DreamMaker2 Sample 人には、役割がある。例えばAさんには仕事の愚痴は言いにくいけど、Bさんには言える。Bさんは仕事の愚痴を言える気を使わない間柄だけれど、私生活の悩みがあれば尊敬しているAさんに相談する。適材適所というものは、ある種、人間関係においても似たようなものである。

では、自身の役割は何だろうか。
花子という偽名を名乗り、体温のない死んだ霊体で、たった数か月、奇妙な男と共同生活を送った。呪霊という化け物の存在に、あっけなく死んでしまった自分。残してしまった未練と、軽薄な上に腹の底の読めない五条悟という男。その生活の中で、花子が『それ』を目にしたのは、ようやく共同生活に慣れてきたころだった。

男に保護された花子は、男のいない間の家事を進んで行うようにしていた。ハタキで棚の埃を叩いていると、一冊の冊子が目に入ったのだ。
ーーー第159期、東京都立呪術高等専門学校 卒業
背表紙には書かれた学校名は知らないものだ。A4の大きさで、人差し指程の厚みがある。若しかしなくも卒業アルバムだろう。花子の脳裏に、へらへらと笑みを浮かべた胡散臭い男の顔が浮かんだ。
本人の知らぬところで勝手に触るのは。そう思うもの、逡巡は数秒程だった。
気になる。非常に気になる。ひと月生活を共にしても、あの男が何を考えているのか未だに花子には分からない。何を思って態々自身を保護したのですら、花子には意図を読みかねていた。いや、多分適当なんだろうけど。恐らくただの直感で、単に面白そう、と思ったがゆえに保護してくれたのでは、と脳内で三十路近いにも拘わらず茶目っ気たっぷりにダブルピースする男が容易く思い浮かべられた。
あの男の学生時代。一体、どんな感じなのか。髪色もあるが、雪の化身かと思えるほど、男の肌はシミ一つない羨ましすぎる肌だし、もしかしたら病弱だったとか?常にへらへらとした笑みを浮かべた優男であるから、病弱というのもあながち間違いないかもしれない。でも、怪しいアイマスクは?男曰く事情があるらしいが、あの男であれば中二病宜しく喜んでしてそうである。もしかしたら眼帯かも。優男で虚弱体質。更には眼帯。…盛りすぎでは?
うずうずと擽られる好奇心。五条に申し訳ない、なんて考えは瞬く間に隅に追いやられていく。そもそも、だ。五条がいなければ外に出れない花子に、『家の中のモノは、好きに使っていいよ』と本人は言っていたのだ。本人の了承も得られている。そう都合よく結論付けて、花子は冊子に手を伸ばした。

冊子を取り出すと、少し埃をかぶっていたようだったから一度ベランダまでもっていき、埃を落とす。改めて向き直り、ぺらりと1ページ目を開くと、五条と一人の少女に、厳つい顔をした男性の写真が載せられていた。入学時の写真だろう。随分と若々しい。
残念ながら、花子の予想は外れた。
白髪の少年は、丸渕のサングラス越しにこちらを見ていた。入学した当初であれば誰しもが両肩が力んで緊張した面持ちであるはずが、五条はあからさまに肩の力を抜いて、随分と怠そうな表情を浮かべている。どう見てもヤンチャな感じであった。
ガラ悪っ!
花子は思わず頬が引き攣る。
次のページを捲れば、学生生活の様子だろう。色々な写真が載っている。他の学年の生徒だろう。同級生である少女以外にも、ちらほらと数名の生徒が移っていた。
花子にとって五条と言えば、ちゃらんぽらんな様子でピースを浮かべるような男である。旅行か任務先だろうか。燦燦とした太陽の下、ラフなTシャツ姿で舌を出して親指を逆さまにした学生時代の五条と中々結びつかなかった。
「(…あれ?)」
数ページを捲った所で、ひらりと茶封筒が落ちた。ページの間に挟まれていたのだろう。拾おうとして身を屈めると、封筒から一枚の写真が僅かにはみ出る。写真は1ページ目にあった、入学当初の集合写真だった。
五条と、少女と、厳つい顔をした男性。ーーーそれに、もう一人の黒髪の少年。
花子は目を瞬かせる。1ページ目の集合写真には、三人しか載っていなかったはずだ。もう一度最初のページに戻ってみればやはり、三人の姿しかない。
学生生活のページを見直してみる。しかし他学年も人数が少ないのか、人数が多すぎて見落とすなんてこともなく、ほとんど同じ生徒達しか映っていない。黒髪の少年は、意図して載せられていないのだ。
見直したことで気付いたが、写真からいなくなった少年は彼だけではなかった。後輩なのであろう、随分と明るい笑みを浮かべた少年もまた、途中までの写真に映ってたものの、最後のページで、卒業する五条達の写真の中に映っていなかったのだ。

途中で、中退したのかもしれない。確かに、呪霊は恐ろしい化け物だ。余程の覚悟がなければ、呪術師なんてできないだろう。
ーーー本当に、それだけ?
花子の胸中に、漠然とした疑問が浮かび上がった。高専を止めたとしても、一般人として生活する道もある。生きていれば。偶に顔を合わせて、アルバムの写真のように笑いあうことは出来る。花子は胸に湧いた考えを打ち消すように、両手でアルバムを閉じた。きっと、死んでしまった身だからこそ嫌な方向に考えが向いてしまっただけだろう。そう結論付けて本棚へと戻す。
ーー本当に、中退したのだろうか?それだけで、集合写真にすら『居ない存在』として、載せられなくなるのだろうか?
ばくばくと嫌に鼓動が脈打つ。それを全て、気の所為だと必死に思い込んだ。

結局、部外者である花子には、理由も原因もわからない。花子は呪術師ではないし、呪術高専にすら通っていないただの元OLだからだ。再び疑問が溢れたのは、過去へと戻り学生の彼等と会った時だった。
『居ない少年』の黒髪の少年は、五条の同級生だった。五条とは異なり、優等生。
『居なくなる少年』の後輩の少年は、いつだって明るく元気で、正義感に溢れている。
到底、彼らが呪術師の道を止めるとは、思えなかったのだ。

過去の事だと、見ないふりをして押し込めた疑問が、直視せざるを得なくなる。なぜ、彼らが将来『居なくなる』のだろうか。どれだけ考えても、花子には原因は分からなかった。こんなことなら、あの時、押し黙る事をせず五条に直接聞けば良かったと悔やまれた。ただの考えすぎならばいい。けれど、どうにもそう済ます事も出来ない。
二人を気にして注視しても、花子には分からないままだ。『居ない黒髪の少年』ーー夏油の様子を気にかけても、邪険にされ『猿』扱いされるようになってしまうだけだった。ただ、夏油の仮面から零れた本音が聞けるだけよしとしよう。例え本人から嫌悪され、罵倒されても。夏油にとって肩を並べる五条には、恐らくプライドが邪魔して零せないはずだからだ。だから、サンドバックであろうが喜んでなろう。傍目から見ると危うく見える夏油の強い正義感を変える事は、花子には出来なかった。ちょこちょことお節介を焼いてしまっても『猿』扱いが酷くなる一方で効果はない。
そうこうして夏油の事で悩んでいる内に、もう一人の『居なくなる少年』の問題に直面するとは思わなかった。

予感はあった。残念なことに、花子は目を逸らすことは出来なかった。
被害者の共通点である小学校は、花子が死んだ後に目が覚めた小学校だった。五条に会うまで動くことが出来ず、花子は女子トイレにいた。死ぬ前にトイレに行きたい、なんて思ったからトイレの呪縛霊となったのでは、なんて予想していたが。
目の前でぱっかりと口を開けた産土神の呪霊から、霊体であることから背後の木をすり抜ける事で間一髪回避できた。しかし、土地神である産土神相手では、通常は視えない花子も視えていてしまう。この土地自体が、産土神にとっての範囲内。簡易領域だからだろう。土地は広く、簡易領域から出ようにも、このままでは追いつかれてしまう。
雨上がりのじめじめした湿った空気が霧となり、今は僅かに目くらましになっているがそれも時間の問題だった。朝日が上れば、霧は晴れてしまうだろう。夏の夜明けは早く、朝の気配は近づいている。森林を薙ぎ倒し、追いかけてくる呪霊を背後に花子は、裏山の麓に気付いた。
花子にとって、そこは絶好の機会だった。同時に、裏付けされた予感が大きくなっていく。

もし、仮に七海達と一緒に花子も逃げていれば助かったのかもしれない。けれどそこに、『居なくなる少年』がいては意味がない。
何故、過去に戻ったのか。ここにいる、自身がいる意味は。何度も何度も自問自答して、どうにか出来ないかと考えて、結局のところ花子の結論はただ一つだった。

未来の胡散臭い男も、学生の頃のちょっとヤンチャしている少年も。
ーーー笑っていて欲しい。
ただ、それだけだ。


花子が目指すのは、裏山の麓。
埼玉県所沢市□□□小学校の女子トイレだ。
トイレであれば、花子も同じように領域として対抗できる。それが残された最後の手段だった。


霊体の体を利用して窓を通り抜け、転がり込むようにしてなんとか校舎の中へと入る。
木々すらも通り抜ける事で、障害物を無視して一直線で向かう事が出来た。多少、呪霊との距離も開けられたかもしれない。
しかし、その思惑は甘いものだったとすぐに花子は気付く。
ドン、と校舎が揺れた。直後に硝子を突き破った音が響く。勢いを殺すことなく校舎の壁を破壊した呪霊が、濛々と土煙を上げる中、ようやく動きを止める。
獲物がいない事に気付いたのだろう。長い首を傾げ、能面に浮かんだぎょろりと丸い一つ目が、辺りを見回す。
四つん這いで巨大な体躯を回し、方向転換した呪霊は獲物の姿がないことに苛立ち交じりに、つんざめくような咆哮を轟かせた。咆哮はビリビリと大気を揺らす程で、耐え切れず廊下中の窓ガラスが割れていく。
呪霊は長い手足を振り回し、廊下や天井の壁はあっけなく破壊していく。瓦礫と共に2階へと降り立った呪霊は、廊下の先で身を翻す獲物の姿を見つけた。壁を通り抜けて2階へと降りていた花子だ。
再び、咆哮が上がる。今度は喜色を帯びた、弾んだ叫びだった。呪霊が進む度に校舎内の廊下は容易く亀裂を生み、抉れていく。進む度出来るクレーターに足をとられるのが面倒なのか、呪霊は身を屈めると一跳躍した。すさまじい速さで風を切り、呪霊は花子が身を翻した先へと向かう。一瞬で追いついた呪霊は、壁へと鋭い手足をのめり込ませた。めり込んだ爪先に、壁の破片が崩れ落ちていく。
動きを止めた呪霊は、のっそりと顔を覗かせた。視線の先には獲物である花子が足を止めて、意思を固めた表情で立っていた。

夜明けが近いといっても、夜中の校舎は相変わらず慣れないものだ。もし自身に役割があるとすれば、きっとこの為だろう。花子は思う。
ーーー夢のようだった。既に死に絶え、元の世界で生きていた。それでも諦めきれず再び世界を渡った先で、もう一度若かりしき頃の男と出会えた。一度別れたからこそ、過ごした日々はふわふわとした、夢見心地のような日々だった。
夢の続きは、ここで終わり。きっとこの世界で、花子の足が地につくことはないのだろう。この世界で既に死んでいる花子は、本来のあるべきところへ戻るだけだ。きっとそこには何も残らない。それでも、花子に後悔はない。

この場所で、五条と出会った。黒づくめに黒いアイマスクの大男。初めて出会ったときは、女子トイレに入ってきた変な不審者だった。共に過ごしても、拭う事は出来なかった奇妙で胡散臭い男。素顔ばかりは恐ろしい程美しく、何をやらしても出来てしまうような出鱈目な男だったが、性格だけは救いようのない。デリカシーなし、常にふざけている上に高慢不遜。その癖適当でいい加減。他人の気を逆なでる事に特化した性格を煮詰めたような人間である。それでも無視できないのは、男の気の抜けた笑みがどうやったって思い出されるからだ。人様の脳内を勝手に占拠するなど、よくやってくれる。これだから五条悟は。そう思いながらも、花子の表情はどこか清々しい。未来の五条と出会った時のように、過去の花子の記憶は五条に残らないのだろう。がむしゃらに過去を過ごして、慣れない体術では学生の五条に散々しごかれ、花子なりに呪力の使い方も学んできた。
たった数か月の共同生活だが、五条には返しても返しきれない恩義がある。
打ちのめされて、痛みに挫けそうになったことは数えきれない。恩返し、ただそれだけでは花子はここまで一心を注ぐことはできなかっただろう。
花子が掃除中、偶然見つけたアルバムの写真。同級生や後輩達と屈託ない笑みを浮かべている姿。四人が映った本来の入学式の写真は、五条といない少年だけ、喧嘩でもしたの後なのか、新品のはずの制服が何故かボロボロだった。
互いに険悪な様子だったのだろう。けれど学生生活の写真は少年の姿はないものの、五条の笑みは生き生きとして楽しそうだ。同級生に、先輩に後輩達、気心の知れた教師。そしてそこに灰原や夏油もいるのだと、過去にいる花子は既に知っている。
未来の五条が悲しみに暮れてる、なんて様子は微塵も見えないし、あの男なら気にすらしないのだろう。花子が知る五条は、過去を振り返らない。感傷はしても、自身の選択に後悔することはない。普段はあれだけいい加減の癖に、揺らがない男が五条悟だ。そこに惹かれたのかもしれない、なんて今更ながら花子は思う。
最強である、男には必要ないのかもしれない。
花子は全力で呪力を練り上げる。簡易領域であるトイレへと呪霊を呼び込むことができた。産土神にとって、この土地はどこも呪霊の簡易領域内だ。領域がぶつかり合う時、より洗練されたものが打ち勝つ。
七海達ですら敵わない土地神相手に、いくら花子の簡易領域とはいえ勝るとは正直なところ、思えなかった。それでも花子にとって残された手段は、これだけだ。もちろん、死ぬつもりはないし生きていたい。未来の五条に、もう一度会いたいと思う。それでも予感からは目を逸らせない。
花子は花子なりに腹を括る。

相対する呪霊の動きから目を逸らさず、そこら中にある備品や用具に呪力を込め、ありったけ浮かび上がらせる。
呪霊が黒い能面のような顔に鋭い歯を浮かびあがった。がぱっ、と口を開けると、呪霊は鋭い爪先とともに襲い掛かってくる。
呪霊は花子の領域内であっても、おどろおどろしい呪力を纏っていた。花子は向かってくる呪霊に対して、逃げたくて震える心を叱咤する。宙へと浮かばせていた物を全力で呪霊へとぶつけた。

衝撃に、壁が瓦解する。がらがらと音を立てて、意図もたやすく崩れていった。爆音とともに吹き飛ばされた天井は、ぽっかり無くなり空へと突き抜けてる。

突如として風通しがよくなり、冷たい風が肌を撫ぜた。
夜の気配の残る夜空は、東から少しずつ白ずみ始め紫色がかり、頭上で名残の一番星が煌めている。
ーーー必要はない、とは思ったが、こうも容易く示されてしまうとは思いもしなかった。
咄嗟に顔を上げた花子の目尻に、涙が浮かぶ。

「さすがに、今度は変質者扱いされないよね」

闇に溶けるような上下の黒い衣服。白銀の髪が夜風に揺れ、蒼い瞳が花子を射抜く。あれだけ花子達が苦戦していた呪霊は、壁事一瞬で祓われていた。校舎の片隅を平然と破壊した規格外の男。
学生の姿でもない。最近では見慣れた幼さの残る顔立ちはすっかり尖り、丸みを帯びていた瞳も切れ長だ。身長も今でさえ高身長だがより伸びて、細見な骨格も成長しきっている。
いるはずのない未来の五条が、そこにはいた。
雨上がりで立ち込めていた霧が、東から差し込み始めた朝日を浴びて煌めく。夜明けの空に、朝日を浴びた霧が光の粒状となって空に舞う。夜明けを後光にする男は、紫暗色の空にも拘わらず色素の薄い白銀の髪と白磁の肌が淡く光を放っているかのようにみえた。 実際は明けの光を浴びた霧が、光の粒子のように見えるだけだ。差し込んだ朝日が反射して、そう見えているのである。なのにそれだけとは思えないのは花子の目がイカれているのか、単に吊り橋効果か。ぐ、と口を一文字に結い結んだ花子を見て、五条は何より美しい色彩を放つ蒼の目を、すう、と細めた。ややあって重々しく溜息を吐く。
「いろいろさぁ、言ってやりたいことはあったんだよ」
睫毛の一本一本、その先まで、朝日を浴びて光の鱗粉を纏い、輝く。烟る睫毛を伏せ、蒼い目は物憂げに伏せられた。僅かな動作でさえ凄まじい程の色香を放つ男は、淡く輝いてみえる白銀の髪を、惜しげもなくがしがしと乱雑に掻いた。「んな顔されたらさぁ…」
仕方がないな、と男は表情を緩ませた。柔らかな表情を浮かべて花子の傍に降り立つ。
五条はつかつかとこちらにやってくるなり、片手で花子の頬を遠慮なく押しつぶした。
「もー!ほんと花子さんってばトイレばっかこもって!じめじめじめ、陰気臭いことこの上ない!嘆きの花子さんでも目指してんの?」
突然タコ顔にされた驚きで、花子はボロボロと浮かんでいた涙が引っ込んでしまう。
自身で変顔にさせた癖に、五条は花子の顔を鼻で笑う。それにかちんと来た花子から非難が飛ぶ前に、五条はさっと片手を離した。
「はい!今日をもって、トイレの花子さんは卒業!パチパチパチ〜!」
そもそも僕が壊しちゃったしね!男はあっけらかんとそう言うと、花子の目尻に浮かんだ涙をそっと親指で拭う。先程の顔を押しつぶしてきた行動とは打って変わって優しさの滲む動きに、花子の口から出かかっていた非難が引っ込んでしまう。五条は花子を見下ろして、ふ、と口角を緩めた。
「花子さんの居場所は、今日からここね」
かさついた大きな掌が、両手で花子の頬を包み込む。やんわりと包んだ掌は無理やり顔を歪めるような乱暴さもない、優しいものだ。それでも逸らすことは許さない強さで、五条は花子の顔を覗き込む。青い目が、真摯に花子を射抜く。
「勝手に、決めつけんな」
ーーー「幸せになってください」
花子が五条と別れる時に放った言葉は、花子の願いだった。
だが例えそれが彼女にとって最期の願いでも、気に食わなければ、五条は容易く足蹴する。気まぐれに見えていい加減。けれど大切な芯一本、己の意思は何人たりとも曲げられない。
人間が人間であるからこそ、当たり前である個としての意識。五条悟の、人しての意思。
五条悟の歪んだ呪いは、自然の摂理である生死も、時の流れすらもねじ曲げる。
「お前が隣にいること。笑って、拗ねて、どれだけ喧嘩したっていい」
五条は花子を離さない。
「それが、俺の幸せだ」
彼女が、五条悟のそばにいること。それが五条にとっての幸せだった。目尻を緩めた五条に、花子を口を閉口させる。
「私、は…」
空気ばかり食む花子に、五条はこつりと額を合わせる。柔らかな白銀の髪が、額をくすぐった。「…ねぇ、お願いだから」
五条の眦が眇む。
「僕のそばにいて」
間近で見る五条の蒼い瞳は揺れていた。懇願する五条を前に、花子は手を伸ばす。
待ち望んだ華奢な体を、五条は抱き込む。決して離さないように。

君のいなくなる夢は、もうみない。


逆夢



呪い呪われる世界は、眩しい程の朝日に包まれる。






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