「はラズリルに甘いと思うんだ。」
眉間に皺を寄せ、真剣な表情でティルが唐突に言った。それに思わずや、その場に居合わせたグレミオ、テッドも目を瞬かせる。
「・・・そんなこと、ないと思うけど。」
僅かな沈黙の後、は答える。と、同時に止めていた手を動かし洗面器で濡らした布をラズリルの額に置いた。しかし壁に背を預け腕を組んだティルの表情は変わらず、無表情に近い。
「絶対に、甘い。」
「・・・そんなことないと思うぜ?」
「私もそう思います。」
別段、彼へのの態度は他の者と変わらないだろう。むしろ彼の場合、若干手厳しいともいえる。しかし彼がこうして不機嫌になる理由もわからなくはない――そう思いながら先の出来事を思い出しグレミオは苦笑いを浮かべた。けれどティルはグレミオやテッドの言葉に耳を貸すことなく、 を鋭い目つきで見る。
「こいつが何をしたか、忘れたの?」
「忘れてないけど・・・。」
は眉尻を下げる。先日起きた出来事は忘れてはいない。感じた危機感はこうして体調が回復した今も、確かに覚えていた。
それでもこうして接しているのは・・・・。 は困ったように言う。
「病人なんだから。」
そうして視線を現在看護しているラズリルへと向けた。彼の長い睫毛は伏せられ、白い肌はうっすらと上気し、呼吸は荒い。鬼の撹乱2であった。
「まぁ、今だけは許してやれよ。」
苦笑いを浮かべたテッドは直後、勢いよく堰き込む。慌てて水の入ったコップをグレミオが手渡した。
「大丈夫ですか?」
「すみません、グレミオさん。」
コップを受け取りながら、テッドは顔をしかめる。その声は活発な彼のものとは思えないほど弱弱しく掠れている。
風邪をひいたティルとだったが、それは彼らだけに留まらなかった。翌日、ラズリルも倒れ、更に2日後にはテッドも倒れたのである。四人もの病人を相手に、グレミオは一人奮闘した。そしてようやく体調が回復したは復帰早々彼らの看護に回ったのである。よりもいち早く回復したティルも手伝ったのだが、ラズリルを看護するのだけはいい顔をしなかった。回復した後、言いにくそうな表情でテッドから告げられた、数日前の出来事が原因だった。告げられた内容に目を見開いたティルは直後静かに切れた。テッドは顔を一層青くした。しかしその頃は既にラズリルは病人であり、自身も体調が優れないというのにテッドは必死になって殺気すら放っているティルを宥めたのだった。だがふとした時、彼が纏う空気は肌をつき刺すように鋭い。再び必死になり気づかぬふりをするテッドだった。今もまた、静かに怒るティルにグレミオと共に戦々恐々しつつ、とティルを見守る。ティルは数秒を鋭い目つきのままを見ていたが、やがて小さく諦めたように息を吐いた。
「わかったよ。」
彼の妥協に、も肩の力を抜く。だがほっとしたのもつかの間、ティルはテーブルの上にあった袋を手に取り、ラズリルのベット脇へと移動する。何をするのか、と達が見つめる中、彼は意識が朦朧としているラズリルの顔を片手で鷲掴み、袋の中に入っていた粉薬を無理やり押し込んだ。
「ちょ、ちょっとティル・・・!!」
薬に睡眠効果が含まれている所為か、病人の彼に対してのティルの乱暴な行動の所為か直後ぐたりと横たわったラズリルを尻目には思わず非難の声を上げる。
「なに?」
対してティルは先程の不機嫌さはどこへやら、爽やかな笑みで首を傾げて見せる。
「風邪を引いた彼に、薬を飲ませてあげただけだけど。」
だがその方法はあまりにも乱暴である。あるが、彼の浮かべた笑みは乱暴な行為とは反対にあまりにも爽やかで、は言葉を飲み込んだ。
ティルは今度はテッドを見た。その手には数時間前診てもらった医者に処方された薬が一つ余っている。と同様冷や汗をかいていたテッドは頬をひきつらせながら、慌てて言った。
「自分で飲みます。」
半刻もしない内にテッドもまた深い眠りにつく。静かになった彼らに一息ついて、さて今のうちに氷枕でも変えるかとが動いた時である。ティルがからそれを奪い取ったのである。そのまま投げるようにしてグレミオに手渡す。は思わず目を瞬かせた。
「ティル?」
しかしティルは笑顔での手を掴むと言うのだった。
「デートしよう、。」
は眉を寄せる。
「グレミオさん一人になっちゃうじゃない。」
彼一人に対し、今は眠っているとはいえ二人の看病は酷だ。そんなこと、彼にもわかるだろうに。けれど優しいグレミオは笑みを浮かべる。
「いいですよ、ちゃん。今は眠っていますし、私一人でも平気ですから。」
「でも・・・」
柔らかくほほ笑むグレミオには眉尻を下げる。だがやはり彼一人に任せて遊んでなどいられない。はティルに首を振った。
「やっぱり駄目だよ、ティル。」
そういえば、ティルはの手を掴んだまま俯く。急に俯いた彼に目を瞬かせた。ややあって、ティルは僅かに顔を上げる。
「だって俺、とデートもしたことないから・・・・。」
彼の金色の目は、珍しく寂しさに揺れていた。思わず言葉に詰まる。いつも強気で大人な彼がこういう風に弱気になり、だだを捏ねるのは珍しい。はティルの言動に動揺した。いや、駄目だ。グレミオさんが一人になってしまう。駄目ったら駄目。
「・・・ は、嫌?」
けれどそう言って瞳を頼りなく揺らし、首を傾げて言われてしまうと。惚れた弱味というもので、は無言で降参するしかないのであった。
そうしてとティルの初デートが行われた。なぜ今さらであるかというと、いい雰囲気になるならない以前に必ずどこかの誰かの妨害が入るからだ。しかし彼は今風邪で伏せっている。まさに絶好のチャンスであった。ティルは先程の小動物のような頼りなさはどこへ行ったのか。上機嫌でと街を歩いていた。久々の、と二人きり。頬を緩ませ隣を歩く彼に、は苦笑する。けれどとて、彼と街を歩くのはなんだかんだと言って嬉しく感じていた。いつもは女を捨てているのかというほど気にしない髪も気にして何度も触れてしまうほどである。そんなをティルは慈しむように見ていた。
「あ、」
ふと、ある店が目に入り、ティルが声を上げた。次いで右手に触れる温もり。ティルが手を引いたのだ。
そのまま手を引かれてはティルが目をつけた店へと向かう。
の頬に、さっと朱が走った。今、手を繋いでいる。それだけで、の体温は一気に上昇していった。僅かにパニックにすら陥る中、一方でティルは店に並んでいたあるものを手に取った。そしての髪に当てる。
「うん、似合う。可愛いよ、。」
それは髪飾りだった。赤くなる頬をばれない為に俯きがちになっているの黒い髪に、髪飾りを当てると、彼はどんな女性も魅了してしまうような笑みを浮かべてそう言うのだった。湯気が出るかと思うに、ティルはにこりと微笑む。ティルは店の者に声をかけた。
「これ、下さい。」
「お、彼女さんへのプレゼントか。いいねぇ、可愛い彼女さんで。」
「あははは。」
そんな彼らの慣れない言葉――彼女やらお世辞とは分かっていても可愛いという言葉――でますます顔を赤くするだったがそこで慌ててティルを見上げた。ティルは突然顔を上げたに目を瞬かせる。
「え、い、いいよ!悪いよ!!」
「俺があげたいんだ。もらってくれないかな?」
ティルは笑顔でそう言って、いつのまにか包装されていた髪飾りをに手渡そうとする。は何度か笑顔のティルとそれを見比べた。彼の笑顔は柔らかく、それでいて微塵も譲りそうにない。ややあって髪飾りを受け取り、が言おうとした言葉を、しかし、ティルが先に言った。
「ありがとう。」
は目を瞬かせる。そして小さく笑った。彼が言ってどうするのだ。
「ティルが言ってどうするのよ。私こそありがとう、だよ。」
照れたように笑うに、ティルもまた頬を緩ませるのだった。
達は店を離れると、再び宛てもなく街を歩いた。ティルが隣を歩くだけで、は足が軽く感じ、どうしようもなく楽しかったが、しかし視線がある所に止まった。彼の自身より大きく骨ばり、武器を扱う為いくつも出来た蛸で厚い掌。それでいて何故か、綺麗な手だ。先程はいきなりだったから驚いたが――手、繋ぎたいな。悶々とはそう思う。そう思っていた時であった。突然ティルの手が触れた。温もりには顔を赤くする。そしてそのまま、ティルの方へと――彼の背後へと回された。
目を瞬かせたは、自身より大きな彼の背に声をかける。
「ティル?」
「誰か!捕まえて!!」
の声をかき消すように、女性の甲高い声がした。思わずティルの背から除くようにして道を見ると、そこには一人の男が似つかわない女性物の鞄を持って走っていた。陽光に反射して煌めくのは、手に握られた一振りのナイフだ。道行く人が悲鳴を上げて割ける中、ティル達だけがどかず、男はティルを見た。けれど僅かに横に居た為、そのまま逃げ遅れたのかと横を通りすぎようとする。そして隣を通ったときだ。ティルは男の鳩尾に、鮮やかなほど綺麗に蹴りを叩きこんだ。さすがというべきか、男はその一撃で昏倒し、男の手から吹き飛んだナイフを空で掴んだティルは悪戯にそれを弄りながら、気を失ったその男から鞄を取る。すると後から来た女性が声を上げた。
「私の鞄!!」
「はい、どうぞ。」
ティルはいつもの笑顔を浮かべて女性に鞄を渡す。女性は瞬時に顔を赤くすると、受け取りながら礼を述べた。
「あ、ありがとうございます・・・!!」
「どうかお気をつけて。」
「は、はい・・・!本当にありがとうございます!」
「いえ。」
微笑みそう対応するティルには思う。うん、さすがティルだ。いい事をした。そういい事なのだ。けれどは思わず浮かべる笑みが歪な笑顔になってしまう。それは女性が綺麗で、そして顔を赤くして惚気たようにティルをみているからだろう。彼女は絶対、ティルに好意をもった。そしてなによりも――子供らしいとは思うがは手を握る。
なんだ、あれは何も手を繋ぐ為ではなかったのだ。ただ偶々。勝手に期待していた分、それがの胸を苛めた。子供らしい。こんなの、なんて子供らしい嫉妬。
女性は何度もお礼を告げてから、ティルと別れた。ティルと歩きながらは上手く笑えているか不安に思う。どうしてもさきほどの女性に微笑むティルが脳裏に浮かんでしまう。自身に向けられるそれもそうなのではないかと、彼は誰にでも優しいから。そんな事を思っては、の笑みは影る。そしてそういう時にこそ、連続して事は起こる。再びティルがの手を掴んだのだ。え、とは頬を赤くした。今度こそ、彼が手を繋いでくれたのかと。けれど再び、今度はティルの前へと動かされる。ティルはというと、傍で崩れた積荷を素早く支えた。積み荷の店の娘は慌てて出てくると何度もティルに頭を下げる。その顔を赤い。対して、ティルは笑顔で対応した。先程も見た光景だった。とうとう、の顔から笑みが消えてしまう。けれどそんな子供じみた嫉妬を知られたくなくて、はその後すぐに宿屋に戻ろうとティルに提案するのだった。やはりグレミオ一人では心配だからと。はティルの反応を待つことなく、宿屋へと踵を返すのだった。
宿屋の食堂は夜になると居酒屋へと変わる。ラズリル達の看病をしていたは、部屋に戻り寝る支度をした。そしてその日は眠ったのだが、ふとさほど時間をおかずに目を覚ましてしまう。喉の渇きを覚えたのだ。は水をもらいに一階へと向かう。一階におり、食堂に向かうと早速従業員に声をかけようとした。けれどそこで目に入ったものに、咄嗟に食堂の隅へと隠れた。
ティルが食堂にいたのだ。しかも隣には燃えるような赤毛に白い肌、出るところが出た、まさに大人の女性という言葉似合う魅力的な女性が座っている。は息を飲んだ。
中途半端な位置で立ちすくんだままの彼女に視線がちらちらと向けられ始める。ややあって、周りの視線に気付くとは咄嗟に近くの席に着いた。そこで、赤毛の女性がティルの隣から席を立つ。安堵しただったが、彼女はなんと近づいてきたのだ。思わず近くにあったメニュー表を取り顔を隠すが、あまり意味をなさなかった。赤毛の女性は同性であるも身惚れてしまう程綺麗な微笑み浮かべて尋ねてくる。
「ご注文は?」
彼女は従業員だったのだ。幸いなのはティルがこちらに背を向けていて、気付いていないということか、しかし距離は近い。は態と声を濁らせ小さく適当にメニューの端にあったオレンジ系のなにかを頼む。
しかしこの時、彼女は知らなかった。この宿屋の食堂は夜になると居酒屋に変わる。飲み物のメニューも全部酒に変わるということを。
そうとは知らず、は運ばれてきたそれを煽る。煽りながら再びティルの傍に座った女性を歯ぎしりせん勢いで見ていた。どうやら彼女は、手が空くたびにティルの傍に行くらしい。ならば忙しくすればいい事。必死に飲み物を仰ぎ彼女に頼み続けるが、それにも限度があった。三杯目で身体が熱くなった事に気付いたはそれでも必死に飲み物を仰ぐ。そんな時、赤毛の女性がティルに寄りかかった。うあああ寄るなぁぁ胸を押しつけるなぁぁ!!は心の中で絶叫する。
騒いでいた客も出て静かになった居酒屋で、女性はティルを見上げて魅惑的に口の端を上げた。
「慰めてあげよっか。」
彼女の言葉はの耳に入った。多いに反応したは、しかし次のティルの言葉に安堵する。
「遠慮しとくよ。」
そう言って、ティルは苦笑する。だが尚も女性は動かない。ちょっと誰か他の客も頼めよ!そう思いながらは急いで飲み物を仰いだ。そして素早く手を上げる。女性が席を立ちの傍まで来る。これで飲み物が来るまでは安全だ。けれど飲み物をに運び終えると、彼女は再びティルの席に座った。は慌てて手元にあるグラスを持つと、一気に煽る。
「愚痴相手ぐらいにはなるわよ。」
その最中も、女性とティルは何かを話している。は嫉妬でか、ぐるぐるとしだした脳内に顔を顰め、女性を睨みつけると再び手を上げた。
他の客が入ったのか、酒場は再び喧騒を取り戻しティル達の話も聞きづらくなっていた。
一方でやたらと酒を煽る少女に酒を運びつつも、赤い髪をした女性は暇を見てはティルの席に座っていた。
「彼女が、いきなり不機嫌になった理由、ねぇ」
「何かした、かな。」
試しに女性である彼女に相談したティルは手元にあるグラスを持ちながら言う。中で氷が涼しい音を立てた。
デート中、目に見えて彼女が不機嫌になった理由。自身が何かしてしまったのだろうか。けれど赤毛の女性は肩を竦めた。
「貴方は悪くないんじゃない?」
微笑みを浮かべて、彼女はティルを指差した。
「強いて言えば罪はその魅力、かしら。」
訳が分からず思わず眉を寄せれば、女性は楽しそうに言った。
「嫉妬よ嫉妬。」
けれど指摘された内容に、ティルは思わず笑ってしまった。
「まさか。それはないよ。」
「なんで?貴方だって彼女が他の男といたら、嫉妬ぐらいするでしょう。」
「・・・そうだね。」
ティルは思わず苦笑を浮かべる。それは嫌というほど。デートの最中ですら、可愛いと言った亭主の言葉に僅かに顔を赤くしたに靄が沸いた程である。
以前まではそうとは思っていなかったが、今では自身の嫉妬深さにティルも自覚している。彼女が違う異性と話すだけで嫉妬するのだ。――いっそ彼女を閉じ込めてしまいたいと何度思った事か。自身にある深い闇にティルは自嘲する。けれどそんな時、いつの間にか席を立ち、再び戻ってきていた赤毛の女性が口を開いた。
「そうねぇ、一つ聞きたいんだけど。」
そう言って、彼女は首を傾げた。
「彼女さんってどんな子?」
ティルは間髪いれず真顔で答えた。
「可愛い。」
「誰が惚気を言えって言ったのよ。」
呆れたように女性はティルを見る。女は続けた。
「容姿よ、容姿。」
ティルは思いつく限りの彼女の特徴をあげていく。まずは黒髪が綺麗だとか、吸い込まれそうな黒い目をしているとかそれはもう惚気たっぷりに。だが女性はそれを軽く流し、口元に手を当てる。「ふーん」
「それがどうかした?」
首を傾げたティルに赤毛の女性は肩を竦める。
「ちょっと気になっただけよ。」
そしてふと口の端を上げた。
「ねぇ貴方、欲求不満でしょう。」
彼女はそう言うと、ティルに寄りかかる。
「だってわざわざこんなところでお酒なんて飲まなくても、ベットの中で聞けばいい話じゃない。」
甘えるように胸に寄りかかりながら、彼女は流し目でティルを見る。そして赤い唇から甘い声を出した。
「憂さ晴らしの相手なら、ここにいるわよ?」
その時だった。
「ちょーーーーっと待った!」
突如酒場に、大声があがる。聞き覚えのある声に、ティルは目を丸めた。一方で赤毛の女性は口の端をあげる。そんな中、彼女は卓に手をつき、すごい勢いで立ちあがるとティルと女性の間に割って入った。
「それ以上はだめ!」
ティルに思い切り抱きつくと、彼女は言うのだった。
「絶対!ティルは渡さないんだから!」
目尻に涙を浮かべたは止めに叫ぶ。
「ティルは私のなんだから!!」
彼女から漂うのは随分と濃厚な酒の香り。だがしばらく、ティルは珍しくも硬直していた。そして無言で席を立つと、彼女を抱きつく彼女をそのまま抱きあげる。そうして二階へと向かいながら彼はふと足を止めた。
「一芝居、どうも。」
「いえいえ。彼女を大切に、ね。」
振り返ることなくそう言った彼に、赤毛の女性は片手を振る。それにティルは静かに答えた。
「言われなくとも。」
「嫌だ。ティル、ティル・・・!!」
酔った彼女を彼女の部屋に運び、ベッド下ろそうとしたが、彼女はティルに抱きついたままそう言って離れようとしなかった。そんな彼女に、ティルは目を細める。
「俺にはだけだよ。」
そこでふと、は恐る恐るティルを見上げた。
「愛想、つかさない・・・?」
「つけない。」
ティルは微笑む。どんなことがあっても彼女を嫌いになることは無理だろう。こんなににも、愛しいのだから。けれど頷いてから、ふとティルは思い付いたことを口にした。
「そのかわりに、に一つお願いがあるんだけど。」
そう言ったティルに、は目を瞬かせた。
ティルは微笑み、口を開いた。
***
その翌朝のことだった。
「坊ちゃん・・・そ、それは・・・!」
朝一番で会ったグレミオが目を見開く。ティルは笑みを浮かべて答えた。
「ああ、これ?が。」
ティルはそれを見せるように服の裾を引く。そこに現れるのは赤い花。所詮キスマークだ。
「中々上手く出来ないってここ以外にも沢山。」
笑顔で答えるティルに、全く覚えのないは愕然とした。酒場でティルを見つけた後から、彼女には記憶がない。
「う、うそ・・・!」
そう言うと、ティルは笑顔で言うのだった。
「さてどうだろう。」
阿鼻叫喚とするその場。さてその真相は、一人笑顔の彼のみぞ知る。
眉間に皺を寄せ、真剣な表情でティルが唐突に言った。それに思わずや、その場に居合わせたグレミオ、テッドも目を瞬かせる。
「・・・そんなこと、ないと思うけど。」
僅かな沈黙の後、は答える。と、同時に止めていた手を動かし洗面器で濡らした布をラズリルの額に置いた。しかし壁に背を預け腕を組んだティルの表情は変わらず、無表情に近い。
「絶対に、甘い。」
「・・・そんなことないと思うぜ?」
「私もそう思います。」
別段、彼へのの態度は他の者と変わらないだろう。むしろ彼の場合、若干手厳しいともいえる。しかし彼がこうして不機嫌になる理由もわからなくはない――そう思いながら先の出来事を思い出しグレミオは苦笑いを浮かべた。けれどティルはグレミオやテッドの言葉に耳を貸すことなく、 を鋭い目つきで見る。
「こいつが何をしたか、忘れたの?」
「忘れてないけど・・・。」
は眉尻を下げる。先日起きた出来事は忘れてはいない。感じた危機感はこうして体調が回復した今も、確かに覚えていた。
それでもこうして接しているのは・・・・。 は困ったように言う。
「病人なんだから。」
そうして視線を現在看護しているラズリルへと向けた。彼の長い睫毛は伏せられ、白い肌はうっすらと上気し、呼吸は荒い。鬼の撹乱2であった。
「まぁ、今だけは許してやれよ。」
苦笑いを浮かべたテッドは直後、勢いよく堰き込む。慌てて水の入ったコップをグレミオが手渡した。
「大丈夫ですか?」
「すみません、グレミオさん。」
コップを受け取りながら、テッドは顔をしかめる。その声は活発な彼のものとは思えないほど弱弱しく掠れている。
風邪をひいたティルとだったが、それは彼らだけに留まらなかった。翌日、ラズリルも倒れ、更に2日後にはテッドも倒れたのである。四人もの病人を相手に、グレミオは一人奮闘した。そしてようやく体調が回復したは復帰早々彼らの看護に回ったのである。よりもいち早く回復したティルも手伝ったのだが、ラズリルを看護するのだけはいい顔をしなかった。回復した後、言いにくそうな表情でテッドから告げられた、数日前の出来事が原因だった。告げられた内容に目を見開いたティルは直後静かに切れた。テッドは顔を一層青くした。しかしその頃は既にラズリルは病人であり、自身も体調が優れないというのにテッドは必死になって殺気すら放っているティルを宥めたのだった。だがふとした時、彼が纏う空気は肌をつき刺すように鋭い。再び必死になり気づかぬふりをするテッドだった。今もまた、静かに怒るティルにグレミオと共に戦々恐々しつつ、とティルを見守る。ティルは数秒を鋭い目つきのままを見ていたが、やがて小さく諦めたように息を吐いた。
「わかったよ。」
彼の妥協に、も肩の力を抜く。だがほっとしたのもつかの間、ティルはテーブルの上にあった袋を手に取り、ラズリルのベット脇へと移動する。何をするのか、と達が見つめる中、彼は意識が朦朧としているラズリルの顔を片手で鷲掴み、袋の中に入っていた粉薬を無理やり押し込んだ。
「ちょ、ちょっとティル・・・!!」
薬に睡眠効果が含まれている所為か、病人の彼に対してのティルの乱暴な行動の所為か直後ぐたりと横たわったラズリルを尻目には思わず非難の声を上げる。
「なに?」
対してティルは先程の不機嫌さはどこへやら、爽やかな笑みで首を傾げて見せる。
「風邪を引いた彼に、薬を飲ませてあげただけだけど。」
だがその方法はあまりにも乱暴である。あるが、彼の浮かべた笑みは乱暴な行為とは反対にあまりにも爽やかで、は言葉を飲み込んだ。
ティルは今度はテッドを見た。その手には数時間前診てもらった医者に処方された薬が一つ余っている。と同様冷や汗をかいていたテッドは頬をひきつらせながら、慌てて言った。
「自分で飲みます。」
半刻もしない内にテッドもまた深い眠りにつく。静かになった彼らに一息ついて、さて今のうちに氷枕でも変えるかとが動いた時である。ティルがからそれを奪い取ったのである。そのまま投げるようにしてグレミオに手渡す。は思わず目を瞬かせた。
「ティル?」
しかしティルは笑顔での手を掴むと言うのだった。
「デートしよう、。」
は眉を寄せる。
「グレミオさん一人になっちゃうじゃない。」
彼一人に対し、今は眠っているとはいえ二人の看病は酷だ。そんなこと、彼にもわかるだろうに。けれど優しいグレミオは笑みを浮かべる。
「いいですよ、ちゃん。今は眠っていますし、私一人でも平気ですから。」
「でも・・・」
柔らかくほほ笑むグレミオには眉尻を下げる。だがやはり彼一人に任せて遊んでなどいられない。はティルに首を振った。
「やっぱり駄目だよ、ティル。」
そういえば、ティルはの手を掴んだまま俯く。急に俯いた彼に目を瞬かせた。ややあって、ティルは僅かに顔を上げる。
「だって俺、とデートもしたことないから・・・・。」
彼の金色の目は、珍しく寂しさに揺れていた。思わず言葉に詰まる。いつも強気で大人な彼がこういう風に弱気になり、だだを捏ねるのは珍しい。はティルの言動に動揺した。いや、駄目だ。グレミオさんが一人になってしまう。駄目ったら駄目。
「・・・ は、嫌?」
けれどそう言って瞳を頼りなく揺らし、首を傾げて言われてしまうと。惚れた弱味というもので、は無言で降参するしかないのであった。
そうしてとティルの初デートが行われた。なぜ今さらであるかというと、いい雰囲気になるならない以前に必ずどこかの誰かの妨害が入るからだ。しかし彼は今風邪で伏せっている。まさに絶好のチャンスであった。ティルは先程の小動物のような頼りなさはどこへ行ったのか。上機嫌でと街を歩いていた。久々の、と二人きり。頬を緩ませ隣を歩く彼に、は苦笑する。けれどとて、彼と街を歩くのはなんだかんだと言って嬉しく感じていた。いつもは女を捨てているのかというほど気にしない髪も気にして何度も触れてしまうほどである。そんなをティルは慈しむように見ていた。
「あ、」
ふと、ある店が目に入り、ティルが声を上げた。次いで右手に触れる温もり。ティルが手を引いたのだ。
そのまま手を引かれてはティルが目をつけた店へと向かう。
の頬に、さっと朱が走った。今、手を繋いでいる。それだけで、の体温は一気に上昇していった。僅かにパニックにすら陥る中、一方でティルは店に並んでいたあるものを手に取った。そしての髪に当てる。
「うん、似合う。可愛いよ、。」
それは髪飾りだった。赤くなる頬をばれない為に俯きがちになっているの黒い髪に、髪飾りを当てると、彼はどんな女性も魅了してしまうような笑みを浮かべてそう言うのだった。湯気が出るかと思うに、ティルはにこりと微笑む。ティルは店の者に声をかけた。
「これ、下さい。」
「お、彼女さんへのプレゼントか。いいねぇ、可愛い彼女さんで。」
「あははは。」
そんな彼らの慣れない言葉――彼女やらお世辞とは分かっていても可愛いという言葉――でますます顔を赤くするだったがそこで慌ててティルを見上げた。ティルは突然顔を上げたに目を瞬かせる。
「え、い、いいよ!悪いよ!!」
「俺があげたいんだ。もらってくれないかな?」
ティルは笑顔でそう言って、いつのまにか包装されていた髪飾りをに手渡そうとする。は何度か笑顔のティルとそれを見比べた。彼の笑顔は柔らかく、それでいて微塵も譲りそうにない。ややあって髪飾りを受け取り、が言おうとした言葉を、しかし、ティルが先に言った。
「ありがとう。」
は目を瞬かせる。そして小さく笑った。彼が言ってどうするのだ。
「ティルが言ってどうするのよ。私こそありがとう、だよ。」
照れたように笑うに、ティルもまた頬を緩ませるのだった。
達は店を離れると、再び宛てもなく街を歩いた。ティルが隣を歩くだけで、は足が軽く感じ、どうしようもなく楽しかったが、しかし視線がある所に止まった。彼の自身より大きく骨ばり、武器を扱う為いくつも出来た蛸で厚い掌。それでいて何故か、綺麗な手だ。先程はいきなりだったから驚いたが――手、繋ぎたいな。悶々とはそう思う。そう思っていた時であった。突然ティルの手が触れた。温もりには顔を赤くする。そしてそのまま、ティルの方へと――彼の背後へと回された。
目を瞬かせたは、自身より大きな彼の背に声をかける。
「ティル?」
「誰か!捕まえて!!」
の声をかき消すように、女性の甲高い声がした。思わずティルの背から除くようにして道を見ると、そこには一人の男が似つかわない女性物の鞄を持って走っていた。陽光に反射して煌めくのは、手に握られた一振りのナイフだ。道行く人が悲鳴を上げて割ける中、ティル達だけがどかず、男はティルを見た。けれど僅かに横に居た為、そのまま逃げ遅れたのかと横を通りすぎようとする。そして隣を通ったときだ。ティルは男の鳩尾に、鮮やかなほど綺麗に蹴りを叩きこんだ。さすがというべきか、男はその一撃で昏倒し、男の手から吹き飛んだナイフを空で掴んだティルは悪戯にそれを弄りながら、気を失ったその男から鞄を取る。すると後から来た女性が声を上げた。
「私の鞄!!」
「はい、どうぞ。」
ティルはいつもの笑顔を浮かべて女性に鞄を渡す。女性は瞬時に顔を赤くすると、受け取りながら礼を述べた。
「あ、ありがとうございます・・・!!」
「どうかお気をつけて。」
「は、はい・・・!本当にありがとうございます!」
「いえ。」
微笑みそう対応するティルには思う。うん、さすがティルだ。いい事をした。そういい事なのだ。けれどは思わず浮かべる笑みが歪な笑顔になってしまう。それは女性が綺麗で、そして顔を赤くして惚気たようにティルをみているからだろう。彼女は絶対、ティルに好意をもった。そしてなによりも――子供らしいとは思うがは手を握る。
なんだ、あれは何も手を繋ぐ為ではなかったのだ。ただ偶々。勝手に期待していた分、それがの胸を苛めた。子供らしい。こんなの、なんて子供らしい嫉妬。
女性は何度もお礼を告げてから、ティルと別れた。ティルと歩きながらは上手く笑えているか不安に思う。どうしてもさきほどの女性に微笑むティルが脳裏に浮かんでしまう。自身に向けられるそれもそうなのではないかと、彼は誰にでも優しいから。そんな事を思っては、の笑みは影る。そしてそういう時にこそ、連続して事は起こる。再びティルがの手を掴んだのだ。え、とは頬を赤くした。今度こそ、彼が手を繋いでくれたのかと。けれど再び、今度はティルの前へと動かされる。ティルはというと、傍で崩れた積荷を素早く支えた。積み荷の店の娘は慌てて出てくると何度もティルに頭を下げる。その顔を赤い。対して、ティルは笑顔で対応した。先程も見た光景だった。とうとう、の顔から笑みが消えてしまう。けれどそんな子供じみた嫉妬を知られたくなくて、はその後すぐに宿屋に戻ろうとティルに提案するのだった。やはりグレミオ一人では心配だからと。はティルの反応を待つことなく、宿屋へと踵を返すのだった。
宿屋の食堂は夜になると居酒屋へと変わる。ラズリル達の看病をしていたは、部屋に戻り寝る支度をした。そしてその日は眠ったのだが、ふとさほど時間をおかずに目を覚ましてしまう。喉の渇きを覚えたのだ。は水をもらいに一階へと向かう。一階におり、食堂に向かうと早速従業員に声をかけようとした。けれどそこで目に入ったものに、咄嗟に食堂の隅へと隠れた。
ティルが食堂にいたのだ。しかも隣には燃えるような赤毛に白い肌、出るところが出た、まさに大人の女性という言葉似合う魅力的な女性が座っている。は息を飲んだ。
中途半端な位置で立ちすくんだままの彼女に視線がちらちらと向けられ始める。ややあって、周りの視線に気付くとは咄嗟に近くの席に着いた。そこで、赤毛の女性がティルの隣から席を立つ。安堵しただったが、彼女はなんと近づいてきたのだ。思わず近くにあったメニュー表を取り顔を隠すが、あまり意味をなさなかった。赤毛の女性は同性であるも身惚れてしまう程綺麗な微笑み浮かべて尋ねてくる。
「ご注文は?」
彼女は従業員だったのだ。幸いなのはティルがこちらに背を向けていて、気付いていないということか、しかし距離は近い。は態と声を濁らせ小さく適当にメニューの端にあったオレンジ系のなにかを頼む。
しかしこの時、彼女は知らなかった。この宿屋の食堂は夜になると居酒屋に変わる。飲み物のメニューも全部酒に変わるということを。
そうとは知らず、は運ばれてきたそれを煽る。煽りながら再びティルの傍に座った女性を歯ぎしりせん勢いで見ていた。どうやら彼女は、手が空くたびにティルの傍に行くらしい。ならば忙しくすればいい事。必死に飲み物を仰ぎ彼女に頼み続けるが、それにも限度があった。三杯目で身体が熱くなった事に気付いたはそれでも必死に飲み物を仰ぐ。そんな時、赤毛の女性がティルに寄りかかった。うあああ寄るなぁぁ胸を押しつけるなぁぁ!!は心の中で絶叫する。
騒いでいた客も出て静かになった居酒屋で、女性はティルを見上げて魅惑的に口の端を上げた。
「慰めてあげよっか。」
彼女の言葉はの耳に入った。多いに反応したは、しかし次のティルの言葉に安堵する。
「遠慮しとくよ。」
そう言って、ティルは苦笑する。だが尚も女性は動かない。ちょっと誰か他の客も頼めよ!そう思いながらは急いで飲み物を仰いだ。そして素早く手を上げる。女性が席を立ちの傍まで来る。これで飲み物が来るまでは安全だ。けれど飲み物をに運び終えると、彼女は再びティルの席に座った。は慌てて手元にあるグラスを持つと、一気に煽る。
「愚痴相手ぐらいにはなるわよ。」
その最中も、女性とティルは何かを話している。は嫉妬でか、ぐるぐるとしだした脳内に顔を顰め、女性を睨みつけると再び手を上げた。
他の客が入ったのか、酒場は再び喧騒を取り戻しティル達の話も聞きづらくなっていた。
一方でやたらと酒を煽る少女に酒を運びつつも、赤い髪をした女性は暇を見てはティルの席に座っていた。
「彼女が、いきなり不機嫌になった理由、ねぇ」
「何かした、かな。」
試しに女性である彼女に相談したティルは手元にあるグラスを持ちながら言う。中で氷が涼しい音を立てた。
デート中、目に見えて彼女が不機嫌になった理由。自身が何かしてしまったのだろうか。けれど赤毛の女性は肩を竦めた。
「貴方は悪くないんじゃない?」
微笑みを浮かべて、彼女はティルを指差した。
「強いて言えば罪はその魅力、かしら。」
訳が分からず思わず眉を寄せれば、女性は楽しそうに言った。
「嫉妬よ嫉妬。」
けれど指摘された内容に、ティルは思わず笑ってしまった。
「まさか。それはないよ。」
「なんで?貴方だって彼女が他の男といたら、嫉妬ぐらいするでしょう。」
「・・・そうだね。」
ティルは思わず苦笑を浮かべる。それは嫌というほど。デートの最中ですら、可愛いと言った亭主の言葉に僅かに顔を赤くしたに靄が沸いた程である。
以前まではそうとは思っていなかったが、今では自身の嫉妬深さにティルも自覚している。彼女が違う異性と話すだけで嫉妬するのだ。――いっそ彼女を閉じ込めてしまいたいと何度思った事か。自身にある深い闇にティルは自嘲する。けれどそんな時、いつの間にか席を立ち、再び戻ってきていた赤毛の女性が口を開いた。
「そうねぇ、一つ聞きたいんだけど。」
そう言って、彼女は首を傾げた。
「彼女さんってどんな子?」
ティルは間髪いれず真顔で答えた。
「可愛い。」
「誰が惚気を言えって言ったのよ。」
呆れたように女性はティルを見る。女は続けた。
「容姿よ、容姿。」
ティルは思いつく限りの彼女の特徴をあげていく。まずは黒髪が綺麗だとか、吸い込まれそうな黒い目をしているとかそれはもう惚気たっぷりに。だが女性はそれを軽く流し、口元に手を当てる。「ふーん」
「それがどうかした?」
首を傾げたティルに赤毛の女性は肩を竦める。
「ちょっと気になっただけよ。」
そしてふと口の端を上げた。
「ねぇ貴方、欲求不満でしょう。」
彼女はそう言うと、ティルに寄りかかる。
「だってわざわざこんなところでお酒なんて飲まなくても、ベットの中で聞けばいい話じゃない。」
甘えるように胸に寄りかかりながら、彼女は流し目でティルを見る。そして赤い唇から甘い声を出した。
「憂さ晴らしの相手なら、ここにいるわよ?」
その時だった。
「ちょーーーーっと待った!」
突如酒場に、大声があがる。聞き覚えのある声に、ティルは目を丸めた。一方で赤毛の女性は口の端をあげる。そんな中、彼女は卓に手をつき、すごい勢いで立ちあがるとティルと女性の間に割って入った。
「それ以上はだめ!」
ティルに思い切り抱きつくと、彼女は言うのだった。
「絶対!ティルは渡さないんだから!」
目尻に涙を浮かべたは止めに叫ぶ。
「ティルは私のなんだから!!」
彼女から漂うのは随分と濃厚な酒の香り。だがしばらく、ティルは珍しくも硬直していた。そして無言で席を立つと、彼女を抱きつく彼女をそのまま抱きあげる。そうして二階へと向かいながら彼はふと足を止めた。
「一芝居、どうも。」
「いえいえ。彼女を大切に、ね。」
振り返ることなくそう言った彼に、赤毛の女性は片手を振る。それにティルは静かに答えた。
「言われなくとも。」
「嫌だ。ティル、ティル・・・!!」
酔った彼女を彼女の部屋に運び、ベッド下ろそうとしたが、彼女はティルに抱きついたままそう言って離れようとしなかった。そんな彼女に、ティルは目を細める。
「俺にはだけだよ。」
そこでふと、は恐る恐るティルを見上げた。
「愛想、つかさない・・・?」
「つけない。」
ティルは微笑む。どんなことがあっても彼女を嫌いになることは無理だろう。こんなににも、愛しいのだから。けれど頷いてから、ふとティルは思い付いたことを口にした。
「そのかわりに、に一つお願いがあるんだけど。」
そう言ったティルに、は目を瞬かせた。
ティルは微笑み、口を開いた。
***
その翌朝のことだった。
「坊ちゃん・・・そ、それは・・・!」
朝一番で会ったグレミオが目を見開く。ティルは笑みを浮かべて答えた。
「ああ、これ?が。」
ティルはそれを見せるように服の裾を引く。そこに現れるのは赤い花。所詮キスマークだ。
「中々上手く出来ないってここ以外にも沢山。」
笑顔で答えるティルに、全く覚えのないは愕然とした。酒場でティルを見つけた後から、彼女には記憶がない。
「う、うそ・・・!」
そう言うと、ティルは笑顔で言うのだった。
「さてどうだろう。」
阿鼻叫喚とするその場。さてその真相は、一人笑顔の彼のみぞ知る。
秘密
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