DreamMaker2 Sample 透き通るような白磁の肌に、降り積もった新雪にも似た白銀の髪。
身が凍える寒さの中、頬と唇は、血色の良さから仄かに色づいている。
着流しを纏うなだらかな肩は細いものの、すらりとした手足は長く、大地にしっかりと足をつき、異様な存在感があった。
極め付きに、銀灰色の世界で浮かぶ、比類なき至高の珠玉の、青い瞳。
雪の中佇む白い少年は、この世のものとは思えない程、稀有に美しい人であった。


***



前方に見かけた白の髪を持つ、男性。足の爪先から全身、歓喜に心が震える心地がした。
素早くかかとを揃えて、ビシリと斜め35度に腰を曲げる。彼女の突然の動作は、いくら彼が、佇まいから存在感を放ち、呪術師としても知る人ぞいない人物であっても、周囲の人間が引いてしまう程であった。
頭を下げたまま、前方からやってくる彼に、は元気に声をかける。
「五条さん、おはようございます!好きです!」
挨拶と同時に、愛を叫ぶ。溢れんばかりの想いを吐き出すように、彼女は熱烈に続けた。「ラブ!今日も今日とて、ビックラブです!」
「はいはい、ありがと。
はい、これお土産」
対して、彼、五条は慣れたものだ。見ている周囲が挙動不審に陥るほどの彼女の言動にも動じることなく、片手に下げていた手提げ袋を彼女に手渡す。
差し出されたそれを、きょとんとした見つめた後、ぱあと顔色を明るくして両手で恭しく受け取った。
「わーい!ありがとうございます!」
紙袋は、デザインからして菓子の類だろう。五条の土産はさすが御三家の当主ともあってか舌が肥えていて、いつも外れがない。
まぁ、例え道端に転ぶ小石であろうとも、五条から渡されたものであれば、例外なく丁寧に受け取り、食べ物でない限り、厳重に保管一択だが。喜色満面の彼女に、五条は満足げに頷く。「ウンウン」
「じゃ、僕、次の任務あるから。またね〜」
「お疲れ様です!お気をつけてっ!!!」
その道の舎弟の如く綺麗な敬礼である。手厚く見送る彼女に、五条は軽く手を振るだけだった。
やり取りは一瞬であるものの、猛烈な彼女の勢いに、気圧されるもののは多い。
颯爽と去っていく五条の背中に、はキラキラと乙女の熱視線を注ぐ。その様子に、ようやく落ち着いたか、と周囲は静けさを取り戻していった。
こと、東京呪術高専ではよく見かける光景であるものの、未だに慣れることはない。彼女が叫ぶ熱烈なラブコールを、五条は軽く受け流す。余りの温度差の違いに、風邪を引いてしまいそうだ。
だが飄々とした返しの割に、五条は出張の度、彼女だけには必ず土産を買ってくる。どれだけ任務と教師業が詰まり多忙であっても、彼女を無下にする様子もない。興味がない相手には、とことんスルー、若しくは辛辣な五条としては、一等甘やかしているように見え、高専内には、暗黙の了解が広がっていた。『触る神に、なんとやら』である。

ところが、そうした空気を敢えて切り裂いていく猛者も、中にはいる。『触れない方がよさそう』と周囲の空気を察していても、好奇心を抑えられないタイプだ。
別に空気が読めない訳でもないのに、藪を蛇でつつき、大蛇が出てくるタイプの引きの悪い人間でもある。
さん、相変わらず五条先生の事、大好きっスねー」
校庭での実地の訓練が終わり、廊下で偶々、居合わせた虎杖だ。の背後、五条とは反対方向から、やってきた彼は挨拶がてらへと声をかける。
そして往々にして、そうした人間は恋愛面にも疎かった。率直に、虎杖は尋ねる。
「先生のこと、どこが好きになったん?」
あ、と思ったのは、共にいた一年の釘崎と伏黒だ。ぼそりと伏黒が呟く。「バカ虎杖」
恋する女に恋愛について尋ねるなど、ややこしいことに首を突っ込むのと同然である。スーパードライの伏黒でなくとも、彼女にとって、その手の話は鬼門であった。なぜ知っているかと言えば、既に経験済みだからだ。
釘崎は知り合って早々に、女性特有の恋バナへの好奇心を抑えられず。伏黒は誠に残念なことに、一応、男の弟子の立場なので、奢るとうっかり釣られたファミレスで小一時間程付き合わせられたことがある。
すっ、とが息を吸う。伏黒と釘崎は、素早く視線を巡らせ、どうにかその場から逃走できる手段が残されていないかを探した。ところが暢気な虎杖に、が語り始める方が早かった。
「あれは私が、まだ高専に来る前、
呪霊も知らない平凡で人畜無害な社畜OLの頃です。
連日の残業で疲労困憊。家に帰宅しても、泥のように寝るだけ。ご飯も作る気力どころか不思議と食欲すらなく、
日々田舎から送られてきた果物を辛うじて丸かじりするか、外では携帯食品、栄養ドリンクで手短に済ませていました。あの頃は、栄養剤が飲み物でしたね。
多分、片足どころか両足ひざ上まで、疲労死の域に突っ込んでいたんだと思います。
そんなある日、突然奇妙なものが視えたんです。
最初は幻覚かな、と思ったんです。疲れていたんで。
でも、実害があって初めて、幻覚ではないとそこでようやく気付いたんです。
そうです、呪霊です。
まぁ、実害が起きた時点で絶体絶命で疲労死を飛び越えて物理死に直面しちゃった訳なんですが。
そんな時です、五条さんに助けられたのは。
・・・天使でした。
ええ、まごうことなき、天使です。
全身まっくろくろすけで不審者然とか、全く関係ないです。
背中には羽が生えていましたし、後光には光が差してました。
え?羽は確実に幻覚?光はあかの派生物?そんなことは些末なことです。私には誰よりも美しい天使に見えたんです。
突然の化け物に襲われて、死を覚悟したら、
あのすらりとした腕で、軽々と姫抱きですよ?
あんな、服装のせいで一見細い体躯に見えますけど、ええ、それは、もう、ガッチリとしていました。ビクともしていませんでした。人、一人抱えて。
僅かに密着した箇所から波動する、完全無欠のMuscle body。
冷涼な横顔も、見上げた時に映った凹凸のある喉仏も、掴まれた節くれだった掌も、大層麗しかったです。
それで、天使の声で「大丈夫?」と。
これで落ちない女います?

目隠し?だから、そんなもの、あの方を前にすれば関係ないですって。
アイマスクをしようが、隠せない壮絶なまでの色気駄々洩れじゃないですか。

ええ、ええ。あの瞬間。私は天国に導かれました。
社畜の日々は、地獄であったようやく気付きました。彼は正に天の使いであったわけです。
世界が薔薇色に色づきましたね。
ビューティフルイズワールド。五条悟イズビューティフル。世界の真理に辿り着いてしまったわけです。
今でも、彼を視界に入れる度に背後に薔薇が見えます。
彼が息づく世界はなんて美しいのでしょう。
彼から吐き出される吐息は、世界を救います。

稀に、美しい瞳なんて覗いてしまえば、拍手喝采の大歓声ですよ。
かのメデューサでは、石化されますが、彼の瞳は体中の血を湧き起こして、思わず鼻から噴き出ても可笑しくはありません。

願わくば、彼の世界の隅っこで、私がくたばるまで彼に尽くし続けたい。
ええ、私が補助監督へと転向したきっかけとなるわけです。

そうそう、私自身は呪力も術式も持たない非術師だったのですが
実は両親は呪術師であったようで。
末端とはいえ、五条家の方ともご縁があったそうです。
毎年、頂いていた豪勢なお歳暮やらお中元は、五条家からのものだったらしく。
そうです。お察し頂いた通り、田舎から送られてきていた果物ですよ。あの頃、食欲も気力もない中、最低限の命綱だった食べ物でした。
つまりは、別の面でも命の恩人でもある訳です。これはなるべくしてなった、運命でしょう。

それは兎も角。五条さんの魅力は日々とどまることを知りません。
彼の内面性がそうさせるんでしょうね。
日増しに増していくばかりで、昨日なんて、仕事終わりにわざわざ、「お疲れ様」と声をかけてくださったのです。
呪術師として、教師として、ご当主として、誰よりもお疲れでしょうに。すれ違いざまに頭をぽん、と撫でて。あの、美しい手で。
お陰で昨日は頭を洗いたくなかったです。さすがに、不衛生の塊で五条さんの世界を僅かでも汚すわけにはいかないので
泣く泣く洗いましたが。

一昨日は、御見かけた際に元気よくご挨拶したところ
「今日も元気だね」とくすりと、笑ってくださいました。
やっばいですよ。こんな三十路いて堪るかって程、愛らしく、若々しい笑みでした。
心臓が喉元まで出かかりましたよ。多分、毛細血管あたりは切れていたと思います。鼻の奥で鉄の味が滲んでいたので。
五条さんが健やかで何よりでございます。


二日前はですね、出張のお土産をわざわざ届けてくださったんです。
しかも、以前たまたま、職員室で見かけたテレビの特集で、他の補助監督さんと「あれ、いいね」と話していたお菓子です。
とんでもねぇイケメンじゃないです?どうしてです?なんでそんなにイケメンなんです?
見た目もイケメン、中身も気遣いイケメン。私は一体どうすればいいのでしょうか。とりあえず、五条さんの為に呪術界で身をとして働きますね。
去り際の髪の毛はその日も、艶やかなくせにサラサラで、風に揺れて爽やかでした。多分、五条さんは天候も操りますよ。
だっていつも五条さんの周りには春風が吹いていますもん。
五条さんに出来ない事って、何もないですね、知ってましたけど。
勿論、出来ないことがあっても大好きですし、逆に心の底から愛しいですよね。
やっぱり五条さんの存在は愛、であると思うわけです。

三日前の五条さんは・・・・・・・」


それから、優に1時間以上語られた。







猛アタックを続ける彼女に対して、五条の態度は素っ気ない。だが、嫌っているようでないし、表情も柔らかい。周囲が何時まで続くかと思っていた彼らのやり取りだが、ある日、ぱたりと止まった。

子犬のように纏わりついてくる、の愛の告白に、ある日、五条が苦言を呈したのだ。
生徒へ借出していた呪具を抱え、武器庫へ戻すべく歩いていた折、は手に持つ呪具を両腕から落としかけた。 貸出されているといっても、安い呪具ではない。どれも最低、数百万はするものばかりだ。 咄嗟に自身の身より呪具の無事を優先して、はバランスを崩す。
しかし待てど衝撃は来ず、代わりに腰に誰かの腕が周り、背中に温もりを感じた。
目を瞬かせていると、頭上から軽くため息が降ってくる。触れた箇所から漂う、微かな爽やかな匂いに、はまさか、と思った。
「なにやっての。呪具なんかより、自分の身を優先しなよ」
聞き知った声は、心配の色を滲ませていた。見上げると、黒のアイマスクに覆われた眉間に、微かに皺が寄せられている。五条だ。
「ありがとうございます。助かりました」
五条は、何時もあっけらかんとして飄々としているのに、眉間に小谷を作って、少し不機嫌そうな表情を浮かべている。口調は僅かに刺々しいのに、心配がありありと伝わってきて、そんなところも非常に好きだ。
高鳴る鼓動に合わせて、口から想いの欠片が零れる。
「今日も、五条さんが大好きです」
眉間にしわを寄せた五条は、非常にレアだ。よく、他の補助監督には多忙ゆえの無茶ぶりをすると周りから聞くが、岬はあまり、五条が不機嫌になったところを見たことがなかった。五条だけでなく、呪術界はマイノリティなので、補助監督もいつも多忙だ。きっと、忙しさから皆さんも気が立って、そう感じてしまっただけだろう。
えへへと締りない笑みを浮かべるに、五条に一瞬、沈黙が落ちる。唐突に、岬を支えていた腕がパッと離れた。

「あんまり、そういうの、良くないよ?」
口を一文字に結んで、見下ろしてくる五条さんも、レア。
暢気に脳内に花畑が咲いている乙女ことは、ちょっと不機嫌そうな五条を前にしても、暢気に桃色の想いを抱く。
数瞬遅れで言葉を理解して、反応を返そうとするが、五条が素早く踵を返す方が早かった。
は五条の意図が読めず、ぽかん、とした表情で見送るだけだった。

それからだ。五条がを避けるようになったのは。


***


見かけた大好きな背中に、条件反射にも似た動きで駆け寄っていく。
「五条さん」
「…なに?」
パタパタと駆け足で近づいてきたに、しかし五条は振り返らない。
あれから数日。声をかければ、反応は返ってくるが、以前のように軽く雑談を交えることはなくなってしまった。
いくら元々軽い反応であったとしても、今まで話しかければ、五条は必ず、と視線を合わせてくれていた。目隠しをしていても、顔の向きがを見ていたから、間違いはないだろう。ところが、今の五条は遠くを見たまま、こちらを一瞥すらしない。今までと明らかに異なる素っ気ない態度だった。さすがに一瞬躊躇いが生まれたが、はそれを飲み込む。
「…これから任務、ですか?大丈夫だとは思いますが…、お気を付けてくださいね」
黒の上着に両手ポケットに手を入れたまま、五条は一瞬だけ視線をよこした。
ちらりと一瞥して、五条は何も言わない。どんな言葉が返されるか、は体の横にぶら下げた両拳を軽く握りしめ、緊張しながら待つ。しかし、五条が言葉を発することは何もなかった。
踵を返して、離れていく。
遠くなった黒い背中には、高専の廊下にある、格子窓から麗らかな日差しが差し込んでいる。

外には快晴が広がっているのに、の心には、陰鬱な鉛色の空が広がっているようだった。


***



五条から無視をされるようになって1週間後。その日は、五条を引率とした、虎杖の大阪への任務だった。補助監督はだ。
引率とはいえ、久しぶりの五条の任務への同行だ。普段から気を緩めているわけではないが、一際、粗相が出ないよう、は気を引き締める。と同時に、関係を修復すべくまたとない機会だった。仕事とはいえ、最低限のコミュニケーションは必要となる。そこから、少しでも様子を伺う事が出来れば。とて、この恋の成就まで望んでいる訳ではない。だが、せめて以前のように気軽にやり取りできるような関係には戻りたかった。


高専所有の車はあるが、大阪への出張であれば、新幹線経由でレンタカーを借りた方が早い。駅構内で新幹線がやって来るのを待っている間、早速、数分待ち時間が発生した。いくら多忙を極める五条と言えども、ちょっとした空き時間に手持ち無沙汰の様子で、岬は今がチャンスだと、五条へ話しかけようとする。
しかし、五条へと向き直り、口を開いた矢先だ。五条の肩が避けるように動く。
「悠仁ー、ちょっと話があるんだけど」
あからさまな避け方だった。虎杖に話しかける五条の背中は明確に拒絶を示している。
は、ぎゅっと唇を引き結んだ。



引率とはいえ、特級呪術師の五条と、入学して間もないにもかかわらず、爆速で実力をつけていく虎杖の大阪への祓徐任務は、大きな損害も発生することなく、滞りなく終わった。収穫と言えば全くなく、任務の間は、本当に、最低限のコミュニケーションのみであった。
なまじ、虎杖のコミュニケーション能力が高いこともあって、思い返してみてもほとんど五条と会話した記憶がない。会話というよりは、一方的な事務連絡のみだった。
虎杖を高専寮まで見送った後、岬と五条は二人きりになった。高専寮から、各々の持ち場へ戻るまでの数分の帰路だ。
当然ながら、二人の間には以前のような軽い空気はない。横たわる陰鬱な沈黙に、は鳩尾辺りの腹の奥が、鉛を飲んだように重く感じた。

何か、気に障るようなことをしてしまったのだろう。以前までは、五条のフレンドリーな性格から、易々と想いの丈を、いつどんな場所でも伝えることが出来た。しかし今では、好きとすらも、言えることが出来ない間柄になってしまった。
嫌われてしまったのだ。
想いの丈の返しを望んでいたわけではないが、完全なる五条の拒絶に、ここ数日間、溜まってきた感情が膨らんで、破裂してしまいそうだった。
無意識だった。気が付けば、五条の上着の端を指の先で掴んでいた。
五条の淀みなく動かしていた長い足が止まる。彼が振り返る事はない。知っている。
は募る。
「本気で五条さんが好きです」
詰まりそうになる喉の奥から、必死に言葉を絞り出す。「だから、私が、何かしでかしてしまったんでしたら、すみません」
「ごめんなさい…」
拒絶は胸に痛みを走らせる。好意を持つ相手となれば、より一層苛烈だ。じくじくとした胸の痛みは、ここの所休まる様子もなく、まさに身を裂かれそうな心地であった。
軽い溜息が、五条の艶やかな口元から落ちる。小さな音だったが、の肩が微かに震えた。
「無視していれば、さすがに少しは離れるかと思ったんだけど」
衣服の身じろぎする音から、五条はこちらに向き直ったのだろう。視線を下げたままのの視界に、五条は映らない。
視界が滲んでいく。情けない顔を見せたくなくて、顔を俯かせたままのの視界の先で、五条の黒い靴が、こちらに向き直っているのが見えた。
無音で泣くを前に、五条は困ったように頭を掻く。
「まさか泣かれるとは、思ってなかった」
なかなか、難しいねぇ…
言葉だけであれば、単に五条の拒絶を口にしたようにも捉えられる。だが五条のその声は、思いの他、柔らかな声音を滲ませていた。思わず下げていた視線を上げる。
五条は黒のアイマスクを首元に降ろして、を見降ろしていた。五条と、久しぶりに目が合う。
露わになった眼差しは、想像していたような厳しいものではない。嫌悪や侮蔑に染まっているわけでもない。稀にサングラスをかけている時に覗かせたような、以前と同じ、優しい眼差しだった。
溜まらず、は声もなくびゃっと泣き出した。年甲斐がないと理解していても、感情の蛇口が決壊して、止めようがなかった。五条は慌てる。
「だ、だって、五条さんに、き、き、嫌われ………」
「嫌ってない、嫌ってない」
五条は苦笑を浮かべる。
「僕、嫌いな相手には、結構辛辣だからね?」
誰よりも五条を見ていたので、知っている。一度だけ、偶々見かけた呪術界上層部のお歴々に対する暴言や、感情の抜け落ちた表情に、普段との落差に目を白黒させた記憶があった。上層部のお歴々に比べれば、への態度はそこまで酷くはない。だからこそ、まだ心の底から嫌われた訳ではないと理解はしていた。そもそも、五条であれば、が近づけば姿を眩ませることなど、朝飯前だ。
それでも突然の五条の無視は、何よりもの心をメッタ刺しにした。恋とはげにも恐ろしいもので、は正しく死んでしまいそうな心地であった。
五条は頬を掻く。
「僕、優しくないよ?」
「五条さんは優しいです!!!」
食ってかからん程の勢いで、は断言する。猛烈な勢いのまま、は続けた。
「だって、いつも私なんかが好きだって言っても、ちゃんと聞いてくれます!
目を見て、話を聞いてくれます!!
お土産だって、絶対に忙しいだろうに、わざわざ買ってきてくれます!!!」
「うーん、そういう意味じゃなくてね…」
興奮まじりに次々に口を開くに、五条は困ったような表情を浮かべた。
私の、五条さんは、世界一やさしい!!!
恋は盲目。断言するを他の人間が聞いたものならば、即座に病院への受診を進めただろう。生憎と、この場には二人しかいないので、止める者はいない。
「…ま、いっか!」
五条は少し悩んだ後、拳を掌にあてて、あっけらかんとそう言った。
何がでしょうか?と尋ねる前に、五条はが目を剥くような言葉を、明るく言い放つ。
「今日から僕と君、恋人同士ね!」
さすがのも、五条悟全肯定ロボットと化していた勢いが止まる。
脳内処理に、やや時間を要した。その間、5秒。
「……末永く、恋人と言わず結婚から墓場の下まで、宜しくお願い申し上げます!」
「ハハ。逆プロポーズじゃん、ウケる」
5秒後、きっかり再起動したが、いつもの調子で35度斜めへと綺麗に腰を曲げて、片手を差し出す。
差し出された手に笑って、五条は軽く握り返した。


色気も何もない、慌ただしいやり取りを終えたこの折り、二人は恋仲となる。
彼女の大アプローチにより、諭されたと思われた五条が、どれだけ続くかと周りから思われるも、意外や意外、五条は大層、彼女を慈しみ、愛し、大切にした。

二人は相思相愛とも呼べる様子で、翌年には入籍し、結婚。生涯はひ孫にまで囲まれた大往生を迎えることになる。
天国に向かっても、二人はすぐに再開し、始終仲睦しかった。

ところで、彼の人となりを知る身近な人物は、軽薄とした五条の、うっすらと胸の裡を察して、早々に触らぬ神に祟りなしと、敢えて触れずにいたそうな。
だって、五条が純愛だなんて、片腹痛い。


詳細を語らずとも、時折、男の彼女を見つめる、ドロドロとした瞳から自ずと察せられたし、彼女の前だけでは良い人として振る舞う人でなしの所作は、五条の彼女に対する想いの丈に見えた。
そして、それは大正解であった。


***


あれは、五条悟が七つの歳を迎えた十二月のことだ。
古くから七つまでは神の子とされる。菅原道真の子孫として、平安時代から歴史のある五条家にとって各段特別な年であった。数百年ぶりの六眼と無下限術式の組み合わせを持つ子供は、五条家にとって念願の御子である。六眼の子が無病息災で年を迎え、五条家は勿論のこと、普段は本家と関わりのない末端や、僅かでも関りのある他家であっても例外なく盛大に祝われた。
親族大移動となる年間行事に輪を書けて、親族外で僅かにでも関わりのある呪術師達も、入れ替わり立ち替わりで、恭しく挨拶に訪れる。

その日、出会った彼女の家は、五条家の末端の家と、関りのある家であった。高専で言うところの、補助監督のような役割を担い、五条家分家の呪術師のサポートを生業としている。
本家と関わりはなかったが、仕事上の縁がある家の本元の祝い事となれば、知らぬ顔でいる訳にもいかない。
御三家のように歴史のある呪術師の家系ではなく、非術師と変わらぬ思考を持っていることもあって、ようやく少し物聞きが良くなったものの留守番させるには心許ない彼らの子供を連れて、本家へと挨拶に向かった。

その最中、興味を無くした子供が、挨拶を交わす親の目をついて、彼等から離れてしまうのも
祝い事の中心であるにもかかわらず、同じ事の繰り返しで早々に飽きて抜け出した子供が、そんな彼女と出会うのも、成るべくしてなったことと言えた。

五条悟にとって、それは恐らく、一目惚れである。正に雷にでも打たれたような心地であった。

呪力も持たず、術式も持たない非力な少女が、呪いの渦巻く御三家の一つの中心。それも最強の席を約束された、生まれながらにして台風の目といっても過言ではない少年の前で、無防備にも笑いかけてきた。

一瞬白痴かと疑ってしまう程、少年は既に達観した精神をしていたが、非術師であれば、子供とはこういうものだ。弱く儚い彼等は取るに足らない。古くある呪術師の家系、御三家の中でも比較的、まともで近代的な思考を持っているとはいっても五条家もまた、御三家の一つ。どこの家にも頭の固いお歴々がおり、後々反吐が出る思考と唾棄し一掃を目指すも、この頃の幼い五条は、今思えば非常に愚かでこの上ないが、無意識に似たような思考を併せ持っていた。少年は、幼さゆえの純粋な高慢さから、生まれ持った莫大の力で力ない者を、生涯関わる事のない、取るに足らない者と判断する傾向があった。
「あれ、おとこのこだ」
無垢な眼を瞬かせて、尋ねてきた少女に、少年は答えることはなかった。ツンと顔を逸らし、澄ましたままの少年に、それでも少女は懲りずに周囲をちょこまこと動く。お家が大きくてすごい。テレビのお家みたい!
彼女が言っているのは、時代劇で出てくる武家屋敷の事だろう。まだそこまで判別つかないのか、彼女は驚嘆交じりに言って反応がない少年を気にも留めず、次々に言葉を投げかける。
「ゆき、すごいねー。まっしろで、きれい。
東京は、こんなにふらないよ。寒くて冷たいけど、すっごい!」ときゃらきゃらと笑っている。
彼女は正しく、五条にとって未確認生命体であった。
非術師はそういう者だと理解はしていたが、頭で理解することと、実物と直面するのでは異なる。理屈と現実が違うのと同じだ。
「ねぇ、ねぇ、なんでここにいるの?」
ポンポンと飛んでくる少女の言葉止まらない。よくわからない生命体を前に、一先ず動きを留めようとするのは当然で溜まらず、少年が答えを返したのはその時であった。
「・・・俺の誕生日だから」
少女の瞳が、ゆっくりと二度瞬いた。聞いておいて、なんだよ、その反応は。
止まれとは思ったものの、無反応というのも癪であった。ム、と口を引き結び、少年は背を向ける。やっぱり、非術師なんて関わるもんじゃない。弱い奴なんてつまらない。
しんしんと、雪が降っている。雪は音を吸収し、二人の間はは静かなものだった。遠くの宴の席から、微かな談笑の声に交じり、どっと笑いが湧いた様子が庭先まで響いていた。
むっつりと眉を顰めた少年の眼の前に、次の瞬間、まん丸とした雪の塊が差し出された。
両手の掌に、ちょことんとのった、掌サイズの丸い雪玉を前に、少女はにっこりと笑った。
「これね、私のこんしんの作品だよ。きれいにまんまるでしょ。
だから、あげるね」
家の中に持ち帰れば、数分も経たずに溶けてしまう。役にも立たない、雪の玉を前に、少年は何も言えなかった。
「おたんじょうび、おめでとう!」
頬や鼻先と同じように、雪の玉を乗せた掌を赤くして笑った少女に、少年の心は、初めてむず痒さを覚えた。
「・・・おう」
そっぽを向いて答えた小さい少年の声は、再び湧いた会場の笑い声に重なり、少女には聞こえなかったかもしれない。
けれど、少年が雪の玉をしっかりと受け取ったので、少女は嬉しそうに笑った。

それから、少年と打ち解けて、彼女たちは少年のお目付け役に見つかりそうになるまで、雪遊びをした。

奇妙で、理解不明な生命体。
けれど、少女と別れるときには、少年の中で、取るに足らないものと、彼女を卑下する思考は消え去っていた。

彼女と過ごした時間はほんの僅かで、数瞬のものだ。それなのに、物寂しい見慣れた鈍色の雪景色は、キラキラと輝いて見えた。故に、全ては無意識であった。

たった一度の邂逅で、少年は、少女を呪ってしまう。

大事なものは、誰にも見られてなくない。隠してしまいたい。
大切に、誰にも見られないよう、触れらないように宝箱に仕舞いこむ。
幼子特有の性質が、この時運悪く発露してしまう。産まれた時より最強である莫大な呪力と、初めて熱を持ち、持て余した想いから、最悪な形で連鎖してしまった。

「俺と会ったことは、秘密だ。誰にも言うじゃねーぞ」

その想いは、言葉は呪力となり、少女を襲った。

煩いお目付け役に見つかる前にと、早々に少女と別れたあと。数日もせず、少女が気になり仕方がなかった少年は、少女に会いに行った。
少女が呪力も術式も持たないのは、彼が持つ六眼で把握していた。その日屋敷に出入りした人間は、呪術師の存在を知る政界の人間か、呪術師のみ。同じ年ごろで、かつ非術師の子供を持つ家を特定するのは、容易い事であった。

結論から言って、少年が少女と再会することはなかった。正しくは、偶然にも家を出かける直前の少女と出くわし、目も合った。たが、友達の約束の時間だから、と慌ただしく出かけていった彼女は、少年に目をくれることもなくすれ違っていった。
少女は、少年を忘れてしまっていたのだ。

『俺と会ったことは、秘密だ。誰にも言うじゃねーぞ』

呪術界には古くからアイヌの地方に、呪言という言葉の術式がある。
だが、術式がなくとも、呪力の塊で呪霊を祓うことは出来る。
それは莫大な量の呪力が必要で、常人であれば不可能だが、呪術界の寵児たる五条であれば、呪力のゴリ押しも可能である。同時に、言葉には呪いが乗り易い。

意図せず、少女自身すらも、少年との邂逅を忘れてしまう。正しく、少年だけの秘密となってしまったのだ。
思いがけず、放ってしまった呪い。たった一言で呪ってしまうとは、彼がそれだけ規格外であると言えよう。正規の術式でもないのだから、彼女の脳への影響も計り知れない。ましてや、彼女は身を守る呪力も術式も持たない。
五条はその日、膨大な想いは呪いとなると、身をもって知ることになる。

だから、彼は少しずつ、少しずつ。極微量な呪力を、彼女に馴染ませ続けた。
五条の末端の家と、関わりのある彼女の両親へ。毎年欠かさず送られるお中元、お歳暮は、銘菓から、果物はいつも一流のものを五条が手ずから手配し、送っていた。
彼女の両親が呪術師らしからず、非術師の子供を愛していると知っているからこそ、彼等の子供が好んでいると聞き知ったものを毎回選ぶ。決して、彼女に害を与えることのないよう、慎重に、極々微量な想いを載せて。

少年の想いは、降り積もる。呪力もなく、術式もない彼女であっても、やがて呪霊が見えるようになる。近い内に、無理なく五条の想いを受け止めることが出来るようになるだろう。
術式の解釈が甘く、無意識下の幼少の頃ですら、呪ってしまう程だ。気持ちを自覚し、呪術師としても成長した。呪術師として絶頂ともいえる時期に、何も対策せずに彼女と直接触れ合おうものなら、火を見るより明らかだった。五条は単純な呪力で、特級呪霊を祓ってしまえる規格外なので、うっかり漏れ出た想いごと、潰してしまいそうだ。

幼少の頃から決まっていた嫁を、健やかな状態で迎えたいと思うのも、五条なりの愛だ。
それを、歪んだものか、はたまた純愛と捉えるか。
事実を知る者は、五条一人なので、彼の心のうちのみぞ知る。






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