Skyting stjerner1-13
その後しばらく無言で中庭に座り続けていた二人だったが、通りかかったグレミオの悲鳴のような声で城内へと戻った。そしてはグレミオに、ティルが外へと出掛けていた間よりは彼が帰ってきたこともあってかマシな顔色で、けれどどこか疲れの抜けていない顔で何度も安否を心配され、今更であるが自分は仕事を放って寝過ごしたことで心配をしを探してくれいたらしいティルとグレミオを探していたのだと思い出した。
すっかり忘れてしまっていたことに申し訳なく思いながら、は自分は平気だ、仕事は寝すごしてしまったのだと穴があったら入ってしまいたいほど間抜けな真実を告げたのだった。けれどグレミオと、そして先ほどまで一緒にいても理由を知らなかったティルはそのことを責めたりすることはなく。
ユーリ達同様安堵の表情でそうですか、とグレミオに言われは過去、学校を遅刻した際、たまたま生徒指導の先生に捕まり怒られたことを思い出し、やはりこの世界の人たちは優しいと思うのだった。
しかしグレミオはその次に浮かべた表情は険しく。はいつも穏やかな笑みを浮かべる彼のそんな表情を見るのは初めてだったため、酷く狼狽した。
グレミオはその険しい表情のまま言った。この時期、こんな夜遅くに、外に出てはいけません。と。
それからグレミオの説教は始まった。風邪を引いたらどうする。そんな薄着で。まったく二人ともどうかしている。しかも芝生に座り込むなどと。夜は地面も冷たくなるのですよ。わかってますか。その上に直に座るなどと体が冷えてしまって当たり前です。それに坊ちゃん、グレミオは見ましたよ。坊ちゃん胡坐をかいて座っていたでしょう。グレミオは坊ちゃんにそんなことを教えた覚えはありません――
最初の方こそ二人に対するものだったが、最後はほとんどティルに対するものとなっていた。
いつまで続くかと思われたグレミオの説教だが、そんな彼にティルが体が冷えたしお腹も減ったからと無理矢理話しに割って入り、グレミオの説教を中断させた。
グレミオはまだ言いたいことがありそうな表情だったがティルの言うことももっともだということもあり、引き下がる。
そうしてティルとグレミオとの三人は食堂へと向かい、夕飯時も過ぎ誰もいない食堂で三人仲良く遅れた夕食をとるのだった。
は最初、ティル達と同じテーブルに着くことに躊躇したが、誰もいないということやティルにそんなことは気にしなくていいと言われたことから、いつも家事手伝いの人々で使っているテーブルとは違うテーブルに二人と共に着く。そうして取られた夕食は違うテーブルということもあって少し緊張したが、それも最初だけでその日の夕食はいつもとは違う、けれど楽しいものとなった。
***
それから数日後のこと。いつものように起き、厨房に立ったところでは驚いた。
その時間帯は家事手伝いの人たちが通常働き出す時間よりだいぶ早いということもあり、いつもはグレミオしかいないというのに、グレミオ以外の家事手伝いが数人いたのである。偶にはそんなこともある――といった2、3人ではなく7、8人といった数にさすがにこれはどうしたことかグレミオに問うた。
すると彼はその日宴が催されると言った。なんでも昨夜、解放軍へと盗賊の頭が志願しに来たらしい。盗賊が仲間に!?とは大変驚いたのだが盗賊といっても、悪政を行い税を搾り取る役人達からそれを奪い取り、民に戻すといった義賊であるらしい。ねずみ小僧集団バージョンかと思わずは瞳を輝かせた。
そして解放軍内の人数も増えたことから、親交を深めるため士気を上げるため宴を開くらしい。だから皆張り切っているのだと。
それなりのものを大量に夕食時までに作らないといけないから、その日は忙しくなるだろうとグレミオは伝えた。
その通りその日、は大忙しだった。洗濯物はいつも以上の早さで済ませなければならなかったし、朝食、昼食時の後片付けも同様であった。誰もが慌しくいつもより気合増しで働く。けれど家事手伝いの人々のそのかいもあってか、想定していた時刻より大分早く終わり、そこで宴まで自由時間となった。しかし誰もが暇をとることなく未だ宴を開く食堂内の掃除をしていたため、そんな中も休憩に入るわけにもいかず、ひたすら床をモップで拭いていた。
「パーン、彼女か?」
と、そこへ聞いた事のない女性の声がの耳へと届いた。微かなそれは空耳かと思ってしまうほど小さく、ちらりと見てみればいつもより断然綺麗な食堂の隅のテーブルで、肩を揃え話している二人組がいた。片方は焦げ茶色の髪を短かく切り揃え、涼しげな切れ長な瞳が印象的な遠目から見ても美人だと判る女性。もう片方は顔だけ見れば短い黒髪につり上がった目、整った鼻筋、薄い唇と精巧な顔立ちをしているが、顔から下はまるでボディービルダーのように筋肉隆々とし、見た者を圧倒させるような巨漢の男であった。
両者ともが何度か遠目から見たことのある人物である。大方あの二人が内緒話でもしているのだろうと察し、は聞いてしまって悪いと思いその場から違う場所へと移動しようとしたのだが。
「ああ。肩より長い黒髪に、黒目。身長もあれぐらいだったはずだ。それに首まである襟に長袖、長ズボンだ。熱くないのか?」
思わずバケツを持ち上げようと取っ手を手にしたところで止まる。聞く気もなく聞いてしまった先程とは違う低い声、恐らく男性の方の台詞に、思いっきり心当たりを感じたからだ。
黒髪に黒目、ならいるし、長袖、長ズボンもわかるが首まである襟をしている者はは見たことがない。――そう、自分以外。
そう思って思い返してみれば彼の台詞全てに、自身が当てはまっている。もはやどう考えてのことを言っているようにしか思えなかった。
は当初通り、移動しようとバケツを持ち上げる。しかしそれを再び置いた場所は、さほど距離の変わらぬ場所であった。自分の話をしているかと思うと、たとえ内容が悪かろうが良かろうがどうにも気になってしまうからだ。悪いとは思うのだが、ここは聞こえるような声で内緒話をしていた自身たちが悪いと思っていただきたい。はこっそりと聞き耳を立てながら、床にこびり付いたしつこい汚れを落とすかのようにモップで同じ箇所を拭く。
「・・・・今の時期は、お前のような格好のほうがうすら寒い。とにかく、彼女が例の少女だな?」
呆れたように女性がそう答える。どうやら男の方は、相当寒い格好であるらしい。先ほど見たばかりの男性を思い出そうとして、筋肉ばかりに目がいって男性の服装など目に入らなかったのを思い出す。それほどまでに彼の筋肉はすさまじかったのだ。
(しかし少女、か。)
それを言われてしまえば、彼らの話題の人物は更にとしか思えなくなる。家事手伝いの少女は意外にも多いが、今この場にいる少女はしかいないからだ。
すると、次に男性が口を開いた。
「ああ、しかしクレオ、そこまで気にすることでもないのではないか?」
「お前、何を言っているんだ。あの『来るもの拒まず、去るもの追わず』の坊ちゃんだぞ!?」
彼の言葉に女性の方は声を荒げた。相当興奮しているようで、最後のほうは本人は声を潜めているつもりだろうが通常の声になっている。
(・・・・というか、『坊ちゃん』?)
『坊ちゃん』と呼ばれる人物をは一人知っていた。それはの敬愛している人物が仕えている人で、恩人であり今では掛け替えのないの友人のことだ。しかし彼女の内容の『坊ちゃん』はまるで彼の外見とはかけ離れている。はすぐさまそんな馬鹿なとその考えを捨てた。
「なんだ、それは?」
「・・・・・・お前は男だから、そういう情報が入ってこないだけだ。ついでに生粋の武道馬鹿だしな。」
「お前もそうだろうが。」
「うるさい。とにかくだからこそ、お前の情報は怪しいのだと私は言っている。」
「俺が嘘を言っているとでも?」
「いや、お前は馬鹿だからそれはないだろう。」
「・・・・。」
相当酷い言い草であった。思わず他人事でありながらは言われた男性の方に同情する。男性もさすがに傷ついたのかテンポ良く口を開いていたというのに、無言だ。
しかしそんな彼を全く気にした様子もなく、彼女は彼に尋ねた。「で、何処で聞いたんだ?」
「・・・中庭で、鍛練に一息ついている時に聞いたんだ。」
怒ることもなくそう淡々と応える男性に、見た目は筋肉の塊のように巨漢で怖いが、その根は優しいらしいと彼のことを思い直す。
「話してた者達は?」
「家事手伝いの者たちだ。同職の間では結構有名らしい。」
「そうだったのか・・・。」
「しかし何度も言うが、俺にはそう気にすることもないと思うのだが。何しろ、どこにでもいそうな普通の少女ではないか。」
「そう、普通の少女だ。だからこそ私は今驚いているんだ。」
「そうなのか?」
「お前、坊ちゃんだぞ?」
「しかしグレミオも認めたとか。」
「そう、そこがまた問題なんだ。いや待て。グレミオもどこか間抜けたところがある。ここは私が・・・・。」
「・・・・そうだな。俺たちが。」
「いやお前は無理だ。絶対。いいから、お前はここで座ってろ。」
「そうにもいかない。なにしろ坊ちゃんの相手だ。」
「・・・お前、さっきと言っていることが違うぞ?」
思わずはバケツの取っ手とモップを手に持っていた。
話を聞いているうちになんだか雲行きが怪しくなってきたと思ったからだ。そういえば、彼は人畜無害そうな顔して相当タラシ気のある奴だったそうだそうだなぜ今の今まで私は忘れていたのだ。きっと先日の件もあり、それまでの出来事など記憶の彼方に吹き飛んでいたに違いない。やはり彼はあの顔にしてタラシだったのである。しかも彼らの話題もなんとなく想像がついてしまうからは無意識に頬を引きつらせた。ここは彼らがなんだか言いあってる間に、とっととこの場を去るに限る。
「お前が散々問題だと言ったのではないか。」
「・・・・もういい。彼女がどこかに行ってしまう前に行くぞ。」
しかしそう思った時にこそ話は決着してしまった。は慌てて足を急かす。けれど手にもつ水の張ったバケツとモップ、コンパスの差に更には家事手伝いではなく戦闘員らしい彼らと競歩するにはどうみてもに白旗が上がるような気がした。
案の定食堂の出入り口につくまでには肩を叩かれてしまっていた。
(振り向きたくない振り向きたくない振り向きたくないというか今すぐ逃げ出したい。)
しかしそうにもいかないたかが使用人事情。
は大変不承ながらも背後を振り返った。そこにいるのはやはり男性と女性の二人組。
しかも近くで見ると思っていたよりかなりでかく圧倒される男性に、根は優しいと思っても思わずは頬を引きつらせ心の中で悲鳴をあげる。
巨漢だ。本当に巨漢である。自分より頭三つ分高い身長に全体的に見て見事に逆三角形な筋肉。盛り上がりに盛り上がった二の腕の筋肉などこれまたの二の腕五倍ほどありそうである。そんな彼に殴られでもしたらは冗談なく吹っ飛ばされると思い恐怖に背筋を強張らせた。見事に先ほど優しいと思い直したとは思えない怖がり具合である。
「・・・・だからお前は来なくていいといった。彼女が怯えているだろう。」
近くから見ても美しく凛々しい女性。まさに男装などしたら男装の麗人になるだろう彼女は、呆れたように溜息を吐き、男性をその小さな肩で隠すかのように彼より一歩前へと出た。
「私はクレオ。この大男はパーンだ。見かけ通り筋肉馬鹿だし、根はいいやつだから、そんなに怯えないでやってくれ。」
この女性は男性をフォローしているのか貶しているのか。さりげなく貶すその言い草にちらりとパーンという男性を見ると男性は口の端を引き結び無言。先程の内緒話の時点で散々な言われ方をしていたがやはり怒る様子などなく、は彼女の言う通り、彼は根は優しいんだと自分に言い聞かせ怯えをなくそうとした。
「ええと、すみません。」
とりあえず怯えてしまったことは確かなので、パーンには謝罪を述べる。そろりと顔を伺えば彼はやはり口の端を引き結び無言。許しているのか許してないのか、判断の付かない表情であった。
「ありがとう。こいつはちょっと無愛想で人見知りな気があってな。だから気にしなくていい。」
思わず困惑しているに、女性が凛々しい顔を少し綻ばせてそう言った。途端、思わずこちらも背筋を伸ばさなければならないといったような、彼女の纏う空気が和らぐのだからは自然と肩の力が抜ける。美人というのはひとつひとつの表情で空気を変えてしまうのかと、しみじみとは感心するのであった。
「それで、お嬢さん。あなたのお名前を聞かせていただいてもいいかな?」
お、お嬢さんですか。はその聞きなれぬ言い方につい頬が赤くなってしまいそうだった。しかも言う人が凛々しく美しい、さきほども言ったが男装などすれば男装と麗人となりそうな女性ということもあり、は必死にどきまぎする心臓を押さえる。
「私の名前はです。」
大部言い慣れたこともあり、は名前だけを告げる。この世界の名は大体が名前だけだと気づいたのはつい最近であった。
「そうか、。さっそくなんだが君に一つ質問があるんだ。」
先程まで和らいでいた表情を引き締め、どこか強張った表情で女性、ことクレオはを見る。その真剣な眼差しに来た、と構えた。
「坊ちゃん――ティル様と付き合ってるというのは本当かい?」
「違います。」
とりあえず最後まで聞いたが彼女が口を閉ざした途端は即否定した。
まったくどいつもこいつもどいつこいつも!違うと言うてるになぜ聞き入れてくれぬのか。お陰で今のように勘違いされてしまったではないか。相手はこの軍のリーダーということもあり、一使用人で聞き易い自分に聞くのも判るが、だからといって毎回違うといっても誰も聞きいれやしない。そのうち公認カップルなんかになってしまいそうでは恐ろしい。相手もその気がないというのに、そんなことあってたまるか。未だティルに知られていないだけが幸いである。大体自分と彼では容姿、地位、性格、頭脳とどれをとっても片や平凡、片や特上と釣り合わないというのに。噂をするなら自分ではなくその辺り彼に相応しい可憐な女性にしていほしいものである。は苛立ちを通り越し軽く頭痛すらしてくるような気がした。
「・・・・そうなのか?」
「ええ、はい。違います。そんな噂は流れてますがそんな関係ではありません。」
「少しも?」
「はい。これっぽっちも。」
なぜか残念そうな表情で女性は食い下がってくるがは真剣な表情で事実を告げるだけだ。クレオはその細く凛々しくつり上がった眉を下げたどこか弱弱しい表情をする。それを見ては再びどきりとしてしまった。
つい先程会話したばかりのクレオだが、どうにも気丈な女性だとは判断していた。だからこそそんな女性にそういう表情をされてしまうと、なんというかどう接したらいいかわからない。ただ事実を述べただけの自分が悪いことをしてしまったように感じてきてしまうのだから、ギャップというものはすごい。が酷く狼狽しているとクレオはその弱弱しい表情のまま苦笑してみせた。
「そうか・・・・わかった。すまない仕事中に。手間を取らせたな。」
「え、あ、いえ。そんなことないです!私も美人なお姉さんとお話できて光栄です!・・・・と、話してないけどそこのお兄さんも!」
狼狽したあまり、思わずそんなことを口走ってしまった。クレオはそんなに先程とは違う、穏やかな笑みを浮かべる。
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ。」
クレオとしてはクレオだけでなくパーンのことも忘れずそう言ってくれた彼女に好感を持った。だからこそ自然と笑みが浮かぶ。
ティルと恋仲の相手だと、それも一日に何度も彼女に会いに行ったりと相当彼女に懇意にしているとパーンから聞かされて、思わず坊ちゃんの相手を見極めねばとグレミオ同様ティルに従者として仕えてるクレオは彼女に話しかけたのだが、今こうして話している限りも普通で、優しい少女であった。恋仲ではなかったらしいが、坊ちゃんが彼女に懇意にしているという事実がまだ残っている。
そう、女性であるクレオだからこそ自然と聞いたことのある『来るもの拒まず去るもの追わず』のティルが。その真意はまだ定かではないし、相手である自身を完全に見極めることも出来ていないが。
今はまだいいだろう、とクレオは結論づけることにした。という少女には、グレミオも気にかけているというし。
「それじゃあ、また。」
そう言い残し、颯爽と背後にいたパーンを引き連れ去っていくクレオをは食堂を出てしまうまで見送る。
その背中が扉に遮られ、見えなくなったところでさて掃除に戻るかそういえばパーンさんは結局一言も喋らなかったなと思いながら手に持ったバケツを置いたところでは違和感に気づいた。
(・・・・『また』?)
まさか、また話しかけられるのか。いや美人に話しかけられるのは確かに嬉しいのだが・・・・。
(うん、いやまさかな。だって私一使用人だし。)
と思うことでは考えることを放棄したのであった。
しかし彼女――一応入れておこう、彼女らと早い段階で再び対面し話することになるとは。
この時はもクレオ達すらも思いも寄らなかったのである。
BACK / TOP / NEXT