Skyting stjerner5-2

穏やかな日々が続く。ルックは変わらず魔術師の塔に住み、は偶にやってくる。そうした日々を繰り返し、セラも少女へと成長した頃だった。転機は突然、現れた。
―――多分、その時は間に合ったのだ。

心臓が叩くように鼓動するのは、全速力で走っている事が原因だけではない。それまでの彼女の行動、全てのパーツを繋ぎ会わさっていくと嫌な予感が拭えなかったのだ。
その頃、世界には異変が起こりつつあった。彼女がやってきたのも、それについて自分の師である、レックナートに話を聞くためだった。ルックは昔と代わらず、あまりに外に興味がなかったし、だからこそわざわざどうにかしようとする彼女を物好きだと何処か俯瞰して見ていた。
星が関係する大きな世界の異変は、恐らくまた、星達が集い、長いようで短い、定められた運命の中で解決するのだろう。それはあまりにも、彼には理解しがたい事だった。何故定められている中に、わざわざ飛び込み、時には抗おうとするのか。どうせ結末は変わらないのに、命をかけてまで彼等は進むのか。その時のルックにはまだ彼等の気持ちが分からなかった。
彼女が来た時、いつも共に旅をしている、厄介な連れ達がいなかった事にもっと訝しめば良かったのだ。喧嘩してやって来たなどという彼女に、彼は特に考えずに、頷いてしまった。そして星について熱心に聞いてくる彼女に、さすがに彼も怪訝に思った。けれど夕飯時を知らせに来たセラに、途端待ち焦がれた犬のように現金に明るくなる彼女に呆れ、明日にでも聞こうとして、彼は酷く、後悔する。

異変に気付いたのは、夜が明ける前だった。
爆発のような、瞬間的な紋章の発動の余波にルックは目を覚ました。それは滅多なことは起こらない、師であるレックナートの結界が貼られた彼等の島では、まず察知し得ないほどの威力で、加えて彼が感じた事のない威力の大きさに無意識に冷や汗が浮かんだ。
突然の爆発的な魔法に、島が何者にか、それこそハルモニアに襲撃されたのではと思った彼は、しかしその出所を探り、瞬間息が詰まった。すぐに転移魔法を使おうとして、けれど練り上げた力はすぐに拡散してしてしまう。近くで発動された、威力の高い魔法に吸収されるように飲み込まれてしまったのだ。思わず鋭い舌打ちをして、ルックは部屋を飛び出した。向かう先は同じ塔の中にある客室であり、彼女が寝泊まりしているはずの、場所だった。

ぶつかるように客間の扉を押し開くと、彼女はいた。
珍しくいつも結っている黒髪を結んでいない彼女は、此方に気付き振り返ると目を細める。けれど、不安が止まらない。それは止まる勢いのない莫大な魔力が、辺りに充満していたからだ。増幅し続け、部屋に入ると一層より濃くなった魔力の気配は、未だ止まる気配はない。あまりの膨大さに、ルックすら気を抜けば威圧される魔力の中心にいる彼女は、一体何をしようとしているのか。足を止めたはずのルックの鼓動は鳴りやまない。
―――そして、それは現実になる。
早まる鼓動を眉を顰める事で抑え、彼女の名を呼ぼうとした時、何故か、彼女の輪郭がぼやけて見えた。ゆらりと、蜃気楼のように透けたのだ。それは一瞬の幻ではなく、やがて彼女の全身に及ぶ。魔力はより濃さを増し、呼応するように彼女の全身もゆらぐ。
思わずルックは駆けだした。彼女の紋章の発動を一刻も早く止めなければならなかった。そう思考に至るよりも早く、今にも揺らぎ、消えそうな彼女に手を伸ばす。その手が届く、直前だった。
こちらを見ていた彼女が、柔らかく微笑んだ。
ルックは目を見張った。その瞬間、揺れた輪郭が銀色の砂となり、崩れ落ちる。
彼女の姿は跡形もなく、消えてしまった。

夢ではないかと、それまでの光景に信じられず呆然と立ち尽くすルックの背後に、誰かが立った。ルックの師である、レックナートだ。
彼女が消えた場所を悲しげに見つめ、目を伏せるとレックナートは言った。
「世界の異変、緩やかにむかっていた世界の破滅は、流れた星により守られ、世界は未来永劫の安寧に向かうでしょう・・・。」
悲痛な面持ちのレックナートの言葉は、聞こえているようで、けれどルックの身には入って来なかった。
その瞬間、静かに終わりを迎えつつあった世界は救われたのだろう。たった一人の少女が、その身を呈して彼等の世界を救ったのだ。

けれどそれは、ルックの世界から、全ての色が消えた瞬間だった。

***

「ルックー!」
視界に色が、映る。
緋色の空を背景に、消えたはずのが駆け寄ってきていた。雲間の伸びる夕日を背に、空の洗濯籠を抱えている。物干し竿にはシーツが干され、幼いセラと、レックナートもその場にいた。
いつか見た光景だった。いつ、どこで・・・。突然の事でついていかなくなる思考を必死に巡らす。そして思い出す。この景色は、彼女がまだ生きていた頃のものだ。
いや、そもそも自分は、一体、いつの誰だ?
「大変!もう日がくれっちゃってる!晩御飯作らなきゃ!」
砂になり消えたはずの彼女が、焦ったように声をかけてくる。しかしルックは自身の整理に追われ、反応を返せずにいた。
無言のルックに訝しんだが、ルックを覗き込む。夕日に照らされた彼の肌は、しかしどこか青白くみえた。
「・・・どうしたの?」
眉を寄せるを、ルックは瞬きすら忘れるように眺めていた。

生きている、生きているのだ。
死んだはずの―――いや、未来で死ぬはずの彼女だ。

ルックはややあって、首を振る。
「・・・なんでもないさ。」
そうは言っても、ルックの様子は何処か可笑しかった。は屋内へと戻らず、足を止めたまま動かさない。
ルックはその視線を無視して、傍らに佇むセラに手を差し出す。
「・・・セラ、帰ろう。」
おずおずと差し出された小さな手を握る。しかし歩き出してもは動く気配はなかった。ルックは振り声をかける。
「・・・ほら、急ぐんだろ。」
普段とは違い、気に掛ける様子のルックには目を瞬かせる。
だが敢えてそれを無視して、ルックはの手を掴む。驚く彼女を他所に、ルックは歩き出した。

ルックは幼い頃から、変わった夢を見ていた。彼が真なる紋章を、特殊な形で宿しているからこそ見る夢だ。それは平行線の世界での、ルックの人生であり、紋章が経験した事である。先ほどルックが見たが消える未来、どこかで見た夕日の景色、それは違う世界で経験した自分の紋章の記憶なのだろう。
この世界の、先の未来だ。
―――だが未来ならば、変えられる。

この時のルックは、そう信じていた。

***

あの日、未来の光景を見た後、師匠でありルックを引き取り、育てたレックナートは事情を察した様だった。
あとからルックに紋章が何かを見せたのか、と尋ねてきた。だがルックは変わった光景を見せられただけだと伝え、詳細を伝えることはない。下手に動いて、予測できる未来を変えてしまうわけにはいかないからだ。 があの日、動かないように様子を見れば良い。いや、それよりも世界に異変が起きないようにすればよいのだ。
生まれた時から見る、紋章が見せる灰色の未来はいつのものかは分からない。いつか世界は終わるのだろう。だが、ずっと先の出来事である可能性もあり、正直なところ、ルックは危機感をあまり感じていなかった。何時かもわからず、他人事であったという事もある。だがあの日、彼女が動いた。失う世界を知ったのだ。
何故自分が、動かなければいけない。そう思う気持ちもあった。彼女の存在は迷惑で、いなくなれば清々するだろう。
だが―――あれでも、馬鹿弟子なのだ。
手のかかる、どうしようもないやつである。しかし、見捨てておくのは目覚めが悪い。ルックは世界の異変が起こる前に、防げる手立てをいくつか起こすことにした。
未来の詳細こそ話さないものの、師であり、星見として力のあるレックナートにも助力を得ることもあった。その日も、普段滅多な事ではない塔から出ないレックナートも、外へと出て手を貸してくれていた。打てる手立ては全て打った。異変も、少しずつ食い止めることが出来ている。
ルックは安堵していた。これならば、先の未来、異変すらも終息するはずだ。先の見通りも付き、ようやく、落ち着いて本も読める。そう自室で腰を落ち着けた時だ。ばあん!と勢いよく自室の扉が開かれる。
「ルックー!」
ここ最近、セラの様子を見に頻繁に塔に来ていた馬鹿弟子である。
彼女はなぜか片手に花で編まれた花冠をもっており、それを高々と掲げて見せた。
「見て!凄いでしょ!私だって、やれば出来るんだから!」
ふんす、と鼻息も荒くは誇らしげに言う。
人がくそ忙しく動いていたというのにこの女・・・。半目であるルックには気にも留めず、彼女は胸を張って続けた。
「昔、ナナミに作り方を教わったの。うん!似合ってるよルック!さすが私!」
はルックが呆れているのをいいことに、四の五の言わずに素早くルックの頭に花冠を載せた。思わず頬を引きつらせるルックの口から低い声が出る。「おい・・・。」
しかしルックの反応もなんのその。はへらへらと笑う。そして放たれた彼女の言葉に、ルックは目を丸めた。
「最近、ルックとレックナート様、忙しそうだけど、息抜きも大事なんだからね!」
焦り!駄目!禁物!指を突き立てて言う彼女に、ルックは身を仰け反らす。内心、驚いていた。
まさか、気づかれているとは思わなかったのだ。彼女が鈍感だということもあるが、未来が変わりすぎないよう、必要最低限で、周りにばれないように動いていたのある。
いつの間にか込めていた両肩から力を抜く。どうやら彼女にすら見破られるほど、自身も気づかぬうちに息を詰めていたらしい。
原因である馬鹿弟子に指摘され釈然としない気持ちもあるが、彼女の言葉も通りだ。ルックは息を吐く。これは自身への呆れである。肩の力を抜いた様子を見て、は頷く。「それでよし!」
「さて、ティル達の分も作ろっ!?」
その時だ。星見の塔が激しく揺れる。思わず目を見張った。
一瞬の揺れに、ルックの部屋の本棚から本が幾つも崩れ落ちた。は地震かと思ったが、そうではなかった。
この時、ルックは空気が張り詰めるのを感じた。レックナートの結界が敗れたのだ。一体、誰が。レックナートの結界は、今まで敗れたことなど一度もない。冷や汗が背筋を伝い、ルックは咄嗟に魔力を練る。
「様子を見てくる!あんたはここにいろ!」
目を白黒させるにルックは言い捨てると、転移魔法で瞬時に発動させた。
よりにもよって、レックナートがいない日である。ルックは内心舌打ちをする。塔の者として、セラはまだ幼く来客であるは論外だ。対応出来るのは自分しかいない。
向かう先は中心―――結界を壊された場所だった。

結界が破壊された場所は、塔の外の青々と茂る森林であった。魔法で破壊でもしたのか、木々は薙ぎ倒され、一帯が開けている。その中心には、一人の青年がいた。
転移を終えたルックは、すぐさま状況を把握して、剣呑な目つきで睨もうとして、目を見開く。
青い法衣は、絹で出来た上等なものだと一目でわかった。繊細な刺繍が金糸で施されている。酷薄な笑みを浮かべた青年は、片手には杖を持っている。神官だ。――それも、一般の神官ではない。
頭に被る蒼のクーフィーヤは、風にそよいでいる。芭蕉の髪は肩よりも長く、後ろで結われていた。切れ長の緑の瞳は、愉快そうに弓なりを描いている。一見、伸びた髪から少女に見紛うような怜悧な美しさを持つ、青年であった。
ルックは奥歯を噛みしめる。ぎりりと噛んだ歯は咥内のどこかを噛んだろう、血が滲んだ。
酷く、―――ルックに似た容姿の青年であった。
「お前・・・!!」
ルックに似た容姿は、ともすれば以前会いまみえたササライにも見える。だが、ルックは彼を知っていた。あいつはササライではない。もっと質の悪い――すべての元凶。
「ヒクサス・・・!!!」
ハルモニアの神官長―――ヒクサスだった。
答えるように、ヒクサスの杖が魔力を帯びる。すると、頭上に氷の塊が表われる。巨大な氷塊は先が鋭く、幾つも精製されていた。杖を振ると、容赦なく氷塊はルックへと向かう。だが、同時にルックも自身の紋章、――真なる風の紋章を発動させた。
氷の塊と鋭い風の刃は真正面から激突する。互いの魔法の威力は高く、轟音が轟いた。破壊された氷の破片は宙を舞い、霧のように視界が覆う。
油断なく見据えるルックだったが、遮られた視界の先から、笑い声が響いた。
「ははは!これは、傑作だ!」
声変わりをしていない、幼さの残る声だった。そしてその声はやはり、ルックと瓜二つである。
容姿、魔法、声、全てにおいて確信できた。ルックは前を見据える。相手は、少しでも気を抜ける者ではない。なぜ、あいつがこの地にいるかは分からない。だがヒクサスは一代でハルモニアを建国した化け物だった。
全力で向かわなければ。冷静に、好機を狙うしかない。
「こんな辺境の地で、僕の子供に会えるなんてね。」
だがその言葉を聞いて、ルックは一瞬にして頭が真っ白になった。相手の出方を伺う事も忘れ、真なる風の紋章を発動させる。
「ふざけるなよ!!!」
怒りに任せて、生み出された風は周囲の木々を巻き込んだ。太い幹は薙ぎ倒され、突如としてその場に台風が生まれたようである。
風の塊を、ルックはヒクサスへと向ける。再び、辺りに轟音が響いた。
「ああ、ごめんね?
子供じゃないよね。でも、そんな感じだろう?」
しかし、飄々とした声は変わらなかった。
氷の塵はルックの風魔法で散らされ、辺りの視界が晴れる。視界が晴れた先で、ヒクサスは小首を傾げていた。その足は、先ほどから微塵も動いていない。全力の魔法を放ったルックは息を乱していているというのに、ヒクサスは衣服すら乱していなかった。
ルックが一度も浮べたことのない、笑みを浮べている。穏やかに微笑んだヒクサスは、弧を描いた口元のまま言う。
「じゃあ、次は僕の番だよね?」

ヒクサスは、化け物であった。
たとえ真なる風の紋章といえども、ヒクサスには打ち消されてしまう。彼もまた、いくつもの真の紋章を得て、その中から選んだものを身に着けているからだ。選ばれなかった紋章は、ルックの真なる風の紋章である。
ルックは、―――ヒクサスのクローンである。
そして、紋章の保管庫であった。ヒクサスが身に着けない紋章を、保管させる器である。しかしレックナートにより逃がされ、塔で暮らしていた。追うようにその後、度々刺客が放たれた。しかしレックナートの結界により誰も星見の塔にたどり着いた者はいない。
刺客の成果が出なくても、ただの保管庫だからか、ヒクサスは今までルックに見向きもせず、この地に足を運んだことすらない。だというのに、本人が出向いてきたのだ。
魔力が尽いたルックは、杖を支えにその場に立っていた。対して、ヒクサスはやはり、息すら乱していない。微笑んだヒクサスは杖を振り上げる。再び、氷塊が宙に生まれた。 その動きを、ただルックは見上げていた。
ヒクサス――すべての元凶。ルックが決して許すことが出来ず、いつかはその息の根を止めてやろうと思っていた相手だ。
だが、現実はやはりうまくいかない。ヒクサスは化け物で、ルックはその足元にも及ばなかった。思わず乾いた笑みが浮かぶ。所詮、オリジナルには勝てないのか。ルックはそう覚悟を決め、瞼を伏せた。氷塊が風を斬りルックへと向かうが、ルックは防ぐ魔法を練ることも、魔力切れで動くも出来なかった。
その肩が、突然押される。ルックは思わず目を開けた。
ルックの肩を押したのは、いつの間にかこの場に来ていた少女だった。いつも、ルックには眩しい程強い目をした彼女はこの時も真っすぐとルックを見つめていた。
次の瞬間、黒髪の少女の背に巨大な氷塊が幾つも生えた。
「な、んで・・・」
少女はそのまま、地面へと倒れ込む。投げ出された手は、放りだされたままだ。
倒れた拍子にから流れる夥しい血が、地面へと染みを作っていく。
呆然と声を上げたルックは、すぐ傍らで倒れ込んだ少女を急いで抱き上げた。夥しい血に衣服が汚れるのも厭わない。
枯れたはずの魔力を必死に掻き集め、治癒魔法を発動させようとする。 搾りかすのような魔力だった。歯を食いしばったルックの額から、魔力の限界から体が悲鳴を上げ汗が噴き出す。
「ふざけるな!あんたに借りなんて真っ平なんだよ!」
咆哮を上げ、必死に治癒魔法をかけるルックに、しかしは動かない。 痛い程握りしめた指先も、ぴくりとも反応しなかった。ルックは叫ぶ。「目を開けろ!起きろよ!!」
疾うに魔力容量は限界を超えている。それでも構わず発動を続けるルックの体への負担は重く、何時しか喉から血が込み上げた。だが、発動を止めることはない。
「頼むから、目を開けてくれっ・・・!!」
飛び散った血がの青白くなった頬についた。それでもの瞼が動くことはない。
にしがみ付くルックに、ヒクサスが声をかける。
「その死体、僕にくれよ。」
彼は軽い口調で言うと、いつの間にか涙を流していたルックに言った。
「もうそれ、とっくのとうに死んでるよ。」
告げるとともに、片手をあげ莫大な量の魔力を練る。
察知しているだろうルックは、それでも動くことはなかった。動くことなく、生き返らせることに魔法を発動させ続ける。
再び向かった魔法の塊は、微動だにしないルックに直撃した。その場を砂塵が覆う。
しかし砂塵が晴れると、ルックは変わらずその場にいた。無傷なのだ。ヒクサスは首を捻る。
「あれ、今ので殺したと思ったんだけど。」
ルックもまた、驚いていた。死んでも構わないと思ったのだ。彼女を生き返させられるならば、どうなっても構わなかった。だが、直撃したはずの魔法はルックにダメージを与えなかった。
いや、一度は体をつららが貫いたのだ。だが何事もなかったかのようにルックは生きていた。証拠に、貫いた氷塊は背後の地面を鋭く抉っている。何故、どうして―――混乱するルックは、そこで懐から零れ落ちる砂に気付く。入れた覚えのないものだ。そこに入っているものは―――そこで、ルックは気づいた。
彼女に渡された、お守りだ。
ルックは歯を食いしばった。あんたは、なんで。
はもう、死んでいた。即死であることは明白だった。死んだ者を生き返らせることは、いくら魔法を得意とするルックでもできない。唐突に、ルックは肩の力が抜けた。
とんだ間抜けではないか。死んでも彼女はルックの命を助けたというのに。ルックは全てを投げ出して、無理であろうとも彼女を生き返らせようと無駄なことをしていたのだ。
ああ、なんて、なんて――――愚かな話だ。
血を流すルックの口元に、笑みが浮かぶ。頬にはとめどない涙が流れていた。
鋭く見上げた目は爛々とし、その鋭い目はヒクサスを睨み付けた。


「人形が、なかなかやるじゃないか」
それから一刻程だ。ルックは地面に倒れ込み、動くことが出来ないでいた。
倒れ込むルックを見下ろして、ヒクサスは我に返る。
「しまった、折角の紋章の保管庫を壊してしまった。また作り直しか・・・。」
地面に爪先を立てようとして、しかしそれも出来なくなっていた。視界も霞はじめ、徐々に見えなくなる。それでもルックは思う。

まだだ、
まだ・・・。




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