も、当時傷心していたリオウは助けられたのだ。
は強い。武術の腕ではなく、内面の話だ。田舎の村で安寧と暮らしていたリオウやナナミ。博識でしっかりしているジョウイよりも。無意識のうちにリオウはそう思っていた。
食事を終え、別室の達と別れベッドに寝転び、就寝を前にしてリオウはなかなか眠りにつけなかった。一息つき落ち着くと、冷静な頭で様々なことが思い出されたからだ。
初めての戦に、焼け落ちる砦、残ったビクトールにフリック、声の出なくなったピリカーー砦でリオウの世話役だった、ポールの死。
ポールは当初、牢屋で食事をするリオウに何も言わずとも申し訳なさそうな顔して食事を手渡していた。リオウは捕虜だ。にも関わらず拷問もされず、温かな食事も与えられる。それでも申し訳なさそうな表情に随分と気を使ってくれるなぁと思ったのだ。
朝には寝心地はどうだったか心配すらしてくる。リオウが彼に気を許すのは当然の事だった。
それから少しして、リオウ達は捕虜ではなく砦の一員として迎えられた。食堂で共に食事をするようになり、ポールは歯を剥き出しにして、快活によく笑っていた。人見知りであるジョウイすら彼には心を開き始めていて、ナナミやピリカ、たちも声をあげてよく笑っていた。
ポールの死が、今さら深く自覚されていく。悲しみに胸が覆われるなか、リオウはふと思った。
ポールもいた食事の席で、はいつも柔らかな表情だった。しまりないとも言える表情に、彼女は会話もそうだが、食べることが好きなのだろう。牢屋で共にした食事の時も、馴れないであろう回りの環境を気にもとめず随分と至福そうな表情を浮かべていた。
――なら、さっきのぎこちない表情は?
胸残ったしこりが大きくなっていく。リオウは居ても立っても入られず、気がつけば達の部屋に訪れていたのだった。
強いと、思っていた。無意識のうちに、リオウはそう思い込んでいたと気付いたのだった。
案の定、扉を叩いて遅蒔きながら夜が更けてから訪ねたことを思い出しリオウは慌てたが、は起こされた様子もなくすぐに出てきた。と同室であるナナミやピリカは既に疲れて寝入っているようで、しかし廊下で話すわけにもいかない。寝静まった宿に配慮して外まで出てきたが。
俯くは、思った通り思い悩んでいたようだった。
に助けられたように、リオウは彼女にとことん付き合うつもりでいた。彼女のように上手く助言出来るか、正直なところ自信はないがそれでも話なら聞ける。
顔を俯かせたの言葉を辛抱強く待つ。二人の間に夜風が吹き、ようやくが顔をあげた。
は――もしかしたら、泣いているかもしれない。少し、そう思ったが、予想に反して彼女の表情はしっかりとしていた。
先ほど確かに揺れていた眼差しは、前を向いている。そして彼女は、意気込んだように口を開いた。
「よし!リオウ、ちょっとだけ付き合って!はい、構えて!」
「え?」
悩みを零すかと思えば、見間違いだろうか?言うなり、は鞘にいれたままの双剣を手に持ち始める。あれ?
混乱するリオウを余所に、肩を回し準備運動をしながらは言う。
「動けば疲れてすぐに寝れるし、少しは強くもなれる!気がする!!」
「え、え」
混乱を極めながらも思わず押されリオウは腰に下げたままのトンファーをとりあえず持つ。だが今のさっきでどういうことだろうか。彼女は確かに気落ちしていたはずだ。想像していたのと違う。
しかし、混乱を極めるリオウにはお構いなしだった。トンファーを手にしたことから了承したととると、さっさと準備運動を終えてリオウに迫る。
「隙あり!脇が甘いよ!!」
咄嗟に弾いたリオウに、は再度差し迫る。
「うじうじしてる暇があったら、強くなる!」
力ではリオウに叶わない。ならば、素早く、より早く攻撃をしかけるしかない。何度も弾かれながらも、はリオウへと攻撃をしかける。
激情に呑まれたとしても、それ以上失いたくなかったから、生きたかったから人を殺めた。
これからも、人を殺めることがあるだろう。それが戦争だ。自身の選んだ道だ。は決して、足を止めるわけには行かない。
理想は簡単には現実にならない。優先すべきは生き残ること、仲間のことだ。他者の命を気にする余裕もない。我が身優先で、は出来た人間ではないことを自身がよく知っていた。
ならば、少しでもいい。少しずつ、強くなればいい。
強くなればいつの日か、殺めることなく相手を倒すことが出来るかもしれない。殺すことなく敵を倒した上で、仲間に加えていた彼のように。
たとえそれが、果てない道のりでも。
休むことのない連撃に、リオウは最初は慌てていたものの、彼女の言葉に、リオウに向き直る強い眼差しに靄がかっていた胸中が晴れ、ふつふつと腹の底から気力が湧いてくる気がした。
本当は彼女の悩みを聞こうとした。自身が助けれたように、彼女を支えたかった。けれどすでに彼女の中では結論が出されていて、あろうことかリオウが抱いていた悩みすら吹き飛ばしていく。
「あー、もう!」
押され続けていたリオウだが、苦笑を零すと改めてグリップを強く握りなおした。「って、本当・・・」
立ち直りが早すぎである。これでは、どちらが慰めれたのか分かりはしない。けれど、確かにリオウ達は立ち止まれないのだ。
鳶色の目が好戦的にを射抜く。
「怪我しても、知らないよ!」
ようやく構えをとるリオウにも嬉しそうに口角を上げた。
「やれるものなら!」
白鹿亭の裏庭で、乾いた音が耐えることなく響く。
いつの間にか分厚い雲は晴れ、雲間からは黄色い月が覗いていた。
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