Skyting stjerner1-18

「で、あんた達いつまでそうしてるの?」
そんな彼女達に声がかけられたのはほんの数十秒後であった。
とティルは我に返り、その方向を見る。そこには声を発したルック、そしてどこか気まずそうにルックの後ろで視線を逸らしているビクトールがいた。
「え。」
は彼の言葉の内容を理解しようとして、自分とティルが抱き合った体制でいるのだと思い出した。声も無く悲鳴を上げて、ティルの体に回していた腕と握っていた手を離し、慌てて体を引く。とはいってもティルが未だ抱きついたままであるのでそう距離は取れなかったが。
「ルルル、ビ、ビクトールさんもいつからそこに?!」
「僕はそんな間抜けな名前じゃない。」
しかしルックに睨み付けられてもは全く気にしなかった。それどころではないからである。そう、いくら嬉しかったとはいえ自分はティルに抱きついてしまった。グレミオなどではなく、同年代であり異性であるティルに。そんな場面を他人に見られこれ以上恥ずかしい事はない。
しどろもどろに顔を赤くし、動揺したまま視線をこの場にいるもう一人、ビクトールへと向ければ彼は先程から気まずそうな表情に苦笑を浮かべて頬をかく。
「あー・・・いや、その。がティルに抱きついた辺り・・・。」
まんまであった。自分が見てほしくない場面を一部始終見られてしまっていたという。は穴があったら入りたいと思った。いや、今から掘ろうか、と掌を地面につけながらそんなことを思う。
「誰かが紋章を使ったと思って来てみれば――なに、取り越し苦労?邪魔な存在でしかなかったわけだ。」
「あ、えとそんなわけでは・・・・すみません。」
なんだかよく分からないが、助けに来てくれたようだ。なのでは素直に謝罪を述べる。紋章を使った――というのは恐らく、ティルのことだろうとは思った。ティルが紋章を使えるとは 知らなかったが、使えててもおかしくは無い。何しろこの世界の基盤は紋章だ。ならば水中で見たあの闇が、ティルが使った紋章だったのだろう。
水中では棍など旨く使えないし、それならばを引きずり込もうとしていたそれらが退いていったのも納得できる。
が謝罪を述べている傍ら、ティルは彼女を抱きしめていた腕をゆっくりと離していった。
それが酷く名残惜しくて、ティルはいつものように笑顔こそ浮かべて、やってきた彼らを見るがその心中こそ穏やかではなかった。 内心、ルックの言葉にだったら邪魔するななんて事を思っていたりしない訳でもない。
そしてやはり自分へのそういった負の感情を察知するのが得意であるルックは、笑顔を浮かべているがその下何を考えているのかなんとなく察し、彼は片眉をあげた。 しかし彼への言葉の刃を口にしようとして、やめる。その代わり見苦しい格好二人を眉を寄せて見た。
「どうでもいいけど、そのままずぶ濡れで風邪でもひくつもり?」
そこでは先ほどまで水中にいたことに気づく。色々とあって忘れていたが、自身を見下ろして見れば彼の言うとおり灰色の服が水を含んで重たくなっていた。見ればティルも同様である。
当たり前だ、彼もまた自分を助けるために水中へと潜ってくれたのだから。
「別に、あんた達が風邪ひいたってどうでもいいけど、馬鹿女はともかくとして軍主殿に寝込まれでもして出立が遅れたりしたら、どうするつもり?僕はこんな森に長くいるつもりなんてないよ。」
そう言う彼は眉を寄せて不快そうな表情である。まず馬鹿女扱いされ半ば自身の第二の故郷になりつつあるこの森をこんな森扱いされて苛立たないことも無いのだが。
「心配だって、素直に言えばいいじゃん・・・・。」
はそれよりも、皮肉しかいえない彼の不器用加減に呆れそう呟いていた。自身はともかく扱いされて心配されているのかわからないが、少なくてもティルのことは心配していると、は思った。
しかしそれはルックにとって心底心外なものであったらしい。
「切り裂き。」
途端に風が襲ってくる。声を上げることも無くは地面へと没した。
「誰が、いつ、心配だって言った?」
頬を引きつらせ、ルックはを剣呑な目で見下ろす。それはいつもの図星をつかれて照れ隠し、ではなくの考えを大体理解して自分が軍主を心配しているなどと検討違い甚だしく薄ら寒くなるようなことを思われたと 察したからこその不快指数100%な表情である。
「す、すみませんでした。」
は地に伏せながら謝る。そういうとルックはふん、と言わんばかりに顔を背け踵を返し始めた。
いつもならここで終わるのだが、しかしこの時それだけでは終わるはずがない要因があった。 その一連の動作を見ていたティルである。に攻撃するなどと、ビクトールならまだわかるが許せずはずが無い。と、それだけ聞けばあまりにもビクトールが可哀想ではあるが、 彼は体格もよく、戦う術も持つ為魔法に対しても耐性のある屈強な戦士だ。しかしは戦う術を持たない一般人である。しかも女性であり――そしてティルがずっと見守っていたいと思う少女だ。
険しい表情でルックの名を呼ぼうとして、しかし思わぬところで止められた。がティルの衣服を引っ張ったのだ。振り向いて見れば彼女は苦笑を浮かべていた。
「大丈夫。」
振り向いた彼の表情が険しいことから、はやはりルックへと非難を浴びせようとしていたのだと知って苦笑する。
過保護なティルのことである。こうした一連の動作を黙って見ているとは思えなかったのだ。それは過去、ティルの前でが包丁で掌を切った時にわかっていた。
はティルに首を振り、眉を寄せて抗議をしそうな彼が口を開く前に、ルックへと声をあげた。
「ルック!服、乾かしてくれてありがとう!」
ルックから切り裂きを受けた後、は腕が先ほどより軽いことに気づき、見て見れば腕でなく全身がそれまでの濡れきった様子が嘘のように乾いていた。
彼は風を扱う魔法が得意だ。切り裂きと称して自身の服を乾かしてくれたのだろう。あまりにも素直ではない彼に小さく笑みすら浮かぶ。
立ち上がり、声を張り上げて言われた言葉は、森の中へと去ろうとしていたルックにも聞こえていたらしい。彼は足を止め眉を寄せて顔だけ振り返ってみせる。
「別にあんたのためじゃない。寝込まれて足でも引っ張られたら、迷惑だからね。」
「あ、ルックー!ティルの服も乾かしてあげてほしいんだけど・・・。」
この辺りの要領は得ていた。彼が服を乾かしくれたのは確かであり、それを否定する彼に何を言っても切って捨てられるだろうということは既に知っている。
何しろ彼はツンデレ少年である。だからそれを指摘することなく、は言葉を続けたのだが途端彼は顔を森へと戻してしまう。
「知らないよ。というか、そいつがそれくらいでくたばる訳無いだろ。」
えー・・・言ってること違・・・。思わずは頬を引きつらせる。さっきは軍主が濡れ鼠で風邪で寝込んだらどうするのだとか言っていたくせに。 ツンデレであるのは可愛いが、皮肉屋すぎるのもどうかと思う。
「何?」
「え、いいえなんでも!」
とか思っていたのを察したらしく、ルックに睨み付けられてはすぐさまハンドアップしていた。なんだかこれ、癖になりそうだとは思った。
しかし、そうなってしまえば困る。何しろ服を乾かすといった地味ではあるが普通は攻撃である風魔法を、アレンジして行えるような紋章師は今のメンバーにはいない。 いや、恐らく軍内でも出来るのはルックぐらいかもしれない。何しろ普通は切り裂く強い力を違った形にするのだ。これは相当難しい。
ルックがしてくれなければ、ティルは濡れ鼠のままである。自身を助けに水の中に入ってくれたというのに、自分だけ服が乾いているという状況も手伝い、それではあまりにも申し訳なかった。
薪で乾かすにしても時間がかかる。その間必然的に彼は薄着になってしまうし、夜ということもありとしては自身の服の上から、毛布をかけなければ寒い状況下でそれでは本当に風邪を引いてしまう。どうやってルックを納得させようか、と眉を寄せているとは自身の肩を叩かれた。振り向いて見ればそれは隣に立っていたティルである。
「大丈夫だよ。」
ティルはにこりと寒さを感じていないような、いつもの笑みでそう言う。が、その実彼はとは違いまだ全身濡れきっている。彼の黒く艶やかな髪から滴が落ちていくさまを見て いよいよは放っておけないと思った。ますます難しそうな表情をするに、けれどティルは変わりない笑みを浮かべ続けた。
が人肌で温めてくれれぱ。」
申し訳ない――と思っていてはティルから発せられたそれに固まる。というかその場にいた全員が固まった。すっかり影となりつつあっても、話のやり取りは聞いていたビクトールもだ。
今なんと言ったかこの軍主。ひとはだで、あたためる?それを理解した途端は顔を真っ赤に染め、口を閉口させて未だにこやかに笑みを浮かべるティルに、声をあげようとしたのだが。
そんなが口を開くよりも早く、風が舞った。
「この腐れ軍主が・・・!」
の髪を横切りティルへと風を食らわせたのは、ルックである。彼は森へと踵を返そうとするのを止め、頬を引きつらせてロッドを手に持っていた。
しかし風が直撃したというのに全く先程と変わった様子無く、ティルは笑みを浮かべてそんなルックを見る。
「服、乾かしてくれてありがとうルック。」
にっこりと笑っている彼は一種異常である。あの風を食らって地に伏すことなく、その場に立ち、何事も無かったように微笑んでいるのだ。なんと恐ろしい軍主だろう。
はいつもならそのような様を見て、ビクトール同様頬を引きつらせてティルを見ているだろうがけれど今は違った。ティルのきめ細やかな白い肌に、一筋の線が引かれているのである。
「ティ、ティル!か、顔に血!血が!」
ティルの美しい顔にティルの美しい顔に傷が!あってはならない緊急事態である。だったら国宝級に指定するだろうその美しい顔に、切り傷が出来てしまっているのだ。
しかしだというのにティルは気にした様子無く、を見てにこりと笑う。
が舐めてくれれば大丈夫。」
「は!?」
思わず声を上げてしまった。だ、だれだろうか今目の前にいる、さっきから変なことを口走っている人物は。
ティルじゃないティルじゃない確かにタラシっぽいところはあったがそれは恐らくは天然であり今のようにどうみたって意図して吐かれた言葉などではない。あ、いや意図して起された行動もあったがあれは 揶揄うといったそういう感じで今のようにどこか艶やかな、こう色気たっぷりにタラシ込むようなもので、では、な、
の脳が羞恥にパンクするかと思った頃、再び風が横切る。先ほどよりも強いそれに思わずやりすぎだ!と急いでティルの無事を確認しようとすると風が消えた頃、彼はその場にいなかった。
「馬鹿の一つ覚えみたいにワンパターンだね。」
どうやら避けてくれた様である。放たれた風の横に無事に立っていることにほっとすると再びいつも温和なティルとは思えない好戦的な言葉が発せられ固まった。
その顔がいつものような笑みであるからこそ余計怖い、と蚊帳の外であるビクトールとは思った。
ティルはなぜか胸中に、昼間のようなもやがかった感情が生まれていた。気に食わない。何が、か分からないのだがとにかく気に食わない。
こうして行き成りやってきたのも、ルックがに攻撃してきたのも、が彼を庇うようなことをしたのも――大分慣れた様子である彼らのやりとりも。 それは分からないがとにかく気に食わないのは確かであった。その苛立ちが向かう対象者はルックである。
昼間のよくわからない感情もあってか、蓄積したそれは留まることなく溢れていく。だからこそティルは思った。その高い鼻へし折ってやる、などと笑みの下で。
片やルックといえば、昼間から所構わずいちゃこける軍主にさすがに我慢の限界が来ていた。
ストイックなルックは、そういうのはどちらかといえば嫌いである。だというのに人目気にせずいちゃつくのを見せ付けられるこちらの身としては、胃にむかむかとするものがあるのだ。 ともすれば途中でぶちきれて切り裂きをかまさなかっただけまだマシだと思ってもらいたい。 しかしこうも見せ付けられるようにされると、ルックもとうとう切れた。元よりその腹の見えない笑みを浮かべる軍主は、気に入らなかった。
そして好戦的な笑みでそう言われた今。
「言ってくれるじゃないか。」
その高い鼻へし折ってやる。――彼らは一種似た者同士であると思わせるようなぴったりと一致した考えであった。
元より気に食わない。その上今は更に気に食わない。
その感情もまったく一致するのだからもはや奇跡である。

頬を引きつらせたルックの手にあるロッドには幻覚などではなく、既に紋章特有の光が滲んでいる。
そうしてその後発せられた風は一体何発だっただろうか。
最初こそティルが心配なであったがビクトールに即され、そしてどの風も俊敏に余裕さえ持って避けてしまう彼に心配するのも無駄、というか馬鹿馬鹿しい気がしてきて は先にテントへと戻ることにした。

その後予期せぬモンスターとの遭遇に疲れていたのか、すぐ寝入ったは夢を見た。
それはいつもの夢だった。周りにいた人たちと引き離され暗い水の底へと引きずり込まれる。
息が出来なくて苦しい。それは変わらない。
けれどもうひとつの苦しみはもうなかった。
苦しい。けど、苦しくない。
温もりは無いけれど、側にいてくれる言ってくれた人がいた。だから自分は一人ではない。一人ではないのだ。
そうして起きたとき、外は既に夜が明けていた。
―――その日からは夢を見ても、魘されて起きるということは無くなった。






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