Skyting stjerner2-1
雲一つない快晴にも拘わらず、陽光は緑葉に遮られ、辺りは薄暗い。昼間でも薄暗い深い森の中、達はいた。グレミオと、テッド、ラズリルにティル、と異様な旅の仲間達は、月日を経て相手との距離も掴みやすく、
「ちょっと、に近いんだけど。」
「煩いな。邪魔。」
「は?」
「まぁまぁまぁ二人とも落ち着けって、な!?」
「私は何もしてません!してません!!」
なっていたり、なっていなかったり。
ラズリルのへの執着は未だ消えることなく、それにティルが笑顔で切れ、テッドが慌てて仲裁し、はグレミオへと非難し、今度はグレミオが非難される、というのは割りと頻繁に見られる光景であった。俺もうやだ、と常に仲裁役のテッドが何度か思うのも当たり前だと思われる。
五人はそうした日々を過ごしながら、町から町を移動し、宛もない旅をしていた。旅がいつまで続くのか、誰にも分かりはしなかったが、少なくても旅を始めて、もう1年以上の月日が流れている。それでも旅を始める前となんら変わった様子はない。
(月日は人を変えるって言うけど変わらないのはなんで?)
と、今更ながら気づいたである。川辺にしゃがみ込み、頭を抱えそうになった。
前日の夕暮れ時だ。先ほどのような事が起き、結果その日中に町につくはずであったのに距離が進まず、野宿をする事ととなった。朝方、顔を洗いに近くで流れている川へ向かった時、何故こんな事に、と昨夜の事に加えそれまでを振り返り気づいたのである。遅すぎであった。
しかしそうした日々も嫌いではない、と底にある石すら透き通って見える川の流れを眺めながらは思う。騒がしかった昨日の夕方も、静かな今朝も、の心には陽だまりのような温かさがあるのだ。
そこで自身の名を後方から呼ばれる。振り返り、枝を掻き分け来る人物を見て、は知らず頬を緩ませた。陽光に煌めく烏の濡羽色のような黒髪に、どんな灯よりも美しい、澄んだ金色の目をした青年、ティルだ。 も彼の名を呼ぶため、口を開く。
「ティ」
リィン
しかし、それを最後までいう事は出来なかった。の耳を通して聞こえたそれが、の体の機能を停止させたのだ。
響く鈴に似た音色。音は徐々に近づいてくるような不思議な感覚であった。突然様子がおかしくなった事に、訝しがり名を呼ぶティルを見ても、は答えることが出来ない。
――リィン
やはり、音は近づいてきていた。何故か、惹き込まれる音色だ。大きくなる音は、やがて耳元で鳴り響く。
―――リィン
次の瞬間、近づく音色が自身の体と重なったような錯覚を抱いた。
同時に、突然重力がに圧し掛かる。驚きに目を見開くと、足元にあるはずの砂利もなく、ただ暗闇が口を空けていた。そこでようやく、は既視感を抱いた。同じ、同じだ。この世界に来たときと、同じ現象である。
は思わず手を伸ばし、ティルの手を掴もうとする。事態に気付いたティルも駆け寄り、間に合わないとへと手を伸ばした。
しかし伸ばした手は、指先を掠めるだけだった。
僅かに掴むことが出来ず、は暗闇へと落ちていく。次の瞬間、耳元で大きな飛沫音が上がる。呼吸が出来なくなり、全身が水に浸かる。
暗闇は深い水で満たされていた。咄嗟に見上げた落ちた先は、既に閉ざされ何も見えない。深い水の底へと落ちていったは、やがて水中で巻き起こった濁流に飲まれていた。
目が覚めたとき、は道路に倒れこんでいた。
起き上がろうとしてついた手が触れるのは、土などではなく、ましてや砂利でもなかった。僅かに熱さを持つアスファルトの塊。
は唐突に、元の世界に戻ったのであった。
***
校舎にチャイムが鳴り響く。同時に、は教室から飛び出た。でなければ煩いのがくるからだ。しかしそれがいけなかったのか、教室から出た途端、は生活指導の教師とばったり出くわしてしまう。目を丸くする教師に、苦笑いを浮かべる。へらりと笑いながら「それじゃあ、」と片手を上げると、はその場から駆け出した。
「ー!!」
当然、それだけで許されるわけなく、教師は叫ぶと凄い形相でを追いかけてきた。僅かに頬を引きつらせるの背後から、教師の叫びが追う。
「貴様ぁー!いつからそんな生徒になったー!先生はー!!悲しいぞー!!!」
自身にも、いつからこんなコメディのような事をする問題児になったのか、まったく覚えがない。
「その刺青をなんとかしろー!あと学校で手袋をするなー!!腕輪もつけるんじゃないー!!」
しかし無理なものは、無理なのであった。は駆けるスピードを早くする「あ、こら、待て!」という教師の言葉を無視し、階段を三段飛ばしで降りると、下駄箱から靴を出し走りながら履き替えた時には、教師の姿も大分後方にあった。校庭を走り抜け、まだ誰もいない校門を出て通路を曲がること2回。完全に教師の姿が見えなくなった頃、ようやくの呼気も荒くなったのだった。こんな体力も、にはなかったはずである。だから夢じゃない、とはこういう時実感した。あちらの世界でのことは、夢ではなかったのだと。あちらの世界からこちらに戻ってきてから、何度となく、あれは夢だったのではないかとは思った。だが、決して夢ではないのだと、先ほどのようにふとした差異に実感する。
手を伸ばしたティルも。その手を、掴めなかったのも。必死な彼の表情は、今も鮮明に思い起こされた。
なんで、急に。今更だった。何度と戻りたいと涙を流した分からない。それでもいくら手立てを考えたところで現実には叶わず、やがて戦乱にも巻き込まれた。その先でようやく、一緒にいると、いようと、決めたのに。
動きを止めてしまうと、考えが止まらなくなってしまう。じっとなどしていられなく、はそのまま歩く速度を僅かに落としながら、往くあてもなく町を歩き始めるのだった。
だがいくら思考を止めるために歩こうとも、いつも隣や、後ろに居た人たちも居ない。ただそれだけで、胸に穴が開いたような感覚を抱く。雑音に混じりながら、あの声を再び聞きたいと思う。人の行きかう中に、あの姿を見たいと思う。けれど決して、それは適わないのだ。 の視線は、自然と地面へと落ちていった。
会いたい。と何度口にしたことか。夢で終わらすことなど、出来なかった。
リィン。
気を緩めれば、涙すら零れそうになった時である。耳が拾った聞き覚えのある音色に、は目を見開いた。引き込まれるようなそれではない。だがそれは確かに聞き覚えのあるものであった。
音色は、ただ鳴り響くだけでなく、僅かに曲さえ奏でている。辺りを見回し、尚も、響き、曲を奏でる音色の出所を探した。しかし視界にそれらしいものは映らず、それどころか雑音の中、音色は掻き消えてしまいそうだ。 は居ても立っても居られず、慌てて音色の聞こえた方角へ向かって走り出した。
微かな音は、徐々に大きくなっていく。方向は外れてなかったのだ。大した運動もしていないというのに、不思議との呼気は荒くなっていた。
やがて、は音色の元へとたどり着く。ショーウィンドウに飾られるのはギターにベース。路地にたたずむ、一件の古びた楽器屋だった。楽器屋の前で客寄せの為演奏をしていた店長が、の必死な形相に思わず演奏を止めた。
イングリッシュハンドベル。
主に教会などで強いられる楽器であった。青銅製の鐘と、中の振り子で音を奏でる振り鈴だ。
まさかこれだとは、とは楽器を目の前に呆然とした。それまでは、単に鈴だと思っていたのだ。確かにこれも、一種の鈴であるが。 は食いつく勢いですぐさま楽器屋の亭主からベルを買い取った。なけなしの小遣いはこれで消え去ったが、後悔は微塵もない。
購入してすぐ、我慢ならず亭主に断りを一言入れると、ベルの取っ手を手に持つ。そして、上下に僅かに降る。
リィン
確かにそれは、が聞いたものだった。の動悸が早くなる。これだ、これだ、これだ!
それからの動きは速かった。急いであれだけ遠のいていた家へと急いで帰宅する。駆け足で部屋に閉じこもると、は夢中でベルを鳴らし続けるのだった。
会いたい。会いたい。
ただその想いだけが胸中を占める。
黒髪に金色の目をした少年に、はただ、会いたかった。
星空と湖が、空間をつくる。
光源は他に何もなくとも、鮮明に夜空に煌めく星々と、僅かな濁りもなく澄み切った湖に映る星の光が、暗がりを柔らかに照らしていた。空間の先は何もなく、ただ星と静かな湖だけが平行線を辿っている。
不思議で、幻想的な空間である。
その空間で、一人佇む少年は音を聞いた。聞いた事のある音色は、自身が作ったものと酷く、似ていた。
目を細めると少年はぽつりと呟いた。「呼んでる。」と。
***
それから五日後。幾ら親に注意をされても、はベルを鳴らすことをやめなかった。
目を瞑り、神経を研ぎ澄ませてから、一定の間隔でベルを鳴らす。旗から見れば、気が狂ったともとれる行動である。いや、どこか可笑しくなってしまっているのかもしれない。自身でも、そう思えてすらいた。それでも、はやめる事が出来ないでいた。自身があちらの世界に行った時も、こちらの世界に戻ったときも、共通しているのはこの鈴だけだったからだ。それと、元の世界に戻っても残っていた、手の甲にある紋章の印だ。
ベルはあちらの世界とは違い、特別な素材では出来ていない。一般的な、量産されている楽器のものだ。それでも、たとえ可能性が途方もない程ないものであっても。いつかの谷のように強く願えば。もしかしたら、と。 ただ一縷の可能性にかけて、願いを込めて鳴らし続ける。
目を瞑る。そして誰に言うわけでもなくは心の中で叫んだ。
散々、あちらの世界で振り回しておいて。用が済んだらさようならか。そんな都合が良いことがあってたまるか。今度は私が振り回されるのではない。あんたが、そっちが。
来い、と。
憤りすら抱くような、強い思いでは心の中で叫ぶ。
グレミオに、シェリンダ、ユーリ、ヒューイ、長老、ドワーフの皆、サスケに、サスケのお父さん、
シルビナ、キルキス、バレリア、クロミミ、
テンガアール、ヒックス、シーナ、
ハンフリー、フッチ、ビクトール、フリック、
次々に、あちらの世界で大事な人々の姿が脳裏に浮かぶ。どの姿も鮮明で、大切なものだ。
浮かび上がる姿は、止まらない。
パーン、クレオ、テッドに、ルック、ラズ。ティルに―――会いたい。
いや会わせろ!!!!!
逆切れの若人程、怖いものはない。
切ない思いは、いつしか燃え上がるようなものへと変わる。激しい彼女の思いは慟哭よりも恐喝にいつの間にか変わるのである。果たして、その効果か。あるいは、彼女のそれまでに積もった切ない想いか。
目を開けた時、そこは見覚えのある自身の部屋でなかった。
闇夜を明るく照らす星々は、湖の中でも鮮明だ。見覚えのある空間に、は目を数回、瞬かせる。
「まさか僕を呼び出すなんてね。」
だがその声は、聞き覚えのないものであった。は驚いて振り返る。
そこには美少年がいた。
銀色の髪は長く、華奢な肩から流れている。白磁のような肌に、明るい蒼の目をした少年であった。慣れていたかと思ったが久しぶりの所為か、美少年登場には思わず体を硬直させる。そんなに、蒼の目をした少年は首を傾げる。
「それで?用があるんだよね。僕を呼び出したって事は。」
その前にだ。
「君は・・・誰・・・?」
呆然とするに、少年は目を瞬かせる。そして「ああ、」と頷くのだった。
「ごめんごめん。初めましてだったね。僕は、それだよ。」
そういって、少年はの右手を指差した。示された右手をあげ、少年と右手を見比べる。まさかと目を見張るに、少年は花が綻ぶように微笑んだ。
「僕は真なる工の紋章の化身。変わってるでしょ?」
「自分で言うか。」
思わずは突っ込んでしまった。可憐な顔つきで、変わった物言いをする少年である。少年は小さく笑う。
「だって、そうじゃない。まぁ、星辰剣なんてものもあるし、真の紋章は変わってるものもあるんだけどね。その中でも僕は特別、かな。だってずっと、僕の相手は見つからなかったから。改めて、始めまして。」
「始めまして・・・。」
親しげに白魚のような手を差し出した工の紋章の化身という少年に、もおずおずと手を握り返す。しかし、これが工の紋章の化身。
――という事は、だ。
は少年を観察するよりも、思い当たったそれを口にした。
「力を貸して欲しい。」
真摯な目をして、少年を見る。彼女の言葉に少年は、浮かべていた笑顔を困ったものにした。
「力を借りて、どうするの?」
「あっちの世界に戻りたい。」
「・・・駄目だよ。」
思わぬ言葉に、は目を見開く。少年は目を伏せて続けた。
「君はあちらの世界に行けば、確実に戦乱に巻き込まれる。それが君の星で、僕の星だから。」
「戦が、また起きるの・・・?」
「・・・・うん。また、星が集う、大きな戦だ。」
少年は物憂げに頷いた。はまた、戦が起きるという事に、少年と同じように視線が湖へと落ちていく。
奪い、奪われる戦がまた。そこで経験したものを、は今だ何一つ忘れる事無く覚えている。それも、ただの戦ではない。星が集う戦。歴史を変えるほどの規模だと、以前ルックから聞いた事があった。 その時、ふと思いついた可能性があった。ははっと顔を上げる。
「ティルは?」
「え?」
目を瞬かせる少年に、は眉を寄せて尋ねる。
「ティルはそれに参加するの?」
「ティル・・・ティル=マクドールだね。・・・うん。彼もまた、宿主ではないけれど、この戦いに集う星のひとつだ。」
「行く。」
突然確固たる口調で答えたに、少年が目を瞬かせた。僅かに沈黙を置いてから、少年は首を振る。
「・・・向こうで死んでしまうかもしれないよ?もう二度と、この世界には戻れないかもしれないよ?」
「行くって言ったら行くの!」
は焦れったそうに相手が年端もいかない少年だという事も忘れて、少年の肩を掴んでいた。
「ティルがいるなら、私は死なない。絶対に死んでもやらない。それに可能性があるならもしかしたら、この世界にも戻ってこれるってことでしょ?
だったらどうしても家族に会いたくなったら、その時は会いに戻るよ。勿論ティルを紹介しにね!」
目を吊り上げて、は胸を張りそう言い切った。の言動に、少年は驚いたようだった。呆然と目を見開きを見ると、慌てて口を開く。
「確かに可能性はないことはない。けれどその可能性はとても低いよ?」
「それでも、私はティルを守るって決めたもの。」
どんな事があろうとも。何があろうとも。はそう決めていた。――たとえ、自身の命に代えても。
の毅然とした態度に、少年は僅かに固まる。数回目を瞬かせ、やがてそれが解けると、少年は小さく笑い始めた。
「君は、女の子じゃないの?」
「うるさいなぁ!好きな男の一人ぐらい!守ってみせるそれが女ってもんよ!」
少年はとうとう声を上げて本格的に笑い出してしまった。は顔を赤くするが、前言を撤回するつもりなどなかった。本気でそう思っているからだ。やがて笑いが収まると、少年が言う。
「じゃあ、一度だけ戻ろう、君の世界に。」
思わず眉を潜めたに、少年は首を振る。
「やる事があるんじゃないの?」
そこではた、とは気づいた。
は自身の世界に一度戻ると、すぐにあちらの世界へと向かった。ただ自室に、一枚のメモを残して。
『ちょっと行ってくる!心配はいらないから!』
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