Skyting stjerner1-1

生暖かい風が頬をかすめ、太陽が燦燦照らす中、軽い足取りで歩く少女がいた。彼女の手には通学カバンだけではなく青のビニール袋や白い箱があったがその重さは彼女の機嫌を斜めにするものではなかった。むしろその逆だ。月の初めにようやく手に入ったお小遣いで彼女の大好きなお菓子屋で買ったケーキが白い箱の中に詰まっているのである。先月はジリ貧生活であったためなんと嬉しいことか。まさに砂漠にオアシスといってように乙女に糖分は不可欠なのである。彼女論。そもそも夏休みだからといって羽目を外しその結果ジリ貧生活を送らざるに得なかった彼女の自業自得なのだが。
まぁそれは置いておいて。とにかく彼女はご機嫌。しかもその帰り道、ふと除いた本屋でその日買ったケーキとそっくりなケーキ、が載った料理本など見つけてしまったのである。題名に誰でも出来る簡単料理などと書かれてしまえばこれは買うしかない。店で買わなくてもこれで家でいつでも作って食べれる――なんて考えた即決して買ったのである。失敗も考えなかったわけではないのだが、自分が作れなくても母がいる。といった他人任せでその考えは1秒もしないうちに消し飛ばされた。

こうして彼女の機嫌は鰻上り。鼻歌などでも歌いだしそうな彼女はつい緩みそうになる口元を必死に結んだ。・・・・とはいっても他者から見ればちゃんとにやけ顔に見えてたりする。
ステップでも踏みそうな勢いで彼女は脳内で家に帰宅してからのことを想定しはじめた。
(帰ったらまず、お風呂入って。ああ、その前に制服ハンガーにかけとかないと。皺になるってお母さんに怒られる。うん、そうだ。お風呂上がったらお湯沸かしつつ髪の毛とか乾かして。
そこで紅茶入れてケーキ。夕飯前の方がいいもんね。あーもうどうしようっかな。何食べようかなー!ショートもあるし、新発売のタルトも買っちゃったし。何から食べよう!!うわーまようー!)

だがしかし機嫌が最高潮に達するとあとは下がるのみだというのが定石である。

―ィン
(・・・・・ん?)
突如として響いた音に彼女は耽っていた思考から意識が浮上した。なんだか音が聞こえたような気がしたのだ。

―リィン
(・・・・やっぱり!)
再び響いた音に地面へと落としていた視線を上げる。とてもきれいな音色のそれは鈴と似ているがどこか違う。音は一定の間を空けてから再び鳴り、その間さえもどこか神秘的な空気を振動させる気がしては思わず息を呑んだ。
ただの鈴の音だろうに、なぜか惹きつけられる。誰が鳴らしているのだろう。はやがて足を止めその音の出所を探していた。けれど幾ら見回せど、周囲には人どころか動物の影さえない。だけがぽつりとコンクリートの上に立っていた。周囲の民家から聞こえてくるのだろうが。そうが思ったときだ。

―リィン
響いた鈴の音には体をぞくりとさせた。さきほどまで遠くで聞いていた音がやけに大きく聞こえる。いや、体中に響き渡ったような感覚といったほうが早い。体中の脈が聞こえてきそうなほどは緊張していた。そしてもう一度鈴の音が響いたとき。

―ドクン
には自分の心臓も波打ったように思えた。その後だ。突然の足元にぽっかりとした穴が開いたのだ。
「え!?」
足を止めていたは小さな悲鳴上げることしか出来ず暗い穴の中に落ちていった。咄嗟に目を瞑ると耳にどぼん!と水の中へとダイブした時のような音がする。それに驚き目を開けたはしかし開けると同時に瞼の中に入ってきた水と暗いその中で何も見えない。ぼこり、といくつかの泡が浮かぶのだけはなんとか見えた。確かに、水の中にいるようだった。幸いはそれなりに泳ぐことが出来る。だからは必死に手をかき回し上へ上ろうとした。今は平気でも、このままではいずれ溺死してしまう。なんでこんなことになっただとかそんなことは後回しで、今はとりあえず陸へと上がることを考えねばならなかった。しかし近くにあるはずだろう陸上へ一向に出られる気配がない。それどころか必死に手足をばたつかせているというのに、ぐいぐいと体がどこかに引っ張られているような気すらする。
そしてその力が急激に強くなった。あまりの速さにもはや幾ら手足をバタつかせても意味が無いものとなる。しかも感覚的にどうもまっすぐ引っ張られてるわけではなさそうだ。濁流の中に巻き込まれるといった感じのそれに、は息も出来ずそろそろ限界が近づいてきていた。洗濯機の中の衣服ってこんなかんじなのかなぁ、なんてことを考えああもう無理だ。そうが思うとぴたりとそれがとまったのである。
最後の力を振り絞って、とは恐る恐る瞼を開いた。しかし予想していた水は入ってこない。
(陸上だ!!!)
は慌てて酸素を吸い込む。が、一度に大量に吸い込みすぎて逆に咽てしまい更に苦しくなった。げほっごほっがはっと何度も咽たあとようやくは酸素のありがみを実感した。ありがとう酸素。今度からは地球に優しい人間になるよ。いくら暑くても寒くてもエアコンも我慢する。そう心に誓ったである。
呼吸も整ったところで、脳内にも酸素が回ってきたようだ。突然な出来事が多すぎてわけがわからないことだらけだがまず初めに浮かんだ疑問はここはどこだということだった。
すると目の前にあるというのにそこで景色が理解できるようになる。
辺りは相変わらずの黒だった。しかしそこにはいくつもの明るい色がある。その景色はどう見ても星空。
(きれい・・・・。)
それもただの星空ではなかった。今時珍しい、恐らく田舎でも拝めないだろう満点の星空だ。空気が澄んでいる証拠のそれは暗闇の中数多の星が各々強い光を放っていた。
しかもそれがやけに近く見えるのでは思わず瞬きをするのも忘れてそれを見つめる。やがて先ほどの濁流の名残の水がのサイドの髪を伝って落ちる。
それはゆっくりと星空に落ちていき――触れた直後その星空は揺らめいた。今度は違った意味では目を見張る。揺らぐ星空はどうみても落ちた水で波紋をつくっていた。
いくつもの星が揺らぎ、波紋一つなかったそこが波打つ。
(――まさか。)
は後ろを振り替える。否、後ろだと思っていたものを。そうして視界一杯に広がったのは先ほどと同じ光景。しかしそれ以上に本物だと思わされる壮大さには鳥肌が立った。
どこまでも続く暗闇。どこまでも照らす数多の星。気が遠くなるほどのその光景は自然と、自分がちっぽけな存在だと思わざるを得なかった。
広い広いその空間で、はいつの間にか先ほどまで見ていた星空の湖の上に立っているということにも気がつかずにひたすら夜空を見上げていた。
数多の輝く星達は宝石なんかよりも綺麗で。はその星達の中でも一際強い光を放つ一つの紅の星に手を伸ばしていた。その星はその色を明滅させ、暗闇の中、白い光を放つ星達のほうが輝きが目立つだろうに、その紅の星はどの星達よりも輝いて見えた。そしてはありえないだろうに、まるでその星に手が届いてしまうかの錯覚を覚えたのだ。
ゆっくりと伸ばされる腕。けれどその腕がまっすぐ伸ばされる前に、の体がぐらつく。再びの体が引っ張られたのだ。
今度は空気の激流に飲まれた彼女はしかしあまりの風圧に息をすることさえ難しく、いつしか彼女の意識は途切れていった。


***


少年はその日自邸の屋根の上で星空を見上げていた。その日、翌日は快晴なのか雲ひとつ無い夜空で星達が暗闇を飾る。
冷たい夜風が彼の頬を掠め、そして彼のバンダナとバンダナから出る漆黒の髪を揺らした。まだ暑さが残るその季節に夜風は気持ちよく、少年は思わず闇夜に月と星同等に輝く綺麗な金色の目を細める。
「あ。」
ふとそこで少年は声をあげた。それは一瞬の出来ごとだった。見ようによっては幻覚に見えるかもしれない。だが確かに少年はその一瞬の出来事を見ていたのだ。
「どうしたんだよ、急に声なんかあげて。」
そこへ小さく瓦屋根が軋む音と同時に、少年へと声がかかる。
「何か思いでもしたのか?昔無くしたおもちゃの行方とか。」
少年の背後まで来た声をかけた少年は、からかいを含んだ口調でそう言う。けれど少年―ティルは彼を振り返ることもせず、星空を見上げたまま小さく笑いながら応えた。
「ううん。そんなんじゃないよ。」
「じゃあ、なんでだ?」
ティルの隣へと腰掛けた彼は胡坐をかいてその膝の上にひじを置き、頬杖つきながら尋ねる。しかしティルがそれに対して答える前に彼は更に口を開く。
「というか、お前が一人で星空なんか見てるなんて珍しいよな。」
「そうだね。テッドが見てるのに俺が付き合うことはあるけど。」
苦笑を浮かべるティルは未だ視線はテッドに向くことなく星空へと向かっていた。しかし、テッドはいつものように星空を見上げるのではなく、ティルをじっと見ている。恐らく答えを促しているのだろう。それを肌で感じ取ったティルは彼の疑問に答える。
「なんとなく、かな?気分。」
すると横で溜息を吐かれティルは思わず片眉をあげる。
「なんだよ。」
「ったく。なんか悩みでもあんのかと思った俺が馬鹿でした!あーあ損した!」
「いらぬ心配ありがとう。」
「かー!かっわいくねぇー!!お前、親友の俺様を心配させるとは何様だ!」
「テッド様の親友様です。」
そこでようやくティルは星空から屋根の上で寝そべった彼へと視線を合わせ目が合った瞬間彼らは互いに小さく噴出した。家の灯も消えた町の中、その笑い声が小さく響く。そしてやがてどちらともなく止んだ。
「そうだ!俺、流れ星を見たんだよ!」
屋根の上で仰向けになりそのまましばらく夜空を見上げていた二人だったが、ティルが思い出したように声を上げた。
いつになく興奮した様子の親友にテッド一瞬目を瞬かせる。彼の親友は名貴族の子息ということもあってか、それとも大金持ちの坊ちゃまだというのに異種であろうか――とにかくも日々変わらぬ表情を浮かべちょっとやそっとでは感情をださないのだ。だからその様子に驚いたのだった。そして遅れて彼の言う内容を理解すると彼以上に興奮した様子でテッドは茶色の目を輝かせる。
「へぇ!まじでか!」
「うん!一瞬だけだったけど、絶対そう!あれは流れ星だって!」
「いいなぁー・・・!俺も見たかったなぁー・・・・。」
彼の目の錯覚だと疑う気持ちはテッドには毛頭なかった。何しろ、ティルは武術を身にしているし、その身のこなしは彼の年にしては目を見張る強さだ。
実際彼は若干16歳にして皇帝陛下に謁見し、身辺警護の任を持つ近衛隊への入隊を任命された程である。その異例の出世は彼の出生、彼の父が大将軍だということも無きにしも有らずだが、それにしても彼自身の素質が大きい。親の七光りだと思われがちな彼だが、彼を知る者から見れば彼には相応の実力があった。そんな彼が見たというのなら見たのだろう。武術を行うならそれなりに動体視力も良くてはならないのだ。
流れ星を見れなかったことに対する意気消沈した様子を隠しもせずテッドは肩を落とし、大きな溜息を吐いた。
いつも自分が見上げてるときは流れないというのに、なぜ今日に限って、しかもティルが。といったように悔しさも一押しである。
「そうだ。願いごとはしたのか?」
溜息を吐きながら言葉を発するという器用なことをした彼にティルは呆れた視線を送った。この辺りはさすがに貴族の子息である。だが屋根の上に上がりなおかつ仰向けになるという時点で彼の親友に感化されてるのは否めない。
「願い事って?なんで?」
呆れた視線を送ってから、ティルは首を傾げた。そんな彼の様子にテッドは「ああ、そうか。」と頭に両手を置く。そしていつのまにか起こしていた上半身を再度屋根の上に沈ませた。
星空を見上げながらテッドをぽつりぽつりと喋りだす。
「昔な、教えてもらったことなんだけどよ。なんでも、流れ星が落ちるまでに三回願い事を口にすると願いが叶うらしい。」
「・・・・それって無理じゃない?」
テッドの言葉に目を瞬かせたティルだったが思わずっといったように気がつけばそう呟いていた。しかしどうやらテッドもそう思っていたらしく、特にその言葉に気分を害した様子も見せず、むしろティルの言葉に神妙に頷いて見せた。
「俺もそう思った。」
「テッド・・・・。」
再びティルがなんともいえない視線が送られる。言い出しといてそれはなんだといった心境だ。
「でもさ。」
そんなティルの視線をもろともせず――というかもはや慣れで無視し、テッドは夜空を見上げたまま話し出した。ティルはもうろんげな目でテッドを見てはいなかったが、なんともいえない感を身に纏わせつつもテッドの言葉に耳を傾ける。
「そう思ってたら、明日もがんばれるって思えねぇ?
そんな星が落ちるまでに三回願い事を口にするなんて気の遠くなりそうなこと繰り返すよかは身近なものをこつこつ片付けて願いを叶えたほうがさ。早そうだし?
だからなんつーか、流れ星は希望っつーかな。まだ俺にも出来ることがあるー!みたいなさ。」
「ごめん。言ってること意味わかんないよ。」
長々と語ったテッドには悪いが、即答であった。思わずつい真剣になりかけ話していたテッドは肩の力が抜ける。そんなテッドを見て、ティルは悪戯の成功したような笑みを浮かべた。
「でもなんとなく言いたいことはわかる。」
テッドはティルのその言葉に更にぽかんとしたが、徐々にその顔にも笑みが浮かび上がっていく。
そして彼の気持ちをぶつけるがごとく、テッドはティルへと体当たりをかました。
「さっすが俺の親友ー!わかってるぅー!!」
「はいはい。というか男同士で暑苦しいから離れて。」
ティルの肩に腕を回してそう豪語するテッドにティルはそう言うものの、その顔は彼と同じく笑みを携えていた。

そうして彼らはその後、しばらく思うがままにふと思ったことを談笑していたのだが。
「つかさ、お前早く寝なくていいの?明日ロックランドだろ?」
「あ。」
そのテッドの一言に明日近衛隊としての任務としてロックランドへ行くことになっていたことを思い出したティルは慌てて会話を中断し、その場は解散となったのである。


BACK / NEXT