Skyting stjerner5-3
痛い、悲しい、苦しい、憎い。ぐるぐると思考が渦巻く。蜷局を巻いた感情は、自身を飲み込んだ。
なぜ、なぜ、なぜ―――あの時、あいつは庇ったのだ。
自身を庇おうとしなければ、あいつは死ななかった。
いや、あいつがあの場に来なければ。あるいは自分があそこに行かなければ、ヒクサスがやってこなければ。可能性ばかりが過ぎ去り、身体の痛みよりも胸によぎる慟哭が痛い。この体は、もう間もなく死に至るのだろう。後悔ばかりが先立ち、薄れゆく意識の中も強く思う。
その先があるならば
―――次こそは、きっと。
「ルック、どうしたの?」
悲痛な痛みを帯びた記憶から、引き上げられる。
―――あいつの、声だ。
突然身を屈めたルックに、訝しんだが顔を覗き込んでいる。
これは、以前の、夕焼けの時よりも僅かに先に進んだ頃だ。あれから数カ月して、土産を片手にセラに会いに再びやってきた時である。出会い頭、ルックはまた来たの?と苦言を呈した。直後、並行世界の未来の記憶が共有されたのだ。
この時はまだ、記憶の並行世界と同じ流れでここまで来ていた。
額から流れる冷や汗を無視して、覗き込んでくるを見る。頬は血色良く、視線はルックを伺い、動いている。当たり前だ、生きているのだから。あの時の青白い肌も、動かない瞳孔も、全て悪い嘘で、今の彼女からは見当もつかない。だからこそ、ルックは思うのだ。
「あんたなんかに借りを作られるなんて、屈辱的で未だかつてない程胸糞悪いんだよ。」
突然の真顔の暴言に、は頬を引き攣らせた。
「え、何?その唐突な心当たりのない暴言・・・。」
彼女の言葉にルックは無言で、手を伸ばし、の手を握る。
その手は僅かに温かく、驚くほどの冷たさは感じない。血に浸たり、動かなくなった指先ではない。ルックの胸に竦んでいた恐怖が薄れていく。
今のままでは駄目だ。以前と同じ流れでは、彼女は死んでしまう。
今度こそと、握りしめた手を離さぬよう。
ルックはこの先の打開案を必死に巡らした。
***
肌を刺すような空気は一人の少年が放っていた。
彼は普段から一人を好んでいたが、この時ほど人を寄せ付けない空気を放ったことはないだろう。この時ばかりは、軍主であるリオウも彼に話しかけることはなかった。空気で殺人すら起こしそうだ。そんな物騒な雰囲気を醸し出す相手に話しかけるほど、リオウは神経が太くはない。彼の長所は、空気が読める事である。
一般兵は彼の顔を見てすぐさま道を譲り、そんな状態であるから、彼が佇む裏庭には人っこ一人いない状態であった。
ただ、一人を除いて。
「ルックー。」
木の幹に凭れ掛かるルックは、目を瞑っていた。寝ているわけではないのだが、今は全てを遮断したかった。
聞き知った声に名を呼ばれても微塵も反応することなく、見るも明らかに触れるな放っておけというオーラを出す彼に、しかし再度声がかかる。「ルックさーん!」このアマ。
「やっとこっち向いた。」
このまま放っておけばこの女、ずっと呼び続けかねない。そう思いうんざりと目を開けて、ルックは睨むように声の主を見た。
肩までの黒髪に、象牙の肌。黒目の目は彼女の性格を表すようによく動く。単純馬鹿ともいう。無駄に高い行動力により、何度ルックの意にそぐわぬ事を起こされたか。勿論、最もな代表的例は弟子になられた事である。
「・・・何か用。」
素っ気ないルックの返答に、しかしは相好を崩す。
「ここにいて良い?邪魔しないからさ!」
誰も彼もが避け、少なくてもそうなるように態度で示しているというのにこの女、やはり図太い。
ここで拒絶しても、今までの経験からして彼女には無意味だろう。なのでルックはあっさりと頷いて見せた。
「勝手にしなよ。」
告げるや否や、ルックは瞼を閉じる。さすがに目を閉じてしまえば、彼女も遠慮して声をかけてくることはないだろう。
今は何も受け付けたくはない。
先の戦で相対したアイツは、やはり瓜二つであった。当たり前だ、彼はルックと同じなのだから。だが、だからこそルックは腹が立った。あれは同じでも、自身とは違う。牢に入れられたことも、鎖で繋がれたこともない、成功作様だ。
幼いころ、一度見た綺麗な衣服を纏った子供がアイツだ。そのままルックとは違い全てを知らずに、あの場にいたのだ。同じものでも、アイツは違う。真の紋章と同化しすぎている自分とは何もかもが違う。強い憧憬ににも似た憎悪である。形容しがたい感情はルックを苛めた。だからこそ、相対し終えた後ルックは一人を求めた。
瓜二つなアイツを見たからこそ、余計思うのだ。自分はこの場にいる奴らとも違うと、再確認させられた。
決して、同じ生命ではないのだから。
周りを遮断し続けたルックが目を開けたのは、日が沈んだ頃だった。そこでルックは眉を寄せる。視界の隅に、既にいないはずだと思っていた影が座り込んでいたからだ。
「あんた、まだいたの?」
僅かに離れた場所で、座り込んでいるのは日が暮れる前に話しかけてきたであった。彼女はルックに声をかけられて気づいたのか、こちらに振り返る。
「まあね!今日はお休み貰ってるから。」
「暇人。さっさと帰れば。」
「うーん、」
日は沈み、疾うに空気は肌寒くなっている。声をかけてきた時と同じ恰好のまま、しかしは首を振った。「うん!まだいる!」
「・・・そう。」
快活に笑う彼女に肩を落とす。彼女には何を言っても無駄である。
ルックはそのまま、夜空を見上げた。大分落ち着いては来たが、人がいるだろう広間にはまだ戻りたくはなかった。そこへ倣う様に空を見上げたがふと、尋ねる。
「そういえばさ、天魁星ってどれなの?」
「中央の赤い星。」
一際輝き、中央に座して見える星を教える。すると無言であったルックの返答があったからか、は続けて尋ねた。
「ルックは天間星なんだっけ?どれ??」
「南の空の端に浮かび始めてるやつ。」
ルックの師匠、レックナートから教わった星は今では考えるまでも答えることが出来た。その星が、何時かルックが生まれてから見る灰色の未来を変えてくれるかもしれないと、幼いながらに思ったからだ。だが、結局。その星さえも運命に定めれている。
答えながら、ルックは沸々と込み上げてくる感情に嘲笑を浮べた。
「本当、くだらない。この戦いは星に定められた者が集う。役者は決められ、結末すら決まった戦いさ。」
星見が星を詠むように、いや、そもそも、ルックが並行世界の未来を見る。未来は変わらず、灰色のまま。経過も決して変わりはしないのだ。
まるで――つまらない、人形劇。
影を落としたルックの表情は、日が落ちた事もありには見えなかった。彼女は頬を掻き、唸る。何時も呑気な女である。
は首を捻ると、さして考えてもいないのだろう、軽い調子で答えた。
「だとしてもさ。それは、私たちには分からない事でしょ。結局、その時に一番良いと思う事を、私たちは選んでる。」
「選んでいるつもりで、結局は定められた運命だろ。」
何時だって未来は変わらない。虐げられ、圧迫された憤りに民がいくら立ち上がっても、それは定められてる不条理なのだ。これ以上、下らない事はないだろう。人の死もまた、定められているのだから。生まれる悲しみも、また同じである。
ルックのぴしゃりとした言い方に、しかし怯むことなく、は続けた。「だとしてもさ、」
「もしその結末を知っていても。
皆―――少なくとも私は、同じ道を選ぶんじゃないかな。結末が決まっていても、私は諦めたくないから。少しでも望んだ未来に近付けるように、選んだのが今の道だからね。同じ道を選ぶと思う。」
未来が定められている、そう言われたとしても、結局のところ変わらない。の言い分にルックは眉を潜める。だが彼女は苦笑する。
「正直、なんでって思った時も何度もある。なんで戦わなくちゃいけないんだろうって。
けどさ、それと同じ位・・・それ以上にかな。良かったって、思う。」
思い出すのは、出会いである。
ドワーフの村から出て出会った少年、迷子になった時、助けてくれた少年。
「ティルとか、リオウにはご飯ご馳走になってさ。グレミオさんにはじゃがいもの剥き方を教えてもらったり、ラズには剣を、ナナミには花冠作り方を教えてもらったり、沢山、他にも。思い出したらきりがないけど。
それに、意地悪な紋章の師匠にも会えたしね!」
はそこで夜空からルックに視線を戻して笑った。眉尻を下げて笑う笑みは、ルックが常々思う、これ以上ない程能天気な顔だ。
「例え喜劇でも、幸せならそれで良いよ。」
悩みすらなさそうな笑みである。ルックは思わず、肩の力が抜けていくのを感じた。呆れたように言う。
「・・・お気楽な脳みそだね。」
呆れたルックに、しかしはにやりと口の端を上げた。このこの〜と肘でつく仕草をする。
「そんなこと言って!ルックも私みたいな素敵な弟子に恵まれて嬉しい癖に〜!」
「は?」
「あの、真顔で返さないで下さい傷付きます・・・。」
冷たい程の眼差しである。
やだこの師匠本当に冷たい・・・。さめざめと泣く振りをし出すに、ルックがうざいと切れるのは数分後である。
それでも能天気な弟子は笑うのだから、何時しかルックの胸を苛めていた感情は消えていた。
それは色のない暗闇に、確かに輝いていた。
***
酷く懐かしい夢を見た。
それはまだ、解放戦争が終わり次に起きた戦争で、同盟軍にいた頃。戦場で同じクローンであるハルモニアの神官、ササライと相対した後の、彼女との記憶だ。
定められた未来でも、彼女は変わらないと言っていた。足掻いて、同じ未来を選ぶと。だがそうした先が、アレなのだ。
そんな未来を、決して望みはしない。例え生まれた頃から紋章が見せる、並行世界の全ての生命が消えた灰色の未来が変わろうとも、ルックは認めたくはなかった。
だから、足掻くのだ。何度も、何度も――
世界の異変を抑えるべく、レックナートと動いていた所までは良かったはずである。世界の異変を止めなければ、彼女は自身の力でどうにかしてしまおうとする。
ならば世界の異変を抑え、ヒクサスを撃退する。あの日、運悪く外に出ていたレックナートには、外出を取りやめ、塔にいれる様にした。何が起こるか分からないからと呈することで、あの日に備え、ルックの魔力も加え結界を更に強化する事にも成功した。それでも、もしも、仮にヒクサスに突破されるようなことがあれば。撃退出来るように、鍛錬の強化も行い、並行世界の自分には出来なかった真の紋章の力を、僅かに開放させることも出来るようになっていた。
打開案は幾つも立てている。結界の他にも、撃退用の魔法も組み込んでいるのだ。だがそれでも、不安は潰えない。
「雨が降りそうだから、明日にしなよ。」
だからこそ、並行世界でヒクサスに殺された日に、の動きは制限しておきたかった。
ルックは普段自室に籠っている所を業とリビングで時間を費やす事で、昼食後、セラを伴い外へ花冠を作りに行こうとするを止めた。
はルックの言い分に眉を寄せたがルックは聞き耳を持たず、をセラと共に自室に追いやる。最初こそ渋っていたものの、セラが読みたがっていた本を用意すれば、セラの様子に掌返しては自室にこもった。分かりやすい女である。
レックナートの結界とは別に、ルック自身が結界を重ね、罠の魔法も幾重にもかけた。一番安全な場所だ。
彼女たちが部屋に籠るのを見届けたルックは安堵の息を吐いた。
「ルックの様子、最近変だよねぇ・・・。」
先ほどの用意周到なルックを思い出し、は思わず呟く。
セラの読書に付き合うようにして急遽部屋に籠っただったが、違和感が拭えないでいた。セラの読みたがっていた本を用意する親切さ、あの師匠にあるか・・・?とんでもなく失礼な考えだが、少なくてもあの師匠は例え僅かな好意も、決して表に出そうとはしない。生粋の天邪鬼である。
口を引き結び唸るに、本に夢中になっていたセラもはっとしたようだった。が悩む傍ら、視線を彷徨わせる。やがて、意を決したようにセラは告げた。
「ルック様、何かを悩まれてるみたいなんです・・・。」
セラはルックやレックナートと共に、塔で暮らしている。レックナートは星見や塔の維持もあり、一際、セラが世話になっているのは教育係のルックである。
ルックは普段、何が起きても決して声を荒げるような人間ではない。一部の例外はあるが。少なくてもその例外さえなければ、静かに物事を見る冷静な人物だ。セラが接しているのは、そんなルックだ。しかし、時にルックは遠くを見る事に気付いたのは何時からだろうか。少なくもここ最近ではなく、もっと前からのような気がする。
セラに魔法を教え、いつものように問題を出し答えを待つ間、生活のふとした折、ルックは遠くを見ている。何か考え事だろうか、そう初めは思ったものだ。だがその目は、普段冷静なルックとは異なり――何か、苛辣な感情を抱いていた。
激しい怒りのようであり、憎しみ、悲しみのようであった。だが、セラが声をかけると、ルックは元に戻る。
勘違いかもしれない。そう思い直しても、日々強くなっていく目に、勘違いではないとセラは気づいたのだ。ルックは何かを悩んでいる。それも、抱えきれないようなものを。
セラには、どうすれば良いのか分からなかった。セラはルックには何もかもが劣っていた。年の差もあり当たり前ではあるが、ルックを教育係とするセラは家事も魔法もこなすルックには、出来ない事等何もないのではと思えていたのだ。
肩を落とすセラに、も頭を悩ます。
ルックは冷静そうに見えて割と石頭な頑固だ、とはの総評であった。周りがどうにかしないと息詰まるような生き急ぎ野郎にには見えていたのだ。
上手く周りに助けを求められれば良いが、なんせ彼はエベレスト級のプライドを持っている。一体、あの師匠何に煮詰まってるんだ。
唸る二人は答えを見つけられないでいた。その時である。
突然、ベランダが割れる。二人は驚きに目を見張った。視線を向ければ、いつの間にかその場には一人の人物が佇んでいた。
見知らぬ青年である。だがその容姿に達は目を見開いた。
青い法衣に酷薄な笑みを浮かべたその人物は、芭蕉の髪に緑の瞳をして、酷く―――ルックに似ていた。
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