Skyting stjerner5-1
ルックは普段、トランのにある、星見の塔で生活している。そこは孤島にある塔で、滅多なことでは人は来ない。来れないように師であるレックナートが結界を張っているのだ。レックナートの命令さえなければ、ルックは塔から出ることはまずない。豊かな自然に囲まれ、おおよそ人の営みを忘れ去ってしまったような静謐な場所を、ルックは気に入っていたのだが、その日何故かリビングにいた人物を見て、平穏が粉々にぶち壊された事を知る。
「やっほー、ルック!久しぶり!!」
椅子に腰掛けルックを見るなり片手を上げ、にへらとしまりのない笑みを浮かべる女は、押し掛け女房ばりに彼に弟子入りした、だ。
なんで、あんたが。外から人が入ってくる気配は微塵もなかったのに――と、そこで恐らく、結界を貼っているレックナート本人が結界を解いて彼女を招き入れたのだろうと彼は気づく。デュナン統一戦争後、姿を眩ました彼女達であるが、稀に彼女は仲間と喧嘩をしたと、塔にやってくるのだ。
実家に帰らせていただきます!
本来なら誰も寄せ付けない場所であるはずが、そんな事を言い捨てて都合のよい駆け込み寺にされるのだから、貯まったものではない。滞在を許可し、だけには結界を解いて入れてしまうレックナートの人のよさにも呆れてしまう。
様々なところを行く宛もなく旅をする彼女は、偶然会ったビッキー辺りに転移でもしでもらったのだろう。はたまたルックには理解しがたいが、何故か彼女を慕うフッチの竜でか、一度何を思ったか一人でボートを漕いでやって来た事もある。休み休み来つつも、塔に着いた頃には体力のつきかけてる彼女に、やっぱりこいつ馬鹿だと呆れたルックだったが。
勝手知ったる我が家と言わんばかりに寛いでいるに、思わずルックは言う。
「・・・あんたも、相変わらずだね。」
それに彼女は頬をかきながら答えた。
「ま、見た目変わらないからね。」
「そういう意味じゃないんだけど。」
中身の問題である。呆れたため息と共に溢せば、そこで何故かの目が見開かれる。
「・・・え?」
呆然と呟いた彼女に、訝しげに思い視線を辿る。視線の先は、ルックの背後だ。何時の間にか、プラチナブロンドの髪をした少女が、蒼い目を瞬かせて様子を伺うようにルックの背後から顔を覗かせていたのだ。
なんだ、と見知った少女に肩を降ろすルックとは別に、雷が落ちたと言わんばかりに衝撃を受けたのはである。ふらりと椅子から立ち上がると震える声で言う。
「ル、ル、ルックに子供・・・!?」
若干衝撃のあまり、声が裏返ってしまった。まさか、そんなまさかあのルックに!?こんな娘がいつの間に!?え、本当にいつの間に!??
驚きに震えるとは別に、また阿呆な事を言い出した彼女に頬をひきつらせつつ、ルックは一応、声をかけてやる。「ちょっと。」
「水くさいじゃない!教えてくれないだなんで!!こ、こうしちゃいられない!お赤飯!お祝いじゃー!!」
だが当然、こうなった彼女は人の話を微塵も聞かない。カッと目を見開くなり台所へと駆け込もうと暴走し始める彼女に、ルックは問答無用で切り裂きを喰らわせた。
「聞け。」
いい加減学べよ。とそのすっからかんであるだろう頭を重点的に風で伸してやった。比較的致命傷になりやすい頭部であるが、それはルックだからこそ出来る絶妙な力加減である。いい子は真似しないでね!
思わず目を回すに、しかし慌てた者がいた。
それは彼女と彼の日常、伸して伸されるというどこぞの漫才かといった様子を見たことのない、プラチナブロンドの少女である。
「だ、大丈夫ですか・・・?」
慌てて駆け寄ったものの、見知らぬ人間に少し躊躇いながらも彼女は声をかける。白いシミひとつない決め細やかな肌に、溢れ落ちんばかりに大きな蒼い目で覗きこんでくる少女に、ぐるぐると目を回していたは震える程の衝撃を再度受けた。
妖精・・・?いや、天使だ。天使がここにいる。プラチナブロンドの髪には後光すらさしてそうで、華奢で小さな背には純白の羽根すら生えてるようにには見えた。もしかしたら彼女、頭を強く打ち過ぎたのかもしれない。残念ながら元の仕様であるだろうが。
ルックの子供・・・?嘘でしょ!!??全然似てない!!はっと我に返るなり、は叫ぶ。ないないない!全く似ていない!見知らぬ人間を心配するような、純粋で素直な彼女が、あのルックの!キングオブ天の邪鬼のルックの子供であるはずがない!!天地がひっくり返ってもあり得ない!断言出来る!!
とはの心の叫びだったが、ルックはなんとなく、彼女の物言いから馬鹿にしている様子を受け取ったので、遠慮なくもう一撃食らわしてやることにした。再びずべしゃと地面に沈んだに、少女は慌てるのだった。
「この子は孤児で、引き取っただけだよ。そのすっからかんの頭でも言葉の意味ぐらいまさか、さすがに理解できるよね?」
「あ、ハイ。スミマセン。」
片や椅子に座り、片は地面に自主的にというよりはぎろりとした鋭い眼光に強制的に正座させられ話を聞くという、異様な光景がそこには広がっていた。
説明しようとする度に脱線しかけるにルックの苛立ちは怒髪天を衝く一歩手前である。わかってはいたが本当にコイツ、話を聞かない。ようやっと手短かつ簡潔に言い捨てる頃には目も据わるというものだ。
久方ぶりに狂暴な目付きをするルックを前に正座をするは頬をひきつらせつつ懇願する。「だから杖から手を離してくださいお願いします。」
ルックは私を人ではなく某殴られるだけのぬいぐるみ同様サンドバッグと思っているのではないか。魔法を食らわすのに躊躇しなさすぎである。みすぼらしい姿で縮こまるに、ルックは重たい溜め息を吐くと、そこで持っていた杖から手を離す。途端、は思わず安堵に胸を下ろした。
と、そこでは件の少女が見当たらないことに気づいた。辺りを見回すと、大分離れた部屋の角から躊躇いがちに此方に顔を除かせる少女の姿がある。何故そんな所に?思わず目を瞬かせるだったが、少女はと目が合うなり、小さな肩を震わせ顔を引っ込めてしまった。・・・見ろ!ルックのせいで怯えられちゃったじゃん!
小動物のような愛らしい少女に見るからに怯えられてしまい、はショックに頬をひきつらせた。だいたいの自業自得であるのだが。
ショックでが固まっていると、少女が恐る恐るといった様子で再度柱から顔を覗かせてきた。またとないチャンスである。お姉ちゃんは怖くないよー!君の養い親の魔法使いさんとは違ってー!!あの狂暴師匠のルックに、少なくても背中に隠れるほど懐いているというに、自身には怯えてしまうなど、何かの間違いである。ここぞといわんばかりに笑みを浮かべて、は少女に声をかけた。
「ね、お名前は?」
それに少女は視線をさ迷わせる。もう一押し!更ににこやかな笑みを浮かべるに何こいつにやけてるんだと呆れるルックである。
やがて躊躇いがちに、少女は口を開いた。
「・・・セラ。」
鈴を転がすような可憐な声で、少女、セラは答えた。
それから1週間が経った。何時もなら既に塔を出るだが、彼女は変わらず居座り続けている。
塔に住まうに当たって、まるで姑のようなルックにイビられながらも、家事はが行うようにしている。しかし無償で寝床につき食いぶちを減らし続ける事に、さすがに彼女も迷惑であると自覚していた。
だがそれにしても彼女には譲れない、代えがたいものがあった。
空は雲1つない快晴。は塔の屋上を洗濯籠を持ち歩いていた。
昨夜は突然の暴雨に見舞われ、洗濯ものを干せなかったのだ。台風一過で燦々と降り注ぐ太陽に思わず目を細める。これだけ良い天気なのだ。今日はマットや普段は使用していないシーツも干したい。
これ以上のない洗濯日和に、乾かし終えた衣類をいれた籠を持ち、足を早めただが、そこで背後から小さな足音が駆け寄ってきた。
「さん!」
振り返ってみると、シーツを積めた籠が歩いていた。いや、よくよく見ると籠からプラチナブランドの髪が除いている。
ふらふらとかくそくのない足取りでこちらに向かってきたそれは、しかし昨夜の雨で出来た水溜まりに足をとられる。ぐらり、と小さな身体が傾いた。「きゃ!」
「セ、セラ!」
は慌てて身体を反転させ、転んでしまった彼女に駆け寄る。
「大丈夫!?怪我してない!??」
籠を地面に置き、倒れこんだ彼女の脇の下に手を差し込み持ち上げた。
持ち上げられた少女は歯を食い縛る。実は両手が籠で塞がっていた彼女は顔面から転んでしまっていたのだ。じわりと目尻に涙が浮かぶ。しかし心配してくれている彼女に、不安を抱かせたくないーー。そんないじらしい思いでこぼれ落ちそうな涙をぐっと堪える。
そして額を手で抑えたまま、少女はへにゃりと笑った。
「大丈夫です!」
と、目尻に涙を浮かべて明らかに我慢している彼女。
天使だった。
「もー!何この子!!猛烈に可愛いー!!」
は我慢できず、混み上がった衝動のまま彼女を抱き締めた。
がこうしてまだ塔に居座っている理由。それは見た目は天使、中身は鬼畜のもとで育つ、見た目も中身も純粋な天使だった。
出会ったばかりの頃は怯えられていたものの、日がたつにつれ徐々に少女は警戒をときだした。今では気が付けば後ろについてきて、なにかとを手伝おうとする程だ。
そんな雛鳥のような彼女に、は心臓を撃ち抜かれた。なにこの子超可愛い。
怪我をした額を、ポーチから取り出したおくすりで治すと、セラはまた嬉しそうに笑うのだからは堪らずもう一度少女を抱き締めた。なにこの子天使か。知ってる。
「何してんの、そこの馬鹿。」
頭上から呆れた声が降ってくる。
出たな姑。
はセラを抱き締めながら、逐一の仕事にケチをつけてくる彼を見る。
やれ、仕事が遅い。料理に塩が多いかと言えば味が薄い、果てはあの本が読みたいから探してこいなどとパシりにも扱ってくるのだ。さすがに居候といえども、あまりのこき使われ具合に苛立ちが募り、喉が乾いたからお茶、と言われたときには沸かしたばかりの茶を出したり、ルックのお気に入りなのだろう、何度か彼が読んでいる姿を見かけた本をかっぱらってセラの絵本代わりにしたりした。
勿論、小難しい彼のお気に入りなだけあり、がその本の内容を理解することなど出来ていないが、ほぼ文字の読み書き用に使わせて頂いている。難しい字には本に直接フリガナも降ってやったりして、良きお姉さんだとは自負する。たまには息抜きにページの隅に絵も描いてあげるほどだ。本を取られた挙げ句、気に入っている本にフリガナだけならまだしも、パラパラ漫画など描かれたルックは貯まったものではなく、ぶちギレるのだが。
そんな事を繰り返し、こいつは目を離すと録な事にならないと学んだルックは、常に目を光らせるようにして、結果口煩い姑のようになるという悪循環だった。
様子を見に来てみれば、地面に散乱した洗濯物に、またこいつは何をやらかした、とルックが疑うのも当然と言うもので、しかしそれに慌てる者がいた。の腕から抜け出したセラだ。彼女は慌てたように言う。
「ルック様、違うんです!セラが籠を落としちゃったから・・・。」
眉尻を下げ、肩を落とした彼女は、大きな碧の瞳を若干潤ませる。
洗い立てのシーツは、昨夜の雨の名残でぬかるんだ地面に落ち、若干汚れてしまっている。再度洗い直さなければならないだろう。
手伝おうとして手間を取らせてしまった事にセラは落ち込み、歯を食い縛り、こぼれ落ちそうになる涙を必死に堪えた。その時だった。
「うりゃ!」
セラの頭上を大きな影が覆う。
それは小さなセラを覆い隠すだけでなく、近くにいたルックも巻き込む。「は?」唖然とした声がルックから漏れた。
「ちょっと!」
ルックが非難の声をあげるが、いきなりシーツを放り投げた人物といえば更にもみくちゃにせん勢いで抱きついてきた。
目を白黒させるセラに、彼女は笑い声をあげる。
「お日さまパワー!どう!?干したては良いでしょ!」
へらへらとした笑い声である。突然シーツにセラごとくるまれたかと思えば、頭上からの笑い声にルックは吠えた。
「意味わかんないよ!退いてよ馬鹿女!」
「うへへー!」
しかし彼女、基本ルックの暴言は耳に流す。今回もルックの非難を流し、セラ達を抱き締める腕も緩めずむしろそれを強めた彼女に思わずルックが叫んだ。「ちょっと聞いてる!?」
「わははー!」
「聞けよ!!」
暖簾に峰押し。突如シーツでルック達を覆い抱き締めたは聞く様子はない。
喚く二人のやり取り、というかルックの非難の中、セラは状況が理解出来ずしばらく茫然としていた。しかしシーツごしにじわりと広がった暖かいぬくもりに、思わず目尻に浮かんでいた涙も引っ込み、呟く。
「お日さまの匂い・・・。」
ルックの非難に、聞き耳持たず笑う。
騒がしい大人二人に対して一番落ち着いていた幼いセラだったが、やがて釣られるようにいつの間にか、笑顔が浮かんだ。
「手間が増えてるんだけど・・・そもそも、なんで僕まで・・・。」
あれから汚れた洗濯ものは洗い直した。物干し竿にかけるべく、シーツの両端を引っ張りながらルックは愚痴を零す。
離れた箇所から聞きとがめたが、自身もしわを伸ばしながら声を張り上げた。
「いいじゃん!たまには!」
悪びれのない、にへらとした笑みがこれまた腹正しい。様子を見に来たはずが巻き込まれ、気が付けば自然に分担されていた洗濯に文句が湧き上がる。これは一言、二言言わねば気が食わない。
しかし当のは、少し離れた場所で干すのに苦戦するセラに気付き、そちらへと駆け寄っていた。・・・命拾いしたな。ルックは生唾を飲み込んだ。
「何をしているのですか。」
「レックナート様。」
掛けられた声は塔の持ち主である、レックナートであった。腰まで長い黒髪を揺らしながら、屋上に出た彼女の肌は恐ろしく白い。
ルックも塔の中で過ごすことが多いが、彼女、レックナートは日中に外に出ることはほとんどない。たとえ出たとしてもローブを羽織っている為、焼けることのない肌は透けるような肌であった。
生業が星見ということを踏まえても、彼女の性格もあるのだろう。その彼女が騒がしさを聞きつけたのだろう、表に出てきたことにルックは眉を寄せる。
「どっかの馬鹿が、子供以上にはしゃぎまして・・・。」
レックナートはルックの師匠だ。師匠を煩わせてしまったことに墳然とするルックに、しかし予想に反してレックナートは頬を緩めた。
「楽しそうですね。」
静かな眼差しが、セラとへと向かう。セラは、とある事情からこの塔で保護することになった子供だ。
ルックやレックナートに対しては、大分打ち解けてきたが、やはりまだ外には出れない。彼女は人に慣れていないのだ。初めこそ警戒しているようだったが、今では笑顔での手伝いを買って出ている彼女を見て、ルックは言う。
「セラにとって、初めて外から来た人間ですからね。あいつは子供みたいに馬鹿だから、セラも懐いてしまったみたいで・・・。」
悪影響及ばさなければいいが。ため息を吐くルックにしかし、レックナートは小さく微笑むと、首を振った。
「ルックの事ですよ。」
思わぬ言葉に、ルックの表情が固まった。
意味を理解すると途端、かっと全身の血が沸騰するかのように熱くなる。
「お戯れにも程があります!あいつが来てから静かになる事なんてなくて、録に読書も出来てないんですよ!」
勿論、怒りである。それ以外ありえない。
散々一人の時間を邪魔されているのだ。楽しむだなんて、どう考えてもありえなかった。顔を赤くさせて勢いよく反論するルックに、レックナートは穏やかな笑みをやはり崩さない。その反応にルックは内心歯噛みする。ルックの言葉を信じている様子がない。ならば滾々と、どれだけ迷惑をかけられているかこの際話せばさすがにレックナート様をご納得してくださるだろう。その結果呆れられて、しばらくあいつも塔に来れなくなれば良い。そう口を開こうとした時だ。
「ルックー!」
慌てた声が空に響き渡る。遠方から見ても、焦った様子のだ。
彼女は空になった洗濯籠を片手に、セラを連れて駆け寄ってくる。傍らに佇むレックナートにそこで気づき、会釈する。「レックナート様!こんにちは!」レックナートはそれに微笑む。
「ええ、こんにちは。そんなに慌てて、どうしたのですか?」
「あ、そうなんです!大変なんです!」
焦ったは空を仰ぐ。あれだけの快晴であった空は少しずつ緋色に染まり始めていた。「もう日が暮れ初めてる!晩御飯作らなきゃ!」
折角干しなおしたが、既に日は傾き始めていた。いくら気候が良くても、洗濯ものは湿気ってしまうだろう。こればかりは明日やり直すべきであろうがには算段があった。秘儀・あとでルックに魔法で乾かしてもらおう、である。
それよりもまずは、夕飯の支度であった。まさか夕飯後、魔法で洗濯物を乾かさせられる羽目になることになるとは知らないルックは、軽いため息を吐く。
「誰のせいだと・・・。」
ルックのぼやきを聞き終える事無く、は踵を返す。
屋内へと急ぎ戻ろうとする背中を呆れながら眺める。ややあって、その場に佇む少女に片手を差し出した。
「セラ、帰ろう。」
の勢いに取り残された少女は、おずおずとルックの手に自身の手を重ねた。まろい手を握り返したルックはその日何度目かになるため息を、やれやれと吐くのだった。
「馬鹿がうるさいし。」
「3人共!早くー!」
先を行っていたが片手を上げて催促する。
日が暮れ、地面に伸びた影を追いかけるように、ルック達も塔へと戻る。
緋色の空には、ゆっくりと間延びした雲が流れる。穏やかな日々だった。
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