それから2週間が過ぎ、ようやく全員の体調が回復すと、達は数日滞在していた宿屋を出た。
森の中を歩きながらは苦笑する。背後ではティルとラズリルがいつもより白熱した睨み合いをしていた。二人とも恐ろしく端正な顔立ちであることから、鋭い表情は周囲に威圧感すら与えている。しかし、その一人であるラズリルの右頬は未だ青く腫れていた。
体調が回復すると、ティルが問答無用で殴りかかったからだ。常ならば防ぐことのできるラズリルもまだ本調子ではなかったのか、ティルの攻撃を避けず頬を青く腫らすことになる。
まだ立つのもままならない病み上がりだというのに気迫の衰えないラズリルの鋭い眼光に、対してティルもまた足りないとばかりに胸倉を掴んでいた。普段は穏やかな彼だが、表情を削ぎ落とし無表情で、抑えられていない殺気の籠った眼光だった。このままでは半殺しにするまで殴り続けそうな勢いに、慌てて他の面々が全力で止めたのである。
あわや乱闘か、しかし直後である。面々を衝撃が襲った。乾いた音が室内に響き、視線が集中する。
ラズリルの左頬を、グレミオが平手打ちしたのだ。やテッド同様に仲裁要員である、いつも温和な彼には珍しく眉を吊り上げて手を挙げた事に、誰もが目を丸めた。
グレミオは温厚な表情を険しくして、言った。「人が嫌がる事をしてはいけません」と。最もであった。彼の言い分は当たり前なことで、特別なことを言っている訳ではないだろう。それでも普段の彼の様子を知っているからこそ、彼の見せたことのない怒りに周りは静まり返り、傍若無人なラズリルも反射的に無言で頷くのだった。母は強し。いや、乳母は強かった。
ラズリルが頷いて見せるとグレミオは険しい表情をいつもと同じ柔らかなものにして、体調が治ってよかったです。お腹は減っていませんか?などと普段通りになるものだから、へ行ったことに対するラズリルの詰問は自然とそこで収まることになる。
これで全てが元通り。しかし、やはりそうは問屋は降ろさないというもので。ティルのラズリルに対する苛立ちはまだ消えていないようで、対するラズリルもティルに辛辣である。すぐに取っ組み合いになりそうな二人を回りはその度諫め、ようやく睨み合いと言葉の応酬には収まる様になるころには更に1週間経っていた。
元気なのはいいことだが、体調が回復した途端これである。周りに迷惑はかけないでほしい。特に私、と今は巻き込まれていないが思う。
その時であった。風が強く吹く。そして鍛えている事もあり、以前よりよくなった動体視力では見てしまった。ティルに貰った髪どめが外れ、風にさらわれてしまったのだ。は咄嗟に手を伸ばした。直後、身体がぐらつきは目を見開く。ほんの数歩、追いかけたのがいけなかった。達が今歩いている場所は崖のすぐそばだった。咄嗟に飛ばされた髪飾りに手を伸ばしたが、は崖の方へと足を進めていたのである。運悪く、その先は足場が脆くなっており、目を見開いたは突然の浮遊感に悲鳴をあげることなく、崖から落ちていくしかなかった。 髪が浮きあがり、は目を瞑って、恐らく来るだろう衝撃に耐える。
けれどいつまでたっても衝撃はこない。それどころか何か温かいものに包まれているような気がして、は目を開けた。そして自身を抱きしめている者に気付き、顔を青くするのだった。
たまに起きている実感がなくなった。そしてこれは本当に現実なのかと幾度となく疑ってしまう。
彼やティル、そして。彼女たちと笑みを浮かべていると、夢を見ているのではと思うのだ。あまりにも望んでいた光景がそこにはあった。
全てに諦めていた人生を、再び歩むきっかけをくれた恩人。一度は別れを覚悟した大の親友。長い時を過ごして初めて、傍にいたいと、思った人。
全てが振り返ればそこにあり、どうしても幻ではないかと思ってしまう。もしそれが本当に幻であったら、今度こそテッドは耐えられそうになかった。だから疑う。何度も何度も、これは夢の続きなのではないかと疑い続けた。
だが全ては夢ではなく、そこにあった。もう会うことはないとすら思っていた、彼女すらも。笑う彼女の隣。それがいつの間にかどんなに心地よく、かけがえのないものになっていたのか、テッドは失ってから気付いたのに。
疑って、疑って。どうかこの夢が覚めることがない事をテッドは何時も願っていた。
「テッド!」
自身の名を呼ぶ彼女の声は、もう二度と聞けないと思っていた。
必死な彼女の声がテッドの意識を揺さぶる。いつの間にか意識を失っていたようで、瞼を開け目の前にいた彼女に、テッドは茫然と呟いた。
「・・・?」
まるで夢の続きのようだった。未だ朦朧した意識の中、もう会えないと思っていた彼女に、テッドは目を見開く。
は眉尻を下げたかと思えば、未だ茫然とするテッドに抱きついてきた。驚きに目を瞬かせる彼に、涙声で言う。
「よかった・・・!!」
強く抱きしめられながら、テッドは思う。これは夢?否違う、現実だ。彼女の一番近くにいたテッドは崖から落ちたを咄嗟に庇ったのだ。そして彼女と一緒に落ちた。どうやら丁度良く木の上に落ちたらしく、さほど傷がつくことがなかったが眉を寄せる。
「ごめん・・・!ごめんね・・・!!」
今にも泣きそうなを見て、テッドは思う。ああ、これは夢じゃない。夢じゃないのだ。後頭部の鈍い痛みに、しかしテッドは微笑んだ。
「大丈夫だ、気にすんな。」
テッドはそう言って、彼女の頭に手を置いた。はテッドの服の裾を掴んだまま、やはり今にも泣きそうだ。そんな彼女をあやすように何度も頭を撫でてやる。そうしていると彼女も落ち着いてきたのだろう。もう一度テッドを見ると眉尻を下げる。「本当に、ごめん。」
「平気だって、言ってるだろ。」
呆れたように彼女に微笑むと、辺りを見回す。中々に高い木だが、下りられない程じゃない。テッドは軽い動作で枝木から地面へ飛び降りた。突然の事に目を丸めるを見上げると、手を広げる。
「受け止めてやるから、ほら。」
今の彼女には降りられないだろう。そう言って微笑み手を広げるテッドに、は拳を握る。確かにこんな高さ、情けない話ではあるが一人では降りれない。テッドは支えてくれるようだが、地面から2丈はある高さに少し怯えながらも、は降りる決意をする。その時だ。 何かに気付いたように、テッドが広げていた手を下し、辺りを見回した。
「降りてくるな。」
鋭く放たれた言葉に、は目を丸めた。テッドは木を背に、辺りを警戒しながら上にいるに言う。
「囲まれてる。」
草陰にぼんやりと赤い目が浮かんだかと思えば、欄欄とした光は周囲に幾つも浮かんでいく。
草木を踏む音ともに、前に現れたのは魔物たちであった。どうやらその場は、魔物の巣であったらしい。随分と数の多い魔物にテッドは苦笑を浮かべる。だがすぐに、顔を引き締めた。ぎらついた目でこちらを見る魔物。一、二、三・・・確認出来るだけで六体だ。
魔物達は一斉に襲いかかってきた。
「テッド!!」
思わず木の上からが声を上げた。崖から落ちた時に矢筒を落としてしまったのだろう。テッドの手に、得物はない。そうなると必然的に近距離戦になるのだが、彼は弓使いだ。近距離戦は向かないに決まっている――けれどテッドは素早く襲い掛かる魔物達を避けると、蹴りを一体に打ち込んだ。
「一体。」
何も手にしていないテッドは、そこで拳を構える。鋭い目で魔物を見ると、襲いかかってきた一体に拳を、もう一体には蹴りを打ち込む。
「二、三。」
背後を魔物が襲った。けれどテッド振り返ることなく蹴りでその二体をまとめて薙ぎ飛ばした。
「五、六。」
あっという間に、テッドはその場に居た魔物たちを倒してしまった。は唖然とする。てっきり彼は遠距離型だと思っていたが、肉弾戦でもいけるのだ。軽やかな身のこなしに、はテッドの意外な面を見た。けれどテッドは未だ構えを解かない。安堵の息を吐いたとは反対に、鋭い舌打ちを零す。
「まだいやがるか。」
森の奥から、続々と新たな魔物たちが現れてくる。はそれに足が震えた。
こんなに数が多くて、テッド一人。勝てるのだろうか――
仲間の魔物がやられたことに魔物は先程よりも勢いよくテッドに飛びかかった。魔物の数は、第一波よりも断然に多い。
足は竦みあがったままだ。けれどは息を飲む。そして、意を決してその場から飛び降りた。狙って飛び降りはしたが、飛び降りる恐怖に目を瞑ってしまう。だがうまくいったらしい。足の裏に温かく固い感触と、魔物の呻き声が上がる。丁度テッドに襲いかかろうとしていた魔物の一体の上に着地出来たのだ。
――これで二人だ。
「テッド!助太刀するよ!」
そう言いつつも、の足は情けなくも震えていた。勢いよく助太刀をするという彼女に、テッドは目を丸める。やがて噴出す。
「そりゃ、頼もしいや。」
テッドはそう言ってに背を向けた。背を預けてくれたのだ。は静かにいつも帯刀している鞘から剣を抜く。息を吸うと、前を見据え背をテッドに預けて立った。足は震えている。拳も心も震えている。全身が恐怖に震え、けれどは瞳だけは鋭く魔物たちを睨みつけた。次の瞬間、歯をむき出しにして襲いかかってくる魔物たちを必死になぎ倒すのだった。
それから数分。は肌と言う肌から汗を流しその場に倒れこんでいた。テッドが地面に倒れ込んだに手を伸ばす。
「ほら。」
荒い息をしていたは、必死に整えながら差し出された掌を掴んだ。そのままテッドに力強く引かれ、起き上がる。は額から汗をかいただけのテッドに、思わず眉を寄せた。
「ずるい、テッド。肉弾戦、得意じゃない。」
未だ息を乱し、不服そうなにテッドは笑みを浮かべて肩を竦めた。
「まぁな。弓矢だけじゃやってけねぇから。」
そこでふと、テッドが顔を引き締めてを見た。目を瞬かせるに言う。
「なぁ、一つ願いがある。」
「またお願い?」
は彼の『お願い』に苦笑を浮かべる。本当に、彼は『お願い』とやらが好きだ。けれどテッドはいつになく真剣な表情で、の手を掴んだまま口を開こうとした。その時だった。
「ちゃん!テッド君!」
「グレミオさん!」
グレミオだ。彼は慌てたようにこちらに駆けてくる。思わず頬を緩ませたが、そんな彼より早く動く者がいた。赤い胴衣を着た彼はに駆けよると思い切り抱きしめる。
「・・・!」
は顔を若干赤くしながら言葉を濁す。
「あ、汗臭い、よ・・・私・・・」
けれどティルは決してを離そうとしなかった。同時に駆けついた、睨むように見るラズリルも気にしない程である。相当心配してくれた様子のティルには申し訳なく思いながらも苦笑を浮かべる。そこで彼に抱きしめながらは彼らが来る前の事を思い出す。やがて彼の抱擁が解かれると、はテッドに振り返った。
「それでテッド、何?」
だが振り返りそう尋ねたに、テッドは苦笑を浮かべた。「なんでもねぇよ。」
――もう、居なくならないでくれ。なんて、言ってはいけない言葉ではなかっただろう。それでもその言葉に含まれたものがないとは言えない事をテッドは知っている。それはどんな時でも薄れてしまう事なく、あったのだから。
俺はいないのだ。
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まだ立つのもままならない病み上がりだというのに気迫の衰えないラズリルの鋭い眼光に、対してティルもまた足りないとばかりに胸倉を掴んでいた。普段は穏やかな彼だが、表情を削ぎ落とし無表情で、抑えられていない殺気の籠った眼光だった。このままでは半殺しにするまで殴り続けそうな勢いに、慌てて他の面々が全力で止めたのである。
あわや乱闘か、しかし直後である。面々を衝撃が襲った。乾いた音が室内に響き、視線が集中する。
ラズリルの左頬を、グレミオが平手打ちしたのだ。やテッド同様に仲裁要員である、いつも温和な彼には珍しく眉を吊り上げて手を挙げた事に、誰もが目を丸めた。
グレミオは温厚な表情を険しくして、言った。「人が嫌がる事をしてはいけません」と。最もであった。彼の言い分は当たり前なことで、特別なことを言っている訳ではないだろう。それでも普段の彼の様子を知っているからこそ、彼の見せたことのない怒りに周りは静まり返り、傍若無人なラズリルも反射的に無言で頷くのだった。母は強し。いや、乳母は強かった。
ラズリルが頷いて見せるとグレミオは険しい表情をいつもと同じ柔らかなものにして、体調が治ってよかったです。お腹は減っていませんか?などと普段通りになるものだから、へ行ったことに対するラズリルの詰問は自然とそこで収まることになる。
これで全てが元通り。しかし、やはりそうは問屋は降ろさないというもので。ティルのラズリルに対する苛立ちはまだ消えていないようで、対するラズリルもティルに辛辣である。すぐに取っ組み合いになりそうな二人を回りはその度諫め、ようやく睨み合いと言葉の応酬には収まる様になるころには更に1週間経っていた。
元気なのはいいことだが、体調が回復した途端これである。周りに迷惑はかけないでほしい。特に私、と今は巻き込まれていないが思う。
その時であった。風が強く吹く。そして鍛えている事もあり、以前よりよくなった動体視力では見てしまった。ティルに貰った髪どめが外れ、風にさらわれてしまったのだ。は咄嗟に手を伸ばした。直後、身体がぐらつきは目を見開く。ほんの数歩、追いかけたのがいけなかった。達が今歩いている場所は崖のすぐそばだった。咄嗟に飛ばされた髪飾りに手を伸ばしたが、は崖の方へと足を進めていたのである。運悪く、その先は足場が脆くなっており、目を見開いたは突然の浮遊感に悲鳴をあげることなく、崖から落ちていくしかなかった。 髪が浮きあがり、は目を瞑って、恐らく来るだろう衝撃に耐える。
けれどいつまでたっても衝撃はこない。それどころか何か温かいものに包まれているような気がして、は目を開けた。そして自身を抱きしめている者に気付き、顔を青くするのだった。
たまに起きている実感がなくなった。そしてこれは本当に現実なのかと幾度となく疑ってしまう。
彼やティル、そして。彼女たちと笑みを浮かべていると、夢を見ているのではと思うのだ。あまりにも望んでいた光景がそこにはあった。
全てに諦めていた人生を、再び歩むきっかけをくれた恩人。一度は別れを覚悟した大の親友。長い時を過ごして初めて、傍にいたいと、思った人。
全てが振り返ればそこにあり、どうしても幻ではないかと思ってしまう。もしそれが本当に幻であったら、今度こそテッドは耐えられそうになかった。だから疑う。何度も何度も、これは夢の続きなのではないかと疑い続けた。
だが全ては夢ではなく、そこにあった。もう会うことはないとすら思っていた、彼女すらも。笑う彼女の隣。それがいつの間にかどんなに心地よく、かけがえのないものになっていたのか、テッドは失ってから気付いたのに。
疑って、疑って。どうかこの夢が覚めることがない事をテッドは何時も願っていた。
「テッド!」
自身の名を呼ぶ彼女の声は、もう二度と聞けないと思っていた。
必死な彼女の声がテッドの意識を揺さぶる。いつの間にか意識を失っていたようで、瞼を開け目の前にいた彼女に、テッドは茫然と呟いた。
「・・・?」
まるで夢の続きのようだった。未だ朦朧した意識の中、もう会えないと思っていた彼女に、テッドは目を見開く。
は眉尻を下げたかと思えば、未だ茫然とするテッドに抱きついてきた。驚きに目を瞬かせる彼に、涙声で言う。
「よかった・・・!!」
強く抱きしめられながら、テッドは思う。これは夢?否違う、現実だ。彼女の一番近くにいたテッドは崖から落ちたを咄嗟に庇ったのだ。そして彼女と一緒に落ちた。どうやら丁度良く木の上に落ちたらしく、さほど傷がつくことがなかったが眉を寄せる。
「ごめん・・・!ごめんね・・・!!」
今にも泣きそうなを見て、テッドは思う。ああ、これは夢じゃない。夢じゃないのだ。後頭部の鈍い痛みに、しかしテッドは微笑んだ。
「大丈夫だ、気にすんな。」
テッドはそう言って、彼女の頭に手を置いた。はテッドの服の裾を掴んだまま、やはり今にも泣きそうだ。そんな彼女をあやすように何度も頭を撫でてやる。そうしていると彼女も落ち着いてきたのだろう。もう一度テッドを見ると眉尻を下げる。「本当に、ごめん。」
「平気だって、言ってるだろ。」
呆れたように彼女に微笑むと、辺りを見回す。中々に高い木だが、下りられない程じゃない。テッドは軽い動作で枝木から地面へ飛び降りた。突然の事に目を丸めるを見上げると、手を広げる。
「受け止めてやるから、ほら。」
今の彼女には降りられないだろう。そう言って微笑み手を広げるテッドに、は拳を握る。確かにこんな高さ、情けない話ではあるが一人では降りれない。テッドは支えてくれるようだが、地面から2丈はある高さに少し怯えながらも、は降りる決意をする。その時だ。 何かに気付いたように、テッドが広げていた手を下し、辺りを見回した。
「降りてくるな。」
鋭く放たれた言葉に、は目を丸めた。テッドは木を背に、辺りを警戒しながら上にいるに言う。
「囲まれてる。」
草陰にぼんやりと赤い目が浮かんだかと思えば、欄欄とした光は周囲に幾つも浮かんでいく。
草木を踏む音ともに、前に現れたのは魔物たちであった。どうやらその場は、魔物の巣であったらしい。随分と数の多い魔物にテッドは苦笑を浮かべる。だがすぐに、顔を引き締めた。ぎらついた目でこちらを見る魔物。一、二、三・・・確認出来るだけで六体だ。
魔物達は一斉に襲いかかってきた。
「テッド!!」
思わず木の上からが声を上げた。崖から落ちた時に矢筒を落としてしまったのだろう。テッドの手に、得物はない。そうなると必然的に近距離戦になるのだが、彼は弓使いだ。近距離戦は向かないに決まっている――けれどテッドは素早く襲い掛かる魔物達を避けると、蹴りを一体に打ち込んだ。
「一体。」
何も手にしていないテッドは、そこで拳を構える。鋭い目で魔物を見ると、襲いかかってきた一体に拳を、もう一体には蹴りを打ち込む。
「二、三。」
背後を魔物が襲った。けれどテッド振り返ることなく蹴りでその二体をまとめて薙ぎ飛ばした。
「五、六。」
あっという間に、テッドはその場に居た魔物たちを倒してしまった。は唖然とする。てっきり彼は遠距離型だと思っていたが、肉弾戦でもいけるのだ。軽やかな身のこなしに、はテッドの意外な面を見た。けれどテッドは未だ構えを解かない。安堵の息を吐いたとは反対に、鋭い舌打ちを零す。
「まだいやがるか。」
森の奥から、続々と新たな魔物たちが現れてくる。はそれに足が震えた。
こんなに数が多くて、テッド一人。勝てるのだろうか――
仲間の魔物がやられたことに魔物は先程よりも勢いよくテッドに飛びかかった。魔物の数は、第一波よりも断然に多い。
足は竦みあがったままだ。けれどは息を飲む。そして、意を決してその場から飛び降りた。狙って飛び降りはしたが、飛び降りる恐怖に目を瞑ってしまう。だがうまくいったらしい。足の裏に温かく固い感触と、魔物の呻き声が上がる。丁度テッドに襲いかかろうとしていた魔物の一体の上に着地出来たのだ。
――これで二人だ。
「テッド!助太刀するよ!」
そう言いつつも、の足は情けなくも震えていた。勢いよく助太刀をするという彼女に、テッドは目を丸める。やがて噴出す。
「そりゃ、頼もしいや。」
テッドはそう言ってに背を向けた。背を預けてくれたのだ。は静かにいつも帯刀している鞘から剣を抜く。息を吸うと、前を見据え背をテッドに預けて立った。足は震えている。拳も心も震えている。全身が恐怖に震え、けれどは瞳だけは鋭く魔物たちを睨みつけた。次の瞬間、歯をむき出しにして襲いかかってくる魔物たちを必死になぎ倒すのだった。
それから数分。は肌と言う肌から汗を流しその場に倒れこんでいた。テッドが地面に倒れ込んだに手を伸ばす。
「ほら。」
荒い息をしていたは、必死に整えながら差し出された掌を掴んだ。そのままテッドに力強く引かれ、起き上がる。は額から汗をかいただけのテッドに、思わず眉を寄せた。
「ずるい、テッド。肉弾戦、得意じゃない。」
未だ息を乱し、不服そうなにテッドは笑みを浮かべて肩を竦めた。
「まぁな。弓矢だけじゃやってけねぇから。」
そこでふと、テッドが顔を引き締めてを見た。目を瞬かせるに言う。
「なぁ、一つ願いがある。」
「またお願い?」
は彼の『お願い』に苦笑を浮かべる。本当に、彼は『お願い』とやらが好きだ。けれどテッドはいつになく真剣な表情で、の手を掴んだまま口を開こうとした。その時だった。
「ちゃん!テッド君!」
「グレミオさん!」
グレミオだ。彼は慌てたようにこちらに駆けてくる。思わず頬を緩ませたが、そんな彼より早く動く者がいた。赤い胴衣を着た彼はに駆けよると思い切り抱きしめる。
「・・・!」
は顔を若干赤くしながら言葉を濁す。
「あ、汗臭い、よ・・・私・・・」
けれどティルは決してを離そうとしなかった。同時に駆けついた、睨むように見るラズリルも気にしない程である。相当心配してくれた様子のティルには申し訳なく思いながらも苦笑を浮かべる。そこで彼に抱きしめながらは彼らが来る前の事を思い出す。やがて彼の抱擁が解かれると、はテッドに振り返った。
「それでテッド、何?」
だが振り返りそう尋ねたに、テッドは苦笑を浮かべた。「なんでもねぇよ。」
――もう、居なくならないでくれ。なんて、言ってはいけない言葉ではなかっただろう。それでもその言葉に含まれたものがないとは言えない事をテッドは知っている。それはどんな時でも薄れてしまう事なく、あったのだから。
言えなかった願い
夢の中で笑う君の側に俺はいないのだ。
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