Skyting stjerner1-15

さんにはこの度、ティル殿と一緒に大森林に向かってもらいたい。」
放たれた思ってもみない言葉に、は目を見開いた。驚きに呆然とし、は口を開くことが出来なかったがそんな当人である彼女よりも早く反応する者がいた。
「何を言っているマッシュ!!」
突然声を荒げて席を立ったティルに、は今度は彼に驚き彼を見る。普段温厚な彼が声を荒げるなど、珍しいことこの上ない。しかも彼はいつもの穏やかな笑みを消し去り、剣呑な雰囲気を隠さず険しい表情でマッシュを睨みつけている。は過去に一度、怪我を放置しようとしたときに彼に怒られたことがあるが、それでもこれほど激昂したさまは見たことがなかった。何しろ、あの時は険しい表情はしていたものの、声を荒げるといったことはしなかった。そして彼の纏う空気もどこかその時以上に並々ならぬ人を気圧させるものがある。
は非戦闘要員だ!そんな彼女を連れて行けるわけがないだろう!?」
「私は今回大森林に向かう際、彼女が必要になるときがあると考えております。」
しかしそんなティルに気圧されることなく、マッシュは淡々と応えるものだからはすごいと思った。などは当人の話であるはずなのに雰囲気に気圧され体を縮こませ、口を開くことすら出来ていない。この軍主でこの軍師ありか。ことの次第であるはずのは場違いにもそんな考えを抱いた。
「マッシュ殿、私も反対です。ちゃんは戦うことの出来ない、普通の女の子なのですよ。」
と、そこへグレミオも参加してそう口を開く。そしてグレミオを見てまたもやは驚いた。グレミオもまたいつもの穏やかな笑みはどこえやら、確かに彼の纏う暖かな雰囲気をなくすことはないが、それでも眉間に皺寄せてティル同様険しい表情でマッシュを見ているからだ。そんないつもと違う様子のティルとグレミオに、しかしマッシュは少しも気圧された様子などなく、グレミオの言葉に答えずにそこでへと振り返った。当人であるはずのは、それに肩をびくつかせる。自然、ティルとグレミオの視線もマッシュとともに自分へと集まってしまうためは椅子の下にもぐりたい衝動に駆られた。なんとも情けない限りである。しかしそれほどまでに常人であるとって、彼らの視線や雰囲気は痛いものがあった。
マッシュはそんな怯えた様子のに気が付いたのか、淡々と紡がれる音色を少し和らげてに話しかける。
さん。大森林に向かうのに辺り、私達は人を嫌う種族達に会わなければならない。ティル殿達が下調べに向かう事には、出来れば彼らと同盟を組めるようにという目的も入っているからです。今の我が軍では力が足りない。だからこの戦い、勝つには彼らの助力が必要なのです。そこでさん、私は貴方に力を借りたいのです。貴方は」
「わかりました!!!」
!?」
マッシュの和らいだ音色で大分持ち直したは、彼の言うことを大人しく聞いていたのだが、彼が何を言わんとしてるのか察すると思わず遮るように声を上げていた。
ティルがそんなに驚きの声をあげたが今は彼に構っている場合ではないのだ。マッシュがそれを言ってしまう前には全てのものを遮るように急いで声を上げる。
「わかりました!マッシュ様が何を仰りたいのか!」
「しかし・・・」
さすがのマッシュも、そんな彼女に動揺が浮かぶ。わかったとは言われても、その内容が食い違っているかもしれないのだ。ティルなどであれば付き合いの長さと常人ではない頭の回転の速さから、皆まで言わずに伝わることが多いがマッシュは彼女とは初対面以外話したことはなかったため彼女という人間は未だ見極めきれていない。だからこそその辺りはきちんとしていたほうがいいと思いそう口にしたのだが、は勢いよく首を横に振る。
「えと、その。ちょっと二人だけ話しませんか!?」
!」
そう言ってマッシュの腕を掴み、は彼女に静止の声をあげるティルの言葉も聴かずに、そのままマッシュを伴い食堂から逃げるように出て行ったのだった。

と、それが昨日の出来事である。
は旅の支度も終え、というかポーチと一振りのナイフを持っただけの形で過去、一度だけ訪れたことのあるカクの街の外れに立っていた。
そこからは人里を離れることもあり、いよいよモンスターに遭遇する。加えていつエルフの村が再び襲われるかも判らず急を要するということから、モンスターに遭遇しても切り抜けられるよう、馬での移動だ。
は使用人という立場もあり、マッシュの申し出に勿論断るなどということはしなかった。なのでは今回の旅に同行することになったのである。
非戦闘員のが何の役に立つのかという話だが――そんなに軍師の部屋にてマッシュに頼まれたことは三つ。

一つは解放軍の家事手伝いをしたいと申し出たとき、マッシュから受けた幾つかの質問のうち、出身地でドワーフの村だと応えたにエルフの村まで案内して欲しいということ。キルキスを信用していないわけではないが、昨夜ティルが襲われたこともあって罠ということも考えなければならないらしい。
それと同時に、もしも二手に分かれねばならない場合のためだそうだ。しかし、それも実際にエルフの村へと行ったことないので当てになるかはわからないとは伝えたのだが、それはついでで良いと言ってくれた。
本題はもう一つ。ドワーフの村へと向かう時に先導役となって欲しいということであった。こればかりはも半年も暮らしていたこともあって、さすがに覚えている。
そして最後の一つは、ドワーフに同盟を組むことを申請することになった場合、に出来るだけ橋渡しの役割をして欲しいとのことだった。見ず知らずの人間より、ドワーフの村から来たの方が信じやすいかもしれないからだと。しかしそれも協力関係になるのはとではなく、本質は解放軍自体へであるため、それも出来る限りで言いとマッシュは言っていた。

がマッシュから頼まれたことは以上の三つであった。は馬に荷物を括りつけられるのを眺めながら、ぼんやりとと考える。
今回の旅に同行すること自体に不満はない。何しろ移動は馬であるし、モンスターなどに襲われる確立は少ない。だからこそ非戦闘員のが足をひっぱるという事態もそれなりに少ないはずだ。
エルフの村へ行くことも不満はない。むしろ大歓迎でありエルフの村に行ける事は大変嬉しい。なにせは過去憧れのエルフに一目会う為、何度もそこへ行こうとしていたのだから。しかしながらどうやらエルフと仲の悪いらしい長老を筆頭としたドワーフ達や森で遭遇したモンスター、ドワーフの村に居座る代わりにのその行動を阻むよう条件を出されたアレと、何度も行動を阻まれ決してエルフの村へとたどり着けたことはなかった。水鏡で行こうとしてもどうやってそれを察知したのかアレに阻まれ仕舞いにはしばらくの間没収されてしまったこともある。そんなこんなで夢みたエルフの村へ行ける事はとても嬉しい。
だが。
それと同時にドワーフの村へと行かなくてならないのはにとって非常に遠慮したいことであった。
ヒューイ達ドワーフなら村に戻ってくるようとは言われるかもしれないが、無理やり出て行くことも可能だ。
しかし。もしアレに遭遇したらどうする。絶対今度こそ村を出て行くなど不可能だ。あれから離れるのは相当苦労するのだ。今は時も経っているし彼もきっとを探しに村を出ているだろうが。それでももしも会ったらと思うとは気分が下降していってしまう。せっかく2つしかない水鏡を1つ使って解放軍に入った意味もなくなってしまう。
「どうしたの?」
思わず溜息を吐くと、それを聞き止めたらしいティルが馬に荷を括りつけるのを丁度終えたらしく、を振り返った。
「やっぱり、は行かないほうがいいよ。マッシュはが必要になるって言っていたけど、それでもきっと俺たちだけでも平気だから。 野営もするし、モンスターは勿論、帝国兵と戦うこともあるかもしれないんだよ。」
ティルは眉を寄せて心配そうにを見る。
――実はは、ティルにが同行する理由を明確には伝えていなかった。いやティルだけではなく、今回この任務に同行する面々にもだ。
とは言っても今この場には城から一緒に来たティルとグレミオしかいないが。他の面々は昨日と今日ということもあり、それぞれ街で用意するものがあるからと、カクの街外れで落ち合うことになっているのだ。
マッシュにもその明確な理由を同行する代わりに言わないようにと頼んでいる。伝えたのは大森林内の地理を知っていることと、ドワーフの村に知人がいるというがいると色々と助かるだろうから、ということだ。そう、ドワーフの村の出身であるからとは一言も伝えないでもらったのである。
それはなんとなくが知られたくないからだ。言えるわけがない、とは思っている。ドワーフの村出身の自分――知られた途端は彼らと一緒くたにされそうで嫌だったのだ。別に彼らが嫌いなわけではないし、彼らが義理人情に厚く優しい種族だということも知っている。だが――なにしろ彼らは揃いも揃って似たような顔の中年親父達なのだ。そして手先はとてつもなく器用な癖して変なところで大雑把なところも知っている。たとえば彼らの壊滅的な料理の腕、衣服もまたが催促しなければ鉱山で汗にまみれようが滅多に洗うことをしない。更には今でこそ大工のような普通の身なりをしている彼らだが、が作るまでずっと普通の服でなく毛皮一枚といった原始人のような格好をしていたのである。
思い出しては身震いした。比較的清潔な現代に生きていたにはありえない事である。だからついそんな彼らと一緒にされたくないと思ってしまうのは年頃の女の子として当たり前の気持ちだとは思いたい。
幸いマッシュの質問に答えていた場に、ティルはいなかった。その時マッシュに溜まった事務処理があるからと追い出されていたからだ。
だから彼にはがドワーフの村の出身だということがばれていない。本当によかったとは思う。
きっと大森林の外れの人里の者だと思われているに違いない。実際彼はそう思っていた。まさか鍛冶などを生業とするため比較的人に慣れているといっても、ドワーフ達が違う種族の人間を保護するなど思いもよらぬであろう。

は苦笑を浮かべる。
「でも、多分私が役に立つときもあるだろうし。それにマッシュ様が必要だと思ったのなら、必要なんだと思うよ。」
そうは言っても不服そうな表情のティルは納得していない様子だ。それは昨日、マッシュに任務の同行を頼まれ了承した後からずっとである。
ティルとグレミオには何度も説得されたが、雇われ者ということの前に、も彼らの役に立つかもしれないということと、エルフの村の次はドワーフの村が帝国に襲われるかもしれないと思うとそうにもいかなかった。
いくらといえど、半年過ごしたドワーフの村に愛着が沸かないはずがないのだ。それに彼らは種族という壁すら超え、本当にによくしてくれたと思う。今では彼らは第二の家族同然だとも言える。それでもその村出身だとは言えないが。それもまた彼らを血こそ分けてはいないが家族だと思っているからこそ生まれる感情である。
だからたとえティルに心配を通り越して笑顔で脅されたり、城を出てからここまでに対して一言も口を聞いてくれなくても、の決心は揺らぐことはあっても同行を辞退することはしなかった。
ティルとてあのマッシュが必要だというのだ、ならば彼女は本当に必要なのだろうと頭では理解しているのだがどうしても感情が追いつかなかった。彼女は包丁は握れても、剣は握れない。家事は出来ても戦うことは出来ない普通の少女なのだ。
実際彼女の体力のなさは初対面時、城の最上階まで階段を登っていたときを思い出せば折り紙付きである。そんな彼女を任務に同行させるなど、ティルにはどうしても許しがたいことであった。
マッシュを信用しているからこそ彼女が必要なのはわかる。それでもティルの胸中は自身でも手の付けられないほど荒れ狂っていた。
ティルはその感情を吐き出すように、再び彼女のこの任務の同行を止めさせようと口を開こうとしたのだが、その場に遠くからではあろうが普通の声より大きい声が届いたためティルはそれを遮られた形になった。
「おーい!ティルー!!」
その声がした方向を見れば、それは伸び放題の上ぼさぼさの黒い髪に、少し浅黒い肌の大男、ビクトールであった。彼はこの任務に同行する一人であり、その横には必然的に今回必要になる一頭の馬を引き連れていた。荷物は既に馬に括られているらしく、馬の手綱を持っていない片手を振っている。
「まだ他のやつらは来ていないのか。なんだ、俺ももうちっと寄り道しとけばよかったな。」
ティルの元まで来た彼はその場にいる面々を見て失敗したような顔を浮かべた。しかしそれがある一点で止まると途端喜色ばんだ笑みを浮かべたのだった。
「おお!お前、じゃねぇか!!」
ビクトールはの前まで立ち、彼女を見回す。はそんな彼に苦笑を浮かべながら挨拶を口にするのだった。
「お久しぶりです。ビクトールさん。」
「おう!つか敬語はいらねぇって言っただろ?」
「それはなんとも・・・。こればかりはビクトールさん、年上の方ですし。」
「まぁしかたねぇなら、いいけどよ。なんかむず痒いんだよなぁ。」
そう言ってビクトールは首筋を掻く仕草をする。そんな彼には小さく笑うのであった。日本で育ったは基本、目上の人には敬語である。だからそれを止めろといわれても無理なものがあった。
「それにしても、やっぱり今回同行する『』って、お前のことだったのか〜。」
「二人とも、知り合いなの?」
そんなとビクトールに、驚き少々呆気にとられていたティルとグレミオだったが、そこでティルはそれを尋ねる。ビクトールももどうやら知り合いであったらしい。一体どこで接点があったのだろうとティルは不思議に思う。それにグレミオが思い当たったのか荷を括り終えティルの横まで来て苦笑を浮かべる。
「もしかしてビクトールさん、あなたまた冷蔵庫を漁っていたんですか?」
「うっ。」
グレミオの言葉に見事図星を疲れたビクトールは小さくうめき声をあげ誤魔化すように笑った。
「い、いやぁ〜つい腹が減ってなぁ〜・・・。」
「もう、びっくりしたんですよ。夜に仕込みの様子を見に行ったら、冷蔵庫を漁ってる人がいたんですもん。」
当時のことを思い出し、は苦笑した。それはが働き出して間もない頃だ。夜中目がすっかり覚めてしまったが、何もすることなく時間を持て余していた時にふと昨夜した仕込みの様子を見に行こうとしたのだ。しかし暗闇の中燭台を持って厨房の前まで行くと中から何やら物音はするし、こっそり扉を開いて中を見てみれば冷蔵庫から漏れた光に照らされ、ぼさぼさの髪をした大男が冷蔵庫を漁っているのである。どうみても不審者であった。が叫び声を上げようかどうしようかとしている間に相手の方が気づいてしまったためは叫び声を飲み込んでしまったわけだが。
その後急いで人を呼びに行こうとしたを慌てて止め、不審者のような解放軍メンバービクトールは必死に自身の身の潔白――といっても冷蔵庫を漁っている時点もそれもどうかと思うが。とにかくも自分は不審者ではないとに説き伏せたのだった。それはそれは大変な労力を使ったとビクトールはその日の出来事を思い出しそう思う。しかしながらもまたその日を思い返すととんでもない日だと思っていた。
それから幾度となく彼らは夜中遭遇することになり、その度は冷蔵庫を漁られるのもなんだから、とちょっと食べるのには向かない、駄目になりかけている食材で(勿論ビクトールには許可を貰っている。本人曰くちょっとぐらい大丈夫らしい)彼の夜食を偶に作っているのである。
それが軍内で熊さん称されるビクトールと自称普通の使用人の知り合った経緯で、仲が良くなった経緯でもある。
それを聞いたティルは脳内に餌付けされた熊なんてとても当人には酷い言葉を浮かべた。しかし億尾にもそんなことを考えたとは思わせない笑みを浮かべて説明をしてくれたに頷いてみせる。
「そうだったんだ。」
「うん。本当不審者みたいで見つけたときは相当心臓に悪かったよ・・・・。」
は当時を思い出し遠い目をした。ビクトールが普通の男性より大き目な体格ということもあり発見当時は心臓が口から出るんじゃないかというほどびびっていた。しかもビクトールの人を呼びに行こうとするをとめる方法が叫び声をあげないよう口にその分厚い掌で覆い隠すというものであったから、あ、やべ自分死ぬかも。とは涙目になったほどである。
「悪かったって〜!それに腹が減ったときはがいるからな。もう漁ったりはしねぇよ!」
遠くを見つめるにその時相当怯えていたのを知っていたビクトールはバツの悪そうな顔で既に何度目かの謝罪をに述べる。だがしかし今一反省してるのかどうかわからない態度だ。と、その内容を聞いたグレミオは思わず頬を引き攣らせビクトールを見る。
「ビクトールさん・・・・もしかしてとは思いますが、あなたちゃんが寝てたら起こしてまで作らせるつもりですが。」
蔑んだような目で、もしそうなら容赦しません。といった風な彼にビクトールは慌てて手を上げ首を振る。
「しねぇよ!さすがに!ただに夜食作ってもらったとき約束したからな!」
ビクトールとて少女にそんなことを要請しようとは思わない。ただ彼が腹を空かせた時、彼女と遭遇したら彼女に夜食を作ってもらうという約束だ。も夜中に目が覚めることはよくあることなので、そう彼に取り付かせたものである。
「約束、守ってくださいね。だって次の日冷蔵庫の中身が減ってたら私達びっくりしちゃいますし。」
「わかってるって!安心しろ。俺は約束は守る男だ!」
そう言って任せろ言わんばかりに胸を叩いてみせる彼にとグレミオは小さく笑ったのであった。
ティルもまた、そんな彼らを笑みを浮かべて見ていたのだが、その実なぜか彼らのように笑うことが出来なかった。
特にビクトールとの『約束』が出た辺りは思わず笑みが固まるほどの衝撃をティルに与えたのである。それは消えることなく胸の内に沈殿していく。
なぜだかティルには気に食わないという感情が生まれていた。それに気づいたティルは内心首をかしげる。
彼女の友人が増えていくことはいいことだ。彼女が城で働き出した頃は同僚内で上手くやっていけるかと心配したほどなのだから。――なのにどうしてこうも胸中がざわつくのだろう。
安心こそすれ、負の感情を抱くなど。寂しいならまだわかる。自分はに会って以来親のように彼女を見守っていたからだ。そんな彼女が自分から離れていく様子はきっと傍で見守っていたからこそ、一層寂しいと思うのだろう。けれど自身は彼女と彼が知り合いだということを知らなかった。いつのまにか彼らは出会い、共に過ごし、約束をしていたのだ。
傍で見守っていたと思っていたそれが違ったことに、ティルは衝撃を受けたのかも知れないと思った。そして思い上がっていた自分に、嫌悪したのだ。そうだ、そうに違いないとティルは結論付け、胸に溜まったその感情を見てみぬ振りをした。

「ティル様!」
それから四人でそのまま談笑していると、そこへ女性の声が割ってはいる。四人とも聞いたことのある声であった。その声のもとに振り返ると、 そこには短髪の女性と大男であるビクトールよりも筋肉隆々とした巨漢、パーンがこちらへと向かっていた。彼女たちは本当なら主であるティルの元へ駆け足で向かいたかったが、馬を引き連れている為それも出来ずなるべく足早に彼の元へと来た。
「申し訳ありません。遅くなりました。」
「ティル様、すみません。」
と、たどり着くとすぐにクレオは彼に謝罪を述べ、次にパーンがそう言った。従者として主を待たせるなど、言語道断である。しかし彼女らとは違い、そんなことを気にしていないティルは首を横に振る。
「ううん。待ち合わせの時間よりまだ大分早いから、大丈夫だよ。俺たちは早く着きすぎちゃっただけだし。」
ティルの言葉にクレオとパーンは降ろしていた顔を上げ、クレオは「ありがとうございます。」と笑顔を浮かべてからもう一度頭をさげた。そして顔を上げて集まった面々を見て、視線を止める。
、久しぶり――というのは可笑しいか。」
「二日ぶり、ですね。クレオさん。」
ビクトール同様自分に視線が止められたことにやや驚きながら、ああでも非戦闘員がこの集団に居ることから目立つのかと思い直しも彼女に挨拶をする。
クレオは今日も今日とて美人さんであった。眼福だなぁと思いながらは彼女を惚れ惚れと見つめる。そんなに凛々しく整った顔を少し緩め、クレオは言う。
「まさかこんなに早くまた話す機会が生まれるとは思ってもみなかったよ。」
「私もです。パーンさんも、またお会いしましたね。」
昨日、ティルの部屋の前にいたが、ティルの暗殺未遂事件のこともありそれどころではなかったは、自身の動揺っぷりを彼に見られてたことからやや顔を赤くしてクレオの隣に立つ彼へと挨拶をする。
「ああ。俺もまた会うとは思わなかった。無理はするなよ。」
は思わず目を見開いた。彼とは二度程会ったことがあるがそのどちらも彼が自分へと口を開いたことがなかったからである。初対面の時に一緒にいたクレオ曰く彼は人見知りだそうだからそれも仕方がないが、寂しく思わなかったわけではない。
パーンがこうして彼女に話しかけたのは彼女という人に慣れたというにはまだ早い。それほどまでに彼は人見知りであり、彼を知るクレオ達はそんな彼に少し驚いた表情を浮かべている。だが彼女にこうして話しかけたのは、一重に昨日の彼女のティルの心配振りを見て、本当にティルを大切に思っていると察したからである。同じく彼を大切に思うパーンは同士として、彼女を認めたのである。
しかしそんなことは当たり前、知りもしないは彼が口を開いたことに少し感動しながら、満面の笑みで「はい。」と頷いた。
「パーンは判りますが・・・・クレオも知り合いなんですか?」
丁度話しも一区切りしたところで、今度はティルでなくグレミオが訝しげに尋ねる。パーンとは昨日一度顔を会わせている。しかしそういえばは昨日、パーンの名を読んでいたような気がするし、彼女らが自己紹介をするどころか会話しているところさえ見なかった。それを思い出しグレミオは首を傾げたがクレオはそんな彼に苦笑する。
「ああ・・・ちょっとな。」
「俺もその時知り合ったんだ。」
知り合ったというかクレオが彼を紹介しただけだが。は当時を思い出し苦笑し、クレオもまた苦笑いを浮かべる。
「そうなんですか・・・・結構ちゃんは皆さんと知り合ってるんですね、坊ちゃん。」
「え?そうだね。なんだか意外かな。」
グレミオが感心したようにティルへと同意を求めると、ティルもまたそれに同意する。まさかビクトールだけでなく、クレオとパーンとも知り合いだったとは。特にパーンは人見知りだというのに、彼女には普通に声をかけている。昨日は特に会話をしていなかった二人だったがいつの間に――そういつの間に親しくなったのだろう。
実際はただパーンが彼女を認めただけだが、そうとは知らないティルは胸中に再び何かが蓄積されていく。しかしが彼を振り返ったためそれを顔に出すことなく、またそれを見てみぬ振りをした。
「意外って・・・私はそんなに知り合い少なそうに見える?」
はまだ城で働き始めたばかりだからね。それなのに皆と知り合ってるから。」
不服そうな顔をしてがそう抗議すれば、ティルはそんな彼女に苦笑する。働き始めたばかり、確かにそうではあるが思い返してみればもうそろそろで一ヶ月経つとが口にしようとする前にグレミオが感慨深そうに呟いた。
「そうですね。いつの間に皆さんと仲良くなったのかと思うと少し、寂しいですかね。」
思わずとティルは彼を振り返った。はグレミオがそう思ってくれたということに淡い嬉しさを抱きながら、ティルは彼が自分と同じ気持ちを抱いていたのかと思い。けれどグレミオの顔を見たティルは知った。その感情が自分とは違うものだと。長年、彼に育てられていたわけではないティルは彼の表情を見て彼が心の底から、自分たちの知らぬ間に他の者と知り合っていたが離れていくようで、寂しいと思っているのだと理解した。そしてそれが自分の抱いてる感情とは違うものだと知る。当初こそ二人で顔を突き合わせ、親のように彼女を見守っていたというのに――なら自分のこの今の感情はなんだというのだろう。
寂しさも感じ、嬉しさも感じ、そして――白に黒が染みていくような感情。ともすれば自身の表情が崩れてしまいそうな。そういえばティルは、といるとよく自身の浮かべた表情が崩れていくのを感じていた。それは驚きも、笑いも、怒りも。昨日などはティルを本当に心配して、ティルが無事だと知ると心の底から喜びの笑みを浮かべたに、心臓が尋常ではないほど跳ね上がり顔が熱くなった。
この時ティルはようやく、自身がおかしいということに気が付いた。一度はおかしいと、が怪我をした時に思ったそれを再び自覚して、それが一度や二度などといったものではないことを思い出したのだ。
いつの間にか、そのおかしい状況が普通になっていた。感情を抑えることが得意な自分が。親友にすらそれを指摘され直すよう言われ、自分の生まれついた性分のようなものだから無理だと応えていたそれが。
いつの間に?いつから?そんな状況になっていた?

――それはきっと、彼女と出会った当初からだ。
彼女と街でぶつかった時から。なぜ自分は彼女に食事を与えたのだろう?彼女が空腹に倒れそうだったから。なぜ自分は彼女に職を紹介したのだろう?彼女が本当に困っていたようだったから。
なぜ自分は――いつの間に彼女から視線が外せなくなっていた?
必死に城の階段を登る時も、城を呆気に取られて見上げていた時も、怯えながら船から降りる時も、困ったように自身に相談してきた時も、美味しそうに食事をしている時も、
倒れそうな顔で自身を見上げてきた時も。

―――すべて、最初から?

―――――それはなぜ?


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