Skyting stjerner2-13

夜の帳が落ちた暗い森を、達は無言で進む。ルカの足止めに残ったビクトール、フリック。ゲンゲンやトウタ、レオナ達砦の皆は、無事だろうか。燃え盛る砦に彼女たちの姿は見られなかったが、無事逃げ延びられていれば良い。
月明かりしかない暗い夜道を目を凝らして進む一方で、脳裏に息絶えたポールの顔が残像のようにちらついていた。彼が庇ったピリカは、助け出すことは出来た。だが目の前で斬られたポールを間近で見た幼いピリカは、精神的ショックで声を出すことが出来なくなってしまった。元気な彼女の面影はなく、ジョウイの背で泣き疲れて眠っている。その瞼は痛々しく腫れていた。もうずっと、彼女の陽だまりのような笑顔も見れていない。
灰となったトトの村、逃げ惑うリューベの街の人々、燃え盛る砦、ポールの死に顔、泣かせてばかりのピリカ。
押しかかる現実に胸が重い。けれどハイランド兵に追いつかれないよう、止まりそうになる足を必死に動かし達は森の中を只管に進んだ。
達が向かうのは都市同盟、ミューズだ。ミューズに向かうにはトトの村を抜けなければならない。まっすぐに南へ下れば数刻でつくが、南下する場合、平野を通ることになる。平野は見晴らしも良く、ハイランド兵に見つかる可能性が高かった。迂回することになっても、万が一に備え、隠れる事の出来る木々のある森を抜けるのが一番だった。

遠回りではあったが、休むことなく進むことで達は夜明けにはトトの村へとつくことが出来た。トトの村の西にある石橋を渡った先がミューズだ。このペースであれば、今日中には着くだろう。しかしトトの村に着き、一同が安心しかけた時だった。紫暗色の空の向こうから上り始めた朝日に、目を覚ましたピリカが突然、ジョウイの背中から降りたのだ。
「ピリカ!どこへ行くんだ。一人じゃ危ない!」
ジョウイが声をかけるも、ピリカは背中を見せたままだった。幼子でも、ピリカはよく周りの言うことを聞く子だ。両親もなく、急激に変わる環境にわがままも言わず今まで着いてきてくれていた。初めてといってもいい彼女の行動に、達は困惑しながらもピリカの後を追った。

ピリカを追いかけると、小さな背が村の端にある小さな洞窟へと入って行くのが見えた。慌てて達も後を追う。洞窟の中は薄暗く、一瞬ピリカを見失ってしまうかもしれないと肝を冷やしたが、しかしピリカは奥まで行かず、広まった場所に立っていた。追い付いたジョウイが彼女に声をかける。
「どうしたんだい?何かあるのかい?」
しかしピリカはぼんやりとした表情を見せるだけだった。そこでジョウイが得心がいった顔をする。
「そうか・・・そういえばピリカの父親、マークスさんは祠の世話を仕事にしていると言っていた・・・ここが多分その場所なんだろうな・・。」
その時、ピリカの視線の先にある洞窟の奥にあった物が目に留まる。暗がりでよく見えないが、ただの瓦礫ではない。何かが刻んであるのだ。
「これは・・・?何か文字が刻んであえるぞ・・・リオウ、来て見ろよ。」
それは石板のようだった。リオウとジョウイが先頭に、石版をのぞき込む。すると、何かを見つけたナナミが息をのんだ。
ジョウイが眉を寄せながらも読み上げた。
「この文・・・これは・・・
『我と我が友の想いをここに封じる。我らはついにそれを一つに出来なかったことを深く後悔するものである。
ハーン、ゲンカク。』
このゲンカクって、まさかゲンカク師匠のことか?これは一体?」
も眉を潜める。ゲンカクは、リオウとナナミの義父の名だったはずだ。今はもう亡くなっているが、リオウから姉のナナミや、ジョウイの話の他によく聞いた人物だ。 育てるだけでなく、リオウやナナミに武術も教えていたというが、なぜキャロから離れた都市同盟とハイランドの境目にあるこの場で、その名が出てくるのだろうか。 ジョウイが訝しがりながら読み終わると、同時の事だった。唐突に辺りが見えなくなるほどの眩い光に包まれる。そして光が止んだとき、石版の前にいたはずのリオウとジョウイの姿も消えていた。
「ど、どういう事・・・!?」
が目を見開き、ナナミが声を上げたその時である。再びその場は光に包まれる。

が目を開けると、先ほどと造りは似ているが、何処となく雰囲気の違う洞窟にいた。周りにナナミ達は居なく、その代わりに一人の女性がの前に立っていた。
「お久しぶりです、。」
ぬばたまのような黒く長い髪を下ろし、ローブを羽織った盲目の女性。清廉な雰囲気をまとった女性はが以前会った事のある、レックナートだった。
レックナートがいる事に驚くを気にせず、彼女は手を上げるとの頬に触れる前で止める。そうして温かなぬくもりに包まれたと思えば、熱を持っていた痛みが消えていった。何度か経験したことのあるそれは、治癒魔法だった。
レックナートが身を翻す。は直感で、彼女がその場から去ってしまうような気がした。慌てて声をかける。彼女には、聞きたいことがあった。
「待ってくださいレックナートさん!」
の制止に、レックナートはその場から去る事なく留まり、再度へと向き合った。「なんでしょう。」
「リオウ達はどこにいるんですか・・・!?」
「彼らは今頃、元の場所に戻っているでしょう。」
元の場所、つまり、先ほどまでがいた場所に戻っているという事だ。しかし彼らはそれ以前に、一体どこに行ったのか。思わずは眉を寄せた。
「元の場所・・・?いったい・・・」
レックナートはそれに答える事をしなかった。ただを見据えると言う。
「彼らは真なる27の紋章の一つを、手にする事を選びました。」
真の紋章。世界を構成するその紋章が出てきたことに、は思わず息を呑んだ。レックナートは続けた。
「もうすぐ107の宿星が動き出します。」
の瞳が、その言葉に揺らぐ。予測出来ていた事であったが、実際目の前にすると心が悲しみに苛まれる。
また繰り返される。短くも途方もなく、長く感じたあの悲しい戦争が。その時ふと懸念がの脳裏をよぎった。以前、工の紋章が言っていた、ティルもこの戦に巻き込まれるという事だ。出来るなら、彼には安息を与えたかった。もう二度と戦に関わらせたくないとは思う。だからこそ、体を強張らせながら、は尋ねた。
「それにティルは・・・」
「含まれてはいませんが、彼も集う星の一つです。」
レックナートの言葉には目を伏せた。彼はまた、闘わなければならないというのか。それはどうしても、避けたい事であった。いや、まだ希望がないわけではない。
は静かに呼吸をすると、再びレックナートに問いを投げかけた。
「それを変えることは出来ませんか。例えば、私が彼の分まで動くとか・・・」
工の紋章からティルが巻き込まれると聞いた時から、ずっと考えていたことだ。戦争はつらかった。あの戦場での経験は、途中から僅かに加わったですら一生心に残るだろう。
だからこそ、初めから目を逸らさず先頭に立っていた彼は、どれだけの負担か計り知れない。彼はそんな素振りは見せず前を見続けていた。それでもはティルが、たとえ武芸に秀で、頭の回転がとてつもなく早くても、彼が優しい青年だと知っている。
色々な悲しいことがあった。異世界人の上、使用人でもあったことから、この世界でのの世界は狭い。それでも大切な人を亡くすことがあった。
知らない人間が死んでもよいという事では決してないが、それでも身近な人間と、名も知らぬ人であれば心の傷は親しい人間の方がより記憶がある分、深く抉られる。 軍を率いていた彼が、仲間を知らないだなんて、そんな事はないのだ。彼は見知った仲間を何人も、それこそ数えきれない数を喪った。
もう二度と。そう思ってしまうのは、彼を想うからこそは考えずにはいられなかった。
の言葉は、レックナートにとって思っても見ない言葉だった。常ならば、無理だと即答していただろう。
しかしこの時レックナートは僅かに沈黙した後、頷いた。
「貴方であれば、あるいは・・・。」
希望は費えてなかった。 はその言葉に思わず勢いよく顔を上げた。ティルが巻き込まれるのを、未然に防げれるかもしれないのだ。は期待から高鳴る鼓動を押さえ、口を開く。
ティルが戦に巻き込まれるのを防ぐには、彼よりも先に、天魅星の元に行かなければならない。そしてその人物にティルの分まで尽くすのだ。ならその人物とは。
「教えてください、レックナートさん、天魁星は、誰ですか。」
「リオウです。」
一瞬、思考が止まった。
彼女の答えに、思わず固まったを他所に、レックナートを中心に、光が収縮し始める。集まり始めるそれに、元の場所に戻されるのだと察したは咄嗟に声を上げた。
「待ってください、なんでリオウが・・・!!」
しかしその問いに対するレックナートの返答はなく、辺りは白い光に覆われた。


次の瞬間、は元の祠にいた。突然現れたに、他の面々と同様驚く事をせずリオウが近寄る。
も、あの人に・・・?その頬も・・・?」
あの人とは、レックナートの事だろう。レックナートの言葉に未だ動揺が消えず、ぎこちなく頷くに、リオウは安心したように微笑んだ。
「よかった。の怪我が治って。」
はリオウの邪気のない笑みを見て、思わず顔を歪めそうになった。
リオウは、普通の少年だ。誰かを想い、想われる、強いていうならばお人好しの部類にはいる。けれど、頭の回転が遅いわけではないが、ティルのように頭脳明晰な訳でもない。力に至っては、今のとほぼ互角の腕だ。なのに彼が天魅星なのだという。これから起こる、戦の中心。それは彼が戦から逃れられないことと同義だった。はリオウ達の無事を見届けるために、共に行動していたのに。
リオウ達は友人だ。過ごしたときは短くとも、特に普通の感覚を持つリオウとは気がよく合う。そう、自分と気が合うほど、彼は普通の少年なのだ。心配する姉のナナミを宥めるリオウの背中を、は瞳を揺らして見る。
レックナートの言葉は真実なのだろう。リオウは戦から逃げることは叶わず、いずれ先頭に立たなければならない。
はどうして彼が、と思わずにはいられなかった。


祠での奇妙な出来事に皆が無事であることがわかると、達は祠から出てミューズへと向かった。今はいつハイランドの追っ手がやってくるかわからない。距離はなるべく稼いでおいた方が良かった。
しかし西にある石橋を渡った所で、リオウが声音を小さくしてに話しかけてきた。
も、何か不思議な奴を宿したの?あの真なる紋章の一つとか言う。」
は首を振る。同時に、やはりと確信した。
彼は真の紋章を宿したのだ。そしてレックナートの言葉に疑いの余地がなくなってきてしまった。今思い返せば、傭兵の砦で、彼の目がティルの目に重なって見えたのも、その予兆だったのかもしれない。彼の下につく事に、異論はない。確かにあまりにも普通の少年である彼は、頼りなくもある。だが彼なら大丈夫だと思える、以前見た彼の瞳は今だ記憶に新しい。それでも、は沈む気持ちを抑えきれなかった。
ティルが戦に巻き込まれるのを防ぐ。そうした決意とは別に、は放って置けば誰かのように、一人で背負い込む友人を、支えたいとも思う。そこでふと浮かんだ疑問を、は尋ねた。
「リオウは、なんていう紋章を宿したの・・・?」
リオウは頬をかき、その名を思い出す。
「真なる盾の紋章ってやつ。ジョウイは黒き刃の紋章だって。」
ジョウイもまた、紋章を手に入れたのだ。それもこの世界に数多ある普通の紋章ではなく、真の紋章を。
は思わぬ言葉に目を見開いた。彼とリオウが消えたのだから、それは当たり前である。だが、は引っかかりを覚えた。確か、レックナートは真なる紋章の一つを宿したと言っていた筈だ。それは一体どういう事だろうか。
「ジョウイも宿したの・・・?」
不可解な事から、眉を寄せて尋ねるがリオウは頷く。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。」
訝しがるリオウに、は首を降った。だが謎は解ける事なく、の内に沈んだ。


早速紋章を試してみようとする二人はは慌てて止めた。目を瞬かせる二人に、は知る限りの真の紋章のリスクを教えこむ。真の紋章には呪が含まれるものが多い。だからなるべく使わない方がいいのだと。
しかしなんの効果があるか試してみないとわからないと反論する彼らにはと、そして理由を知ったナナミと共に説得してなんとか了承させた。滅多なことではないと真の紋章を使わないと約束させたのだ。
そうして程なくして達はミューズに着く事が出来た。しかしミューズの町の門の前に立つ門番が、達を見て声を上げる。
「ああ?なんだ、なんだ、お前らは?」
「僕達は傭兵隊長ビクトールさんの知り合いです。この街で落ち合うことになっているんです。通して下さい。」
ジョウイがそう言って、門の前から門番を退かそうとしたのだが、門番は首を横に振る。
「駄目だ、通行証のない者を入れるわけにはいかん!ハイランドのスパイがいつ紛れ込むかわからないからな!」
既にハイランドの暴挙はミューズまで届いているらしい。以前はなかった門番からの差し止めにジョウイが唖然と呟いた。
「そんな・・・僕らがスパイだとでも・・・。」
「はい、はーい、怒らない怒らない。」
そこへナナミがジョウイの肩を叩く。どうどうと叩きながら、耳に顔を寄せると言った。「ここは、このナナミちゃんに任せて置いてよ。」訝しがるジョウイの前に今度はナナミが立ち、笑顔を浮かべる。
「ねぇねぇビクトールっていうおっさんに会わなきゃいけないんだよぉ。ね、ね、ちょっとだけ、通して。」
ナナミは少し高い声で伺うように言うと、首を傾げる。は思わずその愛らしさに胸を抑えかけた。元気のある少女、ナナミの笑顔はそれはもう可愛い。しかし門番の射程範囲からは外れているか、門番の目が可笑しかったらしい。門番は首を縦に振らなかった。それどころか、顔を歪める。
「ばかを言うな。とっとと行くんだ鼻ぺチャ女。」
「は、鼻ぺチャ女・・・?」
兵士の暴言に衝撃を受けたナナミが、後ずさる。「い、今、な、なんて言ったの?」
「鼻ぺチャって言ったんだよチビスケが。さぁ帰れ帰れ!」
「チ、チビスケ・・・」
門番の言葉に、ナナミは更に後ずさった。頬を引きつらせながら、それでも懐柔しなければいけないことから必死に笑顔浮かべて言う。
「も、も、もう一度言ったら・・・酷いわよぉ!」
しかしそんなナナミに臆することなく、門番は眉を寄せるのだった。
「うるさい!このおかっぱ頭のちぢれマイマイがぁ!!」
笑顔のまま、ぴたりとナナミが固まった。恐る恐る彼女にはを見るリオウ達を他所に、ナナミは俯くと肩を震わせる。
「おかっぱ・・・・ち、ちぢれマイマイ・・・うううううもおおお怒ったぁ!実力行使だぁ!!」
そして顔を上げたと思えば、ナナミは三節棍を構えるのだった。それには達が慌てる。いざ振り回そうとする彼女を三人がかりで抑え込んだ。
「わ、わわわわちょ、ちょっとナナミ!」
「落ち着いて!落ち着いて!」
「さ、さすがに!それは不味いよ!」
「わ!わ!わ!は、離してぇー」
いち早く押さえ込んだジョウイとリオウに続いて、は彼女の武器を取り上げた。ナナミが憤慨する。
「もー!なんで邪魔するのよぉぉ!!」
「門番の目が可笑しいだけだって。ね、気にする事なんてないよ!」
慌てながら、は諭す。しかしそれでもナナミの怒りは収まる様子はなかった。顔を歪めるナナミに、ジョウイが一つ溜息を吐く。
「門番に八つ当たりしてもしかたないだろう。それに僕らは正式にビクトールさんの部隊に入ってるわけじゃないし信用してもらえなくても仕方ないよ。でも、このままというわけにもいかないし・・・他に方法を考えないといけないな。」
しかしそうは言っても、もう日も暮れかけていた。
このまま、あちこち出歩いても、何かいい方法を得れるとは思えない。途方に暮れた達は、顔を見合すのだった。


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