Skyting stjerner1-16

「まったく。なんで僕が連いて行かなくちゃならないんだか。」
ティルが答えを出そうとしたとき、新たな同行者である少年の声がその場へと届いた。芭蕉色の肩までの髪に、緑の法衣を着た一見少女かと見紛う程端正な顔立ちの少年が溜息をついてこちらへと向かってくる。
ティルはそこで思考を止め、彼の名を呼ぶためいつの間にか下がっていた視線をあげたのだが。
「ルック!」
ティルがその名を呼ぶより早く。その場にいたティルの横にいる少女、が声をあげた。
それに驚いたのは何もティルだけではない。その場にいた少女とルック以外全員だ。まさか解放軍一気難しいというか人嫌いである彼と、知り合いなのかと自然と彼らに注目の視線が向けられる。
「・・・やっぱり、あんたも同行するわけ?」
「うわーそんな嫌そうな顔しないでよ!」
「嫌そう、なんじゃなくて嫌なんだよ。それくらいわかんないの馬鹿女。」
知り合いではあるらしかった。彼らが思っていたような関係ではなく、実に酷い言い様はされているが。すっぱり切り捨てられたは思わず頬を引き攣らせる。
「ひ、ひど・・・・今日はいつにも増して辛辣ですねルックさん・・・。」
ついでに空気も刺々しい。
「これからあんたと行動しなくちゃならないと考えると苛立ちもするよ。」
「・・・・・そーですかぁー・・・。て、照れなくてもいいんだよ!」
「照れてないよどこをどうみたらそうなるわけ?あんた頭だけじゃなくて目も悪いの?」
「・・・。」
は一斉に自分へと同情の視線を向けられたのを察した。察してそれがルックに抉られた心に更に染みた。そんなをルックは眉を寄せて見る。
「精々、足引っ張んないようにしてよね。」
「ルックも私みたいに体力ないくせに・・・。」
幾ら紋章使いだからといえ、紋章に頼り切っている彼は下手すれば自分より体力がないことをは物陰で見ていた当初から知っているのだ。だから大いに心外であるは思わずぽつりと呟いてしまった。
と、同時に心の中だけ呟くだけのはずが、思わず口に出してしまったことに気づきは恐る恐るルックを見る。心の中で考えた失礼な事に対しても恐ろしく察しがよくまた大変耳もよろしいルックであるが、今の言葉は拾われて欲しくなかった。
「なにか言った?」
しかし地獄耳のルック。ここぞとばかりに聞き取り実に物騒な色を帯びた目でを睨みつけていた。その手にはきちんとロッドが握られ、見せ付けるようにというか明らかに故意でもって少し自分の方に向けられているのだから溜まらない。
「ひっ!すみませんなんでもないです!!グ、グレミオさぁーん!!!」
素早くハンドアップするとは困ったときのグレミオさん、とばかりにグレミオの元へと駆け寄る。影から様子伺ったりと伊達に彼に付き纏ってないからすると、本日のルックは出会い当初からいつもより2割ほど機嫌が悪いらしく、いつものようにハンドアップして謝るだけで許してくれるとはわからないのである。
手元が狂ったと称して切り裂きを食らわされかねない。実際そんな事が一度どころか二度過去にあった。ちなみにそれを食らわされてわざとだろう!と抗議した後再び手元が狂ったと切り裂きを食らわされたのがその二度目である。むごい。
「・・・それじゃあ、皆も集まったことだし、そろそろ出発するよ。」
グレミオの腰へと突撃しそんなを苦笑しながらもきちんと抱きとめるグレミオを見ながら、ティルは湧き上がった気持ちを振り切るように彼らから視線を外し、全員を見回す。
そんな彼に誰もが――ルックは別であるが――厳かな表情で頷いた。
もまたこれから外に出るということから体に緊張が走る。何しろモンスターに遭遇したことはあれどまだそれも2、3度であり、そのうち自身は逃げるということ以外一度も戦ったことはないのだ。馬で行くことからモンスターと戦うことはないだろうが。それでもモンスターが襲ってくることはあるだろうしその場合それを振り切らなければならない。また野営をする場合だってあるのだ。
一応強行軍ということや、非戦闘員であるがいるということも考慮して、大森林の入り口付近にある村で今回解放軍に助力を要請してきたエルフ、キルキスにはこうして達が落ち合うより先に宿を取ってもらっているが何かアクシンデントで日が沈むまでに村へとたどり着かない可能性だってある。その場合はモンスターを警戒しながら野営をすることとなるのだ。
未知数のそれらが襲ってくる――それを考えるだけでの体は自然と強張った。は今でこそこの世界に馴染み始め真の紋章なんてものを宿しているが、元の世界では本当に唯の女子高生なのだ。人々や文化に馴染み始めても、まったくの未知数であるモンスター、そして戦争といった恐怖にも馴染めるわけがなかった。
すると突然、の頭に何か暖かいものが触れた。
ちゃん。」
見上げれば既に馬に跨ったグレミオが大きく分厚い掌をの頭に載せていた。そしての頭をゆっくりと撫でながら安心させるかのように柔和な笑みを浮かべて話しかける。
「大丈夫ですよ。ちゃんは私が守りますから。」
「っグレミオさん・・・・。」
なぜこの人はこんなににも暖かいのだろう。自分が怯えているのを察し、欲している言葉をくれるのだろう。それはきっとグレミオという、優しく人の心に敏感な彼であるからこそこんなににも――あたたかいのだ。は自身の頭を撫でてくれる分厚い手に父を感じ、そしてその柔和な笑みと優しい言葉に自身の母を感じた。
思わず泣き出してしまいたい衝動を歯を食いしばることで必死に堪える。――けれど心を覆っていた不安はもうなかった。
「はい、どうぞ掴まってください。」
そうしてが落ち着いたのを見計らってから、グレミオはそっとへと手を差し出した。はもちろん、馬など乗れるはずがない。元の世界に乗馬というものはあるが、はそれを一度もしたことはなかった。それに経験があったとしてもこれは強行軍であり、モンスターを振り切らなければならないのである。そのためにはそれなりの馬術が必要であった。当然ながら普通の女子高生であったにそんな能力などないのだ。
は申し訳ないと思いながらも、こればかりはしかたがないとグレミオの手にそっと自身の手を重ねる。
「すみませ・・・!?」
しかしグレミオがそれを握りを引っ張りあげる前に、は自身の腰を掴まれた。そして浮かぶ自分の体。こんなこと前にもあった。と過去からそれの検討を付ける前にはその正体を知る。
「ティル!!」
自分の腰を掴み一頭の馬へと横座りに座らせた人物に声をあげ、未だ地面にいるティルを睨みつけながらお前また許可なしに人の腰を触ったな!とは抗議の声をあげようとしたのだが馬の上という不安定感にそれを飲み込み、思わず馬の首へと両腕を回すこととなる。しかし強く締めてしまう前に素早くの後ろへとティルが上り、が馬を苦しめ暴走させてしまう前に右腕で前のめりになっていた彼女の腰を起こし支え、手綱を掴んだまま左手で彼女の馬の首を絞めようとしていた左手を掴み剥がす。実に手際の良いそれだがそれはかなり危機一髪であった。
思わずそんな彼の突然の行動を見ていた周り(やはりルックは除く)は息を呑み肝を冷したほどである。
しかしそんな様子を微塵もみせず涼しい表情でティルはへと話しかけた。
「グレミオの馬で二人乗りだと、馬が疲れてしまうからね。体格の問題もあるし、だからはこっち。」
馬のことなど知らないはただ突然馬に乗せられたことだけに驚き、また自身の腰を掴んだことに憤りを感じ眉を寄せる。
「だからといって行き成りそんなことしなくてもいいじゃないっ!?」
睨みつけようとして振り向いたすぐ傍にティルの端正な顔があり、は思わず声にならない悲鳴をあげる。そういえば馬に二人乗りといえば自然と体が密着することになるではないかというか今もこうして密着しているではないか腰に腕が回されているではないか!!
当然、グレミオと二人乗りだと思っていたにとってティルと二人乗りというのは色々と衝撃的であった。なにしろ自分は年頃の少女であり彼もまた年頃の少年、であるはずなのだ。なのにどうしてこんなに密着して平気でいられようか。
「たんま!たんま!やっぱなし!!え、止めようよ!むりだってなんか色々とさぁ!ティルが私を支えていけるわけないじゃん私馬なんて乗ったことないんだよ!?」
馬術が巧みであろうが、不慣れな者と二人乗りとなればそれなりに後ろに回る者も力がなくてはならない。だというのに同年代であり細身のティルが自分を支えられるとはは思えなかった。下手すれば二人して落馬である。加えて自身彼と二人乗りはきつい。心臓的に。
「心配しなくても大丈夫だよ。俺、結構力あるって言ったでしょ?――それには俺と二人乗りはいや?」
嫌ではないが幾ら本人が平気と言えど現実的に無理だろうと反論しようとして、思わずはそれを飲み込んだ。
ティルは笑顔だ。それはさきほどから変わらない。けれど、
(・・・・な、なんか怒ってる・・・?)
まず笑顔が業とらしい。次にいつもは優しい金色に輝く目がちっとも笑っていない。纏う雰囲気もなぜか笑顔なのにピリピリとして肌に突き刺さるものがある。
なぜだ、なぜ彼は怒っている。というかここは私が怒るところであってティルが怒るところではないお前まさか逆切れか――
そう口にしたいのに尋常ではない彼の雰囲気に気圧され、はいつの間にかそれら全てを飲み込み頬を引き攣らせながらぶんぶんと首を横に振っていた。
それにティルはにっこりと満足気に笑うが――それは少しも笑っていなかった。
結果は反論もままならず、びくつきながら体を密着していることすら忘れ顔を見ずとも肌に突き刺さる彼の怒りが過ぎ去るのを祈るばかりであった。



***



モンスターが襲い掛かって来ても何とか振りふどき、一度も戦闘がないまま一同は予定通り日が暮れるまでに大森林の入り口付近にある村へと到着することが出来た。
無事、何事もなくたどり着けたといえば。
「け、けつ痛ぇ・・・!」
始めての乗馬、それも半日乗り続け速度もなかなかで戦闘回避の時など振動は半端なものではなかった。よっては村についた途端ティルの手助けも借りず転ぶことさえ厭わないで陸に降り、うん、私はやっぱ大地に生きるものだ。なんて感動していたりしていた。一同といえば大地に着地した途端「娑婆ー!」と諸手をあげて喜ぶにそれぞれ苦笑を浮かべる。
しかしそれも数分前のことであり、宿を探し町を歩いている時点では自身の異常を察した。それは不慣れな上長時間、立て続けの振動に跨っていた部分があまりの痛さゆえ感覚が麻痺していたのだがこうしてなんの振動もなく大地を歩いている間にその痛みが戻ってきたからだ。
そこで思わずは涙目になりそうなのを必死に堪え、そう言ったのだった。
「こら。女の子なんだから、そんなこと言わないの。」
「下品。」
そんなに優しく注意を即したのは村に着く前に既に怒りが収まったらしいティル。顔を歪め不快そうに切り捨てたのは、それを聞き取ってしまったルックだ。
なんだこの温度の差は。ルックが優しいと知らないわけではないのだが、それでも今は表面からして優しいティルに感動してしまうのは致し方ないことだろうと思う。
「ティルは痛くないの?だって、あんなに揺れてたし、それにティルは私と二人乗りしてたんだから。」
そんなこともあってか、は笑顔で平素と変わらぬ様子のティルにそう尋ねていた。というかそれを口にする前に心の中で私と体力が同じかそれ以下のルックが乗馬で尻が痛くないわけがない。きっとやせ我慢だろう。と思ったのだが、一緒にしないでよ。とどうしてわかったのか。やはり彼の悪口を考えると非常に察しのよくなるルックは剣呑な目で睨みつけてきた。はその手に持たれるロッドに息を呑み、慌ててティルへと振り返ったのである。その間2秒たらず。師匠と弟子ならではのナイスコンビネーションといえる。もっともルックはそれに大層不服ではあるが。
そしてそんな短いやりとりに街へと宿を探しながら歩くティルは気づかず、街から視線をへと戻す。
「うん。小さい頃はそうでもなかったけど、慣れかな?もそのうち慣れるよ。」
それには頬を引き攣らせて笑う。慣れるまでということはそれなりに何度も乗らなくてはいけないということだ。あんな振動、もう勘弁して欲しい―――がこの後もエルフの村へと向かう為明日には馬に乗らなくてはならないのだが。せめて明日中には慣れて欲しいものである。
そんなにティルは苦笑を浮かべる。
「それに、は前にも言った通り軽いからね。あれくらい平気だよ。」
はうろんげな目でティルを見た。こいつはまた。女性を一撃でノックアウトしてしまいそうな柔らかな笑みで女性が嬉しくなるような言葉を。
自身の体重など自分がよくわかっている。――けれどそう言われて嬉しくないわけがないのだ。のその行動はその照れ隠しでもあるが、さらりとしかも恐らく天然でタラシ込むような彼へのささやかな反抗である。
「むしろ、役得?」
しかしティルはそんななど気にした様子なく、自身の右手を持ち上げて見る。それは馬に乗っていた際、ずっとを支えていた腕。――必然的にの身体を支えていた手である。
ティルは笑顔でそう言っているが。言われたとしては溜まったものではない。ついでにそれまですっかり忘れていた二人乗りの際の密着状態やら温度やらを思い出してしまいは顔が真っ赤になってしまった。
「・・・・ティルの!ばかぁあああああああ」
あああああと叫びながらは後ろを歩くグレミオへと突撃しに行く。ティルはその後ろ姿を見て、耳まで赤くなっているのをどこか満足気な笑みを浮かべて見ていた。
(自分だけ・・・意識してるなんてずるい。)
ティルといえば二人乗りをしている最中、最初こそ出所不明な苛立ちばかりが胸中をしめ、意識をしていなかったが、途中からと自分の状況を思い出したのだ。
それは襲いかかってきたモンスターを回避したときである。回避するために、落とさないようにをきつく抱き寄せ、回避した後に安堵の息を吐いたところで自身の腕の中にある温もりに気づいたのだ。途端ティルはそれまでまったく意識してなかったのが嘘のように、の体の細さや男性とは少し違う、女性特有の柔らかな肌、温もりにばかり意識が向きだしてしまったのだ。二人乗りをしている最中、心中穏やかではなかったというのに。そんなといえばティルを意識している様子などまったくなかった。
初めてという乗馬などからそれも仕方がないとは思うが――やはり、面白くないと思うわけで。自分はまだを支えていた右手にその温もりが残っているような気がするというのに。
だから彼女が今、思い出し自分を意識してくれたことにティルは自然と笑みが浮かんだ。ただ緊張していただけで、自分が意識されていなかったわけではないのだと知り、ティルは安堵と同時に嬉しさが沸く。
しかし直後グレミオへと抱きつくを見て、その笑顔は固まってしまったが。

意識を逸らそうとしてもどうしても気になってしまうをティルがグレミオから引っぺがした時だ。
「ああーっお前!みんな!ここにエルフがいるぞ!!!」
突然少し離れた場所からそんな男の大声がしたのは。
一同は顔を見合わせることなくそちらへと向かおうとしたのだがそれよりも早く彼らを見つけた者が居た。
緑色のローブを羽織って顔は見えないが、それはのみが知らない、今回解放軍へと助力を頼みに来たエルフ、キルキスであった。彼は一同を見つけると慌てたように駆け寄ってくる。
「ティル様!良かった!こちらです!」
ティル達は緑のローブを深く被っている為、誰かすぐに判断出来なかったものの、その声で彼がこの村で合流するキルキスである事に気付く。しかし先程の声は村人のものだろう。ティルは彼に状況を問う。
「どうしたの?」
「すみません。風でフードが取れてしまいまして・・・・村の者に見られてしまいました。下見をしようとして・・・迂闊でした。」
彼は他の者に知らせに行こうとしたのか少し遠くなった、先ほどの声を出したと思われる男の背を見る。
無事ばれずに宿はとれたが、誰よりもエルフの村を心配するキルキスは、宿の一室でじっとしていることなど出来なかった。せめて早くたどり着けるようにと、明日皆で向かう森への段取りを確かめようとしたことが仇となったのだ。この世界、人と別種族、特にエルフとには溝がある。だからこそ彼に人を呼ばれて何が起こるかはわかるかはわからなかった。以外、その事に思い当たると自然と顔を引き締める。
キルキスもまた強張った表情でそんな彼らに口を開いた。
「騒ぎになると面倒です。この先にエルフのみが知る森の抜け道があります。急ぎましょう。」
幸いその時、キルキスは下見ということもあり馬を一頭借りていた。それと念のためにと宿から持ってきていた彼の荷物も馬に括りつけてある。他の面々もカクで待ち合わせする前に荷物を用意してしまっていたのでこの村で補充という形をとらずとも準備不足というわけではない。
ただ一人、はなぜ彼がエルフだとばれて急がなければならないのか、別世界の住人としてこの世界の常識に疎いためわからなかったが緊迫した雰囲気からどうやら急がなくてはならない状況になってしまったらしいと察した。
なので再びその日中に馬に乗ることになっても、涙を汲んで文句も一言も言わずに従ったのである。
そんな彼女の様子に気づいたのか、ティルは一言申し訳ない表情で「ごめんね。」と言ってくれたが。
は首を振り――口を開いてしまえば悲鳴を上げそうだったからだ――ティルの前へと座ったのであった。

それから数分ほど馬を走らせている間、は辺りを見回しても自分たちがいる場所がわからなくなってきていた。
大森林で暮らしていたからこそそれなりにこの森の内部は知っている。なるほど、エルフしか抜け道というのは本当であったらしいと頷くと同時に少し自分の来る意味が無くなってしまったことにはちょっぴり凹んだ。
「ここから先は魔法がかかっています。私がいないと迷ってしまいますから、はぐれないようにして下さい。」
と、突然馬を走らせていたキルキスが止まり、必然的に周りの皆も馬を止まらせる。
(・・・・ますます意味ない・・・・)
エルフの抜け道、侮りがたし。
「じゃあ、今日はこの辺りで止めよう。」
しかしそこでのすぐ傍からそう言うティルの声を聞いて、は近いこともあって聞き間違いなどないというのに思わず彼に振り向いていた。
村から大分離れた事とエルフしか知らない抜け道である事もあって村人達はもう追ってこれないだろうが。エルフの村へは急いでいたはずである。まだ日が暮れるまでには時間があるというのに。
「な、なぜです!?」
そう思っていたのはだけではないらしい。エルフの青年、キルキスが少し狼狽した表情でそう言う。彼は人一倍自身の村を心配している。だからこそここで止まる理由を察することが出来なかった。
「ここから先はキルキスがいないと魔法ではぐれしまうんだろう?だったら、野営には向かない。日はまだ暮れてないけど、このまま走らせても今日はまだエルフの村へはたどり着けないよね?」
そこで理由を察していないとキルキスははっとした。他の面々は察していたのか驚いた様子はない。それには自分の無知さを突きつけられたような感じがして少し恥ずかしくなった。・・・実のところパーンもまた理由を察していなく、ティルの言葉にさすがは坊ちゃん、と感心しているのだが。ただ坊ちゃんが言うことが全て正しい、の彼はティルが言うことになんの疑いもなく驚くこともなく従っただけである。
「・・・・はい。ここから馬を走らせても、あと1日は掛かります。」
ティルの問いにキルキスは頷いて見せた。ティルは大森林の内部を知っているわけではないが、その規模は地図を見て知っている。
さきほど大森林の入り口付近に村があったというのに、人嫌いで有名なエルフ達がその近くに村を立てているとは思えなかったのだ。恐らくは森の奥に立てているだろうと推測しキルキスに確認したのだがその通りであった。
キルキスは自身の村を心配しているからこそ、焦り通常の判断を失っていたことに恥じながら顔を俯かせる。冷静さを取り戻したこともあってティルの言葉に異論はないようだ。
「じゃあ今日はここで野営をするから。」
その言葉に皆馬から降り、野営の準備を開始する。
も地面に降り立ち準備を手伝おうとしたのだが、痛覚は麻痺していなかったらしい。さきほど以上に来る痛みに動きは非常に鈍く、出来るなら床を転げ回ってしまいたい衝動には駆られまくっていた。そんな彼女にグレミオは苦笑して、手伝おうとする彼女をやんわりと断り、荷袋から取り出したシートを野草の上に敷きそこに仰向けになっているように即す。あまりにも親切すぎるグレミオにはじんとしながらそれでも一人だけ手伝わないのは悪いと言ったのだが、苦笑気味のグレミオに視線を即される。
その視線を辿れば、木に背を凭れさせ手伝う気配もない者一人。涼しい顔して腕など組んでいるのはルックだ。知ってはいたが、協調性ねぇー・・・・と頬を引き攣らせその心中を悟られ睨まれてしまう前に急いで視線を逸らす。今、ルックとやりあうほどの元気はない。
視線を戻したところでグレミオは更に周りを見回すように即してきた。それに訝しげに思いながら見れば、誰もが自分に苦笑を浮かべていた。
ちなみに当たり前だがそこにルックはいない。ついでパーンは無表情だがどこか心配そうに眉を寄せているのだから彼もまた自身を心配しているのだと気づいた。
「いいから、は休んでて?」
それぞれを代表するかのように、ティルに笑顔でそう言われる。悪い、一人だけ休むなど、馬も乗れず戦闘も出来ないというのに悪すぎる―――とは思うのだが
野草の上に敷かれたシートの誘惑は甘かった。自身の痛みも相当なものですぐさま楽な体勢になりたいと言っているような気すらする。
結果、は彼らの好意を大変ありがたく思いながら受け取らせていただくことにしたのだった。


馬を繋いで荷物を置いて。テントも張って、木の棒を集めて夜に備える。
ようやく安心したのか、深く被っていたフードを外したキルキスをちらちらと伺いながらも、野営の準備は着々と進み、の乗馬による痛みが薄らいでいた頃にはすでに完成していた。肩までの橙色の髪に蒼い目をしたキルキスの耳はやはり尖っていて、それに感動しつつ、グレミオが野草の上に敷いてくれたシートの上でばれないように伺いながらも痛みと格闘していたは野営の準備があっという間に出来てしまったような気がした。誰もがそれぞれの分担を自ら察し行うからか手際よい。小さい頃家族で行ったキャンプなどとは比べ物にならない速さだとは思った。人数が多いからかもしれないが多ければいいというものでもないと思う、と過去学校行事の遠足でカレーなんぞを自炊して作ったことを思い出す。この世界に来て自炊をし出したからこそ今思えば人が多くてもかなり手際が悪かったと思う。
しかしこれからキャンプが始まるのか。あ、いや違う野営だ。思わずその様を見て普通にキャンプなどと思ってしまいは慌てて認識を変える。そうモンスターだっていつ襲ってくるかもしれない状況でである。
大森林は比較的モンスターが出現する率は少ないとは知っている。だからこそ過去森をうろついても2、3度しか遭遇しなかったのだ。それにモンスターは火の手や人がいるところには来ないという。が、それでも絶対とは限らないのだ。
はごくりと唾を飲み込んだ。ケツが痛い、本物のエルフが見れた万歳などと思ってる場合ではない。皆野営は慣れているらしいが、自分もまた気を引き締めて辺りに警戒をせねば。逃げるなりなんなりして自分の身は自分で守らなければならないのだから。アレ、基彼は過去モンスターに遭遇したとき簡単に倒していたが、自分もまたそう上手くやれるとは思えない。何しろ彼の剣を持たせてもらったことがあるのだが、あれは相当重かった。それを軽々と舞うように扱い、しかも片手に一本ずつ持っているのである。つまりはモンスターが弱かったのではなく、彼は細身に見えて相当力があると同時に手足れだったというわけである。さて自分に力があるか、武芸が秀でているかと問われればは自信を持ってないと言える。威張ることではないが。必然的に自分は逃げる以外出来ないのであった。小ぶりのナイフは一本あるが、それも果物や草、木を切るぐらいしか使用したことはない。力がなければ足の速さも普通、最近はちょっと以下、なので少しでも早く逃げれるようその為には少しも警戒を惰ってはならないとは思った。思い警戒し始めた直後である。

「あれ?あれ?あれ?あれ????」
が丁度警戒も露に辺りを見回したとき、テントを張った場所から少し離れた、何もなかった場所に唐突に少女が現れた。え、幻覚?ついでに幻聴?しかし目を擦ってみても何もなかったはずのその場所に今や少女がいる。むしろ私があれ?と言いたいとは思った。
が警戒したようなモンスターではない、だろう。どうみたって少女だ。しかも美少女。白い肌にぬばたまのように黒く艶やかで長い髪に桜色の唇、辺りをきょろきょろと見回す大きな黒目がちな目と思わず守ってあげたいと思わせるような美少女だ。美少女型モンスター?いやいやそれはないだろうさすがに。他の面々はと見ればティル達もまた唐突な彼女の登場を目撃したかはどうかはわからないが、行き成り現れたことに驚いているようだ。は彼らが警戒してる様子もないので、彼女は列記とした美少女だと知る。なぜ突然現れたかはまったくもって不明だが。
「うーん、ちょっと失敗したようね。」
皆の注目を浴びる少女といえば、辺りを見回していたのを止め、可愛らしく小首を傾げる。その仕草は小動物のように愛らしい。烏の濡れ羽色のような長い髪が、さらりと揺れた。
「ねぇねぇねぇ、君。ここはどこ?」
すると少女はティルへと顔を向け、彼に声をかけた。彼女の一番近くにいる、次いでルックではなく。突然現れたこととの近くにいることから警戒していたティルは思わず自身に声を掛けられたことに驚いた。
「え、ああ。ここは大森林だよ。」
「大森林?」
「そう、帝国の。」
「えっ、帝国?どこの?」
しかしまさか少女にそう尋ね返されるとは思わずティルは目を瞬かせる。帝国、といえば赤月帝国しかない。帝国以外にもハルモニア、ハイランド、北にあるファレナといった国はあるが、それも帝国ではなく国である。ティルは赤月帝国以外の帝国など、聞いたことがなかった。
「どこって・・・赤月帝国って言えばわかる?」
「赤月帝国!?」
困った末にそう尋ねてみれば少女は理解したようで、驚いたように大きな目を更に大きく見開いていた。そして彼女は顎に手を当てて俯きがちに「まいったなあ、ほとんど裏側じゃない。」とぶつぶつと呟く。と、唐突に彼女は考え込んでいたのが嘘のように明るい顔でティルを見上げた。
「ねぇねぇねぇねぇ、私ビッキー。行くところのない悲しい身の上の少女なの。」
自分でいうか。思わずその場に居合わせた全員が同時にそう思った。しかもそう口にする彼女の表情は暗く沈鬱ではなくやたらと明るい。少々下がった温度に気にすることなく少女は続いて口を開いた。
「私のこと守ってくれない?」
と、少し首を傾げてそう言う彼女は大変可愛らしい。可愛らしくて男でなくても思わず守ってあげたくなるとは思った。実際が言われてたら即答していた。
しかしそう思うのに、は何故かそんな可愛らしい少女に胸中にもやが沸いたような気がした。それには心底驚く。え、まさか少女の可愛らしさに嫉妬?おいおいそんな酷い女だっけか私。どちらかというと美少女、美少年、美女、美青年、美中年とそういった類は好きなはずなのに。実際過去遭遇した美女クレオやユーリに憧れを抱きその美しさに惚れ惚れとしても嫉妬などといった感情は一度たりとも生まれたことはない。
彼女らと違って美少女、だからだろうか。それもまた少し違うような気がする。思わず自身の不可解な感情には首を傾げた。

ティルといえば唐突にそんなことを言われ困ったように頬をかく。どうすればいいのか。強行軍をしているからには急いでエルフの村へと行かなければならない。ならば彼女のそれは断らなければならないのだがエルフしか知らないという抜け道の森に少女、ビッキーを一人置いていくのも人として気が引ける。しかし突然現れたという点で彼女が怪しいということには変わりはない――
「そいつ、仲間に入れれば。」
「ルック?」
そこへ意外な人物が口を開いた。人嫌いな彼が人を助けるようにそう口にしたことに解放軍メンバーは驚いて彼を見る。ティルもまた目を瞬かせて彼を見た。ルックはそんな多くの視線など気にした様子もなく、木に凭れ腕を組んだまま淡々と口を開く。
「瞬きの紋章を持ってるはずだ。大方転移の失敗でもしたんだろ。」
「あれ、あれ、知ってるの?そうだよ!私瞬きの紋章持ってるの。」
ビッキーが言い当てられたことに驚いて彼を見る。ルックはほらね、と言わんばかりに軽く肩を竦めた。
瞬きの紋章というのならばティルも聞いたことがある。紋章のことはティルはもっぱら棒術と体術を専門としているため、ルックのように紋章を専門に扱う紋章師ほど詳しくないが、なるほど、確か瞬きの紋章といえば転移が出来る紋章だったと過去聞いたことがあるそれを思い出す。彼女が突然この場に現れた原因はそれだったのだとティルはルックの言葉に納得した。
「解放軍に一人ぐらいいた方が便利だ。転移が可能になるからね。」
「でも今城に連れて帰るわけには・・・・」
「え!お城!?持ってるの?スゴーイ!!」
しかしティルの言葉は最後まで紡がれることはなかった。城という言葉に反応を示したビッキーが会話に割って入ってきたのである。
「どこ、どこ、どこにあるの!?」
「カクの村のトラン湖の上だ。」
「ようし、それぐらいの距離なら・・・エイ!!」
あっという間の出来事であった。
ティルが口を開く前にルックが場所を言ってしまうとビッキーは紋章を発動し紋章特有の光が消えたと思えばその場には野草が生えるばかり。
野草が風に揺られる様を見て思わずビクトールがぽつりと呟く。
「・・・なんか変なのが仲間になったなぁ。」
一同、少なからず同意の意見であった。
「・・・・ルック?まさかとは思うけど自分が他人を転移させるのが嫌で彼女を入れようとかしたわけじゃないよね?」
ティルは思わずこめかみを抑える。人が許可する前にあっさりと城に招き入れただけではなく、珍しく人助けした彼の魂胆は恐らくそこだろうと検討がついたからである。この魔法兵団長殿は本当に人嫌いだ。そんな彼が彼女をティルの口を挟むまもなくやや強引に招きいれたのもきっとそれだ。実際、まさにティルの推測通りであった。しかもルックは少しも悪びれた様子もなく肯定するのだからこのガキ、と思わず口悪く思ったティルは悪くない。
「なんで僕が他人にそんなことしなくちゃいけないわけ?ま、それに便利だからいいじゃない。」
いけしゃあしゃあと。
誰もがそんな彼に頬を引き攣らせた。

そんなこんなで思わぬところでちょっと変わった美少女が仲間に加わった後、
各々はようやく腰を落ち着かせ、それぞれ話に花を咲かせたり武器の手入れをしたり夕食の準備を始めたり邪魔でしかないだろうに持ってきていたらしい本を読んだりと日が暮れるまで思い思いの時間をすごしたのだった。



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