Skyting stjerner1-57
残すは首都グレッグミンスター。最後の戦いであり、全ての力を出し切る戦いであった。トランの北東に首都グレッグミンスターはある。真っ先に妨害を行うシャサラザートは既に落とし終えているため、最早障害は何もない。しかしトラン湖から降りたつと、視力が人よりも高い為先行し敵の軍勢を確認していたエルフのキルキスが、慌てたようにティルに報告した。
「ティル様。敵の軍勢を発見しました。て、敵はおよそ十万の軍勢です。」
「十万だと、馬鹿な・・・。そんなことが、あるものか。」
マッシュが愕然とした声を出す。報告を受けたティルも眉を潜めた。クワンダ、ミルイヒ、テオ、カシム、ソニア。帝国五大将軍は既に破っている。彼らが率いていた帝国兵も、多くは将が敗れたことから降伏し、最早帝国の兵の残りは多く見ても二万程度であった。だが、その倍以上は首都の前に構えているという。
不自然な数に、同行していたレックナートが首を振る。
「十万と言えども、そのほとんどは我が姉、ウィンディの呼び出した怪物達でしょう。」
ウィンディは空間を操る。異空間を開き、異世界の怪物を呼び出すことも出来た。ウィンディの亜空間でが相対した男もまた、異世界から呼び出された人外なのだという。あの男のような化け物が大勢。その身を持って理不尽な強さを目の当たりにしたは、ぞっとした。
レックナートは徐に両手を上げる。
「私が、怪物達を元の世界に戻します。」
天へと両手を突き上げたレックナートは、長い睫毛を伏せ、紋章に意識を集中させる。ふわりと風もないのにレックナートの長いローブが浮かんだ。ゆるやかな風は周囲を巻き込み、強風となる。煽られながら踏みとどまると、ぼんやりとレックナートの全身が蒼く光を帯び始めた。細長い光は幾つも束なり、やがて辺りを青白く照らす程の眩い光となった。
「『門の紋章』よ、お前の兄弟の呼び出した者達を元の世界へと戻すのだ!」
レックナートの言葉に光は収束し、空へと打ちあがった。同時に辺りに生じていた暴風を止む。太陽よりも下の位置まで浮かびあがると、円形の光は途端、大きく膨れ上がった。青白い光は空を覆い、首都まで向かっている。
効果は覿面だった。覆った蒼白い光に、僅かに離れた首都から空へと化け物が吸収されていくのだ。立ち上がる影は、離れた拠点からも見えるほどの数であった。その数は目測で数万はあるだろう。
急激に減っていく兵の数であったが、しかしレックナートの顔は苦い。
「だ、駄目です。私の力だけでは・・・姉さんの力に・・・。」
「ソウルイーターの力を・・・!」
ティルの言葉に、しかしレックナートは厳しい表情のままであった。
「いけません。その紋章の力を使ってはなりません。」
ソウルイーターは諸刃の剣だ。使えば使う程力を増す。対象を必ず死に至らす威力は絶大であり、だからこそ世界を恨むウィンディはその力を狙っていたのだ。だがその分、ソウルイーターは力が増すほど、宿主の大切な者の命を容赦なく奪う。例え今はの渡した腕輪で抑え込められていようとも、これ程の敵の数だ。万を超える命を食らえば、ソウルイーターの力は一段と力を増す。より強くなることは確実で、抑え込める腕輪が耐えられるかは分からなかった。
空に広がる青白い光は、徐々に弱まっていく。既に端から光が薄れ、元の青空が覗き始めていた。士気があがっていた解放軍の面々の表情に、僅かに不安が浮かぶ。
ここに来て。首都はもう、目と鼻の先だというのに―――。
兵に不安が広がり始めた時である。平原に沢山の鳥の影が現れたのだ。
初めは違和感を抱くほどの鳥の大群であった。しかし影はみるみる大きくなり、数百、いや、数千は空にひしめいている。次いで届いた低い声は男性のものだろう。バリトンの声は、空に響き渡った。
「門の紋章を受けつぐ者よ。私の力を貸そう。」
大きくなる影は、やがて肉眼でも捉えれるほどになった。その正体に、は目を丸める。空には沢山の鳥と思われた影、竜がいた。先頭には一際大きい1頭の竜には、大きな槍を片手に持つ、壮年の男が騎乗している。
―――竜騎士団長、ヨシュアだ。数千の竜騎士を引き連れてたヨシュアもまた、真の紋章の一つ、竜の紋章を宿している。
ヨシュアは槍を待たない左手を空へと掲げた。
「我が竜の紋章よ、人ならぬその力、空を裂くその力を、この者に貸さん!」
緑の閃光のような光が、空へと昇る。レックナートの狭まりつつある青白い光へと向かうと、表面に大きな緑色の波紋を生んだ。薄まっていた青白い光は、緑の光を受け力強さを取り戻した。より強く輝きを増すと、空を覆う範囲はそれまでの倍以上に広がる。途切れ始めていた吸い込まれる怪物達の数も勢いを取り戻し、範囲が広がったことから一気に数を増した。
だがそれでも、半分を減らせた程度であった。まだ5万の兵が帝国には構えており、それだけではない。兵は人外で、桁外れの強さだ。これ以上、敵兵を減らすことは出来ないのだろう。厳しい表情のままの解放軍であったが、そこへ場違いなほど、朗らかな声がした。
「ほっほ、間に合ったようじゃな。」
目を見開いて、声がした南の方角を見る。丘を昇り終えた幾つもの影が、丘の頂きを覆っていた。人よりも小さい体躯だが、手には身の丈程の大きな斧を持っている。先頭に立つのは、の見知った姿であった。白く長いひげを蓄えた彼の隣には、が村にいた頃の世話係の姿もある。思わずは叫んだ。
「じっちゃん!?ヒューイに、皆も・・・!」
丘にずらりと並ぶのは、ドワーフ長老を筆頭した村の者達だ。胸を張り、得意げな表情で長老は言う。
「ニンゲンどもに任せてばかりじゃいられないからのう。」
「ま、そういうこった。」
長老に続いて、ヒューイが鼻っつらをかいた。人間への確執を抱いていた彼らも、こうして集まってくれたのだ。はつん、と目頭が熱くなるのを感じた。綻ばせた頬を引き結び、込み上げる想いを耐える。レックナート、竜騎士、ドワーフの増援があろうとも、敵は多勢のままだ。気を抜くことは出来ない。
油断なく前を見据えた解放軍に、しかし次の瞬間、動揺が走る。影が風のように平原を駆けたかと思うと、解放軍の下まで急速に近づいてきたのだ。構える解放軍の目前まで、影はあっという間に迫った。急激に迫った影に、解放軍は息を呑む。そのまま、衝突する直前である。ぴたりと影の波が止まったのだ。
影の正体はすぐに露わになった。黒い装束に身を包んだ性別すらも分からない数百の人々が、解放軍の目前にずらりと整列していた。残像のような影は、人だったのだ。
手前に立つ人物は、草原に膝をつく。するとすぐさま後ろの者たちも続いた。
先頭で膝をつく者もまた、全身を黒い装束で覆われている。だが口まで覆っている布を下すと、男の相貌が露わになった。眉の吊り上がった、厳しい表情をした男だ。男の姿に、カスミがはっと息を飲んだ。
「某は、ロッカクの忍びを率いるハンゾウと申す者。今まで野に隠れ時を待っていました。」
「ハンゾウ様!生きていらっしゃったんですか。」
目を見開いたカスミは口元を覆い、すぐさま駆け寄った。帝国軍に里を襲われて以来、今まで消息の不明であったハンゾウは厳しい表情を緩ませる。
「ああ、しかしそれを知らせる訳にはいかなかったんだ。許してくれ。」
カスミは、感激の涙を零しそうになるのを、必死に抑え首を振る。「いえ、そんな・・・。」
そしてそこへ、新たな声が割って入った。
「遂にここまできましたな、ティル殿。我ら、戦士の村の一同、お供させてもらいます。」
草原へと入る森の入り口から次々に現れたのは、やはり見知った姿であった。目を瞬かせるテンガアールの横でヒックスが驚きの声を上げた。「村長!それに村の皆も・・・!!」
先頭に立つ左目に傷がある隻眼の男、ゾラックは、数百尺以上離れていようとも見える草原の先の帝国軍の数を見据え、口を開く。「しかし、すごい戦ですね。」その鼻息は荒く、興奮した声は隠せていない。身に覚えのありすぎる彼の様子に、達の身が強張った。
「こんなに大きな戦は久し振りではないでしょうか。我らの父、聖戦士クリフトが・・・」
「おい、ティル、こんなところで、ジジイの長話を聞いてる暇はない。一気にグレッグミンスターに乗り込むぞ!」
ここで日が暮れるまで長話をされては溜まったものではない。駆けつけたゾラックの話を、ビクトールが慌てて遮った。
ロッカクの里、戦士の村の人々もここで解放軍に加わった。
解放軍の士気は、それまで以上に高まっていた。今種族も越えた軍隊が、同じ意志の元、ここに一つに集まったのだ。
―――負けるはずが、ない。
ビクトールの言葉にティルは頷く。そうして彼は、に向き直った。
「行って来るね。」
はそれを、笑顔を浮かべて見送ることが出来た。
「いってらっしゃい。」
ティルの号令を元に今、全てをかけた戦いが始まる。
ラズリルが医療用の天幕の番をする中、は戦場ではなく、天幕の中で動いていた。
今回の戦いは総力戦だ。何が起こるかもわからない、力と力のぶつかりあいで、向こうに残った最後の兵達も死に物狂いでやってくる。それにの力だけでは、及ぶ事はないだろう。その為こうして後方に下がり、少しでも負傷した兵達の手当てを手伝っていた。
忙しなく、リュウカンの指示に従い動いていたが、リュウカンに天幕の奥に呼ばれる。
「リュウカンさん、何か・・・」
奥へと続く垂れ幕を開けて、簡易ベッドに横たわる人物を見て目を見開いた。
敷かれた布にはマッシュが、常とは違う青白い顔で伏していた。息は荒く、目も虚ろだ。
彼の怪我が癒えていたという話は、嘘だった。彼はそうして自身の命よりこの戦の流れを優先させた。それまで無理に立っていた所為か、彼の呼吸は荒い。
彼の命はもう、尽きようとしている。
数分にも感じた数秒、固まって動けなくなっているであったが、その時である。天幕の外から地響きを起こすほどの歓声が響き渡った。
マッシュが歓声に気づくと、手を伸ばす。それをリュウカンが掴み、もまた我に返りマッシュの元へと駆けつけた。
「リ、リュウカン殿・・・。あの声は・・・、勝ったのでしょうか・・・。」
「ええ、そうですとも・・・!」
「そうですか・・・。」
穏やかなものだった。リュウカンの必死の看護も空しく、マッシュは僅かに緩ませただけである。
途切れ途切れに彼は言葉を放つ。
「・・・リュウカン殿。私は戦いを嫌ってきました。
如何なる理由があろうとも、人の命を殺めることは間違いだと思ってきました。その私が戦争を指揮し、多くの命を奪った。私は本当に正しかったんでしょうか・・・。
やはり、あの村で一人釣りをしながら人生を終えたほうが良かったのでは・・・。」
「マッシュ殿・・・。それは・・・、その答えは・・・」
「マッシュさん。」
咄嗟には口を開く。今言わなければ、もう彼には伝わらない。そう、直感では感じたのだ。横たわる力のないマッシュのしわがれた手を握りしめ、マッシュを見る。
別れは何度も繰り返した。元の世界の家族も、友人も、二度と会えないかと思えたグレミオもパーンも。いつだって最期には間に合わないことばかりだ。こうして最期の瞬間に立ち会えるのは、にとって初めての事である。だからこそ、は頬を釣り上げた。もし、最後に言葉を交わせるならば、次こそは笑おう。一番の笑顔で笑って、見送ろうと決めていたのだ。最期は涙よりも、笑顔の方がきっと相手も嬉しい。戦乱の中、残す側を心配することもなく、せめて最期だけは穏やかな気持ちで見送りたかった。
たとえ今この瞬間、長かった戦が終わったとしても。彼はこうして、過去を悔やんでいる。ならば、と。は笑って思ったことを告げた。
「私達は・・・・少なくても私は、マッシュさんのお陰で、助かりました。それでは、駄目、ですか?」
の言葉に、マッシュは僅かに目を見開かせた。投げかけている形ではあるが、そう言われてしまえば否定など出来るはずがない。
彼女は笑顔で、悔やむことは何もないと、笑って見せている。
しかし、細められた目からは涙が止まらずに零れ落ち、どうしようもない程に歪なものだ。彼女に握られた手もまた、隠しようのない程震えていた。
酷く、歪で、見れたものではないだろう。だがマッシュは、思わず苦笑を浮かべた。
「さん・・・貴方、軍主殿の性格が少し、移ってしまったのではないですか・・・。」
「そうですか?」
は必死に笑顔で応じようとした。もう目も見えないのだろう、焦点の合わさらないまま、マッシュは言った。
「けれど・・・ありがとう、ございます・・・・。」
勝利の声は地面を揺らし続ける。
マッシュはテントの中まで響く歓声の中、穏やかな表情のまま、逝ったのだった。
***
全てが終わった後、はティルと共に、宴の席を抜け出していた。
手には荷袋を持ち、マントを羽織る二人の姿は旅装束であり、実際に二人はこの日から旅人であった。
「さて、それじゃまずはどこに行こうか。」
「行き先も決めないで行くわけ。」
「ま、おいおい、ね。」
が驚き声の方向を見るのに対し、ティルは前から気づいていたようだ。淡々とそれに返す。
門の脇に、背をかけていたのは、の紋章の師匠であり、年下の少年、ルックだ。
「ルック!」
「あんたは相変わらず、気配の一つも読めないんだね。」
呆れたように言う彼に、は何も言えなかった。しかし普通の人間はそんな事、出来やしないとは思う。
腕を組んだまま、ルックは尋ねる。
「で、あんた達は誰にも何も言わずに行くの。」
「ルックは知ってるじゃない。」
それにルックは眉を上げた。「何、僕にまた厄介事押し付ける気?」
ティルは笑顔のままだ。ルックが溜まらず、溜息を吐く。「まったく、最後まであんた達には厄介事をかけられてばっかだ。」
「じゃ、後は頼むよ。」
は聞こえた声に、首を傾げそうになった。ティルといえば笑顔が固まっている。そうして声が幻覚でないと気づくと、は恐る恐る声のした、道の先を見る。
木の陰から、一人の少年が出てきた。それはとっても見知った姿である。
「ラ、ラララズ・・・。」
ラズリルはそんなに近寄ると、驚きに思わず落としたの荷物を拾い上げる。「さ、行くよ。」と言うが何自然に輪に入ってんだお前は。
そこで後方の闇から、溜息が響いた。
「あーあ。そんな事だろーと、思ったよ。」
「私達がいたほうが、いいでしょうね。」
「テッド、グレミオさん!?」
が驚いて背後を振り返る。
背後から、緑のマントに身を包んだグレミオと、同じく茶色のマントに身を包むテッドが続いていた。二人の装いは今まさに行われている宴に参加するような、軽装ではない。各々の手には、荷袋さえ下げられていた。
最初は、二人きりの旅の予定であった。しかし彼らは明らかに着いていく気満々の恰好である。ティルは溜まらず空を見上げる。
空には流れ星が流れそうなほど、満点の星空が輝いていた。
それは随分と昔に見た、実家の屋根から見上げたものと変わりのない夜空だ。皆がいた、平和の象徴。何時か見た夜空は、ティルに悲しみを抱かせていた。が現れ、彼女がいればその悲しみも薄れていった。それが、今はどうだ。
「ラズリル君、駄目ですよ、お邪魔しちゃあ・・・。」
「?別に、君たちは戻って良いよ。」
「いや、俺たちだけじゃなくて、おめーも邪魔だからな。」
「・・・あほらし。馬鹿しかいないの、ここ。」
失いかけた育て親や親友に、ラズリルは諫められ、魔法使いの少年も呆れて暴言を吐いている。
―――こんなににも、煩い。
賑やかな彼らを横目に、隣に立つを見ると、彼女は苦笑しながらも笑っていた。
ティルは思わず、目を細めた。
「ま、そうだね。」
ティルはそう言うと、の手を掴み、ラズリルからの荷物を奪う。そして彼は軽く片手を上げた。
「じゃ、グレミオ!テッド!早速よろしく!!」
「はぁ!?」
「ぼ、坊ちゃん!!」
「えええ!!?」
テッドやグレミオ、の一様の叫び声を気にせず、ティルはの手を引っ張り走った。グレミオすら置いていく彼の行動に驚愕するだったが、手を引かれたままではつられるように走るしかない。
彼らを追いグレミオが走り、ラズリルも歩き出す。
「で、あんたはどうする?」
そんな彼らを溜息を一つ吐いて見ると、テッドがルックを振り返った。それにルックは眉を潜める。
「行かないよ!」
「頑固なことで。」
笑みを零した後、テッドもまた彼らを追いかけるため走り出した。
騒々しい。本当に忙しなく煩いやつらである。宴が行われている場所からは離れた誰もいない外で、元に戻った静寂にルックは息をついた。
「ルック、またね!!」
そこへ、もう大分前を駆けているのだろう、大声であっても小さな声が、夜空に響いた。
ルックは再び響いた煩いやつ筆頭の声に、反射的に眉を寄せた。しかしその頬は、僅かに緩んでいた。
ばたばたと彼らが離れて数分もせず、その場には再び静寂が戻る。ルックは静かに夜空を見上げた。
空には彼らの道先を照らす、満点の星空が輝いている。
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