拝啓 昔の私/俺へ



女の子は男の子より方成長が早いというが、今思えば、その子供は随分と早熟な子供であったように思う。
ーーキラキラと輝く、宝石みたいな男の子だった。



 の両親は、外資系の金融会社に勤めいて、物心ついた頃から各地を転々としていた。両親と共に京都の地へ越してきたのは半年前で、当時、は6歳だった。悴んだ手足は肌寒く、早朝から霜が降っても可笑しくない遅れた立春の頃だ。
所謂転勤族で、親しい友人を作れず、言葉遣いも京都弁ではないことから、少女は当時、周囲から浮いていた。子供は特に、異物を嫌うものだからだ。けれど唯一、その子供だけは違っていた。
偶然、公園で出会った少年は大層美しかった。幼いなりに初めて少年と出会った頃のは、あんぐりと間抜け面を晒して、しばらく見惚れてしまった程である。
まるで絵本の中から飛び出してきた、白雪の妖精のようだった。冬明けの弱い陽光でさえ少年の周りでキラキラと飛び散り、星の粒子を纏っているかのようにの瞳には映った。
唖然としていたは、はっと思い立つ。肩から下げていたポシェットから、一枚のシールを取り出した。
怪訝な視線を向ける少年に近寄り、取り出したシールをぺたりと少年の頬に張り付ける。ラメが沢山入り、ぷっくりと膨らんだそのシールは、のお気に入りだった。キラキラにキラキラを掛け合わせれば、可愛いに違いない。そんな子供の心理だった。
唖然とする少女に怪訝な視線を向けていた少年は、ぱちりと大きな瞳を瞬かせて、呆気にとられた表情を浮かべた。
少女は笑う。「きらきらだ〜〜!」満足げに、頬を綻ばせて喜ぶに、頬に貼られた星型のシールを、恐る恐るといった様子で指先で触れて、少年は呆然としたままだ。
当時のはそれだけで満足したのか、特に会話という会話もなく、さっさとは帰宅した。少年は始終唖然としていて、言葉を発することはなかった。

出会いはそんなもので、それから少年と公園で顔を合わせるなり、少女は「きらきらの子だ!」とはしゃいで自ら声をかけるようになった。しかし少年といえば、少女を邪険にすることもない。むしろ京都弁を話せない少女を気遣ってか、初めは地元の子供らしく京都弁だったのに、いつの間にか標準語を使うようになっていたし、ついてくる少女が転ばないよう、無言で手を差し出すこともあった。


だから1年後に、再び両親の転勤により都心へ越さなければならなくなったは、分かれ間際に大声を上げて泣いた。独りぼっちだったの、唯一の友人だ。鼻水すら出して、液体という液体を流してずびずびと情けない表情で泣くとは正反対に、少年は涙を一つも零さず、けれど力強く口元を引き結んでいた。
「……絶対、迎えに行く」
耐える様に眉を寄せて、そう言った少年に、は大きく頷く。
「うん、待ってる…!」
最後に一際大きく、ワーンと声を上げて泣いて抱き着いてきたの肩を、少年が優しく叩いて宥める。
ひしと抱き着いたの頬を、ふわふわサラサラの少年の白髪が擽る。
少年の髪は短髪にも拘わらず、いつも上等な絹糸のような手触りで、憧れていたが髪を弄らせてもらい、二つ結びにした事もあった。満足げなに対して、可愛らしい赤いボンボンつきのヘアゴムで無理やり二つに結われた少年は、さすがにブスッとした不満げな表情を浮かべていたが、それでも少年はいつも、を拒絶する事はなかった。
優しくて、一人ぼっちのの、ただ一人の友達。
にとって、少年はきらきらとした、王子様みたいな子だった。



それから、十年が経った。
転勤族であった両親の移動も落ち着いて、今ではも、都心の高校に通う女子高生になっていた。十年前、京都に居た頃の朧げな記憶。毎日が楽しくて色々な遊びをしたはずなのに、いつも回想の最後には、太陽みたいに笑った少年を、はふと今でも思い出してしまう。しみじみと思うのだ。
「やっぱり私には悟君しかいないよ…!」
テーブルにつっ伏して大仰に嘆く彼女に、ファーストフードの塩気の濃いポテトをつまみながら、うんざりとした表情で向かいの席に座る友人が零した。
「出た、悟君」
聞き飽きた、といわんばかりに背もたれに体を預けた友人に、はがばりと勢いよく上半身を起こす。
「だってさぁ!酷いと思わない!?」
「いや、アンタの見る目が悪い」
「酷いっ!」
即座に首を振った友人に、はショックを受けた。友人は指について塩分を紙ナプキンで拭いてから、指折り数える。
「マザコンに、実は彼女持ち。あとは、年齢サバよみのロリコン教師でしょ。今回はヒモ男かぁ。ヤバ。いつかコンプリートするんじゃない?」
「止めてくんない!?」
例にもれず多感な年頃で、恋に恋する年頃といっても、揃いも揃ってが惚れそうになった男は、千年の恋も冷めるような相手だった。
再びテーブルに突っ伏したを、友人は慰める気配もなく塩辛い後の甘いシェイクで舌を潤している。所詮他人事である。惨い。
ああ、悟君に会いたい。と冷たい友人を他所には思うのだ。脳裏に、天使のような少年が浮かぶ。がどんなに無茶を言って、子供じみた事を言っても(実際に子供だったが)、彼はどんなことでも付き合ってくれた。男の子が嫌がる飯事も嫌な顔一つせず付き合ってくれて、別れ際に『また飯事付き合ってくれる?』なんて言っても、当然と頷いてくれたのをよく覚えている。『当たり前だろ。が俺のお嫁さんなんだから』二人の飯事ではいつも、はお嫁さん、悟君が旦那さん役だった。
『だから、余所見すんなよ』
念入りに言う、天使のような悟君。
『浮気は許さないからな』
キラキラして、とびきり可愛くて、誰よりもにとっての理想の王子様だった。


***


放課後、ファストフードチェーン店のメックで開催された、数回目の残念会ーーー基、の愚痴を聞いて失恋を慰める会のはずが、気が付けば、どれだけの男運がないか、見る目がないかのダメダメ査定会となってしまっていた。
確かに、自分は周りと比べれば惚れっぽい人間かもしれない。けれど、女子高生なんてそんなものだと彼女は思う。やれ、隣のクラスのK君が格好いい。今朝、上級生のT先輩と目があった。果ては少女漫画で繰り広げられる恋愛に夢中になり、恰好良いヒーローに胸をときめかせる。ヒーローではなく、脇役派だっている。この漫画はA君。あの漫画はCさん。隣のクラスのK君は目の保養だし、T先輩はいつも優しくて面白い。ただに関しては、AもCも、KもTも。悉くいいな、と少しでも好感を抱いてしまえば、蓋を開けてみれば、実はマザコンでした。実は彼女持ちに、ヒモ男とエトセトラ。恋に恋する年代といっても、一瞬で気持が冷める。それほどにまぁ、彼女が好意を抱く相手は、ロクデナシの男ばかりであった。

気が付けば日が沈んでいて、は随分とおしゃべりに夢中になってしまっていたらしい。二人揃って慌てて電車へ駆け込み、最寄りの駅で友人と別れる。 改札を出てしばらく歩けば、人通りもすっかりまばらになった。日の落ちた夜道を歩きながら、は友人との会話を思い出して肩を落とした。
だって、友人に言われなくとも、いつもロクでもない男に引っかかっている自覚はある。けれど、いくら警戒して毎回慎重に相手を観察してみても、どいつもこいつも初めの内は上手く覆い隠しているのだ。微塵もそうした気配も見せず、大丈夫かな?と近寄ってみれば、『実は○○○でした』パターンに何度、は地面を叩きたくなったか。彼女持ちの男なんて、2人で遊園地デートまで行って、上手くいきそうになった段階で発覚したのだから、アイツは一体なんのつもりだったのか。意味が分からん。うっかり相手の彼女にバレて、修羅場になる前にさよなら出来て良かった。刺されずに済んだ。思い出して、は足元に転がっていた小石を鬱憤を紛すように蹴る。道路脇の街灯の灯りに照らされ、の足元から長い影が伸びていた。蹴とばした小石は、中々の飛距離を飛んで、暗闇の向こうへ消えて見えなくなる。
の住む地元の駅は、駅から少し離れてしまえば人通りもほとんどない。のローファーの踵が、コツコツとコンクリートを踏む音だけが周囲に響いている。
ふと、砂利を踏みつける音がした。視線をあげれば、消えていった小石のの、脇道の道路から黒い影が伸びていた。は一人だと思っていたから、無意識に肩を強張らせて、影の持ち主を見る。
脇道から現れたのは、見知った茶髪の男だった。呆気にとられたに、男は軽く破顔する。
「や、久しぶり」
茶髪は短く切り揃えられ、歯茎を見せた笑みは屈託ない。正に好青年風の男だ。話し方も明るく、好感が持てる。ところがこの男。つい先程思い出していた浮気男だった。いや、知らなかったとはいえ、図らずともこちらが浮気相手だったので、語弊があるか。
不思議なもので、思い出した矢先に再会するものだ。こんな再会、お呼びではなく、それであれば、せめて悟君がいいが、中々現実はままならないものだ。どの面下げて、と片眉を潜めそうになったに、男は突然、頭を下げた。
「ごめん!君を傷つけるつもりは、なかったんだ」
直角に下げられた、男の後頭部の項を眺めても、の心が動かされる事はない。むしろ、冷めていくばかりだった。
「別に怒ってないから」
気にしていないとはいえないが、今のからすれば、さっさと目の前から消えて欲しい。
刺されても良いと思える程、男を愛してる。なんて情熱的な感情は、にはない。熱に浮かされていた頃であれば、あるいはあるかもしれないが、それも男の彼女持ちという事実を知ってしまえば、あっさりと消え去った。あれだけ好きだったはずが、今では生理的に受け付けない存在である。おざなりに返すに、何を思ったか、男は顔を上げるなり口走る。
「でも、分かってよ。君が本命なんだ」
はぁ?と声が出なかったのは、唖然としたからだ。あまりの不可解さに、一瞬で肌に鳥肌が粟立つ。人間、驚きすぎると言葉も出ないらしい。そんなに男は何を勘違いしたのか、次の瞬間、彼女の両肩を掴んできた。
「な、
「ちょっと、離してよ!」
こればかりは、も声を荒げた。鳥肌を立てたままの肩を掴まれ、反射的にその手を拒絶する。なんのつもりだ、と非難してやろうと目を鋭くさせただったが、顔を上げて息を呑んだ。手を払われた男が、目を剣呑に吊り上げ、肩を怒らせていた。
「めんどくせー…簡単にやれると思ったのに」
マザコン、彼女持ち、年齢サバよみのロリコン教師、ヒモ男、次はヤリモクかぁ。なんて浮かんだ考えは、現実逃避のように一瞬で浮かぶ。
こんな禄でもない男でも、しかし男は好青年風の男だ。つまり、ある程度筋肉があり、さらに付け加えるとスポーツが得意なのである。さて、といえば。運動神経がない訳でもないが、良くもない。男女間の差もあり、にじり寄る男の表情に、腰が引けてしまう。咄嗟に携帯を触ろうとして、動いたの手は、次の瞬間男の片手に払われた。
「痛っ!!」
鞄から取り出した携帯が、手から離れてしまう。予想外の強さで、衝撃で思わずはコンクリートに倒れてしまった。咄嗟に手をついたものの、コンクリートに掠めた膝と掌に、じんわりと血が滲んだ。尻もちついたに、男が吠える。
「何勝手な事してんだよ!」
激昂する男を前に、本当に男運ないな、とは強く思った。
ラインナップにDV男も加えなきゃね、なんて頭の片隅で想像上の友人が悪辣に囁く。現実逃避である。
じり、と男が近づいてくる。も少しでも離れようと後ずさりした。吹き飛ばされた携帯が、コンクリートの上を転がる音がした。その吹き飛ばされた携帯が、コツリと止まる。
突然、周囲の空気が張り詰めた。息が出来なくなるほどの緊張感に、真夏の空気がひんやりと冷え込んでいく。てっきり恐怖から、ただパ二ックになっただけかと思えば、何故か迫ろうとしていた目の前の男も、体を驚愕に強張らせて、目を白黒させている。仕切りに浅い呼気を繰り返している男に、が怪訝に思うよりも、その時、おどろおどろしい声が響いた。
「浮、気ぃ……ダぁぁメェ」
男が震えて見るのはの後方だ。恐る恐る振り返ったが見たのは、髪の長い女だった。焦げ茶色の長い前髪が顔を覆い、その間から、落ち窪んだ目がぎょろりと除く。普通の女性、というには余りにも異様な様子で、そもそも女の影に何か蠢くものがある。街灯が照らさない暗闇の中、は目を凝らしてみる。女の影から、一つ、目がこちらを見ていた。二つ、三つ、と幾つもの目が見ている。影と思われた背後から、女の首が数本生えていた。恐怖のあまり、喉が伸縮して声にならない悲鳴が出る。
「う、うわあああ!!!」
野太い悲鳴は、後方からした。先程まで詰め寄ってきていた男のものだった。男は腰を抜かしたのが、地面に這いつくばっている。そのまま四つん這いで逃げようとした男に向かって、女の影から、長い首が伸びる。
男が運よく力が入らず躓いた瞬間に、女の頭が地面を抉る。コンクリートの破片が吹き飛び、女の顔はケタケタと笑みを浮かべていた。
「ヒッ……!!!」
今度こそ、男は恐怖で動けなくなった。恐怖に蹲る男を他所に、ははっとした。伸びた首は一つだけ。背後の女は、さっきまで動いていなかった。なのに、黒い影がの背後から伸びているのだ。ーーー背後に、何かがいる。
逃げようにも、既に遅かった。恐怖に固まった手足が重く、一つも動かない。背筋を氷嚢が撫でる。
「どーかん」
氷点下の如く冷え切りピリついた空気を、その声は軽快な口調で割いた。
一瞬にして空気が破裂する音と、の背後から何か吹き飛ばされる音。
驚き、ようやく振り返ったが見た所で、其処にいたはずの女は既にいない。伸びていた女の首すらどこにもなく、ただ震えて蹲る男と、抉れたコンクリートが、それまでの出来事が嘘ではなかったことを表していた。
男が、一人立っていた。
吹き飛ばされていたの携帯を拾い、片手に持った男は長身で暗闇でも分かる程、明るい髪色をしている。デニムのズボンにダウンを羽織った彼は、短い髪で珍しい白髪をしていた。新雪にも似た透き通る肌。筋の通った鼻筋に、丸渕のサングラス。完璧とも言えるスタイルの良さを、胡散臭いサングラスで台無しにした青年が、へと近づく。サングラスの隙間から、美しい蒼の目が覗く。ふわふわでサラサラの髪も。星の瞬きより美しい少年を、は知っている。
「悟、くん……?」
唖然と見上げたまま呟く。
誰よりも優しくて頼りになる彼は、幼い頃、にとって王子様のようだった。記憶の中の彼はキラキラと輝いていて、成長した彼はサングラスで宝石のような目を隠しているものの、色彩は昔のままだ。いや、精巧さを併せ持つようになった彼は、幼い頃よりも段違いで格好良くなっている。ーーーえ、ちょっと、待って。こんな、急にいきなり。そりゃ会いたかったけど。
べ、べべつに?昔の幼馴染に再会して秒で恋に落ちるなんて、そんなちょろい女じゃありませんけど?
けど、ちょーっとイケメンに育ち過ぎっていうか、昔の悟君もそりゃあもう、とんでもない天使で、とびきり将来も有望だったけど。
ちょっと準備をさせて欲しいっていうか。やだ、髪の毛ヘンじゃない?もっときちんとスタイリングしていればよかった。あ、メックの後リップも塗ってないじゃん。やだな、大丈夫かなーーーなんて、数刻までホラー展開極まりない化け物に襲われかけていた出来事を現金にも忘れ、ドキドキと高鳴る鼓動を必死に抑えて、は男の反応を伺う。
どきまぎして見上げるに対して、男は秀麗な眉を潜めた。
「いつまで座ってんだーーーブス」
眉を吊り上げ、べっと舌を出して言い放つ。
の記憶の中の天使の笑顔が、呆気なくひび割れる音がした。




拝啓 昔の私へ

可愛いあの子は、何処にもいない。






幼い頃の記憶は美化されるといっても、キラキラと輝いていた天使が、暴言を吐く舌出し悪童に成長を遂げていた。
数年振りに再会した幼馴染の豹変に、理想を上乗せした夢想を木っ端微塵に破壊された、はそれから外に出かける度、しょっちゅう悟君と出くわす事になる。その度に吐かれる暴言、強引な行動と、あまりの悪童ぶりの現実に打ちのめされるとは、この頃のは、まだ思いも知らなかった。

対して、悟君ーーーもとい、五条と言えば。
「休みの日にどこに行ってるんだい?」
「あ?
 ……嫁んところ」
「ん??」
「まだしてねぇけど。約束したからな」
「……婚約者かな?」
「これがさ、もう可愛くてやべぇのなんの。
 この前なんか、プリ撮ったんだぜ」
「私も見てみたいな」
「は? 駄目に決まってんだろ殺すぞ」
コイツ、重っ……。入学した当初はしょっちゅう喧嘩をしていたが、今では親友と呼べるほど仲が良くなった二人。 だがサングラス越しにも分かる程鋭利な眼光で、瞳孔を開く五条に、親友こと夏油はドン引いた。
夏油から庇う様に、大事そうに胸に携帯を抱える五条であったが、ここで彼ととの間にはとてつもなく深い認識の相違があった。

五条にとって、昔から大事に大事にしている女の子だった。
子供は敏感なのだろう。変わった容姿だけでなく、生まれ持った力ゆえに幼い頃、周りに同い年の子供はいなかったし、五条自身も価値観の違う彼等を必要としていなかった。けれど、キラキラと目を輝かして、打算も畏怖もなく純粋に五条悟だけを見つめていて、普段ならば価値観が違うと嫌厭するところを、不思議と彼女には感じなかった。むしろ同じ立ち位置にはなれやしないのに、彼女の近くに少しでも立てるよう自ら歩み寄って、慣れないながらも嫌われないように、慎重にどんなことでも、それこそ子供のような飯事にも喜んで付き合った。無邪気に笑う彼女だけは、五条の目には不思議と何時もきらきらと輝いて見えた。
折角先の約束もしたのに、彼女の親の都合から離れ離れになった時は、家の力を使おうか一瞬悩んだが、世話役から必死に止められて止めた。代わりに呪術高専に通う年頃になれば、必ず東京に出ると決めていた。
実家から近い京都の高専に通うことなく、周囲の反対も全て押し切り都会の高専を選び、そうしてようやくやって来れた東京で、五条はすぐに彼女に会いに行った。コバエのようなものも居たが、そんなもの差して気にしない。こちらは既に未来を約束している仲だ。深い縁は結ばれ、五条も解くつもりは微塵もない。
そんな彼女との、夢にまで見た楽しい放課後デート。買い食いするクレープも、回し飲みするタピオカも、ゲーセン、プリクラも。何もかもに胸を高揚させて、日々充実感を抱いていた。

と、からすれば。下校時に唐突に現れた五条により、甘いもんが食べたい、と言い出すなりクレープ屋に連れ去られ、飲んでいたタピオカは何時の間にか五条に強奪され、ゲーセンで気になったぬいぐるみを取ろうとすれば、突然現れた五条に横取りされ、かと思えば急に気が変わり、ぬいぐるみの顔がブサイクだからいらない、と押し付けてきたり、好奇心からプリクラ機に押し込まれ、何が悲しくて嫌われている男とツーショットを取らなければならないのだ、と、きっと予想と違ったのだろう。プリクラを撮ったあとは始終無言で、むっすりと押し黙っていた男に、どっと疲労困憊に陥るは知らない。まさかその正反対で、五条がとのツーショットに舞い上がりすぎて、口から出るかと思う程暴れ狂う心臓を必死に抑えていたが為に、無表情、無言になっていたなど。
互いに真逆の心境でいることに気付くのは、それから随分と月日が経った頃の事だった。

今日も今日とて、五条は知らずに、後生大事に携帯の充電パックの蓋の裏にとのプリクラを貼り、任務への送迎車の中や、自室で一人見返してはにやにやと笑みを零す。




拝啓 昔の俺へ

今も君が大好きだ。





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