Skyting stjerner1-14

宴、飲み会、パーティー。
言葉は違うけれど、ニュアンスは同じだとは思っている。

宴の準備で忙しなく働いた後、開催されたそれに達家事手伝い達も参加することになっていた。ピカピカに磨かれいつもより断然綺麗なテーブルに、同職の者達で座る。そして軍主でもあるティルの音頭から大人数での宴は行われたのだが、当然ながらどんちゃん騒ぎのうるさいものと思っていたにとってそれは大分静かなものであった。
確かに一部煩いところもあるのだが、大体はいつもの会話が増えたくらいである。そうした最中、もいつもより豪華で美味しい料理に舌鼓を打っていた。
ー!楽しんでるぅー!?」
と、唐突には真横から抱きつかれた。驚いてみればと同年代で茶色の髪を頭部の高い位置で結い上げた、ポ二ーテールが特徴的なシェリンダである。
は常ではない彼女の様子に若干引きつつ、次いで彼女から漂ってきたその匂いに声をあげた。
「シェリンダ!あんたお酒飲んだの!?」
「な〜に言ってるのよ。宴なんだから、と〜ぜんでしょ〜!」
は酒臭いシェリンダを自分の身から引き剥がす。から引き離されたシェリンダは、テーブルにつっぷさんばかりの勢いで肘をつき彼女の手にもつ紅い液体の入ったワイングラスを揺らめかせていた。
その持ち方が危なげだとかせっかく綺麗にしたテーブルクロスの上に中身がこぼれそうだとかとにかくもと同年代だということからは彼女から素早くそれを奪い取る。
「ちょ〜〜っと〜〜!なにするんっの!」
大分舌が回っていない様子に、これは相当飲んだかそれとも彼女が酒に弱いのかは判らないがは自分からそれを取り戻そうとする彼女の手からそれを遠くへと持っていった。抗議するシェリンダには眉を寄せて見る。
「だってシェリンダ、未成年でしょ。」
そう、と同年代ということは彼女も未成年であるはずだ。少しならまぁも見逃さないこともないが明らかに彼女はべろんべろんに酔っ払っている。そんな彼女にこれ以上お酒を与えることを止めるのは友人として当たり前である。
しかしシェリンダはの正論のはずのそれに、眉を寄せてうろんげな目を向けた。
「な〜に言ってんの〜わたし16よ?もお成人してるんだからぁ〜。」
それに驚くのはである。ぎょっとした目で彼女見ているうちにシェリンダはの手からワイングラスを奪いとってしまう。しかしそれに反応示すことが出来ないほどは混乱していた。16で成人だって?そんな馬鹿な、ありえん。4つもまだ足りていないではないかきっと酒から生まれた戯言だと思い再びシェリンダからワイングラスを奪おうとして、は反対の横の席からくすくすとした笑い声を聞いた。振り返らずもわかるそのどこか上品な笑い方は同職の間ではほぼアイドル、さきほどまで違う席に行っていて、いつの間にやら帰ってきたらしい魅惑のお姉さん、ユーリである。
「ユーリさん。」
「ごめんなさい。あなたちのやり取りがつい面白くて。」
ユーリは亜麻色の髪を揺らし口元に手を当て小さく笑っていた。がそんな仕草をしようものなら逆に笑われるだろう優雅な仕草であった。そしてゆっくりと口元から手を外して、彼女は口を開く。
「シェリンダが心配なのはわかるけれど。そういえばちゃんは?見たところ飲んでいないようだけど。あなただって成人しているはずでしょう?」
それには目を瞬かせる。自慢ではないが自分はよく年齢よりも下に見られることが多い。元の世界ではそうではなかったのだが、こちらでは大抵が外国人体系の為やたらと誰もが背が大きかったりと、大変発育が良いのである。誰も彼も似たような顔で同じ背のドワーフの村を出て初めて知った真実だ。
そんな中日本人であるは当然発育不良というわけではないのだが、同年代の者達から見れば日系の顔立ちも合わさり大分幼く見られていた。だから必然的に年齢より下に思われることが多かったのだが。
「・・・・私、16ですよ?」
「・・・・・?もう成人してるわね?」
ユーリの言葉には愕然とした。まさか、16でもう成人!?信じられない気持ちでユーリを見るが彼女もの反応が不思議であるらしい。首を傾げ、そして何か思い当たったのか声をあげる。
「もしかして、ちゃんの出身国で定められてる成人年齢は違うのかもしれないわね。帝国では15歳でもう成人よ?」
シェリンダの言うことは信じられなかったが――相手が同職内で誰にも頼られるユーリということもあり、はその信憑性を疑う気持ちは微塵もなかった。それに彼女の言う通り、出身国というかは違う世界から来た。つまりここ、のいる赤月帝国では15でもう成人だということだ。ということはももう成人であるということでもあった。
「うっそぉ・・・・。」
元の世界では周りの大人からいつも子供と扱われていたは自分がこの国では成人であるということに驚きを隠せず小さく呟き、その声は丁度遠くの席で上がった大笑いで掻き消される。
「だからちゃんもお酒を飲んでも平気なのだけど・・・飲む?」
苦笑を浮かべながらユーリからワイン瓶を持ち上げ尋ねる。そんな彼女には慌てて首を横に振った。いくら15で成人といえども、の中ではまだ気持ちの整理がされていない。の世界では立派な未成年なのだから。それに、にはお酒自体が美味しそうとは思えなかった。ユーリはの断りを笑顔で受け止め「そう。」とだけ言った。
ふと、その時は思った。もしかしてティルもお酒を飲んでいるのだろうかと。はこっそりとそれとなく宴の中心にいる彼へと視線を向ける。ティルは丁度グレミオと会話しているところであったらしい。穏やかな笑みを浮かべながら談笑している。その手元のテーブルの上には赤い液体の注がれたワイングラス。つまりは彼も飲んでいるらしい。なんだかショックを受けたである。しかし彼はシェリンダのように酔っ払っている様子はないし宴が始まって相当経つが、頬も上気していない。もしかしてザルか?あ、ありえる。ティルならばなんとなくそんな感じでありそうである。思わず想像してあまりにも当てはまるそれに引きつった笑みを浮かべてしまっただった。
「じゃあ、シェリンダ?あなたももう成人しているけれど、お酒はそれぐらいでやめときなさいね?」
「ああ!!ユーリさ〜ん!!」
はそこで自身のテーブルへと意識を戻された。ユーリはいつのまにか、家事手伝いで手を酷使しているというのに、荒れることを知らないようなその白魚のような白く華奢な指先で、シェリンダからワイングラスを奪っていた。
「今日はこの後、もう仕事がないんですから〜いいじゃないですかぁ〜!」
いつもなら例に漏れずシェリンダも慕うユーリの言葉ということもあり大人しく従うであろうが、この日は酔いも入っていることからかシェリンダが珍しく抗議の声をあげた。
しかしはそのことよりも、彼女の内容に驚いた。
「この後、お仕事ないんですか?」
聞き捨てならなかったので、はユーリに尋ねてみる。ユーリはそんなにシェリンダが奪い返そうと伸ばした手を軽く払いながら苦笑を浮かべる。
「もう、ちゃんってば。今日は宴よ?家事手伝いの人たちも皆今日はもうお仕事はないわ。」
どうやら、この世界では宴と言うものが結構頻繁に行われているらしい。いや、15で成人ということだから必然的にそういう機会も多くなるのかもしれない。どちらにしても学校行事後に打ち上げなどはしたことはあれど、宴は初体験なためは感心して頷く。
「へぇ。」
「けど、明日はきちんと片付けをしなければならないんだけどね。」
そればかりは仕方ないだろう。明日は大変そうであるが、今日この後後片付けをしなくていいのは助かったとは思った。見渡す限り同じテーブルにつく同職の人達はシェリンダのように酔っ払って使い者にならなさそうな者が多いからだ。そんな状況でこの後後片付けをしろというのも酷なものである。それならきちんと酔いを醒ましてもらってから、二日酔いで動きが鈍かろうが少しでも働いてもらったほうがいい。
と、そこへ情けない声がした。「ユーリさ〜ん!」シェリンダだ。
が思考に耽っている間も彼女は必死にユーリから自分のグラスを奪おうとしていたらしい。けれど酔いで動作が鈍いということもあってか、いつも緩やかな動作で、仕事時にはそれが嘘のようにきびきびと働くユーリはそれを簡単に避けてしまう。
今もまた必死に両手を伸ばすシェリンダの手を落とし、ユーリはにこりと可憐に笑った。
「だめ。少しはちゃんを見習いなさい。」
〜?」
こちらをじとりと見るシェリンダには背筋に悪寒が走ったが気のせいだと思い込むことで彼女に応える。
「・・・なに?」
しかしシェリンダは応えることなくをじっと見つめている。そして緩慢とした仕草で首を横へと倒しながら、口を開く。
って〜全然肌見せない服着てるよね〜。腕まくりしたところは見たことあるけど〜ったら二の腕まである手袋なんかしちゃってるし〜体の線全然わかんないのよね〜。」
それはそうである。態とであるからだ。
実のところは働いているとき、たまに暑いときもあるのだが決して上着を脱ぐことはなかった。その理由は先ほども述べた通りこの世界の人々は大半、とても発育が良く。それは勿論背だけではなく、同姓の体つきも言えたからだ。結果同年代だというのに、そうとは思えないほど成熟した体の彼女たちと比べると、普通だと自負していたであるが、自然と大分貧相なものに見えてしまう。それはのちょっとした悩みであり、それがなるべく上着を脱がずに肌を見せないことへと繋がったのだった。上着さえ着てしまえばシェリンダの言うとおり、自分の体の線は大分隠れる。決して自身の体の凸凹がないというわけではなく。そういう服だからである。
しかしそれがどうしたというのだろう。相変わらずシェリンダは首を倒しながらもをじとりと見ている。
は再び嫌な予感がしたのだが、気づいたときには既に遅く酔っ払いとは思えない素早い動作で、シェリンダに両肩を捕まれたのである。
「よし!しぇりんださんにちょっくらその乳みせてみ!」
「ちょっとー!?」
思わずは叫んだ。どうしてそうなったなぜにそこへと繋がった!?頬を引き攣らせつつ必死にシェリンダを引き剥がそうとは彼女の体を押し返す。
しかし何度も言うが発育はこの世界の人の方がいいため、押し返してもほんの少し腕が長い彼女の手がに触れてしまうのである。
「ふふ〜良いではないか〜良いではないか〜!」
「なんでそれを!?というかちょ、まじ無理だからやめてそんなほんと助けてだれかー!!」
酔いの席といえどもどうして上着を脱がなければならないのか。しかも彼女はそれだけではなくの身ぐるみ全部を剥いでしまいそうな勢いである。を見る目がマジだ。
こんなときばかり真剣になるなとは怒鳴ってやりたいがそれどころではない。本当はの世界で嫌がる女性に悪の官僚が無理やり迫るときのような声を出したシェリンダに山吹色はだめでそれは万国共通なのかと問い詰めてしまいたいが、それどころではないのだ。シェリンダが服の上から鎖骨の辺りを触れ、そしてゆっくりと襟元にあるボタンへと手をかけたからだ。しかもなんだかその動作がいやらしい。上がってくる指使いがどこかいやらしいのだ。貴様どこでそんなものを覚えた。
ぷつん、と襟もとのボタンが一つ外された。もう駄目だとがなんだこんな羞恥プレイ、と涙すら浮かべようとしたところでしかしシェリンダの手が横から誰かに捕まれた。白く美しいその手の持ち主辿ってみれば、
「ユーリさぁ〜ん!!」
にこやかに笑みを浮かべた麗しい女性、ユーリだった。
「はい、そこまで。それくらいにしておきましょうね。」
シェリンダの手をから造作もなく外したユーリは実に頼もしかった。さすが我等がユーリさんである。は尊敬の念を更に募らせながら危機を救ってくれたユーリを見つめた。
「えー!ユーリさんは気にならないんですか〜?」
そんなとは正反対に止められたシェリンダは不満たらたらである。唇を尖らせそう抗議をする。するとユーリはそんな彼女に苦笑した。
「確かに気にならないわけではないけど。それ以上は、ね。ちゃんの悲鳴を聞きつけて、こちらに来てしまいそうな方がいらっしゃるし。」
だれだ?とはユーリの言葉に首を傾げるのだが、シェリンダは理解したようであった。不服そうな表情はどこへやら、「それならしかたないですけど〜」と素直に頷いている。
一人誰だかわからないがその人物をユーリへと尋ねようと口を開いたのだが、その前にユーリは人差し指を立て、
「脱がすのは殿方の役目よ。シェリンダは女の子でしょう。」
それまでとは違う、実に艶やかな笑みを浮かべるのだった。は彼女から出てきたとは思えないその言葉とその様子に思わず固まってしまった。
の中の純粋で可憐、聖母のようなユーリさん像ががらがらと音を立てて崩れていく。今目の前にいるのは、だれだろうか。いつもおっとりとしていてそういう系はまったく駄目そうで潔癖そうなユーリさんが。が。が。
「・・・・わかりました〜。」
わかっちゃうの!?
いつもとは違うユーリに驚いた様子もなくしかも同意してみせるシェリンダにもしかしてこの世界はそっちも元の世界より進んでしまっているのかとは頬を引き攣らせる。
この手の話題は元の世界であれば同年代の間で出ただけで照れが出るというのに彼女はどこも照れた様子などない。
酔っているからということもあるかもしれないがそれにしてもそういえばやたらと先ほどの彼女の指付きもいやらしかったような。
確かに15で成人とあればその、結婚とかも早いのだろうがだがしかし。
は思わず頭痛を起こしたのだった。


***


事件が起きたのは昨夜だった。
は宴の最中頭痛がして、そのままなんとなく居辛くなり早めに部屋へと戻った。そしていつも通りに起き、厨房に立ったところでいつも立っているはずの人物がいないことに目を瞬かせる。
常ならばより先に起きてその場に立ち、一番におはようと声を掛けてくれるグレミオがいないのだ。
グレミオさんでも寝坊することがあるんだなぁ、と別に達がいつも厨房で働き始める時間は他の家事手伝い達より早く、寝坊というわけではないのだがそんなことを思いながら宴会場の片付けをしようと思ったのだが指示を出す者がいないということで誰かが来るまで、とは一人朝食の準備に取り掛かっていた。
それからしばらくした頃、ようやく一人の男性が厨房へと顔を出してきた。彼はよくの次に起きるのが早い人物である。いつもより遅く来たことから、きっと昨夜の宴で遅くまで起きていたのだろう。実際その通りであり、彼は二日酔いで痛む頭を抑えながら厨房へと入ってきていた。
「おはようございます。」
と、そこへいつものように彼よりも先に厨房に入っている少女から声が掛かり、彼もまた彼女に挨拶を返す。
「ああ、おはよう。今日も早いな。」
片手で頭を支えつつ、彼も彼女と同じよう朝食の準備を始める。まな板と包丁を取り出し、冷蔵庫へと向かったところで彼は少女へと声をかけた。
「そういえば、軍主殿は大丈夫だったのか?」
「・・・・はい?」
実際の朝食準備へと掛かる時間より大分早いこともあってか、彼とも会話をすることがあるが、突然そんなことを言われたは目を瞬かせて彼を振り返った。ところがそんなを見て、よりも驚いたように彼は目を瞬かせるのだからは首を傾げる。軍主殿は大丈夫だったのか、ティルに何かあったのだろうか。まさか飲みすぎて倒れてしまったとか。彼はザルだと思ってたのがそうでもないのかもしれない。そんなことを思っただったが、
「驚いた。お前さん、知らないのか?昨日、自室へとお戻りになられた時、城に潜り込んだ帝国の奴に襲われたらしい。」
事態は相当重いものであった。
は目を見開いて、手に持っていたじゃがいもを落としてしまうのだった。
「そ、それでティルは!?」
落ちたじゃがいもをそのままに、は冷蔵庫の前にいる彼へと詰め寄る。彼は最初こそ、彼女の勢いに驚いたが今始めて知ったのだろう、ならばその動揺も当然であると思い、眉を寄せて彼女の問いに答えた。
「ティル様が返り討ちになさったそうだ。さすが我らがティル様だぜ。しかし、帝国の奴らも陰湿なことをしやがる。」
舌打ちをせん勢いで帝国への嫌悪を露にするが、は彼の言葉を聞いて幾分か安堵した。
(よかった・・・・。)
襲われたと聞いた時は心臓を鷲掴まれたかと思うほど驚いたが、ティルは無事であるらしい。
(・・・でも、)
宴の帰りとあればきっと不意打ちであったはずだ。そんな相手に太刀打ち出来たティルはすごいが、果たして怪我などしていないだろうか。
その可能性に思い当たると、途端は不安になった。あの細身のティルが。もし相手が大男だったりしたのなら。吹っ飛ばされたり攻撃しようともびくともしなかったりと大苦戦の上に勝てたのかもしれない。何しろ相手は解放軍が敵対している、帝国から送り込まれた者だという。きっと選りすぐりの強い奴に違いない。城には宴ということはあっても、さすがに門番は交代制で配置されていたのだから。そんな相手にティルが。あの下手したら自分より細いかもしれないティルが。大怪我をしてしまってもおかしくない。途端顔を青ざめたに無理もない、何しろ恋人が襲われたのだ、と心配しているのは心配しているのだが若干違う誤解を抱きながらも彼は気の毒そうな顔をしての肩に手を置いた。
「行ってさしあげな。きっとティル様もちゃんに会いたがってるはずだ。」
ははっとして男性を見上げた。彼は痛ましそうな顔をしてを見ている。やはりそうなのか、ティルは大怪我をしてしまったのか――。は動揺に体を打ち震わせ彼もまたそんなにティル様を想って、とますます痛ましそうな顔をするのだった。
互いに平行線で勘違いをしたまま、しかしその勘違いもあっては決心がついた。いつもなら軍主と一使用人ということもあり決して自分から彼に逢いに行ったりはしないが――彼はの掛け替えのない友人だ。そんな彼が大怪我をしたというのに駆けつけなくてどうする、とは彼の部屋を訪ねることにしたのであった。幸い、いつも通常の朝食の準備時間より早くこの場に立っているため、まだまだ時間は余っている。
は彼の気遣うような視線を受け、真剣な表情で頷いて見せたのだった。


そうして最上階にある彼の部屋へと駆け足で向かったは途中敷かれた絨毯に足を縺れさせつつも、足を止めることなく進む。その必死な甲斐あってか、最近では運動が不十分なでも想定していたよりずっと早く最上階へと上り詰め、彼の部屋へも残り数十メートルとなっていた。そしてその部屋の扉が見え始めた頃、は扉の前に立つ二人の見知った人物に気が付いた。一人は昨日出会ったばかりの筋肉隆々とした男性、パーン。
「グレミオさん!パーンさん!」
そしてもう一人はが最も慕う人物、金色の長い髪に細身のグレミオである。彼らは音を立てて階段を上ってきた人物は誰かと少し警戒しながらその方向を見ていたのだが、それがであったことに共に驚いた表情を浮かべた。
ちゃん!?」
「グ、グレミオさん・・・!」
息も絶え絶えには疲労困憊な足で最後のあがきと言わんばかりに更にスピードを上げ、結果グレミオに衝突するように彼の元へと辿りついた。細身ではあるが、一応戦闘要員でもあり身長も高いグレミオは、そんなをしっかり抱きとめ、背中を撫でて彼女の呼吸の手助けをしてやる。
「グ、グレ・・・・テ、け・・・!!」
グレミオの衣服を掴み、まったくもって意味のわからない言葉を乱れた呼吸の合間から発しは彼に訴えた。
しかしそんな彼女に呆れたりなどしないで、只ならぬ彼女の様子に心配した表情でグレミオは彼女を宥める。
「わかりました。わかりましたから。まずは呼吸を整えましょう。ね?」
も自身の耳は正常に機能しているため、グレミオの言う通り自分の言葉がちゃんとした言葉になるまで自身の呼吸を正すことにした。頷いて深呼吸を繰り返す。そうして何度かそれを繰り返した後、彼女の呼吸が整った頃合いを見て、グレミオは彼女に声をかけた。
「どうしたんですか?ちゃん?」
その言葉には顔を上げる。そしていつのまにかあまりの苦しさに呼吸を正すことに専念していた彼女は、そんな場合ではないのだと思い出し、グレミオの衣服を強く掴んで口を開いた。
「グレミオさん!ティルが大怪我って大丈夫ですか!???」
「・・・・・はい?」
しかし呼吸を整えたはずの彼女から発せられたそれに、グレミオは首をかしげる。まったく検討が――と思ったところでようやくグレミオは何故彼女がここまで慌てた様子でやってきたのか気が付いた。
しかしどうしてか彼女は一つ勘違いしているが。
「昨夜の坊ちゃんのことを聞いたんですね?それなら・・・・」
「ティルは!?ティルは!?帝国の人に襲われたんでしょう!?不意打ちだしティルだし大丈夫なんですか!?捻挫!?打撲!?骨折!?吐血!?貧血!?出血多量で心臓停止の危機!?」
「酷い言い様だなぁ・・・。」
動揺しているのはわかるが、もはや意味のわからない言葉の羅列を呼吸を整えたばかりということもあってか一息置くこともせず言う彼女にグレミオは口を挟むことが出来ずにいた。しかし彼女が言い終わると同時に、その場にいるグレミオ、パーン以外の声がしても含め三者は驚いてその方向を見た。
「「「坊ちゃん(ティル)!?」」」
そこにはの大声で気づかなかったのだろう、いつの間にか内側から扉を開けて出てきた話題の中心人物、ティルがいた。
グレミオが、パーンが、そんな彼に昨夜のこともあり声をかけようとしたのだがそれよりも早く動く影がいた。グレミオの懐にいたである。は足が未だに疲労で重いことなど気にせず、数歩前にいるティルへと走り寄り胸倉を掴む。
「ティル!!生きてる!?」
それはまぁなんというか。生きていなければの前にいる彼は一体なんだというのだろうか。パーンは表情には出さないが内心少し呆れ、グレミオとティルはそんな彼女に苦笑を浮かべる。
「生きてるよ。」
「ほんとう!?」
だからだというなら目の前で喋っている彼はなんだというのか。しかし動揺しまくっているには今彼が生きてその場にいるということを確かめることしか頭になかった。
「うん。本当。」
そんな彼女を落ち着かせるように、ティルはそっと彼女の頬に左手を宛がった。手袋をしていて判りにくいが、少しならば温度が伝わるはずである。ティルは生きているのだと、それをにわからせようとした行動だった。
「ね?」
そう言ってティルはいつもの穏やかな笑みで首を傾げてみせる。その笑顔といいやたらと可愛いその仕草といい、頬からほんの少し伝わるティルの温度で、はそこでようやく、 それまでの動揺が収まったのであった。変わらない彼の様子に思いっきり息を吐いて頬に当てられたティルの手を掴み外す。そのままその手を離すことなく握り締めは安堵の笑みを浮かべるのだった。
「よかったぁ・・・。」
ともすれば先ほどの急激な動揺のせいもあってかは緩んでしまいそうになる涙腺を押しとどめながら、はティルの全身をくまなく見回す。
「ティル、本当に大丈夫?怪我とかは??」
見た限りは何処にも包帯はないし、切り傷もない。衣服に隠れている部分はどうだろうかと、そこでようやくティルの全身から顔を上げればなぜかティルは顔を右手で覆っていた。
「ティル?」
「え、ああ、うん。大丈夫だよ。が心配してくれたみたいに、どこにも怪我なんかしてないから。」
彼はに声を掛けられ少し動揺したように視線をさ迷わせてから、再びその顔に笑みを浮かべる。その頬は少し上気して、きっと心配されたことに照れているのだろうとは察した。そんな彼には可愛いなぁと思いながら笑顔を浮かべる。
しかしの後ろでその二人のやり取りを見ていた二人といえば彼女とは違う思いでいた。坊ちゃんが照れた。坊ちゃんが動揺も露に。視線をさ迷わせたり言葉を詰まらせたり。そんな年相応なティルは、彼に仕えている二人でも滅多に見れないのである。のように笑って流すなど出来ず、二人とも驚いた表情をした。片やさすがちゃん。片ややはり坊ちゃんは・・・。と厳密に言えば二人とも違う考えを抱いてはいたが。

その当人といえば既に正常に戻っていたらしい。いつものように笑みを浮かべてへと話しかける。
「それにしても酷いな、に心配されるのは嬉しいけど、俺ってそんなに弱く見える?」
実は、彼はが音を立てて階段を上っていた頃に目が覚めた。昨夜のこともあり、昨日と今日ですぐにまた刺客が現れるとも思えないがなるべく警戒しながらティルは浅い眠りについていたのである。
だから彼女の足音で目が覚めた彼は、身支度を整えながら自室で外から聞こえてくるの声を聞いていた。彼女は相当動揺していたのか、大分声が大きかったため扉に耳を当てることなくティルはその内容を聞けたのである。
そうして当人にとって散々な内容を聞いたわけである。
(不意打ちだしティルだしって・・・・俺って、そんなに弱そうに見える?)
同時にほんの少し凹まなかった訳でもない。というか、自分がいかに彼女に頼りなさげに見られているかと思うと正直なところティルは穏やかな表情こそ浮かべているが、相当落ち込むものがあった。
はそんな彼の内心など知る由もなく、苦笑を浮かべながら左手で頬をかく。
「だって・・・・ティル可愛いし、なんか細いし・・・。」
「・・・・そう。」
の言葉にティルは思わずショックを受けた内心のまま相槌を打つ。可愛いも細いもどちらも男であるティルには容赦なく心へと突き刺さる痛いものでしかない。そして現在沈黙を保っているの背後の二人は、そんな彼に同情の視線を向けた。男だからこそ判るその痛みである。
「俺、結構強いんだよ?」
「うーん・・・そうなのかもしれないけど・・・・。」
軍主というからには、それなりに強いのだろうが。そう言われても今一信じられないである。そんな信じていない様子にどうやって彼女に判らせてやろうかと思わずショックを受けたこともあり本人的ささやかな報復を穏やかな笑顔の裏で考えるティルだったが。
「でも!ティルが本当に無事でよかった!」
そう満面の笑みで告げられ、ティルの存在を確かめるかのように少し強く握られた自身の左手に。
そんな考えも消えてしまい、ティルは静まり返った波紋一つない湖のように、穏やかな気持ちになるのだった。
「――ありがとう。」
眩しいものを見るかのように目を細め、ティルは自然と優しい笑みを浮かべるのだった。

(――少しずつ、判らせていけばいいか。)
しかしその後ちゃっかりと、ティル的ささやかな報復を考える辺りは余程の言葉が彼に応えたと思われる。
知らぬ間にそんな考えを抱かせてしまったはその時背筋に悪寒が走ったのだがはたしてそれは正しかったのか。



***



「エルフがやって来た!?」
ティル暗殺未遂事件(名称)の翌日、それを知ったが慌てて彼の元へ行き、彼が無事なのを確認すると彼の部屋の前で昨夜のこともあってか見張りをしていたというグレミオとともにはいつも通り朝食準備へと入っていった。だからこそその日はもう何事も起きずに終わるだろうな、と思っていただったが、休憩時間にやって来たティルと久しぶりにグレミオとお茶を楽しんでいたは、ティルから出された話題に大いに驚いて声をあげた。
の脳内には今まさにエルフという言葉づくしてある。某映画を見て以来、憧れのエルフ。耳の尖ったあのエルフ。本当に美青年美女のオンパレードかはわからないがそれでもにとってぜひとも一目拝ませてほしい種族である。人間版のフェアリーさんだとは思っている。ドワーフも一種フェアリーさんだとも思っているがあれとこれとはまた違う。
「そ、それでそのエルフさんは、一体どうしてここに・・・?」
どきどきと高鳴る心臓を押さえつつ、はティルに尋ねる。仲間に加わりに来てくれたなら、これ以上のない喜びである。毎朝エルフ様を拝める!ティルは頬を上気させ意気込む只ならぬ様子のに内心首を捻りながら、そのエルフのことを話しだした。
「三種族の住んでる大森林のことは知ってるよね?彼はそこのエルフの村から来た――キルキスって言うんだけど。キルキスが言うには今、エルフの村が帝国軍に攻撃を受けてるらしいんだ。それで俺たち解放軍に、助力を求めに来たんだよ。」
なにやら緊迫した事態であったらしい。ほんの数週間前まで大森林で暮らしていたとって驚くべき事実だ。それまで高鳴っていた鼓動もとたん落着き、顔を強張らせては口を開く。
「それでどう応えたの・・・・?」
「うん・・・・。本当は今すぐ助けに行きたいんだけど、何しろ解放軍は昨日加わった山賊達を入れてもまだ二千人程だから。今は兵を動かすわけにはいかないんだ。」
「それじゃあ・・・」
は息を呑む。エルフの村はきっと――
しかしそんな彼女の沈鬱とした表情とは反対にティルは笑顔で、目は真剣な色を帯びて言った。
「でも解放軍は、皆の期待を受けているのが一番の強みだからね。それが例え人じゃなくて違う種族であっても、見逃すわけにはいかない。」
ティルの金色の瞳がには少し輝きを増したような気がした。それは彼の強い決意を表しているようで、こういうとき、は彼が軍主なのだと思い直される。
たとえ彼がと同じ年で、偶に可愛かったり、より細いかもと思わせる体格だったり、頼りないと時には思っても。彼は紛れもなくこの軍のリーダーなのだと。人を引き連れその道を示す、たとえそれが少年であっても大の大人も従わせてしまう彼のカリスマ――意思の強さ。
彼の内にある魂は、今輝いた彼の瞳以上に強い光を伴っているのではないかと、そんなことをに思わせた。
世にも稀な秀麗な容姿だとかそんなものではない、人を惹きつけて止まない彼の輝き。
瞬きをすることすら忘れ、ティルを見つめ続けるに彼女が未だ不安なのかと思ったティルは安心させるように彼女に微笑みかけた。
「だからまず、少人数で状況を調べに行くことにしたんだ。俺も状況を見極めたいから行ってくるね。ここには兵がいるから大丈夫。はいつも通り俺たちが帰ってくるのを」
さん。」
しかしティルの言葉は突然途切れる。ティル達のいる食堂内のテーブルへと向かってきたのはこの軍の軍師、マッシュであった。は実質この軍のナンバー2である彼に声をかけられたことに驚き、目を瞬かせる。彼が食事以外に食堂にいることも、こうして彼の主であるティルもいるというのに彼ではなくに話しかけてきたことも驚きであった。
「え、はい。なんでしょうか?」
幻聴かと思いもしたのだが、マッシュはまっすぐと自身の方向を向き、の数歩前で止まった。それによりはやはり自分なのだと慌てて彼にそう答える。マッシュはそんな彼女を目つめたまま、口を開いた。
「少し、よろしいでしょうか。」
当然はすぐさまそれに頷いて見せる。食を与えられ、寝床も与えられ、少しではあるが給金も与えられてる一使用人であるに断る理由などあるわけがない。どきまぎとグレミオのような全てを包みこんでくれるような暖かい雰囲気とはまた違った、中年であるからこそ醸し出す厳格な雰囲気の彼を見つめる。
さんにはこの度、ティル殿と一緒に大森林に向かってもらいたい。」
そして思っても見ないその言葉には目を見開かせた。

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