DreamMaker2 Sample は、異世界の住人である。
ある夜、唐突に食べたくなったコンビニ限定デザートを買いに向かった時だ。コンビニの入り口で入れ違いに出てきた、目付きの悪い少年がいた。特に気にすることなく素通りしようとしたとき、彼女の意識は唐突に途絶える。
コンビニで入れ違った少年はナツキ・スバル。魔女に導かれた少年だ。が目が覚めると辺りは見知らぬ地で、巻き込まれる形で、異世界へときたのだった。
巻き込まれる形であったは何の力もない少女であった。故に同じ時に世界を離れても、時差が生じスバルよりも先に異世界へ現れることになる。が同じ世界の人間であるスバルに会うのは、辺りに馴染んだ大分後の事であった。
もともと、学生であってもアルバイトを多くこなしていたは回りに馴染み混むのは早かった。
帝都の下町にある食堂で働くは常に笑顔を絶やさず、容姿こそ平凡なものであるが、愛嬌のある人懐っこさで食堂での看板娘となっていた。食堂では、常に声をかけてくる常連ばかりだ。
しかし、そんなコミュニュケーション能力がカンストしているようなであるが、一人だけ、どうしても苦手意識を持つ人間がいた。
ラインハルト・ヴァン・アストレア
今代の聖剣の担い手だ。
産まれた時から多くの精霊に加護され、剣では誰に負けることはない。燃えるような赤い髪に、切れ長の蒼い目。柳眉は弧を描き鼻筋の通った、道を通っただけで誰もが振り返るほど美しい青年だ。
ルグニカでは誰もが知る名家なだけでなく容姿端麗、年若く、しかも今代の聖剣使い。
さて、ここまで揃ってしまえば、さすがに性格が多少なりとも傲慢なものになっても致し方がないだろう。しかし、この青年、驚くほど根が真っ直ぐであった。
自惚れることもなく、周りに気を使うこと忘れない。常に穏やかな笑みを浮かべ、騎士として民を守ることを第一とする。 近衛隊が非番であっても、遊び更けることなく、街を見回りに回り困り果てた人を見掛ければ声をかける。そんな彼を、民が慕うのは当然な事であった。
本来ならば名家の貴族様で、剣聖である彼と下町の住民達が話すことはおろか、顔を合わすこともできない。 しかし上記のように非番であっても街を見回る彼は、気さくに誰とでも会話をする。 彼が通る度、露店の亭主、店番をしている子供、買い物帰りの老婆など、住民が声をかけるのは王都では日常的なものであった。
のいる食堂を彼は気に入っているらしく、非番の時や仕事終わりによく訪れる。人々に好かれている有名な剣聖様を見て、なるほど回りが騒ぐのも無理はないとは思った。何せ中々お目にかかることができない美青年だ。加えて下町の食堂では浮く丁寧な所作だが、彼自身は身分を笠にとることなく実に気さくだ。向かいの服屋の年若い娘や、町外れにある贔屓の果物屋の婦人など、彼が訪れる時間帯を狙ってくるのも無理もなかった。
女性も愚か、頑固と知られる船大工の男も日頃の礼だと酒を奢る時がある。老若男女に好かれる、まさに非の打ち所ない好青年だ。
だが、だからこそは彼が苦手であった。
ーーなぜって、うすら寒いのだ。
裏のない人間などいやしない。はいつだって周りに合わせ、求める姿で時に働き、話し、笑顔を作った。
の素を知る唯一の幼馴染みは、をクズだと称した。上等である。それで上手くいくのであれば、大したことはない。笑顔の裏の色々な打算を知っているのはと、その幼馴染みだけなのだから。
周りに好かれる、いつも笑顔で愛嬌のある看板娘のだが、その下には打算しか存在していない。
彼女は八方美人の、ひねくれ者であった。



声をかけられた老人に別れを告げ、歩みを再開しようとした時、ラインハルトは向かいからやって来る知人に気づいた。彼はラインハルトの友人であり、平凡のようで時に驚くほど鋭い勘を持つ、非凡な少年だった。
遅れて気づいた少年が、鋭い目付きを僅かに丸くする。
朗やかに微笑むと、ラインハルトは声をかけた。「やあ、スバル。」
「おう、久しぶりだな、ラインハルト。」
声をかけられた黒髪の少年は鋭い目付きを細め、笑みを浮かべる。悪人面に拍車のかかる表情だが、彼を知る人が見れば気心触れた表情だ。
彼と不思議な縁のあるラインハルトは歩みを止めた。向かいまできて足を止めたスバルは下町に似つかわしくない彼に首をかしげる。
「あんた、また非番なのに見回りしてんのか?」
「いや、今日は非番じゃないんだ。丁度休憩時間でね。」
ラインハルトの答えに、スバルは訝しむ。
ラインハルトは近衛隊に所属している。普段は王城に常屯しているのだ。限られた休み時間だろうに、わざわざ中心街から離れた下町に来るとは。しかしこの辺りにある飯処といえば、1つしかなかった。
「つきや亭か?」
つきや亭は、スバルと同じ異世界から来たが働く食堂だ。
彼女と出逢ったのはつい最近である。彼女はスバルと違い、死に戻りの力がない少女だった。ベティー曰く、魔女の気配もないという。
つまり、巻き込まれたのであろう。幸いなのは、スバルと違いには生活能力があったことだろう。死に戻りを必要とすることなく、スバルがと会った頃には既に街に馴染んでいた。普通にしていてもスバルは何度も死んだので、羨ましい限りである。これがニートである自身と現役女子高生の差か。自身も学生であることを置いて、スバルはしみじみと思った。しかし、何故ラインハルトはわざわざ、つきや亭に?
スバルの怪訝な表情から読み取ったのか、ラインハルトが答える。
「あそこの料理は、美味しいからね。」
「いや、確かに値段のわりにはうめぇけど。金持ちなら中心街の方がよっぽど・・・」
唐突に、スバルは閃いた。「はっはーん。か。」
ラインハルトは否定もせず、穏やかな笑みを浮かべたままだ。
この完璧最強剣聖様は、なにかとを気にかけている。 なんといっても、と会えたのも実はこの男のお陰であった。この世界ではあまり見られない黒髪黒目から、と同郷ではないかと訪ねてきたのだ。
身寄りのない、食堂で働く彼女の知り合いであればと思った故であったらしいが、結果的にお陰でスバルは同郷の人物と会えたのだ。 初めは彼特有のお人好しさからだろうと思ったのだが。
同郷恋しさと、同じ被害者であるものの巻き込んでしまった彼女への罪悪感から、スバルは度々様子を見に食堂へと足を運ぶ事があった。しかし、何故か大抵ラインハルトがそこにはいた。妙な縁かと思ったが、回りからの様子だと彼は常連であるらしい。
ここまで来れば、さすがにスバルとて気づく。
色恋ともなればさすがに完璧超人であるラインハルトであろうと動揺した素振りを見せるかと期待したが、しかし、ラインハルトは微塵も動揺した素振をみせなかった。だが否定もない。隠す気はさらさらないということか。まぁ、あれだけあからさまなのだ。そもそもこの男であれば、隠そうとすれば見事に隠しきってしまうだろう。微笑みを浮かべたままのラインハルトをスバルはまじまじと見た。「・・・しっかし、わかんねぇーなぁ。」
スバルは唸る。
「あんたなら選り取りみどりだろうに。のどこがいいんだ?」
決して、を見下しているつもりはないが。相手が悪すぎた。何しろ、男から見てもラインハルトは色男である。
貴族で騎士、好青年で、なんといっても剣聖様だ。ラインハルトに憧れる町娘からご令嬢様までさぞかし多いだろう。ラインハルトに至ってはないが、望めば酒池肉林ハーレムだって築ける。今では割りきっているものの、やはりふとした時、持ちすぎている完璧男を僻む事のあるスバルは、そこで彼が選んだ少女に、首をかしげてしまうのだ。
ラインハルトは思いもしなかったのだろう。目を瞬かせてから、少し考えるそぶりをみせた。ややあってから、思い至ったのか伏せていた視線を上げた。彼女を思ってか、柔らかい表情に、一瞬男であるスバルもどきりとした。
「真顔で、猫に餌をあげてたんだ。」
「・・・うん?」
しかし、彼の言葉にそんなものは吹き飛ぶ。ええっと?俺、なんでラインハルトがを好きなのか、理由を聞いたはずだよ、な・・・?
ラインハルトは、柔らかな表情のまま進めた。
「しかも可愛らしい子猫だよ?なのに、彼女は真顔だったんだ。餌をあげるくらいなのだから、猫嫌いでもないだろうに。」
「はあ・・・」
思わず、生返事になる。
「初めは、かわった娘だなと思ったよ。ただそれだけだったんだ。
次に見かけたとき、彼女は食堂で働いていた。働き始めたばかりだと聞いたけど、周囲にも馴染んでいて、なによりとびきりの笑顔で働いていたんだ。でもね、」

「あ、ラインハルトさんに・・・スバル?」
少し離れた所から聞こえた声に、スバル達の話は途切れる。
雑踏の向こうから小走りで来るのは黒髪の少女ーー話の元である、であった。簡素なワンピースを身に纏い、買い出しの最中なのだろう。手にはリンガが入った籠を下げていた。
は駆け寄ると、まじまじと二人を見る。
「変わった組み合わせですね。」
「ついさっき、通りで会ってね。」
はたから見ればラインハルトとスバルの組み合わせは不思議に見えるのだろう。剣聖に異世界人。そういえばには自身がラインハルトと同じ王選候補者の騎士とは伝えていなかった事をスバルは思い出した。
はラインハルトの答えに得心がいくと、ふと思い出したように声を明るくした。
「そうだ、二人とも王都には夜までいるの?
今日、市場でとれたての珍しい魚が入ったの。女将さんが腕によりをかけて調理してくれてるから、良かったら食べに来てね。今日の数量限定、目玉メニューだから本当は夜までは内緒だったんだけど、二人には特別!」
内緒話を告げるように言うとは照れたように笑う。
つきや亭の料理は、確かに上手い。腕によりをかけたといっても間違ってもフルコースなどではないが、少なくても生まれてこのかた庶民舌であるスバルには非常に舌に馴染むご馳走であった。同郷のよしみか。有難い知らせに夜の開店と同時に行こうとスバルは固く決意した。内心浮き足立つスバルの横で、ラインハルトがふと、尋ねた。
「ミラは元気かい?」
「元気よ!今朝はとびきりの甘えん坊さんでね。思い出すだけで顔がにやけちゃう!」
ミラ?知らぬ名に内心首を傾げていると、が思い出したように声をあげた。
「あ、そろそろ私、仕事に戻るね。」
「ああ、また夜に。」
急いで身を翻したは去り際に小さく手を降って、今度こそその場を後にするのだった。

「ミラは、が飼ってる子猫だよ。」
振り替えした手を止めると、ラインハルトが口を開く。一瞬間をおいてから、スバルはに会う前の話の続きだと気づいた。ん?待てよ。それ、なんか可笑しくねーか・・・?抱いた違和感に夕飯に浮き足立っていた心がしんと静まる。
だっては猫を思い浮かべて、物凄く緩い笑顔を浮かべていたじゃないか。少なくてもスバル達の、目の前では。
「可愛いよね。」
雑踏に消えたの影を追うように、愛しげに目を細めたラインハルトを、スバルは引いた目で見た。
「俺にはちょっと、うん、悪ぃけど、わかんないわ・・・」

子猫




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