DreamMaker2 Sample 唯我独尊のようにみえて、背後を振り返る。例えこちらが蹲りかけても、足を止めて置いていくことのないよう待っていた。
他人に優しくされれば嬉しいし、幽霊となった花子は特に頼れる人間が彼しかいなかった。そこへ唯一の人間から優しくされてしまえば、コロっと落ちてしまうのも致し方なく思える。彼に会えない半年間は花子にとって、冷静に物事を見直せる期間だった。本当に彼が好きなのだろうか?ただ環境に流されただけではないのか?人恋しさ、吊り橋効果。そんな事を、何度も花子は考えた。

それでも結局のところ、心はもう一度彼に会いたかった。がむしゃらに方法を探し続け、半年。
過去に戻ったと気付いた時、花子が初めに感じたのは絶望にも似た、寂寥感だった。普遍的で穏やかな生活も、元の世界も、何を捨てでも会いたい願った人だ。彼とよく容姿が似通った少年に感じた再会の喜びは、昂った感情が落ち着き周囲が見えてきたころには、絶望へと変わる。
身長はその年で既に成人男性を優に超えた、自動販売機並みの高さ。けれど顔立ちは僅かに幼さを残し、サングラスから除く瞳も吊り上がり気味だが丸くて大きい。筋の通った美しい鼻梁はそのままに、骨格は既にがっしりとしているものの、未来の彼と比べれば成長途中だと分かる。容姿が酷似し過ぎる少年は、少しデザインは異なるが虎杖と似たような学生服を着ているから、まだ学生なのだろう。彼は少年であって、未来の彼ではない。
「仕方ねぇーから、連れてってやる。―――連いて来い」
ぶっきらぼうにそう言い放った少年は、両ポケットに手を入れて、上背を猫背気味にして歩き出していた。その背を、ぼんやりと眺める。
彼の行動は意図したものもなく、以前のような意味もない。ただの見知らぬ人間への措置だろう。足を止めた花子の前に手を差し伸ばして、握り返されるのを待っている訳でもない。
ただの善意か、呪術師としての義務感か。少年にとっては差して意味を成さない言葉だろう。ーーーけれどそれは、あの時の彼と同じだ。
ぶわり、と体の奥底が熱くなる。

そもそも、ただ困っているときに助けられただけであれば、恵相手にも同じ感情を抱いているはずなのだ。胸に込み上げる、思考すらも無視して突き動かすような感情は、彼に対してだけ生まれてくる。過去だと気付いてからは途方に暮れて、泣くじゃくってしまいたかった。なのに縫い付けられていたように動かなかった足が、無意識のうちに動きだす。
ーーーきっと、意味など何もないのだ。花子は視界の霧が、嘘のように晴れていく心地がした。周りに流されただけでは?何しろ、彼は見目だけは化け物染みた美しさだ。美形に優しくされて、ティーンエイジャーのように恋に恋しただけ。吊り橋効果。散々、浮かんでいた疑問は、この男を前にすれば全く意味はなかった。
優しいから、彼を好きになった訳ではない。おんぶに抱っこする訳でもないし、あの時の彼のように足を止めて、こちらを振り向くこともないけれど。
そこに彼にとって意味がなくとも、花子がどうしようもなく途方に暮れた時、彼はいつだって手を差し伸べてくる。喜びから絶望へ。再び途方に暮れた花子へとかけられたたった一言で、十分だった。
優しさだけでも、厳しさだけでもない。
その人となりを、花子は愛するのだろう。


アイを込めて




花子は五条に連れられて、五条の担任である夜蛾を通して高専へと保護されることになった。
とはいえ、夜蛾は一担任教師である。本来ならば上層部と呼べる呪術界のお偉い様方を通さなければならなかったらしく、すぐに決断は出来ないと渋る夜蛾に上には俺が言っとく、と五条が無理やり話を通してくれた。いくら五条家の次期当首とはいえ、今からそれでは顰蹙を買うぞ、と宥めようとした夜蛾に五条とは言え片耳に小指を突っ込み聞く耳を持たない態度で、最終的には夜蛾が折れることになった。生徒の為に言っているというのに、この問題児といえば言い出したら話を聞きやしない。悲しいことに既に生徒の暴走に慣れていた夜蛾は、眉間によった皺をほぐし深い溜息を吐いた。
次期当主とはいえ、御三家の一つ、五条家は既に実質五条悟のものだ。まだ五条が学生の身であっても、五条家にとって待望の六眼に無下限術式を合わせ持つ数百年振りの術師に、逆らえる人間などいない。
とはいえ、五条はまだまだ若い。表立っては静かでも、最深部までは当然まとめ切れていない。そんな状況下で五条家を含む上層部にお伺い建てすることもない。年功序列を尊ぶ古い考えしかない上層部が目くじら立てるのは目に見えている。更に、そんな連中に対して中指立てて舌を出して挑発する五条悟の姿も容易く脳裏に描けた。あ、これはいつものことだった。胃が痛い。
さすが呪術師というべきか、どうあっても聞かない五条に無駄だと諦め、夜蛾はすぐさま意識を切り替えた。
こうして夜蛾のお陰で高専で暮らす上で必要な書類を揃え、日が沈むころには大まかな手続きを終えることができた。


日が疾うに暮れた夕飯時。話を聞きそうにない頭の固いお偉い様方方へ、適当な説明でもって穏便にお願い、基呪力による脅しで話を付けてきた五条は食堂へと足を向けた。
食堂に入るなり、空腹の腹に直撃する香りが辺りに漂っていた。どうやら夕飯はカレーらしい。独特の香ばしい匂いに、食欲がかき立てられる。

もともと、人数の少ない呪術高専だ。食事時に集まったところで席にはゆとりがあるし、任務には体力を消耗するので食事は多めに作られることが多い。なので焦る事無くカウンターへと向かうと、そこには意外な人物が立っていた。頭に三角巾をまいた女は、振り返るなり五条に気づく。
「あ、こんばんは、五条君」
いつもの寮母の隣でカウンタ―越しに挨拶をしてきた女は、昼過ぎに会ったばかりだった。神隠しの女である。
オイオイ、変な奴だったらどーすんだよ、と突っ込みをいれつつも、五条自身女に警戒心はない。何せ頭から足先まで、どれだけじっと見てみても女はあまりにも弱いのである。どう見ても、非術師でしかない。最近視えるようになったといっていたから、辛うじて窓に片足突っ込んだくらいだろう。
しかし、女はまあ図太いようで、神隠しにあったにも関わらずへらへらと笑い、案の定お玉片手にカレーのルーをよそっている。
「お近づきの印にご飯作ってみました。沢山あるから、よかったら食べて」
コトリ、と目の前に出されたのは、輝く白米に、具が溶け込みとろりと旨味の増したルー。じゃがいも、人参、玉ねぎ、牛肉か豚肉か鶏肉かで賛否両論は分かれるだろうが、カレーが嫌いな人間はあまりいないだろう。
「上手いぞ」
五条の背後から、聞き知った声がかかった。カウンター近くのテーブルに、肩までの黒髪に涙ボクロのある少女が座っている。同級生の家入硝子だ。ちゃっかり皿の中身を半分まで食べ終えている彼女は、それだけ言うと再びスプーンで一口掬いあげ口へと運ぶ。
ぽん、と五条の右肩が背後から叩かれた。
「折角だから、私達も頂こうか」
とっくに気配には気づいていたが、そう言ってくるのは黒髪を後頭部で団子にした男だ。五条と同じ一年の夏油傑は、にこにこと腹の見えない笑みを浮かべている。
五条は眉を寄せてから、女を見る。笑みを浮かべているが、僅かに眉尻が下がっている。ちらりと目の奥に浮かぶ不安の色に、おそらく五条が警戒していると思ったのだろう。ーーーどいつも、こいつも。五条はカウンターの上に置かれたカレーの他所られた皿を受け取ると、さっさと身を翻した。

別に、女に警戒心を抱いているわけでもない。誰が面倒くさい上に話をつけてやったと思ってる。疑っているのならば、そんな面倒な事わざわざするわけがないし、とっくに見捨てている。すぐに五条が動けなかったのは、そんなことではない。
カレーののったお盆をカウンターから一番離れたテーブルに置き、音を立てて椅子を引く。どかりと腰かけ、五条は目の前でほかほかと湯気立つカレーを、苛立だしげに睨んだ。
脳裏にちらつく、女の気の抜けた笑みに何故か胸やけがした。


一宿一飯の恩義ではないが、金銭のない花子が出来る事。
高専に保護されることになり、呪霊が視えることから高専にも編入する手続きを夜蛾がとってくれていた。年齢は既に超えているが、視える上で対処できないのは問題があるし、何より、視えるようになってからは呪霊ホイホイでした、と進言した花子に例外として高専への編入を夜蛾が進めてくれたのだ。
花子の体質も含め、バレれば囮にされる可能性が高い。対処できるようになるまで、そのことは周りに言うな、と真剣に念を押された。とはいえ、花子は呪術師としてあまりにも技術、体力、知識がなさすぎるので、ある程度の知識や対処を覚えるまでは、高専への編入は先送りされることになった。補助監督という呪術師をサポートする人材もいるようで、花子はそれを目指したいと考えたが、それ以前、窓にすら片足つっこんでるかいないかの呪力。視えているのが奇跡。雑魚。とボロクソに五条から蔑まれた。将来的にはきちんと返すつもりだが、現状の資金は財布に入った僅かばかりしかないので、花子が現在唯一出来ることといえば家事ぐらいなのである。
夕飯時だったため、ちょうどいいと夕飯づくりの手伝いを申し出て作ってみたものの。
寮母から、「配膳はいいから、花子ちゃんもご飯食べな」とカレーを渡された花子は、空いている隅のテーブルで、一人もぐもぐと頬張りながら考える。
不味くはない。いつもの味付けのカレーである。生徒たちは残さず食べてくれているし、不評もない。ちらりと視線を向ければ、同級生なのだろう、黒髪の男子生徒と一緒に食事をとる彼の手元の皿は、残り数口でなくなる程度まで量が減っていた。
花子の脳裏に、彼と過ごした日々が思い出される。いつだって大げさなほどに彼は花子の料理を喜んでくれた。市販のルーを使ったカレーでも、かきこむように口に頬張る。世の中にはカレーは飲み物といってのける大食漢もいるが、彼の場合はカレーだけではない程よく食べてくれた。
「んーおいしー!!」
花を飛ばすような満面の笑みで、2皿目にもかかわらず勢いは落ちない。思わずその様子に苦笑した。「そんながっつかなくても・・・」
「あっへ、はのほほのごふん、いちほんらから」
ハムスターのように両頬を膨らませて、もごもごと喋る五条は、何を言っているかも分からない。折角のイケメンが台無しで、花子は小さく噴出する。
「喋るか食べるかどっちかにしてください」
ごくん、とようやく嚥下して、五条は幸せそうに笑った。
「うん。やっぱ花子さんの手料理が一番だねぇ」
花子と囲んだ食卓で、五条は特に好き嫌いなくよく食べた。ちょっと失敗したかな、そう自身ですら思った時ですら残すことはない。これ僕の。あ、それも僕の。悠仁のはそれね。とひょんなことから生徒である虎杖も一緒に食卓を囲んだ時も、意地汚いものだ。素早い上に矢鱈と綺麗な箸さばきで周りの追随を許さず、ささ、と分けて自身は花子の手製の食事を手元に、虎杖には既製品の納豆と豆腐をおかずに差し出す始末である。大豆製品オンリーだった。
ハハハ、と虎杖少年は未成年にも関わらず大人の対応で、疾うに成人を超えた五条の大人げない行動にも苦笑を浮かべるだけだったが、こればかりはあかん、と思った花子が虎杖が来たときは問答無用で鍋を囲むようにした。

「・・・んだよ」
視線に気づいた五条が、眉を寄せてこちらを見ていた。しまった、見過ぎてしまっていた。
気が付けば、五条は空の皿をお盆に載せて立ち上がろうとしていた。空のコップも載せているから、これで食事は終わりなのだろう。花子は思わず、口にしていた。
「五条君は、少食だね」
「あ?」
苦笑しながら述べられた花子の言葉に、五条は眉間にしわを寄せる。
五条は別に、少食なわけではない。特に育ち盛りの彼らの一皿は、後から不満が湧かない様、常に平均より多めの量が入ってた。それを残さずぺろりと平らげているのだから、まず少食とは思われない量だろう。
花子の言い分には疑問しか抱かない。この量で少食?花子は実際に五条達の分を配膳していたのだから、一皿の量も知っているだろう。だからこそ彼女の言い方は、まるでーーー

盆を握りしめる力が強くなる。まただ。夕飯を食べる前の、胸やけのような感情が湧いてくる。今度は心臓が締め付けられるようなものではない。ムカムカして、不快な胸やけだ。ガタン、と勢いよく椅子から立ち上がった五条は、鋭い眼光で花子を見る。驚いて目を瞬かせる彼女は、荒れ狂うこっちの心情も知らないで呑気なものだ。それが無性に腹正しくて、五条は花子を一睨みしてから席から離れていった。
どすどすと足音を立てる五条の怒る背を見送って、花子はそろり、と視線を同じように呆気にとられた表情を浮かべる夏油へと向ける。
「・・・私、何かいけない事言っちゃった?」
夏油は・・・さあ?と五条の態度に対して、首を傾げるだけだった。





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